Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十六話   主と鍋のために



新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  スーパー三国屋  PM6:30



 時は、少しだけ遡る。



 「そやけど、最近みんな、あんまりお家におらんようになってしまったね」


 「えっ、ええ、まあその………なんでしょうね」


 唐突に振られた話題に、シャマルは咄嗟に切り返しが出来なかった。


 とはいえ、彼女を責めることは出来まい。他の三人であったとしても、この言葉に明確に返せる答えを持ってはいないのだから。


 「別に、わたしは全然ええよ、みんなが外で色々やりたいことがあるんやったら、それは別に」


 「……はやてちゃん」


 「それに、わたしは元々一人やったしな」


 「―――!」


 だが、その言葉だけは、彼女はただ受け入れるわけにはいかなかった。


 「はやてちゃん、きっと大丈夫です!」


 「シャマル?」


 「今は皆忙しいですけど、あと少ししたら、きっと」



 それは、願いであると同時に誓いでもある。


 例え何があろうとも、この少女だけは救うと、彼女ら四人は誓ったのだから。



 「―――そっか、シャマルがそう言うなら、きっとそうなんやね」



 車椅子に乗った少女は、優しい笑みを返す。長い夜の中で凍て付いた守護騎士達の心を溶かしてくれた、光のような笑みを。


 本当に、自分達は素晴らしい主を持ったと改めて思いながら、シャマルははやての車椅子を押し、買い物に戻る。



 「今夜はすずかちゃんも来てくれるし、お肉はこんなもんでええかな?」


 「ええ、ヴィータちゃんがたくさん食べる分を考えても」


 「外は寒いし、今夜はやっぱり温かお鍋やね」


 「はい」



 そして、買い物を終え、外に出た少女は、冷え込む空気に僅かに身を震わせ、手に息をかけながら、空を見上げる。



 「みんなも、外で寒うないかなぁ」



 季節は冬、6時を過ぎれば既に空は漆黒の帳が降りてきている。


 綺麗に澄んだ星空を眺めながら、闇の書の主である少女は家族に想いを馳せる。


 僅かに位相をずらした同一の次元空間において、繰り広げられる戦いの嵐を、未だ知ることなく。


 少女は、ただ純粋に家族のことを想っていた。











新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部  上空  PM6:52




 「強装型の捕獲結界、ヴィータ達は、閉じ込められたか」


 海鳴市の上空に浮遊するは、ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティン。


 『Wahlen Sie Aktion! (行動の選択を)』


 「レヴァンティン、お前の主は、ここで退くような騎士だったか」


 『Nein.(否)』


 「そうだレヴァンティン、私達は、今までもずっとそうしてきた」


 カートリッジがロードされ、レヴァンティンの刀身に炎が宿る。これより彼女が何を試みるかなど、考えるまでもない。


 知謀を尽くして敵の裏をかくのは彼女の領分ではない、剣の騎士シグナムは常に真正面から敵を見据え、切り捨てることをこそ矜持としている。


 だが、同時に―――


 <ヴィータとザフィーラが捕縛されたということは、例の黒服が来ているな>


 将でもある彼女は、自分達が置かれている戦況を正確に把握していた。クラールヴィントのように探知能力に長けているわけではないため、結界内部の状況は突入してみなければ分からないが、敵の主戦力が集結しているであろうことは疑いない。


 そしてさらに、今のシグナムには普段を遙かに超える探知能力が備わっている。それは彼女自身の力というわけではないが、遠隔探査を行える頼もしい味方が、彼女にはいるのだ。



 <そして今、確かに息を飲む気配がした>


 彼女がわざわざレヴァンティンへ問いかけ、己の選択を誇示するように掲げているのにも相応の理由がある。ほぼ間違いなく、結界を維持している者達の他にも戦況を観測している者達がいる、正確な位置までは探れないが、気配の僅かな動きがあれば、規模や役割程度は察することが出来る。



 【シャマル、お前は今動けるか?】


 【ええ、買い物は済んだし、今ははやてちゃんがお鍋の用意をしてくれてるから、すぐに出られるわ。状況も、貴女のおかげで分かっている】


 ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還し、アップルジャック分隊とはち合わせてからの数分間、シグナムはただ座していたわけではない。


 強装結界が展開されるまでに周囲を飛び回り、後続が駆けつける気配がないかを探った結果、強力な魔力反応が結界内部へ転移してきたことを感じ取った。


 そうして、敵の主戦力が強装結界内部におり、指揮官は例の黒服の少年であり、武装局員が外部から結界を維持し、さらに自分とシャマルの出現に備えた伏兵が配置されていることを知り得た。


 【お前が、これを託してくれたからな】


 そしてそれを余すことなくシャマルが知ることが出来る理由こそ、シグナムの手に握られる一つの指輪、クラールヴィントである。


 クラールヴィントは四つの指輪で一つのデバイスの機能を果たすため、リング同士の繋がりは他のデバイスとの連携とは比較にならない。唯一比肩しうるとすれば、時の庭園の管制機トールと、中枢コンピューターのアスガルドのみであろう。


 その指輪の一つをシグナムが持ち、レヴァンティンと接続する。クラールヴィントは補助・通信に特化しており他のデバイスとの連携を行うことを可能とする。流石に管制機トールのようにリソースの共有までは不可能だが、情報のやり取りならば問題なく行える。


 【これを私が持ったまま強装結界内部へ突入した場合、お前は内部の様子は分かるか】


 【大丈夫、分かるわ】


 【そうか、ならば私は内部へ飛び込もう。お前は中には入らず、外部の敵を叩いてくれ、だが、例の黒服が出てきたら注意しろ、直接は戦うな】


 【ええ、そうするわ、私では彼の相手にはならないでしょうし】



 なすべきことが決まったならば、即座に行動に移すのみ。


 クラールヴィントによって結界の内部と外部が完璧な連携が取れるならば、管理局を出し抜く方法はある。無論、実現させるのは容易ではないが、彼らは一騎当千のベルカの騎士にして、誉れ高き夜天の騎士、この程度の難局を凌げぬはずがない。



 【お前の魂の一部を借りていく、そちらもぬかるな】


 【ご武運を、騎士シグナム】
















同刻  第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部  ビル屋上




 「私達は、貴女達と戦いにきたわけじゃない。まずは話を聞かせて」


 黒いバリアジャケットを纏った少女が静かに語りかけ。


 「闇の書の完成を、目指している理由を」


 白いバリアジャケットを纏った少女も、守護騎士の戦う理由を問う。


 鉄鎚の騎士と盾の守護獣と対峙する少女二人は、自分達がやってきたのは戦うために非ず、話を聞くためなのだと告げていた。


 相手と戦う前に、まずはその真意を知りたい、それが、なのはとフェイトの偽らざる気持ちであった。


 しかし――――



 「あのさあ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」


 鉄鎚の騎士ヴィータの内心は、“こいつらはマジで言ってるのか?”、というものであった。


 「和平の使者なら、槍は持たない」


 「――――?」


 「――――?」



 その言葉に対して、なのはとフェイトは首を傾げる。片や現代に生きるミッドチルダ人であり、片や地球人、中世ベルカ時代の諺を熟知しているはずもない。



 「話し合いに来たってんのに武器を持ってくる奴がいるか馬鹿、って意味だよ、バーカ!」


 「んなっ! い、いきなり有無を言わさず襲いかかって来た子がそれを言う!」


 「それにそれは、諺ではなく、小噺の落ちだ」


 的確にツッコミを入れるザフィーラだが、彼も意味もなくそうしているわけではない。


 彼の瞳は、少女二人の目をじっと見据え、その言葉に偽りがないかどうかを探っていた。その言葉が真実ならば、管理局が闇の書の主を問答無用で捕えようとはしていないこととなり、ともすれば彼らの今度の行動方針に関わるかもしれないのだ。


 「うっせ! いんだよ、細かいことは」



 とはいえ、今のなのはの現状を例えるならば、44口径の拳銃(レイジングハート)で武装していた少女が、薙刀(グラーフアイゼン)で武装した少女に襲われ、拳銃が大破。代わりに、ロケットランチャー(レイジングハート・エクセリオン)を携えて薙刀を持った少女の前にやってきた、という感じである。



 「なのは、フェイト………今のレイジングハートとバルディッシュを構えながら言っても、説得力が……」


 「………言うな、ユーノ」


 レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトは見事なまでに戦闘に特化したデバイスであり、それを起動させ、臨戦態勢をとりながら“話し合いをしに来た”と言っても説得力が微塵もない。どう考えても、“お礼参りに来た”という印象しか持たれまい。


 デバイスを持っていない少年の意見は尤もであり、杖型の汎用性の高いデバイスを持つ少年の意見も同じであったが、一応はフォローになっていないフォローをしておく。なんにせよ、なのはとフェイトの感性はやはりどこか一般認識とずれているようであった。



 <しかし、随分と、人間らしいな………>


 それよりも、クロノが注目した部分は別にあった。


 彼も以前の戦いにおいて紅の鉄騎と対峙したが、その時の印象は油断ならない強敵、というものであった。今もそれは変わらないが、随分と見た目相応、より端的にいえば子供らしい印象を受ける。


 本来、守護騎士は人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術によって作られた疑似人格、主の命令を受けて行動するプログラムに過ぎないはず。少なくとも、管理局が経験してきた八度に及ぶ闇の書事件においてはそのように報告されている。


 ならば、その相違点は一体何に由来するのか―――




 <直観的なものなのかもしれないが、なのはの言葉も核心を突いている。なぜ守護騎士達が蒐集を行い、闇の書の完成を目指しているか、そもそも、主は守護騎士に何を命じた? 命を奪わぬように蒐集をする真意とは>


 現状は二対五、このまま一気に攻めれば倒すことは可能であろうが、それだけでは根本的な解決にはならない。主がいる限り守護騎士の再生は可能であり、闇の書本体とその主を見つけ出すことが重要なのだから。



 <なら、ここは―――>



 その時、凄まじい音と共に、強装結界の一部が突き破られた。



 「―――シグナム」


 金色の髪の少女、フェイトの呟きの通り、落雷の如き閃光が落下したビルの屋上には―――



 「………」


紫色の魔力を纏い、炎の魔剣レヴァンティンを構えし烈火の将、シグナムが存在していた。



 <これで、五対三か、ここで彼女らを捕えられればいいんだが>




 それは少々厳しいだろうとクロノは推察する。ここまでは自分達に有利に進んでいるが、やはり守護騎士達にとっては撤退出来ればそれでいいという状況は変わらず、勝利条件は向こうが圧倒的に有利なのだ。


 そして、ここが市街地であることも管理局にとって不利な条件だ。万が一にも民間人を巻き込むわけにはいかないため、強装結界よりもさらに大きく封鎖結界を張らなければならず、一定以上の距離を逃げられた場合、軽々しく追うことが難しくなる。


 法の制限を受けず、自由気ままに動き回れるのはいつの時代も犯罪者の特権。どんな理由があろうとも守護騎士達が犯罪者である現状は変わらず、それだけに自由でもある。



 「ユーノ君! クロノ君! 手を出さないでね! わたし、あの子と一対一だから!」


 「まじか………」


 「あの眼はマジだよ」


 と、様々な事柄について考えている現場指揮官と異なり、主戦力の一人の思考は既に固まっている模様。流石に付き合いが長いユーノはなのはの目が大マジであることを察した。


 「アルフ、私も………彼女と」


 そして、もう一人のAAAランク魔導師も、強装結界を破って突入してきた騎士にのみ、その目が向いている。


 「ああ、私も野郎に、ちょいと話がある」


 その使い魔の女性もまた、自らと同じ存在であると思わしき、狼の耳と尾を備えた男性を見据える。



 <三対三か、どうやら、向こうの戦闘思考も固まりつつあるようだな>


 なのは、フェイト、アルフの三人にそれぞれ視線を向けられているヴィータ、シグナム、ザフィーラの三騎も、相手を見据え戦意を固めているように見受けられる。


 守護騎士はベルカの騎士であり、一対一ならば負けはないと呼ばれる存在。ならばこそ、一対一を挑まれたならば逃げに徹する可能性は低い。


 下手にユーノとクロノが参戦し、五対三という不利な状況となれば守護騎士が一点突破の逃走にのみ集中する可能性が高いが、あえてこちらの戦力を絞ることで一対一を美徳とする騎士の誇りに訴えるという手も悪手というわけではなく、妙手と言うべきかもしれない。



 【ユーノ、それならちょうどいい、僕と君で手分けして、闇の書の主を探すんだ】


 【闇の書の――】


 【連中は持っていない。恐らく、湖の騎士か、主が近くにいるはずだ。僕は結界の外を探す、君は内部を】


 【分かった】



 そして、それぞれの役割が定まる。誰も口に出した者はいないが、この場にいる8人の誰もがそれを理解していた。



 『Master, please call me “Cartridge Load.”(マスター、カートリッジロードを命じてください)』


 戦いの開始が近いことを悟った魔導師の杖は、主に新たな力の開放を促す。


 「うん、レイジングハート、カートリッジロード!」


 『Load Cartridge.』



 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンが自動式(オートマチック)のカートリッジをロードし、なのはの全身に桜色の魔力が満ちる。



 『Sir.』


 「うん、わたしもだね」
 

 フェイトもまた、己の愛機を構え。


 「バルディッシュ、カートリッジロード」


 『Load Cartridge.』


 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトが回転式(リボルバー)のカートリッジをロードし、フェイトの全身に金色の魔力が満ちる。



 「デバイスを強化してきたか………気をつけろ、ヴィータ」


 「言われなくても!」


 ザフィーラの言葉に反応しながらも、ヴィータの目はなのはとレイジングハートに注がれている。ザフィーラもまた、アルフの一挙一動を目で追うことを怠ってはいない。



 「………」


 無言のままに炎の魔剣を構える烈火の将の視線の先にいるのは、閃光の戦斧を構えた少女。それぞれが臨戦態勢に入り、動くタイミングを見計らっている。



 だが、戦いの始まりを告げる鐘は、予想外のところから現れた。



 「これは」


 「結界が―――」



 その瞬間、強装結界に異変が生じた。目の前の敵に集中する6人には感知できず、これから結界の外に向かおうとしていたクロノと、結界内部の探索を開始しようとしていたユーノにしか感じ取れないものであったが、強度が僅かながら下がっている。しかもこれは、外部から攻撃を受けたわけではなく―――



 「湖の騎士、先制攻撃か」


 ヴォルケンリッターの最後の一人、湖の騎士シャマル。後衛型である彼女が武装局員を直接攻撃してくるとは考えにくかったが、どうやらそれは甘かったらしい。


 「ユーノ、僕は外へ向かう。なのは達のサポートと、結界の維持を任せていいか」


 即座にクロノは判断した。外で強装結界を維持している武装局員がやられれば、当然強装結界の強度もなくなっていく、それを防ぐにはクロノが向かうしかないが、既に僅かながら弱まっている結界を内側から支える役も必要となる。


 「うん、任せて」


 そして、その役にユーノ・スクライア以上の適任はいない。なのは、フェイト、アルフの三人はヴォルケンリッター三騎を抑える役があるため、唯一手が空いているユーノが彼女らの逃走を封じる役となり、クロノが湖の騎士を捕縛する。


 現状ではそれは最善の策と思われ、決して悪手とは呼べないだろうが、彼らの認識はまだ甘かった。


 湖の騎士シャマルと闇の書、この二つが揃った時、凶悪極まる連携が完成する。


 それを、彼らは思い知らされることとなる。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部   PM6:55



 「リンカーコア、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』


 湖の騎士シャマル、彼女は強装結界からかなり離れた場所に位置し、“旅の鏡”を二つ同時に展開、武装局員のリンカーコアをその両手によって抉り出していた。


 さらに、抉り出されたリンカーコアは彼女の胸の前に浮いている闇の書へと吸収されていき、無地であったページに古き時代のベルカ語の文章が刻まれていく。


 強装結界は外部から武装局員が補強しており、そう簡単に出られるほど柔なものではない。守護騎士の逃走を封じるという点では有効な手段であることは間違いないが、逆に言えば、強装結界を維持する12人の局員達は動けないこととなる。


 そしてそれは、シャマルのリンカーコア摘出の格好の餌食となる。シグナムの攻撃と異なり、シャマルの攻撃は出所が分かりにくく、捕捉するのは困難を極める。



 「いたぞ! あそこだ!」



 だがしかし、それも強装結界内部からという前提がつく、リンディとクロノは予め結界外部に二個分隊8名を待機させてあり、Aランクの小隊長がそれを率いている。他の三騎ならばともかく、白兵戦を得意とはしないシャマルにとってはかなり厳しい数だ。


 さらに、クロノも強装結界から外部に出て、シャマルを仕留めるべく動き出している。AAA+ランクの執務官とAランクの小隊長、さらにはBランクの武装局員8人を同時に相手にするなど、戦闘に特化したオーバーSランクの魔導師といえども辛いものがある。


 しかし、それもまたシャマルの計算の内であり、風の参謀は敵に伏兵があることを理解した上で、リンカーコアの蒐集に踏み切った。ならばそこには相応の勝算があってしかるべきであり、勝算があるからこそ彼女は大胆な攻めに出ているのである。



 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」



 クロノの予想通り、闇の書は湖の騎士シャマルが持っていた。それはつまり、たった今蒐集したリンカーコアを消費することによって、偽りの騎士の顕現が可能となることを意味している。


 シャマルが今蒐集したリンカーコアは6ページ。Bランクの武装局員二人分であり、健康な成人男性であり、身体も鍛えているという事実が、限界に近い蒐集を可能としていた。


 つまり、なのはに比べて彼らは限界近くまでリンカーコアを蒐集されていたということであり、やはり、民間人である少女に比べ、武装局員に対しては容赦というものがないシャマルであった。



 「な――!?」


 そして、出現した光景に対しての驚愕はどの局員のものであったか。流石の武装局員も、“闇の書を抱えた湖の騎士”が6体も同時に現れては混乱するなという方が無理であった。


 さらに、それぞれが飛行魔法で異なる方角へと散っていく。かつての騎士と異なり1体につき1ページ分が消費されており、飛行速度も速く、有する魔力も多い、咄嗟に魔力の強さによって見分けがつくはずもなく、そもそも、闇の書のページを消費して作られた偽りの騎士の見破り方はまだ検討中なのだ。



 「慌てるな! 数ではまだこちらが有利だ、一体につき一人が付き、捕捉し続け偽物かどうか判断しろ。ハラオウン執務官は既にこちらに向かっている、それまで逃がすな!」


 「「「「「「「「  了解!  」」」」」」」」


 だが、武装局員を率いる小隊長も経験豊富な強者であり、予想外の展開に対しても慌てることなく的確な指示を下していく。


 湖の騎士シャマルのリンカーコア摘出は凶悪極まりない技だが、高速で飛行している相手に放つのは流石に厳しい、強装結界を維持している者らはともかく、シャマル目がけて距離を詰めていく彼らを捉えられるものではない。


 ならば、敵が7人に増えたところで数の優位はまだこちらにある。囲んで捕縛することは既に不可能だが、本物の捕捉さえ出来ていれば、後はAAA+ランクを誇るアースラの切り札、クロノ・ハラオウンに任せればよい。


 「逆巻く風よ―――」


 しかしこちらもさるもの、追い討ちをかけるように本物のシャマルが巨大な竜巻を発生させ、武装局員達の視界を遮る。以前と同じくほとんど威力のない張りぼてではあるが、その用途は攻撃ではなく当然別にある。



 <これなら、どれが本物の私か見分けがつかないでしょう>


 ビルの内部に身を隠しつつ、彼女は自分の作戦が上手くいっていることを確認する。強装結界のさらに外側まで広域に封鎖結界が張られているため、一般人を巻き込む危険もない。


 この点もまた、管理局にとっての地の利の悪さを示している。都市部での戦いにおいては万が一にも一般人を巻き込むわけにはいかないため、管理局は広域に渡って封鎖領域を展開せねばならず、Aランクの小隊長がその役を担っているが、彼が戦線に加われないことはこうなると響いてくる。


 かなりの広域に渡って封鎖領域を展開している小隊長は部下に的確な指示を飛ばすことは出来るが、前線に出ることは難しい。万が一彼が墜とされた場合、封鎖領域が解除されてしまうからだ。


 逆に言えば、彼が健在である限りはクロノは市街地の結界のことを気にせず全力で戦えることとなるが、彼が到着するまでの僅かの間にシャマルは容赦ない追撃をかける。


 「つ か ま え た」



 彼女の表情が冷たい笑みを浮かべる。ヴィータをして、“シャマル怖え”と言わしめる夜叉の笑みである。



 「さらに、6ページ」


 湖の騎士シャマルの両手に、さらなるリンカーコアが握られている。既に彼女の手によって、四人の武装局員が散ることとなった。












同刻  第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部




 現場指揮官である黒衣の魔導師がシャマルに対処するために強装結界の外部へ出た瞬間を、待ち構えていた者がいる。


 <シャマルは、上手くやっているようだな>


 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム。


 彼女の方からは強装結界の外側の様子を探ることは出来ない。シャマルに対して念話を飛ばすことは可能だが、リンカーコアの摘出を行いながら武装局員を相手にしているであろうシャマルには、外側の状況を教えられる余裕はあるまい。


 だが、クラールヴィントの一つがシグナムの手にある以上、その逆は可能である。シャマルが外部から観察し、タイミングを計ることで彼女らの策は完成を見る。


 そして―――



 【シャマルの合図に合わせ、私とヴィータで結界を破壊する。それまでは個々で相手をすることとなるが、主が鍋を完成させるまであまり時間もない、早急に隙を作り出すぞ】


 【どうすんだ?】


 【挑んでくる敵を避けるのは騎士として褒められたことではないが、鍋を用意して待っている主を待たせる不忠に比べればさしたるものでもない。再戦を望む彼女らには済まないが、こちらが合わせられるほどの余裕は私達にもない】


 【つまり、組み合わせを替えるというわけか】



 現在、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはそれぞれ異なる方向へ移動しており、それぞれを追う形でフェイト、なのは、アルフがついてきている。


 なのはがヴィータと一対一だと宣言し、フェイトもシグナムとの対戦を望み、アルフもザフィーラに用がある以上、当然の組み合わせではあるが、それはあくまで彼女らの都合であり、ヴォルケンリッターがわざわざ合わせる義理はない。


 そして何より、彼女らには早急に鍋を用意して待っている八神はやての元に戻らねばならないという使命がある。敵の主戦力が到着した以上は既に短時間での蒐集は不可能であり、将の判断は迅速であった。


 クロノ・ハラオウンの唯一の計算外は、八神はやてが月村すずかと共に鍋を用意してヴォルケンリッターの帰りを待っているという点に他ならず、その理由だけは、“闇の書事件”を追っているクロノに分かるはずもない。


 もしこれが夕食後ならばシグナム達もなのは達の挑戦に応じたであろうが、今は夕食前、八神家において夕食を皆で食べることは定められた掟であり、“騎士の誇りに懸けて”破るわけにはいかないのだ。


 さらに今夜は、主が家に客人を招いている。騎士達の価値観に合わせれば、客人を招いている主の下に臣下が遅れることは不忠の極み。


 何気に、なのはとフェイトの挑戦を粉砕した最大の要因は月村すずかだったりするが、それはまあ、不幸な偶然というものだろう。というより、すずかが八神家に招かれていたからこそヴィータとザフィーラが早めに帰ってきて、管理局に捕捉されることになったのであり、必然と言えば必然であった。



 【私が白服の魔導師を相手にする。ヴィータは敵の守護獣を、ザフィーラはテスタロッサを叩いてくれ、主はやてと鍋のために】


 【分かった。あいつには悪いが、はやてと鍋のためだ】


 【了解だ、では、一旦合流するぞ、主と鍋のために】



 それまで、戦闘区域を離すように移動していた三人が急激に方向を転じ、一箇所に合流するべく動き出す。


 全ては主と鍋のため、ヴォルケンリッターは一対一の矜持を捨て、速攻で勝負を決めに出たのである。




■■■



 「………どういうことだ?」


 さらに二人の武装局員がやられ、残り八人となったことによって、弱まった強装結界を固め直しながら三騎の動きを観察していたユーノは突然の行動の変化に疑問を覚える。


 だがしかし、ユーノの本分は戦闘指揮ではなく、敵の戦略を読み取ることを得意とはしていない。彼の頭脳は明晰であり、大抵の事柄ならば察知しえるが、戦場における駆け引きというものは特殊なものであり、何よりも経験がものを言う。


 こうなると、ヴォルケンリッターを捕えるための強装結界も、戦闘要員と現場指揮官を分断してしまうという副作用が出てくる。四人全員が高度な戦略眼を有しているヴォルケンリッターと異なり、全体を見渡しながら戦う能力に長けているのがクロノ一人という経験の差が響いてくる。


 レイジングハートとバルディッシュが強化された今、個々人の戦闘能力ではほぼ対等にまで迫ったはずだが、やはり戦略、戦術の面で守護騎士はなのは達の上を行く、遭遇戦における臨機応変の駆け引きでは及ぶべくもない。



 「合流するつもりなのか………でも、どうして」


 合流することで二対一の状況に持ち込めたりするのならば分かるが、それぞれをなのは、フェイト、アルフの三人が追っている現状では、合流したところで三対三にしか成りえない。


 「じゃあ、連携を………でも、彼らの戦いはあくまで一対一が基本のはず」


 前回の戦いにおいてヴォルケンリッターは高度な連携を見せたが、その戦いは一対一が基本であり、それらが組み合わさったものに過ぎない。大勢を相手にする場合ならばともかく、エース級魔導師を相手にするならば、やはり一対一でこそベルカの騎士は本領を発揮する。


 後衛型の湖の騎士ならばその限りではないだろうが、彼女は強装結界の外でクロノが相手している。残る三騎は前衛と壁役であり、サポートよりも自らが戦うタイプ、ならば、合流したところで特に益はないはず。


 ならば、なぜ―――




■■■




 「ふん、結局やんじゃねーかよ!」


 「わたしが勝ったら、話を聞かせてもらうよ、いいね!」


 「ふんっ、そいつは、無理な話だ!」



 しばらく高速移動を続けていたヴィータだが、空中で静止し、その掌に鉄球が握られる。


 『Schwalbefliegen.(シュワルベフリーゲン)』


 鉄鎚の騎士ヴィータが得意とする遠距離攻撃魔法、シュワルベフリーゲン。


 「ふんっ!」


 だが、その対象はなのはではなく―――



 「えええ!!」


 タイミングを合わせ、近くまでやってきていたザフィーラ。


ヴィータが放った鉄球は味方目がけて放たれ、一直線に突き進む。



 「おおおおおおお!!」


 だがそれは予定調和。自身に向かってくる鉄球をザフィーラは渾身の一撃でもって蹴り返し、その方角はなのはでも、ザフィーラを追っていたアルフでもなく―――



 「フェイトちゃん!」


 「―――!」

 『Defensor.』


 シグナムを追う形で飛行していたフェイト、予想もしなかった方角からの奇襲に驚愕する彼女だが、バルディッシュは即座に防御し、カートリッジによって強化された障壁はシュワルベフリーゲンをものともせず弾く。



 「紫電―――」


 しかし、ヴォルケンリッターの連携はそこで終わるほど優しくはない。レヴァンティンがカートリッジをロードし、炎の魔剣の刀身に炎熱変換された魔力が満ちる。


 その一撃を身をもって知るフェイトは回避すべく距離を取ろうとするが―――


 「なのは!」


 「一閃!」


 その一撃はフェイトではなく、瞬時に距離を詰め、なのは目がけて放たれた。



 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』


 「レイジングハート!」


 だが、閃光の戦斧と同様、魔導師の杖もまた奇襲に対して即座に対応して見せた。シグナムの紫電一閃を真正面から受け止め、徐々に削るように押し込んでくる刀身をなのはへ触れさせることなく―――


 『Barrier Burst.(バリアバースト)』


 展開したバリアを破裂させることにより、爆風と衝撃を発生させ距離をとる。砲撃魔導師であるなのはにとって距離を詰められることは鬼門であり、剣士であるシグナムと接近戦を行うのは無謀を通り越して愚行でしかない。



 「アイゼン!」

 『Explosion.』


 ヴィータもまた、機を逃さず追撃へと移る。一人に対して二人がかりで挑むのはベルカの騎士の戦いではなく、彼女の狙いも当然なのはではない。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』


 「でえええええええやあああぁぁ!!!」


 さらに、ヴィータを呼吸を合わせ、ザフィーラもまた追撃に移り―――


 「はああああああ!!!」


 ヴィータとザフィーラは空中で交差するようにすれ違い、ヴィータによる鉄鎚の一撃はアルフへと、ザフィーラの拳はフェイトへと叩き込まれる。



 「く、ううう―――」


 アルフはラウンドシールドを持って対抗するが、ラケーテンフォルムは噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。なのはやユーノのバリアも砕いており、まともに受けてはどう抵抗しようとも破壊される。


 「舐めるんじゃないよ!」


 だが、アースラ組とて何の研究もしていないわけではない。なのはならばプロテクション・パワードで受け止める予定であったように、アルフもまた一応の対策を練っている。


 アルフが取った方策は受けとめることではなく、拳によって攻撃軌道を逸らすこと。武器を持たない彼女は攻撃レンジが短い代わりに、懐に入り込まれても防御が可能という利点があり、それを最大限に利用し、グラーフアイゼンの打突部分ではなく、柄の部分に拳を叩き込むことで薄皮一枚の回避を成功させる。



 「バルディッシュ!」

 『Haken Form.(ハーケンフォルム)』


 ザフィーラに対してフェイトがとった対抗手段は、アルフのそれよりもさらに攻撃的なもの、早い話がカウンターであった。


 バルディッシュ・アサルトの近接戦闘用の形態であり、以前のサイズフォームに比べ魔力刃のサイズアップと魔力密度・切断力の強化が図られ、後方に姿勢制御を行うフィンブレードを3枚増設されているハーケンフォルムによる一撃。



 「―――せい!」


 だがここで、少々奇妙な事態が生じる。


 ザフィーラがフェイト目がけて拳を放ち、フェイトがハーケンフォルムによって迎撃する、という構図であったはずが、いつの間にやらフェイトが放った一撃をザフィーラが柄の部分に拳を叩き込むことで軌道を逸らす、という事態になっている。


 盾の守護獣の名が示すとおり、ザフィーラの戦い方は先の先を取るものではなく、後の先をとるカウンター狙いが主体。対して、フェイトは高速機動による先の先を得意とする以上、このような噛み合わせとなるのは至極当然の話ではあったが―――



 「お前の相手は、私が務める。シグナムと戦いたくば、まずは我が盾を突破することだ」


 「………」


 フェイトに対し、盾の守護獣ザフィーラが。





 「そういや、あん時バインドで捕まえてくれた礼をしてなかったよな」


 「そんなの律儀に覚えてる必要はないよ」


 「わりいな、受けた恩は倍返しがあたしの流儀なんだ」


 アルフに対し、鉄鎚の騎士ヴィータが。





 「ヴォルケンリッターが剣の騎士、シグナム。お前の友の名は聞いたが、私はお前の名を知らない、聞かせてもらえるか」


 「なのは、高町なのは」


 「高町なのは――――覚えておこう」


 なのはに対し、剣の騎士シグナムが。



 一対一が並行して三箇所で行われる三局の戦い、という点では同じであれど、管理局の魔導師達が意図したものとは異なる組み合わせによる戦いが、ここに始まろうとしていた。


 全ては、心優しき主と鍋のために。








おまけ
 闇の書事件が終わり、魔法についてなのはとフェイトが話した際、はやてとすずかの出逢いや守護騎士達との付き合いなどを含め、事件の経過を改めて回想してみたところ、なのはとフェイトの挑戦を守護騎士達が拒み、撤退した理由がすずかと鍋であったことを知り、世の無情さを知らされることとなった二人の少女がいたりする。アリサであれば取りあえず怒るくらい出来たかもしれないが、なのはとフェイトにはすずかに対して怒りを向けるのは不可能であったとか。

 なお、この当時の守護騎士の優先順位は

 管理局員  <  なのは・フェイト  <  近所の人達・爺ちゃん婆ちゃん  <  すずか・鍋  <  石田先生  <  はやて

 だったりしたそうな




あとがき
原作の第四話を見返していて感じたのは、アースラの武装局員達の度胸が半端ないということでした。彼らは標準的な武装局員と思われるので、そのランクはせいぜいBランク、なおかつ、空戦魔導師にとっては“至近距離”と言っても過言ではない距離で対峙していましたから、ヴィータとザフィーラが距離を詰め、全力の一撃を放てば瞬殺されること間違いない状況で、真正面から立ち向かっていたことになります。
 仮に、StS開始時点におけるフォワード四名が、リミッターなしのヴィータと正面から対峙し、いつ“非殺傷設定での渾身の一撃”が放たれるか分からない状況で下がらずに身構えていろ、と言われても多分無理ではないかと思います。スバルやティアナは災害救助部隊員として人命にかかわる現場で働いて来ましたが、その場面で求められる覚悟とはまた違うものであり、“死ぬ危険性”と“殺される危険性”は等価ではないと思います。
 Vividの三巻を読んで特に思ったのがその部分で、正々堂々のスポーツではなく、敵意、時には殺意を持って襲い来る魔導犯罪者と対峙することになる武装局員や捜査員、執務官の戦いは、“相手を倒す”ことと“仲間を死なせない”ことが両天秤になっているのか、と考えました。今はまだ、なのはやフェイトは相手を倒すことに集中していますが、正式に局員となってからは、後者の方を特に鍛えたのではないかと考えています、A’Sの段階での強さと10年という時間経過を考えると、直接戦闘における強さよりも、総合的な能力の向上を目指したように感じられましたので。
 そんなわけで、なのはやフェイトが純粋に“戦力”としてのみ働くのはA’Sが最後となるので、厨二病的な彼女らの戦闘もこの機会にやっちまおうと考えている作者ですが、頑張っていきたいと思います。それではまた。(この病気はもう治りそうもありません)
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