Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第三章  前編  野望と欲望




ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  アイラ王国  ハンド地方



 そこは、見渡す限りの平原であった。


 この時より観るならば遙かな未来、現代の守護騎士達がいる国ではありえない風景。


 その国には四季があり、数限りない美しい景観を持つ色鮮やかな国ではあるが、この時代、この大陸の風景にはまた異なった趣がある。



 広い、ただそうとしか表現できない広大なる平野。



 このような場所であれば、鬼謀妙計は意味を成すまい。軍師と呼ばれる者達も、山岳を利用した伏兵や、河川を利用した包囲戦などの方策はとりようがない。


 ただただ広大なる平野、ここでは純粋なる兵の強さと騎馬の速度のみが試される。


 書物で読むことでしか戦を知らぬ者達のとっては実感出来ぬことであろうが、この壮大なる自然の前では、人間の策など無意味と知るだろう。



 ここは、戦士達のために用意された決戦場。


 そこに“日常”が入り込む余地はなく、狂気こそが正気となる。


 これよりこの場で数百、あるいは数千に上る命が散ることになるだろう。その死に意味があるかないかなどは問題ではない。一度戦場に足を踏み入れた以上、命より軽いものなどありはしなくなる。




 美しい平原が、修羅の戦場へと変わるまでの刹那の刻




 時は黎明、藍色の空の下、たなびく風をその身で受けながら、一人の騎士が蒼き賢狼と共にその光景を眺めていた。


 空は高く、流れる雲は早い。澄み切った大気の下、彼らは迫りくる軍勢を待ち受ける。



 「美しい景色だ」


 「………」



 独白のごときその言葉に、賢狼は無言。そも、彼は言葉を発する権能こそ持つが、それを表に出すことはない。


 だが、その心に宿る想いは、隣に在る青年と同じものなのだろう。



 「ここでどれだけ多くの血が流されることになろうとも、自然は、変わらず美しくあり続けるのだろうな」


 それが、この時代の戦の理。


 どれほどの血が流されようとも、数十万の人間の無念が宙を彷徨うことになろうとも。


 人の戦が、雄大なる自然を汚すことはない、それが、中世ベルカの騎士達の戦。


 遙か未来、質量兵器が全盛となる時代においては、人間の戦は自然どころか次元そのものを歪ませるものへと変貌していく。人間の中に、人間こそがこの世で最も邪悪な滅ぶべき種族であると信じ、人の世界をロストロギアによって滅ぼそうとする者が、後を絶つことなく出現する程に。



 だからこそ――――



 ≪その血を受けとめる存在こそ騎士、だったか≫


 「ああ、我ら騎士の務めにして誇りだ。決して、民をこの場に関わらせてはならない」



 後代の歴史家たちより、中世ベルカは、古き良き時代と讃えられる。


 戦争がなかったわけではない、陰謀がなかったわけではない、貧困がなかったわけではない。


 死はそこら中に溢れ、疫病によって滅ぶ村など数え切れぬほど存在していた。魔法を使えぬ者達が、魔法を扱う者達によって弾圧されることもあり、搾取されることも当然のごとくあった。


 しかし同時に、弱き人々を守るために、その力を振るう者達も確かに在り、彼らは“貴い存在である”とされていた。


 魔導の力を持つ者が持たざる者達の上位に特権階級として君臨することは“当たり前”ではなく、人々を守り、そのために命を懸ける者達だからこそ、人々が指導者と認める時代。



 だが、ベルカの地にも、陰りが見られるようになった。



 平原を見渡す小高い丘、そこに一人の騎士と一頭の賢狼が佇む。


 彼らの役目は、ここに進軍してくる軍勢を迎え撃つことにあり、相手を殺し尽す覚悟を持って彼らはこの場に立っている。


 そう、この戦いに慈悲は無用。


なぜなら――――彼らが戦う相手は、慈悲を持たぬ敵なのだ。



 「来たか」


 ≪そのようだ≫


 言葉は発することなくとも、賢狼たる彼は思念を人に伝える力を持つ。


 その力が誰しもが理解できる明確なものとなったのは、放浪の賢者が彼にザフィーラという名を与えてよりのことであるが、そのことを彼は感謝していた。


 そして、賢狼の鋭き眼は、この地に目がけて進軍してくる軍勢の陣容を正確に捉えた。


 「アイゼン、頼む」

 『Jawohl.』


 盾の騎士ローセスもまた、グラーフアイゼンを起動させ、遠方の情景を探るための魔法を展開する。


 彼自身の魔法技能は戦闘に関することが多いため、このような補助的な魔法に関してグラーフアイゼンがいなければそれほど優れるものでもない。とはいえそれは、湖の騎士シャマルと比較すればの話であり、仮にアイゼンがなくとも、彼の探索技能は通常の騎士に比べて劣るものではなかったが。



 そうして二人は、迫りくる軍勢の正体を知る。


 それは予想されたものではあるが、やはり実際に目にすれば複雑な思いを抱かざるを得ない。



 「やはり………改造種(イブリッド)か」


 ≪最果ての地より流れる異形の技術によって、歪められし者達≫



 そこには、人間達がいた、人間だった者達がいた。


 遠目には“人間”と呼べる外見ではあるが、よく見れば人ではあり得ぬ皮膚を持った者がいた、手が異常に長い者がいた、足が四本ある者がいた。


 それらは、かつて“ハン族”と呼ばれた部族を中心とする武装集団のなれの果ての姿であり、盾の騎士ローセスにとっては見慣れてしまった光景でもあった。



 「彼らとて、守るべき者も、帰るべき場所もあったはずだが……………痛ましいことだ」



 彼らは古代ベルカの時代より存在し、リンカーコアを基礎とした魔法体系とは別種の技術を持っていた部族。放浪の賢者ラルカスは、彼らを“森の人”と呼ぶ。


 デバイスが発展し、騎士達の力が増すにつれて古代ベルカの技術は次第に廃れていき、彼らもかつてはこの地の全てを闊歩していたが、次第に王国の力に押され、今やアイラの国土の片隅に僅かな勢力圏を持つのみ。


 アイラという国とは決して友好的な間柄ではなかったが、それでもある種の“共生”が図られてはいた。彼らが住む森は王国にとっては魅力のある土地ではなく、彼らがそこから出て掠奪を働かない以上は不干渉。


 ハン族と呼ばれることになった森の人達も、元々は自分達が住んでいた土地に我がもの顔で君臨する王国に対して忸怩たる思いはあったが、棲家であり聖地でもある森が奪われない以上は、平原や山、川、湖などは譲り渡しても構わないという立場であった。



 だが、対立の根が断たれたわけではなく、特に若く力に溢れた世代には、自由に森から出ることが叶わない生活に不満を覚える者達も多かった。



 そんな彼らに、王国に復讐するための“力”を示し、望む者に与えた存在がいた。


 その者は“野心”と“覇気”、“行動力”を好み、ハン族という部族の若者たちはその眼鏡にかなってしまった。そして、若者たちは人としての一部を捨て去ることで、王国の騎士に真っ向から戦うことを可能とする力を得た


 そうして彼らは森より出で、近隣の村や町を焼き滅ぼして回る。最初の頃は部族の者達も彼らを“英雄”と褒めたたえたが、彼らが滅ぼした村々の人々の首や内臓を“戦利品”として持ち帰り、それらを肴に宴を開くようになると、次第に距離をおくようになった。


 何よりも、部族の者達は恐れたのだ、希望に満ちていたはずの若者たちの顔が、いつの間にか野望と欲望のみに染まっていることに。


 だが、暴力というものは人を惹きつける力を持つ。やがてはハン族のみではなく、似たような境遇にあった者達や、盗賊の類いに至るまでが加わるようになり、“異形の力”に魅せられた悪鬼羅刹の集まりになり果てた。


そうして、彼らの暴走は止まることなく、さらには王国の主都目がけて終わること無き進軍を開始した。


 部族の長老と呼ばれる者や、老人たちは彼らを止めようとしたが、逆に殺され、彼らの聖地であった筈の森は炎に包まれた。女子供も容赦なく殺され、古代ベルカより生きてきた“森の人”は、他ならぬ自分達の部族の若者の手によって、永遠に歴史から消え去ることとなったのである。




 その経緯をローセスとザフィーラは理解しており、もはや原初の目的すら忘れ果てた哀れな者達に終焉を与えるべく、この場にいる。




 「彼らは、自分達の部族の未来を憂い、家族の未来を明るいものにするべく立ちあがった。それは新たな戦乱を呼ぶ決断ではあったが、彼らにとっては大義であったはず」


 ≪しかし、結局は力に溺れ、守るべき者をも焼き滅ぼすこととなった。これが、異形の力の業というものか≫



 その技術を流れ出させている者こそ、かつて白の国で学び、カートリッジやフルドライブ機構を作り出した大魔導師、今は“黒き魔術の王”と呼ばれる者。




 「サルバーン――――――貴方が何を求めているのかは分からないが、我々は止めねばならない」


 放浪の賢者の弟子であった男が、異形の技術に手を染めた。ならばそれを止めるのも、同じく薫陶を受けた自分達、夜天の騎士の役目であろうとローセスは考える。


 それは彼のみではなく、シグナムとシャマルにとっても共通する思いではあった。



 しかし―――



 ≪だが、ヴィータは、どうするのだ?≫


 「………」



 リュッセを筆頭とした他の“若木”は白の国の人間ではなく、黒き魔術の王と戦わねばならない理由はない。


 しかし、ヴィータは違う。彼女が夜天の騎士を目指す以上はサルバーンが生み出す異形の軍勢と戦わざるを得ない。


 それは、人と人との戦いよりもなおも凄惨な、どちらかが全滅するまで終わることない、狂乱の戦となるだろう。


 そんな修羅の戦場に、妹を送り出したくないという思いは当然ある。だがしかし、ローセスもまた夜天の騎士である以上、後を継ぐ者を育てねばならない。


 そして、現在の白の国において、彼女らに続く者はヴィータしかいないのだ。その下の世代はまだ生まれたばかりであり、成長するまで8年はかかる。



 「あの子が望む道を、わたしは尊重する。それが、答えだ」


 ≪兄としての想いは、押し殺しても、か≫


 「ああ………大師父の、予言の通りに」


 ≪そうか……≫



 それで、会話は終わる。ローセスとザフィーラにとってはそれだけで十分であり、そこにどれだけの想いが込められているかなど言葉にせずとも理解できる。


 そして何より、今は戦う時だ。余分な感傷はここまでであり、これより先、彼らは戦うための存在となる。



 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』


 既に敵は、射撃型の魔導師ならば射程圏内といえる距離まで迫っている。


 数はおよそ1000、さらにそれらはただの人間ではなく、騎士に匹敵するだけの戦闘能力を備えた集団だ。流石にベルカの騎士と一対一で戦える者は極一部だろうが、それでも5体もいれば騎士と対等に戦える。それほどの軍勢にたった二人で突っ込むなど正気の沙汰ではないが、ローセスには微塵の恐れもない。



 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』


 鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、噴出機構による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。


 魔導師の間合いを即座に詰め、アームドデバイスによる渾身の一撃を叩き込むことを可能とする“調律の姫君”の技術の結晶。


 「行くぞ!」


 ≪承知≫


 ローセスの身体が赤い流星となり、それに並進するように蒼い流星が追従する。



 異形の軍勢と、夜天の騎士の戦いが始まった。









―――――――――――――――――――――――――――――――――







 「始まったか」


 ローセスとザフィーラが布陣する丘より後方、夜天の騎士が持つ端末より戦闘が始まったことを知った烈火の将は、その情報をアイラ軍を率いる騎士へと伝える。アイラにも当然端末は存在するが、“調律の姫君”が作り上げたもの以上は存在しない。


 今回、この戦場へやってきたのはシグナム、ローセス、ザフィーラの三名。元々は別の理由でこの地方を訪れていたのだが、異形の軍勢が暴れ回っているという話を聞き、参陣することとなった。


 アイラ軍はこの地点のみではなく、ローセスとザフィーラが突入した地点を包囲するような形で1500近い兵隊と30名の騎士が展開している。ベルカの時代において騎士は一騎当千の戦力ではあるが、やはり数の暴力というものは侮れず、魔導の力を持たない者達も対抗するための知恵を働かせる。


 騎士とて人間であり、魔法生物と違って生命力が人間離れしているわけではない。毒を塗った矢が一本刺されば、それだけで死に到る、もっとも、騎士甲冑を貫いて矢を当てるのは並大抵ではないが。


 だが、カートリッジが登場する以前から、魔力付与の技術は存在していた。騎士とは言え、魔力が籠った毒塗りの矢を四方八方から射かけられれば命を落とすことになる。飛行能力を持たないならばなおさらのこと。



 これよりさらに数百年以上後、機関銃などの質量兵器によって魔導師が次々に殺されていくことになるのも、こうした戦術の最終形態といえるだろう。秒間数百発近く吐き出される弾丸を躱すことは、空戦魔導師であっても容易ではないのだ。



 「しかし騎士シグナム、確かに効果的な作戦ではありますが、本当に彼らは大丈夫なのでしょうか?」


 今回の作戦はいたって単純。ローセスとザフィーラが敵陣のど真ん中に突入し暴れ回り、敵を足止めすると同時に二人を包囲する陣形を取らせる。


 異形の軍勢に最早人間らしい理性はないが、戦場における駆け引きや、効果的な戦術というものだけは完全に失ってはいない。まさしく彼らは、戦うために調整された兵器のようなものなのだ。


 よって、それを逆手に取り、ローセスとザフィーラを囮にすることで敵の包囲陣形を誘い、さらにそれを数で勝るアイラ軍が外側から包囲する。これにより、敵は内と外から挟撃されることになる。


 しかし、戦力バランスがどう考えてもおかしい。外側が1500の兵と30名の騎士であるのに対し、内側が騎士一人と守護獣が一頭。(彼らはザフィーラがローセスの守護獣と思っている)


 これでは、外側の包囲網が完成する前に内側の彼らが包囲殲滅されてしまうと、アイラ軍の指揮官である騎士は作戦が始まる前から憂慮していたのだが。



 「問題ない、あの二人にとっては包囲網が完成するまで持ちこたえるのは造作もないことだ。敵が騎士ならばともかく、戦士としての誇りも失った異形の者相手に僅か数分が持ちこたえられないなどありえん」



 烈火の将は、絶対の信頼を込めて断言する。



 「それに、あまり多勢を投入しても足並みが揃わねば意味はない。あの役は高速で飛行できるものでなければ不可能だが、即興の連携では危険すぎるだろう」


 空を往く場合は、周囲と速度を合わせながら敵陣へ突入することは陸に比べてさらに難しい。


 一人だけ突出してしまえば集中砲火を浴びることになり、かといって足並みを揃えるために飛行速度を遅くすれば全員が的になるだけ。


 そのため、普段から行動を共にしている夜天の騎士のみで突入するという判断は、妥当なものではあるが。



 「ですが、ザフィーラ殿は陸の獣であり、高速飛行は苦手と聞きましたが」


 これも一度は確認したことだが、シグナムから返って来たのは以前と同じ問題ないというものであった。


 ただ、僅かに付け加えられる言葉があり。


 「確かに、ザフィーラは空戦が苦手だ、というより、ほとんど空を飛べん」


 そう断った上で。


 「だが彼は、夜天の騎士の誰よりも高速機動に長けている」


 確信を込めて、シグナムは告げていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――








 「縛れ、鋼の軛!」


 敵の中心にグラーフアイゼンのラケーテンフォルムで飛び込んだローセスは、大地に鉄鎚のスパイクを叩きつけると同時に、彼が最も得意とする範囲攻撃魔法を発動させる。


 魔力によって構成された尖った石柱の如き波動がローセスを中心に発生し、さながら“串刺しの森”とでも表すべき光景を作り出す。彼の魔力光が赤色であるため、より血の色を連想させることもあるのだろうが。


 言うまでもなく、それらは全て殺傷設定であり、そもそもこの時代に非殺傷設定の魔法というものは存在しない。


 具現化された魔力の槍は対象を確実に絶命させ、彼らが確かに生きていたという証、鮮血の雨を四方にまき散らす。


 そこに―――


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!」


 魔を祓うと言われる賢狼の咆哮が響き渡ったと認識する間もなく、かつてハン族であった青年達の首が独りでに宙を舞う。


 その不可解極まる光景を実現させているのは、言うまでのなく蒼き賢狼ザフィーラ。彼にとっては特別なことをしているわけではなく、ただ全力で走り、己の牙と爪を振るっているに過ぎない。


 だが、彼と周囲の敵の時間軸は決定的にずれていた。向こうにしてみれば閃光が駆け抜けたという認識しかなく、気付けば自分の首が胴から離れているという事態。困惑する暇すらなく、彼らはこの世からいなくなっていくのだ。



 「アイゼン、待機していろ」

 『Ja.』


 ローセスが切り込み、ザフィーラが円を描くように駆け回り自分達の空間を確保した後、ローセスはグラーフアイゼンを一度待機状態に戻す。


 鋼の軛を広範囲に発生させる場合などはアイゼンの魔法補助能力を併用し、高速飛行を行う際にも用いるが、己の肉体を用いた防衛戦を展開する場合はローセスにとって不要となる。


 その辺りが、ヴィータがアイゼンは自分の方が相性がいいと言う根拠なのだが、同時に、ヴィータには不可能でローセスだからこそ可能な使い方も存在していた。



 「おおおおお!」


 ローセスは両手を交差させ、赤色の魔力を全身に行きわたらせる。彼の騎士甲冑は外見上、ほとんどないも同然の薄装甲なのだが、それは見当違いというものである。


 彼は元々デバイスとの相性がそれほど良くなく、器物に魔力を込めることが体質的な問題で致命的に苦手であった。ちょうど、未来ではユーノ・スクライアという少年が似た体質を持っている。


 その問題を解決したのが、白の国の“調律の姫君”フィオナ。彼女は融合騎の原型、すなわち知能を持たないユニゾンデバイスを開発し、ローセスと融合させた、その銘を“ユグドラシル”という。


 言ってみればそれは後の“融合騎”の核のようなものであり、リンカーコアと似た特性を持つ。リインフォースUやアギトといった融合騎が己の魔力のみで魔法を放てるのは、リンカーコアに相当する器官を保有しているからに他ならない。


 ローセスの体内にある“ユグドラシル”はそのプロトタイプであり、守護騎士システムの原型でもある。夜天の魔導書の守護騎士が単独で機能することが出来るのも、“コア”を保有しているからであり、他者との融合機能こそ持たないが、守護騎士もまたユニゾンデバイスの一種にカテゴリされる存在なのだ。



 「裂鋼牙!」



 そして、ローセスは“ユグドラシル”の処理能力によって、外部のデバイスの力で甲冑を纏うシグナムやシャマルよりも効率の良いフィールド防御を可能とする。元々彼の戦い方が守勢に向いていたということもあるが、その戦闘継続時間の長さとフィールド防御の堅牢さこそが、彼が“盾の騎士”と呼ばれる由縁なのだ。


 当然、“ユグドラシル”とてユニゾンデバイスであるため、誰でも使えるものではない。適正が低いものに埋め込めばそれは“融合事故”を引き起こし、最悪の場合はリンカーコアが機能不全を起こし死に至る。


 夜天の騎士や若木の中でも“ユグドラシル”との適正があったのはローセスのみ、というより、そもそもローセスに合うようにフィオナが作ったのだから当然である。


 湖の騎士シャマルの言わせれば―――


 (ユグドラシルこそ、姫様の愛の結晶よ。体質的にデバイスが使えなかったローセスは若木の中ではほとんど最下位だったけど、10歳の頃から3年かけて姫様がユグドラシルを完成させてからは、一位になったものね。まあ、諦めずに修練を続けたローセスの努力があってこそのものだけど)


 ということであった。


 ローセスは堅い防御と持久力を生かした防衛戦を最も得意とするが、その攻撃手段は己の肉体を用いた格闘戦となる。これは、ユグドラシルが完成するまではデバイスが使えず、己の魔力のみで戦わざるを得なかったことが最大の要因であったが、ベルカ式である彼では射撃などを修めることも難しかったことも理由である。ベルカの騎士の中では、ヴィータは射撃系攻撃の制御も得意という稀有な資質を持っているのだ。


 ユグドラシルが完成してからはローセスも広域防御結界などを張れるようにもなり、攻撃と捕縛の両面を備え、範囲攻撃をも可能な鋼の軛を会得したが、どうしても一撃の破壊力や高速移動の面で問題が出てくる。


 それを解決したのがグラーフアイゼンであり、彼には“ユグドラシル”と同調する機能があるためローセスも万全とまではいかないがその機能を発揮させることが出来る。ラケーテンフォルムの一撃と鋼の軛と組み合わせたり、さらには別の使用法もある。



 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 「むっ!」


 ザフィーラと共に円陣を構築するように敵を圧倒していたローセスだが、これまでとは違う敵の到来によりその動きが止まる。


 その体躯は2メートルをゆうに超え、3メートルに届くほど、筋肉ははちきれんばかりに膨れ上がり、一見してまっとうな人間の身体ではないことがわかる。


 しかし、同時に鍛え上げられた戦士の肉体の趣も残っており、その巨体を最大限に生かすべく調整されたような、そのような印象を与えられる。ただし、発する声はもはや人間のものとは呼べなかったが。



 「騎士か、もしくはそれに準じる戦士を素体とした改造種(イブリッド)」


 ≪気をつけろ、並の敵とは違う。おそらくハン族を率いていた大将なのだろう≫


 ローセスが立ち止まった反対側では思念を飛ばしつつもザフィーラが敵を引き裂いている。彼が対峙している敵もほぼ同じ体躯を持っているようだが、ローセスが対峙している相手程の脅威は感じられない。


 とはいえ、ザフィーラのように次々に敵を屠ることがローセスに可能かと言えば、否であった。



 <やはり、人間の限界か>



 ローセスも敵の攻撃を躱しつつ接近し、彼の拳が敵に叩き込まれるが、筋肉の鎧に覆われ、さらには強固なフィールド防御も施されていると見られる守りを突破できない。


 自身が人間であるための攻撃力の限界、それをローセスは誰よりもよく知っていた。腕に装着するグローブ型のアームドデバイスも一度はフィオナが作ってくれたがやはり彼とは相性が悪く、デバイスを操ることが出来ないため己の力のみで戦ってきた彼だからこそ、人間は“武器を扱うことが出来る”生物であること思い知らされた。


 生体的な構造として、人間の筋力は獣のそれには及ばない。だからこそ、レヴァンティンのような剣、アイグロスのような槍を人間は鍛え、それを扱う武術を編み出したのだ。


 ローセスは“ユグドラシル”によって弱点を補っているが、これも人間の限界を突破するものではなく、あくまで外付けのデバイスを内部に組み込んで反応の齟齬をなくしたに過ぎない。かの聖王のように肉体のみでデバイスを操る騎士を圧倒するには、レリックなどを体内に埋め込み、人ではないものに変貌するしかないのだ。



 <わたしでは、ザフィーラのように肉体の性能だけで圧倒することは適わない。体術を極めるだけでは、同じように鍛え上げた獣には勝てないだろう>



 現在対峙している敵も、ローセスと同じように己の肉体を限界まで鍛え上げた戦士だったのだろう。それに異形の技術が組み合わさり、人を超えた力を発揮している以上は、肉弾戦では勝ち目は薄い。ザフィーラのような速度と爪と牙がなければ。



 「だが、わたしにも牙はある。なあ、アイゼン」

 『Ja.』


 主の呼びかけに応じ、鉄の伯爵が再びハンマーフォルムを取る。


 彼こそ、人間であるローセスが持つ牙にして刃。いかなる敵も打ち砕く騎士の鉄鎚。シグナムがレヴァンティンでもって敵を叩き斬るように、ローセスには彼がいる。



 「伸びろ!」


 ローセスが地面にグラーフアイゼンの柄を突きたて、打突部分に片足を乗せた状態で命を下し―――


 『Jawohl!』


 グラーフアイゼンは主の命を忠実に実行し、柄を凄まじい速さで伸長させる。この連携こそ知能を与えられた彼らだからこそ成せる技、知能を持たないアームドデバイスに予め時間差で伸びるよう入力しようとも、0.2秒、いや、0.1秒単位で変化する敵の動きに合わせた最適な動きは実現できない。


 しかし、ローセスの意思を汲み取り、グラーフアイゼン自身がマイクロ秒単位で入力される周囲の状況と照合しながら調整を行うならば、本来不可能な連携も可能となる。騎士とデバイスが呼吸を合わせ、類を見ない戦術を繰り出すことこそが、白の国の近衛騎士の最大の特徴なのだ。



 「牙獣――――走破!」


 グラーフアイゼンが凄まじい勢いで伸び、その先端に足をかけた状態からさらに脚に込めた魔力を爆発的に解き放つことでローセスは閃光の如き速さを体現し、その速度は瞬間的ではあるがザフィーラのそれを上回る



 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」



 その蹴りは筋肉とフィールド防御の守りを貫通し、異形の怪物となった戦士の心臓を貫き砕く。



 「鋼の軛!」


 だが、それで終わりではない。改造を施された者が心臓や頭を潰された程度で止まる保証などないのだ。ならば、どのような怪物であろうとも動けなくする手段を講じるまで。


 心臓を貫いたローセスの脚、すなわち“敵の内部から”鋼の軛が生じ、その身体を突き破り大地に縫い止める。如何に筋肉の鎧とフィールド防御に固められていても、体内までは強化しようがない。


 そして、血に染まった己の脚を顧みることなく、ローセスは身を翻し次の敵に狙いを定める。僅かな間とはいえ彼が一人の敵に集中できたのもザフィーラが背後を守ってくれたからであり、即座にその援護に向かわねばならない。


 ここは戦場、息を吐く間などありはしない。油断したものから死んでいく修羅の空間なのだ。




 「飛竜――――――」



 しかし、そんな血戦場に、一陣の風が吹き抜ける。



 「一閃!」


 新たに空から飛来した援軍が、まさしく竜の咆哮と呼ぶに相応しい一撃を叩き込み、数十、いや、百に届くかもしれない命が散った。




 【シグナム】


 【心配はしていなかったが、無事で何よりだ、ローセス、ザフィーラ】


 彼女が来たということは、包囲網が完成したことを意味していた。


 これまでの二人の役割は包囲網が完成するまで持ちこたえることであり、円を描くように空間を確保する守勢の戦いであった。



 だが―――



 「「「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 」」」」」」」」」」」」」



 四方から鳴り響く鬨の声が守勢の終わりを告げる。これより先の彼らの役目は挟撃の一翼を担うことであり、つまりは三人がそれぞれの方向へ目がけて突き進むこととなる。



 【私は北へ突き進む、ローセスは南東、ザフィーラは南西だ】


 【了解しました】


 ≪心得た≫



 将の指示のもと、彼らは突撃を開始する。シグナム、ザフィーラは元より、盾の騎士たるローセスも例外ではない。



 「アイゼン、やるぞ!」

 『Jawohl.』



 そして、完全に攻勢に出る以上、ローセスのスタイルもこれまでとは異なったものへと変化していた。


 対人戦闘においては徒手空拳とアイゼンの機動力を生かした複合戦術をとるが、これは対軍戦闘であり、なおかつ敵を薙ぎ払う殲滅戦、ならば、最も適したスタイルがある。



『Gigantform!(ギガントフォルム)』



 グラーフアイゼンのフルドライブ状態であり、カートリッジを2発消費する攻撃の切り札。


 魔力量があまり多くないローセスにとっては使用するタイミングが難しいが、まさしく今はその状況。求められるのは耐え忍ぶことではなく敵を撃滅すること、なおかつ、一撃で敵の陣形を崩し戦力を削り取る大技こそが相応しい。



 「ギガントシュラーク!」

 『Explosion!』



 ローセスの放った一撃は敵軍を文字通り“叩き潰し”、ローセスとザフィーラへの包囲網の一角に穴を穿つ。


 そこを目がけて外側の王国兵士が殺到し、分断された敵はもはや各個撃破の好餌でしかない。


 後の推移は語るまでもない、白の国での行われる大会戦の前哨戦ともいえた戦いは、かくして終わりを迎える。
















ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  アイラ王国  湖岸都市カーディナル



 都市の外れに存在するやや大きめの家屋。外見からは普通の家に見えるその内部にはデバイス作成、または調整のための設備が整っており、ここが“調律師”の仕事場を兼ねていることが窺える。


 「私達の戦った相手ですが、やはり実際に相対しなければ分からないものですね、違和感、いいえ、禁忌感とでも言うべきでしょうか、そういったものを以前の改造種(イブリッド)よりもさらに強く感じました」


 「なるほど………彼の地より流れ出る技術による細胞レベルでの肉体強化、いや、リンカーコアを持つものならばそれすらも強化しているか、生命の流れとは相容れぬ方向へと」


 「ローセスの“ユグドラシル”のように、リンカーコアとの相性などを綿密に計算し、融合事故が起きぬように調整されたものではありません…………あくまで私の推測に過ぎませんが、あのまま戦い続ければ数日後には多くの者が自壊していたかと」


 「君の推測ならば間違いということはないだろう、烈火の将シグナム」


 「いいえ、貴方から見ればまだまだ若鳥に過ぎません」



 シグナムの対面に座り、話を聞いているのはこの工房の主であるフルトンという初老の男性。


 既に70近い年齢に達しているが背筋は伸びており、衰えというものを感じさせない。



 「だが、あやつがそのような技術を広めているか……………白の国で共に学んだ者としては複雑な思いだ」


 「なあマイスター、そいつって、マイスターがよく言っていた同期のサルバーンってやつのことなんだろ?」


 「スンナ、マイスターがお話になっている最中です。口を挟むものではありません」


 「いいじゃんかよスクルド、あたしらにだって関係ない話じゃないだろ。融合騎の技術がとんでもない方向に使われてるのかもしんねえんだぞ」


 「だからと言って、まだ完成すらしていない私達に何かできるわけでもないでしょう。申し訳ありません、騎士シグナム、話の腰を折ってしまって」


 「いいや、構わない。初めて会うが、君がスクルドで、そちらがスンナ、だな」



 シグナムの視線の先には、空中に浮きながら話す妖精が二人。


 その大きさは人間の子供よりもさらに小さく、彼女らが人工の手による創造物であることは一目瞭然。


 彼女らこそは、“調律の姫君”の師である稀代の調律師、フルトンの技術の結晶といえる融合騎、スンナとスクルドであり、スクルドが若干早く生まれたため、姉ということになっている。外見上の差はほとんどないが、口を開けば区別するのは容易であった。



 「はい、製作された年代を考えれば、ユグドラシルの後発機、ということになります」


 「あたしらはまだ作られて1年くらいだもんな、よろしく、ロード候補。アンタの戦いを見てたけど、凄かったぜ」



 直接ではなく、フルトンが製作したサーチャーを通してものであったが、彼女らもまた夜天の守護騎士の戦いを見ていた。


 特にスンナにとっては自分のロードとなる予定であるシグナムの戦いを無視できるはずもなく、食い入るようにサーチャーから送られてくる画像を見つめていた。



 「どうだスンナ、お前の主に彼女は相応しいと思うかね?」


 「合格も合格、これ以上の物件はそうはねえって」


 「それは光栄だな」


 「おめでとうございます、騎士シグナム。それに、スンナも」



 融合騎に限らず、デバイスにとって主に恵まれること以上の幸運はない。故にこそスクルドは主に恵まれそうな妹を祝福する。


 逆に、一度も使われることなく終わることが、デバイスの最大の不幸といえるだろう。



 「でもさ、シグナムと、えーと、ローセスとザフィーラだっけ、が戦ってた連中って、人間以外のもんが混じってたよな」


 「あれは、改造種(イブリッド)と呼ばれるもの。簡単に言えば合成獣(キメラ)を人間を素体にしたものかな、私の専門はデバイスであるため生命操作技術は専門外だが―――――あやつは、研究しておったな。元はラルカス師の魔法生物大全と同じく生態調査に関するものであったが、いつの間にやら道を違えたらしい」


 「ではやはり、今は“黒き魔術の王”と呼ばれる彼が作り出したものに間違いないと」


 「ラルカス師も同じ結論を持っておられるだろう。今はもうファンドリア王国でもなく、ヘルヘイムという名称となっていたかな、彼の地に君臨する黒き魔術の王は、紛れもなくかつての同輩、サルバーンだ」



 フルトンにとっては、それを口にするのは辛い。昔は共に白の国で学び、理想を語りあった仲であるのだ。



 「マイスター………」


 「………」


 二人の融合騎は、主を気遣うように周囲に侍るが、かけられる声はない。何しろ、彼女らが生まれる遙か以前の話なのだから。



 「大師父より聞きました、彼はデバイスのみならず、あらゆる分野に関する天才であったと」


 「ああ、騎士としての戦闘能力、シャマルのような薬学の知識やカートリッジといった魔導具を作り出す技術、そして、デバイスに関する知識も通常の調律師のそれを遙かに凌いでいる、かのフルドライブ機構はまさしくその証」


 「ですが、融合騎に関する技術であれば、貴方が上であったとも」


 「この歳になって謙遜しても始まらぬ、確かにその通りだ。例の異形の軍勢、その大半は動物の細胞やら筋肉組織などを移植され、野生の力を発揮する代わりに人としての知能の多くを失った者達なのだろうが、中にはそれだけではない者も混じっていたな」


 「ええ、私は対峙しませんでしたが、ローセスが戦った相手の中におそらく“ハン族”のリーダーであったと思しき若者がいました。もはや見る影もなく、人間ではあり得ぬ巨躯を備えた異形となり果てていましたが、確かに“武術”を操っていたと」



 それはすなわち、移植された力に溺れるだけではなく、制御し、己の力を変える者も存在している事実を示している。



 「君が到着する少し前に、戦場跡に残ったローセスから死体の中にあった“奇妙なもの”に関する情報が送られてきたが、間違いなく融合騎のコアであった。それも、常時フルドライブ状態にする術式が組まれておったよ」


 「それはつまり――――相性が悪ければ暴走し、相性が良くとも近いうちに死ぬこととなる諸刃の刃、ということですね」


 「どちらかといえば、融合騎の暴走である融合事故を意図的に起こさせるもの、といった方が良いかもしれん」
 


 遙か未来において、“闇の書”の管制人格もそれと同じ存在になり果てることを、二人が知る由もない。


 主と融合し、リンカーコアを常時暴走させ、その命が尽きるまで破壊を続ける意味無き融合騎。それに、人格があるかどうかの差でしかない。



 「では、彼は独自に融合騎、と言ってよいものかどうかは分かりませんが、それに準じるものを作り出すことに成功したと判断するべきですね」


 「あやつらしい発想ではある。主のリンカーコアや肉体の特性を考慮し、暴走事故が起きぬように調整したものが私やフィオナの融合騎。人格の有無はあれど、ユグドラシルはローセス専用であり、スンナは君専用だ。もっとも、スンナの場合はある程度の相性があれば十全とはいわぬまでもユニゾンは可能だが」


 「彼女はともかく、ユグドラシルには無理ですね。非人格型ですから手術でもしない限りは切り離しが出来ませんし、そもそもローセスのリンカーコアと深く結びついているため、切り離すことそのものが困難です」



 非人格型の融合騎は己の意思がないため、ユニゾン機能を持った端末でしかない。そのため一度融合した後はその起動や調整も全て主の意思により、切り離すことは困難極まる。ちょうど、リンカーコアが自分の意思を持って勝手に魔導師から離れることが出来ないのと同じように。


 対して、人格を持つ融合騎はユニゾンと解除を己の意思で行える。まだ完成していないが、スンナの意思でシグナムと融合し、彼女の意思で分離することが出来る。主が重傷を負った場合の緊急時などには、融合騎が表面にでて身体を動かす機能も存在する。


 だがそれは危うい側面も持っており、融合騎の力が強ければ主の肉体を乗っ取ることすら可能であることを意味している。その点で見れば、ローセスのユグドラシルは汎用性がない代わりに安全性が高いと言え、彼専用に調整されているため暴走の危険がほとんどなく、意思がないため余分な機能が仇になることもない。



 「だが、あやつの作り出した融合騎は主のことなど考慮していまい。一言でいえば“乗りこなせない方が悪い”、ということだろう」


 「デバイスを使い手に合わせるのではなく、どんなデバイスであろうと自身の手で使いこなせて見せろ。その代り、力を求める者には相応の見返りを用意する、ということですか」


 「うむ、フルドライブ機構もそのような思想に基づいて作られたものだ。簡単に言えば、あやつの強大な魔力に並のデバイスでは耐えられず、耐久性を重視すれば今度は出力が制限される、故にこそのフルドライブ機構。あやつが作り出した時には、全力運転すればあっという間に枯渇してしまう者達のことなど、まるで考慮されていなかった」



 魔力電池に近い役割を果たすものは以前からあったが、高ランク魔導師が限界を超えた術式を紡ぐことを可能とした高ランク魔導師用カートリッジを作り出したのはサルバーンであり、彼の技は底辺に合わせるものではなかった。


 フィオナの融合騎、ユグドラシルはローセスようにデバイスを扱う才能がなかった者のために作られたが、黒き魔術の王の融合騎には“慈悲”というものが微塵も存在していなかった。



 「本当に、彼の人格は苛烈と言うほかない。彼の最大の脅威は、その技術ではなく精神性にある、大師父はそうおっしゃっていましたが」


 「その通りだ。ストリオン王国の話は聞いているだろう」


 「はい、カルデン殿から直に、ハイランドとは古くから同盟関係にあった彼の国が滅んだと。もっとも、滅んだとはいえ国土そのものには大きな被害が出ていないのが唯一の救いだとおっしゃっていましたが」


 「そう言えば君は雷鳴の騎士カルデンと親交が深かったな、ならば私以上に詳しく知っているか」


 「恐らくは。首都において武装集団が蜂起し、王城を制圧。転送魔法を扱えたストリオンの宮廷魔導師が至急ハイランドへ飛び、救援を要請。カルデン殿がハイランド王国騎士団第二隊と共に駆けつけ首謀者を討ち取り、反乱自体は鎮圧したらしいですが、王族を含めた主要な貴族の全てが既に処刑されていたと」


 「そして、それと似たような手口で滅んだ国家があったはずだ。もっとも、向こうは成功しニムライスは滅び、今は黒き魔術の王が統べるヘルヘイムと化した」


 「………彼の存在に触発されたのではないかと、カルデン殿も予想してました」



 シグナムの声にも陰りが見られる。なぜならそれは、技術以上に危険なものが流れ出していることを意味しているのだ。



 「ベルカの地を覆うとしているのは異形の技術のみではない、それを求める野心と欲望だ。ストリオンで反乱を指導したロベスという男も元は騎士階級であったが、爵位を持つ貴族となった野心家。卓越した知謀と剣術、魔導の術を修め、数々の武勲を挙げ、ストリオンでは英雄とも呼ばれていた。しかし、救国の英雄は反逆の英雄となったようだ」


 「ストリオン王家にも黒い噂はありました。ですが、反乱が起これば結局一番被害を受けるのは民です。それを考えずに反乱を起こした以上は、大義があろうとも意味はない。結局、彼は反逆者として雷鳴の騎士カルデンに討ち取られる最期となり、残されたのは死者の山のみ」


 「そのような男達に“野心”と“欲望”いう毒を、あやつは流れ出させている。王や騎士が民のためではなく、己の野心と欲望のためにのみ戦うようになっては、ベルカの時代も終わりを迎えることだろう」


 「………野心と欲望」



 シグナムとて、ベルカの時代が未来永劫続くとは思っていない。かなり未来のこととはなるが、ベルカの列王達もやがては腐敗し、圧政に堪えかねた者達は質量兵器を手に蜂起し王権を打倒、魔法国家は一度消え去り、質量兵器の時代がやってくる。


しかし、彼女は願わくば、騎士が国と民のために戦う時代が続いてほしいと思っている。


 だが、最果ての地より流れる叡智ではなく、一人の人間の野心がベルカの地を根底から覆そうとしていた。



 「故に、あやつが白の国に眠る古き遺産を狙うならば、それは絶対の機会だろう、サルバーンがいなくなれば、技術はともかく野心の流出には歯止めがかかる。ラルカス師も同様に考えておられるかもしれん」


 「国を奪った男が、今もなお凋落するどころか勢力を拡大させ続けている。その事実こそが、野心家たちの炎を煽っている以上、彼が倒れない限り、第二、第三のロベスが出てきてしまう。彼を殺す以外に方法はありませんか」


 「第二、第三のロベスは容易に発生しえても、第二のサルバーンはそう簡単には表れまい。あれほどの才能と野心を秘めた男など、100年に一度もおるまいよ。あやつをここで止めれるならば、数百年はベルカの命脈も延びるとは思うが」


 「大師父も近いうちに白の国へ戻られると聞いています。………彼が攻めてくる日も近いのかもしれません」



 それは、状況から推察したものというよりも、歴戦の勇士であるシグナムの勘といえた。


 大きな戦いが近いことを、烈火の将は肌で感じ取っているのであった。



 「私は戦う力を持たぬゆえ何も出来んが、可能な限り、スンナの完成を急ぐとしよう。この子は必ずや君の力になってくれる」


 「おう、まっかせろい!」


 あまりにも重い内容であったため、ずっとしゃべっていなかったスンナがようやく口を開く。



 「だが、くれぐれもサルバーンを甘く見るな。あやつの融合騎に関してはそれほど脅威ではないと私は思っており、本来あやつはこのような系統はそれほど好むところではなかったが、気になるものがある」


 「それは?」


 「フルドライブ機構をほとんど完成させた頃、さらにその発展形についてあやつが私に語ったことがあった。リンカーコアの全力を引き出す機構のさらに上、限界を超えた力を引き出すシステム、リミットブレイク機構を」


 「リミットブレイク………」


 「あまりにも危険極まりない技術ゆえに、真っ当な騎士ならば使うとは思えんが、改造種(イブリッド)ならば躊躇うことなく使うであろう。君達夜天の騎士の力は確かだが、敵が限界を超えた力を振るう可能性も忘れないでくれ」


 「了解しました。肝に銘じます」


 「―――――これまでのデバイス技術の進歩の速度から考えれば、リミットブレイク機構が安全とは言わぬまでも扱える技術となるまでは、200年はかかると私は予想した。だが、あやつならば、20年ほどで成し遂げてしまうかもしれん、安全性などは考慮しないであろうが」


 「ですが、彼自身もそれを使うのですね」


 「間違いなく、そして、暴走など絶対に起こさないだろう、あやつはそれだけの才能と技術を持っておる。だが、それはあくまでサルバーンだからこそ出来るものだ、おそらく君でもその真似は出来まい」



 黒き魔術の王の技術は、他者を顧みるものではない。彼にとっては“安全に扱える機能”であっても、他の者にとってはほぼ間違いなく暴走する危険な代物、となる。



 「それでは、私はそろそろ」


 「ああ、重ねて言うが、あやつと戦うならば細心の注意と覚悟を忘れるな」


 「はい」


 「死ぬなよ、シグナム」


 「ご武運を、騎士シグナム」



 そして、二人の融合騎に見送られ、シグナムが飛び立とうとした間際。



 「ああ、すまん、最後にもう一つ」



 調律師フルトンは、あることを唐突に思い出し、彼女を呼び止める。



 「何でしょう?」


 「私自身、あまりにも不可思議なことであったため、あまり深く考えずにいたのだが、事態がこうなっては無関係とも思えんのだ」



 彼にしては珍しく、要領を得ない言葉であった。それほど、彼にとっても言い難いものがあるのか。



 「実は一年ほど前だったか、私の下にサルバーンの友人だと名乗る男が現れた。そして、こう言った、“融合騎を完成させるための技術に興味はないか”と」


 「どういうことです? サルバーンもまだ融合騎は完成させていないはずなのでは?」


 「そう、奇妙な話だ。私も疑問に思い、あやつが融合騎を完成させたのかと問うたのだが―――」



 (いいや、彼はまだだとも、いやいや、それも語弊があるね。このベルカの時代において、融合騎を完成させた者はいない、そういうことになっているのだから。そして、そこに最も近いのが貴方であるため、私はこうして尋ねて来たのだが、そうか、彼とは異なり貴方は否定するのか、己の欲望を)



 「その男は、答えを言うと同時に、言ってもいない私の返事を了承したのだ。あまりにも不可解であったが、狂言のようにも感じなかった。言ってみれば、そう、ラルカス師ではないが、違う次元を覗きこんだかのような気分だった」


 「………どうにも、理解できません」


 「そうだろうとも、私自身理解しかねている。ラルカス師が若い頃に危うく観るところであったという“見てはならないもの”とは、ああいうものを指すのかもしれん」


 「その男の、名前は?」


 「ヴンシュと名乗ったが、間違いなく偽名だろう。サルバーンのことを尋ねても彼のことは話せない契約となっているというばかりで、証拠も何もありはしなかった」



 (貴方に欲望がないならば、私と貴方の邂逅はここまでだろうね。ただ、貴方の娘達にはいつか話をしてみたいものだ、それがいつの私で、どのような欲望に沿っている私かは未知だが、ああ、それも一興というものだ。未来を、楽しみにしていよう)



 「しかし…………妙な話だ。あれほど印象深い男であったにも関わらず、どのような風貌であったか正確に思い出せん。ただ、印象に残っているのは――――――」



 そして、フルトンという二機の融合騎を作り上げた調律師の脳裏に残ったものとは。



 「紫色の髪と、深遠な知性を漂わせながらも同時に狂気を湛えた黄金の瞳、そして、泣き笑いの道化の仮面のようでありながら喝采しているような………異形の笑み、だけだ」









あとがき
 隠すどころか正体ばらしまくりですが、今回の話はStSの伏線ともなっております。過去編はA’S編のクライマックスへ繋がるための要素が主眼となっておりますが、StSのための要素もところどころにあります。これらの伏線を回収するのはかなり先のこととなり、正直、物語が一番綺麗に纏まっているのは無印で、A’Sまでが物語として纏まる限界ではあるのですが(StSはキャラも多くて書きたいことが多すぎ、私の筆力不足で纏め切れないのが原因です)、完結はさせたいと思っていますので、StSまで頑張りたいと思います。Vividは本当に心の清涼剤です。


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