Die Geschichte von Seelen der Wolken
Die Geschichte von Seelen der Wolken
第二十一話 最強の騎士
新歴65年 12月9日 時空管理局本局 中央センター AM8:00
「しかし、本当に良かったのか、なのは、フェイト、今日は学校がある日だろう」
本日は金曜日、大学生ではないなのはとフェイトには当然の如く授業がある。
「いいの、フェイトちゃんと一緒に決めたことだから」
「勉強は、後でも頑張れるけど、こっちは、今日しか頑張れない」
いっそ見事といいたくなるくらいに強い意志を秘めた瞳で言い返されては、クロノには最早何も言えなかった。
彼個人としてはなのはとフェイトの学校生活は可能な限り乱したくはないのだが、仮に本局に連れてこなかったところで結局はそれぞれで特殊訓練を始めそうな勢いだ。
「でも、あんまり無理はしないでね、なのは、フェイト」
一緒に本局までやってきたユーノの目的は多少異なる。
ギル・グレアム提督の協力によってようやく使用可能となった無限書庫、今日からユーノはグレアム提督の使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリア両名の協力も得ながら、闇の書の起源に関する調べ物を開始する。
「うん、大丈夫」
「きっと、強くなるから」
「いや、そういうことじゃなくて、怪我とかしないようにって、模擬戦をやってくれる人って、古代ベルカ式の使い手なんでしょ」
「ああ、ゼスト・グランガイツ一等空尉、魔導師ランクはS+、ミッドチルダ地上部隊では間違いなく最強の魔導師、いいや、騎士だ」
「いくらなのはやフェイトでも、無理がないかな……」
ユーノとしては、この模擬戦を止めたい気分なのだが、一度決めたら絶対に引かないなのはとフェイトの気質も良く知っているだけに、止める術がないことも理解していた。
「無理があるのは百も承知だが、それ言うならヴォルケンリッターの相手を彼女らがすることが無茶苦茶だからな、多少荒療治にはなるだろうが、効果的なのも間違いない」
万一、二人が大怪我することになろうとも、それが模擬戦ならばまだいい。十分な設備と支援体制が整った条件での戦闘である以上、最悪の事態に陥ることはない。
だが、ヴォルケンリッターとの戦闘中に万が一があれば、最悪命を落とすことすらあり得る以上、ここで古代ベルカ式のオーバーSランク魔導師と戦うことは決してマイナスにはならないだろう。
「まあ、うん、トールもいてくれるし、大丈夫かな」
時の庭園の管制機は、既に昨日のうちにミッドチルダの地上本部へと向かっている。なのはとフェイトの最終目的地も地上本部なのだが、その前に本局での手続きを済ませる必要があるため、ユーノと共にやってきたという経緯がある。
アースラに搭乗している嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサと、“闇の書事件”に関しての民間協力者である高町なのは。
この二人が地上本部首都防衛隊のゼスト・グランガイツと模擬戦を行うならば、相応の手続きという者が必要となり、それ以前に普通ならば実現するはずもない模擬戦なのだ。
「しかし、彼はいったいどういやってこの模擬戦を実現させたのやら」
「えっと、ゲイズさん、ていう人とは昔から懇意にしてるって、トールは言ってたけど」
「それは理解しているが、ブリュンヒルトのことといい、ただ仲がいいだけの話で済むレベルじゃないんだ」
フェイトやなのはには知らせたくはない大人の世界の話が絡んでいるのは疑うまでもないが、それがどのような類のものなのか。
あの管制機のことだから、どんなことをやっているのか想像もつかない。何か、“究極兵器”なるものを開発しているとは聞くが、まさかそれ関係だとは思えない、というか、思いたくない。
<ひょっとして、ゴッキーやカメームシやタガーメがミッドチルダ地上部隊に配備されるなんてことは………いや、まさかな>
万が一にもそんなことはあって欲しくないと思いながらも、冷や汗が流れるのを止められないクロノであったが、彼の予想は当たらじとも遠からじ、といったものであった。
新歴65年 12月9日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部 防衛長官執務室 AM9:05
『お久しぶりです、ゲイズ中将、おかわりないようで何よりです』
「お前も、相変わらずのようだな」
『ええ、私は変わりません』
クロノ、ユーノ、なのは、フェイトが本局の中央センターに到着した頃、時の庭園の管制機はミッドチルダの中枢にあった。
彼がここを訪れるのは初めてではなく、そう珍しいことでもない。この半年だけでも月に一度くらいのペースで訪れている。
そして、情報の交換という面ならば、秘匿回線を用いてかなりの頻度で行っている。現在は時の庭園とレジアス・ゲイズの個人的な繋がりを知る人間はいないが、近いうちに彼の娘であるオーリス・ゲイズも知ることとなるだろう。
『ブリュンヒルトの改良計画も順調のようですが、目指すべき目標点、アインヘリアルに近づくにはまだかなりの時間を有しそうですね』
「そこは仕方ない、元より1年や2年でどうにかなるとは思っておらん」
『流石です、若い者たちもたまには腰を据えてじっくりやることを学ぶべきかもしれません』
「若い者、か、お前はもう老人だったな」
『人間で例えるならば、80はゆうに超えておりましょう。デバイスの耐用年数は通常ならば十数年、長くとも30年といったところでしょうから』
インテリジェントデバイス“トール”は、45年間稼働を続けている。
ギル・グレアムのオートクレールのように53年に届くストレージデバイスも存在するが、彼はもう“現役”ではない。
「だが、ゼストのデバイスはまだ働いている」
『アームドデバイスの父、クアッド・メスセデスが作りし“ベイオウルフ”、彼も、私の古き友ですね、稼働歴は30年に届きましょうか』
「デバイスか、考えてみれば不思議なものだ。ただの機械に過ぎんというのに、気がつけば魔導師達の隣にいるのが当たり前となっている、通信端末も広義の意味ではデバイスなのだろうが」
『魔導師が扱う魔法補助の道具、という狭義のデバイスならば、確かに非魔導師である貴方には不思議に感じられるかもしれません、ですが、我々は人間のために作られた、そこに疑問もなければ不思議もありません』
「これは独り言のようなものだ、聞き流せ」
『そうしましょう、他の案件については、何かありますでしょうか?』
「いいや、特にこれといってはない。デバイス・ソルジャーもまだリンカーコアの確保を進めている段階であり、外の企業や市場の動向を気にかける必要もない」
『リア・ファルも現段階ではまだ必要ではない、ということですか』
「やることはまだまだあるが、まずは費用を捻出せんことにはどうしようもない。そう何度も何度も時の庭園から資金を融通してもらうわけにもいくまい」
『まあ、献金もほどほどにしなければ賄賂だの何だのと騒ぐ輩が出てきますからね、ですが、それもやり方次第ですよ、特に医療分野は巨額の費用が動く割には専門的用語が多いため誤魔化しやすいですから、製薬方面は一番やりやすいですかね』
「医療分野………生命工学関係か」
『“ミード”や“命の書”の行政的な手続きも終わりましたし、テスタロッサ家としてもそろそろ本腰を入れて取り掛かる予定です。特許はこちらにあるため、使われれば使われるだけ資金が転がり込んできます』
「その一部が、あの男の下へ流れるというのもいけ好かん話だが」
『ですがまあ、知的財産権の観点で見るならば、正当な報酬ではあるのでしょう。ジェイル・スカリエッティがもたらした技術によって救われた人間は数多くいる、発展した産業がある。間接的ではありますが、止められた紛争も数多い、食糧問題と彼の技術は、今は切り離せないものとなりつつあります』
「だからと言って、奴がいなければ世界が成り立たぬわけでもない」
『その通りです。ですが、熱心に研究を行った者が評価されず、何の対価も受け取れないならば研究者は少なくなり、社会の産業は衰退していきます。そのための特許法であり、そのための権利でありましょう』
「随分、博学だな」
『このような分野は刑法と異なり、“人間の感情”が混ざらないため、暗記すればそれで済みます。感情はどうあれ、利権問題は白と黒が法によってつきますから、機械にとっては扱いやすいのですよ』
「なるほど、アレクトロ社がお前を相手にしたのは不運としか言いようがないな、俺も、注意せねばなるまい」
『私は、貴方の弱みを握って失脚させようなどとは思っておりませんよ、むしろ、貴方に敵対するものを片づけて差し上げるつもりです』
「………要求は何だ?」
トールが言外に言っていることを、レジアス・ゲイズは即座に察する。
要は、トールはレジアスに依頼したいことがあり、その見返りを先に提案している、ということだ。
『まだ可能性の話ではありますが、いざ必要となった際には今から準備しなければ間に合いません』
「もったいぶるな、いちいち回りくどいのはお前の悪癖だ」
『申し訳ありません、何しろ機械ですから、順序立てて説明せねばエラーを起こすのです』
「お前は性能の悪いストレージか」
『今の私はそれに近い、なにせ、貴方はテスタロッサの人間に近しい人物ではありませんから』
インテリジェントデバイス“トール”が、人間らしい言語機能を用いる相手は限られている。
そして、テスタロッサ家の人間に遠くなればなるほど、その傾向は強くなる。
プレシア・テスタロッサと異なり、フェイト・テスタロッサにはレジアス・ゲイズとの面識もなければ繋がりもない。それを持っているのはあくまで管制機トールのみである。
『話を戻しますが、1つ目はブリュンヒルトのことです。あれの発射権限を一時的に海の提督へ譲渡していただきたいのです、無論、管制は私が行いますが、作戦行動を考えた場合、権限は集中していた方が効率は良い』
「面子などどうでもよい、全ては効率か、何とも機械らしい話だ」
これが、人間から出された提案であるならば、レジアス・ゲイズもまた“感情的に”反応していただろう。彼の中には海に対する負の感情は根強く残っている。
だが、それを機械相手に言うことほど無益なことはない、レジアス・ゲイズにとって、時の庭園の管制機は感情を捨てて純粋な利害関係のみを吟味しながら交渉を行えるという点で、稀有な存在であった。
『感情的には否定したいのではないかと推察しますが、私の人格モデルも完璧とは言えませんので』
「ふん、それが俺の悪癖であることは理解している。だが、人の上に立つ者に完全な機械になることは許されん、強い意志を示さずして、誰がついてくるという」
それが、レジアス・ゲイズのカリスマであり、どうあっても、ミッドチルダ地上部隊は本局に比べて下位であり、弱い立場にあることは揺るぎない事実。
そんな中で、卑屈になることなく、地上の現状と要求を本局に対して言える存在というものは、確かに必要なのだ。無論、度が過ぎれば逆効果ともなるが、何もせずに組織が硬直するのに任せるよりは数段ましである。
『そこは、人間同士で議論していただければ幸いです』
「確かに、お前に言うのは詮無いにも程があるな」
そして、そのような役割が求められる彼であっても、この存在とは熱くなることもなく、冷静に応対することが出来る。
自動販売機や駅の改札に対して怒り声を挙げて蹴りつけることは、無意味を通り越して滑稽でしかない、要はそういうことである。
「それで、相手はリンディ・ハラオウンか?」
『現段階では確定しておりませんが、おそらく、ギル・グレアム提督になるのではないかと予想します』
「ギル・グレアムだと、なぜあの男の名前が出る―――――待てよ、今お前が関わっているのは闇の書事件だったか」
地上部隊の人間であれば、海の案件などほとんど知りはしないが、彼は地上部隊と本局の繋ぐ地上本部の防衛長官であり、さらに闇の書事件はロストロギア災害の中でも特に知名度が高い。
『御察しの通りです』
「なるほど、あの男が動いているか………」
そしてそれ故に、レジアス・ゲイズの中でも様々な思索が浮かんでくる。現状では一艦長に過ぎないリンディ・ハラオウンと異なり、ギル・グレアムの発言力は無視できるものではない。
もし、彼に貸しを作ることが出来るのであれば、今後のデバイス・ソルジャーの運用やアインヘリアルの開発においても有利に進めることが―――
『皆で協力し合えれば、それに越したことはありません、最低限の労力で、最大の効果が得られる極めて優れた方法です』
「効率と結果だけを見るならば、だがな」
『確かに、人間関係の調整のコストと労力を計算に入れておりませんでした、ひょっとすれば割に合わないのかもしれません』
「道化め、お前が計算していないなどあり得るものか」
『汎用言語機能を用いていない私などこの程度ですよ、返答は、まあ、近いうちにお願いします、本日、クロノ・ハラオウン執務官がこちらに参られますので』
「やはりか、相変わらずの根回しの良さだな」
依頼をするならば、十分な準備期間を予め計算しておく。
トールの行動は、常にそれを基準にしている、そして、準備が整っていないのであればそもそも動かない。
ヴォルケンリッターとの戦いにおいて、彼が観察と情報収集に専念しているのも、その行動方針が理由である。
『彼は今回、彼女らの保護者としてやってきたついでです、もしくは、こちらのついでに彼女らを案内してきたともとれますが、そこは主観によりますので何とも』
「そちらはもういい、海の執務官がやってくるならば近日中にここまで正式な書類が届くだろう、その時決定しよう、もう一つは?」
『こちらは簡単です。現在地上本部が運営している“生命の魔道書”の貸し出し、その順序に、ある少女を割り込ませていただきたい』
「むう、だがあれは重度のリンカーコア障害を負った子供に優先して貸し出すように法で定められている。俺の権限で割り込みは出来ん、そもそも、そのようにしたのはテスタロッサ家であろう」
生命の魔道書は、ジュエルシードの力で作られ、テスタロッサ家から“実験成果”として時空管理局に管理を依頼された品。
法的な諸事から、かなりの紆余曲折を経ることとなったが、現在では博物館への貸し出しに近いような扱いでテスタロッサ家と繋がりの深かった地上本部に譲渡され、重度のリンカーコア障害に苦しむ子供の治療のために各管理世界の医療機関に順番で貸し出されている。
『いえ、そちらの法律そのものには反しません。ただ、例外的な対象として、管理外世界を含めていただきたいだけです』
「管理外世界だと?」
それは、レジアス・ゲイズにとってはやや意表を突かれた言葉である。
それぞれの管理世界の公的資金で運営される地上部隊の統括である彼は、基本的に管理外世界で起こっていることに関与する立場ではない、そちらは海の領分だ。
「それこそ、次元航行部隊の役割ではないのか、ハラオウンの方が余程適任であろう」
『無論、“命の書”や“ミード”は用いる予定です。闇の書事件を追う際の有効性が認められておりますので、アースラと時の庭園にはかなりのストックがございます』
「それでは、足りんということか」
『私の計算に誤りがなければ、“生命の魔道書”であっても根本治療は望めないでしょう。それほど重度のリンカーコア障害に侵されつつある少女が、管理外世界にいるのですよ』
「だが、なぜお前がそのために動く?」
博愛精神など、機械には存在しない。
特に、この管制機は徹底してテスタロッサ家の人間のためにしか動かない古いデバイスなのだ。
『簡単なことです、その少女、八神はやてはフェイト・テスタロッサの友達である月村すずかの友達です。今はまだ互いに面識はないようですが、それぞれの親密度合いを考えれば、やがて友達になることは明白、その時、フェイト・テスタロッサが何を思うかを私はシミュレートし、その願いを叶えるための下準備に動いているだけ』
「それだけ、か」
『ええ、それだけです。現段階では可能性ですが、一か月以内という期間推定ならば、100%に限りなく近い、遅かれ早かれそうなるのならば、準備は早い方が良い』
「そういうことなら、まあかまわん、最初の条件付けの際に管理外世界を考慮に入れていなかった不備を正すだけのことだ」
『ありがとうございます、御礼は必ずや』
「これでようやく貸し借りなし、といったところか、ゼストの件も含めてだが」
『そういうことになるかもしれません、模擬戦の件も、重ねて感謝いたします』
「俺はゼストに依頼しただけだ、礼はあいつに言え」
『分かりました、それではそういうことで』
その言葉を残し、人型の自動人形が防衛長官の執務室から退室していく。
今回は珍しく、トールの本体はこの人形の中にある。闇の書事件の本部として機能している時の庭園から、管制機たる彼が離れるのはあまり得策ではなかったが、彼の優先順位は常にフェイトが上にある。
つまり、フェイトのために彼の本体がここにいる必要性が存在していた、ということを意味していた。
新歴65年 12月9日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部 談話室 AM11:00
「時空管理局・地上本部首都防衛隊のゼスト・グランガイツ一等空尉だ」
「初めまして、本局次元航行部隊“アースラ”所属、クロノ・ハラオウン執務官です」
「は、はじめまして、高町なのはです!」
「ふぇ、フェイト・テスタロッサです!」
「おーい二人とも、そんなに緊張しなくてもいいぞ、このおっさんはその辺あんまり気にしない人だから」
それぞれが自己紹介をする中、防衛長官との会談を終えた人形だけは、実にフリーマンであった。
もし、レジアス・ゲイズとの対話を聞いていた者がいて、この状態の彼を見たならば、その差異に驚嘆せずにはいられないだろう。
「ベイオウルフも久しぶり、って、こっちはしゃべれないんだったか」
「久しぶりだ、と言いたいが、お前はそのような口調だったか?」
ゼスト・グランガイツはインテリジェントデバイス“トール”と初対面ではない。
彼が以前に地上本部を訪れた際、何度か話をしたことがあり、それ以前にそれぞれのマイスター同士が交流を持っていたという経緯もあった。
「あー、ゼストのおっさんの前ではこの口調でいることはなかったか、こいつは汎用言語機能、ていってね、まあ、こっちの娘さん達のための機能なんだ」
「僕もたまに混乱しますが、流石に慣れてきました」
「わたしは、この姿のトールさんに丁寧語で話されたら混乱しちゃいます」
「わたしは――――慣れてる、と思いますけど」
『洗浄シマス、洗浄シマス』
「「 きゃあああああああああああああああああああああああ!!! 」」
「とまあこのように、こいつらをからかうのに有効なのさ」
「申し訳ありません、グランガイツ一等空尉」
即座に頭を下げるクロノは、元々苦労人気質だったこともあるが、兄としての姿が板についてきていた。
「構わん、模擬戦前のリラックスとしては効果的だろう」
とはいえ、彼も些細なことで気分を害するような気質でもない、早い話が大人なのであった。
新歴65年 12月9日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部 訓練室 AM11:15
10分ほど、今回の模擬戦の目的や現在なのはとフェイトが直面している課題を話し合った後、訓練室へと移動する4人+デバイス達。
途中からクロノは別件で席を外すこととなるが、夕方5時頃にはなのはとフェイトを引き取りに来る予定であった。
「しかし、フルドライブを用いた模擬戦は危険が伴うが、本当にいいのか?」
闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの戦闘能力については映像も交えて説明したが、それでもゼストとしては9歳の少女相手に全力を出しての模擬戦は不安を禁じ得ない。
彼の攻撃力は強大無比であり、非殺傷設定とはいえ、命を奪うことは容易なのである。
「大丈夫です!」
「絶対、撃墜しませんから!」
二人の少女は気合十分、ただ、空回りしないかだけが不安になる。
「ま、大丈夫です、ここの医療設備は整っていますし、この子らの身体データは俺が全部持ってますんで、それに、ほら」
俗に、医療カプセルと呼ばれる、治療器具を手術レベルまで一通りそろえた移動用手術室とも呼べるものが、廊下の向こうから移動してくる。
「昨日のうちに、あれを手配しておきましたから、腕が折れようが20分もすれば戦線復帰可能です。こういうのは何よりも初期治療がモノを言いますからね」
「最初は怪我も多いでしょうから、1時頃までは僕もついています。治療魔法は一通り扱えますので」
当然、地上本部にも医療技術と治療魔法を修めた医務官はいるが、こちらから訪問しての模擬戦でそこまで準備してもらうわけにもいかない。
医療カプセルも時の庭園で用意したものであり、早い話が持ち込みの品である。ついでに言えば、これをこのまま置いていって地上本部に寄付することが今回の模擬戦の対価であった。
「そうか、そういうことならば、まあよいが」
「今のあいつらに必要なのは、“絶望”なんです、それをお願いできるのはあなたしかいないんですよ」
「随分と物騒な表現ですが、彼女らは圧倒的な格上と戦った経験がないのが弱みなんです。ヴォルケンリッター達も、フルドライブを用いた戦いはしていませんでしたから」
「こっちの執務官殿は罠を用いた知略タイプですので、徒労感を与えるのは得意中の得意ですが、絶望感を与えるのには向いていません。純粋な性能で圧倒的に上な相手との戦闘経験が必須なんでしてね」
「分かった、微力を尽くそう」
「お願いします!」
「よろしくお願いします!」
そして、少女達は気合を込めて、訓練室内部へと向かう。
「フェイト、なのは、一つだけ忠告だ」
医療カプセルの準備を始める一人と一機は、とりあえず部屋の外で待機だが、管制機の方が最後に餞別の言葉を送る。
「えっと、何?」
「模擬戦が始まったら、取りあえず全力でシールドを張っとけ、そうすりゃ、運が良ければ気絶は免れる」
「? まあ、念頭に入れておくね」
そして、なのはとフェイトの二人は、最強の騎士が待つ訓練室へと。
「さて、何分保つかねえ」
「1分か、せめて2分はもってほしいところなんだが」
30秒後
「治療を頼む」
バリアジャケットを袈裟がけに切り裂かれ、完全に気絶した少女ニ人と、同じく真っ二つに切り裂かれたニ機が、鎧を纏わず、移動速度に重きを置いた戦装束の古代ベルカ式の騎士に担がれて戻ってきた。
「星、星が見えるスタ〜」
「母さん、ほら、綺麗な星空〜」
『1分もちませんでしたね、というか、二人ともいずこへ旅立っているのでしょうか』
「二人は僕が治療する、君は、そっちの2機を頼む」
『了解』
クロノ・ハラオウンとトール、この二人の組み合わせにも当然意味はある。
クロノの役割はなのはとフェイトがこうなった際の二人の治療役、彼の魔法と知識、そして医療カプセルがあれば大抵の傷は即座に治せる。
そして、もう一方の役割は―――
『管制機能ON、“機械仕掛けの神”』
レイジングハートとバルディッシュ、ニ機の自己修復機能を最大限に発動させると同時に、エラーチェックを行う整備士としての役目であった。
なお、ゼストには予めデバイスのコアを破損させないようにと頼んでいる。そのため、フレームの損傷ならば人形の中に格納されているカートリッジや管制機トールの機能によって修復することが可能となる。
『申し訳ありません、トール』
『面目ありません』
ただ、こちらのニ機も主に劣らず凹んでいたが無理もない。
カートリッジシステム搭載型のアームドデバイスを操る古代ベルカの騎士に対抗するために新たな姿、レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトになったというのに、見事なまでに一撃で真っ二つにされたのだから。
『そう気に病むことではありませんよ、彼、“ベイオウルフ”は純粋な武器としての性能のみを追求したアームドデバイス、レヴァンティンやグラーフアイゼンのような変形機能を有していないだけに、硬度ならばあのニ機を上回ります』
『ですが―――』
『それに、30年以上もゼスト・グランガイツと共に戦ってきた騎士の魂。残念ながら、貴方達とは年季が違います、胸を借りるつもりで堂々と挑み、精一杯叩き折られなさい、敗北の積み重ねこそが勝利への前進です』
要約すると、いくらでも直してやるから存分に破壊されてこい、となる。
『All right!』
『Yes,sir!』
ただ、この辺りの気質は、主人そっくりなデバイス達であった。
「今度は、頑張ります!」
「クロノ、頑張ってくるね!」
そして、回復した二人は再び愛機と共に訓練室へ向かい――――
1分後
「治療を頼む」
「星、星が見えたスタ〜」
「ねえリニス、星ってなんで輝いてるの〜?」
『1分はもったようですね、ただ、フェイトが故人と対話していることが気になりますが』
「………不安になってきた」
クロノの不安をよそに、少女二人はなおも諦めない。
今回はレイジングハートとバルディッシュが小破で済み、彼女らのバリアジャケットもそれほど損傷がなかったため、割とすぐ復帰した。
「三度目の正直! レイジングハート、エクセリオンモード、ドライブ!」
『Ignition.』
「今度こそ! 行くよバルディッシュ、ザンバーフォーム+ソニックフォーム!」
『Zamber form.』
現状における全力全開、なのはとフェイトは持てる全てを尽くして挑み―――
『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』
ゼスト・グランガイツがフルドライブを発動させてより10秒後(一人2秒)。
「治療を頼む」
「姉さん、ほら起きて、もうご飯だよ〜」
ソニックフォームの自分よりも、さらに速い速度で切り込まれ、一撃でズタボロとなったフェイト。
『最初は我が主、次にリニス、そしてアリシアと、順番通りというか何というか』
そして、もう一方は。
「初めましてお父さん、高町なのはです、意味は菜の花だよ」
咄嗟に放ったエクセリオンバスターごと切り裂かれ、デバイスもろとも撃墜されたなのは。
『高町なのは、並行世界の自分とリンクしてはいけません、この世界での高町士郎は故人ではありません』
「君は、何を言っているんだ?」
『気になさらず』
少女達は完膚なきまでに叩きのめされていた。
新歴65年 12月9日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部 訓練室 AM12:30
気絶も既に六度を超え、ようやく模擬戦らしい展開も見せ始めた。
「なのはやフェイトが慣れてきたのか、それとも、彼が手加減してくれているのか」
『どうやら、後者のようです。ベイオウルフが高速移動の際の管制にリソースの大半を回し、斬撃の強化をほとんど行っておりません』
古代ベルカの特徴は、接近戦での一撃にある。
身体強化の要領で強化したアームドデバイスに渾身の魔力を込め、一撃で叩き潰す。剣の騎士シグナムの紫電一閃や、鉄槌の騎士ヴィータのラケーテンハンマーなどはその代表例といえるだろう。
また、トールがそれを知るのは、ハードウェアを介さない簡易的なものながら、“機械仕掛けの神”によって模擬戦を行っている三機と情報を共有しているからである。
「攻め手を抑え、高速機動に回すか、フェイトにとってはいい経験になるだろうな」
『彼女は、自分より速い敵と戦ったことがありません。そのため、“速度ならば自分が上”という判断に基づいて戦うしか他になく、“速度で劣っているならばどうやって迎撃するか”という発想に乏しい』
「だが、今はフェイトがその状況に追い込まれた、速度でグランガイツ一等空尉が上回っている以上、フェイトは何らかの方法で打開せねばならない」
『貴方ならば、ディレイドバインドや氷結系の遅延魔法など、多彩で嫌らしい攻め手が数多くありますが、あの子らは直接的な攻撃手段ばかり――――おや、中距離型のエクセリオンバスターに続き、長距離のディバインバスターも両断されましたね』
「一点に魔力を集中し、高密度の魔力刃を振り下ろしたみたいだが、洒落にならない密度だ」
かつて、なのはとフェイトが放ったAAランクの近代ベルカ式の使い手の渾身の一撃に匹敵する、250万を超える魔力の籠った一撃を同時に抑えたクロノであるが、彼の一撃を受け止める自信は流石にない。
魔力を武器に集め、強化する技能では古代ベルカ式は近代ベルカ式のさらに上を行く。射撃魔法を苦手とする故に、近接においては他の追随を許さない系統が古代ベルカ式の騎士の戦術である。
『オーバーSランクの古代ベルカの騎士による渾身の一撃、リミッターもなく、非殺傷設定であるが故に遠慮なく放てるその凶悪さ、恐ろしい限りです』
「ディバインバスターとて、Sランクの魔力が籠っているんだがな」
『ミッドチルダ式Sランクの砲撃では、古代ベルカ式S+ランクの一撃に敵わない、至極当然の理屈です』
「後は、魔力運用の技術か、彼女らは魔力が高いだけに制御も難しい。二人の制御技術そのものは低いどころか最上級だが、それでも最後は経験がモノを言う」
『実力で劣っており、経験が足りない以上、知恵と工夫で何とかするしかありません、今こそ、存在意義の見せどころですよ、レイジングハート、バルディッシュ。純粋なパラメータで劣っていればどうにもならないストレージと異なり、インテリジェントは純粋な性能で劣るが故の可能性があるのですから』
「となると、S2Uはどうなるかな?」
『S2Uの場合、打開する戦術を組み立てるのは貴方です、クロノ・ハラオウン執務官』
「努力しよう」
『それよりも、しばらく戦況は膠着しそうです。フェイトと高町なのはが繰り出す知恵と戦術を、ゼスト・グランガイツ一等空尉が迎え撃つという図式になるでしょうから、私だけでも何とかなりましょう』
最初期は、容赦なく打ちすえ、デバイスごと破壊していたゼストであるが、流石にそれだけでは訓練にならないので、“実力ではどうしようもない”ことを悟らせた段階からは、相手に合わせて戦っている。
「ああ、今のうちにこっちの用事を済ませてしまうとしよう。だが、本当に彼は凄まじいな」
『地上部隊では、彼を指して“英雄”と呼ぶことがあります、枕詞を付けず、ただ“英雄”と呼ぶ場合がそれはゼスト・グランガイツを表す』
「英雄か、何とも的確な表現だ」
『そして、“英雄達”を率いてクラナガンの安定を守り続けた存在が、レジアス・ゲイズ中将。今では、英雄達は単数形になってしまいましたが』
「先達の名に恥じぬよう、僕らアースラも頑張らないといけないな」
『貴方ならきっと出来ますよ、闇の書事件は、今回を持って終わりを迎えるでしょう』
「ああ………そうさせて見せる」
少女達の激闘が続く中、少年もまた己の職務を全うすべく歩き出す。
そして、ただ一機残った管制機は、その権能を用いてもう一機の“古き友”へと情報を送る。
【未だ、パラメータは定まらず、大数式の解は見えません。ですが、確実に収束に向かいつつあり、どうやらそう悪い状況でもなさそうです】
彼を上回る稼働歴を誇る、古いストレージデバイスへと。
【古き友、ベイオウルフも協力して下さり、こちらの戦力は整いつつあります。貴方の望んだその時が来るかもしれません、その時こそ、我々デバイスが全員協力し、闇の書を完全消滅させるために動くでしょう】
レイジングハート、バルディッシュ、S2U、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィント、シュベルトクロイツ、トール、オートクレール、アスガルド、そしてもう一人。
全てのデバイスが、一丸となれば―――
【あの巨大ストレージ、闇の書をどうにかできるやもしれません、未だ可能性の話ですが、そう悪い賭けでもないように考えられる。少なくとも、未来を信じる少女達は必ずやその選択をするでしょう、故に、貴方はただ待つがよろしい、オートクレール、風向きはいつか、追い風となりましょう】
古いデバイスは、情報整理しながらパラメータが収束する時を計算し続ける。
祝福の風が―――追い風となるその時を。