Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第八話   老提督の覚悟




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM8:45



 『以上が、クラールヴィントとの接触によって私が得た情報です』


 「なるほど………これは、無視できん情報だ」


 「提督も知っての通り、彼の管制機としての機能“機械仕掛けの神”はインテリジェントデバイスの母、シルビア・テスタロッサが彼にのみ搭載したものであり、これを古代ベルカ式のデバイスが破れるとは考えにくいかと」


 「そして、彼がデバイスであるためにこれらは“電子媒体に記録された情報”となり、裁判の証拠にも使えます。そうして彼は、アレクトロ社との裁判に勝訴したわけですから」



 時空管理局顧問管の執務室で語らうのは3人の人間と一機のデバイス。


 管理局へ入局してより50年を超え、かつては艦隊指揮官や執務統括官を務め、現在は三提督までとはいかないまでもやや名誉職に近い役職に在り、後進の者達の指導に力を注ぐギル・グレアム顧問管。


 アースラの艦長であり、闇の書と少なからぬ因縁を持つリンディ・ハラオウン提督。


 彼女の息子であり、同じく闇の書と因縁を持ち、現状において最も闇の書事件の担当官として適性を持つクロノ・ハラオウン執務官。


 そして、最後の一機は会議に参加している、とは少し異なる。どちらかというと、会議室の中央に置かれたプロジェクターが考える機能としゃべる機能を備えている、といった表現が適当であろう。


 彼は人間ではなく、管理局員でもないが(使い魔など、人間以外の管理局員もいる)管理局の高官が一堂に会する会議にすら参加する権利を持つ。当然、座るべき椅子はなく、彼がいる場所は中央にそびえる大型端末の制御ユニット接続部である。


 特に、今回の闇の書事件にかかわって急遽執り行われた会議のような場合において、“トール”というデバイスは重宝する。彼は膨大なデータベースを抱える“アスガルド”の管制機であり、無限書庫には遠く及ばないまでも、過去の多くの事例について即座に参照することが出来る。


 現に、この会議においても彼がまとめた“闇の書事件”に関する記述はかなり役立っていた。



 『人間ならば“口約束”という言葉もあり、それだけで記録に残ることもないため証拠とはなりませんが、我々の言葉は同時ストレージに記録されますから、まあ、デバイスの前で無暗に話すのは危険であるということでしょうか』


 「それは、肝に銘じるべき言葉かもしれんな」



 まさしくこの時発した言葉を、ギル・グレアムは後に顧みることとなる。彼自身は明確に思い出せずとも、トールは一語一誤らずに記録していたのである。



 『話を戻しますが、クラールヴィントのみならず、グラーフアイゼン、レヴァンティンの主達も己のデバイスに攻撃対象の殺害を命令していません。これまでの8回に及ぶ管理局が観測した闇の書事件においては、観測されていないケースです』


 「不謹慎な話ではあるが、なのは君が無事であった事実がそれを証明しているな。これまでの記録にある守護騎士ならば、一撃で頭部を砕き、リンカーコアを蒐集していたはず。とはいえ、守護騎士が顕現しなかった場合もあったため、断言することも危険か、第四次闇の書事件だったと思うが」


 『はい、管理局のエース級魔導師が主となり、最初の覚醒がなされる前に封印した結果、主のリンカーコアが喰い尽された事例ですね。もし彼の下で守護騎士が顕現していたならば、今回のようなケースも存在したかもしれません。まあ、仮定はともかくとして、守護騎士が顕現しているということは、闇の書が第二フェイズへ移行したことを意味しております』


 「守護騎士達は間違いなく闇の書の完成のために動いている。各地で起きている魔導師襲撃事件はその証だが、調査班からの報告によると、こちらも少々妙なことになっているな」


 『クロノ・ハラオウン執務官のおっしゃる通りです。蒐集こそされておりますが、死者はおろか深刻な障害を負った被害者も確認されておりません。守護騎士のデバイスはいずれもベルカ式のデバイスであり、戦場で戦うことを前提に作られたもの。古代ベルカ式を操る守護騎士の戦闘スタイルを考慮しても、殺さずに仕留めることの方が余程難しいはずなのですが』



 にもかかわらず、守護騎士は蒐集対象を殺さないように動いている。これは一体何を示すのか。



 「その通りだ。第一次闇の書事件においてBランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も一撃で殺されるという事態となった。だからこそ当時は“鋼の脅威”とまで呼ばれたものと聞くが、どうにも矛盾しているように思われる」


 「守護騎士の行動原理も、主の精神傾向の影響を受けるということでしょうか?」


 「可能性はあるが、主にとって守護騎士はあくまでプログラム体に過ぎんはずだ。蒐集されたリンカーコアは守護騎士を再構成するための燃料ともなり、言ってみれば使い捨ての駒のようなものなのだが」


 「つまり、守護騎士を倒すこと、もしくは捕えることに意味はない、ということですわね。主の意思によって消滅させ、再構築すればよいだけの話でしかない」


 『それ以前に、守護騎士に闇の書本体に関する情報が与えられていないと私は予想します。プログラム言語で言うならば、あるメソッドの内部のみで定義される変数やクラスのようなものであり、闇の書が超大型ストレージならば、守護騎士にはヒープ領域が割り振られていることでしょう』


 「要は、“鋳型”だけが存在していて、守護騎士同じ規格で作られるが、保有する記録はあくまでその時に限るため継承はされず、本体に関する情報も保持していない、というわけか」


 「やはり、闇の書本体か、主を探し出すより他はないな。守護騎士達の行動がこれまでとは違うのもやはり主の影響によるものと見るならば、主を特定しないことには解決には向かうまい」



 グレアムが出した結論に、残る二人と一機も同意する。彼は既にその主のことを知っているが、そのことを知る人間はここにはいない。


 だが、それはそれとして、現在のギル・グレアムは管理局の顧問管としてこの場に在り、管理局員としての立場から闇の書事件を解決するための方策を練ることに全力を尽くしてもいた。


 彼は今回の闇の書事件を最後にするべく11年の時をかけてきたが、“自分ならば必ず終わらせられる”という自惚れを持てる程、彼が管理局員として生きていた年月、新歴12年から65年の53年間は安くはない。


 彼は前々回の闇の書事件、新歴48年にも自らが教導した部下を失っており、前回の闇の書事件ではクライド・ハラオウンを二番艦“エスティア”ごと自らの手で弔うこととなったが、彼が失ってきた仲間達は闇の書事件だけではなく、むしろそれは全体で見れば極一部に過ぎない。


 ギル・グレアムと同じ時代を生きた高ランク魔導師のうち生きているのは極僅か、今も現役で働ける身体であるのは彼一人。故に彼らは、“生き残りし者”と呼ばれる。


 だからこそ彼は、闇の書を完全に封印するために管理局員としては許されざることを行いながらも、同時に管理局員として己に出来る限りのことを成す。自分の計画が失敗し、再び闇の書が現れた時には自分は既に現役ではなく、そもそも生きているかも怪しい、既に彼の年齢は64歳となっているのだ。


 そうならないように全力は尽くすが、そうなってしまった場合に次元航行部隊を率いる司令官として次の闇の書事件にあたるのは、今自分の目の前にいる若き執務官であろう。


 そう思うからこそ、ギル・グレアムはクロノ・ハラオウンに“闇の書”というロストロギアに対抗するための方策の全てを授けるつもりで、この場にいる。若い彼ではまだ不可能であり、ギル・グレアムだからこそ実現できる対応策は数多く存在しているのだ。


 直接指揮を執るのはリンディ・ハラオウンであり、彼の立場上、直接的に力を貸すのは難しいものの、“闇の書事件”だけは別。


 彼はこの11年間、闇の書を永遠に封印するための方策を考え続け、それを行うための環境を整えるためにもあらゆる努力を払って来た。その一つが、闇の書事件発生時に彼が“総括官”として全責任を負うかわりに、戦闘が予測される地域への交通封鎖や管理世界の住民への避難勧告などの権限を一手に担うこと。


 刻一刻と変化する状況に応じて即座に対処する必要があるのが闇の書事件の特徴であり、守護騎士が顕現している状態、闇の書の完成状態、そして、暴走状態、それらの変化を毎回本局に報告し指示を仰ぐのではあまりにも遅すぎる。彼が艦隊司令官であった前回の闇の書事件においても、それが原因で武装局員の死者を増やしてしまった。


 次元航行艦船一隻を率いて事件にあたるならば艦長にある程度の権限を与えれば済むが、5隻以上の艦艇を従え、その全てが“アルカンシェル”を備えているともなれば、国家戦争クラスの軍事力と言って差し支えない。それを運用するならば本局の許可を得ながらの行動となるのは当然ではあったが、それでは闇の書事件に対処しきれない。


 だからこそ彼は、“伝家の宝刀”的なものではあるが、万が一の際には10隻近い艦隊を率いて本局遠く離れた地域までも独立的な権限を持ちつつ出動できる状態を整えた。無論それは“闇の書”が最悪のケースで発動した場合に限り、彼の首も飛ぶこととなるが、そんなものを惜しむような人間は執務統括官などになれはしない。



 まさしく彼は、己の全てを“闇の書事件”に懸けているのである。



 『それについてなのですがギル・グレアム顧問管。“闇の書”は第一級捜索指定遺失物ではありますが、存在する世界、文化、そして何よりも主の人格や環境によってその危険度認定は大きく変わります。現在得られている情報を考慮するならば、せいぜいが第三級捜索指定遺失物の扱いになると計算しましたが』


 「君の計算は正しいだろう。“闇の書”が最悪の形で力を発揮するのは独裁国家の軍高官などに渡った場合であり、第六次闇の書事件ではまさにそれが起こり、2200万人もの人命が失われた。私の故郷で言うならば、ナチスドイツに渡るような状況かな、アドルフ・ヒトラーなどに闇の書が渡った場合など、考えたくもない事態だ」


 『貴方は、第二次世界大戦中のイギリスでお生まれになったのでしたね』


 「ああ、私の父親も軍人だったが彼の大戦で戦死してね、残る家族も、空襲で失った。幼い頃は父の後を継いで軍に入り、もう大戦は終わっているというのに、ドイツに復讐しようなど愚かな考えを持っていた。その私が時空管理局の艦隊司令官となったというのも、思い返してみれば不思議な話だ」



 ギル・グレアムと高町なのはの二人には魔法との出逢い方において多くの共通点がある。しかし、その時に受けた衝撃には決して埋められない差があった。


 ギル・グレアムは第二次世界大戦中のイギリスで生まれ、欧州が戦火に飲まれ、ドイツの戦闘機がイギリスへ飛来し民間人を攻撃し、その報復としてイギリスの航空機がドイツの街を民間人ごと焼きつくすことが“当たり前”とされた時代に育った。


 高町なのはという少女は、世界大戦が既に過去のものとなり、冷戦すら終結した時代に育った世代。彼女は“魔法”というものに魅せられたが、ギル・グレアムは“時空管理局”という存在にこそ魅せられた。


 もし、地球にも時空管理局のような組織があれば、6000万人もの死者を出し、その大半が民間人であったあの凄惨な世界大戦は起こらなかったのではないか、焼夷弾が民間人に容赦なく落とされることもなかったのではないか。そして、湧き起るインドなどの独立運動や、今も続く冷戦は―――


 そうして、彼は管理局に入った。それまでは祖国であるイギリスのため、いや、憎きドイツへの報復のために軍へ入ろうと考えていた少年は、国家や民族というものに帰属せず、“次元世界”のために存在する組織に己の夢を見出した。


 いや、彼だけではない。世界が狂気に染まり、世界が地獄を見た第二次世界大戦の時代に生きた人間ならば、“質量兵器が存在しない平和な世界”は誰しもが一度は夢見た光景だった。



「まあもっとも、キューバ危機などの際には長期休暇を貰ったものだがね。私は管理局に夢を託したが、それでも故郷というものは忘れられるものではない」


 『それは当然でしょう。大量破壊兵器の根絶を目指す管理局が、全面核戦争の瀬戸際であった世界に家族がいる人物を返さないはずがない。いえ、もしもの時は、貴方が懸け橋となって時空管理局が介入し、第97管理外世界が管理世界となっていた可能性すらあったはずです』


 「かもしれんな、アメリカとソ連が全面核戦争となり、無辜の民が核の炎で焼かれる事態となればいくら管理外世界とはいえ、時空管理局も座視してはいまい。介入することは望ましいことではないが、数億、いや、数十億の人間が死に絶えるよりは遙かにましだろう。まあ、それは過去の話だが――――」


 『闇の書が最悪の形で暴走すれば、キューバ危機以上の人災を第97管理外世界にもたらす可能性がある、というわけですね。現段階では可能性は極めて低いものの、ゼロではない』


 「その通りだ。だからこそ、闇の書を甘く見てはいかん。あれは、人の世の闇のそのものだ」



 それ故に、ギル・グレアムは闇の書を止めることに己の人生を懸けた。


 次元干渉型のロストロギアなどは、その名の通り既に“自然災害”に近いものがあり、人間の手を半分離れつつある代物だ。


 だが、闇の書は自然災害規模の力を持ちながらも、主の人格や所属する国家によって脅威の度合いが変わるという特性を持つ。民間人にとっては大差ない問題だが、彼にとってはそうではない。


 彼自身が述べたように、闇の書はナチスドイツのような組織に渡った場合に最悪の災厄をもたらす。それを止めることは、ギル・グレアムが時空管理局に入った理由そのものでもあり、彼が託した夢も具現でもある。



 ――――その代償が、罪のない少女を生贄に捧げることというのも、彼にとっては何よりも重い咎であったが。



 大戦中に生まれたギル・グレアムと、平和の時代に生まれた子供達の価値観は、やはり根本的な部分で違うのだ。


 理想論を振りかざしても、空から落ちてくる焼夷弾はなくならず、炎に包まれる街は救えない。


 そうして彼は、決して許されぬ罪を背負ってでも、闇の書を封じる覚悟を決めた。


 “正義”というものは価値観によっていかようにも変わる。やはり、彼の決断は今の時代を生きる管理局員達にとっても、決して認められないものであろう。


 それらを全て理解してなお、彼はその道を選んだのであった。それが茨の道であることは覚悟の上で。



 そして、グレアムとトールの会話を、クロノとリンディの二人はやや置いて行かれつつも何とか理解していた。


 第97管理外世界に関する“現在の知識”はかなりある二人だが、冷戦時代の米ソの対立に至るまで熟知しているはずはなく、むしろそれを知っているトールの方が異常なのだ。イギリス出身で、第二次世界大戦中に生まれたグレアムが知っているのは当然だが。



 「ですが提督、闇の書が現段階では第三級捜索指定遺失物扱いになる以上は、武装隊の大規模な動員や管理外世界への艦隊の派遣は不可能なのでは?」


 「それも事実だ。私の持つ非常時権限はその名の通り非常時に限ってのこと、簡単に言ってしまえば、私の首と引き替えにアルカンシェルを地表へ放つことを許可するというものと言えるか」


 『貴方の首だけで済むかどうかは怪しいところですね。もし、東京にアルカンシェルが打ち込まれれば、こじれにこじれて第三次世界大戦、となるやもしれません。世界の軍事バランスというものは危ういですから』


 「そのような事態には、私達の誇り、いいえ、存在意義にかけてさせません」


 「その意気だ、リンディ提督。だが、さしあたっては武装隊が大隊規模で必要というわけでもないな、運用するにも経費がかかる以上、人事部も慎重にならざるを得んし、何よりも中途半端な戦力の投入は闇の書にリンカーコアを提供することにしかならない」


 「そうですね…………闇の書の守護騎士に殺害の意思はなく、現段階での危険度が低いことは確認されましたから、僕達アースラだけでも対応は十分に可能だと思います」


 「守護騎士はまあいいとして、問題は主がどういう意図で蒐集を命じているか、また、そもそも闇の書の特性をどこまで把握しているか、ということでしょうね」


 『それに関しましてはデバイスとして意見があるのですが、よろしいでしょうか?』



 トールの発言に、三人が頷きを返す。



 『ありがとうございます。まず、守護騎士はあくまでプログラム体であり、彼らが“効率的”に動くならばやはり殺してリンカーコアを奪っているはずでしょう。しかし、彼らはそれをしておらず、それはまるで、管理局員の戦い方のようでもあります』


 「ああ、実際に戦ったが、その印象は確かにあった」


 『最も考えられる可能性は、主が守護騎士に殺害を禁じた場合です。その理由としては、まさしく今の我々の状態を作り出すこと、危険性が低いと判断させ、艦隊クラスの戦力が投入されることを防ぐため、これが一つの可能性です』


 「もう一つは、ちょうど、先の話に出てきたなのは君や私のように、高い魔力を持った管理外世界の人間がたまたま闇の書の主に選ばれてしまったケース、といったところかね?」


 『はい。一連の魔導師襲撃事件は全て第97管理外世界から個人転送で迎える世界に限られており、闇の書の主は第97管理外世界にいる可能性が最も高いと考えられます。無論、ミスリードの可能性もありますが、主がたまたま選ばれた現地の人間ならば、辻褄が合います』


 「その場合、通常のプロセスに則って守護騎士が顕現した。そして、殺傷を禁じた上で、なおかつ守護騎士達を蒐集へ向かわせた、となるわね」


 『そうです。主が守護騎士達をデバイスのような道具ではなく、使い魔のような“家族”として認識している可能性もありますが、蒐集を行わなければ自分のリンカーコアが喰われることを知れば、守護騎士に蒐集を命じることでしょう』



 流石の彼も、八神はやてという少女が、自分がこのままでは助からないことを知りつつも蒐集を許さない精神の持ち主であることまでは知りようがない。


 ただ一人、この場でそれを知る老提督は、何を思うのだろうか。



 「なるほど、主の行動はあくまで緊急避難に近いものとも考えられるか………この段階で決めつけるのは早計過ぎるが、操作方針を定める指標にはなりそうだ」


 『はい、逆に考えれば、時間的猶予はこちらにあります。守護騎士の蒐集が犠牲者を出すものでない以上、闇の書が完成するまでに主を拘束、ないし闇の書の封印が出来れば我々の目的は達成されます』


 「だが、完成前までの封印は困難である上、転生機能によって次へ逃げられる可能性が高い。何より、守護騎士が存在している段階で闇の書を封印出来た事例がないのだ」


 「ですが、僕達が管理局員である以上、闇の書が完成するまでに出る犠牲者を見過ごすわけにはいきません………が」



 犠牲者に命の危険はなく、後遺症なども残らないならば、話は少し違ってくる。



 「こうなると、逆に難しいわ。“命の書”と“ミード”があるなら、あえて闇の書を完成させて、その状態で封印処理に移った方が安全かもしれない」


 『ただ、その場合。万が一失敗すれば第97管理外世界で闇の書が暴走し、地表目がけてアルカンシェル発射。という事態になる可能性も孕みます。まあ、その前に確保し、無人世界などで封印を行えるならばよいのですが』


 「安全策を取るならば、未完成状態で闇の書を確保し、次元空間においてアルカンシェルで吹き飛ばすことだが、それも結局先送りにしかならん」


 「ですが、管理外世界にアルカンシェルを撃つよりはましです。仮に先送りになったとしても、その時はまた僕が止めます」


 『闇の書が現れるたびにそれを確保し、無人世界でアルカンシェルを撃ち込むのをハラオウン家の家訓とすることも一つの解決策ですね。根本的解決からはほど遠いですが』



 この中で唯一、闇の書に特別な感情を持っていないのはトールだけであり、それだけに客観的意見を述べることが出来る。


 だが、それも少し異なる。そもそも彼はプレシア・テスタロッサが関わること以外には主観を持たないのだ。



 「ともかく、闇の書の封印方法をどのようなものにするかは並行して検討するとして、当面の目標は、主の居場所を突き止め、守護騎士の守りを突破して闇の書を確保することですわね」


 「とはいえ、闇雲に探しても見つかるものではない。やはりここは守護騎士を利用するべきだろう」


 『でしょうね、高町なのはの襲撃があったのは海鳴市ですが、闇の書の主がそこに住んでいるとも限りません。ただ、守護騎士が日本語を話していた事実より、主の母語が日本語であることは間違いありませんね』



 実は、トールには心当たりがある。


 そもそも、彼がジュエルシード実験の舞台に海鳴市を選んだのはそこに“謎の結界”が敷設されていたからに他ならない。


 プレシアとアリシアのことで頭が一杯であったため、フェイトとアルフの脳内からは既に消えているその情報も、デバイスである彼は明確に覚えている。また、結局必要性がなかったため、リンディとクロノにもこのことは話していなかった。


 その事実が今後どう影響するかは、まだ分からない。



 「守護騎士を捕えても口を割るとは思えませんが、トールの推察通り、主が偶然選ばれただけの日本人なら守護騎士を消して再召喚という真似は出来ないかもしれませんし、何らかの情報が得らえる可能性はありますね、なによりも」


 「彼の本体を守護騎士のデバイスに差し込んで“機械仕掛けの神”を発動させれば、というわけね」


 『はい、以前はケーブルを介したある種間接的なものでしたが、直接的に繋がればこちらのものです。ただそのためには、守護騎士を捕捉してエース級魔導師をぶつけ、隙を作り出す必要がありますね』


 「そうだな、近くの世界で蒐集を行うことは間違いないだろうが、それでも範囲は広すぎる。網を張るにしてもどれほどの局員を動員すればいいか………」



 戦争においても、捜査においても、何よりも重要なのは情報である。


 犯人を捕らえるための機動隊が揃っていても、犯人が潜伏している場所が分からなければ意味がないように、ヴォルケンリッターを捕えるための戦力を整えても、そもそも捕捉できなければ意味はない。


 しかし、第97管理外世界の近場の世界と言っても広大であり、到底網を張れるものではない。結局は守護騎士の魔力反応を感知し、現地へエース級魔導師を送ることとなるが、どうしても後手に回ってしまう。



 「海鳴市や、その近県までをカバーするのは出来るけど、守護騎士も本拠地付近では魔力の痕跡を残さないようにしているでしょうし、何よりも戦闘地点が市街地になってしまう可能性が高いわ。やはり理想的なのは観測世界などで捕捉することだけど………」



 それを成すには、あまりにも膨大な人員が必要となる。闇の書が第三級捜索指定遺失物クラスの危険度である現状では、アースラの捜査スタッフとレティ・ロウランの探索チームくらいしか動かせない以上は夢物語でしかない。


 守護騎士達が魔導師を殺しており、危険性が高いと認定されれば大量の人員が送り込めるというのも、実に皮肉な話ではあった。死者や深刻な被害に遭った者が出ていない以上は、限られた人員で捜索するしかないのである。



 だが――――



 「ふむ…………ならば、兵糧攻めといくかね」



 そう言いつつ、ギル・グレアムが己の愛機、50年を超える時を共に過ごした相棒を取り出す。11年の時を闇の書事件への対策を講じることに費やしてきた彼の引き出しは並ではない。



 「オートクレール……」


 クロノも、そのデバイスは知っている。管理局の武装隊に支給されるデバイスの初期型であり、彼のS2Uの先発機といえる存在なのだ。


 「オートクレール、BW−4の情報を」


 主の声を入力として、ストレージデバイスが反応する。


 オートクレールは言語機能を持たず、唯一の意思伝達手段はコア部分に表示される文字のみ。彼は、遙か過去のデバイスであり、今のデバイスのような多彩な機能は持ち合わせていない。


 しかし、ギル・グレアムはオートクレールを使い続けた。この主従には、最早切れない絆が存在しているのだ。
 


 「これは………次元犯罪、及び次元災害発生時における交通規制に関する条項、ですか?」


 「そう、守護騎士はリンカーコアを蒐集するために動く、それは逆に言えば、リンカーコアを持つものしか獲物に出来ない、ということだ」


 「なるほど、つまり―――」


 「図らずも、なのは君が蒐集されたことがここでは有利に働く。管理外世界の民間人である彼女が蒐集された以上、現在の第97管理外世界付近は、“一般魔導師にとっての危険地帯”として認定することが出来る。その辺りに滞在している者には一時的にミッドチルダへと退避してもらい、事件解決までの渡航を禁止する。そうなれば、魔導師襲撃事件は収まる」



 それは、オートクレールに登録された“闇の書事件”における対処法の一つであり、本局の重鎮たるギル・グレアムならではの方策であった。



 『まさしく、社会の歯車たる管理局ならではの方法ですね。物語の世界では影ながら存在する正義の組織が存在し、彼らが守護騎士が現れた際に都合よく現れ撃退してくれるのでしょうが、そんなことはせずとも、そもそも一般人を危険地帯によりつかないようにしてしまえばいいだけの話です』


 日本ならばそれは、警察や自衛隊にしか出来ない手法。


 人々を無差別に襲う連続猟奇殺人事件などが起きているならば、外出の禁止を義務付けられるのは国家の組織の特権である。悪い方向で軍部によって戒厳令などが出されたりすることもあるが。


 ギル・グレアムがこの11年で用意した準備とはつまりそういったものの発動体勢であり、こればかりは若き執務官であるクロノ・ハラオウンはおろか、リンディ・ハラオウンでも今はまだ不可能な芸当である。



 『そして、管理局の勧告を無視して危険地帯に留まり、蒐集の被害を受けたのならばそれは事故責任です。法を破った者のために法の守り手が命を懸けるというのも変な話ですし、極論、見捨てても社会問題にはなりませんし』


 「君は、痛いところを突くな。そういった側面があることは否定できんがね」


 『申し訳ありません。ですが、犯罪者の確保よりも民間人の安全を優先しなければならないことが管理局員の最大の枷ともいえ、広域次元犯罪者はそこを的確に突いてきます。しかし、“民間人がいてはならない状況”を作り出せば、その優先順位も変えることが可能となります』



 それは後に、デバイスソルジャーA型という存在が示すこととなるが、それはこの物語で語られる事柄ではない。



 「まあそれはともかく。規制、いえ、封鎖をかけてしまえば魔導師が襲われることはなくなる、つまりは提督がおっしゃったように兵糧攻めというわけですね。そうなれば守護騎士達は……」


 「リンカーコアを持つ魔導師以外の生物を狙う、いや、そうするしかなくなるだろう。ならば後は簡単だ、第97管理外世界付近にある魔法生物の生息域、もしくは保護区域、それらに網を張れば必ず守護騎士はかかる」



 彼の計画にとっては、守護騎士が捕縛されることは望ましいことではない。



 しかし、管理局が闇の書への対応マニュアル通りに動き、守護騎士を捕捉することも同じくらい重要なのだ。なぜならそれは、ギル・グレアムがいなくなっても対処できる機構が整ったことを意味し、それさえ出来れば、後をクロノに託すことも出来る。計画は必ずや成功させるつもりだが、失敗した場合に備えることも“上に立つ人間”の使命なのだ。



 「その際には、決して守護騎士に見つからないように徹底しなければなりませんわね。魔法生物を餌に網を張ったというのに、観測役が獲物になってしまったのでは本末転倒」


 「それは私も考慮したが、守護騎士のうち探索に秀でているのは湖の騎士のみだ。その他の三騎ならば捜査スタッフのスキルでも見つからずに済むはずだ、それに、エース級魔導師が駆けつけるまでの間という時間制限もある」


 「ただ、アースラは現在整備中で動けません。アースラが第97管理外世界付近にあれば即座に転送出来ますが、本局からとなると……」


 「そういえば、長期航行が可能な艦船は現在空いていなかったか。私の非常時権限で動員する艦艇は長期航行用の艦艇ではないから、代用も出来ん。とはいえ、やはり拠点は必要だ、何とかかけあってみるか」


 「そこまでご迷惑をお掛けするわけには―――」


 「いいや、リンディ提督、権限というものは使うべき時に使うものだ。やはり、有事の際に本局からでは遠すぎる。転送ポートを備えた艦艇を第97管理外世界付近に配置することは“闇の書事件”を扱うならば必須だろう」



 それは、グレアムの本心であった。


 彼の計画から見れば難易度が上がることとなってしまうが、組織の体裁に拘るあまりに硬直した対応しか取れないという事態そのものが、“闇の書事件”を解決不能としてきた要因の一つなのだ。


 グレアムの計画によって“闇の書事件”が終わっても、次元世界に散らばるロストロギアはこれ一つではない。重要なのは管理局が柔軟な対応能力を失わず、ロストロギアの規模に応じた適切な運用を行える体勢を整えることなのだから。


 彼は自らの意思で茨の道を歩むことを決めたが、その要因は私怨というよりも自責の念であり、闇の書へ憎悪を燃やすには既に彼は年老い、多くの同僚を失い過ぎていた。


 彼はクライド・ハラオウンを失ったが、そのこと自体は珍しいことでもなく、それを成した闇の書を憎むよりも、己の判断ミスで彼を死なせてしまった自責の念と、闇の書の転生を止められなかった自身への憎悪が、ギル・グレアムの今の原動力となっている。



 だが――――



 『いいえ、それには及びません。フェイト・テスタロッサが嘱託魔導師として闇の書事件と関わることが明白である以上、時の庭園はその機能の全てを費やしサポート致します』



 リンディとクロノのことはよく知っており、それぞれの立場や能力の限界を把握している彼だが、テスタロッサ家、いや、時の庭園に関しては別であった。


 「時の庭園を、使うのか」



 『ええ。それに、網を張る役も私とアスガルドが引き受けましょう。守護騎士の到着を観測し、追跡するのみならばサーチャーとオートスフィアだけでも事足りますし、何よりも、気づかれたところで蒐集されることもありません。なにせ、機械ですから』


 「確かに、リンカーコアを蒐集する守護騎士を探索、追跡する存在として、機械以上に相応しい存在はいないかもしれないわ」


 機械は臨機応変の対処が出来ないために、捜査などにはあまり向かない。


 しかしそれは、人間の住む街での人間を相手にした場合の捜査であり、無人世界や観測世界で魔法生物保護区などに網を張るならば話は別、むしろ、そういった単一機能ならば機械は人間を遙かに凌駕する。



 『時の庭園が第97管理外世界付近にあれば、アスガルドは周辺世界のサーチャーからの情報をリアルタイムで解析できます。また、転送ポートもあるため戦力の派遣にも事欠きませんし、海鳴市とも直通しており、本局への転送ポートとしても利用できます。何より、リンカーコアが損傷した者達を治療する設備が整っており、同時に100人は治療可能です』


 「確かにそれなら、捜査チームの拠点にも使える上に、いざという時の主戦場にも使える」


 「理想的ではあるけれど、大砲は大丈夫なのかしら?」



 リンディが言うのは無論、地上本部に属するブリュンヒルトのことである。


 諸々の事情があって、時の庭園には未だにブリュンヒルトが鎮座している。解体するにも費用がかかり、時の庭園にあれば維持費をテスタロッサ家が負担してくれるため、資金不足の地上本部としては大助かりだったりする。



 『ええ、そちらは何とかしますのでお任せを、ギル・グレアム顧問管、そういうことで如何でしょうか』


 「いや、問題がないならば異論はないよ。まあ、方針としてはこんなものだろう」


 「海鳴市を中心に守護騎士を捕捉するための監視員を置き、同時に、蒐集へ向かう守護騎士に対する網を時の庭園の機械達が張る。周辺の魔導師への避難勧告と交通封鎖に関しては、申し訳ありませんがお願いします」


 「ああ、任せたまえ」


 「トールが中央制御室にいてくれるなら、私とクロノは海鳴市にいた方が良さそうね。広域のカバーは機械に任せて、市街地は人間が担当する。なのはさんやフェイトさんのこともあるし」


 『では、より実働レベルでの調整に参りましょう。グレアム提督、オートクレールが持つ交通封鎖に関する情報と魔導師襲撃事件発生地のすり合わせを行いたいのですが』


 「ふむ、こちらのケーブルで良いのかね?」


 『はい、それを彼に繋いでくだされば』



 トールとオートクレールが接続され、人間ではあり得ない速度で情報がやり取りされていく、トールは同時にアスガルドとも連携し、守護騎士に対してサーチャーとオートスフィアが形成する“網”の構築に取り掛かる。


 また、グレアム、リンディ、クロノの三人も人員の配置やレティ・ロウランの調査班との連携をどうするかを話し合う。老提督にとっては、全ての人員を把握していれば、守護騎士達を意図的に逃がすこともできるという考えもあったが、それは表には出さない。



 しかしこの時、二機の古いデバイスが送受信していた信号が“兵糧攻め”と“機械の網”に関すること以外にもあったことを、三人は知らない。



 ギル・グレアムと53年間共にあったオートクレール


 プレシア・テスタロッサと45年間共にあったトール



 その存在は非常に似ているが、決定的に違う部分が存在する。


 それは、ストレージやインテリジェントといった区分ではなく、デバイスにとっては何よりも根源的な事象。


 その差異は、人間には非常に理解しにくいものであるため、老提督ですら、気付くことは叶わなかった。



 だがしかし、決して忘れてはいけない。



 どれほどの長き時を共にあっても


 どれだけ互いに信頼していようとも



 彼らデバイスは、アルゴリズムに沿って動く、機械仕掛けなのである。







あとがき
 今回は闇の書事件に対してアースラがどう動くかの説明が主でしたが、グレアム提督がより直接的に協力してくれている部分が相違点となっています。やはり、彼が11年間闇の書を封印するための方策を考え続けたのならば、闇の書事件が発生した際のあらゆる対応策を練っていると考え、もし失敗に終わったならば、クロノの世代に託すしかない以上、このような感じになるかな、と考えた次第です。
 また、彼が管理局に入って50年以上というのはA’S第三話の内容で、彼と管理局員の出逢いは映像からはなのはとほぼ同年代くらいに見えたので、グレアム提督の年齢は62〜65歳くらいかなと想定しました。となると、彼の生まれた年代は第二次世界大戦の頃となりました。
銃などが街中で放たれることなどほぼあり得ない現在の日本で生まれ育った少女ならばともかく、爆撃機が空を飛び交い、民間人へ向けて容赦なく焼夷弾が落とされ、果ては原子爆弾まで落とされた時代に生まれ育ち、その後も米ソの冷戦が続いていた時代に生きた少年にとって“質量兵器の廃絶”を掲げ、国家に依存しない中立な立場を持つ管理局との出逢いは、“魔法”よりも遙かに重いものであったのではないかと思います。
 最高評議会、三提督、グレアム、レジアス、リンディ、そして、クロノ達の世代への時代と価値観の移り変わりも三部作通しての主題の一つで、そういった人間社会の移り変わりと、デバイスはどのように関わってきたかは特に描きたい事柄なので、丁寧に書いていきたいと思っています。やはり、ヴィヴィオ、コロナ、リオの世代がインテリジェントデバイスと共に平和に楽しく過ごしているVividが、到達したい地点です。






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