Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第五話   奇襲、策略、対抗策




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08




 「はああああああ!!」


 「ぬうう!」


 三局の戦いは止まることなく進み、デバイスを用いない者同士の戦いもその激しさを強めていく。


 当初、盾の守護獣ザフィーラの体術はアルフを凌駕していたが、アルフが結界破壊や転送に労力を割かず、迎撃に全力を割けるようになってからはほぼ互角の様相を見せている。


 もし、彼女が転送魔法の準備をしていれば、純粋な戦闘能力はやや下がるものの、サポートに向いた獣形態をとっていたであろうが、今は互いに人型。高速で飛び交い、魔力を纏った拳を叩きつけ合う。



 【ユーノ、そっちはどうだい!】


 かといって、余裕があるわけでもないため、念話も自然と短く速いものとなるが。


 【もう少し、座標の設定は済んだ。後はなのは一人を送れるだけの穴を開けられれば―――】


 【上出来、そんくらいなら余裕だよ】


 ユーノからの朗報が、彼女の身に活力を与える。なのはの転送が済めばユーノも戦力として参加することが可能となり、戦況はこちらの有利となる。


 クロノ程全体を見る余裕があるわけではないが、アルフも自分達の現在の状況は理解しており、己の役割を遂行することに全力を尽くす。



 「………」


 対して、盾の守護獣は無言。


 彼は元々饒舌ではないが、今回に関しては無言であることにも理由はあった。



 【どう、ザフィーラ?】


 【問題ない、お前の指示通り、今は徒手空拳のみで戦っている】


 【そう、後少しで動くから、手筈通りにお願いね】


 【心得ている】


 アルフがユーノと念話を行っているように、ザフィーラもまたシャマルと念話を行っていた。


 そして、地に根を下ろさず、空戦から交差する際に拳や蹴りを放つ格闘戦においては、ほぼ互角であることを理解しつつも、盾の守護獣はその戦法を変えることはなかった。彼もまた本来は陸の獣であり、その本領は地に足をつけた格闘戦でこそ発揮されるのだが。



 【頑張って、もうすぐ、風はこちらに向くわ】



 ザフィーラは、湖の騎士シャマルの作戦立案能力を信頼している。ヴォルケンリッターが参謀役である彼女の策を信頼すればこそ、彼は戦術を展開することなく、同じ攻防に終始する。




 風向きの変わる時は、近い。













新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル群 PM8:09



 『Nachladen. (装填)』


 シグナムの手からカートリッジが放れ、レヴァンティンの柄の部分へと飲み込まれる。


 「カートリッジ………システム」


 そしてその機構を、閃光の戦斧とその主は理解している。他ならぬ、時の庭園の管制機が用いていたシステムでもあるのだから。



 「ほう、これを知っているか」


 それは、シグナムにとっても若干の驚きであった。闇の書の守護騎士として幾度も管理局員とは矛を交えたが、カートリッジシステムを用いていたものはほぼ皆無であった。


 だが、それも無理はない。管理局が闇の書との抗争を繰り広げた時期は、インテリジェントデバイスの黎明期の頃。カートリッジシステムも一度は廃れた技術であり、デバイスマイスターらが心血を注いで復活させるべく努力していた時代だ。


 中でも、カートリッジシステムに関して最大の功績を成したのは“アームドデバイスの父”ことクアッド・メルセデスという人物。“インテリジェントデバイスの母”シルビア・テスタロッサはカートリッジ開発に関しては彼に及ばなかった、無論、彼女とて並のマイスターが及びもしない専門家であることは間違いないが。



 「まあ………それなりに………」



 しかし、フェイトの言葉には陰りというか、憂鬱そうな気配が漂う。


 無理もなかった、なのはが“それ”を見たのは一度きりであり、それから半年以上経過していることもあって印象こそ強かったものの、既に過去のものとなっている。


 だが、フェイトにとっての“それ”は深層心理のレベルで刻まれつつあるトラウマと言ってよい、“ゴキブリ・フェスティバル”と並ぶほどの衝撃、いやむしろ笑撃を“尻からカートリッジを吐き出しつつ飛び回る怪人”は与えていた。


 物心ついた頃に刻まれたものゆえ、それを振り払うのは流石に容易ではない。レヴァンティンがトールの尻に突き刺さり、カートリッジを吐き出してトールごと吹き飛ぶ光景を想像してしまったフェイトを、責めることは誰にも出来まい。



 「?」



 そんなフェイトの反応に訝しげな視線を送るシグナムだが、今は戦いの最中であり、すぐに気を取り直す。


 まさか、彼女の脳内で己の魂が怪人の尻に突き刺さっていることまでは知りようもなく、いや、知らなくて良かったというべきか、もし知っていたら時の庭園に乗り込んでシュトゥルムファルケンを放っていたかもしれない。



 「終わりか、ならばじっとしていろ。抵抗しなければ、命までは取らん」


 不殺の誓いは、守護騎士全員が共通して持つもの。


 剣の騎士シグナムの攻撃は、ただの一度もフェイト・テスタロッサの命を奪う目的で振るわれてはいない。



 「誰が―――」


 フェイトはその言葉を否定し、同時に脳内の滑稽極まりない光景を考えないようにしながら、バルディッシュを構える。


 「いい気迫だ」


 シグナムはその返答に笑みを浮かべ、騎士として名乗りを上げる。もし、フェイトの脳内を知っていればそれどころではないが。



 「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」



 言葉と同時に、レヴァンティンを両手で構え、油断なく見据える。片手と両手、どちらでも使えるのもレヴァンティンの特徴といえるだろう、ヴィータのグラーフアイゼンは片手で振るうには少々無理があり、それ成そうとするならば、ザフィーラと同等の体格が必要になる。



 「お前の名は?」


 相手の目を見据え、真っ直ぐに問う彼女に対し。



 「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」



 黒衣の少女も、真っ直ぐに応じる。



 「テスタロッサ…………それに、バルディッシュか………」



 そして、同時に―――



 【始めるわ、貴女も大丈夫、シグナム?】


 【ああ、名乗るべきものは名乗り、受け取るべきものは受け取った】


 【貴女らしいわね】


 【かもしれん、だが、準備は済んだ】



 既に、レヴァンティンにカートリッジは装填され、両手で構えている状態でシグナムはフェイトと対峙している。


 シャマルの策において、要となるのはシグナムであり、彼女の準備が整っていないのであれば、実行は不可能。



 【じゃあ、行くわ】


 【お前も気をつけろ】


 【ふふ、誰に言っているのかしら、近衛隊長】


 【そうだったな】



 それは、無意識に出た言葉ゆえに、彼女らは気付かない。


 その呼び名は、彼女らが夜天の魔導書の守護騎士、ヴォルケンリッターとなる前のものであったことを。


 彼女らは、気付かない。



 『Ja.』



 そして、それを知る“彼”は、ただ静かに呟く。


 主人であり、己を構える烈火の将にすら聞こえぬ程小さな声であったが、彼は答えていた。


 我が主こそ、白の国の近衛騎士隊長、並ぶものなき剣の使い手であったと。


 騎士の魂は静かに、だが確かに、答えていたのだ。


 例え、その言葉を聞き届ける者が誰もいなくとも。












新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:10



 「よし、もう少し」


 なのはがいるビルからやや離れた別のビルの屋上にて、ユーノ・スクライアはなのはを戦場から避難させるための術式を紡いでいる。


 敵対する者達はクロノ・フェイト・アルフの三名が防いでおり、彼を妨害する者はいない。仮に、四人目の敵が現れたとしても、ユーノにもそれに対応する準備があり、クロノも即座に駆けつけられる体勢を整えている。


 戦況は確かに、自分達に傾いている。クロノがいなければかなり厳しかったであろうが、戦力が四対三となったことでユーノは戦闘に加わらずに結界破壊と転送に専念出来ている。



 しかし、それは甘いと言わざるを得ない。



 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマルの策は、まさにユーノが自分達の優勢を確信し、あと僅かでなのはを逃がせると安堵した瞬間に発動した。



 「!?」


 【ペンダルシュラーク!】



 間違いなく、ほんの一秒前まで何もなかった空間、そこから紐と振り子が突如出現し、ユーノの身体に巻きつく。


 それは、ユーノが想定した攻撃のどれにも属さないものであった。遠距離からの誘導弾、アームドデバイスによる直接攻撃、もしくは、使い魔と思われる男性の拳、どれが来ても対応できるよう準備していたが、ほぼ零距離から紐が伸びてくることまでは予想しきれなかった。


 もしこれが、バインドなどの魔力で編まれたものであれば、対応策もあったが、これは風のリングクラールヴィントの一部であり、バインドブレイクでは解くことは叶わない。



 さらに―――



 【逆巻く風よ―――】



 祈るような旋律と共に紡がれた言葉、そのままの光景が、ユーノよりかなり離れた地点に出現した。



 「竜巻だって! なのは!」



 これが、湖の騎士シャマルの策であり奇襲。


 左手のクラールヴィントでもってユーノを物理的に拘束し、自身はなのはのいるビルを中央として、ユーノがいる場所と反対側に陣取る。そして、右手のクラールヴィントによって“逆巻く風”を発生、巨大な竜巻を形成し、一人で屋上にいる少女へと進軍させる。


 他の守護騎士を止めている三人はユーノのさらに向こう側に位置しているため、それを止められる者は、誰もいない。



 ≪いや待て、例えSSランクの魔導師だって、僕への空間転移攻撃を行いながら、強力な魔法なんて放てるわけがない。それに、これはデバイスだ≫



 だがしかし、ユーノ・スクライアの頭脳は明晰であり、魔導師の限界というものを彼は知っていた。


 デバイスを用いての遠距離束縛、これを一切感知させずに行った手腕は見事しか言いようがないが、それを行いながらあれほど巨大な竜巻を発生させることは不可能。



 ≪だから、あれは見せかけだ。多分、威力もほとんどなくて、大きさがあるだけの張りぼての竜巻≫



 仮に、ある程度の威力があったとしても、なのはの周囲にはユーノが張った癒しと防御を兼ね備えた上位結界、ラウンドガーダー・エクステンドはA+ランクの守りがある、そう簡単に破れるものではない。


 ユーノは即座にそこまで見抜き、まずは自身を拘束する紐を解くことを優先する。何をするにしても、まずはこれを解かないことには話にならない。


 だがしかし、惜しむらくは彼の能力、思考は学者肌と言ってよく、戦闘者のそれではなかったことだろう。


 確かに、彼の推察は正しく、あの竜巻が直撃したところでなのはにはかすり傷一つなく、それどころかビルにすらほとんど被害は出ないであろう。



 だが―――












 「なのは!」


 「やばいじゃないか!」


 ユーノよりもさらに離れた場所で戦う二人、フェイトとアルフには瞬時にそこまで察するための情報がない。ユーノがいる以上は大丈夫だろうという思いはあっても、巨大な竜巻が現れ、なのはの方へ突き進んでいく様子を見てしまっては、平静ではいられない。


 つまり、行動の優先順位をつけるならば、ユーノはまずフェイトとアルフに念話を飛ばすべきであったのだ。あれは見せかけであり、敵の術者は自分を束縛している、仮に多少の威力があってもなのはの周囲の防御結界は破れないと。


 しかし、ユーノ・スクライアの本分は遺跡発掘や学術研究であり、戦闘指揮に長けるわけではない。というよりも、この場で戦力の一人として戦えること自体が既に異常なのだ。




 【よそ見をするな! フェイト! アルフ! 今は目前の敵に集中しろ!】




 そして、唯一戦局全体を見渡していたクロノは、やや位置が離れすぎていた。


 鉄鎚の騎士を他の戦場から引き離し、かつ、自身は仲間のところへ駆けつけることが可能な状況は作り上げたが、全体を見るためにはどうしても距離を取って見渡す必要がある。


 そのため、シャマルが現れた位置はクロノとは最も遠い位置であり、完璧な直線ではないが、シャマル→なのは→ユーノ→フェイト、シグナム→アルフ、ザフィーラ→クロノ、ヴィータという位置関係であり、上から見るならば、十字架に近いものとなっている。


 十字架の頭の先がクロノであり、左右に別れたそれぞれにフェイト、アルフ、交点にユーノ、下側の最も長い部分の先端にシャマル、ユーノとシャマルの中間になのは、といったところだろうか。


 この位置関係ならばクロノからは一方向を見るだけで全体を把握できるが、それはシャマルにも同じことが言える。さらに、なのはに迫る竜巻を捕捉し、その威力を図り、敵の目的を察するにはクロノの位置は遠すぎた。いや、見抜きはしたのだが、遅かったというべきか。




 「飛竜―――――」




 そして、なのはの方へ意識を向けてしまったフェイトを、烈火の将が黙って見過ごすことはありえない。むしろ、これこそが湖の騎士の策略の真骨頂なのだ。カートリッジをロードし、シュランゲフォルムから繰り出す砲撃級の魔力付与斬撃を放つべく魔力を込め――――



 「一閃!」


 「!?」



 フェイトが振り返ると同時に、その飛竜の如き咆哮が解き放たれる。


 これまで、シグナムのフェイトへ対する攻撃は全て、間合いを詰めての斬撃に限定されており、クロノに対しては一度シュランゲフォルムを用いたが、フェイトにとっては初見となる。


 さらに、その初見での一撃がシュランゲバイゼンではなく、炎熱の魔力が込められた中距離砲撃といえる飛竜一閃。いくら才能に溢れているとはいえ、まだ歴戦とはいえない嘱託魔導師が即座に対処できる攻撃ではない。



 『Defensor.(ディフェンサー)』



 だがしかし、閃光の戦斧は揺るがない。


 例え主が動揺し、咄嗟の対処が出来ずとも、機械仕掛けの頭脳を有する彼が慌てることはあり得ない。



 ≪我々デバイスが取り乱しては話になりません。いついかなる時もただ演算を続けよ。動揺することは人間の特権であると心得よ、慌てたところで得ることなどないのですから≫



 それが、先発機より彼が受け継いだ、インテリジェントデバイスの在り方なのだから。



 『防ぎます、我が主』



 バルディッシュは高町なのはに迫る竜巻のことはまさに“考えることすらせず”、己の主を守護することに全てのリソースを費やす、それこそがデバイスであり、それでこそデバイス。



 「バルディッシュ!」



 僅かに遅れて、閃光の戦斧の主も驚愕から立ち直り、迫りくる破壊の渦に対抗するべく、障壁に魔力を込める。


 既に半年以上前となるが、彼女とバルディッシュはトランス状態にある高町なのはとレイジングハートのディバインバスターを受け止めきった。


 ならば、如何に飛竜一閃が強力であろうとも、彼女がベルカの騎士である以上砲撃に関してなのは以上とは考えにくい。フェイトにとってはむしろ紫電一閃による直接攻撃の方が鬼門といえる。


 そして彼女らは、飛竜一閃を見事に凌ぎきることに成功する。



 しかし―――



 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』


 「レヴァンティン、カートリッジロード!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』



 烈火の将も元より、この一撃のみで終わらせるつもりはない。


 彼女の目的は、紫電一閃をバルディッシュのコアに叩き込み、その機能を停止させることにある。しかし、攻撃箇所が限定される一撃だけに、高速機動を行うフェイトとバルディッシュに狙って中てることは難しい。


 だからこそ、攻撃範囲が広い飛竜一閃をシャマルの竜巻によって生じた隙に叩き込み、相手を防御に集中させる。その状態で追撃をかければ、外すこともあり得ない。



 「紫電――――」


 策の発動前にカートリッジのロードは済んでおり、レヴァンティンに一度に三発のカートリッジが搭載可能。彼女がシャマルに告げた準備とは、すなわちこの連撃のためのものに他ならない。


 「一閃!」



 放たれた一撃は、今度こそ閃光の戦斧の守りを完全に突破し、彼のコアに重大な損傷を与える。



 『我は―――鋼なり』



 だが、彼は自身の損壊など意に介さない。守るべきは主、修復など後でも出来る、今はただ主を守ることのみに全力を注ぐ。


 シグナムの一撃は彼を狙ったものではあるが、自分が壊れればその破壊が主に及ぶ危険性は十分にあり得るのだから。



 「あああっっ!」


 その衝撃までは殺しきれず、フェイトの身体は遠くまで飛ばされるが、傷らしき傷はついていない。


 “魔導師の杖”、レイジングハートと同様に、閃光の戦斧バルディッシュもまた、己を盾に主を守り通したのである。













 「縛れ、鋼の軛!」


 「なっ!」


 予期せぬ攻撃によって、大きなダメージを負うこととなったのは、こちらも同様であった。


 なのはの方へ向かう巨大竜巻に注意が向き、ザフィーラから視線はおろか、身体ごと向きを変えてしまったその致命的な隙を、盾の守護獣は見逃しはしなかった。


 そして、これまで常に徒手空拳による攻撃のみを行って来たザフィーラから突如放たれた砲撃魔法に匹敵する魔力の奔流。アルフにとっては二重の驚愕であり、一瞬対処が遅れてしまう。


 確かに、格闘戦に置いてほぼ互角であったアルフとザフィーラだが、彼の攻撃は近接のみではない。アルフと異なり、彼は遠距離、もしくは広範囲を攻撃する手段を備えてるのだ。


 その攻撃は四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止めるものではなく、彼自身の交差した腕から繰り出す一つの軛。捕獲や拘束など、用途が幅広いことが特徴の鋼の軛ではあるが、その中でも直接的な攻撃力が最も高い使用法である。


 アルフも咄嗟にラウンドシールドを展開するが、即興のそれでは盾の守護獣の鋼の軛は防げない、およそ10年後、数多くのガジェットのAMFを貫き、破壊することとなる攻撃の、収束型なのだ。


 だが、アルフとてただでやられるのを待つばかりではない。もはや防ぎきれないことを悟ったアルフは咄嗟に獣形態にチェンジし、狼の体毛によってダメージを最小限に抑える。


 人間形態と異なり手足を攻撃に使用するのは難しくなるものの、防御力では数段勝るのが獣形態。人間は、哺乳類の中で際だって皮膚の防御が薄い動物なのである。



 「く、つつつ、効いたねこりゃ」


 しかし、負ったダメージは決して軽いものではない。ザフィーラもまた追撃の手を緩めず、人間形態のままアルフ目がけて飛来してくる。


 「牙獣走破!」


 「く、あああ!」


 その攻めは苛烈を極め、これまで使用していなかった“技”すらも織り交ぜ、盾の守護獣は目前の敵を打倒するためにその力を解き放つ。


 こちらの戦闘の優劣は、最早明らかであった。















 そして、唯一優勢に戦いを進めていたこちらでも、戦況が動く。


 「間に合え――」


 クロノ・ハラオウンは警告が間に合わなかったことを悟り、即座に自分の戦場から離脱する。自分の相手を倒すことに拘らず、戦局の変化に応じて臨機応変に動く彼の判断は流石といえる。


 可能な限りの速度で飛行すると同時に、念話でもってフェイトとアルフに状況を確認するものの、返答は芳しいものではない。



 【ごめんクロノ………バルディッシュのコアが壊されて、全壊こそしてないけど接近戦は無理】


 【悪い、あたしもやられた。致命傷じゃないけど、足止めが精一杯ってとこだ。だからアンタは、フェイトの方へ行ってあげておくれよ】


 【分かった、フェイト、すぐ行く、それまで何とか凌いでくれ】


 【ごめん、クロノ】


 【気にするな、これも年長者の務めだよ】



 そう述べつつも、彼は同時に敵がこの後どう動くであろうかを予測する。


 既に敵の策に嵌ってしまっている状況だが、まだ最悪の事態には至ってない。挽回が可能なラインのギリギリではあるが、諦めるには早過ぎる。



 【ユーノ、聞こえるか】



 クロノは、自身の判断ミスを一先ず脳内から締め出し、状況への対処に全力を注ぐ。


反省や後悔は後で幾らでも出来る。しかし、的確に対処することは今しか出来ないのだから、嘆いている暇などありはしない。










 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」


『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』


 離脱するクロノをあえて見逃し、罠の有無を確認したヴィータもまた、次なる行動に移る。


 シャマルの策はまだ成ってはおらず、彼女が役割を果たしてこそ完成を見る。



 「ラケーテン――――」



 グラーフアイゼンが強襲形態であるラケーテンフォルムを取り、ヴィータの身体を急加速、凄まじい勢いでもって突き進んでいき、なおかつそのルートは一直線。


 クロノの進路はフェイトのいる方角であり、ヴィータの進路には誰もいない。そして、上から見れば十字架の形となっていた各ポイントにおいて、ヴィータから見て直線上、クロノがいなくなることで辿りつける場所には―――



 「ハンマーーーーーーーーーーー!!!」


 クラールヴィントの束縛から脱し、せめてなのはだけでも転送させようと術式を紡いでいた、ユーノ・スクライアがいる。



 「ラウンドシールド!」



 ヴィータの奇襲に対しユーノはラウンドシールドを展開する、しかし、なのはの防御すら破壊したラケーテンハンマーの一撃は、彼の魔力では到底防ぎきれるはずもない。


 だが――――


 「なに!?」


 振り下ろしたグラーフアイゼンの柄、さらにはヴィータの腕にチェーンバインドが絡みつき、その威力を半減させたならば話は別。


 ほぼギリギリの時間差であったが、クロノからの念話によってヴィータがこちらへ向かう可能性が最も高いことを知っていたからこそ、ユーノも対応が可能であった。


 敵は場当たり的な対処ではなく、極めて綿密な連携を取り、恐らくは4人目の仲間の指示によって動いている。その動きが計画的であるからこそ、最終的な目的も察することが出来る。


 敵が何よりも警戒しているのは結界が突破され、転送魔法によって逃げられること、ならばこそ、最終的な目標はユーノ・スクライアでしかあり得ない。シャマルも、シグナムも、ザフィーラも、最も一撃の破壊力に長けるヴィータをフリーの状態でユーノの元まで送り届けるために動いていたのだ。


 シャマルが隙を作り出し、シグナムがバルディッシュを破壊し、クロノが応援に行かざるを得ない状況とし、ザフィーラもアルフに他への応援が不可能なほどの傷を与える。そうなれば、ヴィータは完全にフリーとなり、ユーノに渾身の一撃を叩きこめる。


 間一髪のタイミングではあったが、クロノの読みは的中し、転送役であるユーノが潰されるという最悪の事態だけは回避できた。彼が健在であれば、まだこの戦場から負傷したなのはやフェイトを避難させる可能性は残される。



 しかし――――



 『Explosion! (エクスプロズィオーン)』


 その程度の策で我が一撃を止められると思うな。


そう言わんばかりに、鉄の伯爵の噴射機構がエグゾーストを響かせる。



 「ぶち、抜けえええええええ!!」


 小細工を真っ正面から突き破り、叩き潰す存在こそ、鉄鎚の騎士ヴィータ。チェーンバインドを引きちぎり、ラウンドシールドを砕くべく、止まることなく徐々に徐々に食い込んでいく。



 盾が勝つか、鉄鎚が勝つか。



その天秤はしばらく揺れていたが、グラーフアイゼンが最後のカートリッジをロードした瞬間、ついに片方に沈み込む。



「く、くく…」


 「終わりだ!」


 まさしく、終わり。もし後数秒、ヴィータの攻めが続けばそうなっていたであろう。



 されど――――



 「何!?」


 ヴィータの戦士としての勘が、己の危機を告げ、即座に彼女は離脱。


 その眼前を、死角から飛来した桜色の誘導弾が通過していく。



 「なのは!」


 「あのやろ……」



 憤怒の視線でヴィータが見つめる先いる人物は、ただ一人しかあり得ない。そも、桜色の魔力光を持つ人間はこの場に一人しかないのだ。


 そしてそれは、湖の騎士の策において、唯一の想定外。デバイスを砕かれた少女を戦力外と見なしていたシャマルではあるが、“不屈の心”を持つ少女が、その程度で折れるはずがない。


 シャマルの計算違いはただ一つ、彼女は、高町なのはの精神の強度を甘く見ていたのだ。



 『Just as rehearsed.(練習通りです)』


 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」



 ユーノが張った結界に守られ、シャマルの竜巻を無傷で凌いだなのはは、戦況の悪化を知り、自分に何かできることはないかを模索していた。


 良しにしろ悪しにしろ、高町なのはという少女は、仲間が傷ついていく中で一人結界の中でじっとしていることが出来る精神性を有していない。かといって、レイジングハートにこれ以上の無理はさせられないため、彼女はデバイスに頼らず、結界から左腕のみを出し、自身の手で誘導弾を構築、ユーノに襲いかかるヴィータに対して放ったのである。


 彼女の最近の魔法訓練は、自分だけで構築したディバインシューターで空き缶を100回打ち上げ、ゴミ箱に入れるというものであり、レイジングハートがある場合に比べれば圧倒的に数は少ないが、一発限りならば通常の威力を備えた誘導弾を操ることも可能となっていた。


彼女の特訓は決して無駄ではなく、土壇場における引き出しを確かに増やしており、この場面においてそれが生きる。



 「ちい!」


 放たれた二発目の誘導弾を躱し、鉄鎚の騎士は無念と共に仕切り直す。


 そして、自分を用いずに魔法を放つ主に“魔導師の杖”が賛同したのにも、相応の理由がある。ユーノ・スクライアを救うことは出来たが、例の赤い騎士とほぼ一対一の状況に追い込まれている以上、結界を破って転送魔法を発動させることは難しい。


 ならば、結界を破壊するその役は誰が担うか、その先を考えたが故に自分が無理をするのはまだ早いとレイジングハートは考えた。



 「なのは………、ふっ!」


 一瞬の驚愕の後、ユーノも行動を再開し、ヴィータとなのはの間に移動し直す。なのはに助けられた形となったが、とりあえずは最悪の状況は回避できたのだ。



 【クロノ、なのはに助けられちゃったけど、こっちは何とか無事だよ】


 【そうか、相変わらず無理をする子だ。ともかく、剣の騎士は僕が抑えている、フェイトはそっちに向かわせた、アルフも合流するために動いている。君はなんとか鉄鎚の騎士を抑えてくれ】


 【それは何とかするけど、残りの二人は?】



 現在、傷を負ってないのはクロノとユーノの二人のみ。この二人が敵の主戦力と思われる二人を抑えることは可能だろうが、問題は後衛と見られる二人。


 手負いのアルフと、デバイスが壊されたなのはとフェイトだけで、凌ぎきれるだろうか、いや、仮に凌げたとしても結界を破れないのでは結局はジリ貧だ。ユーノが前線に出る以上、結界破りの役はどうしても必要になる。アースラも解析してくれているだろうが、応援は見込めないのが現状なのだから。



 【少しの時間なら、何とかなるだろう。彼が来るまでは持てば、反撃の機会が来る】


 【彼? 増援が来るの?】


 しかし、ユーノにはその存在が思い当たらない。リンディ・ハラオウンは高ランク魔導師だが、立場上そう簡単に動けない上、そもそも女性であって彼じゃない。かといって、現在整備中のアースラに武装局員がいるはずもなく、本局から借りるにしてもやはり間に合わない。



 ならば、いったい誰が―――――














新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 『ふむ、戦況は芳しくないようですね』


 アースラにおいて、結界に阻まれて本来ならば分からないはずの内部の様子が、不鮮明な部分もあるものの、スクリーンに映し出されていた。


 ほとんど反射的に飛び出していったフェイト、アルフ、ユーノの三人と異なり、クロノ・ハラオウンは若干遅れて結界内部へと突入した、そして彼は、何の準備もなしに飛び込んだわけではない。


 結界による位相のずれを可能な限り無効化し、通信を行うための特殊端末、かなり高価な品であるため数は少ないが、次元航行艦ならば一つや二つはあり、武装隊の隊長や執務官などが単身で装備して結界内部へ突入するなどが用途であるそれや、他複数の装備を用意した上でクロノは結界へ突入したのである。


 ただ、ヴォルケンリッターが張った結界はミッドチルダ式とは異なったため、クロノの端末も効果を発揮したとは言い難いところであったが、それを補ったのはトールとアスガルド。


予め管制機である彼のリソースの一部をその端末に移しておき、本体が自らの分身から受信、時の庭園に一旦送信し、アスガルドが高度な画像処理を施すことにより、何とか内部の様子をギリギリで判別できるレベルの映像をアースラへ送っているのだ。


 そして、デバイスである彼は、人間の目で理解できる情報とは別の形で認識し、結界内部の様子を理解していた。早い話が、クロノの端末を通してレイジングハート、バルディッシュ、S2Uと同調していたのである。



 『エイミィ・リミエッタ管制主任、私も現地に赴き、彼らをサポート致しますので、結界の解析をお願いします。恐らくはスターライトブレイカーによって破壊することになると予想しますので、タイミングを失わないよう、御注意を』


 「え、ちょと待っ―――」


 いきなりそう告げられて、エイミィが振り返った先には、機能が停止した魔法人形が転がっているだけであった。


 結界にも様々な用途があり、内部から外部へ出さない閉じ込めるものもあれば、出るのは自由だが外部からは入れないものもある。


 ヴォルケンリッターが張った結界は、内部の魔導師を外に出さないためのものであり、外から入るだけならばそれほど困難ではない。


 そして何よりも、“魔導師”に対するものであるために、“デバイスのみ”の場合は完全に素通りなのである。そのため、彼は実に簡単な転送の術式のみによって、己の後継機である閃光の戦斧の元へ跳躍することが可能。



 湖の騎士の策略によって大きく傾いた形勢は、守護騎士の誰にとっても“想定外”の介入によって再び大きく揺れ動く。








あとがき
 A’S編を書くに当たって、是非とも書きたかったのが、集団戦の描写だったりします。無印編では登場キャラも少なく、なのはとフェイトの二人の戦いが主軸であるため、一対一での駆け引きはあっても、集団戦での駆け引きというものは存在しませんでした。
 しかし、A’S編はかなり近しい実力を持った者達がひしめき合い、デバイスとの連携を織り交ぜながら複雑な乱戦を展開します。そこに、“舞台装置”であるトールが加わると、別の展開とすることも出来ると思い、トールは戦力ではなく、支援役として活動させることに致しました。
 かなり先のこととは思いますが、StS編においても、今回のクロノの立ち位置にティアナを置き、機動六課フォワード陣にギンガやヴァイスを加えたメンバーと、数の子6人くらいを対峙させた集団戦を書きたいと思っています。既に対戦の組み合わせのプロットまでは決まっているのですが、やはり、遠い先のことになりそうです。
 次の話で、最初の戦いは終了となりますが、あと二つくらいどんでん返しを入れたいと思っておりますので、楽しんでいただければ幸いです。それではまた。




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