Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第九話   それぞれの想い




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  PM9:30



 「うーん、やっぱり、芳しくはないみたいだ」


 「レイジングハートもバルディッシュも、無理したからねえ」


 クロノとリンディが今後の対応について協議している頃、ユーノとアルフの二人はそれぞれが戦った相手の特徴をレポートに纏め終え、デバイスの修復経過を見ていた。


 決して専門家というわけではないが、彼らから見ても二機のデバイスの状況は良くないものであることは分かる。もし“管制機”の補助なしで最後のファランクスシフトやスターライトブレイカーを放っていれば、さらに深刻な状態に陥っていたかもしれない。



 そこに、ドアが開く音が聞こえてくる。



 「なのはっ、フェイトっ」


 アルフが嬉しそうに入って来た二人の少女に声をかけ、同時に駆け寄っていく。


 「アルフさん、お久しぶりです」


 一応守護騎士との戦闘中も姿を見かけはしたが、なのはとアルフは直接言葉を交わしていない。ヴォルケンリッターと対峙している状況で、そこまでの余裕はなかったために。


 そうして、4人が若干遅れながらの再開を祝していると、部屋に入ってくる人間がもう一人、と一機。


 「なのは、平気そうでなによりだ」


 「俺は何の心配もしていなかったけどな、ああそうだ、言い忘れてたけど高町家には俺が嘘八百を並べておいたから無断外泊に関しては気にすることはないぞ」


 「クロノ君、と………」


 「どした?」


 「いいえ、何でもありません」


 苦情を言うにもそうなるとフェイトやユーノにも自身が受けた名状したがたい屈辱の体験を知られることとなるため何も言えないなのは。


 これがまあ、“女の子として恥ずかしい”ものならフェイトには話せるのだが、“人間の尊厳がかかっている”出来事であったため、なかなか相談できない。バケツか雑巾にでもなった気分とは、なのはの談である。



 「バルディッシュ……」


 フェイトの方は、トールが入ってきたことでバルディッシュの負傷のことを思い出し、彼が入っているケースの方へと歩いていく。


 「ごめんね、わたしの力不足で………」


 「お前が気にすることじゃないぞフェイト、デバイスに関して気にするのは俺の仕事だ」


 「だけど……」


 「だけども何もない。お前がバルディッシュの性能を生かし切れなかったならお前の責任だが、そうじゃない。現在のバルディッシュの性能を最大限に発揮した上で負けたんならそれは仕方ないことだ、だったら、次はどうすればいいかを考えろ、戦力的に劣っていようが勝つ手段はいくらでもある」


 「それに、そもそも戦わないことも選択肢の一つだ。まあ、君やなのはがそれを選べるとは僕も思わないが」



 クロノとしては苦笑いを浮かべるしかない。本音を言えば戦ってほしくはないが、半年以上の付き合いだ、彼女らがどう思っているかは予想出来る。



 「それでユーノ、破損状況は?」


 「正直、あんまり良くない。今は自己修復をかけてるけど、基礎構造の修復が済んだら、一度再起動して部品交換とかしないと」


 「そうか…」


 「ねえ、そういえばさ、あの連中の魔法って、何か変じゃなかった?」


 そこに、アルフが疑問点を挙げる。


 「あれはベルカ式だが、近代ベルカ式じゃない。古代ベルカ式だ」


 「古代ベルカ式って………確か、聖王教会とか、極一部にしかもう伝わってないんじゃなかったかい?」


 「うん、そのはずだよ。僕達スクライア一族がたまに古代ベルカ時代のデバイスを発掘したりもするけど基礎からして現在のものとは違うし、まあ、一般的には古代ベルカ式と呼ばれているけど、僕達が戦った相手が使ったのは中世ベルカ式のデバイスかな」


 「中世ベルカ?」


 「一般的には近代以降を近代ベルカ式、それ以前のものを古代ベルカ式と二分するが、それを厳密に分ければ現代ベルカ、近代ベルカ、近世ベルカ、中世ベルカ、古代ベルカとなるんだ。そして、ベルカでカートリッジシステムを開発したのは中世ベルカ時代の“黒き魔術の王”と呼ばれる人物だ」


 「えっとクロノ、黒き魔術の王って確か、一千年くらい前の伝説的な魔導師のことだったよね」


 うろ覚えながらフェイトが質問する。彼女がリニスから習った事柄は実践に関わることが多かったため次元世界史などはそれほど得意ではないが、黒き魔術の王は魔法を実践的に扱うことに深く関わるため多少は知っていた。


 「ああ、カートリッジシステムのみならず、フルドライブ機構やその発展版のリミットブレイク機構、それらを作り上げたとされる人物だ。かなり危険な思想の持ち主であったともされるから、現在では手放しで称賛される存在じゃないが」


 「でも、質量兵器の全盛時代には神のように崇められた人物なんだ。彼の人物考察にも諸説あるんだけど、とにかく、歴史の大きな影響を与えた大人物というのは間違いなくて、守護騎士のデバイスはその時代以降のものと考えられるんだ」


 「えっと……」


 その中でただ一人話についていけないなのは。


 フェイトやアルフはともかく、彼女は次元世界の歴史などまるで知らないのである。


 「なのはにも分かりやすく言うなら、織田信長みたいなもんだ。比叡山を焼き打ちにしたりとかなり乱暴な面もあったが、信長がいなければ日本史も別な方向に進んでいたであろうことは疑いないだろ」


 「あ、それは分かります」


 「それでまあ、事実とは違うが、信長が火縄銃を開発したとしてみろ。過去の武士が現代に現われたとして、そいつが火縄銃を持っていたんなら、少なくとも源義経の時代の人物なわけはねえってことだ」


 「なるほど」


 「だがまあ、そういった歴史考察は後でやるとして、そろそろお前達にはいくべき場所がある。クロノ、そろそろ時間だよな」


 「フェイト、なのは、君達に会ってもらいたい人がいる。君達が今後闇の書事件に関わるつもりなら、彼の許可が必要なんだ」














新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  電脳空間  PM9:40



 フェイトと高町なのはの二人はクロノ・ハラオウン執務官と共にギル・グレアム提督の下へと向かいました。


 入れ替わるようにエイミィ・リミエッタ管制主任がデバイスルームを訪れ、ユーノ・スクライアとアルフに彼についての説明を行っています。


 そして、私は――――


 『聞こえますか、二人とも』


 『はい』


 『聞こえます』



 エイミィ・リミエッタ管制主任に手を貸してもらい、私の本体を彼らが眠るケースへと接続、電脳空間における対話を開始しました。



 『これまでの経緯については送信したデータの通りです。アースラは“闇の書事件”の担当となることがつい先程正式に決定し、貴方達の主人二人がそのチームに加わるかについて、現在会談が行われています』


 『あの騎士達と、再び』


 『戦うこととなる』



 見事な繋ぎです。レイジングハートとバルディッシュの相性も実によいようですね。



 『ええ、それはもう確定事項と言ってよいでしょう。そして、フェイトがそれを望む以上は私は止めることはいたしません。それが危険なことであろうとも、彼女が望むならば私は全力でサポートするのみ』


 それが、使い魔とデバイス、リニスと私の最大の相違点でもありました。


 我が主、プレシア・テスタロッサが己の身体を顧みることなく無理な魔法行使と研究を進めている頃、リニスは幾度も無理やりにでも主を入院させようとしたことがあった。


 しかし、その度に私が立ちはだかった。“入院して己の身体を休めること”は主の願いではなかったため、それを阻むリニスを私は止めた、いざとなれば排除することも考慮に入れつつ。


 そして、リニスは優秀な使い魔でしたが、時の庭園内部では私には敵いませんでした。彼女は一度も私を出し抜くことは出来ず、それは結果として主の寿命を縮めることともなったでしょう。


 ですが、己の命を削ってでも娘のために研究を進めることが主の願いならば、私は止めることはしない。“主の鏡”として忠告は繰り返しますが、ただそれだけでした。そしてそれは、フェイトに対しても変わらない。



 『トール、貴方は我が主の望むままに機能するのですね』


 『然り。ただ一つ、我らの電脳が導き出す彼女の行動の結果予測が“フェイト・テスタロッサの幸せに繋がることはない”というものでない限りは』


 我が主より与えられた最後の命題は、フェイトが幸せになれるよう機能すること。


 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが闇の書事件に関わる中で自分だけ安全圏にいることはフェイト・テスタロッサにとって幸せではない、と私が保有する彼女の人格モデルは推察した。


 彼女が求める幸せとは、皆で協力して事件を解決し、また皆で笑い合える日々が来ること。それ故に、ヴォルケンリッターを一方的に排除することも最適解ではありません。既にフェイトは剣の騎士シグナムについて共感までは言い難いですが、繋がりを感じています。



 『それでは貴方は、あの騎士達の望みも叶えるつもりなのですか?』


 『それが、フェイトが願う幸せの形ならば、そうなるでしょう。彼女らが襲撃者として魔導師を襲い続けるならば可能性は低いですが、どうもそれだけではないようにも考えられる』



 ヴォルケンリッターの行動は明らかにこれまでのものとは異なっています。



 『少なくとも、貴方達の主、フェイト・テスタロッサと高町なのはの二名は騎士達の真意を知ることを望んでいます。人間としてやや歪と言えるかもしれませんが、彼女らにとっては自身が襲われることよりも相手の意思が分からないことの方が耐えがたいことなのですから』


 『それは……』


 答えに窮したのはレイジングハート。彼女もまた、己の主の持つ危うさを気に懸けることはあったのでしょう。


 高町なのはという少女は、相手に共感し過ぎる部分がある。それは悪いことではありませんが、危険なことでもあります。


 無論、彼女も無条件で相手に共感するわけではありませんが、彼女はある種の“感受性”が強い。強い意志を持って行動する人間を嗅ぎ分けるセンサーが優れていると言うべきか。



 『私が持つ人格モデルの中でも、過去の高ランク魔導師には彼女と同じような特徴を持つ方がいます。金銭目的や快楽のためなど、“軽い”動機の犯罪者には容赦なく砲撃を叩き込むのですが、相手に深い事情と決して譲れぬ意思を感じた場合にはまずは相手の真意を探ろうとしておりました』


 『どのような方だったのですか』


 『貴方の先発機の主ですよ、バルディッシュ。私の17番目の弟、アノールの主がまさにそういう方でした』


 どうにも、シルビア・マシンの主には似たような傾向が見られる。


 現在は防衛長官となったレジアス・ゲイズ中将の殉職なさった同輩達にも、かなり似ている部分がありました。



 『私のような機械では観測できないパラメータを、高町なのはは“直感”によって取得しています。つまり、彼女が鉄鎚の騎士の真意を知りたいと願っていることこそが、現在のヴォルケンリッターにはプログラムだけではない要素がある証なのです、なぜなら、高町なのはは人間ですから』


 人間の持つ“直感”が守護騎士に対して働いたということは、現在の守護騎士は機械的なプログラムではないということを示す。


 その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在していると。


 私とアスガルドが保有する人格モデルは、演算しました。



 『そうである以上、高町なのはが引くことはありえません。かつての事件において、ジュエルシード探索から引く可能性はあっても、フェイト・テスタロッサと会うことを諦めることはあり得ませんでした』


 『つまり、我が主は“闇の書事件”を解決するためではなく、“守護騎士達”と理解し合うために戦うということですね』


 『それは貴女も理解していたことでしょう、レイジングハート。かつても彼女の優先順位はジュエルシードよりもフェイトの方が上でした、今回はそれが闇の書と守護騎士に置き換わったに過ぎません。だからこそ彼女は民間協力者、管理局員であれば闇の書を優先しなければなりませんからね』


 それ故に彼女は組織にとっては扱いにくい存在だ。戦力としては魅力的ですが負傷した際の責任が重く、さらに彼女自身がいざとなれば組織の命令よりも自身の意思を通す傾向を持っている。


 通常の人物ならば、今の彼女を指揮下に置きたいとは思いますまい。ですが、アースラの首脳陣は通常の人物ではありません。


 少なくとも、私の人格モデルは彼女ら三人を“稀な人材”と判定しています。



 『結論を述べれば、高町なのはもフェイトも闇の書事件を解決するために動くことでしょう。下手に彼女らを放置するよりはクロノ・ハラオウン執務官の下で監視しながら運用した方が暴発の可能性は低いですから』


 『暴発……』


 『否定できません……』



 二人とも、己の主の無鉄砲ぶりは知り尽くしているようで何より。



 『そこで、貴方達に問いましょう。主はヴォルケンリッターとの再戦を願っています、最終目標は理解し合うことにありますが、そのためには戦う必要があることは明白、ならば、貴方達は何としますか?』


 今の貴方達では、グラーフアイゼンやレヴァンティンには敵いません。


 私がクラールヴィントを通じて得た情報は完全ではなく、彼らのフルドライブ状態の姿までは分かりませんが、フルドライブを使わずとも貴方達の性能を凌駕しています。


 高速機動の慣性制御や、誘導弾の管制に関してならば互角以上ですが、それでは足りないことは明白。


 古代ベルカ式の戦技を操る騎士達を破るには、ミッドチルダ式のみでは厳しいものがある。それを成すにはクロノ・ハラオウン執務官と同等の修練を積むしかありませんが、そのような時間もありません。


 ならば、何らかのショートカットを行う必要がある。



 『問うまでも』


 『ありません』



 それを分からない二人ではないため、私の言葉は問いではなく、確認。



 『インテリジェントデバイスである貴方達に“これ”を組みこむことはどれほど危険であるかは理解していますね』


 『はい』


 『無論』


 カートリッジにも種類があります。簡易デバイスの動力用の電池や、低ランク魔導師が魔力不足を解消するための補助的なもの、それらは比較的安全に扱うことができ、武装隊でもかなり主流となりつつある。


 しかし―――


 『高ランク魔導師の術式を底上げするカートリッジには大きな危険が伴います。先に話にでたアノールの主は、ロストロギアの暴走体を撃破するためカートリッジの過剰使用とリミットブレイクの副作用によって命を失い、アノールもまた、コアごと全壊しました』


 高ランク魔導師の魔法は威力が大きい故に、危険も大きい。


 フルドライブ状態でカートリッジを併用しつつスターライトブレイカーなどを放てば、最悪、リンカーコアが壊れる危険すらあります。


 『ですが、先発機達の犠牲があったからこそ、我々インテリジェントデバイスの技術は進んできたのだと。そう教えてくれたのも貴方です』


 『私も、彼の受け売りですが存じています。我々デバイスは、管理局と共に在ると』



 まったく、そういう部分は兄弟機なのですね。それに、レイジングハートもバルディッシュのモデルですから、似通う部分があるのは当然の帰結と言うべきか。



 『よろしい、どうやら貴方達にはもう、助言の必要はなさそうですね』


 (今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています)


 私はかつて、そう言いました。


 (しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に)


 その時は、予想よりも早く訪れた。


 (その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも)


 その答えは、今確かにここに。



 『では、後のことは私が引き受けました。部品の発注が早いに越したことはありませんし、そも、時の庭園にはそのための部品が既に用意してあります。直ちにアスガルドに命じてアップデートの準備に取り掛かると致しましょう』


 『よろしくお願いします』


 『感謝します』



 さあ、忙しくなりそうです。



 『ただし、カートリッジは諸刃の刃であることは忘れないよう注意なさい。我が主が負ったリンカーコア障害に関しては、貴方達も存じていますね、主のリンカーコアか供給される魔力に異変を感じたならば、即座に時の庭園へ連絡を』


 『はい』


 『必ずや』



 後は何も言うことはありません。頑張るのは若者に任せ、老兵は後方で若者が全力を出せるよう支援することといたしましょう。


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』


 『Dive out(潜入終了)』


 『Dive out(潜入終了)』









同刻  時空管理局本局  顧問管執務室



 「「 失礼しました 」」


 幼い少女二人の選択は古いデバイスが予想したとおりのものであり、その姿を見送りながら、老提督は呟く。


 「なんとも、真っ直ぐな子達だ。あれほど純粋な目は珍しい」


 「ただ、真っ直ぐ過ぎて、たまに不安にもなります」



 部屋に残ったクロノは率直な感想を述べる。彼女らのそういうところは好ましく思っている彼だが、それだけに自分が注意せねばとも思う。



 「そうだな、闇の書事件にあたるならばなおのことだ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターがどのような存在であるかは具体的には分かっていない、あくまで、過去の事例から推察したものに過ぎん」


 「はい、そのことで提督にお願いが」


 「………無限書庫の開放かね」


 「はい、ロストロギアに関する情報が保管されていることから現在は封鎖同然の状況ですが、やはり闇の書事件の大元を探るには必要ではないかと考えます」


 無限書庫にはロストロギアはおろか、大量破壊兵器や核兵器の製造法まで全ての情報が揃っている。管理外世界ならば地球のように核兵器が普通に存在している場所もあるが、無限書庫にはそれらのデータも全て揃っているのだ。


 「得られる情報によるメリットよりも、情報が流出した際のデメリットの方が大きいことから、提督クラスの人間の許可がない限り入ることも許されない。僕の権限では入れませんし、母さ…艦長は現場で指揮を執りますから本局には残れません。ですが」


 「聡いな、私も君と同様に考え、無限書庫を開放するための準備を進めてはいた。ロッテかアリアが同伴することが条件とはなるが、そうだな………一週間もあれば開放は出来るだろう。そしてもし、無限書庫の記録が闇の書事件の解決のきっかけとなれば、全面的な開放も本格的に検討されるだろう」


 「ありがとうございます」


 頭を下げるクロノに、グレアムは疑問を呈する。


 「しかし、あの超巨大データベースから情報を探し出すのは並大抵ではないぞ、私も準備は進めていたが、肝心の送り込む人材をどうするかで悩んでいた。ロッテとアリアにもそれぞれ仕事があり、事務の者達は既存のシステムには強いが、あそこは完全に未整理状態だ。かといって成果が見込めるかも怪しい作業に大量の人員も送り込めん」


 それもまた、組織というものの宿命である。成果が見込めるようにならない限り、人材が本格的に派遣されることはあり得ない。


 「その手の専門家には心当たりがあります。ここ1ヶ月程一緒に仕事していましたが、能力は全面的に信頼できます」


 もっとも、依頼するのはこれからだが、その辺りはなんとしてでも引き受けさせようと考える若干黒いクロノであった。


 「そうか、その辺りは君の判断に任せる。使えるものは何でも使いたまえ、私も含めてな」


 「はい」


 「だが、無理はするな。いざという時に動けねば意味はない」


 「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」


 「そうだったな、責任は全て老人に任せ、君は己の信念に従って動くと良い」


 「何もかも、というのも心苦しいのですが」



 しかし、クロノはまだ一執務官でしかなく、無限書庫の開放や第97管理外世界付近への交通封鎖、それらに責任を負える立場にはいない。リンディですら、一人で負えるものではないのだから。



 「なに、それが老人に出来る役目だとも、彼の三提督が名誉職とはいえ留まっているのもそれ故だ。流石に、最高評議会の方々の思惑に関してまでは分からんが」


 「先達に恥じないよう、全力を尽くします」



 そして、クロノも退出していき、部屋には老提督のみが残る。



 「後を継ぐ者達、か」


 彼はしばし物思いにふける。


 自分が夢を託した時空管理局、しかしそれもまた永遠のものではあり得ない。いつかは腐敗し、人々に害をもたらすようになるだろう。


 今はまだ腐敗はおろか組織として完成すらしていないが、徐々に整いつつあるのも事実。やがて完成すれば、後は下っていくのみ。



 「後継者不足は、どのような組織も抱える最大の問題。だが、要は後に続く者達に誇れる生き様を示せるかどうか、それだけなのだ」



 若者たちが“自分達も先達のようになりたい”、“彼らの後を継ぎたい”、そう思えるものを示せれば、その組織は続いていく。


 逆に、“こんな組織に仕えるくらいなら、新しい組織を作る”と思うようになれば、その組織は終わりを迎える。



 「私は、恵まれているのだろう」


 時空管理局を作り上げた最高評議会、それに続く偉大なる三提督。


 彼らを先達として持ち、さらにはクロノ達のような後継者にも恵まれている。


 自分が管理局と共に生きた53年は厳しい時代ではあったが、常に前を向いていた時代ではあった。今を生きる者達は、自分の子や孫の代がこのような苦労をしない世界を夢見て、激動の日々を駆け抜けた。


 徐々にではあるが、それは実りつつある。クラナガンもレジアス・ゲイズ中将を筆頭とした者達によって治安が改善され、海もようやく安定して武装局員を派遣できる状況が整い始めた。



 「だからこそ、これが私の最後の役目だ」



 闇の書は、管理局のような組織というものにとって最悪のロストロギア。


 その危険度や特性が一定せず、状況が常に変わるため定まった対応を取ることが出来ない。どうしても、後手後手の対応を取らざるを得ず、これまで多くの犠牲者を出してきた。


 それを止めるために犠牲が必要ならば、せめて最低限に。


 幼い少女を生贄にすることは決して認められるものではなく、その咎を負うのは自分一人でいい。
 

 クロノや先程会った少女達、彼女らは知る必要はない。



 「オートクレール、八神家の様子を」


 沸き起こる葛藤を鋼の心で制しつつ、彼は53年を共に駆けた己の魂を起動させる。


 ただ、彼は知らない。


 今現在開いた画面の存在を知るのは自分一人ではないことを。


 彼はまだ、知らない。










同刻  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 



 「はやてちゃん、お風呂の支度、出来ましたよ」


 「うんっ、ありがとうな」


 八神家では、家族が皆リビングに揃い、はやてとヴィータはザフィーラと共にテレビの前に座っていた。


 「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」


 「は〜い」


 「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませんよう」



 読んでいた新聞を畳みながら、シグナムが己の主に声をかける。



 「はーい」


 「それじゃ、よいしょっと」


 はやてをシャマルが抱えるが、普通に考えればはやてがまだ9歳の小柄な少女とは言え、女性の細腕で床に座っている状態から抱え上げるのは楽ではない。


 しかし、シャマルは力むことすらなく、鞄を持つような自然な仕草ではやてを抱えあげる。彼女もまた夜天の守護騎士の一人であり、力が強いのと同時に、力の効果的な使い方というものを熟知していた。



 「シグナムは、お風呂どうします?」


 「私は今夜はいい、明日の朝にするよ」


 「そう」


 「お風呂好きが珍しいじゃん」


 「たまには、そういう日もあるさ」



 シグナムは目をつぶり、静かにソファーに腰掛けている。



 「ほんなら、お先に」


 「はい」



 はやて達が風呂場へ向かうと、リビングに残るのはシグナムとザフィーラのみ。



 「今日の戦闘か」


 「聡いな、その通りだ」


 否定することなくシグナムが服をたくしあげると、腹部には痣が存在している。古傷というわけではなく、真新しい傷だ。


 「お前の鎧を打ち抜いたか」


 ザフィーラの声には感嘆の響きがある。ヴォルケンリッターの将に傷を与えることは容易ではなく、ましてシグナムの相手はまだ幼い少女であった。


 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな、武器の差がなければ、少々苦戦したかもしれん」


 「だが、それでもお前は負けないだろう」



 シグナムの言葉は本心であったが、ザフィーラの言葉もまた同様であった。



 「ああ、確かに強いが、経験がまだ足りていない」


 ザフィーラはシグナムが僅かではあるが傷を負ったことに気付いていたが、彼女と対峙し、傷を与えた本人であるフェイトは気付いていなかった。それはすなわち、戦場の駆け引きにおいてシグナムが巧者であることを意味している。


 仮に、ボクサーの試合であったとして、パンチ力があり、速いに越したことはないが、自分の放ったパンチが相手に効いたかどうか、それを判断する力も重要な要素である。それが分かっていなければペース配分が上手くいかず、無駄が多くなってしまう。


 逆に、シグナムがフェイトに一撃を加えた際にはそのダメージがフェイトの表情にそのまま表れていた。そこからシグナムはフェイトの余力を推察し、彼女を倒した後に他の戦場に駆けつける際の余力のことまで考えて戦術を決めることが出来た。だが、もしフェイトのダメージが分からなければ、まずはフェイトを倒すことに全力を注がねばならなくなる。


 つまりは、自分の持つ力を無駄なく有効に活用する技能、その部分においてなのはとフェイトはヴォルケンリッターに遠く及んでいないことを、シグナムとザフィーラは見抜いていた。無論、残る二騎も同様に。



 「問題は、あの黒服と例のデバイスだ」


 「ああ、彼が指揮官であるのは疑いないが……デバイスの方は正直分からんな」


 そして、守護騎士にとって警戒に値するのはクロノとトールの二人、いや、一人と一機。


 彼らの戦術はこの一人と一機によって覆されたと言ってよく、後者に至ってはその言葉がブラフであったことすら守護騎士達には判断できていない。いや、そもそも判断するだけの材料がない。


 闇の書の守護騎士は、管理局の武装隊や有能な指揮官とは戦ってきたが、“デバイスを修復するデバイス”などというものと遭遇したことはなかった。それ自体が嘘であり、彼は“デバイスを操るデバイス”であるが、実態においてそれほど差がないため、非常に判断しにくい。



 「私達が戦い、リンカーコアを蒐集することなく撤退することとなったのも今回が初めて、さらに、相手は間違いなく管理局の指揮官クラス。今後は、厳しくなるな」


 「魔導師相手の蒐集は………もはや不可能か」


 ヴォルケンリッター達もまた、管理局がとるであろう対応を協議していた。


 そして、魔導師襲撃事件が起きており、闇の書の存在が明らかになれば、この世界周辺には渡航制限などがかけられる可能性が高い。そう判断したからこそ、なのはの蒐集に踏み切った。


 これまでも彼女らは蒐集を行っており、それは管理局以外の魔導師も多くいたが“普通の魔導師”であったわけではない。観測世界や無人世界などで活動し、大型の魔法生物などに襲われる危険もある場所であることを知りながらそこにいた魔導師達である。


 これを地球に置き換えるなら、東京の市街地で白昼に通り魔が出現し子供が刺されたという事件と、タクラマカン砂漠でラクダに乗りながらシルクロードの遺跡調査をしていた調査員が盗賊に襲われた事件、ほどの違いがある。


 人々が安全に暮らすべき場所で発生した襲撃事件と、仮に守護騎士がいなくても危険が伴う場所で発生した襲撃事件では社会に与える影響度に天と地の差が存在する。裁判で裁かれる“罪”の中には社会に与えた影響に関する社会的責任というものもあり、それは同時に管理局が本腰を入れて動き出す引き金ともなり得る。


 よって、守護騎士にとっては倫理的な部分と管理局の動きに関する部分の両面において“一般人からの蒐集”は最終手段であったが、時間制限というものが枷となる。


 闇の書の完成は時間との戦い。管理局に捕捉されないまま蒐集が出来るのであれば、民間人である少女から蒐集する必要はなかったが、レティ・ロウラン提督が派遣した調査員は優秀であり、既に第97管理外世界の海鳴市にまで調査の手を伸ばしていた。


 実に皮肉なことではあるが、管理局の対応が早く、海鳴にまで迫ったために、守護騎士が民間人であるなのはの蒐集に踏み切った、という因果関係が存在していた。対応に回ったのがレティ・ロウランでなければ、なのはが蒐集されることはなかったであろう。



 「効率は下がるが、今後はここから可能な限り離れた世界で魔法生物を対象とするしかないな」


 「既に管理局はこの街にまでやってきた。他に手はないか」



 守護騎士と管理局の間には、既に戦略の読み合いが開始されていた。


 魔導師相手の蒐集は効率的だが、“殺さない”以上は痕跡を多く残すことになってしまい、どうあっても自分達の本拠地はいずれ探られてしまう。


 そうなれば、魔導師からの蒐集は不可能となり、魔法生物を対象とした蒐集に切り替えることとなるが、守護騎士には“はやてのリンカーコアが持つ間”という別の時間制限も存在している。


 なのはからの蒐集によって20ページ以上が埋まったが、それを魔法生物のみから集めるのは時間がかかる。一体ごとの蒐集ペースという面では効率が悪いわけではないが、魔導師と違って魔法生物というものは一箇所にかたまって生息しておらず、一体を仕留めるごとにかなりの距離を移動せねばならない。


 極論、クラナガンで蒐集を行えばそこら中にいる魔力持つ人間500人程度から蒐集すれば終わる。時間にすれば半日程度で済むだろう。現に、過去の闇の書事件では陸士学校や空士学校など、多くの魔導師が在籍し、守護騎士を迎撃することが不可能な訓練生を標的とした場合もある。


だが、はやてが主である以上はそのようなことは出来ない。現在の手法が非効率であることは理解しているが、闇の書完成後に自分達が捕まり、はやてが終身刑になってしまっては何の意味もないのだ。かといって、次元犯罪者としてはやてに管理局と戦い続ける道を歩ませることも論外。


そういったあらゆる要素を考慮した上で、この時点で400ページを超えていることが、なのはから蒐集する必要がないボーダーラインであったが、レティ・ロウランの手腕はそれを超えてきた。


 300ページを超える程度しか埋まっていない状況で海鳴市に管理局の調査員が現れた以上、守護騎士としても決断するしかない、その判断を担うのも将たるシグナムの役目であった。


 「全てが終わるまで、何としても主には隠し通さねばならん」


 「我らが消えることとなろうとも、主の未来だけは」


 闇の書の蒐集は守護騎士の独断であり、主は無関係。


 それだけは、何としてでも崩してはならない事柄であった。


 闇の書の存在を隠し通すことが不可能となった以上、八神はやては“闇の書の主”でしかない。蒐集の罪は、彼女の人生に影を投げることになる。


 このままリンカーコアを蝕まれて死ぬか、他人のリンカーコアを奪い、罪を負って生き延びるか、あまりにも割に合わない二者択一。



 それこそが、“闇の書の呪い”の最も凶悪な部分であった。



 だからこそ、守護騎士はその罪を自分達だけで負うべく、主に黙したまま蒐集を続ける。その罪によって自分達が消えれば、“闇の書の主”の危険度は大きく下がる、管理局が闇の書の主となってしまっただけの少女を幽閉するような非道な組織ではないことも彼女らは知っていた。


 だが、同時に“危険性”があるうちは非情手段も辞さない組織であることも知っている。管理局は社会の歯車であり、公共の人々に危険が及ぶ可能性がある以上は、蒐集を行う自分達と相容れることは不可能。



 だがしかし、彼女達は気付けない。



 “蒐集を行わず、管理局に事情を話した上で協力を依頼する”



 その選択をした際に八神はやてが拘束される危険性や、政治的に利用される可能性、それらを考慮して選ばなかったわけではなく、“そもそも頭に浮かばなかった”事実。蒐集することを前提として管理局への対処を考えている自分達。


 八神はやてを救うことが目標で、蒐集はそのための手段であるはずが、蒐集を行うことを起点として自分達が対応を考えているという矛盾。



 『その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在している』


 あるデバイスはそう評したが、それは逆に言えば。


 『彼女らが主を想うが故の行動であっても、それはプログラムに縛られたものに過ぎない』


 となり、それに気付くことは出来ぬまま、守護騎士達は戦い続ける。






 時空管理局の指揮官たち、闇の書の守護騎士、各々の想いが複雑に絡み合いながら闇の書事件は進んでいく。


 そしてその中に、深い事情をまだ知らず、純粋に相手と言葉を交わしたいと願う二人の少女がいる。



 闇の書の闇を消滅させる鍵は、果たして――――





あとがき
 原作第三話において、ヴィータの『早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ、はやてと一緒に』という台詞に対して、ザフィーラ、シグナム、シャマルが無言で彼女の方を見るシーンが印象深く、この時点で守護騎士達は(ヴィータも心の中では)もう“自分達が静かな暮らしに戻ることはない”という覚悟を持っているではないかという印象を受けました。彼女達の行動を見返すと、“闇の書が完成させてはやてを救い、その将来を血で汚さない”という意思の下に動いていますが、その中に自分達の未来が含まれていないように感じられます。
 本作を執筆するにあたって何度もA’S本編を見直しているのですが、見直すほどに伏線の張り方やそれぞれの心理描写の描き方が神がかっていると驚嘆するばかりです。無理なく無駄なく物語がすすむため、SSを書く者としては手を加える“余白”というか“あそび”がないため、かなり難しいですが、原作ファンとしては原作の流れを崩さないように大団円へ向かえるよう、全力を尽くしたいと思います。それではまた。




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