Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第三話   戦いの嵐、再び




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM7:55



 封鎖結界に覆われた領域内にあるビルの一つ。


 その内部において、外見年齢だけならば小学生の中学年程度と思わしき少女が対峙する。



 「………」


 一人は、噴射機構とスパイクを備えた鉄鎚を構え。


 「………」


 一人は、魔力刃で刀身を構成した大鎌を構える。



 ≪アームドデバイス? いや、近接戦闘も出来るようだけど、これはアームドじゃねえ≫



 既にミッドチルダ式魔導師を一人戦闘不能状態へ追い込んだベルカの騎士は、新手の少女の観察を続ける。



 ≪だけど、纏う雰囲気が向こうの奴よりも鋭い、ひょっとして………≫


 そんな、彼女の疑念に応えるように。



 「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」



 金色の髪を持つ魔導師は、言葉を紡ぐ。



 「手前は―――管理局の魔導師か」


 ヴィータは管理局の機構を詳しく知るわけではないが、次元世界の法律を詳しく知り、民間人への攻撃者の前に立ちはだかる存在と言えば、真っ先に浮かびあがるのがそれである。


 「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」


 「嘱託…………魔導師」


 しかし、彼女にはその名称に聞き覚えはない。


 かつての闇の書の主の下で管理局と戦った時も、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦った局員は本局武装隊の武装局員や、エース級魔導師。さらに、今よりも社会が安定していない時代であったこともあり、まさしく最前線で戦い続ける魔導師を相手にしてきたのだ。


 それだけに、およそ9歳程度と思われる少女が、どのような形かまでは定かではないものの時空管理局の一員として立ちはだかってくることはヴィータにとって想定外であった。



 「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装を解除して」


 とはいえ、その少女の言葉に戦うことを既に決めた騎士が従えるはずもなく。


 「あいにく、あたしらの価値観じゃあ、敵を前に武装を捨てるのは恥なんだよ!」


 ここでこのまま戦えば最悪二対一となることから、仕切り直すために全速で離脱を果たす。




 「ユーノ、なのはをお願い」


 「うんっ」


 だが、こと高速機動に関してならば、フェイト・テスタロッサを凌ぐことは容易ではない。


 飛行魔法による離脱を目論む者にとって、閃光の戦斧を従えた黒い魔導師は、最悪の相性と言える存在であった。



 「ユーノ君、どうやってここを……」


 「うん、その前に―――ありがとう、レイジングハート」


 なのはに治療魔法をかけながら、ユーノは半壊しながらもなおも主人と共に在るデバイスに礼を述べる。



 『届きましたか』


 「え、どういうこと?」


 「レイジングハートから、トールに救難信号が届いたんだ。普通の念話や通信だったらこの封鎖結界で阻害されちゃうだろうけど、受け手は時の庭園の中枢機械のアスガルドで、それを管制機であるトールが動かしてる、だから、言葉の形は成してなかったけど、救難信号であることは判別できる信号が届いたんだよ」


 「そうなんだ……………ありがとう、レイジングハート」


 『No.………Don't worry. (いいえ………お気になさらず)』


 だがしかし、魔導師の杖にとっては、この状況が既に大失態であった。


 主を守りきることは叶わず、もしフェイト・テスタロッサとユーノ・スクライアが僅かにでも遅れていれば、主は――――


 レイジングハートは、高町なのはのために稼働してより初めて、己の無力さ、己の性能の足りなさを認識していた。



 ≪いつか、貴女やバルディッシュにも分かる時が来ますよ。己の性能が主のために足りていない、ならば、自分はどうするべきかを考える時が≫



 己より遙かに長く稼働を続ける、先達の言葉と共に。


 彼女は、思考を続ける。



 「それよりも、あの子は誰? どうしてなのはを…」


 「分からない、いきなり襲いかかられたから………」


 「そっか………でも、もう大丈夫、フェイトもいるし、アルフもいる。それに………」


 「アルフさんも?」



 ユーノが最後に言いかけた言葉を遮ってしまう形で、なのはは確認の問いを返した。


 そして、なのはがその二人を思い浮かべているちょうどその時、上空では先端が開かれているのであった。














新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM7:57



 「バルディッシュ」


 『Arc Saber.(アークセイバー)』



 フェイトの魔力を受け、閃光の戦斧が鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として解き放つ。



 「グラーフアイゼン!」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』


 対して、鉄の伯爵は強襲形態であるラケーテンフォルムを解除し、魔法制御・補助能力に優れ、シュヴァルベフリーゲンの誘導管制補助には最適と言えるハンマーフォルムにて迎え撃つ。


 ヴィータが放った鉄球は四発。それとフェイトが放った魔力刃は空中で交差し、衝突することなく互いの目標へと突き進む。



 「障壁!」


 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』


 迫りくる魔力刃を、彼女はバリア型防御、パンツァーヒンダネスにて防ぐ。


 もしフェイトが放った一撃が直射型射撃魔法であるフォトンランサーであれば、弾くシールド型防御、パンツァーシルトを用いたところだが、今向かってきているのは回転しながら飛来し、恐らくある程度の誘導性を有していると思われる魔力刃。


 ヴィータの読みは的確であり、フェイトの放った魔法、アークセイバーは魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する誘導制御型射撃魔法。これに対してシールド型の防御を用いれば、死角へ回られて意味を成さない可能性があった。故にここでは半球形を成して受けとめることも可能なパンツァーヒンダネスを用いるべき。


 相手の攻撃の特性を瞬時に見極め、適切な防御魔法を選択する戦術眼は、彼女がまさしく歴戦の勇士であることを窺わせる。だがしかし、フェイト・テスタロッサの魔法の師であったリニスという女性の手ほどきも、また並大抵のものではなく―――



 「ちっ」



 アークセイバーにはバリアを「噛む」性質があり、さらに軌道も変則的なので攻撃される側にとっては防御・回避しにくく厄介極まりない。一応、防ぐことには成功したものの、的確な防御を成してなおかなりの魔力を注ぎ込むことを必要とした。



 「―――っ」


 だが、相手の攻撃に対して驚嘆の念を禁じえないのは、黒い魔導師も同様。


 赤い少女が放った誘導弾は実体を伴って襲い来るうえ、その速度も尋常ではない。フェイトのバリアジャケットはそれほど強固ではないこともあり、彼女の戦闘スタイルはなのはと違って攻撃を受けとめることには向いていない。


 そのため、彼女の選択肢は制御しきれなくなる速度で動きまわるか、間合いを大きく離すかの二択となるのだが―――



 ≪この子の魔法、凄い錬度だ。なのはには若干劣るけど、勘がいい≫



 純粋な誘導弾の管制機能のみならば、ミッドチルダ式の高町なのはとレイジングハートの主従に分があるのは当然の理。


 しかし、鉄鎚の騎士と鉄の伯爵は、速度や管制機能で劣る部分を、培った戦闘予測で補っている。つまり、四つのシュワルベフリーゲンを兵、己を指揮官と見立て、高速で避ける相手を用兵で以て追い詰めるのだ。


 魔力値の高さや錬度が、そのまま戦場での優位をもたらすわけではない、状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力こそが重要。


 現在のフェイトが最も模擬戦を行う機会が多い相手、クロノ・ハラオウンの教え通りの光景が彼女の眼前で展開されている。



 ≪だけど―――≫



 そんな戦術を極めるクロノと模擬戦を行って来たが故に、フェイトもまたそういう相手と戦う際の手法をパターンとして保持している。


 その一つが――――



 「!?」


 「バリアァァーーーーーー!!」



 仲間と連携し、隙を突く戦い方。



 「ブレイク!」


 フェイト・テスタロッサが使い魔、アルフの放った一撃は、バリア破壊の特性を備えた渾身の拳。アークセイバーを防ぐためにはバリアこそが最適であるが、シールドと異なり球に近い形で展開すれば同時に行動の自由を狭めることにもなる。


 「くうっ!」


 その隙をアルフは的確に突いたのだ。まさしく主と以心伝心のコンビネーションと言え、ヴィータが展開していたパンツァーヒンダネスを完全に破壊する。



 されど―――



 「このやらあ!」



 弾かれた体勢から即座に立て直し、反撃に移る彼女もまた、並大抵ではあり得ない。



 「ラウンドシールド!」


 若干の驚愕を即座に押し殺し、アルフは障壁を展開。フェイト程の高速機動が無理な彼女では、受け止めるより他にない。


 「テートリヒ・シュラーク!」


 しかし、鉄鎚の騎士もまた、バリア破壊を得意とし、両者の戦闘の相性ならば、ヴィータがかなり優勢といえるだろう。


 「っあ!」


 ハンマーフォルムでの一撃を受け、アルフは傷こそ負っていないものの、衝撃までは殺しきれず落下していく。



 「――――!」


 『Pferde.(フェーアデ)』


 だが、騎士の直感はなおも脅威が去っていないことを告げている。


 “騎兵”を意味する魔術単語と共に、グラーフアイゼンがミッドチルダ式でいうところのフラッシュムーブに近い術式を展開させ、渦巻く風がヴィータの足元に発生し、急上昇。



 「せえい!」



 アルフと入れ替わるようにバルディッシュのサイズフォームによる直接攻撃を仕掛けてきたフェイトの追撃を躱しきる。



 「ふっ!」


 だが、その時には既に体勢を立て直したアルフが、移動魔法を無効化するための術式を走らせ、ヴィータの足に宿っていた湖の騎士シャマル直伝の移動用の風を消し飛ばす。



 ≪こいつらの連携――――――隙がねえ≫



 これこそが、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの連携戦術。


 歴戦の守護騎士にとってすら迎撃が困難なほどの錬度を、フェイトとアルフの二人は確立している。


 同じく歴戦の執務官であるクロノ・ハラオウンですら、この二人を同時に相手取るのは厳しく、模擬戦で競えば一本とられることすらあるのだから。



 「はああああああああ!!」


 「ぐっ!」


 アルフが足を封じると同時にフェイトが距離を詰め、再びサイズフォームでの近接攻撃を仕掛け、ヴィータは辛くもグラーフアイゼンの柄でバルディッシュの柄を受けとめる。



 ≪くそ、ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねえんだ≫



 不殺の誓いがある以上、グラーフアイゼンが最大の破壊力を発揮するフルドライブ状態、ギガントフォルムは容易には使えない。


 これこそが、現在の守護騎士が持つ最大の枷と言える。


 命を奪い合う殺し合いの場において、非殺傷設定など相手に反撃の機会を与えるだけであまり効率的ではないように、“殺さずに制する”ことを目的とする場合において、殺傷設定など枷にしかならない。


 非殺傷設定も殺傷設定も、そこに優劣などありはしない。ただ、目的が変われば求められる機能も変わるだけの話であり、古い機械仕掛けは閃光の戦斧にそう教えていた。


 つまり、殺傷設定しか存在しないデバイスを用いる以上、守護騎士は全ての意識を相手の打倒のみに集中することは不可能。逆に、非殺傷設定のデバイスを操る者は、相手を殺してしまう危険性がないため、全ての意識を相手の打倒のみに集中できる。


 非殺傷設定とはまさしく、管理局員が全力を出し切れるように考案された、新たなるデバイス技術なのであった。



 ≪カートリッジ残り二発、やれっか―――≫



 しかし、いくら状況が不利であっても、それが現実。


 限られた手札を如何に活用して道を切り開くかが、“戦術”であり、それを構築することも騎士の資質の一つである。






 「アルフさんも、来てくれたんだ……」


 「うん、クロノ達もアースラの整備を保留にして、動いてくれてるよ」


 そんな彼女らの空中戦を、なのはとユーノの二人もビルの屋上に移動し、その成り行きを見守っていた。














新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「アレックス、結界抜き、まだ出来ない?」


 「解析完了まで、後少し―――」


 アースラにおいても、そのスタッフ達が事態を把握するべく全力で活動を続けている。


 特に、管制主任であるエイミィ・リミエッタは、このような状況でこそ、その腕が問われる。



 「術式が違う、ミッドチルダ式の結界じゃないな」


 その傍らに立つクロノ・ハラオウンも、目まぐるしく表示を変えるコンソールを見守りながら、解析を行っていく。


 「そうなんだよ、近代ベルカ式でもない。多分、古代ベルカ式だとは思うんだけど、少なくとも、聖王教会の騎士団の人達が登録してくれてる術式とも一致しないんだ」


 「古代ベルカといっても、地方や時代によって術式は異なる。現代まで伝わっているのはあくまで一部だ、仕方ないか」


 それ故に、古代ベルカ式の継承者はレアスキル持ちとほぼ同等の扱いを受ける。逆説的に言えば、再現が不可能なレアスキルと認定されるものは古代ベルカ式のものが大半なのだ。


 それはまた、ミッドチルダ式が専門性ではなく、広く伝え、学ぶための汎用性を突き詰めた魔法技術体系であることも無関係ではないだろう。



 【クロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】


 【はい、結界の解析は私とエイミィ・リミエッタ管制主任が担当いたします。ですので、貴方は戦力として現地に動かれることが、効率的と称される部隊運用でありましょう】


 【その回りくどい言い方は何とかならないのか】


 【申し訳ありません。私の汎用言語機能は、もうフェイトの周囲でしか使用されないのですよ】


 【そうだったな………】



 フェイトと共にいる時ならば、何度彼にからかわれたか数えきれない。


 しかし、フェイトが傍にいない時のトールは、まさしくデバイスそのもの。


 年季を感じさせる、融通の利かない、古びた機械仕掛けなのだ。



 【ともかく、了解した。君がいてくれて助かるよ】


 【感謝には及びません、フェイトのためです】


 【ああ、それでいいさ】



 アースラのスタッフは優秀ではあるが、ミッドチルダ式とベルカ式の違い、さらにその歴史背景についてまで把握しており、現在の状況とすり合わせながら解析できる存在となると、トップ三人に絞られる。


 とはいえ、艦長であるリンディは全体を指揮せねばならず、エイミィ一人では解析が厳しいのも事実であり、執務官であるクロノは非常に動きにくい立場にあった。


 しかし、現在のアースラにはその三人以上に“解析”というものを得意とする存在がいる。過去のデータベースと照らし合わせ、単純な比較演算を繰り返し行うことならば、彼の右に出る存在などいないのだ。



 「エイミィ、僕も出る。君はトールと協力して結界の解析に集中してくれ」


 「オッケー、任して」


 後方が万全であればこそ、前線組は心おきなくその力を振るうことが出来る。


 インテリジェントデバイス“トール”には直接的な戦闘技能はないが、他の者が本領を発揮するための環境を整える“舞台装置”としての機能ならば、他の追随を許さない。


 かくして、クロノ・ハラオウンもまた、戦場へと馳せ参ずる。











新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:01





 「――――っ!」


 「こんの!」



 目まぐるしく位置を入れ替えながら高速機動戦を展開する二人の戦いも、終息する時が見えた。



 「んあ!」


 赤い騎士の身体をついにバインドが捕え、その身を止めることに成功する。


 しばらくは二人がかりでのコンビネーションを行っていたフェイトとアルフだが、敵の応戦技術を鑑み、一種の賭けに出ていた。


 それはすなわち、あえてフェイト一人で相手をし、アルフは敵を捕えるための罠を構築することに専念すること。


 なのはを一方的に打ち負かした相手に対して行う作戦としては若干博打性が高かったものの、どうやら功を奏したようであった。



 「く、ぬぎ、くく…」


 ヴィータの四肢はアルフのバインドによって完全に拘束され、完全に身動きを封じられた。



 「終わりだね、名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」


 フェイトとアルフは油断なく身構えつつも、捕えた少女に言葉をかける。


 だが―――



 ≪やっぱし、甘えな≫



 絶体絶命の状況にありながらも、鉄鎚の騎士は冷静に思考を働かせていた。



 ≪あたしの危険性を考えれば、目的を聞く前にまずは手足の一、二本は叩き折るべきだろ。治療なんて後でも出来るし、尋問するなら医務室でも出来る≫



 少なくとも、自分が時空管理局員であったなら、そうしているだろう確信がある。



 ≪それに、この程度で完全に封じれたと思われてんなら、甘く見られたもんだ≫



 確かに、身動きは出来ないが、このバインドには魔力の生成や運用を阻害するような効果はなく、さらに、グラーフアイゼンは未だ右手にある。



 ≪カートリッジ残り二発、それを一気にロードして、ギガントフォルムを顕現させればその衝撃でバインドをぶっ壊すこともできる≫


 だが、それを行えば後がなくなってしまう。


 今夜、ヴィータの戦略目標はあくまで高町なのは一人であり、この金髪の魔導師との戦いはそもそも想定外。長期戦を予想していたわけではないので、カートリッジの補給のことは考えていなかった。


 しかし、このまま戦っても勝ち目が薄いことを認識してなお、カートリッジをロードすることもなく、彼女が単身で戦い続けたのには当然、相応の理由がある。



 ≪何より、このバインドで――――――念話は止められねえよな≫



 そも、白い魔導師の少女の探索役は、鉄鎚の騎士ヴィータ一人ではない。


 彼女と異なり、カートリッジを補給する必要もなく、戦闘継続可能時間ならば、四人の中で群を抜く存在が、つい15分ほど前まで行動を共にしていたのだ。




 すなわち――――





 「!? なんかやばいよ、フェイト!」


 野生の勘が成せるものか、アルフはただならぬ予感を察知し、主人に注意を促すも、時すで遅し。



 「はあっ!」


 「くああっ!!」


 凄まじい速度で下方から来襲せし剣の騎士が、フェイト・テスタロッサを炎の魔剣、レヴァンティンによって弾き飛ばす。



 「シグナム――――」


 だがそれは、ヴィータにとっても予想外の存在であった。


 彼女がこの場に来ると確信していた存在は、ヴォルケンリッターの将ではなく。



 「うおおおおお!!」


 「!? つああっ」



 騎兵の如き猛進から、ガードごと突き破る拳を放ち、体勢を崩した相手に追撃の蹴りをみまい、弾き飛ばす近接格闘の名手。


 ヴォルケンリッターが盾の守護獣、ザフィーラであった。



 「レヴァンティン、カートリッジロード」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』



 そして、奇襲によって体勢を崩した相手をそのまま見逃す程、烈火の将は甘くはない。


 先の一撃によって弾き飛ばされたフェイト・テスタロッサに対し、手加減なしの追撃をかける。



 「紫電一閃―――――――はああああっ!!」



 シグナムの炎熱変換を持つ魔力が刀身に満ち、炎の魔剣はその名の通りの姿を顕現させる。


 飛行魔法による加速、シグナムの太刀筋、さらに、カートリッジによる強化に、レヴァンティン自身の強度。


 これらが合わさったこの一撃を防ぐことは、例えSランクの魔導師であっても容易ではないだろう。



 「!?―――」



 そして、今日初めて古代ベルカ式の使い手と対峙することとなった少女がそれを成すことは、いくら天性の才能と惜しみない努力を積んでいる身とはいえ不可能なこと。


 紫電一閃は閃光の戦斧の柄をたたき割り、武器を砕かれ、一瞬の忘我にある少女へと必死の一撃を見舞うべく、シグナムはさらにレヴァンティンを振りかぶり―――



 『Defensor.(ディフェンサー)』



 必死の一撃は、閃光の戦斧によって防がれていた。


 「バルディッシュ!」


 柄が叩き割られ、今の彼は二つに砕けた状態。如何にデバイスであろうとも、無視することは出来ない損壊。


 だがしかし、閃光の戦斧は自身の損壊など意に介さない。そのようなことなどまさしく“考えるに値しない”とばかりに、彼は主を守ることに全てを費やす。



 『通さぬ』



 寡黙な彼は激することなく、静かに猛る。奇しくも状況はレイジングハートと似たものとなったが、最初のラケーテンハンマーによってコアにまで達する傷を負った彼女と異なり、バルディッシュのコアは未だ無傷。


 故に――――



 「やるな」


 『Ja.』



 高速機動の管制制御を得意とする彼は、相手の攻撃の勢いすら利用し、下方へ加速し離脱を図った。


 無論、代償として高速でビルに叩きつけられることとなるが、リカバリーもまた閃光の主従の得意とするところ。剣を得物とする相手の間合いに留まるよりも断然安全な選択と言えた。



 「フェイトォ!!」


 とはいえ、やや離れた場所から見ていたアルフにとっては、バルディッシュの咄嗟の判断までは知りえない。


 彼女はただちに己の主を助けるべく向かおうとするが。



 「…………」



 その進路には、盾の守護獣が無言で立ちはだかる。彼の表情、彼の纏う気配が、“ここは通さぬ”と何よりも雄弁に語っていた。




 「まずい、助けなきゃ」


 同じく遠くからフェイトが墜落するのを確認したユーノは、即座に行動に出る。


 「妙なる響き、光となれ。癒しの円のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ」


 ユーノの詠唱と同時になのはの周囲にミッドチルダ式を表す円形の陣が構築され、彼女を癒しの光が包み込む。


 ラウンドガーダー・エクステンド


 本来のラウンドガーダーは防御結界であるが、さらに回復効果が付与されたことで高位結界魔法に区分されるA+ランクの守り。



 「回復と、防御の結界魔法。なのはは、絶対ここから出ないでね」


 なのはを守るために行える可能な限りの処置を終え、ユーノもまた飛行魔法を用いて空を駆ける。


 ユーノはA+ランクの結界魔法を展開しながらさらに空戦レベルの飛行魔法を駆使するが、彼がAランク魔導師であり、さらにデバイスを用いていないことを考えれば、彼が得意とする魔法が目立ちにくい分野であるだけで、なのはやフェイトと同等の才能を有することが窺えるだろう。




 しかし―――




 「不味い!」


 そこで彼が見たものは、紫色の閃光がフェイトの墜ちたビル目がけて急降下していく光景であった。今からユーノが全速力で駆けつけようとも、敵が先に到達してしまうのは明らか。


 なのはを守るための結界を構築する彼の手際は、これ以上ないほどに速いものであったが、それでも十秒近い時間を要した。


 そして、その間の時間を座して待つほど、烈火の将の戦術眼は甘くはない。



 ≪ヴィータ、しばらく待っていろ、先に仕留めてくる≫


 ≪ああ、いざとなれば自分でも外せるから気にすんな。それに、ザフィーラもいてくれる≫



 そのような念話が交わされたのが5秒前の話であり、シグナムはそのまま墜落した魔導師への追撃へ移る。


 自分がヴィータのバインドを解除すれば、その間に残る敵が墜落した仲間を助けるために動くのは間違いない。しかし、デバイスが全壊してしまえば、戦力として復帰することはほぼ絶望的となる。


 ならばここでシグナムが取るべきは、まずは手傷を負わせた相手のデバイスのコアを完全に砕き、戦闘不能状態へと追い込むこと。蒐集を行うことも、ヴィータのバインドを解除することも、それからでも遅くはない。


 それはまさに、ヴィータがレイジングハートに対して行おうとしたことの焼き増しでもあったが、彼女らがほぼ同等の戦術眼を有する夜天の騎士である以上、当然の帰結でもあった。




 的確な状況判断の下、烈火の将はフェイトが墜落したビル目がけて一直線に突き進む。


 そこに迷いはなく、例えフェイトが戦える状態になくても、容赦する気など微塵もない。




 故にこそ、ユーノがフェイトの救援に向かった際に彼女が健在であり、シグナムがそこに到達すらしていなかったのは、彼女が判断を変えたためでも、フェイトに温情をかけたわけでも当然なく。



 「民間魔導師への攻撃魔法使用、管理外世界の市街地における許可なき結界封鎖、さらに、嘱託魔導師からの勧告を受けた後の戦闘続行」



 シグナムの前に、ストレージデバイスS2Uを構えた黒衣の魔導師が立ちふさがったからに他ならない。



 「時空管理局、次元航行部隊“アースラ”所属執務官、クロノ・ハラオウンだ」



 その構えには一切の隙もなく、これまでシグナムとヴィータが対峙した少女からは感じ取れた“素人らしさ”が微塵も感じ取られない。


 外見こそ、12歳程度と見受けられる少年であり、その声もまだ声変わりしていないが、纏う空気は歴戦の戦士のそれ。



 「詳しい事情を、聞かせてもらおう」



 そして、同じく歴戦の戦士である烈火の将は確信する。



 「残念ながら、答えられる事柄は持ち合わせていない」



 この少年を相手にするならば、こちらも相当の覚悟をもって臨まなければならないことを。


 殺さないように手加減しながら戦おうなどと考えれば、即座に仕留められるであろうことを。



 「聞きだしたくば、武器をもって打倒するしか道はあるまい」


 「そうか」



 返答は短く、両者はそれぞれのデバイスを構える。



 ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジシステムと高度な知能を兼ね備えし、炎の魔剣レヴァンティン。


 特筆すべき特性は持たないが、それ故にあらゆる状況に対応し、最速の演算性能を誇るストレージデバイス。汎用性という点で他の追随を許さず、ミッドチルダ式の象徴ともいえるS2U。




 ベルカの騎士と、ミッドチルダの執務官の戦いが、始まろうとしていた。








あとがき
 ここより、原作とはやや異なった展開となります。トールが解析役に回ったことで、クロノが前線指揮官として問題なく動けるようになったことが、相違点になりましょうか。
 原作の二話が終わるまではかなり怒涛の展開となる予定ですので、バトル好きな方は楽しみにしていただければ幸いです。それではまた。




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