Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第十八話   Song To You




新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:40




 【武装局員6名の治療、第一段階を終了しました。ウィスキー、ウォッカ、アップルジャックの各分隊よりちょうど2名ずつ蒐集を受けたわけですが、全員、容体は安定しており、集中治療室から一般のメディカルルームへと移しました】


 【そうか、それは何よりだ】


 【取りあえず飛行魔法が使える程度まで回復するのに要する時間はおよそ38時間、高町なのはのデータがありますから、より効率的な治療が見込めます。それに、初期の治療も定期リンカーコア健診の結果を基に行われましたから、回復は早いと予想されます】


 【回復の要は、初期治療と普段のデータの積み重ね、というわけか】


 【ええ、定期健診などは非常に時間がかかり、およそ全ての局員は面倒であると考えているでしょうが、こういう時には役に立ちます。ただ、早期の復帰が可能となるため、障害手当は見込めそうにありませんが】


 【それは言わないでおいてくれ、それに、不自由な想いをしてそれに応じた金を受け取るよりも、健康な身体がある方が良いに決まっている。君の主の研究成果も、それを望む人達のために使われているのだから】


 【確かに、これは失言でありましたね、以後、注意することと致しましょう】


 【しかし、武装局員6人がやられたか、これはまた始末書の山を覚悟しなければならないな】


 【貴方の責任とは判断しかねますが、組織というものはそのような歯車である以上、それも致し方ないのでしょうね、故にこそ管理職というものは存在する】


 【そういうことだ。時の庭園の設備のおかげで大事に至っていないが、対処を誤れば最悪、リンカーコア障害になる】


 【しかし、それが予想されるからこそ、時の庭園がここに在るのです。気にせずどんどん使ってください、フェイトも、それを望んでおりますし、治療費もこちらで負担しますから】


 【すまないな、だが助かるよ】



 シャマルによって武装局員が蒐集されていく状況において、クロノが強装結界の維持を選択した最大の理由がそれである。


 組織にとって、いかなる時も最大の課題となるのは責任問題と予算問題の二つ、責任の方はリンディやクロノが負うので擦り付け合いなどにならないが、問題は予算である。


 蒐集を受けたリンカーコアの治療を行える医療施設はそれほど多くなく、次元航行艦か本局、もしくはクラナガンくらいにしか存在しない。そして同時に、それらの設備を使用するには多額の費用がかかる。


 アースラとて管理局という機構の一部であり、闇の書事件という重大な案件に対処しているとはいえ、やはり予算は限られている。武装局員6名が蒐集を受け、その治療のために多額な費用がかかるとなれば、今後の活動を考えると少々痛い。


 しかし、その治療を時の庭園で行い、なおかつその費用をテスタロッサ家が負担するとなれば、武装局員の被害を気にせず作戦を続行することも可能となる。極当然の話だが、“費用を請求するかどうか”は医療機関次第なので、アースラが問題になることもない。とても親切な医療機関に巡り合えた、だけのこと。


 とはいえ、現在時の庭園は地上本部の管轄にあるため問題が生じるようにも思える、が、それも“ブリュンヒルト”に関する部分のみであって、その他の部分はあくまでテスタロッサ家固有の品、管理局から正式な医療行為の認可を受けた民間施設、でしかない。


 そのため、アースラスタッフが無断で“ブリュンヒルト”やその動力炉たる“クラーケン”のある区画に入ることは問題となるが、その他の施設はあくまで民間であり、家主の許可さえあれば自由に動ける。


 この場合、家主とは当然の如くフェイト・テスタロッサ、ただし、成人ではないため法的な後見人はリンディ・ハラオウンとなる。つまり、間接的ではあるものの、現在の時の庭園はアースラ艦長と執務官、ハラオウン家のプライベートスペースともいえるのである、ぶっちゃけ、反則ギリギリ、グレーゾーンど真ん中。


 その辺りの処理において、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン、そして、管制機トールの間で大人の話があったのは言うまでもないが、当然の如く、なのはやフェイトには知らされていない。


 闇の書事件に少数精鋭で正面からぶつかるなら、このくらいのチートがなければやってられるか、というのがアースラクルーや武装局員達の想いであったが、時の庭園があっても状況はなおも好転せず、緊迫した駆け引きが続いている。



 【そのようなわけで、こちらは問題ありません。エイミィ・リミエッタ管制主任も既に包囲網の再構築に努めており、ジオ、ミューズの両小隊は通常の配置に戻るために動いています】


 【ああ、それは直接エイミィから聞いた。艦長もそちら側で動いているから、こっちは僕に任せる、だそうだ】


 【まあ、バックスタッフによる網はともかく、守護騎士と直接矛を交える前線では、貴方以外に指示を出せる人間はおりませんからね】


 【それが最大の問題なんだが、執務官が武装隊の中隊長を兼ねるというのもあまり良い方式ではないな】


 【身体は一つですからね、私ならば、ここから二つの身体を操作することも出来ますが】


 【たまに羨ましく思うよ、自分に無いものを羨ましく思うのは、人間の性質というものかな】


 【私も、そう判断します。それ故に、あの子らの精神的ケアが必要であろうと予測します】


 【なのはとフェイトか、少し、様子を見に行ってみよう】


 【お願いします、エイミィ・リミエッタ管制主任がハラオウン家に帰宅する際にはご連絡します。彼女は現在、作戦本部にて奮闘中です】


 【分かった、とりあえず皆が揃ったら、今後の方針について話し合おう】


 【ええ、会議の場はハラオウン家でよろしいかと、細々とした情報の整理は私が引き受けますので】


 【いつもすまない】


 【いいえ、人間では退屈に感じる単調作業、それをサポートすることも我々デバイスの重要な役割です】


 『是』


 【このように、アスガルドも申しております】


 【そうか、じゃあ頼んだ、僕達は人間に出来ることをやろう】


 【それが最善です、クロノ・ハラオウン執務官】



 そして、クロノが通信を切る間際。



 【あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい】


 【?】



 古いデバイスは、奇妙な言葉を残していた。







新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM7:45



 「アルフ、なのはとフェイトは?」


 トールとの通信を終えたクロノは、家の中のどこかにいるはずのフェイトとなのはを探そうとし、リビングでソファーに横たわっていた子犬フォームのアルフを見つけ、声をかける。


 ただ、アルフもあまり元気があるにようには見えない。どちらかというと力なく倒れ込んでいる、という感じだ。


 「フェイトの部屋にいるよ」


 果たして答えは予想通り、ただ、彼女らの現状まで予想通りではないことを祈りたい心境であった。


 「そうか、入っても大丈夫だろうか?」


 「大丈夫じゃないかい、戦闘後のシャワーは終わってるし、怪我らしいものもしてないし、身体を休めているはずだけど………」


 「何かあったのか」


 「うん、フェイトから何かこう、暗い雰囲気っていうか、落ち込みムードなオーラが伝わってくるんだよ」


 「君が力無くソファーに横たわっている原因はそれか」



 使い魔と主の間には、精神リンクというものがあり、全部ではないが主の精神状況などを使い魔は察することが出来る。


 このリンクは主から任意で遮断することが可能であり、特に、プレシア・テスタロッサという女性は己の使い魔であるリニスと精神リンクを繋ごうとはしなかった。


 ある可能性の世界においては、彼女とリニスの間にも主従の絆でもある精神リンクが繋がれているが、管制機トールが現存しているこの世界においては、彼女らは既に故人であり、それが繋がれることは永遠にない。



 「うん、やっぱり落ち込んでるみたいなんだけど、あたしには無理だ、フェイトのネガティブオーラに汚染されて、あたしの思考もネガティブになってるから」


 「ということは、ユーノが?」


 「うん、なのはとフェイトを必死に慰めてるみたいだけど、多分無理だと思うよ」


 「まあ、ユーノだからな」



 別にユーノ・スクライアという少年が口下手というわけではないのだが、普段からなのはとフェイトを気遣ってばかりの彼の言葉では、励ましではなく気遣いとしてしか受け取られない。こういう時は、オブラードに包まず事実をズバッと言ってのける人物の方が適任である。


 アルフはフェイトのネガティブオーラでダウンしているため、適任はエイミィ、ただし、彼女も不在であり、そうなるとクロノしかいない。


 最も適任であるのは、客観的事実しか述べることがないデバイスなのだが、フェイトがハラオウン家にやってきて以来、トールは直接的にフェイトの心の支えになろうとはしておらず、その役をなのは、ユーノ、クロノ、リンディ、エイミィなどに託そうとしていた。


 彼曰く、『私の命題は彼女を見守ることにあり、共に生きることではありません』とのことであり、そういった点においては、彼はフェイトの意思を斟酌することはない。彼は主から己に与えられた命題の範囲内においてのみ、フェイトの心を考え、フェイトのために機能する。


 また、レイジングハートとバルディッシュも現在沈黙しながら反省中、実に似た者主従である。



 「まあ、特訓の成果があれでは仕方ないかもしれないが、放っておくわけにもいかないな」


 「そうそう、お兄ちゃんらしく励ましの言葉を贈ってやりなって」


 なのはとフェイトの二人は、それぞれヴィータとシグナムとの再戦を想定し、“ミレニアム・パズル”の仮想空間(プレロマ)での訓練や、それ以外でもかなりの修練を重ねてきた。


 しかし、その想いは見事に外れ、なのははシグナムに、フェイトはザフィーラにボコボコにやられる、という結果だけが残った。デバイスが大破したわけではなく、怪我をしたわけでもないが、良いところがないままやられた、という点は間違いなかった。


 どんなに強くとも9歳の女の子、落ち込むなという方が無理か、と思いつつ、クロノは部屋のドアをノックする。



 「フェイト、なのは、入っていいかい?」


 反応はない、反応はない。


 ノックを繰り返し、もう一度呼びかける。



 「フェイト、なのは、起きているか?」


 反応はない、反応はない。


 ただし、小動物が走るような音がする。


 「クロノ、入ってきて、鍵かかってないから…」


 その声は何かこう、疲れ果てたというか、縋りつくような印象を与えるほど衰弱していた。


 責任感が強い少年だけに、必死に少女達を慰めようとしたのであろうが、完全敗北に終わったことがその声だけで判断可能であった。



 「失礼するよ、って、何だアレは」


 「なのはとフェイトを具にして、布団がご飯と海苔を兼ねているお寿司、だと思う」


 俗に、す巻きと呼ばれる物体、それがフェイトの部屋の床に二つ転がっていた。


 ベッドは一つしかないので、見たところ、押し入れに仕舞われていた布団を使った模様。なのは巻きが掛け布団、フェイト巻きは敷布団によって構成されており、顔だけ布団からはみ出している。


 ちなみに、布団を巻いているのはバインドである。自分です巻きを作るにはそれしか方法はないが、見事なまでの魔法の無駄遣いであった。



 「やはり、落ち込んでいたか」


 「うん、結構張り切っていたからね、見事に空振りになった挙句、逃げられちゃったし」


 とりあえず突っ立っているだけでは何も出来ないので、まずはなのは巻きの方へ近づいてみるクロノ、アルフからの情報でフェイトがネガティブオーラを放っていることを聞き知っているため、まずは地雷を避けようという選択であったが―――



 「お父さん、お母さん、どうしてわたしなんかを産んでしまったんですか? お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに銃弾よりも速く走れもしないし、剣でコンクリートの壁を切り裂くことも出来ない、挙句の果てにヴィータちゃんにやられて、シグナムさんにも歯が立たない無能なわたしを……」


 甘かった、なのはを取り巻いている負のオーラも決してフェイトに劣るものではない、というか、キャラが変わっている。


 「いや、それはむしろ、君よりも家族の方が異常な気がするんだが」


 とりあえずツッコミを入れるクロノ、後半はともかくとして、前半がおかしい。人間は銃弾より速く走れる生き物ではないし、コンクリートの壁は鉄製の剣で切れる物ではないはずだ。



 「ううん、違うの、お父さんとお母さんも、お兄ちゃんとお姉ちゃんも悪くないの、悪いのはわたし、わたしだけ。わたしが何も出来ないから、わたしがいてもいなくても変わらないから、いいえ、いない方がいいから、皆わたしを見てくれないの」


 「………」


 ことは案外深刻、クロノは直感的にそれを悟った。


 高町なのはという少女が持つ強さを彼は知っているが、それ故の危うさも感じていた。ヴォルケンリッターに二度続けて敗れたことが、彼女の心の最も弱い部分を表面に出そうとしている。


 なのはが、魔法という力をそのまま受け入れ、自分の力を変えた理由。


 力を持つことへの恐怖はなく、自分が傷つくことへの恐怖もなく、何も出来ない自分をこそ恐れていたその根源。


 家族の愛に飢え、居場所を求めながらも、迷惑をかけることを恐れて何も出来ず、一人になってしまったトラウマ。


 管制機トールが、フェイト・テスタロッサと鏡合わせにように似通っていると称した、その在り方。


 不屈の心に隠された、少女としての弱さが、そこに表れていた。



 「それは別に、君のせいじゃないだろう」


 クロノ・ハラオウンは、なのはのトラウマの根源である、幼少時の高町家の家庭事情を聞き知っている。というより、あの管制機に一方的に伝えられた。


 これはあくまで高町家の問題であり、他人であるクロノが断りもなく知ってよいことではないが、“フェイトの幸せのため”に機能するデバイスはそんなことは考慮しない。フェイトとなのはが心に傷を負った際に、それを癒す立場にいる人物にはそのための情報を無理やりであろうと送信する。


 それが、管制機トールであり、彼がその情報が必要になる可能性があると計算したその時が、今訪れていた。



 「お母さんは、私達に寂しい想いをさせないように一生懸命で、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、大好きな剣術の練習まで中断して、家のことやお店のことをお手伝いしていて―――――わたしは、本当に小さくて、ひとりぼっちになってしまう時間が悲しくて―――誰も、傍にいてくれないのが寂しくて―――」


 自分は、本当はいらない子なんじゃないかと、そんなことばかり考えていて


 「だけど、それは違って―――」


 夜中に一人でとても辛そうにしていたお母さんが―――


 (なのは―――)


 わたしを見て、笑ってくれた


 (ごめんね、いつも一人で寂しいよね)


 わたしをぎゅっと抱きしめてくれて、あったかな胸に抱かれて感じたのは


 (だけどお父さん、きっとすぐに元気になるから)


 うれしさと、切なさと


 (そしたらきっとまた、家族みんなで遊びにだって行けるから)


 ただ守られて心配されて、何も出来ないまま待っているしかできない自分




 「だけど、私は何もできなくて――――悲しいことを前にしても、悲しんでいる人を前にしても、何も出来ない、あんまりにも小さくて、無力な自分が――――悲しくて、悔しくて」


 「………」


 「どうして、わたしの手はこんなに小さいの………」



 それはなのはだけが持つ想いであり、決して他人には共有は出来ない。


 だが、クロノにはその想いが理解できた。それは、クライド・ハラオウンが殉職してよりすぐの頃、クロノ・ハラオウンという少年に刻まれた、原初の想い出そのものであったから。


 「魔法の力を得て、レイジングハートと一緒に、フェイトちゃんを―――助けるって言ったのに、自分自身すら守れなくて、クロノ君やユーノ君に守られてばかりで――――わたしの手は、小さいまま………」


 高町なのはという少女が何よりも恐れる、何も出来ない自分。


 誰かに助けられることしかできない、無力な自分。



 「フェイトの方は……」


 もう一人の少女を見やると、やはり同じ症状がそこにはある。


 「わたしは何も出来ない、母さんも、姉さんも、リニスも助けられなくて―――――」


 なのはの家族が、高町士郎が大怪我を負って入院している間、一丸となって頑張っていた時、なのはが何もできないことを悲しんでいたように。


 フェイトの家族が、アリシア・テスタロッサを治療するために頑張っている時、フェイトもまた、何も出来ないことを悲しんでいた。


 だから、彼女は必死に、8歳でAAAランク相当に至る程の訓練を繰り返した、だけど、願いは届かなくて。



「なのはも………友達になるって言ったのに、なのはが危なくなったら助けるって誓ったのに、何も出来なくて、アルフとユーノに助けられただけ……」


 盾の守護獣ザフィーラの攻撃から、二人に助けられたのは事実ではあるが、ザフィーラが彼女らを攻撃したのは、なのはとフェイトを放置できない脅威と認識しているからこそ。


 だから、二人は決して足手まといでも無意味でもない。彼女らがいなくては、アースラの戦略は根本から見直しを迫られる。



 「と、口にしても聞こえそうもないな」


 「僕が何を言っても、二人とも“自分が悪い”としか返さないんだ、こんなこと初めてだから、どうしたらいいか分からなくて………それに、なのはやフェイトの本音は、初めて聞いたから………」


 「今は半分無意識状態だろうが、この独白を君に聞かれた、というより君と僕に言ってしまったと知れば、後で二人とも赤面するどころじゃないだろうな」


 兄的な立ち位置にいるクロノを別にするならば、ユーノ・スクライアという少年は、高町なのはという少女が初めて自分の弱さを見せた異性であり、この数が増えることは彼女の生涯において一度もなかった。


 「そ、そうかもしれないけど、今はまず何とかして元気づけないと」


 「ふむ………」


 僅かに考え込み、そしてクロノは思い当たる。



 (あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい)



 生まれる前からフェイトのことを知っている古いデバイスが、そう告げていたことを。


 「彼は、この子達の心を知っていたのか」


 「彼?」


 「いや、こっちの話だ」


 あの管制機が二人の少女の根源を把握しているのなら、それを彼に問い合わせれば彼女達にかけるべき答えはすぐに見つかるだろう。


 だがきっと、それではいけないのだ。彼は自分の役割は見守ることであり、共に生きることではないと語っていた。


 <フェイトの家族となる、僕達が何とかしなくてはならない、そういうことか、トール>


 まったく、あのデバイスはどこまでも主に忠実でどこまでも厳しい。


 ある意味で、甘やかすという言葉と最も縁の遠い存在なのだろう。甘やかすことがフェイトの将来に良い結果をもたらしはしないと計算したならば、彼が甘やかすことなどあり得ない。



 <いつも厳しいわけじゃない、正直、過保護な部分も多くあるし、フェイトが望む大抵のことを彼は叶えようとする>


 クロノは知らないが、フェイトのなのはと一緒にお風呂に入る、という望みを叶えるために、実にしょうもない支援を行っていたりもする。


 <だが、肝心な部分となると、彼は厳しい。まるで、普段は人間よりも人間らしく、あらゆる事態に対応できる万能な存在のようでありながら、根本の部分で融通が効かない機械仕掛けである彼そのもののようだ>



 兄、という要素はこれまでのフェイト・テスタロッサにとって無かった要素であり、管制機トールはクロノ・ハラオウンという存在を把握するため、最も多く交流を持った。


 そのためか、クロノはおそらくリンディ以上にトールという存在の根源を理解している。プレシア・テスタロッサがいない今、トールを最も理解している人間はクロノ・ハラオウンなのかもしれない。


 そして同時に、彼こそがなのはとフェイトを道を示し、導いていくことが出来る存在であろうと、時の庭園の管制機は計算していた。



 「彼のことばかり考えてしても仕方ないな、まずは、この子達を元に戻さないと」


 トラウマというものは実に厄介だ。


 ゴキブリや洗浄マシーンのような“軽い”ものは特に問題はないが、行動理念に結びついているものは根が深い。


 何も出来ないこと、家族を救えないこと、そして、魔法の力を得てもなお、小さいままの自分の手、それが二人の少女が精神に抱える最大の恐怖。


 これまでは、二人が互いに支え合うことで忘れていたが、今回は二人が同時に傷ついたことで、癒す者がいなくなってしまった。


 なのはが傷ついたならば、フェイトが支える。フェイトが傷ついたならば、なのはが支える。“わたしが傍にいる、わたしが貴女を必要としている、貴女の手は、わたしの手を握ってくれている”と、相手の目を見て伝え合う。


 そういった意味で、二人の少女は片翼の天使のようなものだ。飛ぶためには手を繋ぎ、一緒に羽ばたかねば落ちてしまう。



 「子供である今はそれでいいが、大人になったらそうはいかないか。だとすれば、家族として、兄として、僕は―――」


 クロノは、自分の過去を思い返す。


 父親を3歳の時に失い、管理局員としての仕事に忙しかった母に甘える時間はあまりなかったように思われる。


 だが、それを自分は苦に思っただろうか?



 <違うな、士官学校でエイミィに出逢うまで、そんな余裕すらなかったんだ>


 5歳の頃から、リーゼロッテ、リーゼアリアの指導の下、魔法の訓練を始めた自分。


 だが、自分には才能というものがなかった。それを理解してもなお、いつかは執務官になって、“闇の書”のようなロストロギアによる犠牲者を出させない、そんな“正義の味方”を目指し、ただがむしゃらに魔法の訓練を続けていた幼い自分。


 それを目指す気持ちは今も変わらないが、同時に、理想ばかり見ていても現実は変わらないということも知った。エイミィと出逢ったのはちょうどそんな時だ、士官学校に入り、組織というものの限界を知り、軽い諦観を覚えていた頃。



 <今思えば、つくづく面白みがない男だな、僕は>


 波乱万丈とはほど遠く、延々と同じことを繰り返していただけの子供時代だった。


 それが変わったのは、エイミィと出逢って、執務官と補佐官として一緒に働くようになってからだと思うが、その時自分は既に11歳、そこからの経験はまだ9歳のなのはとフェイトの参考にはなりそうもない。


 かといって、それ以前の自分はあまりにも人との繋がりが少なかった。いや、なかったわけではなく、母や恩師であるグレアム提督、実際の師匠であったリーゼ姉妹を始め、母の親友のレティ提督や管理局の人達、さらには士官学校の同期と、数多くの人達との出逢いと触れ合いはあった。


 だが、その頃の自分は外を向いていなかった。引きこもりというわけではないが、目指すべき場所へ辿り着くために全力を注いでいたため、自分が一人でいる寂しさにすら気付いていなかった。気付いていない以上、そこに特別な想いがあるわけもなく、参考にならない。



 <母さんがなかなか家にいないのも、これ幸いと魔法の訓練をするだけだったな。注意する人がいないのをいいことに無茶もやったが、母としては胃が痛くなる思いだっただろう>


 我ながら性質の悪いことに、引き際というものもわきまえていたから手に負えない。多少の無理はしても身体に影響が出るような真似はせず、長期的に見れば効率的といえるような訓練ばかりやっていた。それでも、苦しいものは苦しいし、痛いものは痛かったが。


 理にかなっている訓練法であるが故に、母も本気で止めることは出来なかった。近くで見れば注意せずにはいられなかっただろうから、自分も出来る限り母の目の届かぬ場所で訓練していた。そういった意味では、仕事で忙しい母と、夢を追うことしか考えていなかった自分は、噛み合ってはいたのだろう。


 あの頃の自分は、本当に悪い息子だったと自嘲する。いや、今でもあまり自信はないし、前線で戦う執務官をやっている時点で、親孝行とは間違っても言えない、最悪、死ぬ危険もある仕事であり、数年に一人は殉職者が出ている役職なのだから。


 殉職までいかずとも、日常生活に影響が出るほどの後遺症を負って引退した者も多い。執務官にも数多くの担当があるが、その中でも自分はロストロギアを扱う次元航行艦所属、ジュエルシードや闇の書以外にも、数多くのロストロギアを相手にしてきた。まあ、闇の書事件を追うために選んだ道なのだから、当然と言えば当然なのだが。



 <我ながら、何とも可愛げのない子供だ。それに比べれば、この子達はずっと素直でいい子だな>


 しかし、可愛げのない子供であった自分では、素直で感受性の強い彼女達の参考になりそうもない。



 <スクライアで育ったユーノも少し特殊だ、確かに、彼の言葉ではどうにもならなかったのだろう>


 芯の強さならば、ユーノはなのはやフェイトの数倍強いとクロノは思っている。女の子と男を単純に比較することは出来ないが、現実を見据えて前に向かうという部分ではユーノの心は揺るがない。


 その姿勢が、自分とよく似ている、ということにはクロノは気付かなかった。だからこそ、この二人もまた親友なのである。



 <なら―――待てよ、昔の僕だってずっと強がっていられたわけはじゃない、落ち込むことだってあった>


 執務官になってからは、失敗を落ち込む暇があれば、再発防止に全力を尽くせ、という姿勢であるため忘れていたが、自分も昔からこうだったわけではないはず。(その辺はトールと似ていたりする)


 そんな時、自分はいったい、何を支えにしていただろうか―――



 「う……」


 「どうしたの?」


 いきなり呻き声をあげたクロノに、いったいどうしたのかと尋ねるユーノ。


 「何でもない……」


 と答えつつ、辿り着いた回答について熟考するクロノ。



 <この歳になるとかなり恥ずかしいが、最も大切な思い出であるし、僕の一番の支えであったことは確かだな>


 結局は自分もあまり大差なかったようだと、改めて自嘲するクロノ、だが、それでよいのだとも同時に思う。


 やはり子供は、母の愛に包まれているべきなのだろうと、当たり前のように彼も考えていたから。



 「とりあえず、手は浮かんだ。今のなのはとフェイトには、多分これが一番有効だ」


 確証はないが、そんな気がする。


 何より、あの管制機が言ったのだ、クロノ・ハラオウンに任せると。


 ならば、自分こそが彼女らに対する特効薬となるものを持っている、そう、彼は判断したはずだ。


 その答えを示さず、兄自身に考えさせたことも、何とも彼らしいと思える。



 「S2U………いや、Song To You、セットアップ」

 『Reday set.』


 ストレージデバイスS2U


普段はそう呼ばれ、管理局の武装局員が使う標準のストレージデバイスと大体同じ性能を持っているが、込められた願い、託された命題はそれとは異なる。


 彼に託された命題は、管制機トールと最も近い、母が自分の子供に贈った願いそのものであるから。


 シルビア・テスタロッサという女性が、幼い身体で扱うには危険な程の高い魔力資質を持って生まれたプレシア・テスタロッサのために、時の庭園の管制機というコンセプトで設計されていた、まだ生まれていないデバイスに“常に一緒にいられない私の代わりに、私の娘の魔力を制御し、娘をあらゆる脅威から守るように”という命題を込めたように。


 リンディ・ハラオウンという女性が、父を失い、その後を継ごうと頑ななまでに頑張り続ける息子、クロノ・ハラオウンのために、通常の武装局員が扱うストレージデバイスを基に、“常に一緒にいられない私の代わりに、息子と共に在り、支えてあげて欲しい”という願いを託されたデバイス。



 故にその真名を、Song To You(歌を、あなたへ)。



 母が子に贈る、“ただ健やかに育ってほしい”という原初の願いが込められた、愛の結晶。




 「なのは、フェイト」


 Song To Youが音楽を奏で、優しい旋律が流れ出す。


 そこに、歌詞はなく母の声によるメロディーのみ、その声は“私はいつでも見守っていますよ”という母の想いそのものだから。



 「君達は、無理に頑張らなくてもいいんだ」


 そして、かつてその歌を贈られ、自身の信じる道を歩み続けた少年が、何も出来ない自分を、小さいままの自分の手を恐れる少女達に言葉を紡ぐ。



 「君達が無理に頑張っても、君達のお母さんは、喜びはしないよ」


 自分はそれが出来ない悪い息子であった、だからこそ、妹やその親友に同じことをさせるわけにはいかない。


 理屈は、至極単純、彼は男の子だから、いざとなれば母を守らねばならない、男というのはそういうものだ。


 だが、彼女達はどんなに強くとも女の子なのだから、時には弱音をはくのも当たり前だろうと彼は思う。



 「ただ、健やかにすごしてほしい、幸せに笑ってほしい、それだけなんだ」


 執務官という道を選んだ自分は、その願いを壊してしまう危険に満ちている。


 それを自覚しているからこそ、クロノは鍛錬を続けるのだ。闇の書事件のような犠牲者を出させないという目標もある、次元世界に生きる人々の生命と財産を守るために戦う存在が執務官であり、負けるわけにはいかないという理由もある。


 だが、何よりも最大の理由は、健康無事に母のもとへ帰るため、母を泣かせないために、クロノ・ハラオウンは“相手に勝つためのスキル”ではなく、“負けないための、生き残るためのスキル”を鍛え続けた。


 派手さない、輝きもない、射撃・砲撃ではなのはに劣り、速度ではフェイトに劣る。特筆すべきものは何もなく、だがそれ故に全てを修め、あらゆる状況に対処し、無事に生還する。



 「どんなに頑張っても、君達が傷ついては意味がない。自分を犠牲にして守っても、涙しか残らない」


 クロノ・ハラオウンは、殉職した自分の父、クライド・ハラオウンを尊敬しているし、目標にもしている。


 二番艦エスティアの局員が退避するまでブリッジに残り、部下を救うために命を懸けたその姿は、艦長としてはあるべき姿、理想形なのかもしれない。


 ただ、母を泣かせたことだけは、許してはならないことだと思っている。


 まだ幼く、物心つく前のクロノに僅かに残る母の思い出は、夫を失って泣いている姿だったから。


 気丈な母のことだ、決して息子の前で泣くことなどなかったはず、きっと自分がそれを目撃したのは偶然だったのだろう。だが、その光景はクロノの心に深く刻まれ、彼が進む道はその時に決まったのかもしれない。


 母を守れる強さを、泣かせない強さを、絶対に生きて帰る強さを得て、父の跡を継ぐ道が。


 そして現在、守るべき家族がもう一人増えようとしており、その子を守るためには、その親友もセットで守らねばならない。



 「だから君達は、笑っていてくれ、ただそれだけで、僕達は頑張れるから」


 望むところ、それこそが自分の選んだ道であり、求めた強さだ。


 世界はこんなはずじゃないことばかり、父が死んだという過去は変えることは出来ない。だから、大切なものを失いたくなければ、守りきれるだけの強さが必要。


 そう信じて進んできた、闇の書に恨みがないと言えば嘘になるが、クロノにとってはこれ以上の犠牲者を出させないこと、仲間の安全を維持すること、そして、家族を泣かせないことの方が重要なのだ。


 理不尽に悲しみ、復讐に狂う精神を、幼い頃に見た母の涙が、彼の心から流してしまったのかもしれない、ある意味では欠落者といえるが、復讐に狂う人間がいるならば、そういう人間もいてこそ世界のバランスは取れている。



 「だめ、それだけじゃだめ―――わたしは、お父さんを治してあげられないし、お兄ちゃんやお姉ちゃんに、好きなことをさせてあげられない―――クロノ君やユーノ君が頑張っても、わたしは………」


 (お前がいてくれるから、お父さんもお母さんも頑張れるんだよ)

 (なのはが笑っててくれれば、お姉ちゃん達だって、元気百倍なんだから)

 (じゃあ、いつも笑ってる! みんなが元気になれるように!)


 「いつも、笑っていることしか………できないんだよ…………」


 「………そうか」


 そして、クロノは理解した。


 <どうやら、なのはの兄、高町恭也という人と、僕は似たもの同士みたいだ>


 父、クライド・ハラオウンが亡くなった時に、泣いている母を見た幼い自分、そして、進む道を決めた。


 おそらく、高町士郎という人が死ぬ寸前の大怪我を負った時に、高町恭也という人も、自分と同じものを見たのだろう。多分、父を誇りに思うと同時に、二度と母を泣かせるようなことをしたら許さない、とも思っているはず。


 そして恐らく、なのはも似たようなものを見たのかもしれないが―――



 <すまないな、なのは、こればかりは、譲るわけにはいかないんだ>


 男としての意地、兄としての意地。


 ああ、つまりはそういうことなのだ。


 「なのは、それは違う。君のお兄さんやお姉さんは、自分のやりたいことを我慢して頑張っているわけじゃない、君達の笑顔を守ることが、やりたいことなんだ」


 「でも、わたしも―――」


 「残念ながら、こればっかりは兄や姉の特権だ、今回の場合が、僕がフェイト担当で、ユーノが君担当かな」


 「え、ぼ、僕!」


 「ユーノがやりたいことは、何よりも君の笑顔を守ることらしいから、別に君が気に病むことはない。だから―――」


 「ちょ、ちょっと!」



 今の彼女らに必要な言葉は、きっとこれ。



 「一度の失敗なんかでくじけるな、頑張れ、なのは、フェイト、僕達は皆、君達を応援している」



 励ましでも、慰めでもなく、君達の手がもっと大きくなることを願う、祝福のエール。


 小さな子達よ、もっと頑張れ、僕達は応援している、いつでも背中を押してやれる。



 果たして―――



 「あれ? クロノ君」


 「クロノ、どうしたの?」



 奏でられた母の歌によってか、紡がれた兄の言葉によってか、少女達の瞳に光が戻る。



 「それはこちらの台詞だ、そんな恰好で君達は一体何をやっているんだ?」


 「あ、あれ、ええと、にゃはは」


 「な、なんでだろうね、あははは」


 笑顔というには、誤魔化しの要素が強かったが、それでも少女達に笑顔が戻り、バインドを解いて彼女らは立ちあがる。



 <僕では、こんなものか、やっぱり、母さんは凄い>


 内心で思いつつ、彼は普段通りに―――



 「遊んでいる暇はないぞ二人とも、闇の書事件は終わったわけじゃないし、今日の戦いで守護騎士の強さや特性も大体掴めた、次こそは捕縛して、主を突きとめる」


 「え、あ、うん!」


 「りょ、りょうかい!」



 落ち込む暇があれば、次はどうするかに全力を注ぐ、そんな自分の在り方を、少女達に示したのだった。



 テスタロッサの家には父がおらず、時の庭園において、フェイトにとってはトールが兄であり、父であった。



 しかし今、フェイトはハラオウンの家におり、クロノが兄となり彼女を支えている。



 そして、墓守となった管制機は、時の止まった庭園の中枢に佇みながら、静かに演算を続けている。



 母が娘のために、彼へと残した最後の命題を守りながら――――



 Song To Youと同じ命題を託されたデバイスは、黒髪の少年が金髪の少女の兄となった光景を、見守っていた。





あとがき
 自分は、リリカルおもちゃ箱が大好きです。Song To Youを聞いた時は涙がぼろっぼろ出ました。他の音楽も大好きですが、Song To Youが一番好きでした。
 今回の話は、A’S編の最大の伏線であり、絆の物語の根源部分、“家族の絆”に絡んでくる部分です。高町家、ハラオウン家、八神家の三家族の絆こそが、リリカルなのはA’Sという物語において得られた宝物なんじゃないかと自分は考えており、これらの家族の繋がりから、StSへと人の繋がりは伸びていくのだと思います。
 そういうわけで、なのはの心の最大の檻である家族との関係、その檻を破壊する始まりの鍵を今回の話にしたいと思っています。StSでは可能な限り、なのはの性格をリリカルおもちゃ箱のなのはが成長した形にしたい、という身に余る願望を秘めており、戦う時は不破なのはで、普段は高町なのは、高町桃子という女性を母に持つ娘であることを出していきたいと思っており、自分の中でのなのはのテーマソングは、『はるひな 〜Theme of Momoko&Nanoha〜』で固定されております。
 母と娘というテーマは自分の作品における解答編であるVividにも繋がる部分があり、やっぱり、みんな仲良く平和に過ごす以上の幸せはないと思います。というわけで、forceの敵役達はStS前に退場、ということになりそうです、高町桃子の娘で、高町ヴィヴィオの母、高町なのはを中心とした世界には、“必要ない”存在でしかないので。




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