Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四話   集団戦




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM8:03




 「大丈夫、フェイト」


 「うん、ありがとう、ユーノ」



 バルディッシュがリカバリーを行ったとはいえ、凄まじい勢いで叩きつけられたフェイトは、ビルの階層をおよそ10階分貫き、建築物損壊よりも建築物崩壊と称すべき破壊をビルにもたらしていた。


 もしここが封鎖領域の中でなく、現実空間であったならば、このビルを使用していた会社の窓際社員の首が切られることは疑いない。


 とはいえ、ビルがどうなろうとそれは彼らの関知するところではなく、ユーノは手早くフェイトにフィジカルヒールをかける。



 「バルディッシュも……」


 「大丈夫、本体は無事」


 『Recovery.(修復)』


 本体コアが破損しない限り、彼やレイジングハートは主の魔力を受けて即座に戦線へ復帰することが可能。これもまた、現在のデバイス技術の発展の成果といえるだろう。


 とはいえ、やはり限界はある。損傷を受けたことは確かなのだから、戦闘が終わればデバイスマイスターに点検を依頼する必要があることも事実であった。



 「ユーノ、この結界内から、全員同時に外へ転送、いける?」


 「うん、アルフと協力できれば………なんとか」


 「私が前に出るから、やってみてくれる」


 「分かった」



 そして、フェイトは目を瞑り意識を集中させ、己の使い魔念話を飛ばす。


 【アルフも、いける?】


 【ちょっときついけど、何とかするよ。それに―――】


 【なかなかいい判断だ、フェイト】



 そこに、予想外の人物からの念話が届く。



 【クロノ―――】



 バルディッシュの修復と同時に、相手の戦力や結界の強度を分析し、今後の対応を考えることに集中していたフェイトは、ユーノが治療を行うための足止めを行っている黒衣の魔導師の存在を感知していなかった。


 それに本来ならば彼が容易く動ける状況でなかったこともある。もし古き機械仕掛けがエイミィと共に結界解析役を引き受けていなければ、彼がここに来ることは不可能であっただろう。



 【ただし、若干の修正を加える。敵は現在のところ三人だが、これ以上増えないという保証はない、いや、もし仲間がいたならば、恐らくは乱入してくる可能性が高い】


 【…………確かに】



 フェイトの構想の中には新たな敵の増援という要素は含まれておらず、この状況でそこまで考慮出来るクロノに対し、彼女は内心驚いていた。


 しかし、クロノにもそれなりの理由がある。昨日、レティ・ロウラン提督と自分の母であるリンディ・ハラオウンとの会話を聞いていた彼は、ブリッジを辞した後、闇の書に関する情報を即座にデータベースより参照できるデバイスと、闇の書の守護騎士の特徴について確認していたのだ。



 ≪鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません≫


 ≪彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします≫


 ≪剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったと≫


 それらの情報を現状にあてはめるならば、対峙している三人の特徴は見事に当てはまる。ミスリードの可能性が否定しきれるわけではないが、レティ・ロウランの話との整合性も考えれば、ほぼ間違いあるまい。


 となれば、あと一人、湖の騎士と呼ばれる後方支援役がどこかにいるはずなのだ。



 【そして、新たな敵が来たならば、最も狙われ易いのはなのはだ。そこで、敵の三人は僕とフェイトとアルフで足止めするから、ユーノはまずなのは一人を安全に転送させることに全力を注いでくれ、ただし、なのはとはある程度の距離を置いた場所で】



 複数の人間が入り乱れる集団戦における定石は、弱い者、もしくは傷を負った者から狙うというもの。まずは、確実に消せるところから潰していく。または、弱いものを狙うことで強者が庇わざるを得ない状況を作り出すという戦術もある。


 敵がその定石に則るならば、狙ってくるのはデバイスが中破し、バリアジャケットも失っているなのはしかあり得ない。逆に言えば、なのはさえ転送させてしまえば、残る四人は自力で敵を振り切って逃走することも不可能ではないのだ。外部からはアースラが現在も結界の解析を進めているのだから。


クロノ・ハラオウンは烈火の将を足止めしながら、そこまでの思考を働かせていた。



 【どうして………あ、そういうことだね、分かったよクロノ】


 【えっと―――ユーノの転送魔法を敵が妨害しようとした際に、なのはを巻き込ませないため?】
 

 【その通りだ。かといってユーノの防御結界があるとはいえ離れ過ぎるのも問題がある、いざという時には補助に回れる距離を保つようにしてくれ、それから、敵にまだ仲間がいる可能性がある以上、ただ結界の外に出せばいいというものでもない。下手をすれば、結界の外で敵が待ち構えている危険性すらあるからな】


 【ええっと、じゃあ、どこに? アースラは遠すぎるよ?】


 【遠見市にあるフェイト達のマンションだ、あそこの転送ポートを利用すれば本局まですぐに飛べる。純粋な安全性ならなのはの家が一番だが、一応は魔法を知らない家に瞬間移動させるわけにもいかないだろう】



 高町家こそ、現在の海鳴市において最も戦力が集中している場所であるのは間違いない。


 しかし、なのはが家族に秘密にしている以上は、まだそこに転送させるわけにはいかない。それに、このような事態になった以上は、なのはを一旦アースラか本局へ避難させる必要があるため、高町家は好ましくないのだ。


 ジュエルシード実験のために時の庭園が現地の拠点として用意したマンションは転送ポートとしてなおも機能しており、夏にフェイトが遊びに来た際には別宅としても機能していたのであった


 【分かった。僕は、なのはを守りながら彼女の転送に専念すればいいんだね】


 【じゃあ、わたしは?】


 【一旦僕と合流してくれ。流石に二対一では厳しそうでね、仕切り直したいところなんだ。アルフは、もう一人の足止めを頼む、ただし、深追いはするな】


 【了解、転送魔法を準備しなくていいなら、どうとでもなるさ】



 全員の同時転送ともなればユーノとアルフが二人がかりで行う必要があるが、ユーノが一人でなのはの転送に集中するならば、その間アルフは戦闘に全力を注ぐことが出来る。そして、ユーノが抜けた穴はクロノがカバー。



 【頼むぞ、皆】


 【【【  了解  】】】



 これこそが、クロノ・ハラオウン執務官。


 彼の参入は戦力が一人増えただけに留まらず、現状における彼我の戦力を分析し、こちらが取るべき行動を瞬時に判断し、皆に指示を出す前線指揮官の到着を意味しているのだ。


 戦闘能力だけならフェイトはクロノとかなり近い領域に達しているが、指揮官としての能力に関してはまだまだ及ぶところではない。自分の能力を使いこなすことと、他人を上手く使うことは全く別種の技能なのだ。


 そして彼は戦況を見極め、指示を出すと同時に、前線の戦力の一人としても機能しているのであり、若きエース達において、それを可能とするのも今はまだ彼一人。


 二人の魔法少女が、“エースオブエース”、“金色の閃光”の渾名と共に指揮官としての能力も持ち合わせる真のエースへと至るまでには、まだ幾ばくかの時が必要であった。




 ミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士のよる集団戦が始まる。










新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:04




 「つおっ!」


 「はっ!」


 そして、念話による作戦会議を行いながらも、黒衣の魔導師は剣の騎士と相対している。


 最早、高速で飛び回ることは戦うために最低限必要な技能とでも言わんばかりに空を舞い、交差する両者。


 彼ら二人に限らず、この場にいる魔導師と騎士は全員が空戦を可能としており、かつその半数近くは10歳未満。ミッドチルダの地上部隊が聞けば何の冗談だと笑いたくなるであろう状況だ。


 「スティンガースナイプ」


 クロノのデバイス、S2Uより誘導制御型射撃魔法が発射され、シグナムへと突き進む。


 「レヴァンティン」


 『Panzerhindernis.(パンツァーヒンダネス)』


 躱しきることは困難と判断した彼女は、バリアを展開するも―――



 「スナイプショット」


 僅かにタイミングをずらした弾丸加速のキーワードにより、魔力光弾(スティンガー)は急加速、シグナムの予想を超える“早さ”で命中する。


 そして、それに留まらず、魔力弾丸は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージ。クロノの指示のもと、再び敵へと肉薄する。



 ≪やはり、か≫



 迫りくる追尾と魔力チャージの特性を兼ね備えた弾丸を鞘で弾きながら、シグナムは己の直感が正しかったことを悟る。



 ≪強いだけではなく、巧い≫



 飛行速度や近接攻撃の威力ならばフェイトが上、誘導弾の制御や砲撃の破壊力ならばなのはが上。


 しかし、必要な時に必要な魔力のみを用い、クロノは最高の戦果をあげている。今の彼の目的は足止めであり、アースラの結界解析に長時間かかることも考えられる以上は、持久戦を前提とした戦法を取るのも当然の成り行きであった。


 ブレイズキャノンなどの砲撃魔法は放たず、ベルカの騎士の独壇場である接近戦にも持ち込ませず、中距離を保ったまま彼は誘導弾とバインドのみでシグナムをこの空域に釘づけし続けている。


 それは彼が、数は少ないとはいえ現代に残るベルカ式の使い手との戦闘経験を有していることを意味している。民間人であるなのはや、時の庭園とアースラ以外では訓練を行ったことのないフェイトと異なり、クロノにとって古代ベルカ式の使い手は初見ではないのだ。



 ≪一人では突破は難しいな、ザフィーラも敵の守護獣を相手にしている。ならば――――多少荒いが、許せよヴィータ≫



 そしシグナムは、“多少荒い手段”を実行に移す。





 


 「意外と苦戦してんな、シグナム」


 そんな将の胸中は知らず、鉄鎚の騎士はバインドに捕らえられた状態のまま、戦況の推移を見守っていた。


 シグナムは新手の黒衣の魔導師に足止め、いやむしろ釘づけにされ、ザフィーラもオレンジの髪をした守護獣を相手にしている、こちらはしばらく押していたが、現在はほぼ拮抗状態、今すぐにこちらに駆けつけることは厳しいだろう。



 「やっぱ、自分で外すしかないか――――って、おおい!」



 『Schlangeform!(シュランゲフォルム!)』



 ヴィータの位置にすら聞こえるほどの大きさで、レヴァンティンの声が響き渡る。それは、炎の魔剣の二つ目の姿、連結刃への変形を意味している。



 「シュランゲバイセン!」



 連結刃からの攻撃はシュベルトフォルムでは届かない範囲や中距離への攻撃を可能とし、敵の移動や回避を困難とする、間合いを制することに長けた一撃。


 そして、シグナムがわざわざカートリッジを使用して連結刃への変形を行ったことには、二つの目的があった。


 一つは、クロノとの間合いを離し、一旦仕切り直すこと。


 そして、もう一つは――――



 「危ねえなおい!」


 連結刃がシグナムを中心に竜巻を形成するように展開し、それを回避したクロノは一旦距離置く。と同時に、その反対側にいたヴィータにも当然連結刃は届く。


 だが、刃が騎士服の一部を切り裂いたものの、ヴィータの肌は無傷であった。また、破壊されたものは彼女の騎士服だけではない。



 「右手のバインドだけきっちり破壊してら、ったく、荒っぽいにも程があんだろ」


 愚痴を言いつつ、ヴィータは右手に握ったグラーフアイゼンによってバインドブレイクを実行、残り三つのバインドを悉く破壊する。


 「文句を言うな、それよりも、バインドに捕まるとは油断でもしたか」


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』


 そして、仕切り直すためにヴィータの元まで引き、レヴァンティンをシュベルトフォルムに戻しつつシグナムが声をかける。


 「うっせーよ、戦術的判断って言え。いざとなればこっから逆転することだって出来らあ」


 「そうか、それはすまなかったな。だが、あまり無理はするな、お前が怪我でもすれば、我らが主も心配する」


 「わあってるよ」



 主に無用な心配をさせないことも、騎士たる者の役目。それは彼女らの心より生まれる想いであり、“独善”と言われればそれまでではあるが、騎士に限らず、人と人との触れ合いというものはそういうものだ。


 自分ではない他人の心など、完璧に把握できるはずもなく、そもそも自分の心すら理解できない場合も多い。しかし、だからこそ人間は触れ合い、言葉を交わし、繋がっている。


 だが、闇の書の守護騎士として長い夜の中にいた頃は、そのような意思すらなく、蒐集を行うプログラムに過ぎなかったが、そんな彼女らも、今は主のために戦っているのだ。


 二人の騎士は敵の動向に目を走らせながらも、会話を交わしていく。



 「それから、落し物だ」


 「あ…」


 シグナムはヴィータの帽子を手に取り、彼女の頭に乗せる。


 「ありがと………シグナム」



 やや照れつつも礼を言うその時の姿だけは、まさしく歳相応の少女ものであったが。



 「戦況は、四対三、芳しいとは言えないな」


 「ああ、それに向こうさんも迎撃準備万全みたいだ」



 その表情は、すぐさま歴戦の戦士のそれへと戻る。その視線の先には、杖を構えし黒衣の魔導師と、その隣には魔力刃で構築された鎌を構えた同じく黒衣の少女が空に佇んでいる。



 「一人は戦闘不能だが、敵は四人。一対一ならば我らベルカの騎士に負けはないが、守勢に回られ、負傷者を逃がされると厄介だ」


 「つーか、ここで逃げられたら、あたしはあいつのデバイスを壊しに来ただけの間抜けになっちまう」


 今宵の守護騎士の戦略目標はあくまで白い魔導師から蒐集を行うこと。管理局の主戦力クラスの魔導師と真っ向からやり合うこと事態が、既に想定外なのだ。


 かといって、ここで退いてはただこちらの情報を管理局に渡すだけの結果しか残らない。何としても四人の壁を突破し、少なくとも一人からは蒐集を行わねばただの無駄骨だが、いくらベルカの騎士とはいえ相手が守勢に徹するならば突破は難しい。



 「そして、先程までとは気配が違う。ザフィーラが相手している守護獣も同様にな」


 「差し詰め、指揮官が到着して、戦闘だけに専念できるようになったってとこか。これまでは慣れない状況判断と戦闘を同時に行ってたから甘さがあったけど、その穴も埋まっちまった」



 つい先程まではザフィーラに押されていたオレンジの髪の守護獣、アルフも今ではほぼ互角にまで持ち直している。


 ヴィータの推察の通り、クロノの指示によってフェイトのことや転送魔法のことを気にする必要のなくなったアルフは、目の前の敵と戦うことのみに全力を注げているのであった。


 数の上で不利な上に、敵の指揮官も優秀。


 ヴォルケンリッターにとって、戦局はいささか厄介な情勢となりつつある。



 「蒐集を行うにも、まずは誰か一人を抜かねばならんが………一人だけを転送するならばあまり時間もかからん、まずは、あの少年を狙うべきか」


 その少年とは無論、なのはから若干離れた位置で転送魔法の構築と部分的な結界抜きを試みるユーノ・スクライア。


 「だな、闇の書はあたしが持って……………ない」


 腰の後ろに手を回したヴィータが、そこにあるはずのものがないことに気付く。


 「何だと?」



 そして、その答えは数秒後に別の方角からやってくることとなる。












新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン PM8:05



 「♪〜♪〜♪〜、よしっと、――――ん」



 鼻歌を歌いながら料理をしている少女のエプロンのポケットに収められた携帯電話が、着信音を響かせる。



 「もしもし?」


 「あ、もしもし、はやてちゃん、シャマルです」


 「ん、どうしたん?」


 「すいません、いつものオリーブオイルが見つからなくて………ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから」



 ただ、その声はいつものシャマルの声に比べてややゆっくりとしたもの。


 電話である以上当然と言えなくもないが、これはシャマルが主に虚言を成すときの特徴でもあった。



 「別にええよ〜、無理せんでも」


 「出たついでに、皆を拾って帰りますから」


 「そっか、気いつけてな」


 「はい、お料理、お手伝いできなくて、すみません」



 それは、虚言ではなく心からも想い。



 「だいじょぶ、平気やって」


 「なるべく急いで、帰りますから」


 「急がんでいいから、気いつけてな」


 「はい、それじゃあ」



 そうして、湖の騎士シャマルは通信を終える。ただし、その場所は海鳴のスーパーの近くではなく、近いようでどこよりも遠い、位相を隔てた封鎖結界内。彼女の視線の先では、二騎の守護獣が空中戦を繰り広げている。


 無論、封鎖結界の内部から携帯電話を使用したところで、通常空間にいるはやての携帯電話に繋がるはずもない。そもそも、位相が違うのだ。


 だがしかし―――



 「そう、なるべく急いで、確実に済ませます。クラールヴィント、導いてね」


 『Ja.』


 彼女の持つデバイスは、直接的な攻撃力の大部分を犠牲にすることで、強力なサポート能力を保有するベルカでも数少ない補助魔法特化型のアームドデバイス。


 彼女と湖の騎士シャマルの魔法が合わされば、魔力で駆動する魔導端末と、純粋な電気で駆動する機械端末を繋ぐのみならず、空間を隔てた通信すらも可能とする。


 それは、目立たず地味でありながらも、実は瞠目すべき脅威の技術なのである。



 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』


 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せる。


 この状態においてこそ、クラールヴィントは通信・運搬の補助に対して最大の性能を発揮するのだ。



 【ヴィータちゃん、シグナム、闇の書は私が持っているわ】


 故にこそ、その念話はおろか、彼女がこの場にいるとさえも誰にも感知されぬまま、湖の騎士は密かに通信回線を開く。


 クロノですら、湖の騎士が近くにいる可能性に思い至っているものの、その場所までは特定できていない。彼が戦闘を行っておらず、探索に集中出来たならば話は違うだろうが、シグナムとヴィータと相対しながらでは無理があった。


 【管理局の魔導師はまだ私を感知していないわ。だから、いい作戦があるの】


 そして彼女は、ヴォルケンリッターにおいて頭脳戦を担当する参謀役。


 ベルカの騎士でありながら近接格闘に向かないデバイスを操るその真価が、静かに発揮されようとしていた。

















新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08



 集団戦が開始されると共に、戦う者達はそれぞれに散り、一対一の戦いを三箇所において展開することとなった。 それぞれの位置はなのはの場所から離れており、アースラ組がヴォルケンリッターをなのはから引き離した結果といえる。


また、三箇所の戦闘位置とほぼ等距離であり、なおかつなのはともそれほど離れてはいない位置にユーノは陣取り、結界の突破となのはの転送を試みる。



 そして、三局の戦いの一つにおいて、既に衝突が行われていた。



 高速機動からの魔力を伴った衝突はそれだけで凄まじい音と光を生み出すものの、その中心にいる両者は意に介することなく、各々の得物に力を込める。


 閃光の戦斧と炎の魔剣


 剣とハルバード、形状や用途に違いはあれど、近接戦闘において真価を発揮する武器であることに変わりはなく、その鍔迫り合いは一見、拮抗しているように見受けられる。



 「く、ぐぐ」


 「――――」



 だが、互角ではない。魔力と魔力がぶつかり合い、火花が散るたびに僅かながらバルディッシュの刀身が削られていき、僅かに亀裂が入る。



 ≪相手はアームドデバイス、強度は向こうが上だ≫



 近接戦闘に向いた武装であるとはいえ、バルディッシュはインテリジェントデバイスであり、対して、レヴァンティンはアームドデバイス。共に高度な知能と主の魔力変換資質を引き出す特性を備えているものの、重きを置いている機能が異なっている。


 ミッドチルダ式であるバルディッシュは射撃の制御や、何よりも高速機動の管制に主眼が置かれている。ベルカ式であるレヴァンティンは近距離、中距離、遠距離を問わず、いかなる状況でも最大の破壊力を引き出すことに主眼を置かれた攻撃専門といえる。


 近接戦闘において、現在のバルディッシュではレヴァンティンに及ばないことは、火を見るより明らか。



 『Photon lancer.(フォトンランサー)』



 フェイトは持ち前の機動力を発揮して大きく距離を取り、自らの周囲に四つの光球を展開、それぞれに魔力を込めていく。



 「レヴァンティン、私の甲冑を」


 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』


 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。


 魔法攻撃に対して圧倒的な防御性能を誇り、全身を覆った場合は攻撃が不可能となるため、部分展開や鞘に纏わせるなどの調整が必要となるが、ここでは純粋な防御用として発動させる。



 「撃ち抜け、ファイア!」


 強力な魔力が込められたフォトンランサーが放たれ、剣の騎士へと突き進む。誘導性能を持ち得ない直射型ゆえに、弾速が速く、連射も可能。フェイトが最初に習得した魔法でもありそれだけに熟練しており、信頼性も高い。



 だが――――



 「!?」


 パンツァーガイストは全力ならば砲撃魔法すらも防ぐ。防御に徹した際のシグナムの守りを突破しようと思うならば、なのはのディバインバスターと同等かそれ以上の破壊力がなければ叶わない。



 「魔導師にしては悪くないセンスだ」


 それは、彼女の心からの想いであり、自分にも味方にも厳しい彼女がそのように述べるのは珍しい。


 遙かな昔、白の国にて“若木”を教導していた時には、そのように賛辞に近い言葉を受け取った者は稀であった。



 「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――――――――まだ、足りん!」



 瞬間、シグナムの身体が消える。いや、フェイトにはそう見えるほどの速度で移動したのだ。



 「おおおお!!」


 その次に瞬間にはフェイトの頭上に姿を現し、上段から加速を込めてレヴァンティンを叩きつける。純粋な速度ならばフェイトが上回るにも関わらず、なぜこうも容易く彼女の間合いに入り込むことが出来るのか。



 「くうっ!」



 それはすなわち、速度に非ず技術、入りのタイミングと相手の目からは捉えにくい緩急。“相手に近づいて叩っ切る”というものがシグナムの戦術の基本ではあるが、それだけに彼女は間合いを詰めることを何よりも得意としている。


 ヴィータのグラーフアイゼンならば、ジェット噴射機構を備えたラケーテンフォルムがあり、急加速も可能だが、レヴァンティンにはその機能はない。それゆえ、シグナムは己の技量によってそれを補っているのであり、彼女の高い技量があってこそ、レヴァンティンは攻撃能力のみに特化することが出来る。


 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将のために作られたデバイスであり、その連携にはまさに微塵の隙もない。フェイトが展開したバリアをそのまま破壊し、バルディッシュ本体にすら軽微ながら損傷を加える。



 「レヴァンティン、叩っ切れ!」


 『Jawohl!(了解)』


 さらに、カートリッジロード。生じた相手の隙を見逃さず、カートリッジを用いるべきタイミングを見極め、追撃を仕掛ける。


 炎熱変換された魔力が再びレヴァンティンに宿り、炎の魔剣はその真価を存分に発揮していた。



 「く、ああ!」


 バルディッシュで以て迎撃を試みるフェイトだが、その一撃は重く、強く、バルディッシュにさらなる損壊を加えると同時に、彼女を再びビルへと叩きつけた。














 「はああ!」


 「スティンガーレイ」



 高度な空戦は別の局面でも変わらず展開されている。


 鉄鎚の騎士と黒衣の魔導師は高速で飛び回りながらも、ある種の膠着状態に陥りつつあったが、それは偶然ではなく、片方が意図的に誘導したものであり、もう片方がそれを知りつつもあえて乗るという形で展開されていた。


 クロノはヴィータの鉄鎚を躱し、反撃に用いる魔法は威力自体はそれほど強くはないものの速度とバリアの貫通能力が高いため、対魔導師用として優れるスティンガーレイ。



 「アイゼン!」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』


 ヴィータもまた中距離誘導型射撃魔法で応じ、スティンガーレイを迎撃。そのまま反撃に転じようとするが―――



 「チェーンバインド」



 その進行方向には鎖の網が張り巡らされ、彼女の最短距離で切り込ませることを許さない。突っ込むことは出来るが、それでは速度が鈍り、射撃魔法の的にしかならない。


 本来は拘束用魔法であるチェーンバインドをこのような形で展開することも、実戦における応用の一つ。教科書通りの使い方だけが全てではない。



 ≪ち、しゃあねえ、迂回して―――――!≫


 そう思考し、上方に迂回し、重力を味方につけた一撃を叩き込もうとしたヴィータだが、ただならぬ予感を感じ、咄嗟に後方に飛び退く。


 その前方を、クロノのスティンガースナイプが下方から飛来し通過していき、さらに、その魔力弾を捕える形で上方に設置されていたディレイドバインドが発動した



 ≪いつの間に―――――――待てよ、まさか≫



 驚愕しながらもヴィータはその攻撃の起点を探り、さらに驚くべき真相に辿り着く。



 ≪さっき、シグナムに放ってた誘導弾、あれは空中を旋回しながらチャージする機能を持ってた……………それを、地面すれすれに待機させてたってわけか≫



 シグナムとヴィータが合流し、クロノもまたフェイトと合流した場面、その時に既にクロノは罠のための布石を敷いていたのだ。


 スティンガースナイプを消滅させず、己に戻すこともなく、ほとんどの魔力を失って失速するかのように見せかけ、下方へ落下。だが、その状態で密かに魔力を再チャージしていき、ヴィータが突撃をかけようとしたタイミングに合わせ、上昇させる。


 さらに、その上方にはディレイドバインドが設置されており、もしヴィータが後方に退かずにチェーンバインドを迂回した上方からの攻撃を選んでいれば、下からのスティンガースナイプを避けるために罠の中に飛び込むこととなっていた。



 ≪鋭いな、この程度の罠には嵌らないか≫



 しかし、驚きがあるのはこちらも同様。対峙する赤い騎士がディレイドバインドに掛かれば即座に止めを刺すべく直射型砲撃魔法、ブレイズキャノンの術式をS2Uに待機させておいたクロノだが、無駄に終わってしまった。


 純粋な演算性能に優れるストレージデバイスは、幾つかの術式を待機状態にしておき、時間差で発動させることを可能とする。ただし、弊害としてその間、状況判断や術式の選択を全て魔導師が行わなければならなくなるという欠点も有していた。


 だが、クロノほど戦術の構築と展開に長ける者ならば、その欠点もそれほど痛手になりえない。まさしく、詰め将棋のように敵を追い込み、罠にかける、それが、クロノ・ハラオウンの基本的な戦闘スタイル。



 ≪こいつ、並じゃねえな。しかも、気付けばこの位置関係―――≫


 クロノの罠を辛くも看破したヴィータだが、同時に自らが置かれた状況に気付く。


 チェーンバインドは未だに彼女とクロノを分かつ境界線のように展開されているが、その他の戦場、シグナムとフェイトも、ザフィーラとアルフも、悉くその境界線の向こう側に位置しており、なのはとユーノも同じく。


 つまり、ヴィータがクロノを相手にせず他の応援に回ろうとしても、振り返った先には誰もいないという状況。彼女が仲間を支援しようとするならば、まずはこの黒衣の魔導師を突破しなければならない。



 【フェイト、大丈夫か】


 【なんとか、まだいけるよ】



 対して、クロノは全速で反転すればフェイトやアルフの支援に回れる。当然、ヴィータの追撃を考慮する必要があるが、彼女の精神には既に楔が打ち込まれている。



 ≪アイツが反転して、あたしが追ったら、また罠があるかもしれねえ―――――なんて考えちまってること自体が野郎の手の内か≫



 クロノが反転し、ヴィータが追う。それ自体が彼女を捕えるための罠である可能性が脳裏から離れない。逆に言えば、クロノは“反転するふり”をするだけで、ヴィータの次の行動に制限を加えることが出来るのだ。すなわち、ただちに追うか、一旦様子を見るか。


 だが、彼女は優れた戦闘者であり、無謀な突進を試みるには戦局を見る力が強すぎた。かといって、特に何も考えずに突進すれば、罠にかかるだけだろう。



 ≪どっちにしろ同じか、あの野郎、わざとさっきあたしに罠を見せつけやがったな≫



 つまり、先程のクロノの罠は、相手の戦術思考レベルが高かろうが低かろうが、どちらにも対応できるものとなっていたのだ。


 相手が純粋に突っ込んでくるならば、ディレイドバインドで捕え、ブレイズキャノンで止めを出すだけ。相手が慎重に様子を窺ったならば、下からスティンガースナイプを飛来させ、それをディレイドバインドで捕える。それによって、相手の精神にどこに罠が仕掛けられているか分からない、という楔を打ち込み、こちらは、相手の戦術思考能力が高いほど効果を発揮する。



 ≪最適ではないが、第一段階はクリアだな≫



 一つの駆け引きを終えたクロノは、思考を止めることなく戦況全体の推移を見守りながら、新たな戦術を構築する。


 クロノとヴィータの戦闘だけに限るならば、どちらが優位に立ったわけでもない。双方に傷はなく、魔力の消耗レベルにも大差なく、仕切り直しの状態で対峙している状況なのだから。


 しかし、戦局全体で見るならば、他の戦場に駆けつけることが可能な地の利を抑え、さらに自身が他方の応援に出た際に即座に追撃に移る選択肢すら封じたクロノが優勢となっている。


 目立つ戦い方ではなく、華がある戦い方でもない。砲撃、高速機動、広域殲滅など、それぞれの代名詞とも言える特徴を有する三人の少女達と異なり、クロノ・ハラオウンの戦術には特筆すべきものは何もなく、彼はそのような才能には恵まれなかった。


 だが、積み上げられた経験と、短所をなくす方向に鍛え上げた魔導師としての能力、そして何よりそれを支える鋼の意思。それらを以てして、クロノ・ハラオウンは戦場の華たる紅の鉄騎と互角以上の戦いを繰り広げる。



 ≪こいつは、あたしと戦いながら、戦局全体を見てやがる≫



 無言でありながらも、鉄鎚の騎士の内心は穏やかではない。


 これは別に、クロノの戦闘能力がヴィータを大きく凌駕しているために、他に気を回す余裕があるわけではない。ヴィータと一対一で対峙していても、他の戦況を見守りながら戦っていても、クロノ・ハラオウンの戦闘能力にはほとんど影響がないのだ。


 そして、それこそが執務官、もしくは前線指揮官として最も必要とされる能力。後方の司令官、リンディ・ハラオウンの立場ならば、戦闘能力は必要なく、指揮能力のみに優れていればいい。


 逆に、フェイトのような嘱託魔導師や武装局員であれば、指示された通りに動き、戦力として働く能力が優れていれば良い。


 しかし、執務官=エース級魔導師ではなく、必要とされるのは自身も前線で戦いながらも戦局全体を把握し、指示を与えつつ後方への連絡も同時に行う、多面的な技能。


 この数年後、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは努力の果てのその能力を身に付けるが、前線指揮官としての適正に関してならば、さらに後に彼女の補佐官となるティアナ・ランスターの方が優れていた。


 執務官の仕事は多岐にわたり、特に捜査に関してならばフェイトはティアナよりも適正があったが、クロノ・ハラオウンという男は、両方の能力において両者を凌駕していた。しかもそれは、天性によるものではなく、努力によって培われたもの。



 ≪強い、そうとしか言えねえな≫



 故にこそ、彼は揺るがない。


 純粋な戦いにおいてならば負けるつもりは微塵もないヴィータだが、集団戦における指揮能力では向こうが勝っていることを認めざるを得ない。


 このような相手を前に、搦め手を用いるのは得策ではなく、まして彼女は鉄鎚の騎士。最前線に立って敵を粉砕することこそが本懐なのだ。



 よって、クロノ・ハラオウンの戦略を打ち崩すとするならば―――



 【もう少しよ、タイミングを合わせてね、ヴィータちゃん】



 主戦力としてではなく、参謀として策を巡らすことに長ける者。



 【応よ、任せな】



 湖の騎士、シャマルの能力こそが、要となる。



 彼女の策が発動する時は――――――近い。





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