Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十三話   それ行け、スーパー銭湯




新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  PM3:33




 「うわあ、でっけえ車」


 「ほんまや、キャデラックのリムジンやね」


 「キャベジンの、リラックス?」


 「ふふ、まあそんな感じや、おっ、信号青や、ヴィータ」


 「オッケー、はやて―――発進!」


 「レッツゴー!」



 笑い合いながら横断歩道渡る二人の少女、9歳程度と見られる黒髪の子は車椅子に乗り、それより僅かに幼く見える赤髪の子が車椅子を押している。


 外見から考えれば、いくら9歳程度の小柄な少女とは言え、人を乗せた車椅子を押すのは8歳の少女には厳しいように感じられるが、ベルカの騎士たる彼女にとってはまさに造作もないことであった。


 「おーい、早くしろよー!」

 「うっせーよー」

 「お前が速いんだって」



 すれ違うように、小学生程度の男の子達が元気に駆けていく。



 「はあ〜、そういや下校時間だったんだな、道理でうっせえと思った」


 「皆元気でいいことや」



 この辺りの発言は年相応どころではなく、はやての精神年齢の高さが伺える。



 「あの白い制服って、あれだよね、えっと………はやてに写真見せてもらったあの子の」


 「そうやね、すずかちゃんの学校の制服や、ヴィータ、学校に興味あるか?」


 「え? い、いや、別にんなことはないけど」


 「ヴィータは………一年生くらいかな? 制服着たら、かわいいやろなあ」



 後にヴィータが着ることになるのは学校ではなく、管理局の制服となるが、それは先の話である。



 「う……かわいいのは……苦手だな、あっ、シグナムだ」


 「ほんまや、シグナムー!」




■■■




 「シグナム、買い物カート持ってきてくれておおきにな」


 「いえ、シャマルの指示ですから」


 「帰りに買い物してくんだよね、はやて、アイス買っていーい?」


 「いいけど、Lサイズはあかんで、ヴィータがまた食べ過ぎて、お腹痛くしたらあかんしな」


 「うう………人の過去の傷跡を……」



 多少へこむヴィータ、アイスの食い過ぎでお腹を壊したという過去は、彼女にとって黒歴史でしかなかった。



 「そういえば、先ほどは何かお話の途中ではありませんでしたか?」


 「ん、ああ、学校の話やったね」


 「ああ、別に何でもない話だったけどさ」


 「学校ですか………石田先生がおっしゃってましたね、貴女の足がもう少しよくなれば、きっと復学も出来ると」


 「ふふ、石田先生らしい励ましやなあ………わたしは別に、学校に行っても行かんでも」


 「そうなの?」


 「わたしが家におらんかったら、皆のお世話が出来んやんか」


 「すいません……お世話になっております」


 「感謝してます……」


 「ふふふ、闇の書と守護騎士ヴォルケンリッターの主として、当然の務めや」



 何気に家事のスキルが低いことを気にしている二人、人間であった頃から騎士であった彼女らにとって、家事とは自分でやることではなかった。白の国における彼女らの役割は別にあり、そも、家事が出来る騎士など存在する時代ではなかったから。


 そして、今は空いている時間のほとんどを蒐集に費やしているため、家事を引き受ける余裕もない。そして何よりも、はやて自身が家事を引き受けたいと思っていることが最大の理由であった。


 これまで、ただ一人きりで生きていた八神はやてという少女にとって、自分が生きている意味というものは希薄であった。仮に、“危険なロストロギアを貴女ごと凍結封印する”と言われても、それならそれで構わない、誰かに迷惑をかけながら生き続けるよりはいいと思っていただろう、自分がいなくなったところで悲しむ人などいないのだから。


 しかし、今の彼女はそうではない。八神はやては闇の書の主であり、守護騎士達の衣食住の面倒を見なければならない。それは、彼女が生まれて初めて見出した“生きる意味”であり、四人の家族を得て、八神はやてという少女の人生というものが本当の意味でスタートした。そのように、彼女自身が思っている。


 だから、彼女は今幸せなのだ。例え学校に行けずとも、家族と共にいられるのであればそれだけで十分、逆に、健康な身体になったところで、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラもいないのであれば、そんなものに意味はない。それならば、不自由なままの方がずっといい。


 そう願うからこそ、彼女が蒐集を命じることはなく、そのような主であるからこそ、ヴォルケンリッター達は誓いを破ることになろうとも、自分達が消滅することになろうとも、彼女を救いたいと願う。


 最適解は“健康になった八神はやてが家族と幸せに過ごす”のただ一つであるというのに、近似解になったとたんに別々のものとなってしまう。それが、人の世の覆せぬ法則であり、それを知る古い機械仕掛けは最適解を導き出すための演算を既に開始している。


 クラールヴィントとの接触によってもたらされた僅かな情報は、大数式を回す要素となっていた。







新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM4:04



 「お帰りなさい、はやてちゃん」


 「ただいま、シャマル」


 「買い物、はいよー」


 「ありがとう、ヴィータちゃん」



 ヴィータから買い物袋を受け取るシャマル。全くの余談だが、家庭用レジ袋はまだ普及していないようである。



 「主はやて、失礼します」


 「うん」


 「よっ、と」


 車椅子からはやてを抱え上げるシグナム、彼女がやると自然と絵になるのが不思議であった。


 「やっぱり、シグナムの抱っこはええ感じやなあ」


 「そうですか」


 「はやてちゃん! 私の抱っこは……駄目なんですか………」


 「甘いでシャマル、シャマルの抱っこは、素敵な感じや」


 「わあい!」


 「どっちが上なの?」


 「さあて、どっちやろな」


 「行先は、リビングでよろしいですか?」


 「よろしいよ」



 仲の良い家族。


 その光景を表現するのに相応しい言葉は、それ以外になかった。



 「さて、ヴィータちゃん、車椅子のタイヤ、拭いてきてくれる?」


 「あいよー」


 「ヴィータ、おおきにな」


 「すぐ綺麗にしてもってくるかんね」



 ヴィータが玄関に向かい、シャマルは買い物袋から中身を取り出しテーブルに並べていく。



 「ちくわに大根、昆布にさつま揚げ……今夜はおでんですか?」


 「当たり、じっくり煮込んでおいしく作るから、楽しみにしててな」


 「はい」









新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM4:27



 「ただいまー」


 「お邪魔しまーす、あれ? 今日はエイミィさん達いないの?」



 すずかやアリサと別れ、帰宅したフェイトと一緒にやってきたなのは。


 しかし、闇の書事件の前線基地でもあるハラオウン家には現在誰もいなかった。本部である時の庭園に管制機がいる以上、通信や指示を出す面で特に問題はないが。



 「うん、リンディ提督とクロノは本局で、エイミィはアレックス達のところに行くって」


 「そっか、ユーノ君とアルフさんもお手伝いに回ってるから、わたし達だけなんだ。出来ることがないのって、結構寂しいね」



 二人の役割はヴォルケンリッターに対する主戦力、ぶっちゃけ、捕捉するまではやることがなく、捜査組を手伝える技能もなかった。


 「なのはもまだ本調子じゃないし、無理しちゃだめだよ。その間は、わたしがなのはを守るから」


 「うん、ありがとう、フェイトちゃん」


 「もちろん、本調子になってからもだよ?」


 「にゃはは、言われなくても、分かってるよ」



 とはいえ、フェイトの能力は壁役には向かないため、二人で組んで敵を殲滅するという表現が妥当だが、それは言わぬが華であろうか。



 「はぁ〜、でも、やっぱり早く万全にしたいなあ、レイジングハートと一緒に考えた新魔法、もう少しで完成だったから」


 「そうなの?」


 「うん、レイジングハートも色々考えてくれるから、頑張らないと、って」


 「いいね、レイジングハートは世話焼きさんで、―――バルディッシュは無口な子だから……なのに無理するし、大丈夫?って聞いても、Yes sir. ばっかりだし」


 「あはは、バルディッシュはそうだよね。でも、トールさんみたいになったらそれもそれで……」


 「ええと………あまり考えたくないね」


 見事に意見が一致した二人であった。














新歴65年 12月5日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM5:03




 「お風呂かげん良し、っと」


 なのはと軽い訓練を終えたフェイトは、浴槽になったお湯の温度を確かめ、リビングへ向かう。


 ビルの屋上での訓練であり、結界担当のユーノやアルフもいないので高速で摩天楼を飛び回るような真似はしなかったが、それでもある程度は汗をかいているので風呂に入りたくもなる。



 「なのは、お風呂、お先にどうぞ」


 「そんな、フェイトちゃんのお家なんだから、フェイトちゃんお先に」


 「ああ………ええと、うん……いえいえ」


 「どうかしたの…………ひょっとして………心の準備が出来てない?」


 「! な、何のことなのは、お風呂に入るのに、心の準備なんて必要なわけないないないな」


 明らかに混乱しており、後半は言葉になっていない。


 フェイトとしてはなのはと一緒に入りたいのだが、自分から普通に切り出せる性格ではないことを時の庭園の管制機は知っていたため、“なのはと一緒に入りたい”というフェイトの願いを叶えるべく策謀を巡らしていた。


 その一環として、なのはは自動洗浄マシーンの餌食となり、フェイトも先日餌食となった。二人が共に一人で入ることが苦手となったならば、最適な結論はただ一つ。


 だが、それでも中々言い出せなかったフェイトではあるが、感受性というか、そういう面での勘が鋭いなのはは、フェイトも自分と同じ体験をしたのだと察した。彼女がフェイトに先に入るように勧めたのも、心の準備をするためであったりもしたが、そこは割愛。



 「だったら、フェイトちゃん、一緒に入ろう」


 「え? い、いいの」


 「実は……わたしもトールさんの洗浄マシーンに……」


 「そうなんだ………」



 そして明かされる真実、幼い二人では腹黒デバイスの真の目的までは察しえなかったが、苦楽を共にしたという認識は彼女らの友情をさらに堅固なものとしていた。そして、同時に誓った、いつかあのデバイスをギャフンと言わせて見せると。


 まあ、管制機が“最終兵器”を開発中であると聞いた瞬間にその誓いは次元の彼方へ消し飛ぶこととなるが、それはまた別の話。



 「たっだいまー」


 そこに、エイミィが帰還。


 「おう、なのはちゃん、いらっしゃい」


 「お邪魔してまーす」


 「おや? 二人ともお風呂場前でその格好ということは、お風呂はまだ?」


 「はい、フェイトちゃんと一緒に入ろうって」


 「そいつはグッドタイミング」


 「ふぇ?」


 その瞬間、インターホンの音が響き渡る。


 「こっちも、グッドタイミング」


 「こんにちはー、お邪魔しまーす!」


 「お姉ちゃん?」


 「美由希さん?」



 驚愕は幼い二人のもの、彼女らの持つ人間関係の情報からでは、美由希がここにいる理由が導けなかった。



 「いらっしゃい、美由希ちゃん」


 「エイミィ、お邪魔するよ」


 「エイミィさんと、お姉ちゃん、いつの間に仲良しに?」


 「いやほら、下の子同士が仲良しなら、上の子もねえ」


 「意気投合したのは、今日なんだけどね」


 「うえええ」



 なのはとフェイトが長い時間をかけ、何度も戦い親友になったのに比べると、電撃的としか言いようのない二人、高町美由希とエイミィ・リミエッタ、ただ者ではない。


とはいえ、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサも同じようなものであり、親友になるのに時間は関係ないということだろうか、それとも、なのはとフェイトが不器用過ぎるだけなのかもしれない。



「それで、ほらこれ、美由希ちゃんが教えてくれたの」


 「海鳴スパラクーア、新装オープン?」


 このような成り行きによって、なのはとフェイトがアリサとすずかを誘い、6人でスーパー銭湯へと出かけることとなった。











新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  キッチン・リビング PM5:05



 「うん、仕込みはオッケー」


 「はあ〜、いい匂い、はやてぇ、お腹減ったあ〜」


 「まだまだや、このまま置いておいて、お風呂入って出てきた頃が食べ頃や」


 「ううう………待ち遠しい」


 「それまでは、これでつないでおいてね、ヴィータちゃん、シグナム」


 「これは?」


 「私が作った和え物よ、わかめと蛸の胡麻酢和え♪」



 だがしかし、シャマルの味覚はやはりまともではない。



 「ふむ………ヴィータ、覚悟を決めろ、それが友としての礼儀、騎士としての情けだ」


 「分かってら、例えどのような困難があろうとも、全部食うと誓ったからな」


 「はあ〜、酷い」


 「シャマルの料理も大分上達しとるし、平気やよ、さっきわたしが味見したし」


 「なら安心です」


 「いただきまーす♪」


 「ねえ、ザフィーラ、うちのリーダーとアタッカーは酷いと思わない?」


 ≪聞かれても、困る≫



 盾の守護獣の返答はつれないものであった。



 「ザフィーラまで………酷い」


 「シャマル、ザフィーラ困っとるやん、あまり落ち込んだらあかんよ」


 「へぇ? はやて、今の思念通話受けてないよね?」


 「へ、思念通話してたん?」


 「失礼しました。お耳に入れることではないと思いました故」


 「ええよ別に、ザフィーラ滅多にしゃべらんから、声を聞けると嬉しいよ」


 「はやて、問題! 今のはやての言葉を受けて、ザフィーラはどんなことを考えてるか!」



 はやての言葉からほとんど間をおかず、ヴィータがはやてに問いかける。



 「うーん………そやなあ……“お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が主義です故”とか?」


 「どう?」


 解答を求めるのはシャマル、彼女も興味がある模様。


 「寸分違わずに」


 「凄い凄い! どうして分かるの!」


 「もう半年も一緒にいるんやで、そのくらい分かるって」


 「素晴らしいことです」


 「理解あふれる主をもって、幸せですね、私達――――――さて、そろそろお風呂もいい頃かしら」



 しかし、ただ一つ、異なっている部分があった。


 “お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が種族の主義です故”


 それが、盾の守護獣が考えた事柄であり、他ならぬ彼自身がそれに疑問を抱いていた。



 ≪ほぼ無意識であった、我が種族…………果たして我は、何者であったのだろうか≫


 盾の守護獣ザフィーラ、それが己であることは間違いない。


 しかし、守護獣である以上は必ず元となった動物がおり、誰かの守護獣であったはず。


 だが、それが何であったか、彼自身にすら忘却の彼方にある。


 いや、それは本当に忘れているのか? 思い出そうとすると何かが妨害しているのか?



 「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」


 その思考は、唐突に響いた悲鳴によって中断することを余儀なくされた。


 「シャマル!」

 「どうした!」

 「どないしたん!」


 シグナム、ヴィータ、はやての三人も悲鳴を聞き、何事かと浴室を見やる。


 「ごめんなさい! お風呂の温度設定間違えてて、冷たいお水が湯船いっぱいに〜〜」


 「ええええええぇぇぇ」


 「沸かしなおしか」


 「せやけど、このお風呂の追い焚き、時間かかるからなあ」


 「シャマル、しっかりしてくれ」


 「ごめんなさいぃ」


 うっかりスキルは白の国の騎士であった頃から変わらぬシャマルの特徴であった。まあ、医者として働く時に発動しないのが救いというべきか。


 「シグナムさあ、レヴァンティンを燃やして水に突っ込めばすぐ湧くんじゃね「断る」……即答かよ」


 提案したヴィータの言葉が終らぬうちに成された瞬時の否定。


 「うむむむ、闇の書の主らしく、私が魔法で何とか出来たらええねんやけど」


 「いえそんな、やはりここは責任を持って、私が何とか」


 「炎熱系ならば私だが、微妙な加減は難しいな」


 「火事とか起こしたら、シャレになんねえぞ」



 こんなことで魔力を使い、闇の書の主の場所が知られたとすれば、末代までの恥となるだろう。



 「てゆうかええって、こんなしょうもないことで魔力を使ってたらあかんわ」


 そして、主の英断により、末代までの恥を実現する危険は回避された。






■■■



「海鳴スパラクーア、新装オープン、さらに三名様以上で割引や。これはもう、行っとけいう天のお導きやろ」


一週間分のチラシから、以前見ていたスーパー銭湯のものを見つけ出したはやて、その辺りは主婦さながらである。


「行ってみたい人!」

「「 はぁーい! 」」


 返事をしたのはヴィータとシャマルの二人。


 「我が家で一番のお風呂好きさんが、なんや反応鈍いで」


 「ああ………いえ……」


【シグナムはまた、身内の失敗を主に補ってもらうのは良くないとか考えてるか?】


 【え……、はい】


 その時、はやてからシグナムへ届いたのは思念通話。ただし、シャマルとヴィータに対しては、


 「シグナムは、人前で裸になるのが恥ずかしいんとちゃうか?」


 「はは、きっとそーだな」


 通常の会話を続けながらであり、魔法が何も使えない現状であっても、誰に習うまでもなくマルチタスクを自然と可能としていた。


 これこそ、SSランクという稀代の魔力を秘め、膨大な術式が収められた夜天の魔導書の使い手にして主、八神はやての才能の片鱗。彼女は並列処理は苦手というが、それはあまりにも巨大な魔力と衝突するからであり、マルチタスクそのものが苦手なわけではなく、むしろ並みの魔導師を遥かに凌駕している。



 【何度目かの注意になるけど、シグナムはごっつ真面目さんで、それは皆のリーダーとしてええことやねんけど、あんまり真面目すぎるんは良くないよ】


 【すいません】


 【わたしがええ言うたらええねん、皆の笑顔が、わたしは一番嬉しいんやから】


 【はい、申し訳ありません】


 【申し訳んでええから、わたしを主と思ってくれるなら、わたしを信じてな】


 【信じております】



 白の国の近衛騎士隊長、烈火の将シグナムであれば、常に気を張り真面目であるのは当然のこと。主君の身を守護する騎士の長であるからには、いついかなる時も気を緩めることはなく、それが、人間であった頃の彼女の在り方。


 しかし、今は八神はやてという少女に仕える騎士であり、時代が変わり、文化も異なるのであれば、騎士の在り方とて不変のものではあり得ない。それを、シグナムはこの幼き主より学んだ。


 中世ベルカの白の国に生きた烈火の将と、現代の日本で生まれ育った少女に仕える闇の書の守護騎士は、元は同じであってもやはり異なる存在。外見や性格、能力はそのままであっても、騎士の根源である“騎士道”が違うのだ。


 ただし、かつての騎士道が完全に失われたわけではない。管理局を相手にする場合ならば彼女は不刹の誓いを守り通すだろうが、八神はやてを殺そうと襲い来る敵や、存在そのものが害となる“異物”に対してならばその限りではない。


 それが、ヴォルケンリッター。ほとんど同じであっても、根源的な部分で彼女ら騎士は魔導師とは異なるのである。


 「でも、色々あって、なんだか楽しそうですね」


 「ほんとだ」


 「ねっ、だから、シグナムも行こ」


 「分かりました。それでは、お言葉に甘えて」



 そして、シグナムもスーパー銭湯へ出かけることを了承する。



 「ザフィーラも行こか、人間形態になって、普通の服着てったらええんやし」


 「お誘い真にありがたいのですが、わたしは留守を預からせていただきたく」


 「そうなんか?」


 「夕餉の見張りもございます故」


 「そっか……まあ、皆で行ってもザフィーラは男湯で一人になってしまうし、ほんならごめんな、ザフィーラは、留守番いうことで」


 「御意に」



 彼だけは、残ることがこうして決定し。



 「ほんなら皆、着替えとタオルを持って、お出かけの準備や!」

 「おーう!」

 「はーい!」


 「シャマル、私の分も頼む」


 「はーい、任せて」



 はやて、ヴィータ、シャマルの三人は銭湯へ行く準備のためにリビングから離れ、シグナムとザフィーラのみが残る。



 「……主に窘められたか」


 「ああ……だが、なぜだろうな、恥じいる気持ちはあるのだが、不思議と心が温かい」


 「真の主従の絆とは………そういうものなのだろうな」


 「絆か………そうなのかな」



 闇の書の守護騎士として、長く彷徨ってきた彼女には不安がある。果たして、自分達は主にとって良き臣下であれているのか。


 長い夜の間に、臣下として在るべき姿をも、自分達は失ってしまったように思える。それがこうして、原初の自分達のように在れるのも、光を与えてくれた今の主があればこそ。


 その主への誓いを破り、主に黙したまま蒐集を続ける自分達は、果たして騎士足りえるのか―――



 「不安もあるだろうが、心身の休息も、戦いのうちだ。今は、主と共にゆっくりと寛いでくるのがよかろう」


 「うん………お前も時間があれば眠っておくといい、今夜も蒐集は深夜からだ」


 「心得ている」



 ザフィーラは狼の姿のまま、静かに頷く。



 「シグナムー、準備で来たわよー」


 「ああ、いま行く、それではザフィーラ、留守を任せた」


 「承知」



 主と騎士達を見送り、盾の守護獣はただ一人となったリビングにおいて、静かに目を閉じ、懐古する。



 ≪剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、鉄槌の騎士ヴィータ、そして我、盾の守護獣ザフィーラ≫


 闇の書の守護騎士は四人、そしてもう一人、管制人格たる彼女が存在する。



 ≪闇の書の、守護騎士………≫


 闇の書の守護騎士は四人、それは揺るぎなき事実。


 だが、自分達に闇の書の守護騎士と呼ばれる前の姿があるならば、その時は果たして。



 ≪少なくとも、守護獣である我には元となった存在がある。だが、なぜそれが思い出せん≫


 何かがおかしい、それは、守護騎士の全員がどこかで思っていること。


 しかし、何がおかしいのかが分からない。それはまさしく、ウィルスに侵されたプログラムはそれ自身では異常があることが分からず、ウィルス探知のソフトウェアが別に必要となるように。


 守護騎士プログラム自身には、何かがおかしいことまでは気付けても、何がおかしいのか知ることは出来ない。それが、闇の書の守護騎士である彼らの限界。


 だから―――


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 先日の蒐集の際、鉄の伯爵グラーフアイゼンが主であるヴィータに言葉を返した時、自分は確かに何かを想った。


 それは、懐古の念であったか、それとも―――



 騎士の魂たちが何を告げても、防衛プログラム、いや、暴走プログラムが上位にある以上、守護騎士への情報は検閲され、残るものはない。


 しかし、それは失われてはいない。騎士の魂は、確かに受け継がれている。



 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。



















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