Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第三章  後編  嘆きの遺跡




ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  嘆きの遺跡  第三層




 古のベルカの地に、白の国と呼ばれる国がある。


 風に祝福されしその地を守るように囲む環状の山脈、その一角にある人の手の及ばぬ深き裂け目に隠された旧き遺跡にて。


 暗がりの中、広大な迷宮に挑む騎士が三人、さらに、彼らを守りように傍らにある賢狼が一頭。


 そこは暗がり、黒色に満たされた不気味極まる魔の宮。


 怨霊魔物が跋扈して、死の気配が色濃く漂う惨劇の迷宮。


 常人ならば足を踏み入れるだけで精神に異常をきたすであろうその空間、しかし、そこに挑む者達もまた人間の条理にそぐわぬ領域に身を置く達人。


 それ故、彼らに畏れはない。嘆きが満ちるこの空間においては、恐怖こそが最大の敵であることを言われるまでもなく理解する騎士達は、覚悟と共に足を進める。


 そして、賢狼にとっては亡霊などそもそも恐れるに値しない。ここにいる者らは全て“人間”に叫び訴えている過去の記憶であり、そもそも彼にはその嘆きが意味をなさないために。



 「レヴァンティン!」


 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』


 暗がりに轟く紫の閃光が、昼が地底に降りてきたと言わんばかりに空間を染め上げ、群がる亡霊を撃ち抜き砕く。


 「縛れ、鋼の軛!」


 先陣を切る剣の騎士を守るように、赤の軌跡が怪物を絶つ。その軌道はただ一つではあり得ず、十数、いや、数十を超える死の刃が容赦なく黒い影を消し飛ばす。


 「………」


 遊撃手として動く賢狼はあくまで無言。黙したまま己の身体能力を余すこと無く発揮し、二足の獣では決して発揮しえぬ魔の領域の速度と牙を持って魔物の群れを薙ぎ払う。


 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」


 そして、後衛たる湖の騎士は先陣を切る者達が切り開いた領域を、人間の領域へと塗り替える。



 ここは、遙か古代の亡霊が今なお残る死の遺跡にして、人の世界から遠く離れた地下世界。


 人間の生きる場所ではあり得ず、亡者や魔物を薙ぎ払ったところでどこからともなく湧いて出る異形が即座に穴を埋めてしまう。


 もし、この遺跡を彼らに気付かれずに踏破しようと思うならば、人とは異なる術理に身を置くより他はない。放浪の賢者が成すように、自身を精霊と近い存在と成し、彼らの嘆きを“すり抜ける”といったような。


 人間の騎士達たる彼女らと賢狼たる彼にそれは不可能な業であろう。だがしかし、人間には知識があり知恵がある。自身にないならば、可能とするものを用意することが人間の歴史なのだから。


 素手で木を切ることが出来ぬならば斧を作り上げるように、海を渡れぬならば船を作り上げるように、人の身で地下へ潜れぬならばそれを成すための物を作り上げれば良い。


 それらの知識を収め、さらには修め、後代へと伝えていく場所こそ白の国。そして彼女らは白の国を守りし夜天の騎士。


 人の力の及ばぬ遺跡を踏破する存在として、彼女ら以上に適任な騎士はいまい。ただ一人でそれを成しうる放浪の賢者は完全に別枠といったところであろうか。




 「ここまでが、第三層か」


 「それほど強大と思える敵はいませんでしたが、まだまだ先は長い。流石はロストロギアを封じる遺跡と言うべきか」


 「でもまあ、目標が分かっているだけでも随分気が楽になるわ。何階層まであって、竜王騎の鍵がどこに在るかも分からない状況じゃ、魔力や体力よりも先に心が折れてしまう」


 ≪たとえそうでも、お前たちならば心が折れることはあるまい≫


 「ありがとう、ザフィーラ。そうだな、そんな程度で折れていては、ヴィータやリュッセに笑われてしまう。あいつらの目標であるならば、この程度軽くこなせなければ」


 「言うようになったな、ローセス。さて、シャマル、クラールヴィントを用いて大師父と通信は出来るか?」


 「試してみるわ、導いてね、クラールヴィント」


 『Jawohl.』



 主の命に応え、風のリングクラールヴィントがその権能を発揮し、遠く離れた地上へと念話の網を広げてゆく。



 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』


 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せるが、今回の用途は通信である。



 【大師父、聞こえますか?】


 【聞こえているとも、ついでに言えば、見えてもいる。君達が遺跡に巣くう影を祓ってくれたおかげで遠視もやりやすくなった】


 【大師父のおかげです。貴方が遺跡の“門”を開き、地上の風を地下へ繋げてくれなければ、私とクラールヴィントもせいぜい補助が限界でしたでしょうから】


 【礼を言うなら、儂ではなくフィオナに言っておきたまえ。儂が出かけておる間、ずっとこの時のための準備を進めていたのだから】



 白の国に残されていた文献と、放浪の賢者ラルカスの“眼”によって、この遺跡がどのようなものであるかはおおよそ把握されていた。


 この遺跡は“嘆きの遺跡”と呼ばれ、古代ベルカのさらに前の時代に存在しており、唐突に滅びたイストアという文明が築いたものだという。


 その辺りの経緯は最早定かではないが、過去を観る力を持つ放浪の賢者は知っているのかもしれない。だが、要点はそこではなく、古代ベルカの時代にアルハザードより流出した“竜王騎”の鍵をこの遺跡に封印し、初代の白の国の王にその管理を託したドルイド僧がいたという事実である。


 シャマルは“ひょっとしたらそのドルイド僧は大師父本人なのでは”、と思っているが、おそらく彼女に限らず夜天の騎士達やフィオナも共通して持つ疑問であったろう、もっとも、仮にそうであったとしても何かが変わるわけではないが。


 そして、この遺跡には魔力素が人間の残留思念と反応した亡霊や、古の生命操作の業によって今もなお稼働を続ける培養槽から生まれ出る異形の落とし子によって満ちていることが文献に記されており、そういった場所であるからこそ竜王騎の鍵の封印場所に選ばれたとも言える。



 【ええと、これは私達の術式よりも、古代ベルカの召喚術などの術式に近いものですよね】


 【簡単に言えば、魔避けの呪いかな。古代ベルカのドルイド僧達は亡霊をたしなめ、鎮めることに長けていた。中には亡霊たちと共に領域を形成し、幽世の門番となる者もいたが、なかなかに陽気な者達でもある。もっとも、彼らは人の残滓が混ざった亡霊を闇精霊(ラルヴァ)と呼んでいたがね】


 <亡霊たちの管理者と、お知り合いなんですね………>



 という内心はとりあえず出さず、シャマルは通信を続ける。



 【ともかく、姫様が作って下さったこの“タリスマン”の術式を基に風の結界を張ることで、亡霊、いえむしろ闇精霊(ラルヴァ)の漂う領域を生者が歩く領域へと変えることが出来る。そして―――】


 【異形の技術で作られし者達はそのような清浄な風の中では生きられぬのだよ。それが、イストア文明の時代における生命操作技術の限界であったが、サルバーンのそれは遙かに凌駕しておる。あれが作り出した者達に通じるものではないことを、くれぐれも忘れぬようにしたまえ】


 【はい】



 長々と会話を続けるわけにもいかないため、シャマルはそこで念話を切る。



 「どうやら通じたようだな」


 「ええ、それに、見えているって、いざとなれば私達全員を白の国へ送還することもこれなら可能だわ。もっとも、最下層まで達したら可能かどうかは分からないけど」



 遺跡に潜る役がシグナム、シャマル、ローセス、ザフィーラの四人であり、最も遺跡に慣れているラルカスが地上に残った理由がすなわちそれであった。


 サルバーンの軍勢がいつ白の国へ攻め入るか予断を許さぬ状況において、夜天の騎士達全員が白の国を離れることは得策ではない。しかし、戦力分散も各個撃破の機会を敵に与えるだけとなってしまう。


 そこで、四人全員が固まって行動し、ラルカスが遺跡の入口で“門”を形成することによって、いざとなれば四人を一斉に白の国へ送還させるための術式を整えた。フィオナが作り上げた“タリスマン”が亡霊を祓うものであると同時に、その転送を補助するものでもあった。


 夜天の騎士が本分に集中できるよう、あらゆるデバイスを作り上げ補助することこそ、彼らの主にして調律の姫君フィオナの役割。ヴォルケンリッターがその全力を発揮するには、彼女の存在も不可欠なのだ。



 「では、わたし達は先に進むのみですね」


 「ああ、この第三層までは既に亡霊はいない。だが、異形の技術で作られた魔物は逃げるように奥へ向かっているようだ、ここから先は階を下るごとに厳しくなるぞ」


 「最下層は第九層らしいけど、要は、九段構えの陣を突破するようなものね。第一陣の討ち漏らしはそのまま第二陣と合流してしまい、第三陣にはその二つの残存兵力が組み込まれる」


 「つまり、この遺跡に潜む魔物全てを殲滅する気概で臨む必要がある。そういうわけですね」


 「それならば、私の得意とするところだ」



 堂々と、剣の騎士は言い放つ。それは誰もが認めるところであり、シグナムの能力は殲滅戦でこそ最大の効果を発揮すると言っても過言ではない。


 単身で敵陣へ切り込み、炎を纏った剣戟によってあらゆる敵を切り裂き、焼き滅ぼす。それを可能とする戦闘能力を彼女はまさしく備えているのだから。



 ≪だが、一先ずは休息をとるべきだ。疲れは確かに存在している≫



 ザフィーラは騎士達を常に観察し、彼らの状態を把握している。


 第一層から第三層まではさしたる強敵はいなかったが、いかんせん数が多かった。さらに、休まずにここまで突き進んで来たため、若干ながら疲労があることも確かであった。



 「そうだな、シャマル、結界を」


 「了解。妙なる響き、癒しの風となれ。交差せし陣のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ……」



 クラールヴィントをリンゲフォルムに戻し、シャマルは回復と防御の結界魔法の構築を開始。


 ミッドチルダ式と異なり、ベルカ式は三角形の陣を構築する。そのため、二重に陣が交差し六亡星を築きあげ、それを覆うように円形の外縁が構築され、癒しと防御の陣が完成する。



 「それじゃ、しばらく休みましょう。この中にいれば体力と魔力が回復されていくから」



 もしこの場にいるのがシグナムとローセスとザフィーラだけであれば、自然回復に頼る以外の方法はなく、身体を休めることでしか体力と魔力の回復は図れない。


 しかし、癒しと補助が本領である湖の騎士シャマルがいれば、極僅かの時間で体力と魔力の双方の回復を図ることが可能となる。そして、構築された陣は自動で作用するため、癒し手であるシャマル自身も回復することも可能であり、ヴォルケンリッターに魔力切れはあり得ない。


 つまり、遺跡に潜む亡者や魔物が侵入者を打倒しようとするならば、まずは湖の騎士を倒す必要があり、彼女自身の戦闘能力は前衛に比べれば低く魔物にとっては狙いやすいが、盾の騎士ローセスがいる限りそれも不可能。


 ヴォルケンリッターの中で最も戦闘継続可能時間が長い存在はローセスであり、守勢を本領とする彼は攻勢を本領とするシグナムや、高速機動を本領とするザフィーラに比べてエネルギーの消費が少ない。基本的に、相手の攻撃を受け止め、あるいは受け流し、カウンターを狙う戦術なのだ。


 盾の騎士が湖の騎士を守護する限り、亡霊や魔物がシャマルの下までたどり着くのは不可能であり、前衛のシグナムと遊撃手のザフィーラによって討ち取られるばかりである。さらに、戦況によってはローセスも攻撃に転じることもあり、鋼の軛で敵の動きを封じたり、グラーフアイゼンのラケーテンフォルムで切り込んだりと、状況に応じてローセスの役割も流動的に切り替わる。



 そうした、付け入る隙のない連携こそが、夜天の守護騎士をベルカ最強と言わしめる由縁。



 単体の戦闘能力ならば雷鳴の騎士カルデンなど、彼らと同格の強者もいるが、陣形を組んでの集団戦でヴォルケンリッターに勝る騎士は存在しない。


 全員が揃っている以上、夜天の騎士に敗北はあり得えず、彼らは臆することなく遺跡の最深部へと向かう。


 その果てに何が待つのか、それはまだ分からない。















ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  西部  上空




 【ヴィータ、そっちは以上ないか?】


 【ああ、斥候らしき鳥とかもいねえし、見慣れねえ虫とかもいない。いきなり騎士が乗り込んできたらそれもそれで驚きだけど、そういうのもいねえよ】


 【そうか、僕の方も異常ない。彼らが戻るまで何事もなければいいんだが】


 【そういう時に限って何かあるのが世の常だもんな、それに、相手があのサルバーンってんなら、何かあると見ていた方がいいんじゃねえか】


 【だな、敵が来るものと思って行動しよう、皆にもそう伝えておく】


 【ああ、こっちの連中にも言っておく】



 リュッセと念話を行いながらも白の国の上空を飛びまわり、ヴィータは敵影らしきものがないか神経を尖らせる。


 現在の彼女は“若木”の副隊長であり、隊長であるリュッセと共に半数ずつの若木を率いて白の国の警備、いや、警戒を行っている。


 二ヵ月半ほど前、ミドルトン王家が滅びてよりすぐの頃は精彩に欠けていたリュッセではあるが、今では元通りどころかかつて以上の覇気に満ちている。やはり、夜天の騎士となることを決め、その覚悟を持ったからであろうか。


 と、ヴィータは考えているが、何よりも彼女の存在が一番大きかったとまでは知りようがない。リュッセの感情もローセスのそれに似て直線的でありながら愛情に直接結びつくものではないため、判別がつきにくいということもあったが。



 何にせよ、故国も両親も失った少年にとって、若木の副隊長である少女こそが最も大切な存在であることは間違いなく、意志を新たに、若木の隊長である少年は夜天の守護騎士を目指して修練を重ねていた。



 そして、彼ら夜天の騎士達がいない今、白の国に攻め込むには絶好の機会。放浪の賢者ラルカスが対抗するための策を既に敷いてはいるが、それでも危険があることは間違いない。


 若木とはいえ、彼女らも既に戦闘は十分可能であり、流石に年少組は地上で待機しているが、残りの者らは皆それぞれの空域を受け持ち、敵が来ないかどうかを監視している。そして、リュッセとヴィータの二人には定まった空域はなく、最大の機動力を持つ彼女ら二手に分かれ、ヴィータが西側、リュッセが東側を飛び回っている。


 白の国は環状の山脈囲まれているためほぼ円形をなしており、唯一の陸路である風の谷は南側に存在している。そして、ヴァルクリント城はほぼ中央にあるため、風の谷とヴァルクリント城を結ぶ線を境とするように西側半分をヴィータ、東側半分をリュッセという区分である。


 一応、女性や子供はヴァルクリント城に集められているが、砲撃魔法や広域殲滅魔法というものが存在する以上、固まっていた方が安全というものでもない。確かに守りやすくはあるが、万が一突破されれば一撃で全滅という危険を孕む。


 そのため、白の国の守りは領域に入らせないことを前提としており、籠城戦などは基本的に想定していない。空戦を行える騎士が空を守り、拠点防衛に長けた者が唯一の陸路である風の谷を守る。


 そして、現在の夜天の騎士の能力を考えれば、風の谷で攻めよせる軍を防ぐ役目は盾の騎士ローセスしかあり得ない。


 <敵が来たら、さっさと空を制圧して兄貴の援護に向かわねえと>


 空と陸、敵の機動力を考えれば優先して守るべきは空であるが、より多くの敵が攻めよせるのが陸であるのは疑いない。


 風の谷からヴァルクリント城まではある程度距離があるため、陸の軍勢が押し寄せても何とか民の避難は間に合うだろうが、空の敵はそうはいかない。そのため、空の敵を優先して排除せねばならず、他の騎士が空を抑えるまでの間は、ローセスはただ一人で迎撃に出ることになるだろう。



 <嫌な予感がする、兄貴達なら大丈夫だってのに――――>



 だが、ヴィータの心を揺るがしていたのは、直接的な危機ではなく、漠然とした予感であった。



 (ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ)



 以前、放浪の賢者が彼女の語ったある言葉が――――



 (お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)



 彼女の脳裏から、離れなかった。














ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  第七層



 「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 【AAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】



 剣の騎士シグナムが最後の闇精霊(ラルヴァ)を斬り伏せ、凄まじい激闘が続いた第七層にもついに終局が訪れる。



 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」


 間をおかず湖の騎士シャマルが風の結界を展開し、幽世に限りなく近づいていた異界を、人間の環境へと塗り返していく。


 【オ、オオオオオオオ………】


 【ヒキ……カエセ……】


 【モド……レ……】


 だが、亡霊、いや、残留思念ともいうべき存在の反応は上層とは明らかに異なっている。第五層あたりから浄化されることを拒み抵抗する者達ばかりか、言葉らしきものを発する者も現れ始めた。


 放浪の賢者ラルカスが機械精霊を作り出せるように、人の残留思念に手を加え、強力な闇精霊(ラルヴァ)へと変える技術も存在しており、下層の亡霊たちは“自然”のものではなく明らかに兵器としての改良を加えられたものと見受けられる。


 とはいえ、所詮は過去の亡霊。現実を生きる夜天の騎士達にとっては顧みるべき存在ではなく、立ちはだかるならば排除するだけの存在に過ぎない。


 また、培養される異形の魔物の錬度も上層に比べれば多少強力になってはいるが、それでもサルバーンの手が加わった“ハン族”の者達やその首領であり、融合騎らしきものを埋め込まれていた青年には及ぶべくもない。


 「アイゼン!」

 『Jawohl.』


 ローセスの持つグラーフアイゼンの柄が伸び、残っている魔物を壁に叩きつけ、さらに槍を薙ぎ払うかのように振り回すことで他の魔物も同様に壁へと吹き飛ばす。これもまた、膂力に優れるローセスならではの使用法であり、ヴィータには不可能な技だ。


 「ザフィーラ!」


 ≪承知≫


 そして、生じた隙を賢狼は見逃さない。壁にまで飛ばされた魔物を達に陸の獣が発揮しうる最高速度で疾走し、その首を牙と爪でもって飛ばしていく。


 盾の騎士と賢狼の息の合った連携によって魔物達も全滅し、第七層には静寂が訪れる。



 だがしかし、嘆きの遺跡に潜む脅威は亡霊と魔物のみに非ず。



 命なき、魂無き機械仕掛けの罠も侵入者を奈落へと導くべく牙を研いでいる。


 「ローセス、上だ!」


 己の相対していた敵をいち早く片付け、手が空いていたシグナムはその脅威に最初に気付き、盾の騎士へと警告を発する。


 後方に位置し、遺跡の浄化を行っていた湖の騎士と、彼女を守りつつ、前線で魔物を撃滅するザフィーラの援護を行っていた盾の騎士の頭上、何一つ存在していなかった筈の空間に、魔力で形成された刃がひしめき、ギロチンの如く重力のくびきへとその身を委ねた。



 「はああ!」


 だがしかし、奇襲は彼には通じない。烈火の将の言葉を受けた瞬間に、盾の騎士は既に防御フィールドの構築を完了していた。


赤色の魔力で構築された滑らかな曲面を描く半球状の防御フィールドは攻撃が形成され、それは中央に向かう起動からそれている場合は弾くシールド型、中心に向かう場合は受け止めるバリア型の両特性を備え、さらには内部の人間の物理防御をも高める効果さえ付与された最強の守り。


 この鉄壁の守りを如何なる状況においても発生させる守護の星こそ、盾の騎士ローセス。デバイスとの相性が悪く、それほど魔力資質に恵まれているわけでもなかった過去においては不可能であったが、調律の姫君フィオナが作り上げし融合騎“ユグドラシル”を備えた彼に隙はない。


 「ローセス、大丈夫!」


 突如作動した罠から庇われた形となったシャマルはやや焦りを含んだ声を上げるが―――


 「問題ありません、この程度でどうにかなるほど―――――柔な鍛え方はしておりません!」


二つほど己の左腕に食い込んでいた魔力のギロチンを、筋肉の収縮のみで粉砕し、ローセスは平然と答える。


流石にこの芸当だけは、湖の騎士は当然として剣の騎士にも不可能である。どれほど強くとも彼女らは女性であり、ローセスのような強固な筋肉の鎧と力を込めることで極限まで硬質化させる“戦う性の身体”を備えてはいない。


 故にこそ、彼女らを守ることもまた己の役割であるとローセスは心得ている。女だからという理由で彼女らを軽視するような精神性を彼は微塵も持ち合わせていなかったが、それとは別次元の領域で男は女を守るために命を懸けるべきであると認識しているのだ。



 ≪相変わらず無茶をする、だが、それでこそお前か≫



 そして、その認識を最も認めているのは人間ではないザフィーラであった。彼は人間という存在を古より客観的に観察しており、“男は狩りに出て、女は留守を預かる”、原始であるが故に複雑な理が何もない、肉体機能に応じた純粋なる役割分担をその目で見てきた。


 彼に目には、ローセスという男の精神性は古代ベルカの戦士に近いように見受けられる。ともすれば黒き魔術の王サルバーンに近いところがあるのかもしれない、だが同時に、この時代の騎士の誇りを誰よりも重んじる男でもあり、矛盾を内包しつつ許容するその在り方にこそ賢狼は興味を持った。


 ≪真、騎士とは興味深い≫


 改めて感じた想いを表面に出すことはなく、蒼き賢狼は周囲に敵や罠がないことを確認し、仲間と合流する。彼らもまた周囲を調べ、怪しいものがないか調べて回っているようである。





 「イストアやらいう文明は、それほど生命操作技術に長けていたわけではないようだな。異形の怪物とはいえ、この程度か」


 奇しくも、烈火の将が抱いた感情は黒き魔術の王と近しいものであった。もっとも、そのことに安堵する彼女と落胆する彼では、精神性に大きな違いが存在していたが。


 「ですが、培養槽から作り出される魔物よりも、亡霊たちの方が厄介です。もし大師父の技と姫君の技術、そして騎士シャマルの魔法がなければ、わたし達も途中で果てていたでしょう」


 「そうだな、多少掠っただけで悪寒というべきか、凄まじく冷たいものが身体を突き抜けた。まともに攻撃をくらえば、精神が破壊されるかもしれん。古代ベルカの精霊の技にも、このような危険な側面はあるのか」


 「私は攻撃を受けてないから良く分からないけど……」


 「当然です、貴女に万が一のことがあれば、わたし達は終わりなのですから」



 亡霊たちに対して常に最前線で戦っていたシグナムは、いくら戦闘技能に長けているとはいえ、やはり無傷とはいかなかった。ただ、魔物から受けた傷はただの傷であり、治療すれば済むものであったが、亡霊の攻撃は精神に作用するものであり厄介きわまりなかった、早い話、騎士甲冑が意味をなさないのだ。


 そのため、守護騎士達は亡霊を優先して倒すことを心掛け、特に炎熱変換の資質を持つシグナムは亡霊を切り払う役として適任であった。炎は穢れを祓い、魔を清める効果を持つ。どのような怨念も浄化の炎の前では灰となるのみである。


 逆に、近接格闘を主眼とするローセスや己の爪と牙で戦うザフィーラは致命的に相性が悪い。ローセスの鋼の軛ならば触れずに攻撃できるが、魔力の衝撃によって弾き飛ばすだけであり相性が格別良いわけではない。魔を祓うと言われる賢狼の咆哮も、上層の亡霊には有効であったが、第五層以降の亡霊たちにはさしたる効果もなかった。


 よって、亡霊の相手はシグナムが行い、シャマルはサポートに徹する。ザフィーラは魔物のみを対象として攻撃し、ローセスはシャマルを守護しつつザフィーラを援護するという体勢が自然と出来あがっていた。


一応、将であるシグナムからの指示はあったが、全員が優れた状況判断能力を持つ夜天の騎士達の場合はそれも確認の要素が強い。自分達がどう動くべきかを全員が考える能力を持っていることこそ夜天の騎士の最大の強みでもある。


それ故、隊長として状況把握能力に長けるリュッセは既に夜天の騎士を名乗れる能力をほぼ全て修めているといえた。彼と同等の戦闘能力を持つヴィータの判断力も大分上がってきたが、あと一歩といったところであろうか。



 「さて、いよいよ次は第八層だ。ここを抜ければ最下層である第九層に至る。気を引き締めていくぞ」



 将の言葉に全員が頷きを返し、シャマルは回復と防御の陣を形成してそれぞれが結界内部で身体を休める。


 気を引き締めていく、とはすなわち万全の態勢で臨むことを意味し、その言葉に応じて駆け出すような者にはまだ夜天の騎士を名乗る資格はないと言えるだろう。







ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  第八層



 「これは………石碑か」


 「古代ベルカ語…………いいえ、違うわ、多少は通じる部分もあるけど、違う言語、多分これがイストア語なんでしょうね」


 「大師父がいれば読めるのでしょうが、わたし達だけでは」


 ≪不可能、だろうな≫



 その石碑に刻まれた文はその場の誰にも読むことは不可能であった。しかし、遠視によって彼らを見守る放浪の賢者は、その文を確かに理解していた。



絶対に、それを目にしてはいけない

 絶対に、それを耳にしてはいけない

 それは人の身では理解してはならぬ絶対の領域、故に触れることは禁忌と心得よ

 もしその禁を破ったならば、あらゆる全てを失うだろう。そして、あらゆる叡智を得るだろう

 魂なるものがあってしまえば、それすら奪われ、吸収される。そして、回路に組み込まれるのだ

 人の世の果て、人の及ばぬ領域で蠢く者共に触れるべからず

 我らが犯した禁を忘れるな、それは触れてはならぬものだ

 行ってはならぬ、言ってはならぬ

 命惜しくば引き返せ、人の世を守りたくばすぐ戻れ、ここより先は何もない、あるのはただ破滅のみ

 もし、忠告を聞かずに進むのであれば

 我らの嘆きの全てを、お前は知ることになるだろう



 その石に文章を刻んだ人間は存在せず、それは思念を映し出す術式が込められた遺言の石。


 自動で文章を書き出すという点では放浪の賢者の予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)に似た部分もあり、それが何を意味するかを知るのもまた、彼だけだろう。


 彼にとっては亡霊、すなわち闇精霊(ラルヴァ)から身を隠し進むことは造作もない。古代ベルカのドルイド僧はそのような術を何よりも得意とする者達だ。


 だが、逆に培養槽から生み出される異形の魔物を屠るのに適しているのは中世ベルカの騎士である。ラルカスの業は物理的な破壊を主眼とするものではないため、彼が一人で遺跡に潜っていれば力尽きる可能性が極めて高い。


 それを、ただ一人で可能とする存在こそが黒き魔術の王。彼が戦闘能力ならば自分を超えていることを放浪の賢者は理解していた。故にこそ、探索の役を夜天の守護騎士へと託したのである。


 石碑に記された文の意味を知り得ぬ騎士達は前進する。第七層からはクラールヴィントの機能を以てしても念話を届かせることは難しくなっており、この石碑について放浪の賢者に聞くためだけに第六層まで戻るわけにもいかなかった。


 そして、第八層にはそれまで群れを成すように存在していた魔物や亡霊は出現せず、その静けさが逆に不気味とも言えた。


 だが、ここに至りし者達は全員が歴戦の強者。最深部に近付いた段階で敵の出現率が急速に低下した理由を誰しもが言うまでもなく理解していた。



 第八層まで辿りつける猛者を相手に、最早雑魚は不要。


 用意すべきは、雑魚の群れではなく、強者をすら殺し得る強力なる個体。



 すなわち――――亡霊の集合体、遺跡の技術の結晶、闇精霊(ラルヴァ)の王



 【オ、オ、オ、オ、オ…!!】



 この第八層は他の階層とは明らかに作りが異なっている。迷宮の如き複雑さを持ち、狭い通路が入り乱れるこれまでの階層に比べ、ここは言わば大広間。


 天井までの空間はおよそ20メートルはあるだろうか、前後左右に広がる空間もところどころに巨大な柱が存在しているものの、100メートル四方はあるだろう。


 【オ、オ、オ、ァ、ァ…………オオオオオオオオオオオオァァァァaaaaaaAAAAAAAAAAA!!!】


 その叫び、いいや、嘆きは地上に届けとばかりに響き渡り、物体には何の影響も与えることなく人間の心を蝕んでいく。顕現した闇精霊(ラルヴァ)の王はこれまでの黒い亡霊の大きさを遙かに凌駕し、高さだけでも10メートルはゆうにある。



 だが―――



 「あれは人型ではないな、これまでの亡霊は大型のものでもせいぜい2メートルほど、そして、いずれも人間になりそこなったような歪なヒトガタであったが――――」


 「亡霊の集合体なのだとしたら、人型を保てなくなるのも自明の理なのかもしれないわね。元々は人の残留思念に過ぎず、ここに留まっていたものが魔力素と結合して実体化したものに過ぎないのだから」


 「闇精霊(ラルヴァ)となり集まって形を成そうにも、最早主体が定まらず、あのような溶岩ドームの如き形状にしかなりえない。不安定で今にも破裂しそうという点では特徴をよく表しているのかもしれませんが」


 ≪本当に破裂し、小型の亡霊が弾丸のように吐き出される可能性もある。注意は怠らぬ方がいい≫



 第八層にまで到達した者達が、この程度の聲で怯むことなどあり得ない。冷静に敵の正体を見定め、どう攻略すべきか戦術を脳内で練り上げていく。



 「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 そして、闇精霊(ラルヴァ)の王に続き、召喚陣より顕現する怪物たち。


 「新手か―――それも、二体」


 「片方は蛇、片方は鳥、どっちもかなり大きいわね―――――クラールヴィント、解析を」


 『Ja.』



 新た現れた二体の敵、それを油断なく見据えながら、湖の騎士はその正体を見極めるべくクラールヴィントに指示を出す。後衛の要である彼女は戦闘が始まる前こそが最大の活躍場であるともいえる。



 「鳥型の召喚陣は右、蛇型の召喚陣は左。確か、この空間の左右にも部屋があったはずですが、培養槽か何かがあり、そこから召喚されたのか、それとも」


 ≪最下層より、召喚されたか≫


 「しばらくは様子を見るぞ、後続が来るようならそちらを先に止めることも考えねばならんが、敵が三体だけならば奥に進む」


 当然、そのためには目の前の敵を打倒することが前提となるが、そんなものはまさしく論ずるまでもない。彼らは騎士であり、敵が立ちはだかるならば打ち破るのみである。




 「間違いないわ、あの蛇や鳥と正面の亡霊の集合体は全くの別物。ただ、魔力で編まれた身体を持っている可能性があるから注意して、蛇の表面から触手が出てきたり、鳥の翼が増えたりとかするかもしれないわ」


 亡霊の最大の厄介な点は、物理衝撃のみでは破壊できない点にある。魔力素を元に残留思念が顕現しているに過ぎない以上、魔力を伴わない攻撃を加えたとところで毛程のダメージも与えられず、リンカーコアを持たない人間にとっては悪夢のような存在と言えるだろう。


 「そうか、では私の相手は奴か」


 シグナムの見据える先には闇精霊(ラルヴァ)の王が鎮座する。物理攻撃は効かず、さらには触れることも危険な存在である以上、炎の魔剣レヴァンティンを振るう剣の騎士こそが亡霊退治には最適である。


 「地を這う蛇はザフィーラに任せた。わたしは、あの鳥型をやろう」


 ≪心得た≫
 

 地上での戦いならばザフィーラこそが最適であり、流石に大蛇が空を飛ぶとは考えにくく、仮に飛んだとしても高速機動が得意ではあるまい。そして、空を飛び回る巨鳥が相手ならば鋼の軛によって檻を形成することが可能なローセスが適任といえる。


 「行くぞ!」


 「おうっ!」


 ≪承知≫


 「クラールヴィント、補助を」


 『Jawohl.』


 シャマルの役割は言うまでの無く、全員の補助。また、この三体以外の敵が現れた場合の索敵役も兼ねている。


 嘆きの遺跡の最下層へ至る最後の門とも言える番人達と、夜天の騎士達の戦いが始まった。















 「紫電――――」


 三人の中で最初に接敵したにはシグナム。かつて、ベルゲルミルという大型の怪物を無力化させた時と同様に、無駄な牽制など行わず、初撃から渾身の一撃を叩き込み―――


 「一閃!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』


 炎の魔剣レヴァンティンより膨大な熱量が放射され、闇精霊(ラルヴァ)の王を切り裂き無に帰す。


はずであった。



 「む!」


 【ヒキ……カエセ】


 彼女の炎は、闇精霊(ラルヴァ)の王に全く影響を与えていない、そればかりか―――



 「炎だと!」


 一瞬、10メートルを超える巨体が発光すると同時に、熱線とでもいうべき火炎の帯が全方位へと放射される。それはさながら火山の噴火の如く。飛行魔法を駆使しかろうじて回避に成功したが、まともに喰らっていればただでは済むまい。


 『Mein Herr.(我が主)』


 だが、それ以上に炎の魔剣はたった今放たれた攻撃に尋常ならざるものを感じていた。烈火の将に仕える彼だからこそ、それは決して看過出来ぬことだ。


 「どうした」


 『Die gegenwartige Flamme ist eine Sache und die gleiche Qualitat meines Herrn.(今の炎は、我が主のものと同質です)』


 「………なるほど」


 己の魂の言葉により、瞬時に彼女は絡繰に気付く、なるほど、そういうことならば自分の炎を無力化するのも容易であろう。


 「七層目まで随分“らしい”と思っていたが、なかなかどうして、やってくれるではないか」








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ≪ふむ≫


 そして同じ頃、ザフィーラもまた敵の特性を見誤っていた事実を悟る。


 彼の標的は大蛇であり、その動きは俊敏と言えるものではなく賢狼の速度に比べれば牛の歩みにも等しいものであった。故に、ザフィーラの爪牙は容易くその身を引き裂いたのだが。


 ≪切り裂かれた肉片がそれぞれ小型の蛇となりて再生、水の属性というわけか≫


 引き裂いた肉片はスライムの如き形状に変化し、蛇の身体も半透明に近い粘液のようなものに変化、シャマルが告げた形態変化の可能性は正鵠を射ていたようである。この敵は物理攻撃を無力化する特性を持った水の蛇、攻撃力はさほど高くはないが、再生力に長けている。


 そして同時に悟る。爪と牙による直接攻撃しか行えぬ自分ではこの敵を打倒する術はないことを、また、自分を相手にするのに敵の特性があまりにも都合が良いということも。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 「雷撃とはな」

 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』


 他の二騎と同様、ローセスもまた苦戦と称すべき戦況にあった。敵が放った射撃型の雷撃をグラーフアイゼンのバリアが防ぐが、明らかに攻め込まれている状況だ。


 彼が相手する巨鳥、いや、怪鳥というべき存在は嘴や爪が攻撃手段ではなく、羽毛全体から放たれる雷撃。それは近接格闘を得意とするローセスにとっては攻撃の主力が封じられたことを意味する。


 すなわち―――


 <俺の戦法はカウンターが主体だが、敵が近付いてこない以上はこちらからいくしかない>


 敵が雷撃を身に纏わせた突撃などといった攻撃にでるならばやりようもあるが、この敵は常に中距離の間合いを保ったまま雷の特性を持つ射撃のみを放ってくる。また、飛行速度もローセスのそれを上回っており、彼から攻勢に出ても捉えることが出来ない。



 「ラケーテンフォルムの強襲も、無意味だろうな」


 『Ja, es ist eine uberlegene Strategie dafur, Feind zu sein.(ええ、敵ながら優れた戦略かと)』



 ラケーテンフォルムの噴出機構を利用した突撃は爆発的な推進力を与えるが、方向転換が効きにくいという欠点もある。対して、怪鳥はハチドリの特性でも有しているのか、空中で静止した状態からあらゆる方向へ高速で移動することを可能としている。


 さらに厄介なことに、己のサイズをある程度調整することすら出来るようで、ローセスが檻に捕えるように放った鋼の軛も小型化することによって容易くすり抜けていった。



 <どう考えても、俺の特性を考慮した上で調整されたとしか思えないな。つまりは―――>


 そして、三人の戦闘者はほぼ同時に同じ結論に達した。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 【つまり、これまでの七階層までにおける私達の戦闘データを基に、彼らは作られたということね】


 【ああ、私が対峙している亡霊の集合体は私と同様の炎熱変換の特性を保有している。これでは、飛竜一閃を放ったところで何らダメージを与えられまい、火に火を放っても無意味だ】


 【こちらも同様です。明らかにわたしとグラーフアイゼンの特性を無力化するようにこの怪鳥は構成されている。おそらく、第一層でわたし達が戦い始めた時から、製造は始まっていたのでしょう】


 つまりは、これまでの敵は侵入者を迎撃するものであると同時に、その戦闘能力や特性を測るための物差しでもあった。


 階層を下るにつれて、難易度が上がっていくかのように出現する魔物や亡霊が強力になっていったのはつまりはそういうこと。敵の能力を測るならば徐々にぶつける駒の強さを上げていくことこそが最も手っ取り早い手段である。


 【こうなると、私達が幾度も休息を取り、万全の体勢で臨んだことも、わざわざ敵に最高のデータを与えてしまっただけということか】


 【遺憾だけれど、そういうことになってしまうわね】


 【ですが、休息を取らずに突き進めば途中で力尽きていたことでしょう】


 ≪つまり、二段構えの罠≫



 侵入者が弱ければ即座に亡霊や魔物によって駆除されるのみ。


 侵入者が強くとも、第一層の敵に勝利し、“こんな程度ならば楽勝だ”と侮るような低レベルの戦闘思考を持っているならば、徐々に強力になっていく魔物や亡霊にやがては疲労し、朽ち果てる。


 そして、夜天の騎士達のように万全の準備を整え、慎重かつ速やかに進んでいく者に対しては、七層までの戦力は物差しとなり、最後の八層においてそれぞれの能力を封じる番人が用意される。


 夜天の騎士達が蛮勇に走らず、時間をかけて着実に進んできたことが、敵、いいや、防衛システムに最強の番人を作り上げる時間を与えてしまったというのも皮肉な話であり、優れた罠であることは疑いないだろう。



 だが――――



 【シャマルは私の代わりに闇精霊(ラルヴァ)の王を抑えてくれ。ザフィーラは私が水の蛇を蒸発させ次第、雷の怪鳥を仕留め、ローセスはそのための準備をすると共に、闇精霊(ラルヴァ)の王に止めを刺す役だ。その際はシャマルと協力しろ】



 その程度のシステムで止められるならば、夜天の騎士がベルカ最強と謳われることなどあり得ない。


 【分かったわ】


 ≪承知≫


 【了解しました】


 将の指示を受け、即座に動きは始める彼らはまさに一流の戦闘者。聞くと同時にそれを実現させるための絵図をそれぞれが脳内に構築している。マルチタスクは騎士の基礎であると同時に奥義でもあるのだ。もっとも、ザフィーラは騎士ではないが。



 シグナムの炎は闇精霊(ラルヴァ)の王に通じず、ザフィーラは直接攻撃しかできず、ローセスの鋼の軛では威力不足。


 水の蛇に対してザフィーラとローセスは無力であり、唯一相性が良いシグナムは闇精霊(ラルヴァ)の王と渡り合える唯一の存在であるため、そちらには応援に行けない。


 雷の怪鳥はローセスにとって天敵とも言える。ザフィーラならば抗しうるが、彼もまた自在に分裂して足止めをかける水の蛇に阻まれている。


 そして、シャマルは補助役であるため、彼女の力では三体の番人を倒すことなど出来ない。いかにブーストによって他の騎士の力を上げようと、そもそも攻撃が通じない以上は意味を持たない。


 それが、嘆きの遺跡の防衛システムが導き出した結論であり、必至の戦略。



 だがそれは、これまでの第七層までの戦いにおいて、夜天の騎士達が全てのカードを出し切っていたならば、という前提があればの話であった。




 すなわち―――




 「ペンダルシュラーク!」


 『Verhaften Sie Verhutung gegen Bose.(捕縛結界)』


 「シャマル、こちらの準備が完了するまでは持たせろ!」


 『Ich fragte!(頼みました!)』


 シャマルが前線に出て闇精霊(ラルヴァ)の王と相対し、代わりにシグナムが後方へ引き下がる。


 湖の騎士シャマルが前衛へ打って出、剣の騎士シグナムが後衛に下がるという第七層までの戦いはおろか、夜天の守護騎士の戦いを知る者ならば誰しもが仰天する光景、だが、自動制御の防衛プログラムを突破するならば、あり得ない手段こそが最適手となる。


闇精霊(ラルヴァ)の王をクラールヴィントのペンダルフォルムによって縛りあげ、その動きを封じる。一見無謀に見える行動だが、亡霊の集合体である闇精霊(ラルヴァ)の王は他の二体とことなり俊敏さというものをほとんど持っておらず、その身体から繰り出される触手も、空戦適性を持つシャマルに躱しきれないものではない。


さらに、湖の騎士シャマルは空間を超えて攻撃することを可能とし、つまりは遠隔操作が得意ということであり、闇精霊(ラルヴァ)の王を縛るクラールヴィントも手元から伸ばす必要はない。クラールヴィントから伸びる紐は螺旋を描くように闇精霊(ラルヴァ)の王を取り囲み、その動きを封じる結界を構成するが、シャマルはその術式を紡ぎながら高速でその周囲を飛び回っていた。



 「熱線を撃てない貴方なんて、その程度の存在よ。こちらから攻撃を仕掛けないなら、大した脅威じゃないの」

 『Wirklich.(如何にも)』


 無論、クラールヴィントの結界とていつまでも闇精霊(ラルヴァ)の王を捕え、熱線を封じられるわけではない。戒めが破られ、熱線が放たれればシャマルは間違いなく消し飛ぶことになるだろう。



 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」


 『Jawohl!』


 しかしその間、剣の騎士シグナムと炎の魔剣レヴァンティンは完全にフリーとなり、全力の一撃を放つことが可能となる。


 その対象は無論、闇精霊(ラルヴァ)の王ではあり得ない、どれほど威力を高めようともシグナムの炎では闇精霊(ラルヴァ)の王を滅することは出来ないのだ。



 ならば―――



 「切り裂いてもそれぞれが独自に動き、再び融合する水の蛇。ならば、まとめて焼き尽くすまでだ」


 『Mein Herr, der es verstand.(心得ました、我が主)』


 これより放つのは、彼女らにとって未完成の技。


 烈火の将シグナムが持つ炎熱変換資質を最大限に発揮する奥義であり、威力は飛竜一閃をも上回るが、全ての魔力を炎へと変換させるまでに十数秒という時間がかかり、この作業ばかりはカートリッジによって短縮することは不可能。


 つまり、一対一の戦いにおいてはまず使えず。騎士達が戦場を交錯する集団戦においてでさえ、味方の補助があったとしてもほとんど放つことは不可能と言える大技。


 だが、今対峙している相手には“臨機応変”という言葉は存在していない。第七層までの彼女らのデータを基に行動するだけであり、シグナムが“これまでにない行動”に出た場合それに有効に対処する手段を持たないのだ。



 「剣閃烈火!」

 『Explosion!』


 故に、剣の主従を阻む者は何もない。十数秒の時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、今まさに獲物目がけて解き放たれようとしていた。



 「火竜一閃!!」


 目指すべき完成形は逃げ場無き空間殲滅魔法であるが、現段階ではまだ砲撃魔法に区分される火竜の咆哮。


 だがそれは未完成とはいえ、水の蛇如きを蒸発、いや、消滅させるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。





 「縛れ!鋼の軛!」

 『Explosion!』


 シグナムの火竜一閃が水の蛇を消滅させたタイミングに合わせるローセスはまさしく阿吽の呼吸。グラーフアイゼンの力を借り、魔力の波動による赤き杭の森とも言うべき檻を作り上げる。


 だがしかし、相手は自在に体長を変化させる能力を持つ高速機動型の怪鳥。身体が小さくすればいかようにも躱すことは可能であろう。


 ≪流石だ、ローセス≫


 とはいえそれも、攻撃者が一人きりであればの話でしかない。シグナムが水の蛇を消滅させたことでフリーとなったザフィーラが、ローセスの作り出した檻を“身体を小さくして隙間をすり抜けようとしている”怪鳥を捉えることなど、卵を割るように簡単なことだ。


 陸の獣であるザフィーラが空を自在に飛ぶ怪鳥を捉えるのは本来ならば難業と言える。だが、鋼の軛で周囲が覆われた状況ならばその優位性は逆転する。


 後の経緯詳しく語るまでもない。鋼の軛に対して身体を小さくしながら高速機動での回避を試みた怪鳥は、待ちうけていた賢狼の爪によってバラバラに引き裂かれることとなった。



 「さあ、行くぞアイゼン!」

 『Gigantform!(ギガントフォルム)』



 残るは、闇精霊(ラルヴァ)の王ただ一体。止めを刺す役も既に定まっており、終幕は速やかに降ろされる。



 第七層までの戦いにおいてローセスが用いた戦術は近接格闘戦と、グラーフアイゼンの柄を伸ばし、槍のように振り回すことによる後方支援、そして、ラケーテンフォルムを用いた突撃からの鋼の軛が一度だけ。


 つまり、この闇精霊(ラルヴァ)の王はギガントフォルムによる一撃への対処を考慮することなく作り出された存在なのだ。ならば、そこを突かない理由などなかった。



 「逆巻く風よ―――」


 ローセスの攻撃準備が整ったことを見てとったシャマルは、敵を捕縛するための術式を解き、ローセスを補助するための魔法を発動させる。


戦況に応じて捕縛、回復、補助などの役割を瞬時に切り替える技能こそ、後方支援役が最も備えるべき能力である。高速飛行などはあくまで付随品に過ぎない。



 「ギガントシュラーク!!」

 『Explosion!』


 放たれる止めは、巨大な敵を丸ごと叩き潰す大質量の鉄鎚が竜巻を纏って振り下ろされるという凶悪極まりない一撃であった。亡霊の集合体とはいえ、粉々に砕かれたところを竜巻によって磨り潰されたのでは再生のしようもない。



 【ヒキカ…エセ……】


 遺言の如き言葉を残しながら、闇精霊(ラルヴァ)の王は完全に消滅した。後には、何も残らない。



 終わってみれば、シグナムが念話によって指示を出してより1分を待たずして三体の敵は消滅。全体で見ても5分ほどに過ぎない短い戦闘であった。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  最下層




 「随分と、あっさり見つかるものだな」


 「ここまで簡単だと逆に怪しくなるけど、伝承通りではあるわ。“ここまで辿りつける程の者ならば、これに踊らされることはあるまい”という話だけど」


 「つまりは、善か悪かが問題ではではなく、力無き者がこれを得ることこそが危険であると」


 「そういうことみたい。まあ最も、古代ベルカのドルイド僧が残した“精霊の守り”というものがあったらしいのだけど、それは大師父が“門”を開いていることで発動しないようにしているって」


 ≪古代ベルカのドルイドの業は、ドルイドにしか解けん≫



 夜天の騎士達が辿り着いた最下層には、特に何もなかった。


 いや、ここにはイストアという文明の叡智の結晶とも言える技術が眠っていたのであろうが、それらは欠片も存在しなかった。誰かが持ち去ったのか破壊したのかは定かではないが、代わりに在るのは古代ベルカのドルイド文字で刻まれた複雑にして巨大な方形の陣と、その中心に座する“竜王騎”の鍵のみ。


 もし、放浪の賢者がいなければ、この方陣は突破不可能の最後の障害として立ちはだかったであろうが、彼らは何の妨害も受けることなく中央まで歩き、普通に鍵を手に取ることが出来た。



 「しかし、これが最悪のロストロギアと位相を繋ぎ、門を開く鍵とは到底思えんな」


 「見た目は、ただの杖型のデバイスね。銘らしきものが刻まれてるけど…………これは、古代ベルカ語ね………ランドルフ、かしら?」


 「いずれにせよ、目的の物は得たのです、早急に帰還しましょう。白の国にサルバーンの手勢が押し寄せているかもしれません」


 「そうだな、シャマル、転送は出来そうか?」


 「ちょっと待ってて、クラールヴィント」


 『Ja.』



 ペンダルフォルムに変形したクラールヴィントを最下層に存在している方陣に接続し、シャマルはしばしの間目を閉じて集中する。


 やがて、目を開いたと同時に、彼女は弾むような声で告げる。



 「行けるわ。大師父の“門”とこの方陣は原理は良く分からないけど共鳴しているみたい。だから、この遺跡に存在する術式にはそれほど妨害されずに転送は出来るわ。“タリスマン”は姫様の下にもあるから、一人ずつならヴァルクリント城まで一気に送れる」


 「よし、それならば直ちに帰還するとしよう」


 「ええ、クラールヴィント、旅の鏡を」


 『Jawohl.』



 “タリスマン”という補助端末をクラールヴィントに接続し、シャマルは旅の鏡を形成し、鍵を持つシグナム、次にザフィーラ、ローセスの順で転送していく。



 「後は、私だけね」


 そして、最後は彼女自身を転送するために通常とは異なる術式を紡ぐ。それほど大差があるわけではないが、それでも一度閉じ、新たに旅の鏡を開き直す必要がある。




 だが、その一瞬が極めて危険であることに、彼女は気付かなかった。




ここが嘆きの遺跡の最下層であり、苦労の果てにここまでたどり着いたということも、彼女、いや、彼女達の判断を誤らせる要因となっていた。


 シグナム、ザフィーラ、ローセスが先に転送された以上、最後に術式を紡ぐシャマルを守る存在はおらず、周囲を警戒する存在もいない。他ならぬシャマルが転送役なのだから至極当然の話ではあるが、もし襲撃者がいるならば、各個撃破の絶好の機会となる。



 他の三人は遠く離れたヴァルクリント城におり、後衛であるシャマル一人が遺跡の最下層にいる状態。



その瞬間をこそ―――――黒き魔術の王は待っていた。




 「え!?」


 その魔法の発動速度は常軌を逸しており、シャマルの主観では気付けば自分は魔法の鎖に囚われていた、というものであった。


 「こ、これは……」


 「負傷することもなく、対して手間取ることもなく、この遺跡を踏破したことは褒め讃えよう。だが、まだ甘い。最後まで気を抜くな、目標を達成し勝利に酔いしれている時こそ隙が生じる。覚えておくが良い、若き夜天の騎士よ」


 屈強なる肉体、精悍なる顔立ち、目に宿る野心、そして何よりも、ただいるだけで人間を窒息させるほどの強大なる覇気。


 そのようなものを纏い、かつ、誰にも知られないまま嘆きの遺跡の最下層に現れ、夜天の騎士を束縛する。そんなことが可能な人間と言えばシャマルは一人しか思い当たらない。



 「サルバーン………いったい、どうやってクラールヴィントのセンサーを」


 転送を行う前、確かに彼女はクラールヴィントを方陣と連結させ、遺跡内部を探索し、転送の障害となる存在がいないかどうか確認したはずだ。


 にもかかわらず、この男は忽然とこの場に現れた。あまりにも不可思議、あまりにも不条理である。



 「私は放浪の賢者ラルカスの弟子であった。それだけでは答えとして不服か?」


 その言葉に呼応するかのように、シャマルの周囲に半透明の物体が現れる、形状から判断するに、これは犬であろうか?



 「これは……」


 「無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)。放浪の賢者の“眼”を欺こうと研究を重ねた時に開発した魔法の一種、授業料として受け取っておくがいい」



 サルバーンの右手が翠色に輝き、その輝きが同時にシャマルの脳に灯る。


 「な!?」


無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)
魔力によって生み出した猟犬を放つことで、その場にいながら探査・捜索を行うことを可能とする。
目視や魔力探査にかかりづらいステルス性能を持ち、目や耳で確認した情報を本体へ送信・記憶する機能を持つ。
精製時に込められた魔力が尽きるまで自立行動を行い続けることができ、その活動は術者の魔力に依存しないため、運用距離の制限はない。
陸・海・空を移動でき、セキュリティ・障害物を越えての建造物への侵入、機械端末にアクセスしての情報収集を行う。
猟犬の名の通り、単体での戦闘活動も可能であり、またその防御力も高い。並の騎士が相手ならば猟犬のみでの制圧も可能。




 シャマルの脳内に、自分が知る筈のない情報が刻まれていく。




思考制御
対象の脳内の「記憶」を捜査し、読み取ることを可能とし、同時に、対象の脳内に書きこむことも可能。
 機能的にはマルチタスクの延長線上に在り、対象の頭脳を“自分のマルチタスクの一つ”に置き換える。
 これを完全に制御する前提条件として、自身の記憶の読み取り・書き込みを完全に修める必要がある。それがないまま行えば記憶の混同の危険が伴い、廃人となる可能性もある。



 <まずい、それはつまり、私の持つ白の国の情報が……>



 守護騎士の参謀である彼女は白の国の“風の守り”やその他の施設の現在の状況を熟知している。白の国に攻め込む者にとって最も貴重な情報を持っているのは湖の騎士シャマルに違いない。


 さらに、彼女は回復役であり、ここが潰されれば消耗戦となった際に挽回する術がなくなる。戦争における定石とは正確な情報を集め、敵を上回る戦力を揃え、敵の補給を絶つこと。


サルバーンはそれを一切の無駄なく行うために、あえて“竜王騎”の鍵を見逃した。確かにそれは最終目標ではあるが、目前の宝に目が眩み、戦略を乱すような愚は犯さなかった。



 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 精神攻撃による傷は通常の回復魔法では治療不可能。


 つまり、この段階で白の国は消耗する一方となり、回復役が潰された以上、サルバーンの軍勢を耐えきる術はない。数の優位というものは相手に回復する手段がない時に最も力を発揮する。



 「さて、我が師がここに来るまで一秒か、それとも二秒か」


 彼はこの僅かの時間を作り出すために、遺跡の入口で“門”を形成しているラルカスに対し己の手駒である騎士の半数を向かわせたが、時間稼ぎにしかならないことなど誰よりも理解していた。


 無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト) は遺跡探査の際に重宝したが、放浪の賢者の眼を欺ける程のものではない。ならば、そもそも目を向ける余裕をなくさせればよいだけの話であり、ここまでは彼の思惑通りに進んでいる。



 そう、それは白の国内部においても。










ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  北西部  上空



 「手前は、サルバーンの騎士か?」


 白の国の上空において、ヴィータは存在を隠すこともなく、桜色の魔力光をたなびかせ堂々と飛来した敵手の前に立ちはだかり、その素性を問いただす。


 「ええ、黒き魔術の王サルバーンに作られし人造魔導師、ナンバリング01、名をシュテルと申します。この子は、私の愛機ルシフェリオン」


 「人造魔導師………」


 対峙した相手は、ただ淡々と名乗った。


 自分は、作られた命であると、騎士を殺すために作られた存在であると。



 「我が主の命に従い、貴女を殲滅します」


 「やれるもんならな、夜天の騎士の騎士見習い、若木が副隊長ヴィータ、参る!」








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  上空




 「お前は何者だ、と聞くまでもないな。君のような幼い“若木”を僕は知らない」


 「幼いだと、随分と失礼な物言いだな」



 同刻、ヴィータと同様、リュッセもまた白の国へと侵略してきた敵手と相対していた。


 こちらも自らの姿を隠すことなく堂々と飛来し、その魔力光は青色、ちょうど、髪の色と同様であった。


 「どう見ても子供にしか見えない。若木の年少組よりも幼そうだ」


 「はっ! 僕をそこらのガキと一緒にしないことだな! 我が名はレヴィ! 黒き魔術の王サルバーンに作られし、えーと、第二の人造魔導師! ナンバリング02だ! そして、その相棒バル」


 「夜天の騎士の騎士見習い、若木が隊長リュッセだ。戦うならばさっさと始めよう」


 「名乗りの途中で邪魔するな! レヴィとバルニフィカス、お相手つかまつる!」


 <精神面が弱そうだ、ここは、搦め手で行くとしよう>








 黒き魔術の王がその姿を現し、ついに幕が上がる。


 雲と闇が交錯し、その果てに散りゆく者と後を継ぐもの。


 ここで終わる物語とここより始まる物語。


 その境界線は果たして―――




 時計の針が、加速していく







あとがき
 過去編も大分来ました。ここまでは過去編の一話が現代編の倍近くになっていましたが、ここから先は戦闘シーンが多くなるので可能な限り短く区切ろうと思っています。一章につき三部構成は変わらないと思いますが、分量はそれほど多くならないようにコンパクトに纏めるよう頑張りたいと思います。
 以前どこかで私の作品のオリキャラは全て“役割”から発生した舞台装置であり、性格などは後付けであるとかいたと思うのですが、サルバーンを筆頭とした敵役のオリキャラはまさにそうで、早い話がマテリアル三人が過去の時代に登場してもおかしくないように、“生命操作の業”を広める存在が必要で、その役割から違和感がないように性格や行動理念などを埋めていくことで形成されています。そういった意味ではローセスやリュッセも同様で、原作キャラ以外は全て原作をより良い形にするための要素として誕生しました。
そういうわけで、これから結構な数のオリキャラが登場しますが、戦争が始まった段階で登場するキャラである以上、役割は“死に役”でしかないので大半はあっさり退場すると思います。マテリアル達は原作ではいませんが、A’Sポータブルで原作者によって生み出されたキャラクターなので別です。それではまた。
 










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