Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十一話   風の参謀VSアースラ捜査陣




新歴65年 12月3日 ミッドチルダ―第97管理外世界 次元空間  時の庭園  中央制御室 PM4:47




 【トールさん、サーチャーと管制ユニットの点検、終わりました】


 時の庭園の中央制御室、観測スタッフのランディからトールへと通信が入る。

 【ありがとうございます。操作の方は問題ありませんか? 元々私が管制するものであって人間が使用するようには設計されていませんので、少々厳しいかもしれません】


 【あ〜、確かに、ちょっと分からないところが、というより、タッチパネルがないんですねこれ】


 【接続ケーブルを繋いで直接電気信号を送る以外には命令を受け付けないようになっているのですよ。ですが、問題はありません、通常のデバイスに専用のユニットを接続し、そこから接続ケーブルを伸ばすことで操作は可能です】


 【なるほど】


 【それと、事前の調整をしっかりやっておけば、あとは貴方のデバイスから遠隔操作も可能となります。むしろ、それを行うための管制ユニット、と言えますね】


 【それはありがたいですね、つまりこれなら】


 【貴方達が現地、すなわち第97管理外世界にいながらにして、時の庭園から散布されるサーチャーやオートスフィア達の稼働状況を知ることが出来るということです。エイミィ・リミエッタ管制主任やクロノ・ハラオウン執務官との連携を取る際にも役立つことを保証します】


 【凄い便利ですね、それで、その専用のユニットというのは?】


 【18番倉庫に格納されていますので、そちらのオートスフィアについていけば辿りつけます】


 【うわっ、いつの間に隣に浮いてる】


 【中央制御室からならば、私は全ての魔導機械を管制可能です、なにしろ、管制機ですからね。ともかく、彼の後を辿っていけば18番倉庫には辿りつけますよ、ご武運を、ランディ】


 【ご武運って、何かいるんですか?】


 【現在、時の庭園が稼働状況にあり、多数の人員が乗り込んでおります。なので万が一の事態に備え、防衛用傀儡兵の中隊長機であるゴッキー、カメームシ、タガーメが通路などを巡回しております。遭遇すれば精神的ダメージを負う可能性が考えられますので、注意を】


 【………】



 アースラの観測スタッフであるランディは、かつての合同演習における地獄絵図をリアルタイムで中継していた。そして、同時に思った、武装局員でなくて良かったと。


 しかし今、その災害は自分の上にも降りかかる可能性があるらしい。



 【いかがなさいました?】


 【あの……なんで精神的ダメージを受けそうな代物が通路を徘徊しているんでしょうか?】


 巡回ではなく、徘徊という言葉を使ったランディであるが、実に当然の話であり、おそらく使用法としては正しい。


 【現在、フェイト・テスタロッサが時の庭園におりません】


 【つまり?】


 【彼女に精神的苦痛を与えるわけには参りません。かといって、中隊長機もたまには稼働させねばいざという時に不具合が出かねません、ヴォルケンリッターとの戦いが想定されるこの状況において、時の庭園の戦力も万全を整える必要があるのですよ】



 自分達の精神的ダメージはどうでもいいのか、と言いたくなるランディではあったが、時の庭園の管制機に何を言っても無駄出ることは分かりきっていた。トールというデバイスは、テスタロッサ家の人間のためにしか動かないのだ。


 ただし―――



 【守護騎士に対して、“アレら”を使用するんですか?】


 【未定ですが、使う可能性は高いですね。新型の“スカラベ”や現在開発中の中隊長機を凌駕する最終兵器も、戦線へ投入されることとなりそうです】


 ランディは恐怖した。


 “スカラベ”、はともかくとして、中隊長機を上回るという最終兵器がいかなるものかは想像したくもなかったが、どうしても頭の隅から離れない。


 というか、守護騎士達は4人中3人が女性だったはず、トラウマどころでは済まない気がする。


 【もし、視界に入れたくないのであれば、フェイトが戦う戦場の観測担当となることをお勧めします。彼女が近くにいる場所において最終兵器が投入されることはないでしょうから】


 【そうします】


 【まあ、その場合はアレックスが犠牲になるわけですが】


 【………】



 <アレックス…………許せ>


 ランディは心の中で百回ほど同僚に対して土下座しながらも、フェイトの担当になることを心に決めた。


 余談ではあるが、後日、アレックスとトールの間にも同様の会話がなされ、フェイト担当を巡って二人の男が血みどろの争いを繰り広げることになったりならなかったり。


 また、その光景をエイミィが目撃し、リンディ・ハラオウンに報告。“アレックス、ランディ、ちょっとお話があります”という言葉と共に艦長室に呼ばれたりしたのもまったくの余談である。


 そして、爆弾の投下場所にいる可能性が高い、なのはとクロノの二人には、後方スタッフ一同から花束が贈呈されたらしいが、当人達にはなんのことやら意味不明であったとか。(管理局の殉職者の葬送に用いられる花であったらしい)




 閑話休題




 【アスガルド、オートクレールへ通信を】


 【了解】


 ランディを苦難の旅へと送り出し、通信を終えたトールは、時空管理局本局にいるギル・グレアムのデバイス、オートクレールへと繋ぐ。


 【トール、君かね】


 【ギル・グレアム顧問官、封鎖状況はどのように?】


 【まだ発令したばかりではあるが、第97管理外世界を中心とした世界の魔導師達の多くが既に蒐集を受けている。おそらく、避難することになるのは30名程度で済むだろうと見込んでいるよ】


 【なるほど、その程度ならばいざとなれば時の庭園に閉じ込めておくことも可能ですね】


 【もう少し穏やかな表現を使ってもらいたいところではあるが、そのようだ】


 【こちらの作業は順調に進んでおります。サーチャーとオートスフィアの数は十分揃っておりますし、アースラのスタッフはやはり優秀です。特に、観測班のアレックスとランディの二人はよくやってくれています】


 【それは良い知らせだ。レティ君と連携している捜査スタッフはどうなっているかね?】


 【ギャレットをリーダーに、こちらも上手く動いています。既に五名程がそれぞれ別の観測指定世界の魔法生物保護区域に向かい、現地の局員と連絡を取り合いながらサーチャーやオートスフィアの設置場所の見当に入っています】


 【ふむ、そうか】



 アースラスタッフは既に総動員に近い形で動いており、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを捕捉する網を急速に構築しつつある。


 これは、闇の書に対する対策を11年かけて構築してきたギル・グレアムのマニュアルがあってこそのものであり、彼にとっては感慨深いものである。


 かつての闇の書事件においても、初動からこれほど連携のとれた対応がとれていれば、あれほどの被害者を出すこともなかった。だが、その犠牲があったからこそ、今がある。



 【貴方の後を継ぐ者達は、実に優秀ですよ】


 その心を見透かしたのか、いや、人格モデルと照合することでそのような演算結果を導き出したというべきか、トールという機械仕掛けが声をかける。


 【嬉しい限りだが、それでは私達の世代がふがいなかったようにも聞こえるな】


 【そのようなことはありませんよ、私の弟達が、貴方達の世代やその後の世代の方々と共に歩んでおりましたから】



 時の庭園のデータベースには、管理局と共に歩んできたデバイス達の記録が収められている。


 それらは機密やプライベートに関わるものではなく、デバイスマイスターに閲覧が許された実働記録のみに限られてはいるが、激動の時代を生き抜いた管理局員達の人生を推し量るには十分な記録であった。



 【そうか………オートクレールと同じ年数を誇るデバイスは、君くらいのものなのだな】


 【私とて、彼には及びません。その後に続いた者達は初期型のカートリッジの暴走や、フルドライブ、リミットブレイクなどの機構が未発達であったこともあり次々に壊れていきましたが、まだ残っている古強者もおります】



 実は密かに、その古いデバイスの主に“依頼”を行っているトールであるが、そちらはギル・グレアムへ伝えるべき事柄ではない。



 【話を変えるが、時の庭園には地上本部が開発した追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”が搭載されていると聞いたが】


 【はい、その通りです】


 【よく地上本部の了解がとれたものだ】



 ギル・グレアムは本局の人間であり元は艦隊司令官や執務統括官、地上本部と直接的に繋がりがある役職ではないため、その辺りの専門家ではない。どちらかと言えば人事部のレティ・ロウラン提督の方が精通していると言えるだろう。


 かといって、一般的な局員に比べれば遙かに精通しており、それだけに現在の時の庭園の状況が非常に危ういものであることも理解している。



 【そのあたりにつきましては、私から申し上げることが出来る権限がございません。参照のためには地上本部の防衛長官、レジアス・ゲイズ中将の承認を必要とします】


 そして、彼はデバイスであるがために親しい相手であっても機密を漏らすことはない。その唯一の例外たる存在は既に故人であり、地上本部の機密を漏らすことが“フェイト・テスタロッサの幸せ”に繋がることなどあり得ないため、フェイトもまた除外される。


 まあ、少々どころではなく黒い裏取引があったのは事実なのだが、人格者であり、一言でいえば“お人よし”であるギル・グレアム顧問官には“何か”があったのは分かっても、深い内容まで洞察することは出来ない、仮に疑ったところで何も証拠がないのが実情なのだが。


 【まあそちらは時の庭園にお任せ下さい。本局の方々は闇の書事件を解決することに全力を尽くしていただきたく存じます】


 【確かに、その通りだ】



 トールにとっては、今のギル・グレアムの思考は誘導しやすい部類である。


 彼は己の全てを闇の書事件を終わらせることに懸けており、現在に限れば視野狭窄に陥りつつある。トールにとって、そのような人間の人格モデルは何よりも知り尽くしているものだ。



 ≪今の貴方は、フェイトが生まれる前の我が主、プレシア・テスタロッサによく似ておりますよ。ギル・グレアム顧問官≫



 それ故に、トールは簡単に彼の思考を誘導できる。アリシア・テスタロッサが事故で意識を失って以来、プレシア・テスタロッサの鏡として機能してきた彼は、それを20年以上続けてきたのだから。


 トールにとっては、“闇の書事件”にのみ意識を向けさせ、その他への注意がいかないよう誘導することほど容易いことはないのだ。


 自分が鏡として主に対して行ってきたこと、その逆を行えばいいだけの話でしかない。


 ≪何と容易いことでしょうか、その逆は私には出来ず、フェイトが生まれてくれるまで、我が主の思考は“アリシアの蘇生”にのみ向いていたというのに≫


 トールは、演算を続ける。


 プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサが幸せとなれる未来を実現させるために。










新歴65年 12月3日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 PM11:03



 八神家に訪れる静寂の時間。


 昼間は家族皆で笑い合い、穏やかでありながらも賑やかさも含んだ幸せな風景が見られる場所も、夜の訪れと共に静かな眠りにつく。


 闇の書の主にして、ヴォルケンリッター達に光を与えた少女は、ただ静かに眠っている。


 その眠りは深く、多少のことでは起きそうにない。



 「…………はやて」


 小声で呟きながら、同じベッドで眠っていた少女は静かに、慎重にベッドから抜け出す。


 主との間に置かれていた“のろいうさぎ”をずらさぬよう、細心の注意を払って抜け出すことに成功した少女は、最後にもう一度主の方を見やり、部屋から静かに出ていく。



 ただ、彼女は気付かない。



 自分達が顕現した頃に比べ、主の眠りが徐々に、徐々に、深いものとなりつつあることを。


 昼間はこれまで通りであり、足の麻痺が徐々に上へ進んでいること以外は目立った異変はないが、リンカーコアから吸収される魔力は増加の一途を辿っており、9歳の幼い身体にこれまで以上の負荷をかけている。


 そのため、彼女の眠りは深い、いや、深く眠りにつける今はまだ良い。


 いずれ、リンカーコアの浸食は生命活動にすら影響を与えるものへと進行していく。その時、彼女には眠ることすら許されぬ苦しみを受けながら、緩やかに死を待つのみとなるだろう。



 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。


 主との誓いに背くことになろうとも。


 自分達が消滅することになろうとも。


 我々に光を与えてくれた、この少女の未来だけは何としても―――





新歴65年 12月3日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM11:07




 「来たか」


 「わりい、ちょっと遅くなった」



 それを咎めるものはいない。ヴィータが遅れた理由など、今更問うまでもないことだ。



 「クラールヴィントのセンサーで広域を探ってみたけど、管理局の動きも本格化しているみたい。それに、予想よりも対応が早いわ」


 「やはり、少し遠出をすることになりそうだな。出来る限り離れた世界で蒐集を行うぞ」


 「今、何ページまで来てるっけ?」


 「現在は340ページ、こないだの白い服の子でかなり稼いだから。代償も大きかったけど」


 「リスクは覚悟の上だったんだから、仕方ねえ。それより、半分までは来たんだ、ズバッと集めてさっさと完成させちまおう」



 ヴィータは拳を握り、誓うように言葉を紡ぐ。



 「早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ…………はやてと一緒に」



 それは、もはや叶わぬ望みであろうと守護騎士の皆が理解している願い。


 だがそれでも、希望を捨てることはない。


希望を捨てることで主を救う可能性が高まることなどなく、それはマイナスの要素にしかなりえないことだ。命を捨てる覚悟を持つことと、生きることを諦めることは等価ではなく、そこには決して埋まることのない差が存在している。


 「………」


 無言のままヴィータを見つめる盾の守護獣の心境はいかなるものか、それは分からない。


 剣の騎士と湖の騎士の二人も、想いを込めた瞳で彼女を見るが、その心境は果たして。



 「往くか」


 僅かに訪れた沈黙を破るように、ザフィーラが声を発する。


 「あ、ちょっと待って、その前にやることが」


 だが、シャマルから静止の声が出る。


 「どうした?」


 「えっと、管理局の目を出し抜く方法を考えていたのだけれど、取りあえずの案があって」


 「もう出来たのか」


 湖の騎士シャマルはヴォルケンリッターの参謀役、敵を出し抜くなどの知謀妙計を考えるのは彼女の役割ではあるが、昨日の今日でそれが思いつくとは将たるシグナムにとっても驚きであった。


 「出来たは出来たんだけど、あまり使いたくない手でもあって………」


 「何だよ、とりあえず話してくれって、じゃなきゃ判断なんて出来るわけねえんだから」


 「そうね……」


 腹を括ったように頷きを一つ。


 風の参謀が、他の騎士達へと己の策を解説していく。










 「なるほど………確かにあまり使いたくない手ではあるが、効果的ではある」


 「あたしらの目的は闇の書の完成だけど、はやてから危険を遠ざけることも同じくらい大事だもんな――――」


 「リスクはあるが、成果も見込める。私は、やるべきであると思うが、皆はどうだ?」


 ザフィーラの問いに対し、それぞれは―――


 「あたしも異存はねえ、後方の備えがしっかりしてる方が思いっきり暴れられる。いつ管理局に捕捉されるかびくびくしながら蒐集するよりは、効果的なんじゃねえか」


 紅の鉄騎の意見は、戦場における兵士の士気に準じたものであった。糧道を絶たれる可能性や、敵に捕捉される可能性を考慮しなくてよいのであれば、前線の兵士は思う存分力を振るうことが出来る。


 「私も一応賛成、提案者が消極的なのもどうかと思うけど、蒐集にあまり回れない身としては心苦しくて」


 後方支援役の定めとも言えることではあるものの、前線に出れない身としては心苦しい。しかし、参謀としては賛成の湖の騎士。


 「私も無論、賛成だ。確かにページは消費するが、それ以上に集めれば済むだけの話。小を惜しんで大を失うは愚か者の成すことだ」


 そして、烈火の将が決断した以上、方針は定まった。



 シャマルが手に持った闇の書を開き、術式を紡ぎ始める。



 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 『Geschrieben.』


 守護騎士の命に応え、闇の書が蠢き、ページを消費しながらその力を発揮する。


 ベルカ式を表す三角形の陣が展開され、そこより現れるのは―――



 「自分自身が召喚されるのを見るってのも、変な気分だな」


 「ああ、私も同じ意見だ」


 「だが、同じであるが故に、意味がある」



 彼女らの目前に顕現した四騎は、寸分違わず同じ姿のヴォルケンリッター。


 守護騎士の召喚は主にしか成せぬが、同じ鋳型を用いて偽りの騎士を顕現させるならば、シャマルにも可能な業である。


 「だけど、中身はスカスカよ。話す機能もないし、通信を行うことも出来ないし、意志もない。せいぜいが飛行魔法を用いて飛び回るだけ、だから、こうして―――クラールヴィント」

 『Anfang. (起動)』


 風のリングクラールヴィントが主の命に応じその権能を解き放つ。ペンダルフォルムから紐が伸び、操り人形の如く顕現した四騎に絡まる。


 「私の魔力を込めて、操ることになる。だけど、1ページ分を四分割して作り出したダミーとはいえ、外殻を構築しているのは闇の書のページだから」


 「存在自体は、私達と大差ないということか」


 「こいつに、20ページ分くらいの魔力を込めれば、あたしが出来あがんだもんな」


 自分そっくりの騎士を小突きながら、少し思い煩うように告げるヴィータ。


 彼女もまた理解している。以前の主人の中には自分達を消耗品として扱う者も多く、無理な蒐集を命じ、滅びれば蒐集したページを消費し、守護騎士を再構築、再び蒐集を命じるという悪夢のような循環もあったことを。


 その想いを察しながら、シャマルはあえて触れず、淡々と述べる。



 「これなら、私達の姿が捕捉されたリスクも帳消しにできるわ。こっちのダミーは以前捕捉されたままの姿だから、わざわざ変身魔法で姿を変える必要もなくなるし」


 「変身魔法で姿を変えようと、変えまいと、管理局が我々を補足したところで、真贋の判断をせねばならなくなる。主戦力が限られていればいるほど、その判断は慎重にならざるをえまい」


 烈火の将が捕捉し、湖の騎士は頷きを返す。


 「さっすがシャマル、悪知恵が働くぜ」


 「一応、参謀ですからね」



 僅かに笑みを浮かべつつ、彼女は油断なく空を見据える。



 「まずは、このダミー達を先行させて、近場の世界に“旅の鏡”で転送させるわ。四人バラバラは流石にきついから、シグナムとザフィーラ、ヴィータちゃんと私をセットで動かす。皆は、ある程度時間を置いてから、遠くの世界で蒐集をお願い。私はサポートに回るわ」


 「了解したが、無理はするな。ダミーの制御を行いながら空間転移を繰り返してはいくらお前といえ負担が大きい」


 「大丈夫よ、湖の騎士シャマルと、風のリングクラールヴィントは後方支援こそが本領。前線で蒐集に回れない分、このあたりで頑張らないと」


 「無理してぶっ倒れられたらあたしらが困るんだよ、回復役はシャマルしかいねーんだから」


 「気をつけます、じゃあ、そろそろ飛ばすわ」



 シャマルとクラールヴィントが“旅の鏡”を形成し、闇の書のページ1枚分を消費して作り上げたダミー達を近場の世界へと転送していく。


 そして、僅かに遅れ―――


 「行くぞ、レヴァンティン!」

 『Sieg. (勝利)』


 「やるよ、グラーフアイゼン!」

 『Bewegung. (作動)』


 「………」


 各々の魂と共に騎士服を纏う二人と、無言のままに転送の陣を展開する守護の獣。



 「闇の書は現在、339ページ。それじゃあ、夜明け時までに、またここで」


 「ヴィータ、熱くなるなよ」


 「わあってるよ」


 「往こう」


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが、蒐集の旅へと出陣する。















第95観測指定世界




 世界ごとの時間軸はほぼ共通しており、それぞれの世界は“異なる可能性を辿った同一の惑星”であることが知られている。


 それ故、大気の密度はほとんど世界において同一であり、人間が窒息しない構成となっているが、同じ惑星であっても場所が異なれば日付も変わり、季節も違う。そもそも、季節という概念が存在しない世界もある。


 アースラの捜査スタッフのリーダー、ギャレットが訪れていた第95観測世界もそういった季節というものがない世界であり、一年を通して豊かな森林は葉が落ちることもなく、鮮やかな緑を保ち続ける。


 ただし―――



 「すんげえ花粉だ――――花粉症じゃなくても、こいつはきついな」


 緑で覆われていることが、人間にとって好条件であるとは限らない。一年中緑が生い茂っているこの世界では、常に大量どころではない花粉が宙を舞っており、人間の肺を痛めつける。


 故に、ギャレットは専用のマスクを着けてこの世界固有の保護動物、早い話がリンカーコアを持つ生物の調査とサーチャーの設置を行っていた。


 リンカーコアを持つ生物は、とにかく密猟の対象にされやすい。第97管理外世界においてもサイの角や象牙などが高値で取引されるように、魔法生物の身体の一部は蒐集家にとっては実に貴重品であり、医薬品として扱われることもある。


 それ故、時空管理局には自然保護隊というものが数多く存在している。自然保護官の任務は多岐に渡るが、密猟者から動物達を守ることが最大の任務と言っても過言ではあるまい。



 「よくまあ、こんなところで頑張ってるなあ、あの二人も」



 そう呟きつつ、ギャレットはサーチャーの散布を終え、ベースキャンプへと帰還するため空へと舞いあがる。


 地上部隊の捜査スタッフと異なり、次元航行艦に勤める捜査員の中には、飛行適性と持つ者がいる。というより、このような人間の文明の恩恵がない世界において魔法生物に対して活動するには、魔導師は必須なのだ。


 観測指定世界で魔法生物の調査などを非魔導師のみで行おうとすれば、専用の機材を運び込むだけで凄まじい手間となってしまう。予算などの問題も考慮すれば不可能な話であり、常駐している自然保護隊員達は戦闘要員ではなく、あくまで監視要員。


 よって、彼らは動物達に異常がないかどうか、サーチャーや自分の目を用いて監視し、密猟者などの痕跡を見つけ次第、本局や支局などに連絡、緊急性が高い場合などは武装局員を派遣してもらうのである。


 今回は、“闇の書事件”という大規模な事件が発生していることもあり、本局次元航行部隊の捜査員がサーチャーを増設しにやってくるという極めて珍しい事態となっているが、それが速やかに行われるのも、根となって管理局を支える者達の地道な活動があればこそ。



 <魔法文明の発達した都市部で、何不自由ない生活を謳歌しながら管理局を批判する輩は多いが、そういう奴らはこういう場所で頑張ってる人達のことなんて、見向きもしないんだよな>


 ギャレットもまた若くして次元航行部隊の捜査班のリーダーを任されている身であり、そう言った話しも耳にする機会は多い。


 管理局は人間世界の歯車、支持率100%の政府などどの世界を見渡しても存在しないように、批判する者は必ずおり、また、そうでなくてはならない。批判するものがいない機構ほど危険なものはないのだから。


 だがそれでも、管理局員とて人間だ、災害などの発生時に組織としての面子に拘って的確な対処が出来なかったなど、こちらに明らかな過失があったならば、批判も甘んじて受け入れ、二度とそのようなことはないように全力を尽くす必要があることは理解している。


 しかし、管理局の末端、こうした辺境の観測指定世界で頑張り続ける人達のことなど知りもせず、ただ一部分の高官の現状のみを聞いて“管理局は悪の組織だ”などと批判する輩に対して好意的な目を向けることが出来るほど、ギャレットは聖人君主ではない。というより、それが出来るならばその人物は人間の心を持っていないと見るべきだろう。



 <ま、俺なんかが愚痴っても何にもならないが―――>



 それでも、純粋な想いで自分達を手伝いたいと言ってくれたあの少女達は、そのような心ない悪意から遠ざけたいと思う。


 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、彼女らの才能は凄まじいものであり、それは嫉妬を代表とした負の感情を引きつけるもの、半年を超える付き合いであるアースラの人員達は年齢がある程度近いことや役割が完全に離れていることもあって和気あいあいとやっているが、地上部隊の武装局員などからすればどう見えるか。



 <ハラオウン執務官の判断は、適当なものだろう>



 彼女達はあくまで民間協力者と嘱託魔導師、第97管理外世界の学校に通う子供という前提を忘れてはならない。仮に、正式に入局することになっても、14歳程度まではそちらで過ごす方がよいだろうと、彼は言っていた。


 だが同時に、ギャレットにも思うことはあり、たまにエイミィ・リミエッタと話したりもする。



 <そう言うあの人自身が、嫉妬や批判の対象になっているというのに、な>


 クロノ・ハラオウンは11歳にして執務官となり、この3年間目立った失敗もなく、かなりの成果を挙げている。だが、それ故に妬みの対象になりやすい。士官学校時代も、そういったものに晒されてきたことだろう。


 それが彼の尋常ではない努力の成果であることをアースラのスタッフは知っている。次元航行艦は一つの単位であるため、一種のコミューンに近い、この内部で派閥争いが起きるようでは碌な成果を挙げることは出来ないだろう。


 次元航行艦アースラは、艦長のリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウンを筆頭に、一致団結して任務に当たる。今回の闇の書事件も休暇を返上してのものであり、確かに辛い仕事ではあるが―――



 「我らがアースラスタッフ! 平均年齢21歳! 妻子持ちおらず! 彼氏彼女持ちのリア充皆無! 残業どんとこい! 休暇返上上等! 次元世界の平和のため、日夜働き続けます! ふはははははははははははは!!!」



 誰もいない観測指定世界に、男の慟哭が響き渡る。というか、街中でこんな叫びを上げれば通報されること疑いない。


 しかし、それこそがアースラスタッフの仲の良さの根源、“非リア充同盟”であり、休暇が延期になろうが不平不満が出ない理由。


 休暇が延期になったところで、恋人がいるわけでもない、妻や夫、子供が待っているわけでもない。唯一の子持ちであるリンディ・ハラオウン艦長は子供が一緒の艦に乗っているので問題なし。


 それ故に、クルー皆の仲は良く、長期任務も苦にはならない。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタがいつ結合するかの賭けも半ば公然の秘密となりながら行われていたりもして、最近はなのはとユーノのトトカルチョも加わりつつある。


 10年後、八神はやてが中心となって設立される機動六課という組織は、間違いなくアースラスタッフの気風を強く引き継いでいる。“自分達もいつかはああいう風に、次元世界のために働きたい”と次の世代に思わせる輝きが、そこにはあったとうことだ。


 ただし、彼氏、彼女持ちが壊滅状態の“非リア充同盟”、という部分まで受け継いでしまったというおまけがつく。とはいえ、そうでもなければほとんど休みがない苛酷なシフトに耐えられないという事情もある、早い話、妻子持ちが働ける職場ではないのだ。





 「何を叫んでいるんですか?」


 「あー、聞こえてたか、だが、聞かなかったことにしておいてくれ、タント、ついでにミラも」


 「ギャレットさんの、“彼女と休暇が欲しいーーー”っていう叫びをですか?」


 考え事しながら飛んでいるうちにベースキャンプまで到達していたらしく、外で食事の用意をしていた二人に思いっきりギャレットの叫びは届いていた。


 ちなみに、ベースキャンプ周囲には花粉除去のための設備があり、この範囲内ならばマスクなしで普通に呼吸が出来る。もしくは、バリアジャケットにそういった機能を付け加えるかだが、捜査員のギャレットにはそこまでの魔力はない。そういったスキルは災害救助担当の局員や、武装局員の領分だ。



 「彼女欲しいのは確かだけど、どうだミラ、俺の彼女にならないか?」


 「遠慮しておきます。次元航行艦勤務の人との恋愛は破局しやすいことで有名ですから」


 実に滑らかに断るのは、エイミィ・リミエッタと同年代、16歳のミラという女性局員。入局3年ほどではあるが、自然保護隊員として厳しい環境でも頑張り続けている芯の強い女性である。


 「やっぱ駄目かあ、タント、お前の彼女の防御は堅いな」


 「別に僕の彼女というわけではありませんが、というかギャレットさんの打ち解ける早さは凄いですね」



 やや呆れつつ応対するのは、タントという男性局員。ミラの一年年下の15歳で、入局2年目、自然保護隊員として熱心に活動しており、物腰が穏やかなためか少年というより青年といった印象を受ける。



 「まあな、俺達次元航行部隊は各地を飛び回る仕事だ。こうしてお前達と知り合いになれたけど、これっきりということも多い。だから、悔いを残さないように色々と話す、うちの執務官はその辺が苦手だから、そこら辺は俺達が補ってるのさ、次元航行部隊が活動できるのも、お前達のように現地で頑張り続けているやつらがいてくれるからだからな」


 「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」


 「恥ずかしがる必要はない、堂々としていろ、お前達も―――」


 『アラート!』


 その瞬間、ギャレットの持つ端末が緊急音を鳴らす。



 「って、嘘だろ! もうかかったのか!」


 彼が敷設してきたばかりのサーチャー、それが守護騎士を捕捉したことを告げていた。













新歴65年 12月4日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 AM2:47



 【つまり、囮であった、そういうことですね】


 【ええ、姿形は資料通りで、魔力反応もそのままだったんですが、観察を続けているうちに違和感を覚えました】


 ギャレットの端末が緊急を告げてよりおよそ1時間後、彼がベースキャンプの端末によって時の庭園の管制機トールとの回線を繋いでいた。


 向こうの時間では深夜であるため、リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンにはまだ伝えていない。仮に伝えたところで主戦力のデバイスが修理中である現状では打つ手はなく、彼らの疲労を蓄積する以外の効果はないと判断した管制機は、情報をあえて自分のところで止めていた。


 図らずもそれは、良い方向に働いたようである。つまりこれは、フェイントのようなものだったのだから。



 【貴方が感じた、違和感とは?】


 【守護騎士はリンカーコアを蒐集しにここにやって来たはず、確かにここは保護指定区域で魔法生物の数も多く、第97管理外世界からそれほど離れていない。だからこそ真っ先に網を張りに来たわけですが、にも関わらず空を飛びまわるだけで行動に移る気配がなかった】


 30分程は観察に徹していたギャレットだが、しばらくするうちに捜査員としての勘が告げ始めた。


 すなわち、何かがおかしい、と。


 【それで、サーチャーの一つを近づけてみたんですが、破壊しないどころか反応そのものを返さない。守護騎士がサーチャー程度に気付かないはずもありませんが、しばらくそれを繰り返してもやはり反応がない。そこで、危険とは思いましたが俺自身が出ていってみたんです】


 【無茶をする、とは言えませんね、的確な判断です。事前の資料をしっかりと読んでくださっていたようで何よりです】


 【ええ、守護騎士が“効率的な蒐集”を目指しているんなら、俺のような雑魚をおびき寄せるのにサーチャーを無視し続けるのはおかしい。不審に思って飛び出してきた俺から蒐集するよりは、そこらの魔法生物から蒐集した方がよほどページは埋まるはず】



 ギャレットもまた、捜査スタッフのリーダーを任せられる程の人材、その程度の判断力がなければ務まるものではない。


 魔導師としての能力はせいぜいがEランク、飛行速度も走るより遅い程度が限界であり、なのはやフェイトに比べればまさしく“雑魚”。


 だがしかし、彼らを侮ることなかれ、魔導師として優秀であることが管理局員として優秀であることではない。こと、捜査に関する資料収集や状況判断ならば、彼らはAAAランクの少女達の遙か上を行く。


 なのはとフェイトにはヴォルケンリッターに対する主戦力としての役割があるように、観測スタッフのアレックスとランディ、捜査スタッフのギャレットにもそれぞれの戦いがある。アースラスタッフはまさしく一つの機構であり、各々の役割を果たしつつ連携し、一致団結して闇の書事件を追っているのだから。



 【そして、近付いた貴方は確信したわけですね、その守護騎士達が囮、ダミーであることを】


 そして、その連携の要となる管制主任であるエイミィ・リミエッタや、執務官のクロノ・ハラオウンも人間であり、不眠不休で働くわけにはいかない。


 だからこそ、デバイスである彼が休むことなく情報を整理し続ける。各世界に散らばって捜査する者達はそれぞれの場所によって時間帯が異なり、24時間体制で通信を行う存在が必要だが、三交代制は多くの人員を必要とする。しかし、トールとアスガルドがいればそのような問題は解消される。



 【ええ、詳しいデータは送った通りなんですが、こいつは厄介ですよ。人間と魔力で作られた人形なら区別もつくんですけど】


 【守護騎士はそもそも闇の書より作られた存在、このダミーもまた闇の書より作られた存在。つまり、魔力の密度と性能が異なるだけで、これらもまた守護騎士であることは事実というわけですね。確かに、これは厄介だ、こちらの主戦力は限られていますから、ミスリードは一番回避したいところですが】


 囮に対して、なのはやフェイトをぶつけ、空振るほど馬鹿らしいものはない。しかし、サーチャーからの情報だけでは見極めるのも難しい。


 【守護騎士の行動から、囮か否かを見分けるのにどの程度の時間がかかると貴方は予測しますか?】


 【ん〜、これもまた環境によりますね。荒野、砂漠、海、それぞれで異なりますし、魔法生物の生態にもよる。探し回る方が見つけやすい個体もいれば、魔力を放出して待ち構えてりゃ向こうから襲ってくる危険なやつもいます、だから、場所によって取るべき行動もまちまちなんですよ】


 【そして、守護騎士が魔法生物に対してどの程度の知識を持ち合わせているかが不明であるため、行動のみから判断するのは難しい。かといって、数十分もかけて真贋を判断するのは痛いですね、初動における数十分の遅れは致命的だ】


 【つっても、なのはちゃんやフェイトちゃんを、運が良ければ当たる博打のような状況で送り出すわけにもいきませんよ、あの子らだって学校とかあるでしょうし】


 【その辺りは我々だけで考えてもどうにもなりませんね。ともかく、貴方は一旦帰還してください、貴方が時の庭園に到着する頃にはリンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官も目覚めているはず】


 【了解、しかし、闇の書事件ってのは一筋縄じゃいきそうもありませんね】


 【でなくば、管理局がここまで手こずることもないでしょう】


 【違いないっす】



 そして、通信が終わり、管制機は休むことなく“本物の守護騎士”達による魔法生物からの蒐集状況との照合を始める。そういった単純作業の繰り返しでこそ、機械は本領を発揮する。



 【アスガルド、彼が到着するまでに、何か一つは相違点を探り出しますよ】


 【了解】



 機械の演算は、止まらない。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、シャマルの策とアースラ捜査陣の読み合いはなおも続く。






おまけ
 
12月3日  夜  高町家において

 「桃子、どうした? 随分嬉しそうな顔をしているが」

 「ふふふふ♪ なのはがね、『お母さん、一緒にお風呂入って』って言ってくれたの」

 「そうか………なのはが」

 「ええ、なのはからお願いしてくることなんて、滅多になかったから」


 末っ子であるなのはは滅多にわがままを言わない子であるが、甘えることがほとんどないことを気にしていた。

 そんな末娘が甘えてくれることが嬉しくて仕方ない桃子さんであった。


 「しかし、急にどうしてだろうな?」

 「一人でお風呂に入るのを怖がっているみたいなんだけど、転んで溺れかけでもしたのかしら?」





某所にて

 『計画どおり、これにて、高町なのはと一緒にお風呂に入るというフェイトの願いが叶えられる確率は高まりました。後は、ハラオウン家にて二人きりになる状況があればよい、実に簡単なことです』


 デバイスは――――無駄なことをしない


 全ては、演算のままに









あとがき
 やはり、後方支援スタッフの戦いも、なのはやフェイト達の戦いに劣らず重要だろうと思います。いくらエース級魔導師が優れていても、敵を捕捉出来なければ意味はない。たまにSSSランクの完璧超人のようなオリ主も見かけるのですが、こういった地道な作業を一人で全てこなすのは不可能であると思います。時空管理局という歯車はそこで働いてきたリンディ、クロノ、エイミィ達だからこそ上手く回せるのであって、なのはやフェイト、ユーノ、アルフはこの時点ではまだ“協力者”なのだと思います。
 次回はサウンドステージのスーパー銭湯の回を挟んで息抜きして、その次が二度目の戦いとなる予定です。それではまた。




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