Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十五話   遭遇戦 〜二度目の戦い〜




新歴65年 12月7日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  管制室  PM6:45



 「そっか、レイジングハートもバルディッシュも無事完治と、今どこ?」


 【二番目の中継ポートです。あと10分くらいでそっちに戻れますから】



 アースラの最前線施設でもあるハラオウン家の一室に設けられた管制室にて、エイミィは本局にデバイスを受け取りにいっていたなのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人から報告を受けていた。


 現状、アースラスタッフは各地へ散らばって動いており、数時間単位で活動場所が異なっている。なのはやフェイトは基本的に海鳴市から動かないので現在地を把握しやすいが、捜査員などはあちこちへ派遣されているため、所在がつかみにくい。


 それらのスタッフの位置を把握し、無駄のない連携を行えるように調整することこそが、管制主任であるエイミィ・リミエッタの現在の主任務である。通信と情報統括の要であり、艦長であるリンディと、武装局員や捜査員を率いて現地で動いているクロノに次ぐ、アースラのナンバー3こそが彼女であった。



 「そう、じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュについての説明を―――」

 『アラート!』


 「! こりゃまずい! 至近距離にて、緊急事態! 観測スタッフ、武装局員総員、第一級厳戒態勢へ! クロノ君!」






同刻   第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  



 「状況を」


 緊急事態を告げるアラート音の中、次々に切り替わる画面を睨みながらリンディ・ハラオウンは慌てることなく現地の局員から報告を聞いていた。


 【都市部上空において、捜索指定の人物二名を捕捉しました。現在、強装結界内部で対峙中です】


 答えたのは、武装局員の小隊長を務める22歳の局員。今回アースラに加わった部隊は一個中隊規模であるが、その中核はジュエルシード実験における“ブリュンヒルト”との模擬戦に参加していた20名となっている。ちなみに彼は中隊長機“ゴッキー”と遭遇した経験を持つ。


 魔導師の戦力は少々特殊であり、AAAランク魔導師ともなれば、単体で分隊規模、オーバーSランクならば単体で小隊規模の戦力として数えられることもある。一応、4〜5名で分隊、15〜20名で小隊、50〜60名で中隊、150〜200名で大隊という区分はあるものの、保有する魔導師ランクによってこの数はかなり変動するため、目安程度でしかない。


 ただし、魔導師ランク=戦力とはならない。リンディ・ハラオウンのようにSランクに相当する魔力を持っていても実戦的な能力を有していない場合もあり、逆に、魔導師ランクは低くとも武装隊経験が長く、一騎当千に近い戦力となる近代ベルカ式の使い手も存在する。


 その中でも今回は割とバランスの良い戦力配分であるといえる。全員がBランク以上の武装局員であり、一分隊4名による四個分隊で一小隊。それが三個小隊で一個中隊48名、小隊長3名と中隊長となるクロノ・ハラオウンを加え、52名という規模。


 【貴方の手元の戦力は?】


 【自分の小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、アップルジャックの三分隊12名だけです。ラム分隊はかなり遠くへ出張っていますから】


 三つの小隊はフレイ、ジオ、ミューズと呼称され、彼はフレイ小隊16名を率いる小隊長。配下には四つの分隊、ウィスキー、ウォッカ、ラム、アップルジャックがある。


 【分かりました。交戦は避けて、外部から結界の強化と維持を】


 【はっ】


 【現地には執務官を向かわせます。援軍が到着するまで、持ちこたえて】


 【了解しました】



 一つのスクリーンが閉じ、同時に別のスクリーンを起動させる。



 【エイミィ、クロノは?】


 【もう向かいました、後、ジオとミューズですが、ジオ小隊のチワワ、チーズ、ドーベル、ダックスの四分隊は全部遠くの世界へ散っています。ミューズ小隊のポンド、フラン、ルピーは割と近いですから、時の庭園を経由すれば30分くらいあれば】


 【分かったわ、時の庭園で待機中のラムとマルクの両分隊も現地へ向かわせます。その際には執務官か、彼が交戦中ならばアクティ小隊長の指揮下に入るように】


 【了解!】


 【30分………エイミィ、なのはさんとフェイトさんは】


 【ユーノ君とアルフと一緒です。10分もあればこっちに着けると言ってましたから、急げば5分で】


 【…………】


 逡巡の時間は僅か。その間にリンディ・ハラオウンは現在の戦力配分とそれぞれに動員令を出した際に現地に到着できるまでの時間、さらには守護騎士に対してどの程度の働きが可能であるかを計算する。


 正直、Bランクでは守護騎士と直接対峙するには足りない。Aランクを有する小隊長3人ならばそれなりに戦えるだろうが、一般の武装局員では辛いものがある上、ジオとミューズの隊長は遠く離れている。それを平然と成したユーノ・スクライアという少年が異常なのだ。


 【彼女らも、現場へ】


 【―――了解しました】


 これは遭遇戦であり、万全整えてというわけではない。なのはとフェイトを戦線へ投入するかの判断は難しいところであったが―――



 「………どうか無事で」


 一度決断した以上は、彼女らが無事に帰還できるよう全力を尽くすより他はない。


 リンディ・ハラオウンは目まぐるしく変わる画面を見つめながら、情報の整理にあたっている時の庭園の管制機を呼び出し、“例の手段”が使えるかどうか確認するため、中央制御室へと回線を繋いだ。












新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  上空  PM6:49




 「囲まれたか」


 「遭遇戦になっちまったな」



 フレイ小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、アップルジャックの三個分隊12名が包囲する相手は、鉄鎚の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラの二騎。


 この対峙は、両陣営にとって予想外のものではあるが、このような事態は往々にして起こり得る。ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還するタイミングに、たまたまアップルジャック分隊の巡回ルートと時刻が重なったために起きた衝突であるため、共に準備不足が否めない。


 この場合、有利になるのは無論、ヴォルケンリッターである。管理局側は十分でない戦力で彼女ら二人を捕縛する必要があるが、ヴィータとザフィーラにとっては一角を突破するだけでよい、別に敵を全て倒さなければいけない理由などないのだから。


 戦力的には互角か、管理局がやや優勢であっても、勝利条件に雲泥の差がある。これを覆せるほどの戦力差と戦略が果たしてあるかどうか。


 だが―――



 【蒐集は、どうする? こいつらは間違いなく武装局員、一人当たり3ページは稼げるぜ】


 【難しいところだな、強欲は身を滅ぼすとはいうが、危険を恐れていては成果を得られんことも事実】



 守護騎士にもまた、欲しいものがあり、それが目の前にある。


 5日ほど前に海鳴市においてヴィータが蒐集した局員は捜査員であり、ギャレットと同じようにEランク相当の魔力しか有していなかった。しかし、今彼女らの前にいるのは武装局員、全員がBランク以上の魔導師であり、12名全員から蒐集することが出来るならば―――



 【一気に、36ページくらいは稼げるってことだ】


 【―――いや、待て】


 その瞬間、ザフィーラはある可能性に気付いた。


 自分達が、並の武装局員では到底敵わない存在であることは管理局とて理解しているはず。そして、自分達の目的がリンカーコアの蒐集にある以上、彼らは好餌にしかならない。


 だがしかし、“餌”となるものを、獲物を求めて彷徨う獣の目前にちらつかせるとすれば、それは―――



 「返り討ちに――」


 「ヴィータ! 上だ!」


 「なっ!!」


 獣を仕留めるべく、狩人が罠を張っている場合しかあり得ない。



 「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」


 狩人とは無論、クロノ・ハラオウンのことを指し、狩人は“餌”を囮とすることで獣を仕留めるための矢を放つ準備を完了していた。


 魔力刃スティンガーブレイドの一斉射撃による中規模範囲攻撃魔法。クロノの周囲に展開しているその数は100を越えており、魔力刃一つ一つを環状魔法陣が取り巻き、一斉に目標へ狙いを定める。


 連射性ならばフェイトのファランクスシフトに劣るが、貫通力ならば上をいく。また、魔力刃の爆散による視界攪乱の効果もあり、武装局員12名が強装結界強化・維持の為に散開した隙をつかれないようにする効果もある。



 「ちぃ!」


 しかし、彼が対峙している相手は、最硬の防御を誇る盾の守護獣。ヴィータを庇うように展開された鋼の守りが襲い来る魔力刃を防いでいく。



 「少しは―――通ったか」


 エクスキューションシフトの着弾と、武装局員が強装結界維持のために散開したのを確認し、ストレージデバイスS2Uを油断なく構え、クロノは煙が張れるのを待つ。



 「ザフィーラ!」


 だが、盾の守護獣ザフィーラの障壁を抜けたのは、僅かに3発。ただ、その3発の魔力刃は彼の腕に刺さっているわけではあるが。


 「気にするな、この程度でどうにかなるほど―――軟じゃない!」


 筋肉の収縮のみで、ザフィーラは魔力刃を砕き割った。無論、魔力による身体強化があるからこその技だが、クロノは自分にあれが可能であるとは思えなかった。



 【ダメージまでは高望みというものだったか、だが、目標は果たせたな】



 しかし、状況はあくまでクロノに有利に傾いている。守護騎士二名を補足したアップルジャック分隊、さらに近場にいたウィスキー、ウォッカの分隊を現場から退かせず、守護騎士の包囲を続けるように指示したリンディの意図を悟り、彼も現場指揮官として即座に動いていた。


 まずこの状況において優先すべきは補足した守護騎士を逃がさないことだが、主戦力が到着するまでどうしても3〜5分の時間がかかる。クロノが一番早かったが、それでも2分以上の時間はあった、ヴィータとザフィーラならばその間に包囲の一角を突破することなど容易い。


 それ故に、用意したのは“精神的な檻”。守護騎士の戦略目標を“この場から離脱すること”から“武装局員から蒐集すること”の狭間で揺れ動かすことで、二人の動きを封じた。ヴィータとザフィーラが包囲の一角を突破すべきか、武装局員を打倒して蒐集すべきかで悩んだのは90秒ほどであったが、クロノが到着するには十分であり、それこそが主戦力到着までの時間を稼ぐためのリンディの策。


武装局員とて軟弱ではなく戦い慣れた者達であるが、守護騎士を相手にするには力が足りず、結界を維持することで精一杯であることは事実。だが、いつSランク相当と思われるベルカの騎士に強襲されるか予測できない状況において、守護騎士の前に立ちはだかり続けた彼らの度胸と勇気もまた、見逃してはならない要素である。


 彼ら武装局員が、オーバーSランクかそれに準じる怪物の巣窟である戦技教導隊の教官の下で、殺すつもりかと思われる程の厳しい指導を受け、容赦なくボコボコにされるのも、このような状況においても冷静さを失わず、己の役割を果たすことに集中できる鋼の精神を鍛えるため。


その過程で潰れる者も少なからずいるが、それで潰れる程度の者達ならば、ヴィータとザフィーラの前に踏みとどまることなど出来ず、逃げだしていただろう。


 故にこそ、厳しい訓練に耐え抜いた彼らは“武装局員”と呼ばれるのだ。他の部署や民間の企業などにもAランク以上の魔導師は存在しており、魔力だけならば武装局員より遙かに高い者もいる。


 だが、非殺傷設定など搭載していないアームドデバイスを持ち、こちらを睨みつけながら殺気を飛ばしてくる魔導犯罪者を相手に、怯むことなく対峙し、執務官が到着するまで命を張って足止めする、それは魔力が高いだけの高ランク魔導師には不可能なこと、魔導師ランクはBであろうとも、彼らは“戦士”なのである。


 そして、高町なのはとフェイト・テスタロッサの最大の特徴は、その武装局員らと同等の精神性を有しているという点だろう。高い魔力を持っていようとも、それを扱う技能がなければ宝の持ち腐れだが、守護騎士と対峙するにはそれ以前の問題として、“不屈の心”が必須となる。


 技術の面では歴戦の強者であるベルカの騎士や、5歳の頃から訓練を積んできた執務官の少年には及ばずとも、骨が軋むような緊張感と恐怖が支配する実戦の場において、怯むことなく立ち向かう精神の強さを彼女らが持っているからこそ、リンディも決断を下した。



 【武装局員、配置完了、オッケー、クロノ君!】


 【了解】



 そして、戦力を如何に運用するかという点において指揮官の腕が問われる、戦力が揃っていなくとも、運用方法次第で高ランク魔導師を足止めすることも可能であり、今回はまさにその実例。結果だけ見るならば、Bランク魔導師12名のみによって、一発の射撃魔法を放つこともなく、Sランク相当の古代ベルカ式の使い手を釘づけにすることに成功した。さらに武装局員はその後も結界維持要員として機能できる。



 【主戦力もそっちに送ったよ、マルクとラムの両分隊は予備戦力としてアクティ小隊長が率いてるから、現状における戦力、AAA+の執務官一名、AAAランクの魔導師二名、AA+の使い魔一名、Aランクの小隊長一名、Bランクの武装隊員20名、あと、判別しがたい一応のAランク魔導師一名】


 無論、最後の一人はユーノ・スクライアしかあり得ない。


 【ジオ中隊は間に合わない。後25分くらいでポンド、フラン、ルピーの三個分隊と小隊長が到着するけど、それまで守護騎士を逃がさないことが絶対条件になる】


 【分かった。そっちは残りの二騎の捕捉、頼んだぞ】



 二騎が強装結界に閉じ込められた以上、残る剣の騎士と湖の騎士の二名も必ず出てくるはず。


 【艦長の指示の下で動いてるよ、アレックスとランディもこっちに着いて、海鳴市全域のスキャンを開始したけど、即興だからあまり精度は期待しないで】


 【了解だ】














新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  ビル屋上  PM6:50




 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」



 そして、彼女らの役割こそ、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターに対する主戦力。


 ギャレットのような捜査員はおろか、専門の訓練を積んだ武装局員ですら敵わない領域にいるベルカの騎士達。彼女らに対抗するならば、最低でもAランクは必要であり、それですら瞬殺される危険をはらむ。


 よって、彼らの役割はここまで、強装結界内部に守護騎士を閉じ込め、逃げられないよう外部から補強する。エース級魔導師が敵の打倒にのみ全力を注げる状況を作り出すという役目を、予期せぬ遭遇戦でありながら見事に果たした彼らの働きは見事の一言に尽きる。


 『Order of the setup was accepted.』

 『Operating check of the new system has started.』

 『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five.』

 『The deformation mechanism confirmation is in good condition.』



 「や、やっぱり」


 「今までと、違う」


 これより先はエース級魔導師の役割であり、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うため、いや、打倒するために生まれ変わった二機もこれまでとは異なっている。


 より強く、より堅牢に、己の主を守護するため、レイジングハートとバルディッシュは命題を同じくする新たなハードウェアへと進化した。


 代償として、セットアップに約4秒というやや長い時間を有することとなってしまっているが、二機の主達の役割は主戦力、万全整えた状態で戦うことを前提としているのだから問題はない。彼女らが別の任務に就くならば、その時に改めてデバイスマイスターがセットアップ時間に対する調整を行えばよいだけの話。



 【そう、それがその子達の選んだ姿――――9歳の女の子のデバイスとしてはちょっとどうかと思うけど、結界構築や報告書の処理、治療とかの汎用機能を一切捨てて、純粋に戦闘能力にのみ特化した、ベルカ式カートリッジシステム搭載型のインテリジェントデバイス】


 『Main system, start up.』

 『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible.』

 『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained.』


 それが、ヴォルケンリッターに対抗するため、二機が選んだ道。


 エイミィとしては二人の少女の将来が少々不安になりそうな改善案だったが、これ以外の案をレイジングハートもバルディッシュも受け入れなかったため、この案で行くこととなった。



 【呼んであげて、その子達の、新しい名前を!】


 『Condition, all green. Get set.』

 『Standby, ready.』



 そして、解き放たれるその名は―――



 「レイジングハート・エクセリオン!」


 「バルディッシュ・アサルト!」


 『『 Drive ignition. 』』




 重厚なる金、苛烈なる赤、装飾を施されながらも無骨、何より凶暴。


 前方接続部に設置された弾倉に闘志を装填する破壊の象徴。


 自動式カートリッジデバイス(オートマチック)、“レイジングハート・エクセリオン”。





 精錬された黒、耽美なる黒、研ぎ澄まされた刃の如く美麗、何より冷酷。


 六ある弾倉の最下部より無慈悲なる死を吐き出す殺意の象徴。


 回転式カートリッジデバイス(リボルバー)、“バルディッシュ・アサルト”。





 「あいつらのデバイス――――まさか! 正気か!」


 二人の少女が見据える先に座す鉄鎚の騎士、彼女の驚愕に応えるように。



 『Assault form, cartridge set.』


 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトは基本形態であるアサルトフォームを。


 『Accel mode, standby, ready.』


 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンもまた基本形態であるアクセルモードをとり。



 「―――行くよ、フェイトちゃん!」


 「うん、なのは!」



 二人の少女は、魔導師と騎士の闘技場へと足を踏み入れる。









同刻  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室



 『このような展開となりましたか』


 時の庭園は現在、闇の書事件を追うために時空管理局の次元航行艦とほぼ同等の役割を果たしており、リンディ・ハラオウンがいる作戦本部はまさしくその中枢である。


 しかし、時の庭園の機能そのものに関してならば、この中央制御室こそが中枢となる。数多くの乗組員が搭乗し、人間によって動かされることを前提としている次元航行艦と異なり、時の庭園は機械によって動かされることを前提とした作りとなっている。


 そして、その中枢に座すは、管制機トール。彼が何を想い何を成すか、考えるまでもなくただ一つの答えしかあり得ないため、却って人間には理解しがたい。



 『この状況は、彼にとって予想外とは言えないでしょう。確率こそ低いものの、あり得る事態である以上、手を打っていてしかるべき。ならば、“彼女達”が周囲にいるはず』


 現在彼が有している情報は少なくない。しかし、決定的なものもまたなく、一言で“情報不足”と断言できる状況だ。


 “機械仕掛けの神”によって、風のリングクラールヴィントから得た情報、こちらからは守護騎士の行動理念や課せられている束縛をほぼ理解できたが、根源部分が判明していない。


 いや、それ以前の問題として闇の書のという存在そのものがおかしいのだ。ならば、守護騎士やそのデバイスから得た情報が間違いないものである保証もなく、無限書庫が開放され、闇の書そのものに関する信頼できるデータが揃わない限りは、彼は判断が下せない。


 そして、もう一つ。


 ≪オートクレール、貴方の依頼をお受け出来るかどうか、残念ながらまだ判断はつきません。彼の老提督が望む終焉は貴方より聞き知りましたが、話を聞く限りではそれを良しとしない方達もいらっしゃるようです≫



 返答はない、あるはずもない。


 管制機が独り言のように発したものは音声ではなく、通信のための信号でもない。ただ、彼の電脳、内部回路にパルスが走ったに過ぎない。


 だがそれは無意味ではない、中央制御室に在る彼はアスガルドと一心同体であり、トールの思考は彼に届く。そして、スーパーコンピュータの大演算機能が複雑極まる計算を絶え間なく行い続け、その思考はあるストレージデバイスへと送信される。


 闇の書事件の対策本部たる時の庭園から、オートクレールへと情報が送られることは当然の帰結であり、老提督も含めてそれを怪しむ者などいない。しかし、二機の古いデバイスは誰も知らない情報のやり取りをも行っていた。


 管制機に情報を伝えた彼はストレージデバイスであり、インテリジェントデバイスと異なり独立した意思を持たない。入力に合わせて出力を返すだけの端末に過ぎない彼らストレージデバイスに何を語りかけたところで意味はない。



 ≪故に今回、私は観測者に徹しましょう。フェイトの現在の望みは守護騎士の真意を知ることにあり、それについて私は詳しい情報を知り得ませんから、まずはその情報を得るために動きます≫


 だがしかし、時の庭園の管制機はストレージデバイスやアームドデバイスと意思を疎通させることを可能とする“機械仕掛けの杖”。


 機械と同調し、機械を理解し、機械を管制する。原初に彼に与えられた機能はそれであり、マイスターに娘が生まれなければ、その命題も異なったものとなっていただろう。



 ≪フェイトが守護騎士達の心を知り、その主、八神はやてに辿り着いた時、彼女が何を想うか、私の行動はそれ次第です≫


 管制機は知る、老提督の覚悟を。


 管制機は知る。老提督のみが知るはずであり、アースラの乗組員達が知らない闇の書の主の名を。


 だが、管制機は知らない、闇の書がその主にどのような影響を与えているかを。


 管制機は知らない、守護騎士達が何を知り、何を求めて動いているか。


 ただ、アルゴリズムに従って蒐集を行っているのか、それとも、アルゴリズムに背いた行動をとっているバグなのか。



 ≪ただし、異なる考え方もある。守護騎士達が主のために動くことがアルゴリズムに逆らうバグなのではなく、現在の闇の書のアルゴリズムこそが、本来ならばあり得ぬバグという可能性≫


 管制機たる彼は知る、闇の書の管制人格という存在は矛盾に満ちていると。


 大元が歪んでいる以上、守護騎士達とてその影響を受けている。さらに、それが主に如何なる影響を与えているかも未知数。


 未知のパラメータは数多く、大数式の解が見えない。この段階でアースラが八神はやてという少女に辿り着いたとして、果たして効果があるものか。


 闇の書を封じる的確な手段が確立されていない現状、守護騎士の真意が判明していない現状、守護騎士にとって管理局が“敵対者”でしかあり得ない現状、そして、闇の書とはそもそもどのようなものであったかが分かっていない現状。


 それらを鑑み、管制機は黙したまま観測を続ける。現在の彼が知り得ている情報、“闇の書の主は八神はやてという少女である”、これを開示したところで、フェイト・テスタロッサという少女の望みが叶うことに繋がるという演算結果が出なかった故に。


 そして、より基本的な理由として、トールというデバイスは十分な情報が揃わない限り行動を起こさない。唯一の例外はプレシア・テスタロッサから命令があった場合、彼女が何かを願った場合だが、それはもうあり得ない。


 だからこそ、彼は、黙したまま観察を続ける。見方によればアースラの全員を裏切っているようでもあるが、デバイスにとってはそうではない。デバイスが裏切ってはならないのは主と、与えられた命題のみ。


 人間ならば、“板挟み”という感情もあるが、デバイスにはそのようなものはない、電脳が導き出す計算結果のままに、ただ機能する。


 アースラの観測スタッフ、捜査スタッフ、さらには武装局員、彼らと協力し、彼らが休んでいる間も集まったデータの分析を続け、守護騎士を捕捉するための包囲網の構築に大量のリソースと数多くの魔導機械を費やしながら、彼は“闇の書の主”に関するデータを開示しない。


 だがしかし、そこに矛盾はない。



 『アスガルド、戦況の推移を見守りながら守護騎士の行動を観察します。いざとなれば中隊長機を現場へ転送しますので、転送ポートの準備も並行して行い、また、武装局員に負傷者が出る可能性も考えられますから、“ミード”と“命の書”を用意した上でメディカルルームを手術可能な状態に維持するように』


 『了解』



 現状、その情報を開示したところで、生じるのは不協和音のみ。情報源が明かせない情報は、余分な混乱をもたらす危険が高い。


 つまりは、リスクとリターンの問題でしかない。得られる利益よりも、その行動がもたらす不利益の方が大きいという演算結果が出たため、トールはその情報を開示しない、ただそれだけのことである。


 人間と異なり、機械である彼にとっては――――


 ただ、それだけのことでしかない。




 最後の闇の書事件、守護騎士と管理局の二度目の戦いが始まり、長い夜の終わりへと、時計の針は進んでいく。





あとがき
 ちょうど原作の第四話が終わったところで守護騎士との第二回戦開始です。A’S編を書いていて、物語が進む過程を何度も見返すと、闇の書事件へのオリキャラの干渉が実に難しいことを思い知らされます。
 仮に、原作知識があったとして、無印であればフェイトの事情やプレシアの目的、そして何よりもジュエルシードの発動タイミングを知っていることはかなりのアドバンテージとなりますし、原作をより良い形に導くことも出来ると思います、仮に上手くいかなかったとしても、基本的になのはとフェイトの二人が軸なので、この二人が触れ合うように誘導できればよいわけです。
 しかし、A’S編は人間関係がより複雑に絡んでおり、特にグレアム提督とアースラ、守護騎士の立ち位置は非常に難しいものがあります。原作知識によって闇の書の主や守護騎士の事情が分かっていても、闇の書が完成しない限りは打つ手がないという状況は変わらず、下手に干渉すると“こじれてしまう”可能性が非常に高いのです。それを無理に繋げようとすると、守護騎士が理由もなくオリキャラの言うことを信用したり、グレアム提督が11年間の苦悩と葛藤をあっさりと捨て、方針を変えてしまうことになったりと、プロットの構成段階では無数のボツ案が積み上げられることとなりました。
 なので、無限書庫が開放され、“闇の書そのものに関する信頼できる情報”が揃わない限りは、無暗に介入しない方が物語が纏まる、という結論に達しました。トールはクラールヴィントとオートクレールよりそれぞれの陣営の事情をある程度知っており、アースラの方針についてはほぼ全て知っています。ならば、現段階におけるトールの選択肢は“静観しながら情報収集に努める”以外に成りえません。フェイトが『あの爺さんムカつくから、ぶっ殺す』や『守護騎士の野郎ども、舐めやがって、ぶっ殺す』と言えば話は違いますが、フェイトにもまだ心の中で望む闇の書事件に関する明確な終焉の形がない以上、トールは積極的な行動には出ません。
 ということで、原作の第八話くらいまでトールは裏方に徹し、事件の展開も原作に近い形となります。ただ、最初の戦闘のように戦闘内容は変えていくつもりですので、頑張っていきたいと思います。それではまた。





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