Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十二話   地味な戦い




新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 AM6:30




 ピピピピピピピピピピピピピピ、カチ


 「ん、んんんん」


 目覚まし時計を止め、八神はやてはいつのも時刻に目を覚ました。


 何か、夢を見ていたような気もするが、それを明確に思い出すことは出来ない。



 「何やろ………凄く、悲しい夢だったような………」



 悲しさ、なのか、ひょっとしたら違うものなのか、それすらも不明。


 ふと隣を見ると、お気に入りにうさぎを抱えながら、赤毛の少女が気持ちよさそうに眠っている。



 「………ぬいぐるみ?」


 なぜ、その姿に違和感を覚えたか。


 若木であった少女は騎士となり、戦場を駆け抜ける存在となった。迫りくる黒き魔術の王の軍勢を迎え撃つ彼女に必要なものは女の子らしいぬいぐるみではなく、騎士のための甲冑であり鉄槌。



 「……?」


 それを彼女は知らない、唯一知るはずの管制人格からすら、長き夜の間に失われてしまった夜天の物語。


 ただ、眠る時ですら少女が身体から放すことのない、ミニチュアのハンマーの形状をしたペンダントが、朝日を受けて鈍く輝いていた。









新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 桜台林道 AM6:35




 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」


 なのはの左手の先に魔力が収束し誘導弾が生成され、彼女の意思に従い自由自在に飛び回る。


 その標的は以前も使用していた空き缶であるが、以前と異なる点があるとすれば―――


 「く、ううう」


 100回を超える回数、空き缶を壊さないように命中させていた彼女が、30回程でかなり苦しそうな顔をしているということだろうか。


 「あ!」


 そして、46回目にしてコントロールを失い、空き缶はあさっての方角へと飛んでいく。


 「はあ〜」


 「あまり落ち込まないで、なのは、レイジングハートがあればもうほとんど大丈夫なはずだから」


 励ましの言葉をかけるのはフェレットモードのユーノ・スクライア。先日までは時の庭園で闇の書の関するデータの編纂やその他もろもろの作業を行っていた彼だが、時の庭園が第97管理外世界周辺に到着したため、転送魔法を用いてこちらへやってきたのであった。


 「レイジングハートが後どのくらいで直るのか、ユーノ君は聞いてる?」


 「えっと、トールの話によると、修復自体は完了しているんだけど、カートリッジシステムの搭載に手間取っているみたい。本局のマリエルさんっていう人にお願いしているらしいんだけど、インテリジェントデバイスに高ランク魔導師用のカートリッジを積むのはやっぱり難しいんだって」


 「そうなんだ………仮想空間(プレロマ)なら一緒に頑張れるんだけどね」


 既に昨日、第97管理外世界の近くまでやってきた時の庭園でフェイトと共に仮想空間(プレロマ)での訓練を行ったなのは。


 トールの言うように、経験を完全に肉体へフィードバックさせることは出来ないが、やはり長い間魔法が使えない状態では勘が鈍ってしまうため、その点では役立っている。


 普通の生活を行うならば特に必要はないが、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うならば、僅かの隙も致命傷になりかねないのだから。



 「よっし、もう一回!」


 「あまりやり過ぎないようにね、“ミード”と“命の書”でほぼ治ってはいるけど、リンカーコアがかなりの傷を負ったのは間違いないから」


 「うん、ユーノ君がいてくれるから大丈夫!」


 「あ、あははは……」


 最終的な部分でユーノ任せであるなのは、彼女の精神においてブレーキという単語はまだ未発達なようであった。







新歴65年 12月5日  第97管理外世界付近 次元空間 時の庭園 AM6:41



 「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神、今導きのもと降りきたれ……」


 金色の髪の少女、フェイト・テスタロッサが天候操作の儀式魔法を紡いでいく。


「バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」


 彼女の使い魔、アルフがそれを補助し、時の庭園の空に厚い雷雲が立ち込める。



 「サンダーフォール!」


 天候操作のより雷雲を発生させ、目標に落とす遠隔攻撃魔法サンダーフォール。


魔法ではなく、自然現象としての雷を発生させるため、魔法を遮断する結界などでは防ぐことは出来ないという特性を持つが、非殺傷設定も不可能となるため、対人ではなかなか使いどころが難しい魔法でもある。



「どうだい、フェイト」


 「やっぱり、バルディッシュがいないと威力が低い。それに、こんなに時間がかかってたらシグナムに何度も切られてるよ」


 「そっか、魔法を使う練習にはなるけど、あいつらを相手にするための訓練にはなりそうもないね」


 「フォトンランサーは撃てるけど、ファランクスシフトは無理だし………後は、サンダーレイジかな」


 「でもあれも結構隙が多いからね、ミッド式の魔導師相手ならともかく、古代ベルカの騎士が相手じゃ厳しいよ」


 「うーん……」


 なのはと異なり、フェイトの戦闘スタイルは移動砲台ではなく、高速機動からの近接攻撃に加え、距離が離れた際はフォトンランサーやアークセイバーを放ち、射撃魔法と同等のスピードで切り込むという戦術が基本となる。


 そのため、足を止めて詠唱を行い、魔法を放つという訓練では実戦においてほとんど役に立たない。アルフが壁役として時間稼ぎを行える状況ならば話は別だが、一対一となった際にはフェイトがずっと静止したまま魔法を放つ機会はほとんどない。


 いや、あるにはあるが、その場合も高速機動への“繋ぎ”としてのケースがほとんどであり、サンダースマッシャーなどの直射系砲撃魔法を放つ場合も、即座に切り込めなければ彼女の攻撃は完成しない。



 「おーい、どうだ〜」


 そこに、デバイスが操る魔導人形が一体現れる。


 「あ、トール」


 「トールかい」


 「随分疎ましげだなアルフ」


 「あんたが来るとロクなことがない、っていうか、ロクなことがあったためしがないんだよ」


 「だが、それも今日までだ。本日はバルディッシュがないフェイトに良い物を持ってきてやったぞ、テスタロッサ家において唯一バルディッシュの代わりが務まるインテリジェントデバイスだ」



 そう言いつつ彼が取りだすのは、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる、ストレージデバイスに極めて近い杖。



 「これって……」


 「お前の母、プレシア・テスタロッサが幼い頃に使用していた魔導の杖だ。バルディッシュ程じゃないが、電気変換を持つお前の特性をそれなりに発揮できるし、インテリジェントだから多少の融通は利く」


 「ありがと………アレ?」


 フェイトがその杖を受け取った瞬間、トールが崩れ落ちる。



 「ど、どうしたのトール!」


 『私ならばこちらにおりますよ、フェイト』


 「え?」


 『それは、私が“電気変換された魔力によって動く魔導機械を操る機能”によって管制していた人形です。私の本体が中央制御室にあれば離れていても動かせますが、今は貴女の手の中に本体があるわけですから、接続が途切れた以上は動かなくなるのは当然の理です』


 「そ、そっか……」


 どうリアクションすればいいのか分からず、戸惑うフェイト。


 「まったくアンタは」


 と言いつつもさっさと人形を片づけるアルフ、この辺りの連携は流石というべきか。



 『さて、訓練を進めるならば早めに済ませてしまいましょう。今日は貴女の転校初日なのですから、万が一にも遅刻するわけにはいきませんからね』


 「うん、それじゃあ、行きます!」


 『Photon lancer Full auto fire.』



 直射型射撃魔法、フォトンランサーを放つと同時に、フェイトは空へ舞い上がる。その速度はバルディッシュがある場合とほぼ同等であった。


 「トールって、こんなに速かったの?」


 『いいえ、私単体では不可能なことです』


 「どういうこと?」


 『種明かしをするならば、貴女の高速機動を支援するための慣性制御に関する複雑な演算が私ではなく、アスガルドが行っており、管制機たる私に演算結果を送信し続けているわけです。なので、私がやっていることは、貴女の人格モデルに沿って次の行動を予測することだけです』


 「なるほど」


 『当然、時の庭園内部でしか行えませんが、ここに限り、ファランクスシフトでも放つことは可能です。バルディッシュのデータもまた私の中に登録されており、アスガルドのリソースがあればそれを再現することは造作もないこと、ここは時の庭園、テスタロッサ家のデバイスの全てはここにあるのです』


 「そう、じゃあ……アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……バルエル・ザルエル・ブラウゼル………フォトンランサー・ファランクスシフト!」



 時の庭園で生まれた子と、時の庭園を管制するための機能を与えられたデバイスが、空を舞う。


 その姿は、共に戦う相棒と言うよりも―――



 「なんでだろうね………自転車を練習している娘を、転ばないように後で支えながら押している父親のように見えるよ……」


 バルディッシュは、フェイトの全力を受け止め、彼女をさらなる高みへ羽ばたかせるために存在する。


 だが、トールは違う。彼がこのような機能を発揮できるのはこの時の庭園のみであり、フェイトと共に歩むことは出来ない。


娘が庭で練習しているうちは、転ばないように支えることは出来るが、外に出て広い道を走るようになれば、転ばないように祈りながら見守るだけ。



 「………フェイトは今日から、なのはと一緒に学校に通う。巣立つ時が、近いのかな……」



 フェイトとアルフは翠屋の近くのマンションにて、ハラオウン家の人達と一緒に過ごす。


 だが、トールは時の庭園の中央制御室で、ただ演算を続けている。


 彼に託された最後の命題を果たすために。



 「アンタ自身はどう思って………いいや、意味なんてないね、だって、アンタは」


 使い魔とデバイスは違う。


 アルフが一人で時の庭園に残るとすれば、やはり寂しく思うだろう。例えそれがフェイトの幸せのためだとしても。


 だが、トールは違う、彼はただそのことしか考えない機械仕掛け。自分のことを考える機能をそもそも持っていない。


 それが悲しいとは、アルフは思わなかった。


 それこそが、デバイス達の誇りであることを、彼女は知っていたから。



 「バルディッシュ、早く帰ってきな、フェイトと常に一緒にいられるのは、やっぱりアンタだけなんだよ。そして、アンタのいるべき場所は、フェイトの傍らしかないんだ」















新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM11:02




 「クロノ君、駐屯所の様子はどう?」


 「機材の運び込みは済みました。時の庭園の中枢コンピュータ、アスガルドと連携していますから、かなり広域をカバーすることが出来ています。現在は周辺世界へのネットワーク構築にアレックスとランディが、現地にはギャレット達が向かっています」


 ヴォルケンリッターが日本語を話し、なおかつなのはを襲ったことを考えれば、やはりその主は海鳴市周辺か近県に潜んでいる可能性が高い。よもや、アメリカ在住ということはないだろう。


 闇の書を追うアースラスタッフの本部は時の庭園に置かれ、現在クロノがいるマンションはその牙城。ここから転送ポートで時の庭園へ飛び、そこから本局や周辺世界へと飛ぶことが可能となっているが、闇の書の主と最も近いであろう拠点がここなのである。


 本部としての機能は本来ならばアースラが担うべき役割ではあるが、整備中のため時の庭園が代行という形になっていた。


 「そう、ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで指揮権をもらえたわよ。というか、もう少し融通を利かせなさいというところなんだけど、予算と責任の二つは人事部の最大の敵だから困るわ」


 「ははは……まあ、ありがとうございます、レティ提督」



 そのあたりはまだ、執務官であるクロノには何とも言えない話題である。武装局員の指揮権をもらった以上はその責任は艦長のリンディ・ハラオウンと現場指揮官であるクロノ・ハラオウンに帰結するが、予算に関しては前線組にはどうすることもできない。


 前線には前線の苦労があり、後方には後方の苦労がある。相互理解を深めながら支え合っていくのが最上であるのは分かっているが、なかなかそうはいかないものが人間社会というもの。


 「魔導師の被害が収まっているから、現状では派遣できる数は一個中隊が限界ね。被害が大きくなれば戦力も大量に投入できるというシステムは正直どうかと思うけど、それも、予算と人員が確保できればの話、地上部隊はもっと限られた条件でやっているんだから、贅沢は言えそうにないわ」


 「そうですね、限られた人員でやって見せます」


 「その意気よ、若者よ、大志を抱け」



 力強い言葉を残し、レティ・ロウランの通信が切れる。


 闇の書事件に限らず、エース級魔導師が必要とされる案件は見込まれる被害の大きさによって派遣される部隊の規模が決定される。担当区域を定めて十分な戦力を常駐させることが出来ればそれに越したことはないが、そんな予算も人員もない、特に高ランク魔導師は数少ないのだから。


 そのため、本局や支局に集中させた戦力を、発生した事件に応じて各地に派遣するシステムを採用しているわけであるが、地上部隊は逆にそれぞれの担当区域が定まっており、戦力が十分とはいえないが、とりあえずの常駐体制は整っている。


 そのあたりの機構の違いも本局と地上部隊の軋轢の要因の一つではあるのだろう。そのため、その橋渡し役である地上本部は、クラナガンの治安を維持する常駐部隊としての特性と、各地の地上部隊の応援要請に応じて必要な戦力を派遣する中央組織としての特性の両方を備えている。


 そうした面では、10年後に発足される機動六課は“予想される事件に対して予めエース級魔導師を集結させた”という点で本局初の試みであり、まさしく“実験部隊”であった。逆に言えば、ようやくそれが可能となる程度には管理局の体制も整いだしたということなのだが。


 しかし、今はまだ新暦65年。闇の書事件のようなエース級魔導師が何人も必要となる案件に対しても、限られた人員であたらねばならず、増援が見込めるのは被害がさらに広がるか、闇の書が暴走状態に入った時。


 若き執務官の苦労は、当分尽きることはなさそうである。









 「おう、クロノ君、どう? そっちは」


 「武装局員の中隊を借りられた、捜査を手伝ってもらうよ」


 リビングにて、冷蔵庫からオレンジジュースを引っ張り出していたエイミィが声をかけ、クロノもスクリーンを起動させながら応える。


 「そっちは?」


 「よくないねえ、昨夜もまたやられてる。まあ、魔導師の被害が出なかったのはいいことなんだけど……」



 エイミィがコンソールを操作しながら、昨夜の守護騎士の動きについて解説していく。



 「これまでより、遠くの世界で蒐集を行っているみたい。とは言ってもグレアム提督が張ってくれた封鎖線の内側ではあるから、そっちの方はまあいいんだけど、問題はこっちで」



 映し出された画面に、クロノの表情が強張る。



 「これが、ギャレットからの映像か?」


 「うん、ヴォルケンリッターのそっくりさん、というか、ほぼそのまま」


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。彼らを倒したところで蓄えたページを消費することによって再生は可能だが、それだけでもないようだな」


 「ダミーなのは間違いないんだけど、トールの解析によるとこいつらも闇の書のページを消費して作られた存在だろうって」


 「厄介だな、通常の解析手段では見分けることは困難か、守護騎士とはいえ、戦闘状態じゃなければ魔力反応はそれほど大きいものじゃない、密度で見分けるのも厳しいな」


 「というか、高魔力反応を撒き散らしながら蒐集するアホはいないもんね。可能な限り魔力は抑えて行動するはず」



 さらにエイミィがコンソールを操作し、時の庭園と通信が繋がる。



 「どう、トール、そっちは」


 【残念ながら、有益といえるものはありませんね。とりあえず二つほど本物と偽物の相違点を発見しましたが、どちらも状況によっては決め手とはなりえません】


 「君の手元にある情報は、ギャレットが得た偽物のデータと、昨日の魔法生物からの蒐集状況と、これまでの守護騎士に関するものだったな」


 【はい、守護騎士が蒐集を行った世界はまだ網が張られていませんでしたので、サーチャーによって蒐集が終わった後の様子を記録したものに過ぎません。偽物の方はギャレット捜査員のおかげで良いデータがあるのですが】


 「その中から君が発見した相違点とは?」


 【まず一つ目は、彼らの飛行速度です。先の戦いにおけるデータにおいては、守護騎士の飛行速度にそれほど差はありませんでしたが、盾の守護獣は若干ながら遅く、湖の騎士もまた然り。しかし、偽物の場合は四騎ともほぼ同一の速度で動いていました、恐らく、一人の操り手が四騎全てを操作していたのでしょう】


 「なるほど、それぞれが自律行動を取れるならば能力に応じた個体差が出て然り、特に後衛型の湖の騎士にはそれほど高速で移動する意味はないはずだ」


 【ええ、ですから湖の騎士シャマルが風のリングクラールヴィントによって四騎の偽りの騎士を操っていた、と考えられます。私が直接知ったデバイスは彼女のみですが、クラールヴィントはそのような機能に特化したデバイスです。ただし、今後もそれが共通する保証はありません】



 確かに、現段階では偽りの騎士達は同じ速度で動いていた。しかし、これはあくまで一度目に過ぎず、二度目以降は手法を変えてくる可能性も十分に考えられる。



 「個体ごとに飛行速度を変えながら四騎同時に操作することが可能か否か、そこがポイントか。まあ、操作性重視で数を減らしてくる可能性もあるが」


 「うーん、現代の魔導師なら予想もつくけど、古代ベルカ式の後方支援型と支援に特化したデバイスの組み合わせなんて、他に聞いたことないし」


 「聖王教会に二人ほど古代ベルカ式の使い手がいるのを知っているが、デバイスまでは知らないな、そもそも、支援に特化したアームドデバイスという存在があり得ない」


 【でしょうね、武器としての特性を突き詰めたデバイスこそがアームドデバイス、その定義に沿うならばバルディッシュの方がクラールヴィントよりも数段アームドデバイスと呼べるはず、しかし、彼女はアームドデバイスです、それは私が保証できます】



 デバイスを管制する機能を持った古いインテリジェントデバイスは語る。


 風のリングクラールヴィントは、アームドデバイスであったと。



 「まあ、そこは今議論しても仕方ないが、もう一つの相違点というのは?」


 【守護騎士の組み合わせです。偽りの騎士は鉄槌の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラ、剣の騎士シグナムと湖の騎士シャマルが二人一組で行動しておりましたが、これまでの状況から考えるに、前者の組み合わせはありましたが、後者の組み合わせは確認されておりません。いえ、それ以前に】


 「偽物を操作しているのが湖の騎士ならば、彼女が蒐集に現れるのはあり得ない。少なくとも、湖の騎士が現れた場合、それは偽物である、ということになるな」


 【ですが、こちらも今後の展開次第なのです。偽物を三騎に抑えることで飛行速度を調整できるだけの余裕が生まれる可能性もありますし、その先入観を逆手にとって湖の騎士自身が出てくることも考えられます。転送役である彼女とクラールヴィントが先に飛べば、仲間をすぐに呼び寄せることが出来、かつ、撤退もやりやすくなる】


 「先入観か、君は縁がない言葉だな」


 【そうですね、我々は確率モデルを構築し、それぞれに確率を振り分けますから、全ては“あり得る”こととなり、“そんな馬鹿な”という事態が起こるとすればただ一つ、モデルを構築する際の要素が不足していた。それしかあり得ません】


 「つまり、これまで全く知られていない能力が出てきたら、貴方のモデルは再構築しなきゃいけなくなるから、それまでのものは全く使えないと」


 【ええ、そしてその瞬間から新たなモデルの構築を開始し、それのみにリソースを費やします。人間と違う点は、失敗を悔む時間をそのまま次の策の構築に回すことでしょうか】



 人間と異なり、機械は0と1の電気信号で動く。


 ならば、“切り替えの早さ”というもので人間が機械に敵う道理はない。文字通り、スイッチのように切り替えることが出来るのだから。



 【まあそれはともかく、現段階における私の結論は“データ不足”、これに尽きます】


 「なんともありがたい意見だが、逆に腹が据わっていいかもしれない」


 「だね、現段階で守護騎士を捕らえようとして無理した挙句に空振るよりは、地道に着実に積み重ねていった方が良さそう」


 【まずは、包囲網を完成させることですね。私とアスガルドとサーチャー、オートスフィアのネットワークも完璧ではありませんし、アースラのクルーが如何に優秀とはいえ、慣れない機材では本領を発揮できません。網が完成し、彼らが現在の指揮系統に完全に慣れた時にようやく、守護騎士捕縛計画を練る準備が整います】


 「“将を射んとするならばまず馬を射よ”、なのはの国の格言だったかな」


 「勉強熱心だねえクロノ君」


 「いや、フェイトの勉強に付き合わされただけだよ」


 「いいお兄ちゃんしてるねえ」


 【いいお兄ちゃんですね】


 「君まで言うな、トール」



 若干赤面するクロノ、敏腕の執務官ではあるが、こういうことには免疫が薄い。



 「ともかく、当分は観測スタッフと捜査員達の出番で、なのはやフェイトの仕事が来るのはもうしばらく先だな、遭遇戦がない限りは」



 そして、何事も予想通りにはいかないこともクロノは熟知していた。いや、現実というものは周到に策を練れば練るほど、それを嘲笑うかのように予想外の展開を見せるものだ。


 だからこそ、いざという時に臨機応変の対応はかかせない。緊急時に普段通りのマニュアルでしか動けない者は二流止まり、そういう時に的確に動けるものを一流と呼び、普段のマニュアルすらこなせないものを三流と呼ぶ。


 そして、臨機応変に動くことも、普段のマニュアルを正確にこなせるからこそ可能となる。ギャレットが言ったように、根となって支える者達の支援があるからこそ、次元航行部隊やその切り札である執務官は動けるのだ。基礎があってこその応用であり、いきなり応用を成そうとして上手くいくはずもない。


 まあ、中にはそれを成せる怪物もいるが、それらは単なる“別枠”であり、“人間社会の歯車”を効率よく回す助けにはならない。むしろ、規格外の歯車が混ざれば、機構そのものを軋ませてしまう。“SSSランク越えの完全無欠の超人”など、人間社会にとって百害あって一利なし、神は信仰の対象であるからこそ意味があり、実在すれば魔王にしかなりえない。


 人の世界の機構である管理局の司令官であるリンディや指揮官であるクロノは、あくまで一般の局員を基準とした対応策を練らなくてはならない。なのはやフェイトのような強力な才能を前提とした策はマニュアル足りえず、一般の捜査員と一般の武装局員の力によって、守護騎士を捕捉するまでは成さねばならないのだ。



 ただし―――



 【遭遇戦の場合は、アースラが借り受けた武装局員一個中隊が強装結界でもって抑え、エース級魔導師を投入する。といったところでしょうか?】


 「そうするしかないだろうな、個人の能力に頼った作戦は褒められたものじゃないが、緊急時にはそれも必要だ。だが、あくまで本命は観測指定世界で守護騎士を待ち伏せし、こちらの有利な条件を整えた上でエース達が全力を出せる状況を作り出すこと」


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの能力は戦闘に特化してるからねえ、まずは守護騎士達が逃げられない状況を作らないと、撤退させないようにしながら戦わなきゃいけなくなるし」


 【武装局員による強装結界だけでは足りませんね、それらはあくまで物理的な障害であり、力ずくでの突破が可能なもの。理想は、精神的な壁、力だけでは突破できない概念の檻こそが望ましい。守護騎士がプログラムに沿って動いているだけならば、それも容易なのですが】



 最初の戦闘における守護騎士の戦いはそれに近いものがあった。


 全員が姿を現すというリスクを負った以上は、戦果なしでは引き下がれない。そういった精神的な壁は純粋な力では打ち破りにくい、焦りはミスを生み、それが悪循環を作り出す。


 ただし、前回の戦いはなのはが潰されており、フェイト達も敵の正体が分からないまま交戦しているという不利な状況から始まったため条件はほぼ五分であった。しかし、双方が目的と能力を知っている状態で待ち伏せが出来れば、今度はこちらが有利となる。



 「守護騎士に別の目的があるとしたら、主が絡んでのことしか考えられないけど」


 「闇の書の蒐集を進める最終目標、それが鍵となるかもしれないな」


 【守護騎士は獲物を殺すつもりがない、さらに、その行動には制限がある。現在の情報だけでは何とも言えませんね、やはり、情報が不足しています。現状は、互いに腹を探り合う序盤戦、といった具合でしょうか】


 「じゃあ、ある程度蒐集が進んで、こっちの捕縛準備も整った段階が中盤戦かな?」


 「そして、闇の書が完成するか、僕達の罠が守護騎士を主ごと捕らえるか、どちらが勝つか瀬戸際の終盤戦、といったところか」


 【私とアスガルドが演算するシミュレーションならばそのように進むのですが、現実というものは未知のパラメータに満ちておりますから、その辺りは人間である貴方達にお任せするより他はありませんね、機械に出来ることは、人間の手伝いだけですから】



 機械が物事を解決するなどあり得ない、古いデバイスはそう語る。


 彼はただ舞台を整えるのみ、望む結末があるのは人間だけであり、そもそも機械には望む結末がない。


 トールというデバイスはプレシア・テスタロッサが望む結末、“フェイト・テスタロッサが幸せになること”を実現するための舞台装置、それが、今の彼であり、これはもう二度と変わることはない。


 アースラと守護騎士の戦略の読み合いは、なおも続く。












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 PM0:33





 「それじゃあ、はやてちゃんの病院の付き添い、お願いね、シグナム」


 今日ははやての診察の日であり、シグナムが付き添うこととなっている。


 今日は月曜日であり、本来ならば学校に通っている時間帯、その時間を病院へ行くことに充てなければならないというのが八神はやてという少女の現実であり、それはさらに悪くなっていく。


 「ああ、ヴィータとザフィーラは、もう?」


 「出かけたわ、前回の偽物も今日くらいまでなら保つと思うから」


 守護騎士達にはユニゾンデバイスと同等の“コア”があり、己の力のみで魔力を生成できる。


 しかし、1ページ分の魔力で作り出した偽りの騎士にはそれがない。込めた魔力は飛行魔法を行使すれば徐々に減っていく一方であり、シャマルが魔力を追加することは出来るが、消耗品であることに変わりはない。


 それはまさしく、現在彼女の膝の上にある物体のように。



 「カートリッジか」


 「ええ、昼間のうちに、作り置きしておかなくちゃ」


 「すまんな、お前に任せきりにして」


 「バックアップが私の役目よ、気にしないで」


 「………そうだな、我々にはそれぞれの役割がある。それを果たすだけだ」



 夜天の守護騎士には明確な役割分担が成されており、それは彼女らが人であった頃から変わらない。


 故に、彼女らが自らを恥じるとすれば、仲間に負担をかけることではなく、己の本分を果たせなかった時だろう。


 シグナムならば、敵をその剣、レヴァンティンでもって打ち破れなかった時であり。


 シャマルならば、仲間が傷付いているその時に、治療することが出来なかった場合。


 故に、湖の騎士シャマルにとって、カートリッジの生成や、探索役を引き受けることなど苦でも何でもない。


 自分の能力が必要とされる時に、何も出来ない以上に辛いことなどないのだから。














新歴65年 12月5日  第78観測指定世界  日本時間  PM5:16




 「はあっ、はあっ、はあっ」


 牙をと石柱の如き甲羅を備えた巨大な亀。


 そう表現すべき魔法生物を仕留めた少女は、砕いた甲羅上に立ち、息を荒げていた。


 そして、その体内から青緑色のリンカーコアが摘出され―――



 「闇の書、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』



 呪われた闇の書、そう呼ばれるロストロギアへと飲み込まれ、白紙のページを満たしていく。



 「今ので、3ページか」


 「くっそ、でっけえ図体して、リンカーコアの質は低いんだよな。まあ、魔導師相手よりは気が楽だし、効率もいいけど」



 鉄槌の騎士ヴィータがそのように言うことそのものが、主はやてが我々に与えてくれた何よりの贈り物なのだろう、と、盾の守護獣ザフィーラは思う。


 彼女の役割は、先陣を切って突撃し、敵を粉砕すること、ならば、相手が何者であろうとも容赦などしない。魔導師を相手にするよりも気楽であるということは、今のヴィータはかつてのヴィータとは違うということだ。


 だがそれは、長い夜の中で彷徨い、心ない主の下でただひたすらに殺戮と蒐集を行っていた頃のヴィータと比較してか。


 あるいは――――



 「次行くよ、ザフィーラ」


 「ヴィータ、休まなくていいのか?」


 「平気だよ、あたしだって騎士だ。この程度の戦闘で疲れるほど、柔じゃないよ」


 古の、ベルカの騎士としての彼女と比較してのものなのか。



 「………」


 それは、ザフィーラにも分からない、そも、彼の持つ記憶も朧気であり、完全に失われている記憶も多い。


 故に、それを知るとすれば、ただ一つだけだろう。



 「行くよ、アイゼン」

 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』



 カートリッジの補給を済ませ、己の魂へと語りかける少女へ、鉄の伯爵グラーフアイゼンは応える。


 貴女こそ、我が主であると。


 我が存在の全ては、貴女のためにあると。


 この身が幾度砕けようと、貴女の魂で在り続けると。


 かつて盾の騎士の魂であった鉄の伯爵は――――応えていた。





inserted by FC2 system