夜天の物語



夜天の物語




 それでは、一つ、古い物語を紡ぎましょう



 遙か古のベルカの地にて、白の国と姫君、そして、仲間のために戦い抜いた、誇り高き騎士達の物語を



 押し寄せる敵をものともせず打ち破り、命尽きるまで戦い続けし烈火の将



 民を逃がすための術を紡ぎ、最後の一人となっても役目を果たし続けし湖の騎士



 ただ一人、民を守る盾となり、後を継ぐ者たちへと魂を残して逝きし盾の騎士



 最も若き騎士にして、単身敵陣へ突入し、武勲と共に果てし鉄鎚の騎士



 守護の星の魂を受け継ぎ、その身が果てるとも、仲間を守り続けし盾の守護獣



 夜天の騎士達を導き、持ちうる叡智の全てを懸け、闇を封じし放浪の賢者



 騎士達の魂を全て受け止め、未来へと希望を託し、儚く散りし調律の姫君



 誰にも語られることなく、安らかなる眠りのうちに誕生の時を待ちわびる、自由の翼



 それは、夜天の騎士達の誇りと誓いの物語にして、絆の物語へと繋がりし序章



 長き夜を超えて、最後の夜天の主へと至る、始まりの鍵





 その長き旅に同行し、誇り高き騎士達と共に在り続けた機械仕掛けの分身達は





 彼らの歩みし人生を――――――確かに、記録していた









第一章   白の国


ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 回廊



 「おーい、フィー、どこにいんだーーーーーー」


 後の世では、中世ベルカの宮殿建築様式と呼ばれる技法によって作られた回廊を、少女が声を上げながら小走りで駆けていく。


 その背丈は小さく、外見からは7歳か8歳程度と見受けられる。


 燃えるように赤い髪は動きやすいように後で二つに束ねられており、服装も少女のものというよりも、動きやすさを重視した少年のものに近い。


 しかし、その瞳には誰もが理解できるほど強い意志が宿っており、彼女が外見相応の少女であること以外に、もう一つの顔があることをうかがわせている。


 また、彼女程度の年齢ならば、男女の差異は明確ではなく、膂力や体力においてもそれほど差は出ない。


 それ故に、彼女は女の身ではあるが、8歳という年齢で既に“若木”の一員となっている。


 “若木”とは、騎士としての訓練は開始しているものの、未だ成人していない騎士見習いの集まりである。


 この時代のベルカにおいては、成人の儀は早い。それぞれの国によって多少の差異はあれども、15歳より後である国家はどの大陸、どの世界を探しても存在しない。


 女性ならば、子供を産むことが可能な年齢となれば既に成人と見なされる。11歳頃に成人となることも珍しい話ではない。


 そして、男性ならば大人と同様に働けるようになることが成人の証である。ただし、リンカーコアを持つ者達はほとんどが騎士か戦士、もしくは魔術師となるため、“大人と同じように働ける”ようになるのは容易なことではない。


 そのため、ベルカの時代においてリンカーコアを持つ子供達は少々特殊な立ち位置となる。


 リンカーコアを持たない成人を基準とするならば、彼らは8歳や9歳で十分“大人と同等”か、もしくはそれ以上の働きが出来る。この時点で彼らを成人と見なすことも不可能ではない。


 しかし、大人の騎士達を基準とするならば、まだまだ成人と呼ぶには幼く未熟である。そこで、彼らは“若木”と呼ばれる騎士見習いの集団へと入る。


 “若木”はその名の通り、おおよそ8歳から13歳までの子供達が所属する集団ではあるが、既に有事の際にはリンカーコアを持たない一般の民達を守るために戦うことを許されている。


 いずれは騎士となり、命を懸けてベルカの国と民を守る誇り高き刃となるその身は、子供であっても、既に守られることに甘んじる精神を持ってはいない。


 とはいえ、大量の騎士を抱え、騎士団を編成している大国ならば“若木”が戦うようなことはなく、むしろ、貴族階級に在る者達の子弟による“騎士ごっこ”に近いこともある。


 国が栄え、強大になるほど、騎士としての高潔さや誇りといった魂が薄れていくことが多いのは、ベルカの地の列王達が等しく頭を悩ます問題でもあった。


 だがしかし、全ての国が騎士団と呼べるものを抱えているわけではなく、国の力が及びにくい辺境の村や、小国、もしくは国を持たない里、そういった場所においては、彼ら“若木”も騎士達に次ぐ守り手なのである。


 騎士の武術、そして魂は正騎士達より“若木”へと受け継がれ、彼らが成長して正騎士となり、次なる時代を担う“若木”達へ、騎士としての誇りを伝えていく。


 ベルカ暦が始まる以前、まだ国家というものすら整った形ではなく、ドルイド僧と呼ばれた魔術師達がやがて騎士と呼ばれるようになる戦士達と共に一族を纏めていた古代ベルカより、それは脈々と受け継がれてきた。


 そして、古代ベルカより伝わる血筋はそれぞれが王国を成していき、ベルカ暦が作られる頃には数十を超える国家が大陸はおろか、次元を超えて広まっていった。


 未だ正騎士ではないこの少女も、古代ベルカより伝わる武術を継承し、後の時代へ伝える役目を負った、騎士の卵なのである。




 「ったく、どこ行ったんだか」


 そして、この少女が仕える白の国は、500人程の人々が暮らす小国であり、人々の数は大国の都市よりも遙かに少ない。


 登城を許された正騎士の数はわずかに3人。総人口が500人程度しかいないのであれば、この数も妥当と言える。


 しかし、正騎士の数に反して“若木”の数は多く、現在34人程が所属している。ただし、この34人のうち、白の国で生まれ、白の国で育った者はこの少女のみである。



 白の国は小国ではあるが、そこに仕える騎士達は一騎当千として知られており、さらに、独自のデバイス技術を保有している。


 高度な知能を備えたアームドデバイスと、鍛錬を重ねた騎士が呼吸を合わせ、親和性の極めて高い戦技を繰り出す、攻防一体のベルカの武術。


 古代ベルカより続く騎士達の戦いは、白兵戦に特化した武器としてのデバイスで打ち合うことが主流であるが、そのデバイスは基本的にただの武器であり、それぞれの騎士の身体強化と敵の騎士甲冑を破壊するくらいの機能しか持たず、強固さに主眼が置かれている。


 だが、白の国ではデバイスを武器としてだけでなく、人格を備えた“相棒”とするための技術を古くから発展させてきた。そして、今代の当主の後継者である人物は“調律の匠”、もしくは“調律の姫君”と呼ばれる程、機械の心を読み取り、そして組みあげる手法に長けていた。


 そうした背景があるため、近隣の国はおろか遠方の大国からすら、白の国を訪れその技術を学ぼうとする者は後を絶たない。


 そして、白の国はその技術を隠すことなく、技術を学ばんとする志を持つ者には、持ちうる技術の全てを伝えてきた。また、優れた戦闘技術を持つ騎士達も、他国からやってくる“若木”達を己の国の者と区別することなく、その武術を継承していく。


 白の国で学び、成長し、やがて各々の国へ帰った者達は切磋琢磨しながらデバイスの技術や騎士の武術をさらに磨きあげる。そして、彼らはそれぞれに白の国との関わりを持つために、白の国に蓄えられる知識は増えていき、その技術は一段と磨きあげられる。


 つまるところ、白の国はそのものを“学院”と称することが出来る。


 他の国のいずれとも中立の立場を保ち、ただ技術と知識を保存し、さらに高めるための研鑽を行う。


 他の国から学びにやってくるものを拒まず、保有する知識を隠すこともない。白の国に住まう民達は、さながら学院の傍に建てられる旅籠や宿場のようなものだろうか。



 そうして、白の国は“智勇の技術国”、“学び舎の国”と呼ばれるようになった。


 培われた知識と技術、そして騎士達の武勇は大国に劣らぬどころか凌駕さえするが、経済力も軍事力も持たない小さな国。


 ベルカの国々全てより軽視されることも、敵視されることも、危険視されることもなく、白の国は在り続けてきた。



 もし白の国が己の国の技術を“秘伝”とするか、外貨を得るための手段として用いていれば、独占を狙った大国によって遙か昔に滅ぼされていただろう。


 しかし、人々のために作られた技術を、ベルカの地全体に広めようとするその姿勢こそが、白の国を不可侵のものへと変えていた。戦争の調停の場として、白の国が選ばれることが多いのもそれ故に。


 つまるところ、白の国を滅ぼす、もしくは併呑したところで得るものは何もないのだ。


 白の国を滅ぼしてしまえば、デバイスの技術も騎士達の武術も絶えてしまう。どの国も白の国から技術の多くを学びとっており、それぞれに研磨しているものの、技術をより高めるための場所としては白の国には及ばない。


 そして、併呑してしまっては、今後白の国に留学、逗留しようとするものは急激に減ることは考えるまでもない。


 白の国を白の国たらしめるものは、自国のためではなく、ベルカの地全体のための技術を研鑽するという姿勢であり、それ故に平等、それ故にあらゆる国から技術者や武芸者の卵が集まる。


 だが、それを一つの国が併呑してしまっては、結局は技術の奪い合いにしかなりえない。


 時代と共に技術を育み、古い技術を継承しながら発展させていくことにこそ白の国の意味はある。それを失くした白の国には、まさしく都市どころか大きめの町ほどの価値すらないのだ。




 そうして、数百年の時を、白の国は刻み続けてきた。


 列王達が割拠するベルカの土地を、白の国は外界との接触を断つのではなく、最も深く交わり、ベルカの地の一部となって共に在り続けてきた。


 無論、ベルカの国々にも戦乱はある。しかし、いつまでも続く戦乱はあり得ず、乱の後には治の時代がやってくる。


 大きな目で見れば、ベルカの土地は概ね平穏であり、列王達の国々は互いに張り合い、時には傷つけ合いながらも、共に生きるという姿勢を忘れることはなかった。




 最果ての地より流れ出る、異形の技術がベルカの地を覆い始めるまでは。




 だが、この時の少女はまだそのことを知りえない。


 白の国が滅ぶことを想う必要もなく、愛する人々を守れるように、白の国の立派な騎士になれるように。


 少女は“若木”の一人として、親しい人々や共に学ぶ仲間と共に研鑽を続けていた。


 鉄鎚の騎士として、長き旅の始まりとなる白の国の最期の日に散る、自身の未来を知る由もなく。


 少女は、自分の生を歩み続けている。





 「あ、見つけたぞ、このいたずら小僧」


 「ふぇっ?」


 少女は、クローゼットの上に座っていた、自分よりもさらに背丈の低い存在を見つけ、語りかける。



 「んなとこで、何してんだ?」


 「えーとねぇ、…………なんだろ?」


 「おいおい、あたしに訊いても分かるわけないだろ」


 「うううぅぅ…………むずかしいね」



 考え込みながら首を傾げるその姿に、少女は微笑みを抑えきれない。



 「そうだな、あたしも一緒に考えてやるよ。えーと……………ちょうちょでも見つけて、追いかけてたらいつの間にかそこにいたとか」


 「ちょうちょー?」


 「ほらっ、前にあたしとザフィーラと一緒に出かけた時に見つけたろ、小さくて、白くて、ひらひらーってしたやつ」


 「あー、ちょうちょー!」


 「おう、そのちょうちょだ」


 「みなかったよ」


 「そ、そうか」



 一体さきほどの返事の元気さは何だったのかと思う少女だが、フィーなんだからさもありなん、とも思っていた。



 「となると………鳥ってことはないよな、鳥だったらフィーが追いかけることなんて出来ねえし」



 少女がフィーと呼ぶ存在、3歳程度の幼女の外見を持つそれは、まだそれほどの運動性能を持っていない。



 「ん?」


 だが、そこまで思い至ると、おかしいことに気付く。



 ≪そもそも、フィーはどうやってクローゼットの上に登ったんだ?≫



 赤髪の少女ならば飛行魔法を使えるし、そもそも自身の肉体能力だけで跳べば登れる。


 8歳の少女の身ではあるが、“若木”であるその身は伊達ではない。


 しかし、3歳相当の肉体能力すら怪しいフィーでは、絶対に不可能だ。


 ならば、どうやって?


 色々と考えては見るものの、なかなか答えは出ない。



 「なあフィー、そこで何してるか、じゃなくて、どうやって登ったかは分かるか?」


 「のぼったか?」


 「そう、梯子を使ったわけじゃないよな」


 「はしご?」


 「ほらっ、あれ、木がこういう風に組み合わさってて、登れるやつ」



 少女は近くに置いてあった花瓶にささっている花を使って、擬似的に梯子のような形状を作り、フィーと呼ぶ存在に分かりやすく説明する。


 何だかんだで、面倒見の良い性格なのである。


 また、彼女が自分よりも小さいフィーを、妹のように思っていることも、大きな理由ではあるのだろう。



 「あーっ、わかるー」


 「そっか、んで、これを使ったわけじゃないよな?」


 「ないよー」


 「だよな、ってわけで、お前はどうやって登ったんだ?」



 そして、少々の回り道を経て、少女は本題へと戻る。


 彼女自身、フィーとの手間をかけたやり取りの時間は、嫌いではないどころか、割と好きな時間なのである。



 「えーっと………」


 「頑張れ、ずっと待っててやるから」


 「えっと、えっと……」



 そして、しばしの時間が流れ。



 「おもいだしたーー」


 「おう、偉いぞ」


 「えへへーー、あれっ?」



 フィーが思い出した頃には、少女は飛び上ってフィーを抱え、クローゼットの上から降ろしていた。



 「ぎゅうう?」


 「いや、抱きしめる時の擬音を使わなくていいぞ」


 「そっかー」


 「それで、どうだったんだ?」


 「どうだった?」


 「お前が、クローゼットの上に登った方法だよ」


 「あっ、はーい!」


 「うむ、良い返事」


 「あいあい!」


 「それで、教えてくれるか」


 「うん、えーっと、ね」



 そして、フィーは思い返すように少し間を置き、その間にヴィータは彼女を自分の腕から降ろす。



 「ほーせきを、つかったのー」


 「宝石?」



 宝石といえば、フィーの動力として使われている、カートリッジの発展型である魔力結晶のことだろうか?


 と、少女は考えるが、それはフィーが自分で取り出すことが出来ないものであることを思い返す。



 「なあフィー、その宝石って、どんなだ?」


 「きれいな、みどりいろー」


 「翠、ね」



 その言葉から、大体の予想がついてきた少女である。


 おそらく、あの湖の騎士が、またうっかりをやらかしたのだろう、と。


 カートリッジを生成することは白の国の騎士ならば誰でも出来るし、“若木”である少女ですら魔力を込めるだけなら可能である。


 しかし、フィーの動力源となる結晶を精製出来る人物となれば、“調律の姫君”か“放浪の賢者”くらいに絞られる。


 そして、フィーが使った宝石とは、それとは別種の物だろう。


 カートリッジのように使い捨てという面では同じだが、特定の魔法を封入し、一度限りの発動体として使う魔力結晶は、ベルカの地では割とポピュラーな部類である。


 ブースト用に純粋な魔力の形で込めるカートリッジと異なり、特定の魔法しか使えないという点で汎用性は低い。しかし、リンカーコアを持つ者でなければほとんど意味を持たないカートリッジと異なり、通常の民にも使うことが出来る。


 特に、念話の魔法を込めた伝令用の通信石などは、古くから発達しており、これらの技術もこの白の国が発祥であり、ベルカの各地に広まり、白の国へ戻ってきて、やがてはカートリッジなど、さらに汎用性の高いものらが作られた。



 「なあフィー、それ、どこで見つけた?」


 「どこでー?」


 そして、今現在の白の国において、そういうものを作り、管理を任されている人物は一人しかいない。


 出来るか否かの問題なら出来る者は他にもいるが、そういった補助系、もしくは医療系の道具を作ることを誰よりも得意とし、その技術の高さは遠い異国にすら届いている騎士が一人いる。



 ≪なのになんで、うっかりを頻発すんだろうな≫



 そう、技術は極めて高く、管理の手際も見事の一言に尽きる。


 杜撰の対極にあるような見事な整理整頓ぶりであるのに、必ずどこかに“うっかり”が転がっているのである。


 おそらく、廊下を歩いている時に、彼女のポケットから落ちたのだろうと、少女は当たりをつけていた。




 「えっとねー」


 「ひょっとして、シャマルの研究室のあたりか?」


 「あっ、すごい、びーた!」


 「ふふん、あたしの推理力は凄いんだぞ」


 あたしじゃなくても、誰でも同じ発想をするだろうけどな。


 という内心は表に出さないまま、少女、ヴィータはフィーの頭を撫でてやる。



 「つまり、拾った翠色の石をいじってたら、身体が宙に浮いて、あそこにいったと」


 「うん! びっくりしたー」



 魔法発動体には、魔力を注がねば発動しないものから、鍵となる動作によって簡単に発動するものもある。


 フィーが使ったような極簡単な飛行魔法が込められているだけの石ならば、手に持って振るだけで発動するような設定になっているものも多い。流石に、身体強化やバリアともなればそうはいかないが。



 「そっか、ところで、まだ眠くはないのか?」


 「うーん………眠いかもー」


 「部屋に戻るまで、持つか?」


 「うーん………むりかもー」


 そんなになるまでクローゼットの上にいるな、っと内心の苦笑いを押し殺しつつ、ヴィータはフィーを抱き上げる。


 「あたしが運んでやっから、フィーはゆっくり寝てろ」


 「ありがとー」


 「いいって、お前の目付も、一応あたしの役目の一つだからな」


 「おしごとー?」


 「まだまだ見習いだけどな、ま、見習いにはお前の相手くらいがちょうどいいのかもしれねえ」


 「みならいー?」


 「ああ、騎士見習いだ、騎士は知ってるよな?」


 「りゅうとたたかうひとー」


 「だな、シグナムだったら竜どころか、もっとつええ奴だってやっつけるぞ」


 「しぐなむ、すごいー」


 「それで、あたしはその見習い、まだ竜とは戦えないかもしれないけど、グリフォンくらいなら倒せるぞ」


 「びーたも、すごいんだねー」


 「これでも、“若木”の一員だからな。それに、戦うことも仕事だけど、守るのが一番の仕事だ」


 「まもる………ひめさま?」


 「うーん………姫様はあたしよりも兄貴に守って欲しいんだろうけど…………」



 ヴィータの声の調子が少し落ちる。


 彼女は白の国の“若木”であり、当然、姫君を守る義務がある。


 だがしかし、彼女自身の心はいささか複雑なものがある。


 まあ、姫君を守るために親が死んだなどの深刻な理由ではなく、そこは8歳の少女相応の、微笑ましい理由なのだが。



 「どうしたのー?」


 「なんでもねえよ、それより、さっさと眠ったほうがいいぞ、あまり起きてるとお前の頭がパンクしちまう」


 「うん、そうするー」


 「素直でいい返事だ、お休み、フィー」


 「おやすみー」


 そして、フィーは瞼を閉じる。


 僅かに時が過ぎた頃には、静かな寝息が聞え出す。




 「ほんと、人形なんだけど、人形とは思えねえ奴だよな」


 その姿を見守りつつ、ヴィータは回廊を歩いていく。


 「人間のように食べて、人間のように眠って、人間のように笑う、完全人格型融合騎の雛型、か」



 融合騎、それはベルカのデバイス技術の叡智の結晶。


 人間と生体的に融合することで魔力を高める技術は100年ほど前から発展してきたが、それに人格を組みこむことは未だ完全には実現されていない。


 いや、そもそも、デバイスに人格を組みこむこと自体が、白の国ですらほんの50年ほど前に確立された技術なのだ。それまでは騎士や魔術師が用いるデバイスとは、魔法発動のための媒体に過ぎず、それに人格を組みこむという発想はなかった。



 「あくまで、ラルカスの爺ちゃんのシュベルトクロイツみたいのが、デバイスの基本なんだよな。しゃべりもしねーし、考えもしねえ、あくまで騎士や魔術師が魔法を発動するのを補助するだけの道具」


 それも道具の在り方の一つであることを、ヴィータは否定しない。


 純粋な効率で見るならば、そちらが勝っているのは明らかなのだ。



 「だけどやっぱり、あたしはアイゼン達の方が気に入ってる」


 鉄の伯爵 グラーフアイゼン

 炎の魔剣 レヴァンティン

 風のリング クラールヴィント


 夜天の守護騎士達と共に在り、騎士に仕える従者であると同時に、騎士の魂そのものでもあるデバイス達。



 「融合騎は数少なえけど、兄貴の“ユグドラシル”みたいなのが基本だし、人格を組みこむのは、調律師でも難しい、だったっけ」


 後の時代ではデバイスマイスターと呼ばれる者達は、ベルカの時代においては“調律師”と呼ばれる。


 古代ベルカ時代ならばデバイスも単純な武器や魔法発動体ばかりだったため、デバイスの製作や調整は繊細な技術を要するものではなかったが、中世ベルカともなれば、デバイスは強固さを維持しながらも精密なものへと変化していく。


 そうして、しだいにデバイスを鍛え、磨きあげる者達を“調律師”と呼ばれるようになった。


 この白の国は、騎士見習いである“若木”を他国から多く受け入れているが、同時に調律師の卵達も多く受け入れている。


 特に、現在の姫君、ヴィータが仕える対象は、稀代の調律師として名を馳せているのだ。


 そして、姫君の技術の結晶とも言える存在が、ヴィータの腕の中で幸せそうに眠るフィーであった。


 「………誰かの人格をデバイスに投影するんじゃなくて、全くの無から、一つの人格を作り出す。アイゼン達はあくまで初期の人格設定があるけど、フィーは違う」


 フィーはまだ純粋無垢にして未発達。


 人間ならば脳にあたる部分が真っ白に近いため、起きて動ける時間すらまだ2時間ほどしかなく、残りの22時間は眠っている。


 だが、フィーの人格は他の誰の力を借りることなく、フィーが自分の力で組み上げつつあるもの。


 無論、時間はかかる。まさしく、人間の子供と同じように、少しずつ、少しずつ、成長していくのだ。



 「そんときは、もうちょっと人間らしい身体になってんだろうけどさ」


 そう呟きつつ、ヴィータはフィーの部屋に辿りつく。


 とはいってもそこは同時に、彼女が仕えるべき相手の部屋でもある。



 すなわち、白の国の王女にして、ベルカ最高峰の調律師。



 病に伏せる父の代わりに、ヴァルクリント城を支える、フィオナ姫の執務室であった。
















ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 王女の執務室



時は、僅かに遡る。


ヴィータがクローゼットの上にフィーを見つけ、どうしてそのような場所にフィーがいるのかを考えている頃、その作り主は白の国の王女としての責務を果たしつつ、彼女らのことを気にかけていた。



 「シャマル、ヴィータはまだ戻らないのだろうか」


 「そうですね、少し遅いような気もしますけど、ヴィータちゃんなら大丈夫ですよ。フィーがどこまで行ってしまったかは分かりませんけど、それほど遠くにも行けない筈ですから」


 そのフィーが見当たらなくなった原因が、自らのうっかりミスにあることを未だ知らない湖の騎士は、姫の言葉にいつも通り、朗らかに応じる。


 彼女が自分のうっかりを知って凹むまでには、今少しの時間を要するようであった。



 「そうか、どうも私は心配症のようでいけないな。将からもその辺りはよく注意されているのだが」


 彼女は自嘲するように笑みを浮かべるが、この姫君にはそのような表情すら、一つの芸術に出来るような神秘的な美しさが備わっていた。


 美しい銀の髪は揺れるたびに細雪のような輝きを生み出し、その瞳はルビーの宝石のように紅く、目鼻立ちはとても整い、まるで見事な人形のような容姿。


 そして、何よりもその雰囲気。儚いような、朧のような、触れれば壊れてしまう硝子の月のような姿に、心を奪われる者は多い。


 対照的に、彼女の近衛の長であり、烈火の将の渾名を持つ女性が炎の如き激しさと躍動感を併せたような美しさを持つことから、太陽の化身と月の化身、と呼ばれることもあった。


 太陽と月に例えられる場合は、太陽を持ち上げ、月を引き立て役とすることが多いが、白の国の姫君と烈火の将にそれは当てはまらない。


 輝く太陽は、月の美しさを際立たせると同時に、如何なる外敵からも守り通す。


 烈火の将は、月を守り、不埒な者達からその姿を覆い隠す、夜天の雲の将でもあるのだから。



 「いいえ、姫様、貴女は心配症なのではなく、ただただ優しいんです。ヴィータちゃんのことも、フィーのことも、いつも気にかけてくれているから、心配になってしまうだけですよ」


 そして、同じく姫を守護する雲の一角である湖の騎士は、彼女には儚げな笑みよりも、穏やかな笑みこそが似合うと思っている。


 白の国に仕える3人の守護騎士の中で、役割柄、最も姫の傍に侍ることが多い彼女だからこそ、誰よりも姫が笑顔であることを願っている。


 湖の騎士シャマルにとって、フィオナ姫は仕えるべき主君であると同時に、気のおける友人でもあり、彼女が幼い頃から様々な事柄を指南した弟子でもある。


 もし、彼女が姫ではなく、自分と対等な立場で主に仕える騎士だったとすれば、それはそれで楽しいだろうな、と夢想することもあったりする。



 「ありがとう、シャマル。お前達のような騎士に囲まれ、私は幸せ者だ」


 「その言葉は、そのまま私達にも当てはまりますね」


 自分も、シグナムも、ローセスも、騎士としてこの上なく恵まれているのだとシャマルは考える。


 争いのためではなく、ベルカに生きる人々のために知識と技術を伝えるこの白の国において、騎士達のことを常に気にかけてくれる主君に、仕えることが出来ているのだから。


 国家に仕えるが故に、時には理不尽な命令を受けざるを得ない騎士は数多い。


 敵対する貴族の子弟を殺せ。


 反抗する部族を女子供区別なく皆殺しにせよ。


 税を納めていない村を、見せしめに焼き払え。


 ベルカの国々とて、常に平和であるわけではない。いつの世も、理不尽な死は世界に満ちている。


 特に昨今は、ベルカの土地に闇が広がりつつあることを思わせる事柄が、多数確認されている。


 今は放浪の賢者と共に旅に出ている烈火の将と盾の騎士の二人は、列強の国々の情勢を探ることも目的として出発したのだから。




 しかし、だからこそシャマルは自分達が恵まれているのだと強く思う。




 自分達の力を、守るべき者のために、在るべき形で振るうことが出来る。


 それは、全ての騎士が夢見る。最高の栄誉に他ならないのだから。



 「ねえ、貴方もそう思うでしょう、ザフィーラ?」


 「………」


 湖の騎士の言葉に、姫君のデスクの傍らに控える賢狼はただ頷きを返すことで答える。


 彼の名はザフィーラ、白の国仕える騎士ではなく、そもそも人間ですらない。


 人間を遙かに超える寿命と高い知性、強力な戦闘能力を備えた、ベルカでは幻獣と区分される生き物であり、その存在は人間よりも竜などに近い。それ故、敬意を込めて賢狼と呼ばれる、ただの狼とは一線を画す存在であるがために。


 賢狼が人間と共に在り、力を貸す事例はごく稀であり、そもそも彼以外には知られていない。


 彼が力を貸している相手である放浪の賢者も、一体いつから彼が傍にあったのか知らないと語る。気付けば傍らに無言で佇んでいた、とだけ彼は夜天の守護騎士達に語っていた。


 「………ありがとう、ザフィーラ」


 「………」


 白の国の姫君の言葉に対し、気にするなと言わんばかりに彼は首を振る。


 彼は人間の言葉を介しており、念話に近い形で己の意思を伝えることも可能であり、実際に人間の言葉を話すことも不可能ではない。


 だが、賢狼にとって言葉というものは神聖な意味合いを持つ。人間は言語をコミュニケ―ションの手段として用いるが、賢狼にとって言語とは、自らを賢狼たらしめる由縁であり、知恵持つ幻獣である証であると同時に誇りなのだ。


 それ故、彼は言葉を理解しつつも発することはない。彼が何を考えているかを念話と近いようで異なる不思議な能力によって伝えることは出来るが、それとて頻繁に行われるわけではなく、その多くは戦闘時であった。


 そして現在、彼は白の国の姫君の護衛という立場を己に課している。


 ただ一人で生きる孤高の賢狼にとって、それは本来必要のない儀式。


 だが、自分以外の者に仕え、その者のために力を振るうということには、孤高の賢狼であった彼を惹きつける何かがあった。


 それが何であるかは、まだ彼にも分からない。いや、それを知りたいと願うからこそ、今も彼はここにいるのか。


 中でも、彼は夜天の騎士の一人に心を許している。


 盾の騎士の渾名を持つ青年の在り方には、共感できるもの、はたまた、力を貸したいと思えるものが確かにあったのだ。




 そして――――



 「姫様、入ってもいい…よろしいでしょうか」


 騎士となることを目指し、その階段を昇り続ける少女の声が、扉の外より響いてくる。


 その少女のことは、ザフィーラも深く理解している。


 何しろ、彼は任されたのだ。長期の旅に出る自分が留守の間、ヴィータのことを見守っていて欲しいと。


 誠実でありながらもどこか不器用で、しかし、愚直なまでに真っ直ぐな青年よりの依頼を、彼は引き受け、それを守り続けている。



 「ふふ、ヴィータちゃんは相変わらず敬語が苦手のようね」


 ヴィータが敬語を使いだしたのは割と最近であり、慣れていないのも無理はない。わざわざ言いなおす仕草に、微笑みがこみあげるのを抑えきれないシャマル。



 「構わない、入ってきてくれ」


 「えと…失礼します」


 一応は騎士らしい礼をしながらヴィータが入ってくるが、シグナムやローセスの礼に比べればまだまだぎこちない。


 「フィーを見つけてくれたか、ありがとう、ヴィータ」


 「いえ、これも、騎士の務めですから」


 労いの言葉をかけるフィオナに対し、ヴィータはフィーを専用のベッドに寝かしつつ、そっけない返事をする。


 騎士見習いとしては褒められた態度ではないが、ヴィータの態度がそっけないのには、騎士と主君以前の部分に理由がある。その公私の区別がつけるのを8歳の少女に求めるのは酷というものである。



 「あらあら、お兄ちゃんを取っていく悪い女性には、心を許せないかしら、ヴィータちゃんは?」


 「そ、そんなんじゃねえよ!」


 「………別に、取る気はない……の……だが………」



 そして、その場に流れる雰囲気は、姫君と仕える騎士達のものから、仲の良い家族のものへと変わる。


 一度こうなると、主君に対してすら遠慮というものが一切なくなるシャマルである。


 ただし、騎士として在るべき時は徹底して敬語を用い、臣下としての振る舞いを忘れることはない。


 彼女もまた、夜天の守護騎士の一人なのだから。



 「あら、じゃあヴィータちゃんはローセスのこと、嫌いなの?」


 「嫌いじゃないけどさ………兄貴が誰を好きだったとしても、それは兄貴の勝手だろ」


 「ふむふむ、ローセスに好きな人がいるという事実は認めているわけね」


 「シャマル……意地わりーぞ」


 「ごめんなさいね、ヴィータちゃんが余りにも可愛いから、つい」


 「ふふふ………確かに、可愛らしかったな」


 動揺から復帰したフィオナも、シャマルに追従する。



 だが――――



 「でも、ローセスのことを考えてる時の姫様も可愛いですよ?」


 「―――――!!」


 幼少の頃から彼女の近衛として仕え、見守ってきた湖の騎士にとっては、彼女とて可愛らしい存在である。



 「べ、別に私とローセスはそんな関係ではなく……」


 「じゃあ、どういう関係で?」


 「し、白の国の王女と、それに仕える騎士。………それ以外にないだろぅ」


 彼女の言葉が途中からどんどん小さくなっていったのは、決して二人の耳が悪いせいではないようである。




 ≪兄貴も兄貴だからなぁ、多分、“好きだ”とか“愛してる”なんて言ったことねえんだろうな≫




 そして、自分の兄であり、夜天の守護騎士の一人である盾の騎士ローセス。


 ヴィータが生まれた時から共に生きてきた存在であり、その性格は当然知り尽くしている。


 ヴィータにとっては兄が取られるようで悔しいような寂しいような気持ちもあるが、もう少し姫に気の利いた言葉でもかけてやれよ、と兄に対して思わなくもない。



 ≪あ、でも、“貴女は奇麗ですよ”とか、“美しい歌声ですね”とかはナチュラルに言ってそうだ≫



 直接的な愛の言葉などは決して言わない癖に、そういう言葉は恥ずかしげもなく連射するような兄である。



 ≪ただなあ、それを誰にでも言っちまうんだよなあ、兄貴の場合≫



 先ほどヴィータが想像した言葉は、何を隠そう同僚であるシグナムやシャマルに対し、ローセスが素でいい放った言葉である。


 普通の女性がこのような言葉をかけられれば、自分に気があるのだと勘違いされても仕方がない。


 ただ、その相手が今のところ、烈火の将シグナムと、湖の騎士シャマルに限られているために、そのような勘違いは避けられているようである。


 ただ、旅先でそのようなことがないかと、一抹の不安は拭いきれないヴィータであった。

 



 「あ、それでヴィータちゃん、フィーはどこにいたの?」


 ヴィータが兄について思考に沈んでいた間に、姫と騎士、いや、妹の恋愛をだしに楽しむ姉とからかわれる妹のような会話も終わっていた。


 ただ、フィオナの表情は真っ赤に染まり、俯いていたが。



 「ああ、それなんだけどさシャマル。お前、これに見覚えねーか?」


 と言いつつ、ポケットから翠色の石を取り出すヴィータ。


 シャマルが作る魔法発動体は、その多くが彼女の魔力光と同じ翠色をしている。


 それ故に、ヴィータはこの石の出所が簡単に推理出来たのであった。


 「あら、浮遊石じゃない、ヴィータちゃんに渡していたかしら?」


 「いいや、あたしは渡されてねえ。こいつはな、フィーが持ってたもんだ」


 「えっ?」



 ヴィータの言葉を聞き、シャマルの表情が固まる。



 「どういうわけか、お前の研究室の近くの廊下でフィーはこれを拾ったんだと、それで、奇麗な石だからって握って振ったりしてたらフィーの身体は宙に浮いたらしい。そんで、クローゼットの上で座り込んでたよ」


 「あ、あははーー」


 「笑って誤魔化すなよおい」



 じとっとした目をシャマルに向けるヴィータ。


 ついでに言えば、ザフィーラも呆れたような目を向けている。



 「ヴィータちゃん、失敗って、誰にでもあると思うわ」


 「三日に一度の頻度な気がするのは、あたしだけか?」


 「罠よ、これは罠よ、きっとそう、シグナムの罠」


 「ラルカスの爺ちゃんや兄貴と旅に出てるシグナムが、どうやったら罠を張れんだよ」



 そして――――



 「シャマル?」



 つい先程まで湖の騎士にからかわれていた姫君から、素晴らしい声色の美しい旋律のような声が響く。



 「な、何か御用でありましょうか、姫様」


 自分の不利を悟らざるを得ないシャマルは、口調を敬語に戻す。だが、額からは冷や汗が流れている。



 「フィーについて、少し、話したいことがあるのだが、いいだろうか」


 「え、ええっと」


 フィーは、“調律の姫君”と呼ばれるフィオナがその技術の全てを注ぎ込んで作り上げた存在であり、彼女にとっては妹であり、娘のような存在だ。


 ただ、未だ幼子であり、その成長には様々に気を使う必要がある。ヴィータもその辺りはよく理解しており、忙しいフィオナやシャマルの代わりに、フィーが起きている間は可能な限り傍にいることにしている。


 ならば当然、幼子の手に浮遊石が渡るような真似をしでかした湖の騎士が、姫君の逆鱗に触れぬわけがなかった。



 「あー、あたし、そろそろ訓練の時間だから、この辺で失礼します。あ、ザフィーラも付き合ってくれるか?」


 「………」


 了承したと言わんばかりに立ちあがるザフィーラ、この辺りは阿吽の呼吸である。



 「ヴィータちゃん! ザフィーラ! 私を見捨てるの!」


 「ああ、構わない。私もしばらくシャマルと二人だけで話したかったから、ちょうどいい」


 シャマルと二人で、の部分が強調されていたのは、ヴィータの聞き違いではないだろう。


 「それじゃあ、あたしはこれで」


 「だが、そうだ、少しだけ待ってくれヴィータ」


 「え?」



 扉から出ていこうとするヴィータを呼びとめ、フィオナはデスクの中から鎖のついたペンダントに近いものを取り出す。



 「これは?」


 「グラーフアイゼンはローセスと共に旅に出てしまっているからな、お前の訓練用に作ったデバイスだ」


 鉄の伯爵グラーフアイゼンは攻撃力の面で難があった盾の騎士ローセスのために作られたデバイスであったが、適正はむしろ妹であるヴィータの方が高かった。


 ヴィータは小柄な体躯に似合わず、鉄鎚を用いた近接戦闘を得意としている。無論、剣術や槍術、弓術も一通り修めてはいるものの、やはり鉄鎚での打撃こそが彼女の最大の持ち味である。


 「アイゼンに、そっくりだ」


 「基本フレームはグラーフアイゼンそのままだ。ただ、ラケーテンフォルムやギガントフォルムへの変形機能や知能はないが、純粋なアームドデバイスとしての性能だけならば劣りはしないだろう」


 逆に言えば、こちらこそがベルカの標準的なデバイスである。


 グラーフアイゼンはアームドデバイスとしての攻撃力、耐久性を維持したまま、高度な知能と変形機構、優れた魔法補助能力をも兼ね備えており、これを上回るデバイスはベルカのいずこを探しても存在しない。


 唯一対等と言えるのはレヴァンティンやクラールヴィントであり、他の国が彼らと同等の性能を持つデバイスを製作できるようになるには、あと10年ほどはかかるだろう。


 そして、この三機もまた、“調律の姫君”が作り上げたものであった。



 「あと、カートリッジシステムも搭載してはいない。お前の身体ではカートリッジは負担が大きいと私も思う」


 「いざという時に無理が効くようじゃなきゃ、騎士のデバイスとは言えねえ。けど、あたしはまだ見習いだもんな」


 「騎士になる頃には、カートリッジを搭載しておこう。それに、グラーフアイゼンがローセスから譲られるかもしれないぞ」


 「だよな、やっぱしアイゼンは兄貴よりもあたしの方が合ってると思うんだ」


 「ふふふ、そこばかりは、本人の意見も聞いてみないといけないな」



 兄と恋仲にある女性に対して普通に接することが出来るほど、ヴィータはまだ大人ではない。


 ただ、そういった部分を除外するならば、フィオナという女性はヴィータにとって苦手ではなく、むしろ好きな部類に入ることも事実であった。


 彼女があと数年もすれば、その辺りにも折り合いをつけ、対等に話せるような時も来るだろう。



 そして――――



 ≪ザフィーラ、どうして扉を塞ぐの!!≫


 ≪………≫



 フィオナとヴィータが話しているうちに、何とか死地よりの逃走を図ろうとしたシャマルは、蒼き賢狼によってその逃走経路を遮断されていた。


 ついでに言えば、この部屋の中では転移魔法などは行えず、外部から直接この部屋に転移出来ないようにもなっている。白の国に限らず、王族や貴族の部屋というものはそのような処置がされているものなのだ。


 つまり、空間を操る魔法を得意とする湖の騎士をもってしても、この部屋から逃走を可能とするのは出入り口である扉だけであり、そこには賢狼がこの道は通さんとばかりに立ちふさがっていた。なお、窓は明かりを取り入れるのが目的なので開かず、空調用の穴は他にあるが、そこは人間が通れる大きさではない。




 「訓練をするのはいいが、怪我だけはしないようにしてくれ、お前が傷ついてはローセスが悲しむし、私も悲しくなる」


 「………大丈夫だって、子供じゃないんだから……」


 「ふふふ、そうだったな」


 二人は、微笑みつつ言葉を交わし。



 「さて、シャマル、お前に話がある」


 「じゃあなシャマル、訓練、頑張ってくるわ」



 処刑台に上がる面持ちの湖の騎士に対し、共に笑顔を向けたのだった。



















ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城付近 草原




 「ふう、つっかれたあ」


 心地よい疲労感と共に、ヴィータは草原に大の字で横になる。


 彼女が行っていたのは実際の相手を想定したものではなく、より基礎的な武器を効率よく扱うための訓練である。

 
 どんな戦闘も、基礎が出来ていなければ話にならない。会心のタイミングを合わせても、武器を振るう腕力が伴わなければ何の意味もありはしないのだから。



 「シャマルは、まだ絞られてんのかな?」


 「………」


 傍らで訓練を見守りながら、彼女のフォルムが乱れた時にはそれを示し、注意を促していたザフィーラは、応じるように頷く。



 「となると、まだ戻らないほうがいいか………そうだ、久々に泉の方に行ってみねえか!」


 「………」


 ザフィーラは黙したまま腰を屈め、そのままの姿勢を続ける。



 「乗っていいのか?」


 「………」


 賢狼は、ただ無言。


 だが―――



いくらお前でも訓練の後では疲れているだろう、私が運んでいこう。



そんな意思が、ヴィータには不思議と感じ取れた。



 「ありがと、ザフィーラ」


 「………」


 気にするなと言わんばかりに頷きを返し、赤い髪の少女を背に乗せ、蒼き狼は駆けだす。



 「うぉー、やっぱはええええ!!」


 「………」


 8歳でありながら空戦が既に可能であるヴィータ、彼女の移動速度も相当ではあるが、ザフィーラが駆ける速度はそれをさらに上回る。



 「それ行け、ザフィーラ!」


 「………」


 そして、ザフィーラに跨り、興奮しながら掛け声をあげるその姿は、年相応の少女のものであり――――



 夜天の主に力を貸す賢狼は、彼女を背にのせながら、騎士という存在に想いを馳せる。



 このように無邪気に遊ぶ姿が似合う少女ですら、主君やその民のために己の命を懸ける心構えを持っている。


 そして、彼女の先を行く3人の騎士、烈火の将シグナム、湖の騎士シャマル、盾の騎士ローセスは言うに及ばず。


 特に、ローセスにとってはヴィータこそが守るべき対象であるはずだが、彼女が騎士としての訓練を続けることに反対はせず、悲しむこともなく、誇りに思っているようである。


 無論、ヴィータが戦場に臨むことや、負傷する危険がある場所に赴くことを望んでいるわけではないだろう。ザフィーラを彼女の傍に残し、見守っていて欲しいと頼んだことはその証とも言える。


 彼女が危険に晒されることは望むところではないが、彼女が危険を覚悟してなお騎士として戦うという意思は、尊きものであると認め、それを感情論で否定することもない。


 騎士の在り方は、人間らしくないようでありながら、人間にしか出来ないような生き様であるように、賢狼には思われるのだ。




 ≪騎士とは、かくも興味深い≫




 蒼き賢狼は、想いを馳せる。


 自分が、彼らと共に歩むことを決めたのは一体なぜか。それは、彼自身にも分からない。


 しかし、ただ孤高の賢狼として生きるよりも、尊きものがそこにはあるのではないか。


 そのように考えたからこそ、彼は夜天の騎士達と共に在る。


 それが、どのような結末をもたらすかは、まだ分からない。


 だが―――



 ≪今は、この若き騎士見習いを見守ろう。それが、我が友、ローセスとの誓約だ≫



 賢狼は、決して誓約を違えない。


 言葉に出して誓うことなど、生涯で三度しかないと伝えられる彼ら。


 この誓約は直接口にして誓ったものではないが、それでも、ザフィーラにとっては決して違えてはならないものである。



 そして、さして遠くないうちに、言葉を以て成す誓約、すなわち“誓言”を夜天の騎士達のために立てる時が来るのではないかと。



 「駆けろっ! 行けえぇーー!」


 「………」



 蒼き賢狼は、静かに予感していた。








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