Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第四章  前編  夜天と闇の相克





ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  嘆きの遺跡  最下層



 「現われたか」


 旧き時代の遺産が眠る嘆きの遺跡、その最下層において黒き魔術の王はただ一人で佇んでいたが、その時間は三秒に満たぬものであった。


 彼が夜天の騎士が一人湖の騎士シャマルより“思考制御”の術式によって情報を奪い、さらには彼女の脳を過負荷状態とすることで意識を飛ばしてより、ほんの僅かの間を置くこともなくその存在は初めからそこにいたかのように現れていた。


 つまり、彼は1分もかけずに黒き魔術の王の配下である騎士達を破ったこととなるが、それは当然を通り超えて必然でしかなく、驚くには値しないことであった。


 「大気に満ちる風よ、その自由こそを我は友としよう。時間、空間の軛すら我らを阻めるものではない、風こそは自由なるもの、どこにでも在りて、どこへでも行ける」


 灰色の衣を纏った老人、放浪の賢者ラルカスはかつての弟子と対峙したまま、中世ベルカの時代の騎士が扱う魔法のいずれにも属さぬ術式を走らせる。


 大気が存在する場所ならば、その空間全ては風の友。彼らと意思を分かち合うことが出来たのならば、誰であろうとどこへでも行けるとも。


 それは人間の条理を無視した技であるが、自然にとっては実に単純にして当たり前の法則。友の所まで遊びに行くことに、なぜ時間や空間に束縛される謂れがあるのか。そも、時間や空間もまた我らの友なのだから。



 「転移魔法、いや、古代ベルカのドルイド僧に合わせるならば、“藍色の風”か」


 「熱き風、凍てつく風、雷をもたらす風、恵みをもたらす風、切り裂く風、叩きつける風、風の顔も様々であり、皆親しい友ではあるが、放浪者たる儂は自由なる風が一番好きでね。彼女も儂を好いてくれているのか、たびたび力を貸してくれる」


 放浪の賢者ラルカスが扱う転移の技は、ただ精霊に働きかけるものであり、人間とは異なる座標の力。


 とはいえそれも絶対というわけではない。魔導師が張る強装結界などによってその転移を遮断することも当然可能であり、最終的には法則の鬩ぎ合いとなる。ただ、魔導師の結界強度が魔力の大きさに比例するならば、ラルカスの術は精霊との仲の好さに比例するという違いは存在するが。



 「ありがとう、風よ。なに、癒しきることが出来なかったとな? それは君達のせいではないとも、人の心に自然の風は吹かぬ故に心の傷は癒すことはできぬ、だがしかし、健全なる肉体には健全なる精神が宿る、君達の働きは決して無駄ではない、感謝しているともさ」


 既に、嘆きの遺跡の最下層にシャマルの姿はない。放浪の賢者の“友人たち”によって時空を超えてヴァルクリント城まで運ばれ、肉体が負っていた疲労や傷などもほぼ全て治療されていた。


 「まったく、呆れ果てた力だ。貴方の技はデバイスを用いる夜天の騎士の魔法すらも遙かに凌駕しているというのに、なぜ、自らの技よりも劣る技術を広めようとする?」


 「その問いは50年以上昔にも受けた覚えがある。そして、言葉を返しているはずだがね」



 古代の遺跡にて対峙する二人。進む道は決定的に違っており、もはや戦う以外にない両者ではあるが、そこに流れている空気は課題について意見を交わす師と弟子の如く。



 「古代ベルカの技は既に過去のもの、今を生きる者達には、それに合った技術がある」


 「そう、それが儂の答えだよサルバーン」


 「確かに、古代ベルカの技は廃れた。勝った者は生き、負けた者は死ぬ、それこそが大地の掟である以上、私もそこに否はない」


 「君もまた、古代ベルカの技を受け継ぐ末裔であるために、かね。君のその精神は古代ベルカの大戦士のそれに良く似ている」


 「他の者との比較などどうでもよい、私は私だ」



 その言葉には、絶対の自信が宿る。他者の誰に認められずとも、己が己を誇れるならばそれだけで十分と断じる強大な自我、それこそがサルバーンという男の強さの根源を成す要素であった。



 「だからこそ君は、最果ての地の叡智を求めるか」


 「如何にも、騎士の時代が自らの手によってのみもたらされたものであるならば、別に興味もなかったが、そうではない。初代の聖王がアルハザードより現れた彼の翼を持って、古代ベルカを統一し、騎士と王国の時代がやってきた。それを責めることはせん、仁徳と博愛を掲げる者らにとっては、古代ベルカは野蛮、冷酷としか映らなかったのであろう」


 古代ベルカは人がまだ自然と共にあった時代ゆえ、弱肉強食こそが共通の理念。


 自然を生きる獣の子のうち、弱いものは親から餌を与えられることなく死んでいくように、生まれつき身体が弱かった子は殺されることが当たり前とされる部族も多く、それはまさしくその時代の“正義”であった。


 奪うことは生きることであり、奪われた者が嘆いたところでそれは敗北者の戯言に過ぎない。だからこそ、戦士は牙を研いだ、子は早いうちから戦う術を学んだ、その気質を受け継ぐ者達こそが現在の騎士である。


 その文化が変わるきっかけとなったのが初代の聖王であり、彼が“聖なる王”と呼ばれる理由。それまで獣とさほど変わらない存在であった人類を、文明的な存在と成し、法と道徳というものをベルカの地の基礎となしたからこそ。



 だが―――



 「それは所詮、アルハザードより流れた“聖王のゆりかご”があったからこそ実現できたこと。いくら騎士や調律師が技術を高めたところで、それはどこまでいっても亜流にしかならん、大元を超えない限りは」


 「君は、超えるつもりなのだろう、聖王のゆりかごを、竜王騎を、最果ての地の技術そのものを」



 アルハザードの叡智そのものを己の力によって凌駕すること、それが目的である以上、黒き魔術の王が道化の戯言に耳を貸すことはあり得ない。そして、彼がそう在るからこそ、道化は黒き魔術の王を興味深く観察し続ける。



 「当然だ、私が学び、修めてきた知識と技術が全て、アルハザードより流れしものの亜流に過ぎんなどと言われて、黙っていられる気質を私は母の胎内にでも置き忘れたのだろう」


 「やれやれ、見え過ぎるというものはやはり良いことばかりではないものだ。君の眼がもう少し盲目ならば、見るべきものではないものを見なければ、王としてでも、調律師としてでも、後世まで偉大な者と語り継がれていたであろうに」


 「貴方は、虫に神と崇められるのが嬉しいか? 虫に悪魔と恐れられるのが厭わしいか?」



 その言葉の意味など考えるまでもない、サルバーンにとって“無辜の民達”からの評価など、あってもなくても変わらないものでしかない。虫に崇められても、恐れられても、人の歩みに何の変化もないように。



 「中々に嬉しいとも、虫達もまた儂の友であり、共に褒められるのは嬉しいことだよ。まあもっとも、嫌われても別に儂の在り方が変わるわけでもない故、そのあたりは君と近いのだろう」


 「なるほど、貴方らしい答えだ。だが、だからこそ問いたい。貴方は先程私が見えてはならぬものを見たと言った。であるならば、貴方もそれを見た筈だ、そうでなければ私が見たかどうか判断できるわけもない」


 「否定は出来ぬだろう」


 「ならばなぜ、アルハザードより流れたものの亜流に過ぎぬ技術を自分達だけで生み出したものと盲信し、日々を漫然と生きるだけの今のベルカを良しとする? 例え技術や文化は未発達であろうとも、古代のベルカは自分達の足で歩んでいた。他人が用意した船に乗り、その船をより良いものとするだけで満足する今のベルカとは違う」


 「本当に、君は強欲だ。他人の船をより良いものにすることが悪いことでもあるまいに、自分の手で船の全てを作り上げねば満足できんか」


 「少なくとも、私は不満だ。他人の船を借りるよりも、自分の手で作り上げた筏の方が価値はある。誰に憚ることなく自身のみで作り上げたもの故、沈むのもまた己の責任だ」



 故に、彼は古代ベルカが滅んだことに思うものはない。


 古代ベルカは自身の力のみで筏を築きあげ、そして、アルハザードという他の船に沈められた。弱いものが滅ぶことは当然の帰結であり、外敵に勝てなかっただけの話、ドルイドと戦士の時代は栄え、そして滅んだ、それだけのこと。


 だが、それより昔のイストアという文明は唾棄すべきものでしかない。自分達で筏を作り上げながら、それを船とするための研鑽を行わず、他の船の技術に憧れ、乗り換えようとし、挙句に失敗して沈んだ。それに比べれば、正面から挑み、そして敗退した古代ベルカの方が万倍の輝きがある。


 そして、他人の船の上に乗っていることも知らず、その船を作り出した技術と同系統の技術が流れてくるだけで発生した自分達の国家の動乱を、“最果ての地の技術のせいにする”愚物は彼の好むところではなかった。


 彼の価値観に合わせるならば、異形の技術を明確に敵と捉え、排除するために全力を尽くす夜天の騎士達はむしろ好ましい。ほんの少し歯車が違えば、アルハザードの技術を破壊するために共闘していたかもしれないほどに。



 「その船の起源を知らずとも、自分達が暮らしやすいように長い年月を重ねて改良を加え、一つの様式を築き上げたならばそれはもう彼らのものであろう。君が気に入らぬからと言って、その船ごと叩き壊していい道理はない」


 「それがどうした。仮に、私がその船を気に入っていようとも壊そうと思えば壊す。現に、今の白の国がそうではないか」


 「君にとって人間は塵芥だった。だが、その中に砂粒ではなく、宝石が存在することを君はフルトンを通して知ったはずだが」


 「宝石を集めることに価値を見出す人間もいるだろう。だが、私は踏み潰してもなお砕けなかった宝石を、己の手で破壊することにこそ価値を見出している」


 それが、白の国であり、さらにはアルハザード。


 サルバーンが価値を見出し、自身の力を持ってしても容易には砕けぬ存在であると知るからこそ、それを砕くことに意義がある。その過程で関係ない無辜の民とやらがどれだけ砕けようとも、彼の知ったことではない。壊す価値の無いものが壊れたところで、何の感慨もありはしないのだ。



 「それが君の答えか」


 そして、彼がそのような存在でしかあり得ないことを知っている。ならばこの言葉は、確認のための独り言のようなものだろう。


 「しかし、そうなるとアレも実に奇特な存在ではないかね。いずれはアルハザードの技術を超え、破壊してくれると宣言する相手を友と呼び、邪魔するわけでも手を貸すわけでもなく、その行く末を見守るのみとは」


 「やはり、貴方もアレを知っていたか」



 二人とも、その存在の名前を呼ばない。そも、その存在の名前を知る者はどの世界にもいないのだから。



 「一度だけ会ったことがある、意気投合とはいかなかったが、知己ではあるだろう。時が巡り、最果てに至る頃には談笑しているかもしれんがね」


 「何とも気の長い話だ、私ならばその前に破壊しているだろう」


 「本当に、君の考えは呆れるほど単純で傲慢だ。ならばこそ、不老不死に君ほど縁がない人間もいない」


 「当然だ、不老不死の存在になれば何でも出来よう。それはつまり、そこらの塵芥が不老不死になろうとも、この私が不老不死になろうとも、成せることは“同じ”ということだ。やる意思を保てるかどうかは別であろうが、強制されれば他の存在にも可能なことである以上、私の在る意味は屑に堕する」


 「だが、限りある人間の命で白の国を滅ぼし、ベルカを滅ぼし、さらにはアルハザードすらも滅ぼすとなれば、確かにそれは誰にでも可能なことではないだろう。強制されようが出来ないものは出来ない、故にこそ君は高みを目指すか」


 「私の人生だ。自分の思うように生きるまで、生き方も死に方も自分で決めてこその人間だろう」


 「やれやれだ、君ほど人間というものを好いている人間も少ないというのに、君が“人間”と認める人間は極僅か。賢君と暴君の差とは、かくも紙一重、実に悲しいことではないかね」


 「そろそろ、いいだろう」



 唐突に、サルバーンが会話を切る。と同時に、彼の周囲が歪む程の魔力が抑制の軛から解き放たれていく。


 放浪の賢者と再び相まみえた瞬間から、彼の心臓は火山の如き鼓動を繰り返している。恋い焦がれた相手と会う時の情動など遙か彼方に置き去った領域で。



 彼は言った。自分が踏み潰しても壊れず、価値があると認めた存在を破壊することにこそ、己の存在意義があるのだと。



 ならば―――



 「貴方を超えたく、破壊したく、私の身体が唸っている。70を過ぎて恥ずかしい限りだが、これはもうどうにもならぬ性分のようだ」


 「だからこそ君は老いというものから遠いのだろう、儂とは別の方向性ではあるが、時の摩耗から離れているという点ではやはり似通っている」



 ただ純粋に、放浪の賢者は語ることが好きであったが、ことここに至ってはやることは一つしかないことも悟っている。



 「シュベルトクロイツ(剣十字)」


 「ハーケンクロイツ(鉤十字)」




 言霊の開放に応じるように、それぞれの手に魔導の杖が握られる。


 片方は、俗にクロススピアと呼ばれる形状に、輪のようなパーツが付与された杖、放浪の賢者の魔力発動体、シュベルトクロイツ。


 片方は、同じく十字架に近い形を持つが、それらは鉤ともなっており、刺突、切り払い、引き寄せ、弾きなど、あらゆる状況に対応するために作られた戟という武器に近く、近接武器としての特性が強く現れるハーケンクロイツ。



 「行くぞ」


 「やれやれ、儂の本分は戦闘ではないのだがね」


 黒き魔術の王の身体より発生する魔力光は“黒”。光としてあり得る色ではなく、他の全ての光を飲み込む色。


 それはすなわち、あらゆる魔法を取得し、あらゆる技術を己がものとするサルバーンという男の特性そのものであり、まさしく彼は黒き魔術の王であった。


 対して、放浪の賢者ラルカスの魔力光は無色透明。魔力が発生していることすら常人には理解しがたく、どこまでも自由気ままに流れていく彼そのものであった。



 そして、これから茶でも飲もうかというほど当たり前のようにかけられたサルバーンの言葉に対し、ラルカスもまたいつも通りに応じ―――




 「刃以て、血に染めよ。穿て、血塗られた短剣(ブラッディダガー)」


 「雫以て、霜と成せ。来たれ、極寒の短剣(フリジットダガー)」




 放浪の賢者と黒き魔術の王の、人の域を越えた領域での相克が始まった。













ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  北西部  上空



 「せえや!」


 「飛翔モード、回避」


 「ちくしょ……」


 白の国の上空にて、二騎の小さな影が高速で飛び回り激しい空中戦を展開する。


 外見年齢だけをみれば共に9歳程度の少女であり、赤い甲冑と鉄鎚を構えた少女は実際その程度の年齢であった。対して、赤紫色の軽装甲冑と同色の杖を構えた栗色の髪を持つ少女は、生まれてからまだ1年程度である。


 だが、その飛行技能も射撃の技術も一流と言って差し支えない。空戦を行える騎士の中でも、彼女を上回る者は数少ないだろう。



 「パイロシューター」


 赤紫の少女、シュテルが呟くと同時に、その杖より三発の誘導弾が吐き出される。彼女は一度に三発同時に放つことを基本としているが、最大で十二発同時に放つことを可能としている。


 <こいつ、射撃型――――騎士の戦い方じゃねえ、むしろ、騎士を倒すための戦い方だ>


 自らを追尾してくる誘導弾をアームドデバイスである鉄鎚でもって撃ち砕きながら、ヴィータは敵の特徴に関する考察を進める。


 ベルカの騎士は基本的にアームドデバイスによる近接攻撃が主流だ。中にはシャマルのように補助を専門とする者もいるが、シグナム、ローセス、カルデン、リュッセ、いずれも近接戦闘に長けた技能を持ち、遠距離攻撃も可能とはするが、“近づいて叩きのめす”ことが基本であることは間違いない。


 対して、この少女は距離をとっての誘導弾を通常の攻撃手段としている。陸戦しか出来ない騎士がこの少女と相対すれば、自らの攻撃が届かない空中から一方的に射撃される的にしかならない。すなわち、騎士殺しの存在と言って過言ではないだろう。


 <だけどそれは、相手が空を飛べなければの話、って言いたいところなんだけど……>


 「無駄です、貴女の速度では私は捉えられません」


 「はっ、戦場での駆け引きってのは速度だけで決まりはしねえんだよ!」


 「ブラストファイア」


 「ちっ」



 放たれる直射型の魔法を辛うじて躱すヴィータだが、敵の言が事実であることは認めざるを得なかった。この敵は明らかに空戦の騎士を倒すための訓練を重ねており、アームドデバイスで切りかかる騎士を幾人も墜としている。でなくばここまで滑らかに反応出来るはずはない。


 さらに―――


 「炎熱変換か、珍しい資質を持ってんじゃねえか」


 先ほど放たれたブラストファイアという直射型の攻撃は、明らかに炎熱変換の特性を有したもの。同じ特性を持つ烈火の将シグナムの戦いを何度も見てきたヴィータが、それを見間違うことはない。


 「そうなるように生み出されたのですから。当然の結果です」


 「つーことは何か、炎熱変換の特性を持つ騎士から作られたってのか?」


 「答える義務はありません」


 「そうかよ」


 「ルベライト」


 「!」



 まるで会話の中の一文のような自然さで魔法が放たれる。赤紫の少女、シュテルが放ったルベライトは対象を中心に収束するリングを発生させる魔法であるため、相手が止まっている会話中でもなければ仕掛けることが難しい。


 そして、リングは中央に向かって収束する以上、ヴィータの逃げ場は上下にしかあり得ず―――



 「パイロシューター」


 シュテルは三発の誘導弾を二連射、六発のパイロシューターが半分ずつに分かれ上下から押し寄せる。徹底して遠距離からの攻撃を行う隙のない戦術と言えた。



 「パンツアーヒンダネス!」


 迎撃は困難と判断したヴィータはバリアを発生させ、誘導弾を凌ぎきる。彼女の防御は並の騎士よりも遙かに堅く、誘導弾程度で貫き通せるものではない。


 「パイロブラスト」


 だが、バリアを展開して足を止めるのを待っていたとでも言わんばかりにシュテルが接近し、バリアにほぼ接する状態から強烈な一撃を叩き込む。いくら強固なバリアとはいえ、至近距離から砲撃魔法を喰らってはひとたまりもない。


 「パンツアーシルト!」


 だが、夜天の騎士達の教えを受け、夜天の騎士を目指す彼女の戦闘センスも並ではない。バリアが破られたその瞬間に内側にシールドを発生させ、砲撃をなんとか逸らす。ノーダメージとはいかないが、被害を最小限に食い止める英断であったのは事実。


 そうして、一旦距離を置き、両者は空中で対峙する。



 「やりますね、このコンビネーションを凌いだのは貴女が初めてです」


 「へえ、そりゃあ光栄だ」



 適当に返しつつ、ヴィータは敵の言葉から突破口を探る。今のコンビネーションを破ったのが自分が初めてというならば、この敵はシグナムやカルデンといった超一流の騎士と戦った経験はないと言うことを示している。


 対象を中心に収束するリングに加え、六発もの誘導弾で逃げ場を封じ、辛うじて防げば至近距離からの砲撃が叩き込まれる。確かに厄介な連携であり、その上この敵の魔力は尋常ではない、純粋な魔力量ならば夜天の騎士の誰よりも大きいだろう。あるいはそれが、人造魔導師の特徴なのか。


 だが、自分のシールドでも辛うじて防げるレベルならば、夜天の騎士にとってはそれほど脅威にはなりえまい、特に、自分の兄ローセスの防御の硬さは群を抜いている。とはいえ、敵に更に上位の攻撃手段がないとは限らないが。



 「ですが、貴女では私には勝てません。そのデバイスはかなり優れたもののようですが、カートリッジもなければフルドライブ機構もない通常のデバイスに過ぎない」


 「わりいな、まだ見習いのもんでさ」


 シュテルの指摘通り、ヴィータが用いているデバイスはグラーフアイゼンと同等の強度を持つ優れたアームドデバイスではあるが、ヴィータの身体がまだ身体が成長しきっていないことを考慮し、カートリッジやフルドライブ機構などは搭載されていなかった。



 「貴女のようなタイプの騎士ならば私は幾人も戦い、打倒してきました」


 「さっき、あたしが初めてだって言わなかったか?」


 「ああ、申し訳ありません、言葉が足りませんでしたね」



 ガシャン ガシャン


 ヴィータにとっては聞き慣れている、デバイスがカートリッジを吐き出す際の独特の音。



 「通常モードならば、凌いだ方はいらっしゃいました。ですが、この先を防ぐことが出来たなら、貴女が最初となります…………ルシフェリオン、フルドライブスタート」


 二つのカートリッジを吐き出すと同時に、ルシフェリオンと呼ばれたデバイスが魔導師のリンカーコアを最大出力とするための機構を発動させる。



 <なんつう魔力だ>



 そして、人造魔導師である彼女のリンカーコアの出力は騎士のそれを大きく上回っており、それがフルドライブ状態となった時、どれほどの威力となるか。



「貴女を………殲滅します」



 星光の殲滅者



黒き魔術の王の国、ヘルヘイムにおいて彼女は恐れを込めてそう呼ばれる。徹底して遠距離攻撃のみを行い、地を這う騎士や人間の兵隊を容赦なく薙ぎ払い、僅か1年で万に届く人間を焼き滅ぼした流星の化身として。


彼女が現れたが最後、村であろうと街であろうと一切の容赦なく殲滅され、後には何も残らない。人造魔導師でり、人として生きることがなかったため、彼女はどこまでも冷酷に、正確に、破壊と死をもたらす。


近接での打ち合いこそ最大の誉れとされるベルカの地において、彼女の存在はまさしく異端。そのデバイスには接近戦のための機能が微塵も存在しておらず、ただ無慈悲に地上の人間を焼き尽くす凶つ明星。



黒き魔術の王サルバーンが構築せし生命操作技術、その結晶とも言える少女が、己の権能を解き放った。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  上空




 同刻、白の国の別の空域においても空中戦が展開されていた。



 「雷神衝!」


 「フィールド」

 『Panzergeist.(パンツアーガイスト)』



 青髪の人造魔導師の少女、レヴィから放たれる直射型の射撃魔法を、フィールド防御、パンツアーガイストによって防ぐ。



 「光翼斬!」


 「バリア」

 『Panzerhindernis.(パンツアーヒンダネス)』



 放たれる誘導性能を持ったブーメラン状の雷撃を、自身を覆う形で展開するバリアでもって防ぐ。



 「光魔斬!」


 「シールド」

 『Panzerschild.(パンツアーシルト)』


 近接から繰り出される攻撃を、己のデバイスに纏わせたシールドによって防ぐ。



 「どうしたどうした! でかい口を叩いておきながら、防戦一方じゃないか!」


 「そういうことは、一撃でも有効打を入れてから言うんだな」


 「口の減らないやつめ、ならば喰らえ! 究極の一撃を!」



 高速で飛び回る少女の前に三角形の陣が形成され、凄まじい魔力が集中する。さらにそれだけではなく、青白い雷がその周囲に余波の如く生じている。



 <やはり、電気への魔力変換資質。それに、あの輝きは………>


 リュッセには、その輝きに見覚えがあった。見たのはただ一度きりだが、そう簡単に忘れられるようなものではなく、むしろあの光景を忘れろと言う方が無理な注文だ。



 「雷神爆光波!」


 放たれるのは烈火の将の飛竜一閃にも匹敵するかと思われるほどの砲撃魔法、だが、威力と速度こそ凄まじいが狙いが単調に過ぎる。


 「風を」

 『Pferde.(フェーアデ)』


 発生するは、湖の騎士シャマル直伝の移動用の風魔法。渦巻く風がリュッセの足元に出現し、彼の身体を急上昇させ電気変換された魔力による砲撃を躱しきる。



 「くっそ、ちょこまかと、騎士なら男らしく堂々と打ち合え!」


 「君は、打ち合いが出来るのか?」


 「はん! 馬鹿にするなよ、僕のバルニフィカスはシュテルのルシフェリオンと違って騎士と接近戦も行えるように設計されている。その上、カートリッジシステムもフルドライブ機構もあるんだ、そこらのデバイスなんかとは格が違うんだ!」


 「ならば、僕のような格下には逃げ回るしか出来ないことも理解してほしいが」


 「それとこれとは話は別だ、騎士の癖に逃げ回るなんて、恥を知れ!」



 空中に静止し、呼吸を整えながらリュッセはどうやら頭はそれほど強くないと思われる少女の言葉から情報を整理する。


 <どうやら、人造魔導師は他にもいて、そいつが持っているデバイスはルシフェリオン、そちらは近接は想定されていないようだが、カートリッジシステムやフルドライブ機構はあると見るべきか。作り手がサルバーンならば尚更だ>


 と言っても、確証があるわけでもないため、もう少し会話を続け情報を集めるべきと判断する。



 「仕方ないだろう、君は彼の黒き魔術の王サルバーンが作り上げた人造魔導師、僕のような普通の騎士が太刀打ちできる相手じゃない、それに、そのデバイスもそうなのだろう?」


 「当然! 僕の電気変換資質を最大限に発揮できるよう、サルバーン様が作って下さった至高のデバイスこそバルニフィカスだ! まあ、シュテルのルシフェリオンだけは唯一同格と認めてやるけど」


 「電気変換資質か、まさかそんなものまで持っているとは………」


 「理解したか、僕らは君達のような凡百とは生まれからして違うんだ。クローン培養でもなく、優秀な遺伝子をかけ合わせた純粋培養による新たなる人類、それが僕達、人造魔導師なのだから!」



 <クローン培養とは、複製体のことだな。では、純粋培養とは恐らく……>



 大体の想像がつき、同時に嫌な予感もするが、それでもあえて問う。



 「君は、自分を作る素となった父親の顔を知っているのか?」


 「僕の父はサルバーン様だけだ。遺伝子上の親なんか知ったことじゃない」


 「では、君に戦い方を教えたのも父親であるサルバーンか?」


 「いや、サルバーン様の二番弟子、サンジュ様だ。まったく、生まれたのはシュテルの方が先だからって、何であいつの教育担当がアルザング様なんだよ、実力的に考えれば僕が一番のはずなのに………って、何でこんなことお前に言わなくちゃいけない!」



 <アルザング、その名は知っている。黒き魔術の王の高弟にして、ヘルヘイムの執政官、“蟲毒の主”の異名を持つ魔術師にしてサルバーンの片腕とも言うべき存在。一番という言葉は、つまり一番弟子である彼がシュテルという人造魔導師の教育担当であったということか>


 もう一人、この少女の教育担当だというサンジュという名にもリュッセは覚えがあった。


 <破壊の騎士、の二つ名を持つ男。その破壊行動には一貫性がなく、村や町、果ては城までを無差別に破壊して回るという、黒き魔術の王の配下では三本の指に入る強者>


 だが、“破壊の騎士”の二つ名からイメージできる存在とはやや異なり、攻撃魔法ばかりではなく、転移魔法や空戦などもこなすと聞く。強大な魔法の才能を秘めているようだが、恐らくは自己顕示欲が強く、自らの魔法の力を破壊という形で誇らずにはいられない性質なのだろう。


 <だからこそ、“破壊の騎士”が教育担当だというこいつは自信過剰で口が軽い。自分達の凄さを語って聞かすことが大好きで、一言で言えば子供だ>


 確かに、保有する魔力は膨大であり、空戦の速度は自分を上回っているだろう。だが、その攻撃はあまりにも真っ直ぐ過ぎ、虚と実を織り交ぜた戦術というものがまるでない。ただ、生まれ持った性能に頼って暴れまわることしか出来てないのだ。


 まず間違いなく、“破壊の騎士”も似たような特性を持っているのだろう。それでは同等の力を持つ強者に敵わないばかりか、格下に足元を掬われることにも繋がりかねない。


 <ヘルヘイムという国や、その組織はサルバーンにとって使い捨ての道具程度のものでしかないと老師はおっしゃっていた。だとすればそのような男が二番弟子ということも頷ける>



 敵がそれほど有能でないことは歓迎すべきことだが、それとは別にまだ確認すべきことがあった。



 「ところで、君達を生み出すのに必要なのは、血液か? それとも髪の毛などの身体の一部か?」


 「いきなり何を言うんだか、それに、阿呆だな君は。人間の子供を作り上げるならば、遺伝子に決まっているだろう」



 <なるほど………カルデン殿、複数の女性と関係を持つのはやはりあまりよいことではないようです>


 そして、リュッセは悟った。間違いなくこの少女は雷鳴の騎士カルデンの精子から生み出された存在であろうと。先程彼女が放った雷光はあまりにも彼の雷鳴の騎士に似通っている。


 彼は独身であり、かなり多くの女性と関係を持っていると直に聞いた。ならば、彼の精子をサルバーンが入手することは極めて容易いだろう。というか、暗殺すら簡単なのではないだろうか。


 逆に、シグナムとシャマルはあり得ない。行かず後家もこういう時にはいい方向に作用する、などという考えが知れればリュッセのリンカーコアは間違いなく抜き取られることだろう。



 <それに、高速機動に加えて、電気変換資質を利用した超加速、いずれも彼の戦闘スタイルそのものだ。もっとも、錬度は劣るが>


 リュッセがレヴィという人造魔導師の少女の攻撃を簡単に凌げる最大の理由はそれであった。彼は以前雷鳴の騎士カルデンより手ほどきを受け、さらに、彼とシグナムの全力を戦いをその目で見届けた経験を持つ。



 「ふん、遊びはここまでだ。一気に片をつけてやる! バルニフィカス、フルドライブ!」


 敵の魔力が目に見えて増大し、これまで以上の猛攻が来るであろうことは一目瞭然だが、リュッセには恐れは微塵もない。


 例えフルドライブを発揮しようが、この少女が雷鳴の騎士カルデン以上の使い手ではないことは明白、ならば、彼と模擬戦を行った際に構築した対抗策がそのままあてはめれば―――


 「来るぞ、アスカロン」

 『Ja.』


 そして、ヴィータと異なり、リュッセは既に実戦において敵を破るためのデバイスを持っていた。レヴァンティンと同様の剣型デバイスであり、カートリッジシステムとフルドライブ機構を搭載している。


 AIについては、グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン程高度なものは搭載していない。その分のリソースを用いて代わりに“ある機能”を搭載しているからだ。


 よって、アームドデバイスでの近接攻撃以外では持ち味を完全に発揮できないヴィータと異なり、リュッセの戦術には幅がある。先程までの攻撃を悉く防ぐことが出来たのも、彼自身の技量の他にデバイスが攻撃以外の部分でも補助できるようになったこともある。無論、使いこなすことは並大抵ではないが。



 「バラバラにしてやる、雷刃の襲撃者の力、思い知るがいい!」



 雷刃の襲撃者


 シュテルと異なり、レヴィのそれは周囲から恐れられる異名ではなく自称であった。何より、彼女が生まれたのは一か月ほど前に過ぎず、まだそれほど実戦経験がないのだ。素質はほぼ同等であっても、経験の差というものはどうしようもなく存在する。


そして、フルドライブを発動させたところで“戦術眼”が増加するわけではなく、リュッセには対応できる自信があった。いざとなればこちらもフルドライブ機構を発動させることも可能であり、むしろ、彼の危惧は別にある。



 <念話が繋がらない。何らかの手段で妨害されているのもあるのだろうが、ヴィータもおそらく……>


 念話の届く距離は送り手と受け手のレベルに依存する。遠く離れた地上にいる“若木”の年少組に届かないのは仕方ないとして、同じ空にあり、リュッセとほぼ同等の実力を持つヴィータと繋がらないというのは考えにくい。


 ならば、自分と同様ヴィータも敵と交戦していると考えるべき。サルバーンの配下の騎士か、融合騎を埋め込まれた改造種(イブリッド)か、もしくはこの青髪の少女が口に出すシュテルという名の人造魔導師という可能性もある。


だが―――


 <白の国全体のことは夜天の騎士達に任せるしかない。僕は僕の成せることを確実に>


 若木の隊長は、己の成すべきことを明確に見定めていた。


 自分の役割は警戒にあり、敵が現れれば交戦して討ち取ること。強敵と戦いながら他のことを考えることが出来ると思うほど彼は自惚れておらず、白の国へ攻め込んでいるのが黒き魔術の王サルバーンならば尚更のことだ。



 「来い、騎士の戦いというものを教えてやる。アスカロン!」


 『Explosion.』





 白の国へと闇が攻め入り、それを迎え撃つは強壮を誇る夜天の雲。


 だが、守り手は彼らだけではない。夜天を目指す若木もまた、騎士の戦場へと馳せ参ずる。


 闇と雲の相克はまだ始まったばかり。




















                         
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            △△△  シュテル                  △△△
           △△△   ヴィータ                    △△△
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  △△                    シグナム                     △△
 △△                    ザフィーラ                リュッセ △△
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        △△△            ローセス             △△△△
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