Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第二話   魔導師と騎士の戦い






新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 【レイジングハートより、救難信号が届きました】


 【了解しました、アスガルド、貴方は例の数式の演算をお願いします】


 【了承】



 交わされた信号は、ただそれだけ。


 しかし、45年を超える時を共に稼働してきたこの二機の間には絆というものを遙かに超えたものがある。


 インテリジェントデバイス、“トール”は知能を持つデバイスの初期型であり、アスガルドはその一歩手前の人工知能を備えた時の庭園の中枢機械。


 管制機としての機能を備えるトールがあればこそ、アスガルドにも人格と呼べるものが存在する。もし、トールがいければ、彼は入力に従って膨大な演算を行うだけのスーパーコンピュータ、超大型ストレージでしかないのだ。



 『レイジングハートが救難信号を私達へ飛ばすとは、余程の事態が起こりつつあるのでしょうね。まあ、察しはつきますが』


 しかし、彼は焦らない、否、焦る機能を持っていない。


 かつては存在したその機能も、今の彼にはないのだから。


 『レティ・ロウラン提督が派遣した調査班よりの報告は、ハラオウン家と因縁が深い彼のロストロギアの再来を示唆しており、それはすなわち、守護騎士プログラムによる高ランク魔導師狩りが始まったということ、そして、このタイミングにおけるレイジングハートよりの救難信号、高町なのはのランクはAAA』


 別に複雑な演算を行わずとも、そこにある因果関係を察するなど、子供でも出来よう。


 まして、こと演算することに関してならば人間の遙か上を行くデバイスであれば尚更のこと。



 『しかし、それにしても……………良いタイミングですね』


 あらゆる状況、因果関係を超巨大オートマトンとそれを動かすアルゴリズムによってアスガルドが演算し、その結果を監修する彼は、ある種の“不具合”、人間的に述べるならば“違和感”を確認する。


 『まさに今、フェイト達の作業は終わりました。別に、私とアスガルドが連絡せずとも、彼女がそれを高町なのはに知らせることは当然のなりゆき。しかし、通信が繋がらず、管理局で調べれば第97管理外世界の海鳴市に広域結界が張られていることはすぐに分かるとなれば、彼女らが救援に向かうのは当然のこと』


 まさにそれは、“そういうことになっている”ような、そんな因果関係すら考察できるほどの巡り合わせ。無論、機械の電脳はそれを確率論で処理することができ、人間のような違和感を持つことはない。


 だがしかし、確率的に計算することが出来るからこそ、それがどれほどの極小確率であるかを理解するのもまた、機械の特性なのだ。



 『しかし、そうもならない。管制機である私が8月にフェイトと高町なのはが共に過ごしていた際に、レイジングハートに追加しておいた機能。フェイトが遠く離れている間に高町なのはの身に何かがあれば即座にその異常をアスガルドを経由して私へ伝えるためのホットラインがあるため、私が先にそれを知った。まあ、微々たる差ですが』


 オートマトンは稼働を続け、アルゴリズムはその流れを淀めることなく回り続ける。


 【演算結果、出ました】


 【如何でした?】


 【パラメータが揃っていないため、解析的に“有意である”と結論することは不可能、ただし】


 【現在の状況は、何者かが組んだ、大数式の一部である可能性はある、ということですね】


 【肯定】


 【なるほど、今はそれだけ分かれば十分です。ご苦労様でした、アスガルド】



 人間ならば、“虫の知らせ”、もしくは“運命”などとも呼ぶ世に存在する不可思議なる因縁。


 機械の頭脳を持ち、0と1の電気信号でのみ世界を知る彼らは、それを“大数式”と称する。



 『状況は、動きましたか、つまりは状態遷移が起きたということならば、どこかにそれを成した条件があるはず。ジュエルシード実験における私のように、解を収束させるために演算を続ける存在がいるかどうかは定かではありませんが、少なくとも何者かが最適解、もしくは近似解を求めて大数式を組んだ可能性は高いと見るべきでしょうね』


 一度行った事柄ならば、機械はそれに類する状況をパラメータに置きかえ、代入演算することで近似解を導き出す。


 彼はジュエルシード実験において、次元航行部隊、地上本部、時の庭園の利害関係を複雑に絡みあわせた上で、最適解、もしくは近似解を出すための大数式を組みあげた経歴を持つ。


 そして現在、都合九度目となる“闇の書事件”が発生しつつあるものの、それは一つの解へ収束しつつあるという可能性が導ける程に、状況は揃いつつある。


 これまで八度にも及ぶ管理局が観測した闇の書に関する事象。さらに、時の庭園もまた浅からぬ因縁を持ち、“生命の魔導書”というある意味での写本が存在していること。


 インテリジェントデバイス、“トール”が行っている演算とは、闇の書が収束する地点を予想ためのものであるともいえる。無論、それだけではないが。


 『とはいえ、この件については私は部外者に過ぎず、出来ることも微々たるもの。ここはとりあえず、観測者として成り行きを見守りつつ、パラメータを揃えることといたしましょう。さしあたっては、フェイトやユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン執務官に救難信号のことを伝えるくらいですね』


 彼は古い機械であり、本来は受動的な存在。


 入力がない限り、彼が自発的に動くことなど、この世界でたった一人のためにしかあり得ない。


 それ故、ジュエルシード実験において、彼は休むことなく働き続け、能動的にあらゆる方面で活動していたが―――



 『私は、私の機能を果たすだけです』



 休むことなく機能する命題は健在なれど、それを与えた存在はもういない。


 彼が自分で考えて“誰か”のために動くことはない、インテリジェントデバイス、トールは自分で考えて“プレシア・テスタロッサ”のために動く。


 だからこそ―――



 『ですが、貴女の無事を祈りましょう、高町なのは。貴女にもしものことがあれば、フェイトが悲しみます。それ故、私は貴女を死なせはしない、闇の書が貴女に死をもたらすならば、その未来を回避するために機能するのみ』



 今の彼は、フェイト・テスタロッサの幸せを映し出す鏡。


彼に願いを託すのは、いついかなる時もテスタロッサの人間だけが持つ特権なのだ。












新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域内 PM7:50




 「さて、まずはどんなもんか―――」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』



 先制して鉄鎚の騎士が放つは様子見の一撃。


 既に奇襲の優位は失われ、二人は対等な条件で対峙している。


 鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価は、接近戦における防御ごと撃ち砕く強力な打ち下ろしにこそあるが、ただ近づいて鉄鎚を振り回すだけが戦いではない。


 特に、この戦いは相手を倒すためではなく、殺さないように無力化し、リンカーコアを蒐集するための戦い。


 打倒することが最終目標ではない以上、いきなり全力で頭部を狙うなどの攻撃は行えない。相手の技量を確かめた上で、それを制する勝利方法が求められる。



 「ふんっ!」


 ヴィータはグラーフアイゼンでもって鉄球を撃ち出し―――



 「うおああああああああああああ!!」


 同時に、ハンマーフォルムのままでの突撃を敢行する。


 シュヴァルベフリーゲンは白い魔導師の防壁と衝突して砕け、そこには爆煙が立ち上り、ヴィータの一撃はその中心を裂くように振るわれる。



 「避けたか」


 しかし、高町なのはの速度も並ではない。彼女は特性を考慮すれば後衛型でありながら、高速機動を得意とするフェイト・テスタロッサと互角の空戦を繰り広げたことがある。


 少なくとも、高火力や重装甲は機動力を犠牲にするという一般的な法則は、高町なのはという魔導師には当てはまらないようであった。



 「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど!」



 なのはの叫びは彼女の心をそのまま表すものであるだろう。


 ≪だろうよ、あったらこっちが驚きだ。てめえの家が暗殺とかを生業にしてて、何人もの人間を殺してきたってんなら心当たりもあるかもしんねーけど≫


 しかし、対峙する騎士にとっては、斟酌する必要のない事柄である。


 ただ、この時の感想が当たらじとも遠からじであったことを、ヴィータはかなり先のことかもしれないが、知ることとなったりするかもしれない。



 「どこの子! いったい何でこんなことするの!」



 「………」


 答えることなどないと言わんばかりに、ヴィータはさらに二つのシュヴァルベフリーゲンを顕現させるが。



 「教えてくれなきゃ―――――分からないってば!」


 しかし、誘導弾の制御に関してならば、なのはに一日の長がある。そも、ミッドチルダ式とベルカ式を比較するならば、どちらが射撃や誘導弾の制御に向いているかなど、論ずるまでもないのだから。



 「!?」


 予期せぬ角度、さらには速度を伴って、二筋の桜色の誘導弾が鉄鎚の騎士へと殺到し。


 「くぅっ!」


 一つは紙一重で避けるも、避ける先を予期していたかの如く、二撃目が襲い来る。誘導弾の基礎ではあるが、その速度と錬度は並ではない。


 「ちぃっ! このやらぁ!」


 ほぼ反射に近い動作でパンツァーシルトを発動させ、誘導弾を相殺しつつ弾き飛ばし、即座に反撃に出るヴィータ。



 『Flash Move.(フラッシュムーブ)』


 だがしかし、高町なのはの傍らには、彼女がいる。


 高速で襲い来る空戦魔導師への対処ならば、“魔導師の杖”レイジングハートの得意とするところであった。


 彼女は、雷の速度を持つ金色の魔導師と閃光の戦斧の主従を破るにはいかなる技能が必要であるか、そのシミュレーションを数え切れぬほど繰り返し、その対処法を編み出しているのだ。


 反射といってよい反応で星の主従は鉄鎚の一撃を回避し、同時にカウンター見舞う体勢に入る。



 『Shooting Mode.(シューティングモード)』



 防御や高速機動の制御をデバイスが担当し、主は誘導弾や砲撃に集中。


 それが、空を駆ける二人が実戦の中で編み出した、知恵と勇気の戦術なのだから。



 「話を――――」


 『Divine――――(ディバイン)』



 砲撃こそ、他の追随を許さぬ高町なのは最大の持ち味。



 「聞いてってばーーーーーー!!」


 『Buster.(バスター)』


 解き放たれる桜色の奔流は、AAAランクに相応しいどころか、Sランクに匹敵するであろう魔力が込められている。



 「!?」


 その光景に、さしものベルカの騎士も、困惑を隠せない。


 すなわち――――



 ≪言ってることとやってること違い過ぎだろ!≫



 である。


 こちらが有無を言わさず襲いかかっている以上、敵が迎撃に出るのはある意味で当然であり、そこに問題など何一つない。


 しかし、僅かながら戦ううちに、ヴィータはこの少女は迎撃に出るつもりではなかったのかもしれないと思い始めていた。


 戦闘者のそれにしては彼女の応戦には“芯”が欠けており、どちらかと言えば“困惑”が多くを占めている様子。


 ひょっとして、本気で話を聞きたいだけなのか、と思った矢先の砲撃である。



 ≪しかも―――洒落にならねえ威力!!≫



 さらに、その威力と速度は彼女の予測を二周り近く上回っている。


 これまでの応戦の技術と、この砲撃の凶悪さは、対峙する騎士にとっては困惑を隠せないほど噛み合わないものであったのだ。



 ≪こいつ、砲撃特化型か―――≫



 マルチタスクの一部では戦力分析を続けつつ、ヴィータは回避に専念する。


 しかし―――



 「あ――――」



 直撃こそ回避したものの、凶悪なる砲撃の余波は鉄鎚の騎士の騎士服の一部である帽子を破壊し、遠くへ吹き飛ばしていた。



 ≪うん………なあ■■、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?≫



 彼女の脳裏を



 ≪お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう≫



 磨滅したはずの記憶が



 ≪うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな≫



 瞬きの間に



 ≪お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに≫



 駆け巡る



 ≪それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで≫




 「野郎………」


 ヴィータの黒い瞳が青く染まり、それはすなわち彼女が激昂していることを意味している。


 同時に、常に彼女と共に在る鉄の伯爵は主の意思を明確に読み取り、己の権能を顕現させる準備を始めていた。



 「戦いである以上、傷を負うことは覚悟せよ」


 それは、騎士の理。


 「だけど、それはそれ―――――これはこれだ!」



 だがしかし、主との繋がり示す品を、己の誓いと成すのも、騎士の在り方の一つ。


 騎士道とはすなわち、己の魂を示すための意思の具現。己の意思があってこそ、あらゆることに意義はある。突き詰めれば、自分勝手ともいえるが、人の世に生きる人間が意思を通すならば、自分勝手でなければ成り立たない。



 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』



 中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジが吐き出され、グラーフアイゼンに爆発的な魔力が宿る。



 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』


 それは、鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。


 ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形し、力の集約を行うための姿へと。



 「ラケーテン――――!!」


 グラーフアイゼンより凄まじいエネルギーが噴出され、ヴィータは己の飛行魔法にそのエネルギーを上乗せし、爆発的な速度を生み出す。


 「ええっ!」


 そしてそれは、高町なのはという少女にとって、未知の領域にあるものであった。


 半年ほど前、ある魔法人形がそれを用いて稼働しているところを見たことはあっても、彼女にとっての印象は“魔力電池”であり、その認識は正しいものであった。


 カートリッジと言ってもその用途は多種多様。非魔導師でも扱える魔導端末の動力用から、魔力不足を補うための低ランク魔導師用の品、そして、高ランク魔導師が使用する、己の魔法の威力を爆発的に定めるための推進剤。


 しかし、その魔法人形は戦闘が本分ではないため、なのはの前で高ランク魔導師用のカートリッジを炸裂させたことはなく、それを用いた魔法の使用も当然皆無。



 よって―――



 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 「あうっ!」


 彼女の張った障壁を、グラーフアイゼンは鏡を砕くが如くに破壊し、その要であるレイジングハートのフレームをすら撃ち砕く。



 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 「ああああああ!!!」



 ラケーテンハンマー



 魔力噴射による加速で威力を高めるものの、圧倒的な加速力と攻撃力を引き換えに、魔法サポート機能が落ち、射撃魔法、範囲攻撃が出来なくなる、言うなれば諸刃の刃。


 しかしそれだけに、後方からの射撃を得意とするミッドチルダ式魔導師にとっては天敵ともいえる攻撃。


 その速度は距離を即座に詰めることを可能とし、繰り出される一撃はフェイト・テスタロッサのフォトンランサー・ファランクスシフトをすら防ぎきった高町なのはのバリアをすら、跡形もなく粉砕する。


 魔法にも相性というものは当然存在しており、砲撃系の魔法は確かに強力ではあるが、障壁を破壊するならば、一点に魔力と物理的破壊力を収束させたアームドデバイスの一撃に勝るものはない。


 これまで、ベルカ式の使い手と戦ったことのない民間の魔導師にとって、Sランクに相当する力を持つ古代ベルカの騎士を相手にすることは、極めて困難であると言わざるを得ないだろう。



 「ふぅ、やっぱし、あいつはベルカの騎士を知らねえようだな」


 『Ja.』


激昂して感情のままに襲いかかったようでありながらも、並行して冷静極まりない戦況推察を行うのが騎士というもの。


 外見とほとんど相違ない精神性を有するヴィータではあるが、彼女もまた白の国の近衛騎士が一人。


 熱くなるあまり自分も周りも見えなくなるようでは、正騎士を名乗ることなど許されない。


 ただし、彼女が10歳に満たぬ若さにして、その心を得るに至った経緯は、彼女自身の中にすら既に存在していない。



 だがしかし――――その魂は常に傍らに



 彼こそは、幼き少女が鉄鎚の騎士となった瞬間を見届けた、ただ一つの存在なのだから。






 「デバイスも半分くらいは砕いた、一気に攻めるぞ!」


 『Jawohl!』


 ラケーテンフォルム特有の推進機構が再び鼓動を開始し、エグゾーストに似た音を轟かせる。


 対象はビルと衝突し、内部へと姿を消したが、魔力の反応はその位置のまま。


 つまり、このまま押し切るには絶好の機会。逆に、再び距離を与えてしまえば、あの悪夢の砲撃が再び放たれる危険性がある。


 ヴィータが優位に立ちつつある戦況ではあるが、その天秤はまだ完全に定まってはいない。この状態で油断、もしくは慢心し、獲物をいたぶるような真似をする者を、三流と呼ぶが―――



 ≪冷静に―――――今は、仕留めることだけに集中しろ、蒐集はその後だ≫



 なのはにとっては不幸なことに、鉄鎚の騎士ヴィータは一流の戦闘者であった。




 「げほっ、げほっ、あ、つつ」


 対して、彼女はまだ戦闘技術というものを専門の講師から学んですらいない。


 古の白の国でいうならば、彼女はまだ“若木”なのであり、戦闘能力自体はかなり近くとも、“若木”と正騎士の間には超えること難き壁があり、それを彼女は実体験を以て知ることとなった。


 この経験を糧に、彼女の翼はさらに高みへと羽ばたくであろうが、それは今ではない。危機に陥ったその時に瞬時に成長できるほど、世界というものは優しくはない。御都合主義の英雄譚は、あくまで物語の中でのみ綴られる。



 「でええええええええええいい!!」


 『Protection.(プロテクション)』



 それ故、なのはに許されたことは、残る全魔力を防御に回し、破滅の一撃を耐え忍ぶべく術式を紡ぐことであるが。



 「鉄鎚の騎士と、鉄の伯爵に――――――」


 対峙する騎士は、夜天の守護騎士の中でも最もバリア破壊を得意とする前衛の突撃役。


 「砕けないものはねえ!」


 その侵攻は強烈無比にして、立ちはだかるものは悉く粉砕される。



 『通しはしない! 守りきる!』


 だが、主のためにある“魔導師の杖”のデータベースには、諦めるという単語は存在しない。


 彼女の銘は“不屈の心”、どのような状況であっても、折れることなどあり得ない。



 「レイジングハート!」



 主へと破壊が迫るならば、その盾となることこそ、デバイスの務め。


 己の命題を刻みつけし魔導師の杖に、迷いなどは微塵もなかった。




 ――――しかし、蓄積された経験の差というものはどうしようもなく存在する。




 それは、レイジングハートも認めるところでもあった、自身はまだあの45年もの長き時を稼働し続けたデバイスには及ばないと、彼女自身が認識している。


 ならば、今彼女と相対する騎士の魂もまた――――




 『我に―――――砕けぬものはなし!』




 守る誇りがあれば、砕く誇りも存在する。


 鉄の伯爵グラーフアイゼンはアームドデバイスであり、守りを本懐とした機体ではない。


 主に仇なす敵を撃ち砕くことこそ、彼の存在意義なのだ。



 「ぶち抜けえええええええええええ!!」


 『Jawohl.(了解)』



 鉄鎚の騎士の咆哮に、彼は真っ向から応じ、ラケーテンフォルムの噴射口は、三度目の爆発を更なる加速へと変え、変換されたエネルギーはレイジングハートの守りを突き崩していく。


 と同時に―――



 【分かってるな、アイゼン】


 【無論】


 【騎士甲冑だけをぶち壊す、間違っても心臓に突き刺さったりすんなよ】


 【応とも】



 彼女と彼は、刹那の狭間に意思を交わす。


 主の未来を血で汚すわけにはいかない。


 それが、現在のヴィータにとって守るべき誓いであり、彼女の騎士道の在り方なのだ。


 効率だけを見るならば、ここで心臓、もしくは頭部を撃ち砕き、死体からリンカーコアを蒐集した方が良いことは明白。


 ここは主の住む家の近辺であり、この少女が生き延びれば、より力を得て立ちはだかってくる可能性とて存在している。



 しかし――――



 【それが――――騎士だ!】


 【了解、我が主!】



 非殺傷設定という便利な機能の恩恵はなく、命を奪うことを前提に作られたデバイスと、戦場で敵の命を奪うための武術、古代ベルカ式を操る騎士は不殺の誓いを守り続ける。



 『Master!』


 「――――っ、ああ!」


 その一撃は強く、重く、ついに魔導師の杖の防壁を完全に破壊し、少女のバリアジャケットをも撃ち砕く。しかし、それを座して見過ごす“魔導師の杖”ではない。



 リアクターパージ



 高町なのはのバリアジャケットの最終防衛機能であり、限界を超えるダメージを受けた場合にバリアジャケット自らが破裂することで受けたダメージを相殺し、反らすことを可能とする。


 しかし、あくまで緊急用の手段に過ぎず、外部への攻撃力があるわけではない。また、バリアジャケットの再構成を行う必要もあることから、まさに最後の砦ともいえる。


 ならばここは、レイジングハートにそれを使わせた鉄鎚の騎士と鉄の伯爵をこそ称賛すべきであろう。



 「はあっ、はあっ、はあっ」


 主の荒い息と合わせるかのように、グラーフアイゼンの放熱機構がカートリッジの使用に伴い気体を噴出し、役目を終えたカートリッジをその身から吐き出す。



 【よし、上出来だ】


 【Danke.】



 殺しはしないが、敵の障壁の破壊するために全力を尽くす。


 それは矛盾、彼女が騎士であるが故の矛盾。


 ただのプログラム体であれば、迷わず殺しており、八神はやての家族としてのみ在ろうとするならば、そもそも戦ってすらいない。


 だがしかし、彼女はその道を選んだのである。



 「ふぅ」


 呼吸を整えながら、ヴィータは壁際に倒れ、上半身だけを起こした状態でなおもこちらに中破したデバイスと向ける少女へと近寄っていく。



 ≪このデバイス、インテリジェントだ。こいつを完璧に壊せば、そうそう代わりはねえはず≫



 ただ、戦士の目は、魔導師ではなく、そのデバイスへと向けられていた。


 殺しはしないことを誓っているが、デバイスを破壊しないことを誓ったわけではない。そして、相手を殺さずに戦う力を奪うならば、それこそが次善の手段である。



 ≪レイジングハート、だったか、覚えておくぜ≫



 無言のまま、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。傍目には少女に止めを刺そうとしているように見えるだろうが、その対象は魔導師の命ではなく、魂。


 彼女が自身のデバイスを己の魂と認めるように、この二人も強い絆で結ばれていることは、短い戦闘ではあったが確かに感じ取れた。


 だからこそ、そこに温情はかけない。騎士として、戦いぬいた相手に終わりを与えるのみ。




 かくして、鉄の伯爵が魔導師の杖へと振り下ろされ―――――




 『Get set』




 そこに割って入りしは、魔導師の杖と同種の命題を持つ閃光の戦斧。




 「!?」


 だが、ヴィータの驚愕の理由はそこではない、自身の一撃が防がれたことよりも、それを成した敵手の気配を自身がまるで感じ取れなかったことこそが、彼女の心を揺るがせる。


 ≪いつの間に!?≫



 そして、その原因、いや、術者も即座に姿を現し、ヴィータはその理由を悟る。



 「ごめん、なのは、遅くなった」



 そこには、転送魔法でフェイトと共に封鎖結界へ侵入すると同時に、その気配を極限まで薄めるという離れ業を平然と行った結界魔導師が、白い少女を守るように立ちはだかっていた。


 さらに、その前に立ち、グラーフアイゼンを受けとめる金色の髪を持つ少女は―――



 「仲間………か」



 鉄鎚の騎士の確認の要素を含んだ問いに対し――――



 「………友達だ」


 『Scythe Form.(サイズフォーム)』



 己が相棒と共に戦闘体制を取りながら、自らに誓うように答えていた。










あとがき
 ちょうど原作の第一話が終わるところなので、一区切りとします。今回は戦闘描写よりも説明文の方が長いような感じになってしまいましたが、なのはとヴィータの立ち位置、在り方の違いは書きたいことの一つでしたので。ただ、原作の第二話は戦闘に次ぐ戦闘という怒涛の展開ですので、もっとテンポ良くなる…………良くしていきたいと思います。
 ここからどんどん厨二病の度合いが濃くなっていきそうな雰囲気がバリバリなのですが、私が戦闘シーンを書く以上、最早避けられない業であると認識しており、読者の皆さま方には寛大な心でスルーしていただけることを願うばかりです。原作の第二話の内容は、踏襲しつつも戦闘内容はかなり異なるものになる予定ですので、厨二病展開を良しとしてくださる方は、楽しみにしていてください、期待に添えるよう、全力を尽くします。
 ただ、何と言ってもA’S編は書きやすいです。“デバイス物語”において、デバイスがしゃべりまくってくれるA’S編ほど書きやすいものはありません。レイジングハートもバルディッシュもグラーフアイゼンもレヴァンティンもいいところでいい台詞を言ってくれるので最高です。もちろん、クラールヴィントやS2U、デュランダルも活躍させます、それではまた。






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