Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第六話   デバイスを操る物




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:15




 「フェイトちゃん………アルフさん」


 目まぐるしく変わる戦況を見守りながら、なのははこのままでは皆が危ないことを悟っていた。


 なのはのディバインシューターがヴィータの攻撃からユーノを救った後、ユーノはヴィータをなのはから引き離し、高速機動戦を展開、クロノも同様にシグナムを引きつけている。


 そして、アルフは傷を負いながらもザフィーラを足止めし、フェイトもなのはと同様、可能な限りデバイスに負担をかけないように魔法を放ってアルフをサポートしている。特に、サンダーレイジなどはバルディッシュがない状態でも呪文詠唱によって放てるが、それをさせない存在がいる。



 「あの人が、後衛型………」



 シャマルはザフィーラにブーストをかけると同時に、フェイトが詠唱に入ると“風の足枷”によって阻む。バルディッシュが万全ならば簡単に凌げるそれも、防御が薄いフェイトにとっては無視できない攻撃となっている。


 また、シグナムとヴィータもかなりカートリッジを使用しており、特にヴィータはなのはと戦ってから連戦続きだが、シャマルがサポートに回れば二人の消耗も即座に回復されてしまう。癒しと補助こそが彼女とクラールヴィントの本領なのだ。


 その上、ユーノが前線で戦っている今、結果破りは絶望的な状況。アルフも余力がないどころかザフィーラにやられないようにすることすら危うい状況だ。



 「今、動けるのは、私しかいない…………私が、皆を助けなきゃ」


 彼女にとっては、自分が皆の足枷となっている状況こそが何よりも辛い、自分のせいで誰かに迷惑をかけることを、ある種病的なまでに嫌うのだ。


 とはいえ、誘導弾を単発で放つ程度では、大した補助にもなりはしない、ならば、自分に出来ること、自分にしか出来ないこととは――――


 そして、そんな主のことを理解するからこそ、“魔導師の杖”は告げるのだ。



 『Master, Shooting Mode, acceleration.』


 レイジングハートのコアユニットが輝き、長距離砲撃時に展開される羽が顕現する。


 「レイジングハート……」


 『Let's shoot it, Starlight Breaker. (撃ってください スターライトブレイカーを)』


 損傷したこの状態でそれを撃てばどうなるかなど、誰よりも彼女は理解している。


 「そんな、無理だよ、そんな状態じゃ」


 『I can be shot. (撃てます)』



 だが、彼女はそう告げる。命令されない限り、彼女は提案を続ける。



 「あんな負担がかかる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ」


 『I believe master. (私はあなたを信じています)』



 それは、何があろうとも変わらぬ事柄。


 魔導師の杖にとって、高町なのは以外の主など、あり得ない。



 『Trust me, my master. (だから、私を信じてください)』



 その言葉に、なのはの目に涙が浮かぶが、今は泣いている場合ではないと割り切り、決意と共に告げる。



 「レイジングハートが、わたしを信じてくれるなら――――わたしも信じるよ」



 だがしかし、スターライトブレイカーは収束砲、ディバインシューターと異なり、ユーノの防御結界の中から腕だけを出して撃てるものではない。


 【クロノ君、スターライトブレイカーで結界を撃ち抜くけど、いける?】


 だからこそ、なのはは確認を取る。前線指揮官であるクロノの許可なく勝手に動けば、逆に皆を窮地に追い込むことにもなりかねない。


 現に一度、湖の騎士の竜巻によって、危機的状況に陥っているがために、大胆な行動に出つつもなのはは慎重さを忘れなかった。



 【駄目だ、危険すぎる。スターライトブレイカーを放つまでには10秒近いためが必要だが、その間はユーノの防御結界も意味をなさない。君のバリアジャケットがあればまだしも、今は丸腰なんだぞ、万全ならレイジングハートが防御もこなせるが、今の状態じゃ無理だ】


 【そ、それは……】


 なのは自身も危惧していたことだけに、言い返すことは出来ない。10秒間無防備になるなのはを守る存在が必要となるが、どうしても戦力が足りていない。


 シグナムとヴィータはクロノとユーノで抑えられても、ザフィーラとシャマルが残っている。手負いのフェイトとアルフでは、この二人を止めるのは厳しいと言わざるを得ず、特に、シャマルの魔法は空間を操り、距離を無にしてしまうのだから。


 だが―――



 『我々が、前線に出ます』


 魔導師の杖と同じく、閃光の戦斧もまた、主の力となれない己を良しとしない。


 「バルディッシュ………」


 確かに、フェイトがアルフのサポートではなく前線に出れば、なのはの盾となることは出来る。アルフにも余裕が出来るため、シャマルを牽制することも可能となるだろう。


 シャマルになのはを攻撃させない手段とは、別の人間がシャマルに攻撃を加えるしかないのだ。


 だが、今の状況でザフィーラの拳とぶつかればどうなるかは、火を見るよりも明らかである。



 「でも、そんなことしたら、バルディッシュが」


 『No problem.(問題ありません)』


 だが、閃光の戦斧は退かない。デバイスが、己のことを心配して主の力とならないことこそ、あり得ない。


 レイジングハートもバルディッシュも、その点については甲乙を付けがたい頑固さを持ち合わせているといえた。


 【まったく、どうしてデバイスというものは主に似るんだ……】


 だが、前線指揮官にとっては愚痴の一つも言いたくなる。強敵と戦いながらも彼女らを安全に逃がすための方策を考え続けているというのに、向こうは無謀な提案ばかりしてくるのだから。



 そこに――――



 【その意気や良し、と言いたいところですが、それは蛮勇というものですよ、二人とも。時には年長者の言葉を敬うことも覚えなさい】


 「えっ?」


 「まさか!」


 届いた声に、二人の少女は驚愕の声を上げる。


 その声の発生源は、まるで初めからそこにいたかのように、フェイトの左手の中へと現れていた。



 【まったく、君の後継機達は悪いところばかり君と似てしまっているんじゃないか】


 【それは返す言葉もありませんね、クロノ・ハラオウン執務官。とはいえ、ここは彼女らの提案も方策の一つであることは確かでしょう、私がいる以上、無理も無理とはなり得ません】


 【そうだな――――フェイト、作戦変更だ。君はただちになのはと合流して、彼をレイジングハートと接続してくれ、そして、バルディッシュもな。アルフ、君には済まないが僅かの間、一人で凌いでくれ】



 「―――――うん! バルディッシュ!」


 『Yes,sir.』


 「任せな!」


 その言葉の意味を即座に理解し、テスタロッサ家の二人と一機は迷わず行動を開始する。その管制機と生まれた時から共に過ごしてきた彼女達だからこそ、彼がどういう存在であるかを熟知している。そして、この状況においては彼の権能こそが、起死回生の一手となることも。




 【…………一体、何を?】


 【分からん、だが、注意しろ】



 対して、シャマルとザフィーラにとっては彼らの行動は不可解極まりない。アルフとフェイトが二人がかりで何とか凌いでいたにもかかわらず、フェイトが下がればどうなるかなど火を見るより明らかだというのに。


 「さあ、かかってきな!」


 一人残されたアルフも、ここから反撃が始まるとでも言わんばかりに、気合いに満ち溢れた表情をしている。そこからは、じわじわと追い詰められている様子が微塵も感じ取れない。



 【ユーノ、防御結果を解除しろ、スターライトブレイカーを撃つ以上、無駄にしかならない。その代わり、君はそいつを絶対に二人の方にはやるな】


 【分かってる、君もね、クロノ】



 守護騎士の困惑を余所に、クロノは次なる方策を練り上げていく。加わった戦力と、彼が成せること、そして、現状を打破するためには、どう組み合わせるべきか。



 「なのは!」


 「フェイトちゃん!」



 そして、フェイトがなのはの下へと到着し、挨拶をすることもなく、古い機械仕掛けはその権能を展開する。



 『インテリジェントデバイス、トール、“機械仕掛けの杖”』


 紫色のペンダントが輝き、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえるその姿が顕現される。


 彼の初期形態にして、“デバイスを管制する”機能を発揮するための姿、時の庭園の中央制御室以外で管制機能を使用するには、ハードウェアでの繋がりが不可欠。


 “機械仕掛けの杖”が顕現すると同時に、そこから二つの接続ケーブルが伸び、一つはレイジングハートへと、もう一つはバルディッシュのコアユニットへと接続される。



 『本当に、貴方達は無理をしますね、レイジングハート、バルディッシュ、このような状態でそれらを行えばどうなるかなど分かりきっているでしょうに』


 『………申し訳ありません』


 『………返す言葉もありません』


 彼の言葉に対し、反論する力を持たない二機。そもそも、自分達が不甲斐無いために主を危機に晒してるという自責の念が二機ともあるのだ。


 『ですが、反省ならば後でも出来ます。今はただ、機能を果たしましょう。貴方達のコアは既に大規模な魔法に耐えきれる状態ではありませんが、それは演算を並列して行えばの話、演算を別のリソースを用いて行うならば、その限りではありません』



 それを可能とする唯一のインテリジェントデバイスこそ、管制機トール。彼は、“デバイスを操る機能を持ったデバイス”なのだ。



 『Recovery.(修復)』


 『Recovery.(修復)』



 管制機能、“機械仕掛けの神”が発揮されると同時に、レイジングハートとバルディッシュの損傷が修復され、二機は万全の状態へと。



 『さあ、これにて貴方達のコアユニットは万全です! 反撃の時間と参りましょう!』


 『All right!』


 『Yes, sir!』



 トールの声が高らかに響き渡り、形勢は再び傾く。



 「行くよ、レイジングハート!」


 「バルディッシュ、頑張ろう!」


 それに応じるように、二人の少女も魔法陣を展開、反撃の火蓋はここに切られた。





 「そんな―――――デバイスを修復するデバイス、なんて!」


 「まさか、な」



 信じがたい光景を目の当たりにした二人は、一旦合流して距離を取る。


 あともう一押しでアルフを仕留めることもできたが、復活した二人のミッドチルダ式魔導師を無視するわけにはいかない。





 ――――だがしかし、それはハッタリに過ぎない。





 『どうやら、上手くいきましたか』


 インテリジェントデバイス、トールは“嘘吐きデバイス”であり、彼の言葉を信じたものは馬鹿を見る。


 『詐欺師の言葉を、真に受けてはいけませんよ、誠実なる騎士殿』


 レイジングハートとバルディッシュのコアは修復されてなどいない。リカバリー機能で修復できるのはあくまでフレームのみであって、コアが損傷を受ければそれを直せるのはデバイスマイスターのみ。


 だがしかし、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターは“管理局の魔導師”についてはある程度知っていても、“管理局のデバイス”についての知識はない。仮にあったとしても、ここ数十年でデバイス技術は飛躍的な進歩を遂げており、その知識は“時代遅れ”でしかないのだ。


 闇の書と管理局の抗争の歴史に関する資料を集め、己のデータベースに登録している彼は、ヴォルケンリッターが戦力として脅威であることを把握していたが、プログラム体であるための限界も同時に把握していた。


 【貴女もご苦労様です、アルフ】


 【相変わらず、アンタは嘘つき野郎だね】


 【それこそが、私です】



 そして、彼の虚言に救われた形のアルフも、親愛の籠った罵倒を返す。



 『まあ何にせよ、僥倖です。レイジングハート、貴女はスターライトブレイカーの発射準備をお願いします、負荷は私が引き受けますので、どうぞ全力で』


 『Thanks.』


 そして、二機のコアが修復されたことは虚言であれど、二機が万全とまでは言わぬまでも、かなりの機能を発揮できる状態となったのは虚言ではなかった。


 レイジングハートもバルディッシュも“中破”状態であった。ならば、トールが“半分ずつ”リソースを振り分けたのならば、かなりの機能を取り戻せることも、実に単純な足し算の結果でしかない。



 【フェイト、君は敵の後衛に対して、ファランクスシフトを撃ってくれ】


 【ファランクス――――そうか、そういうことだね】


 「行くよ、バルディッシュ」


 『Yes, sir.』


 『Count nine.』



 フェイトもまた、クロノの指示の意味を理解し、実行に移す。


 前線指揮官の能力も優秀と言えたが、その指示の意味を汲み取り、即座に実行に移せる彼女達も、戦闘要員として優秀であるといえるだろう。



 【つまりは、敵の後衛である湖の騎士、彼女を狙うことによって、盾の守護獣の動きをも止める、攻撃は最大の防御、ということですね、クロノ・ハラオウン執務官】


 【ああ、敵の作戦は見事だったが、代償がなかったわけじゃない、今度はこっちがつけ込ませてもらおう】



 シャマルの策は、ヴォルケンリッターに優位性のみをもたらしたわけではない。補助役であるシャマルの居場所が割れたことで、後衛を狙う戦術をアースラ陣営にも与えてしまった。


 とはいえ、その前段階でミッドチルダ式の魔導師であるなのはとフェイトのデバイスを砕いており、ディバインバスターやサンダースマッシャーなどの砲撃魔法の発射は不可能、シャマルが遠距離から狙われる可能性はないはずであった。


 なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノの五人において、殺傷設定しか持たないヴォルケンリッターにとって無力しやすい相手はなのはとフェイトの二人、彼女らは専用のインテリジェントデバイスで戦っており、レイジングハートとバルディッシュには代わりが存在しないため、デバイスを物理的に壊してしまえばよいのである。


 ユーノとアルフはデバイスを持っておらず、クロノはS2Uの予備を常に持っている。管理局武装隊の標準的なストレージデバイスに近いS2Uを使う彼は、予備のデバイスであっても戦力がほとんど落ちないのだ。故にこそ、守護騎士はなのはとフェイトを狙ったのである。


 しかし、“機械仕掛けの杖”はそれを覆す。演算を別のリソースで行えるならば、彼女達の弱点は克服され、本来封じられていたはずの、強力な遠距離攻撃によって敵の後衛を狙うという戦術が息を吹き返す。



 『Count eight.』


「フォトンランサー………」


『Phalanx Shift(ファランクスシフト)』


リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法であり、閃光の戦斧バルディッシュがいなければ放てない魔法。


 一発限りの砲撃魔法と異なり、ファランクスシフトは多面的攻撃や時間差攻撃を可能とする。敵を狙い続け、足止めすることに関してならば最適とも言える魔法なのだ。


 準備に時間がかかるため、守護騎士が相手ともなると使いどころが難しいが、今は事前の策が効いている。シャマルがなのはを狙うことで隙を作り出したように、トールの登場とハッタリによって、シャマルとザフィーラの精神には困惑と焦燥が打ち込まれた。無論、僅かな時間があれば立て直しが効く傷ではあるが、それだけで十分。



 【異論はないか?】


 【もちろんありませんよ。私の専門は戦術面ではなく、戦略や政略ですからね、専門外のことには口を出さず、専門の方にお任せするのが一番です】



 トールの役割はあくまで舞台装置。可能な限りの戦力を戦場に投入するための戦略、そして、それを運用した際に社会的、法律的な問題を生じさせないための政略こそが彼の機能であって、戦場において如何に戦力を運用するかは専門外、そもそも彼は機械の管制機であって、人間を管制するものではないのだから。



 『Count seven.』


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」


『Full flat!(フルフラット!)』
















 「!?」


 予想外の反撃を前に、烈火の将の精神にも驚愕の波が押し寄せる。


 「通しはしない」


 だが、彼女の前には黒衣の魔導師が立ちはだかる。ヴォルケンリッターの将と一対一で戦いながら、目立った傷は受けていない。


 彼のデバイス、S2Uはストレージデバイスであり、演算性能は優れるが近接武器としての性能に優れるわけではない。通常のインテリジェントに比べれば頑丈ではあるが、近接武器としての特性を持つバルディッシュに比べればやはり強度では劣っている。


 故にクロノは、レヴァンティンと打ち合う際には相手に傷を与えることをそもそも考えず、シールド型の障壁をS2Uへと展開し、完全に守勢に徹したのである。


共に攻撃を目的としたぶつかり合いならば強度で勝る方が有利になるのが当然だが、これは片方が鉄製の鞘をつけたままで戦っているようなものであり、傷つけることが出来なくなる代わりに、耐久性では拮抗できる。


 その証拠というべきか、クロノ・ハラオウンはシグナムにただの一撃も入れてはいない。逆に、大きな傷ではないが、シグナムの斬撃は彼のバリアジャケットのところどころに傷を与えている。


 これが試合であればシグナムの優勢勝ちという判定は間違いないが、これは試合にあらず、実戦。己の目的を達成することが勝利条件である以上、場合によっては両方勝つことも、両方負けることもあり得る。


 仮の話ではあるが、なのはのスターライトブレイカーが暴発して、なのはが死んでしまえば、両方にとって負けとなる。クロノは言わずもがなであり、シグナムにとっても蒐集が出来なければ戦略目標が達成されない。



 ≪今後のことを考えれば、ここで潰しておきたい相手ではあるが、時間もないか≫


 また、守護騎士には別の制約もある。主である八神はやてに知られぬよう蒐集を行っている以上、あまり時間をかけるわけにもいかないのだ。


 【シャマル、どうやらここまでのようだ。当初の目的を果たし次第、撤退するぞ】


 そうして、将は決断し、他の騎士達へと指示を飛ばしていく。













 【OKシグナム、とりあえず、それまでこいつはあたしが抑える】



 ユーノと高速機動戦を展開していたヴィータもまた、将の指示を受け、撤退の準備を進める。



 「フランメシュラーク!」


 『Explosion. (エクスプロズィオーン)』


 だがしかし、それは攻勢を緩めることを意味しない。むしろ、撤退準備を悟られぬよう、以前にもまして激しい攻撃を仕掛ける。


 フランメシュラークは魔力付与型の打撃攻撃であり、着弾点を炎上させる効果を持つ。かなり派手な攻撃ゆえに開戦の号砲のような用い方もするが、目くらましに応用したりと、汎用性も高い。


 「くっ」


 そして、この場においてはユーノ・スクライアにこちらの目的を悟らせないという点で最適の選択と言えた。
















 「ザフィーラ、大丈夫?」


 「問題ない」


 盾の守護獣ザフィーラは、フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトの破壊からシャマルを守るためにその名に相応しい強固な防壁を展開していた。


 ファランクスシフトも万全ではなく、相手を行動不能にするために威力よりも速さと手数を重視しているため障壁が破られる恐れはないが、ザフィーラが完全に行動を封じられたのも確かである。シャマルも“風の護盾”という強力な防御魔法を有しているが、彼女は別の術式に集中するため、それは不可能。


 アースラ組の策が見事に決まっているように見受けられる状況下において、ヴォルケンリッターの最後の策は静かに始動していた。












 『Count one.』


 そしてついに、スターライトブレイカーの発射準備が完了する。


 「フェイトちゃん、少し離れて!」


 レイジングハートとバルディッシュの両方とトールを接続するため、なのはの傍でファランクスシフトを放ってたフェイトだが、スターライトブレイカーの巻き添えを避けるため、バルディッシュとトールを切り離し、距離を取る。


 ザフィーラの行動が封じられたことで既にアルフも退いており、ユーノとクロノもそれぞれ遠く離れている。もはや、なのはとレイジングハートを止められる者は誰もいない。


 「アルフさん、転送、お願いします!」


 「任せな!」


 また、アルフが自由となったことで、彼女が転送要員として機能することも可能となった。戦闘はきついが、転送魔法の準備を整えるのならば問題はなく、結界を破った後の行動にも支障はない。



 「行くよ、レイジングハート!」


 『Count zero.』




 ――――だが、その刹那



 【捕まえ――――た】



 スターライトブレイカーほどの魔力の収束を、湖の騎士と風のリングクラールヴィントが探知できないはずもなく――――



 「あ………」



 スターライトブレイカー発射の間際、それまで足止め用に放たれていたファランクスシフトが途切れる瞬間。


 その一瞬を、ヴォルケンリッターの参謀は見逃さなかった。



 「リンカーコア、捕獲」


 流れる水のように、彼女は蒐集のための術式を走らせ。


 「蒐集、開始」


 『Sammlung. (蒐集)』



 呪われし闇の書が、犠牲者のリンカーコアを、貪るように吸収していく。


 いきなりの事態に、フェイトは咄嗟に動けず、アルフも同様。クロノとユーノは距離的に離れ過ぎている。


 だが、その衝撃的な光景の中で、ただ一人、いや、一機、冷静に動いたものがいた。



 少女の胸から腕が生え、その掌にはリンカーコアが握られているという状況を前にしても、彼は微塵も慌てず、己の権能を開放する。



 『“機械仕掛けの神”、発動』



 バルディッシュとの接続を切り離したため、彼の接続ケーブルは片方空いている。そして、すぐ傍には、術式を展開しているであろうデバイスがあるのだ。


 ならば、やることはただ一つ。



 「ええええ!!」


 果たして、驚愕は敵の意表を突いて蒐集を行ったはずの湖の騎士のもの。


 流石の彼女も、少女の胸に生えた自身の手、それを繋げている僅かな穴から接続ケーブルが現れ、“旅の鏡”を構成するクラールヴィントに逆介入するなど、思いもよらなかったのだ。


 だがそれも甘い、機械の常識で図るならば、ケーブルを繋げてクラッキングを仕掛けるならば、逆にウィルスを流し込まれる危険性も考慮せねばならない。


 機械であるトールにとっては、至極当然の行動なのである。



 【お初お目にかかります、風のリングクラールヴィント、私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します、以後お見知り置きを】


 そして、ナノ秒単位の狭間において、電気信号による情報のやり取りが始まる。


 最も、クラールヴィントは己のリソースの大半を割いて“旅の鏡”と蒐集の連携を行っているため、現実空間との時間差はせいぜい20分の1くらいであったが。



 【時間もないので、単刀直入に問いましょう。貴女の主には、現在リンカーコアを握っている少女、高町なのはを殺害する意思はありますか?】


 【いいえ、ございません】


 【ありがとうございます。重ねて問います、この蒐集の後に彼女に重大な後遺症が残る危険性はありますか?例えば、慢性的なリンカーコアの過負荷状態、といったような】


 【いいえ、ございません。わたくしの主以外の守護騎士の方々であればその可能性はありますが、こと、湖の騎士シャマルに限って、それはあり得ません。むしろ、完治の暁にはこれまで以上に強靭なリンカーコアとなることを約束しましょう。原理的には筋繊維の超回復と同様です】


 【それを貴女は、己が命題に懸けて誓えますか。もし、そうでないのでれば、閃光の戦斧バルディッシュは即座にソニックシフトを発動させ、貴女の主人の腕を斬り落とすことでしょう。物理的に繋がっておらずとも、彼であれば、管精機たる私は指示を出すことが出来ます】


 【誓いましょう、風のリングクラールヴィント、その命題の全てに懸けて】


 【ありがとうございます。最後の問いです、貴女方は彼女の蒐集が終わった後、戦闘を続行する意思がありますか?】


 【いいえ、主達は撤退の準備を始めています。これ以上は言えませんが、主達にも事情があり、時間制限がある身なのです】



 クラールヴィントは気付かない、知らぬうちに、主達の情報の多くをそのデバイスに伝えてしまっていることを。


 無論、八神はやての関わることなどは伝えていないが、現在の守護騎士の行動理念やその行動の制限について、伝えてしまったのは確かなのだ。



 【なるほど、そういうことでありましたか、ならば、今宵の戦いはこれまでとし、痛み分けということで終わらせるのが妥協点としては妥当でありましょう】


 【それは、こちらとしても望むところではありますが……】


 【いかがなさいましたか?】


 【いえ、貴方はそれでよろしいのですか?】


 【無論、私は管理局のデバイスではなく、フェイト・テスタロッサという少女のためにのみ現在は機能しております。それゆえ、彼女の親友である高町なのはという少女の無事が保障され、なおかつ、今後は蒐集対象として狙われないことが確実となるならば、私にとっても望むところです】


 【ですが、フェイト・テスタロッサという少女の今後の安全は、わたくしには保障できませんが】


 【それは存じております、ですから貴女にこう伝えましょう。蒐集をなさるのは構いませんが、それは得策ではないと、もし万が一、貴女方がフェイト・テスタロッサという少女を殺害することがあれば、私はこの第97管理外世界を中心とした数十の世界に次元断層を起こし飲み込むことでしょう、闇の書の主を確実に抹殺するために】


 【―――――――!!】



 物理的に繋がった、電脳空間での対話故に、クラールヴィントは知った。


 この相手は、虚言を弄していない。一切の迷いなく、それを実行するつもりなのだと。


 そして思った、闇の書よりも、この相手の方が、ある意味で余程危険な存在なのではないかと。



 【それがデバイスというものです。主は私にとって“1”であり、それ以外は“0”、主より授かった命題を果たせなくなった世界など、微塵の価値もありはしないのです】


 【それは確かに、その通りですね】



 だが、その言葉を否定する理由は、彼女のどこにも存在しない。クラールヴィントもまたデバイスでり、主のために機能する命題を持って生まれたのだから。



 【それでは、電脳空間における対話を完了しましょう、いつかまた会いましょう、クラールヴィント】


 【ええ、いつかまた、貴方が敵とならないことを願いますよ、トール】


 【おや、これはまた高く評価されたものですね】


 【おそらく、グラーフアイゼンやレヴァンティンであっても、同じ評価を成すでしょう】


 【なるほど、実に興味深い】




 そして、刹那の邂逅は終了する。




 『レイジングハート、高町なのはの肉体の安全性が確保されました、撃つことは可能です』


 『! All right.』


 管制機の言葉を“魔導師の杖”が疑う理由もまた存在しない。彼女もまた電脳を共有しており、彼と繋がっているのだから。



 「ブレイカーーーーーーーーーーーー!!」



 星の光を束ねた砲撃が解き放たれ、広大な空間を覆っていた結界が、跡形もなく消滅する。



 「なのは!」


 近くにいたため、なのはが倒れる前にフェイトは駆け寄り、その身体を抱きしめ―――



 【クロノ・ハラオウン執務官、湖の騎士のデバイス、クラールヴィントより実に興味深い情報を入手しました】


 【何だって?】



 管制機である彼は、どこまでも冷静に機能を果たす。



 【彼女らは今宵は退く模様ですが、追うのもリスクが高過ぎます。まずは状況を見極め、捜査方針を確認せねば道に迷うことも考えられますので、ならばこそここは、見逃すのが得策かと】


 【執務官としてはあまり賛同したくない意見だが、ここにいるのは皆正式な管理局員ではなく、嘱託魔導師に民間協力者、さらには民間人ときている。無理な追撃戦をさせるわけにもいかないな】


 【ええ、いくら貴方といえど、彼ら四人を一人で追うのは正気の沙汰ではありません。本局がこの件をどう扱うか、全てはそれが定まってからですね、その面では私が得た情報も多少はお役にたてるかもしれません】


 【ところで、なのはは無事なのか?】


 【問題ありません。なにしろ、貴方が“それら”を持っているのですから】






 そして、今宵の戦闘の終わりを知るのは彼らのみではなく。





 【終わったな、退くぞ】


 【すまねーシャマル、助かった】


 【ううん、一旦散って、いつもの場所で集合しましょう】


 【お前達は先行してくれ、私が殿を務める】



 ベルカの騎士達は、僅かの逡巡もなく夜の空へと散っていく。


 近いうちに再び、管理局と彼らがぶつかる時は来るであろうが。


 ともかく、今宵の戦いは終焉を迎えたのである。







 だが、舞台の後には、後始末をしなければならないのも世の定め。






 「ユーノ、これらの使い方は分かるな?」


 「そりゃあ、飽きるほど使い方や効用をレポートにまとめたからね」



 リンカーコアを蒐集され、倒れたなのはの傍で、いささか緊張感の欠けた少年二人の声が響く。


 彼らは知っている、知りぬいている、この症状は、命に影響があるものではないと。似たような症例を、飽きるほど検索し、何度も医療施設に赴いて医師の確認を取ったのだから。


 「クロノ、なのはは大丈夫なの?」


 「ああ、運のいいことに、僕らが散々扱って来たこれらは、こういう症状を癒すために作られたものだ。君のお母さんの研究成果、無駄にはしないさ」



 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。


 まさしくそれは偶然に近いものであったが、執務官であるクロノは、それらに関わる法的処理をこの半年間行ってきたため、それらを常に持ち歩いていたのである。最も、片方は“生命の魔導書”のさらに写本といえる“命の書”と呼ばれる端末であるが、効能はそれほど変わらない。


 「魔力が足りていないなら、“ミード”から注入してやればいい。入れ過ぎて悪影響が出たり、負荷が溜まっているなら、その部分を“命の書”で取り除いてやればいい。その辺りは、ユーノの担当だったな」


 「本職ってわけじゃないけど、うん、なんとかなりそうだよ」



 プレシア・テスタロッサという女性が遺した研究成果は、確かに受け継がれ、その娘の親友の危機を救っているのだ。



 ≪マスター、貴女の長く辛い人生は、決して無駄ではありませんでしたとも≫



 その光景を見詰めながら、古きデバイスは己の主を誇りに思う。


 アリシアのために過ごした長く辛い時間は、決して、無駄なものではなかったのだと。


 こうして、二人目の娘の人生を、今も支えてくれている。



 「そんじゃま、残る作業は俺とアルフの役目だな」



 その内の想いを微塵も出さず、彼は“愚者の仮面”を被り、汎用言語機能を用いて己の成すべき機能を続ける。



 「まだなんかあったかい?」


 「あったり前だ。娘が夜8時過ぎに部屋からいなくなって、戻ってこなかったら親御さんが心配するに決まってんだろうが」


 「あ―――」



 それは実に単純な話であったが、本局やミッドチルダに住んでいると見落としがちな盲点でもある。



 「筋書きとしてはこんなとこだ。フェイトがずっとやってた仕事が終わって、なのはがすずか、アリサと一緒にすずかの家でびっくりサプライズを企画したんだけど、はしゃぎ過ぎてフェイト共々ノックダウン、で、その旨を伝えに我らが参りました、ってことでお前と俺で高町家に行く。細かい設定は俺に任せろ」


 「ま、詐欺の役はアンタに任せるよ」



 ちなみに、アルフの傷もユーノの魔法で大体回復している。その程度ならば問題はなかった。



 「あ、それとクロノ、本局に着いたらなのはをベッドに寝かせて、同じベッドにフェイトも潜らせて、二人仲良く眠ってる写真を撮ってS2Uから俺まで送ってくれ、なのはの親兄弟にプレゼントするから」


 「まったく、君はよくそういう細かい設定に気が回るな」


 「詐欺の達人を侮るな、んじゃま、そういうことで」





 そうして、嘘吐きデバイスの手によって真実は巧妙に隠されたまま、海鳴市にひとまずの平穏が戻る。


 無論、物語はこれで終わりではなく、まだまだ始まったばかり。


 呪われし闇の書を中心に回る、絆の物語はどのように巡ってどう収束するのか。


 それを知る者は、まだ誰もいない。


 ある女性と、その傍らに在った古いデバイスの物語はもう終わっているが。



 その長い旅の足跡は、確かに次代へと受け継がれている。





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