Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十四話   銭湯と戦闘




新歴65年 12月6日  第87観測指定世界  (日本時間)  PM5:38





 「ギャレットさん、結界の敷設、完了しました。次は?」


 「とりあえずそんだけありゃあ充分だ、ここは………オートスフィアはほぼ無理だな、設置しても多分壊される。魔力が弱いタイプのサーチャーでいくしかないな」


 「手伝いますよ」


 「わりいな、頼むわ」


 「いいえ」


 観測スタッフのリーダーであるギャレット、民間協力者であるユーノ・スクライア。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉するための網の構築のために二人は大型の魔法生物が多数生息する世界を巡り、サーチャーやオートスフィアの敷設を行っていた。


 「しかし、君は凄いな、これだけの結界を1分もかからず張っちまうとは、結界魔導師としてならAAランク、いや、下手すりゃAAAランクに達してるんじゃないか?」


 「これしか取りえがないですから、ジュエルシードの時も、ほとんどなのはに頼りきりで」


 リンカーコアを有する魔法生物も多種多様であり、その危険度もかなりバラつきがある。ギャレットのようなEランク程度の魔導師でも性質を知っていれば特に問題はない場合もあれば、AAランク以上でなければ遭遇を避けるべきという強力な個体もいる。


 観測スタッフ達は様々な観測指定世界や無人世界へ飛び、現地の自然保護部隊の隊員達と連携しながら包囲網の構築に勤めているが、中には自然保護部隊ですら駐留していない世界もあり、そういったところほどヴォルケンリッターが出現する可能性も高いといえた。


 かといって、ギャレット一人では巨大魔法生物に襲われた場合の対処がほぼ不可能であるため、今回はユーノ・スクライアがサポート役として随伴していた。また、彼は結界敷設や探知魔法を得意としており、このような調査に関してならば、ある意味で専門とも言える。



 「そう自分を卑下するもんじゃないぞ、君だって頑張ってる、というか、君は学校には通ってないんだっけか」


 「スクライアの皆と一緒に発掘の手伝いをやってました。ジュエルシードは僕が初めて発掘を任された品だったんですけど、あんなことになっちゃって」


 「9歳でロストロギアの発掘を任されたのか、スクライアは管理局以上のスパルタというかなんというか、うちのハラオウン執務官ですら、ロストロギアを相手にしたのは11歳の時のはずだぞ、まあ、こっちは“関わった”じゃなくて、その事件に関連した人々の“人生の責任を負った”だから単純な比較は出来ないが」


 「凄いですよね、クロノは。まあ、たまに“フェレットもどき”なんて言われてからかわれますけど、それさえなければとてもいい奴ですし」


 「あ〜、あれな、実を言うと、あの人がああいう風に軽口を言うことってほとんどなかったんだ。唯一リミエッタ管制主任だけは違ったけど、母親である艦長にすら任務中は敬語をしっかりと使う人だからな、何気に、同年代の同性の友人なんてほとんどいないし――――ああ、一人くらいいたっけかな」



 ギャレットが言った少年とはヴェロッサ・アコースという名を持っているが、ユーノ・スクライアと同様、年代に見合わない明晰な頭脳と、ある種の“達観”を持っている。これは、人の思考を読み取るという彼の固有技能に起因するものであろうが。



 「クロノも、結構無理しますからね。でも、無理に成り過ぎないようにしてる部分がなのはやフェイトとは違うように思いますけど」


 「本人曰く、自分の失敗談に基づくもの、だそうだが、どうなんだかね」


 「その辺はよく分からないですね」


 話しながらも淀みなく手が動いていく二人、5年以上管理局員として働いているギャレットはともかく、ユーノのマルチタスク技能はどうなっているのか。


 「うしっ、ここはこんなもんか」


 「次ですね、えーと……………北西方向、距離400キロ」


 「一発で跳べるか?」


 「ええ、この世界はあまり高い山とかはないそうですけど、一応上空に跳びますね」


 転送魔法はユーノ・スクライアの十八番。


 ギャレットの飛行魔法では尋常どころではない時間がかかってしまう距離も、ユーノの転送魔法があれば一瞬で辿りつくことが出来る。



 「おっしゃ、頼む」


 「ええ、しっかりつかまっていてください」



 ミッド式の円形の転送魔法陣が展開し、彼ら二人の身体を包み込む。


 そして、空間の関係を騙し切り、三次元における物理法則を嘲笑う方程式の力により、彼らは数百キロ離れた地点の上空へ移動する。



 「しっかし、こんだけの広範囲に渡って蒐集を行うたあ、敵ながら守護騎士ってのは働きもんだよなあ」


 「そうですね、その上戦闘能力も高く、何よりも戦略が凄い」


 「だな、例のダミーを見破る手はまだねえし、さらにまた何か仕掛けてくるか分かりゃしねえ」


 「彼らの本拠地がどこかはまだ分かりませんけど、今も休まず、蒐集の方策を練っているかもしれませんし、ひょっとしたらどこかで蒐集を行っているかも」


 「トールさんのように、かね。守護騎士がプログラム体ってんなら、それこそ休まず動き続けてるのかもな」













同刻  海鳴スパラクーア



 「ちょっと、すみません」


 「脱衣所は………ここかぁ」


 「おおっ」


 「広い………綺麗やねー」



 現在、スーパー銭湯、海鳴スパラクーアにいる八神家女性陣、ザフィーラを除いて全員やってきました。



 「車椅子でもスムーズに入ってこられたな」


 「段差が全部スロープになってるのね、車椅子の置場もあるって……あ、あそこだわ」


 「ナイスバリアフリーや、流石新装開店」


 「えっと、ロッカーは……」


 「私とはやてちゃんはそっちで、シグナムとヴィータちゃんはそっちね」


 「ああ」



 二組に分かれる八神家、流石に4人かたまっていては狭い。



 「ふひひ、早く入ろー」


 「こら、家じゃないんだぞ、あまり脱ぎ散らかすな」


 「きちんと片づけるだからいいじゃんよー」


 「公共の場でのマナーを言っている」


 やや強い口調で言うシグナム、彼女はその辺りのマナーには厳しい。


 「はあ、ったく一々うるせーなー、うちのリーダーはよー」


 「それ以前の人としての心構えだ。それにお前は、普段から少々だらしないところがある」


 「ああもう、ちくちくうるせーなー!」


 「ちくちく言われるようなことをしなければいいだろう」



 徐々にヒートアップしていく二人、シグナムが言ったように、ここは公共の場である。



 「へっ、ちょっとおっぱいが大きいからっていい気になるなよ!」


 「な、なんだそれは! なぜそんな話が出てくる!」


 「無暗に胸にばっか栄養やってっから、そうやって心の余裕がなくなるつってんだよ、このおっぱい魔人!」


 「おっぱ―――貴様! そこに直れ! レヴァンティンの錆にしてくれる!」


 「あーん! そっちこそ、グラーフアイゼンの頑固な汚れになりてーか!」


 「「 ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!! 」」


 それぞれに待機状態のデバイスを持ちだし、臨戦態勢に入る二人。


■■■


同刻 八神家


≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 深く瞑想し、常に自分達と共にあった彼らを想いながら―――


 ≪騎士の魂であり、誇りであるお前達ならば――――我等が忘れてしまった何かを、覚えているのだろうか≫


静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。


■■■


同刻 海鳴スパラクーア


 「あー、これこれ、喧嘩しないの。喧嘩する子には、夕食後のデザートが出えへんよー」


 「だってはやて、このおっぱい魔人が!」


 「誰がおっぱい魔人か! 誰が!」


 「シグナム、貴女そんな恰好で大きな声を出さないの……! 恥ずかしいから……!」



 繰り返すようだが、ここは公共の場である。このような大声で言い合っていては注目されない方がどうかしている。


 そして―――


 『………』

 『………』


 鉄の伯爵グラーフアイゼンと、炎の魔剣レヴァンティンは、出来ることなら盾の守護獣と共に留守を守っていたかったと本気で考えていた。


 守護騎士の名誉のため、風のリングクラールヴィントが何を想ったかについては触れないでおこう。











新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM5:47




 【聞こえるか、返答しろ】


 砂漠の世界


 一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。


 しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。


 そして、その支配者として君臨する“砂蟲竜”と呼ばれる魔法生物は非常に好戦的であり、獲物を見れば即座に襲いかかる性質を持っている。そのため、自然保護部隊もこの世界には派遣されることはなく、それ故に無人世界であった。


 【な、なんとか無事です……】


 【そうか、後20秒待っていろ、すぐいく】


 だが、管理局が保有していた“砂蟲竜”に関するデータは万全ではなかったといえる。この世界固有の生物であり、本格的な調査が成されることもする必要もなかった以上は仕方ないが、その不備が観測スタッフの危機を呼ぶ引き金となった。


 一応彼らは“砂蟲竜”が苦手とする匂いを発する機能を備えた専用の防護服を纏い、彼らの動きを探れるようにレーダーなども用意した上でこの世界の調査に臨んだが、砂の中を走る彼らの速度は地表のそれの比ではなく、レーダーが迫りくる影を感知した時には既に手遅れとなっていた。


 そうして、観測スタッフ二名が触手によって捕縛されてしまったが、調査スタッフは彼らのみではなく、随伴していたオートスフィアや機械類はまさしくマイクロ秒の間も置かずに時の庭園へ救難信号を飛ばした。



 「ストラグルバインド!」


 観測スタッフにとって幸運であったのは、クロノ・ハラオウン執務官が本局から闇の書事件対策本部である時の庭園にちょうど帰還していたことだろう。彼は管制機トールから連絡を受けると同時に転送ポートへ飛び乗り、第84無人世界へと跳んだ。



 「AAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」



 そして、オートスフィアからの信号の発信源へ到着し、巨大魔法生物“砂蟲竜”をバインドによって捕縛し、宣言通り20秒で観測スタッフを救出した。


 「無事か?」


 「あ、ありがとうございます。防護服のおかげで、なんとか……っつ」


 「どうやら、怪我もなくというわけではないようだな。―――妙なる響き、癒しの光となれ……」


 ストレージデバイス、S2Uがミッドチルダ式の円形陣を紡ぎ、水色の魔力光が負傷したスタッフの身体を包み込み、打撲、もしくは捻挫と見られる怪我を癒していく。


 「あ……ああ………」


 “砂蟲竜”に捕縛されている時は緊張と恐怖で痛みを感じていなかった彼だが、助けられたことで急激に襲ってきた痛みに顔を歪めていた。しかし、S2Uから放たれる癒しの光を受けるうちに、徐々に表情が和らいでいく。


 「とりあえずはこんなものだろう、君は?」


 さらに、もう一人のスタッフにも声をかける。


 「じ、自分は平気です……」


 「嘘を言うな、右足を引き摺っているだろう」


 「ど、どうして?」


 「引き摺っているというのはハッタリだが、負傷しているかどうかは見ればすぐわかる。自分のミスで負った怪我で上官に手間をかけさせるわけにはいかない、とでも考えているなら、それは筋違いというものだ。この件は、“砂蟲竜”の危険度を正確に把握しないまま君達を送りだした艦長と僕の責任だ」


 「そ、そのようなことはありません。レーダーは反応していたというのに、自分達の判断が遅れて」


 「君が武装局員ならばそうかもしれないが、そうではないだろう。ここは観測員に任せるには危険度が高すぎた、レティ・ロウラン提督から武装局員を借りているのだから、彼らに担当させるべきだった、やはりこれは僕達の失態だ、すまなかったな」


 「ハラオウン執務官……」



 謝罪の言葉をかけつつ、問答無用で治療魔法を発動させる。彼も、今度は拒否しなかった。


 ただ、もう一人のスタッフがあることに気がついた。



 「ハラオウン執務官、よろしいでしょうか?」


 「何だ?」


 「あの“砂蟲竜”を縛っているバインドは、何でしょうか、余り見たことがないんですが」



 通常、大型の生物を拘束するならばチェーンバインドが向いている。レストリクトロックやリングバインドなどは基本的に対人であり、大型生物に使用できるものではない。


 しかし、現在“砂蟲竜”を捕縛しているバインドはチェーンバインドではない。彼ら二名もギャレットと同じくEランク相当ではあるが魔導師であり、バインドの違いくらいは見れば分かる。むしろ、実力で劣っている分だけ、観察力には自信があるのだが。



 「あれはストラグルバインドだ」


 「ストラグルバインド?」


 「対象の動きを拘束し、なおかつ対象が自己にかけている強化魔法を強制解除する捕獲魔法だ。魔力で体を構成した魔力生物に対しては武器にもなり、“砂蟲竜”のようなリンカーコアを持つ魔法生物は通常の活動にも魔導師で言うところの身体強化を行っている、つまり、それを遮断してやるだけで行動不可に追い込むことが出来る」


 「はぁ〜」


 「欠点として、副効果にリソースを振っている分、射程・発動速度・拘束力に劣る面があり、魔導師相手の実戦ではあまり使い道がない。捕縛に成功すれば身体強化は解除できるが、バインドブレイクまで無効化出来るわけじゃないからね。しかし、バインドを破る魔法ではなく、純粋な魔力でバインドを引き千切ろうとする大型魔法生物に対しては効果がある」


 「なるほど、でもハラオウン執務官ならもっと簡単な方法があったんじゃ」


 「否定はしないが、“砂蟲竜”も生き物だ、いたずらに傷つけていいわけじゃない。人間が襲われていた場合は殺すことも含めて許可されているが、それはあくまで人間の都合だ。いざとなれば躊躇いはしないが、他に方法があるなら、殺さずに済ませるに越したことはないだろう」


 「………流石」


 もう一人が、小声で呟くと同時に、クロノ・ハラオウンが“アースラの切り札”と呼ばれる由縁を再認識していた。


 なのはのディバインバスター、フェイトのサンダースマッシャーなどは高威力の砲撃魔法であり、AAAランクの彼女らが放てば、“砂蟲竜”を一撃で仕留めることが出来るだろうし、彼女らがこの場に来ていれば迷わずそうしただろう。


 しかし、クロノはより魔力が少なく、より局員が傷付く可能性が低く、そして、“砂蟲竜”も傷付けない方法でそれを成した。さらに、負傷した局員をその場で治療することも。



 「自慢する程のものでもないさ、ユーノにも同じことが出来る。ともかく、ここの続きは僕が引き受けるから君達は時の庭園へ帰還するように、その後の指示は艦長に仰げ」


 「はい」


 「分かりました」


 ストレージデバイスS2Uが転送用の魔法陣を展開し、二名の観測スタッフが時の庭園へと送還される。


 ちなみに、クロノが言ったことは事実であるが、むしろその事実の方がおかしいのである。


 武装局員はおろか、戦技教導隊員ですら扱える者が少ないであろうストラグルバインド、それに加えて転送魔法と治療魔法も使うことが出来、さらに高速飛行も可能とする9歳の民間協力者、デバイスなし。


 ある意味で、高町なのはやフェイト・テスタロッサ以上に稀有というか、あり得ない存在であった。




 【お疲れさまです】


 【トールか】


 そこに、管制機から通信が入る。


 【彼らの帰還を確認しました。現在はメイド型魔法人形が出迎えに出ております】


 【ほんとに、何でもあるんだな】


 【それと、兼ねてより製作していた砂漠世界専用のサーチャーが完成いたしましたので、転送可能です】


 【あれか……】



 その存在は、クロノも以前から知ってはいた。同時に、有効であることも理解している。


 ただ、観測スタッフにそれの散布を任せることにはどうしても抵抗があったが、砂漠世界の危険度が予想よりも高いことが明らかとなった現状では、背に腹は代えられない。



 【分かった、転送してくれ】


 【了解、S2Uと私を遠隔同調させます、回線第7チャンネルをONにしてください】


 【ああ】



 管制機トールとデバイスが同調するには接続ケーブルで繋ぐ必要があり、魔法人形などならば、トール本体を機械の内部へセットする必要がある。


 しかし、時の庭園の中央制御室にいる場合は話が別、スーパーコンピュータ“アスガルド”の演算機能をトール自身のリソースとして扱うことが可能となるため、事前の調整さえしておけば次元世界を跨いだ同調すら可能となる。とはいえ、転送魔法の座標設定の誤差修正程度が限界であり、負荷の肩代わりは不可能だが。


 当然、この調整はバルディッシュにも成されており、レイジングハート・エクセリオンも備える予定である。主戦力となる二機と、時の庭園の管制機の連携は闇の書事件において欠かせない要素であった。


 そして、管制機より砂漠世界のクロノ・ハラオウンの下へ届けられた物体とは―――



 『ムカーデ、起動シマス。ゴ命令ヲ』


 【………なあトール、なぜ時の庭園のサーチャー散布機能を持った機械はこんなにリアルなんだ?】


 【カモフラージュのためです】


 【そうか…………まあ、ゴキブリやカメムシやタガメに比べればましか……】



 ちなみに、ギャレットや他の観測スタッフがあちこちに設置して回っているサーチャーも、大半が虫型や動物型だったりする。


 森林が多い世界ではトンボ型や蝶型など、岩山地帯では蛇型などもあったりするが、特に大きい必要もないので、大抵は虫型だ。


 勿論、意味もなく気色の悪いサーチャーをばら撒いているわけではない。ミッドチルダ首都クラナガンなどにおいてサーチャーやオートスフィアのような文明の利器があっても目立たないが、魔法生物が生息する観測指定世界や無人世界では死ぬほど目立つ。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉することが目的である以上、サーチャーの存在は可能な限り隠し通す必要があり、“砂蟲竜”が徘徊する砂漠の世界ならばムカデ型が適しているのも事実であろう。


 ただ―――



 『サーチャー、散布ヲ開始シマス』


 大きなムカデ型の機体から、大量の小さいムカデ(の姿をしたサーチャー)が吐き出されていく光景というものは見たいものではない。


 「………」


 かといって、設置を確認しなければならない立場上、目をそらすことも出来ないクロノは、目に毒なその光景を見続けるしかなかった。



 【クロノ・ハラオウン執務官、発汗状況は問題ありませんか?】


 【彼らが脱水症状を起こしていたか?】



 【いいえ、そこまで深刻なものではありません。せいぜいが喉の渇きが強い程度の段階でしたが、あと10分も炎天下の砂漠における拘束状況が続いていればその危険もありました。彼らが持っていた水タンクも破壊されてしまったらしいので】


 【そうか………ストローを腰に巻きつけた水格納用デバイスに繋いで、いつでも吸えるようにした方がよいのだろうか】


 【どうでしょうかね、そちらもそちらで誤飲の危険性や、意識を失った際に喉に水が入ってしまう危険性が考えられます。かといって、意識の有無を判断する機能まで付けたのではコストがかかり過ぎます。次元航行部隊とはいえ、そこまでの予算は見込めないでしょう】


 【確かに、これ以上を望むのは贅沢というものか。人材の運用や創意工夫で何とかするしかないな】


 【こういった部分で予算が必要とされる現状は、“人の住む街の治安維持を行う地上部隊”には分からないでしょう。逆に、申請した予算が悉く却下される地上の現状も、本局の人間には分からないものですが】


 【仕方がないこと、とは言いたくないがそれが現実ということは否定できないな。君達デバイスと違って、僕達人間は“実感”というものに大きく影響される。実際に災害の現場に立ち会うことと、映像で見るだけではまるで異なるが、デバイスにとっては同じなのだろう】


 【ええ、私の本体が得たデータも、貴方のS2Uを経由して得たデータも、管制機トールにとっては等価です。私の本体が得ようと、サーチャーが得ようと、どちらも等しく魔道機械のハードウェアが記録した電子情報、に過ぎません】



 それが、生物としての五感を持たないデバイスと、人間の違い。


 デバイスから見れば、“実感”というものに左右されている人造魔導師も戦闘機人も守護騎士も、皆“人間寄り”の存在である。



 【それはともかくとして、貴方の健康状態は大丈夫でしょうか? ちなみに彼らはメディカルルームで処置しましたので問題ありません】


 【大丈夫だ、バリアジャケットに暑さを遮断する機能を付け加えている】


 クロノが普段からバリアジャケットを纏っているのは、それを当り前の状態としておいて、機能を付加した際に普段通りの動きが出来るようにするため。普段からの地道な積み重ねはこのような場面で力を発揮する。


 【なるほど、災害対策の局員が主に用いる機能ですね。本当に貴方の引き出しは多い、フェイトや高町なのはも少しは戦闘以外の技能を身につけるべきとは思うのですが】


 【それはもう少し先でもいいだろう、今はまだ長所を伸ばす方向で鍛えた方が彼女らにとってはいいはずだ。それに、ユーノとアルフがサポートしてくれている】


 【そして貴方は全員をサポートする。“どのような状況にも対処できるよう、あらゆる技能を身につける”、それが貴方の選んだ道なのですね、長所を伸ばすのではなく、短所を無くす方向に鍛え上げた】


 【特筆すべき長所がなかっただけの話さ、僕には、何もなかったからね】



 クロノ・ハラオウンには特化した才能というものが何もなく、器用貧乏以下であった。


 だからこそ、全てを鍛えた。何か一つを鍛え上げたところで何も成せないであろうことを、幼いうちに悟ってしまえるだけの精神性を有していたことが、彼の悲劇であると同時に彼の唯一の長所であった。



 【ですが、やり過ぎるのも良くはありません。リンディ・ハラオウンとて一人の母親、貴方のことはいつも心配なさっていることでしょう】


 【………そうだな、肝に銘じておこう。だが、今回のことは僕達のミスだ、このままにしてはおけない】


 【それは然り。今回は惨事に至りませんでしたが、それはあくまでアースラにクロノ・ハラオウンがいたから防げたに過ぎない、個人の技能に頼った対策はマニュアルとは呼べない、とは貴方の言でしたね】


 【このようなことがある度に、僕が来るわけにもいかないし、今回は時の庭園にいたからよかったが、本局にいたら間に合わなかったかもしれない。対策を、講じないとな】


 【さしあたっては、各世界の魔法生物の危険性をもう一度検討し、レティ・ロウラン提督より借り受けた武装局員とアースラの観測スタッフの配置を再考する、といったところでしょうか。あと、アルフとユーノ・スクライアをそこにどう組み込むか、ですね】


 【出来る限り彼らに負担はかけないようにしたい、やはり、管理局員は民間人のために身体を張らなければならないのだから】


 【なるほど、ではそういった方向で】



 精神の波長が合う、というわけではないが、クロノとトールの基本姿勢には似通った部分がある。


 二人とも、結果よりも過程を重視し、“たまたま上手くいった”ことを喜ぶよりも次はどうするべきかを考える。違いは、人間であるクロノには休息が必要であり、トールは休むことなく考え続ける、といった点だろうか。



 『終了シマシタ』


 終了を告げる電子音が鳴り響き、“ムカーデ”が通常状態に戻る。



 「終わったか」


 【帰還なさいますか?】


 【いいや、他にも4箇所程設置すべき場所がある、そちらを終えてからだ】


 【本当に良く働きますね、貴方は】


 【多少は無理もするさ、闇の書事件は今の僕の始まりだ。僕の11年は、この時を見据えていたからこそあるようなものだからね】



 闇の書事件は、未解決の案件。およそ十数年程度の周期で、転生を繰り返す。


 その悲劇を、二度と繰り返させないという想いが、5歳の頃から魔法の訓練を重ねてきたクロノ・ハラオウンの根源であった。無論、それだけというわけではないが、始まりの鍵であるのは間違いない。



 【それに、闇の書の守護騎士達も休んではいないだろう。悲しみの連鎖は、何としてもここで終わらせる】











同刻  海鳴スパラクーア



 「はぁ〜、なんか、いいきもちぃ」


 赤毛の少女が、泡の出るお風呂につかりながら、四肢の力を抜いてリラックスしている。


 銭湯なのだから実に当たり前の光景ではあるが、クロノとトールが予想していた現在の守護騎士とは180度は離れた姿がそこにはある。


 片や、戦闘中、片や、銭湯中。


 最早シャレの領域だが、戦闘中の者達にとってはシャレで済ませられるものではないだろう。知らぬが仏という言葉は実に真理であった。

 

 「ごめんね、隣いーい?」


 「え、ああ、どーぞ」


 そこに、金髪の少女、アリサ・バニングスが現れ、赤毛の少女、ヴィータの隣に座る。


 知る者が知れば綱渡りどころではない邂逅であり、やはり、知らぬが仏とは真理である模様。



 「ねえ、あなた、一人で来たの?」


 「え? いや、あたしは、家の皆と、……えと、あなたは?」


 初対面の人間には一応敬語を使おうと心がけているヴィータ、普段は普段だが、やる時はちゃんとやる子であった。


 「わたしは、友達と、友達のお姉さん達と一緒に来たの」


 「そうですか」


 「そう、でもほんと、このお風呂気持ちいいわねえ〜」


 「ええ、ほんと」



 そして―――



 「「 はぁ〜 」」


 二人の溜息というか、むしろ幸せの吐息は見事にはもった。














新歴65年 12月6日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  PM6:02




 「はぁ〜」


 こちらは幸せの吐息ではなく、溜息をついているアルフ。


 「お疲れかしら、アルフ」


 「うー、大丈夫大丈夫、まだまだいけるって、クロノもユーノも頑張ってんだから」


 「そうねえ、何だかんだ言って、男の子なのね、あの二人は」


 「何せ、“探索は僕らに任せて、君は母さ…艦長をサポートしてやってくれ、時の庭園なら、君の方が詳しいだろう”だもんね」


 「いつの間にやら、立派な男の子になってしまったわね」



 その時、リンディが見せた表情が、アルフには気になった。


 なぜだろう? と自分で考えたが、あまり時間をかけずにその答へとたどり着く。



 ≪プレシアと、似てたんだ………アリシアのことを考えてた時の、あの人に≫


 フェイトのことを考えてる時とは、違う表情。


 アルフは知らなかったが、高町なのはの母親、高町桃子という女性も、同じような表情を浮かべていることを管制機は確認しており、彼女らの共通項から一つの結論を導いていた。



 それは、“子供に十分な愛情を注ぐ機会がなかった母親の、憂いの表情”であると。



 「………」


 特に重い話をしていたわけではなかったはずだが、アルフはなぜか話しかけるのを躊躇った。


 幸いにして、自分の前には書類やら観測データやらが山を成している。とりあえずこれらを整理する作業をしていれば、ただ黙っている息苦しさも紛れるだろう。


 そう考え、アルフは作業を再開する。リンディの手も淀みなく動いているが、それはもはや条件反射的なものに近いのか、その目は現在を捉えているようには見えない。



 ≪普段は……クロノと歳の近い姉弟みたいに見える人だけど………≫



 今の彼女を見て、クロノ・ハラオウンの姉だと思う人間はいまい。デバイスならば、そう考えるかもしれないが。


 リンディ・ハラオウンの纏う空気には、姉には決して持てないものがある。



 ≪母親、か……≫


 使い魔であるアルフには、親というものが実感として分からない。彼女は群れからはぐれた仔狼であり、フェイト・テスタロッサに救われ、彼女の使い魔となったから。


 だけど………


 ≪あたしにとっては、きっと、リニスなんだろうね≫


 それに、近いものは知っている。確証はないが、きっとそうだろう。


 ふと思えば、時の庭園へ帰ってきたのも三カ月ぶりくらいになるか、リニスがいて、プレシアがいて、トールがいて、自分とフェイトがいる頃は、ここにいるのが当たり前であったのに。



 ≪一家五人でテスタロッサ家、そりゃあ、ハラオウン家にいるフェイトは幸せそうだし、なのはも傍にいてくれるけど……………あの時に集ったメンバーが全員いたら、もっと幸せだっただろうね≫


 アルフは想う、それに、もう一人の家族のことも。


 アルフもまた、ある嘘吐きデバイスが作った桃源の夢において、彼女と一緒に過ごした記憶を持っているから。


 そんな、ありえたかもしれない現在に想いを馳せていたからだろうか―――



 「Song To You………クロノ………」



 呟くように、祈るように、紡がれた彼女の小さな声を。


 子を想う母の言葉を。


 アルフが、聞き取ることはなかった。




 代わりに――――




 『ならば私はどうなのでしょうか、マスター』


 母が娘のために作り上げ、その娘が母となった時に、娘のために“人間のような”受け答えが出来るように機能を与えられた古い機械仕掛けが、それを聞き届けた。



 そして―――彼は自らの在り方を確認する。



 もう主がいないため、決して変わることのない命題を。





 『Function For You、………マスター』



 貴女のために機能します、我が主



 『Message To You、………アリシア』



 言葉を、貴女へ、アリシア



 『Happiness Presented To You、………フェイト』



 幸せを、貴女へ贈ります、フェイト






 









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