Die Geschichte von Seelen der Wolken
Die Geschichte von Seelen der Wolken
第二十二話 少女達の夢
新歴65年 12月10日 次元空間 時空管理局本局 中央センター AM9:30
「はあ〜、改めて見ると、時空管理局本局ってでっかい」
窓から巨大な街を見下ろし、なのはは感嘆の息を吐く。
時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。
それが時空管理局本局であり、次元世界からあらゆる情報が集まる情報都市でもある。
その中でも中央センターは中枢機能が集まっている区画であるが、長く時空管理局に勤めている者達からはそれほど良い場所とは思われていない。
別に機構的な問題や、退廃的な空気が流れているわけではないのだが、中央センターにずっといると“ここが世界の中心であり、我々は世界の管理者である”などと錯覚してしまいかねないからだという。
ただ、9歳の少女はそのような大人の話を知る由もなく、ただ純粋の都市の大きさに驚いているのであった。
「なのは、お待たせ」
「うん、フェイトちゃん」
そこに、少女の待ち人が現れ、彼女らは二人で歩きだす。
「嘱託関連の手続き、全部済んだ?」
「うん、とはいっても、難しいことは全部トールとクロノが済ませてくれたから、私は書類にサインしただけなんだけど」
「でも、やっぱりミッドチルダは凄いね、フェイトちゃんでも立派に就業許可とってるんだもん」
「あはは、確かに、日本だったら9歳で雇用契約なんてないもんね」
「うん、それに、フェイトちゃん名義で部屋なんて借りられないよ」
「………多分、それはミッドチルダでも結構無理じゃないかと思うんだけど」
「えっ? でもフェイトちゃんの部屋……」
「私の部屋は、まあ、気にしないでおいて」
現在、本局にいる二人であるが、昨日は本局にあるテスタロッサ家の居住スペースに泊っていた。
ハラオウン家が日本に引っ越した現在では特に使われてはいないが、リンディやクロノを始めとして、ハラオウン家に関わる人々は本局を訪れることが多い。
そのため、休憩室なども兼ねて以前確保した部屋が全てトールがそのまま管理しており、フェイトとアルフがおよそ半年程寝泊まりしていた部屋もほぼそのままの形で残されていた。
ただ、その辺りの維持などがどうなっているのかはフェイトも把握しておらず、おそらくハラオウン家も誰も知らないであろう。
「トールさん、ってこと?」
「うん」
「そうなんだ」
その固有名詞一つ出すだけで、大抵の不条理に説明がつくことを、流石になのはも慣れてきていた。
そんな不思議機械は、なのはとフェイトがズタボロとなり、本局に運び込まれてから時の庭園に引き上げ、引き続きヴォルケンリッター包囲網の監視にあたっている。
「なのはは、ユーノとは会えた?」
「うん、まだ無限書庫そのものには入っていなくて、調査のための準備や内部の確認をやってる段階だったから」
「そっか、一度中に入っちゃったら私達じゃそう簡単には入れないもんね」
「それと、レイジングハートとバルディッシュもお昼過ぎには直るって」
昨日、ゼスト・グランガイツとの模擬戦によって二桁を超える回数は破壊されたニ機。
コアの損傷こそなかったものの、短期間にそれほど壊されれば流石に自己修復の限界を超えている。
そこで、エイミィの後輩で、時空管理局本局メンテナンススタッフであり、レイジングハートとバルディッシュの改造にも携わったマリエル・アテンザにクロノがメンテナンスを依頼していた。
「随分、無理させちゃったもんね」
「うん………でも、絶対無駄にはしないよ、ゼストさんに習ったことは、きっとヴィータちゃんやシグナムさんにも通じるよ」
「うん、そうだね」
通算、気絶17回、バリアジャケット大破8回、デバイス損壊22回。
これほどまでボコボコにされた以上、何か学び取らなければ少女二人もデバイスニ機が浮かばれない。
「っと、あら、なのは、フェイト」
「あ、リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」
「こんにちは」
なのはとフェイトはギル・グレアムの使い魔二人とは面識があり、ちょうど機能も本局まで一緒に来たユーノが二人に捕食されかけているところを目撃したばかりであった。
「ちょうどいいところに来た、迎えに行こうと思ってたんだよ」
「「 ?? 」」
「クロノに頼まれてたのよ、時間があるようなら、本局内部を案内してやってくれってさ」
「フェイトちゃんは半年くらい住んでたって聞いてるけど、住居区画と中央エリアはまるで違うしね、B3区画以降は入ったことないでしょ」
「はい」
一つの街に住んでいても、用がなければ市役所の方面などには行かないことは多い。
フェイトはしばらく本局に住んでいたが、あくまで民間人としてであり、アースラと関わる部分を除けばほとんど本局のことは知っていなかった。
「でも、いいんですか?」
「一般人が観てもそんなに面白いものじゃないと思うけど、いけてる魔導師の二人なら、結構楽しいと思うよ♪」
なお、なのはとフェイトを呼び捨てにしているのがロッテ、ちゃんを付けて呼ぶのがアリアである。
「どう、行ってみない?」
「はい!」
「お願いします」
こうして、使い魔二人による、本局案内ツアーが始まった。
■■
「ここがB3、武装局員が普段訓練しているところね」
「はあ〜、皆さん、普通のスーツ姿なんですね」
「デスクワークもあるからねえ、地上部隊の制服はまた違うけど、スーツ姿って点では変わらないかな」
「次元航行部隊のオペレーターとかもちょい特殊だね、まあ、次元航行艦は一つで共同体とも言える単位だから、連帯意識を強めるために各艦独自のものを使ったりもするから」
「管理外世界だと、潜水艦とかのイメージが近いかもしれないわね、海の底も次元空間も、なにか事故でもあったら一巻の終わりって点では大差ないから」
「で、向こうが訓練所、ちょうど今訓練してるはずだよ」
四人が着くと、中から実戦にちかいであろう魔法の衝撃と怒号が聞こえてくる。
「うわぁ、皆さん、頑張ってますねえ」
「こういう実戦形式の訓練は、週に三回か四回、基礎訓練だともっと多いかな」
「でもまあ、昨日の貴女達の訓練内容には届かないわね、というか、貴女達、無理し過ぎ」
「あ、あはは〜」
「ど、どうしてそれを………」
いつの間にやら、少女達の無茶ぶりは知れ渡っていた。
「昨日、クロノから相談うけたの、貴女達の将来がちょっと不安だから、突撃思考を抑えるような良い教導方法はないかって」
それが、やがて教導官としてのなのはへと受け継がれ、突撃思考のスバルとティアナへの教導に生かされることは、この時の彼女らが知る由もない。
「えと、リーゼさん達は、武装局員の教育担当だとか」
「うん、そうだよ」
「戦技教導隊のアシスタントが、最近は一番多い仕事かな」
「戦技――教導隊?」
なのはにとっては初耳の単語である。
「武装局員に特別な戦技を教えて、導くチームね」
「武装局員も大抵はCランクくらいは必要だから結構狭き門なんだけど、それに教える役割だから………まあ、トップエリートだわねえ、まさにエースの中のエース、エースオブエースの集団」
「はぁ」
「本局に本隊があって、支局に4つ、全部で5つあるけど、全員合わせても100人ちょっとくらいなんじゃないかな」
「そんなに少ないんですか」
「私達みたいな非常勤アシスタントも含めればもっといるし、高ランクの嘱託魔導師もアシスタントとしては結構いたりするんだけど、本職の教導官はそれほど多くないのが現状ね」
「武装局員の数に比べて、腕のいい教導官が少ないのが問題なのだよねえ、まあ、本来教える立場に着くべき奴らが、がんがん殉職しちゃったから」
「あ………“生き残りし者”」
「ん、私達やお父様の世代はそう呼ばれることが多いわね」
「組織としては、昔現役でバリバリ働いてたのが前線を退いた後、教える側に回るのが一番いいんだけどね」
「私達の知り合いで戦技教導隊の教導官だった、ファーン・コラード三佐って人がいたけど、あの人の夫も殉職してるわ、彼女が訓練校の教師になったのはその頃だったかな」
「だから、名誉職のような立場にいるのは黎明期の三提督くらいのもので、本来なら教える立場にいる人達が今も現役で働かざるを得なかった、ていうのが教導官不足の最大の原因なんだ、そんなだから武装隊のガキ共がなかなか強くなんないんだけど」
「はあ………」
「大変なんですね……」
「っと、ごめんごめん、いつの間にか案内から愚痴り大会になってたね」
「いえ、えっと、クロノ君も、武装局員のメニューでトレーニングしたんですか?」
場の雰囲気を変えるため、なのはが少し話題を変える。
「ノンノン、クロ助の時は、あたしとアリアがみっちりくっついて、それぞれの科目で個人授業」
「あの子が5歳の時から教えてたけど………あれはなかなか教えがいのある生徒だった」
アリアが、やや感無量といった趣で呟く。
「はあ」
「うん、こんなこと言うのもなんだけど、クロノはあんまり才能のある子じゃなかったから」
「え……そうなんですか?」
現在も模擬戦では負けることが圧倒的に多く、ヴォルケンリッターとの戦いや普段の任務などでも隙がないクロを考えると、とてもそうは思えないフェイトであった。
「まあね、魔力量は両親譲りでそこそこある方だったけど、魔力の遠隔操作は苦手だわ、出力制御はてんっで出来ないわ、フィジカルはよわよわだわ」
「う〜ん、想像できない」
「同じく……」
「まあ、あの子は頑固者だったからねえ、覚えは悪かったけど、一度覚えたことは忘れないし……」
「馬鹿みたいに一途だったからさ、一つのことをひたすら延々と繰り返して練習しても、文句一つ言わずについてきた。あそこまでの頑固者は、私達の教え子の中でもいなかったかな」
「それは……なんとなく想像できます」
「うん」
その姿ならば、なのはとフェイトにも想像できた。
クロノ・ハラオウンが弱音一つ吐かず、延々と練習を繰り返す姿、これほど想像しやすい光景もなかっただろう。
「滅多に笑わない子だったけどね、それがちょっと、寂しかったっけ」
その根源は、11年前の闇の書事件。
当時三歳であった彼にそのような道を進ませてしまったことを、誕生してより既に40を数える彼女らもまた、後悔しているのであった。
「士官学校でエイミィと出逢って、仲良くなってからかな、クロノがよく笑うようになったのは」
「うん、あの子の影響は大きいね、今じゃ局内じゃ割と有名だもん、ハラオウン執務官と、リミエッタ執務官補佐の名コンビは」
「うん!」
「間違いありません!」
そこは、胸を張って言い切れるなのはとフェイト。
エイミィ曰く、“下の子達”にとっては、“上の子達”が有名なのはやはり嬉しいものであった。
「そういえばフェイト」
「はい」
「フェイトはやっぱりあれ、正式に局入りするの?」
「え、えと、まだその辺りはちゃんと決めてなくて」
「9歳で使い魔持ちのAAAランク魔導師っていったら、管理局でも民間でも、どこでも選び放題だから、急いで決めることもないけどね」
「は、はい、でも………民間企業は、ちょっと」
プレシア・テスタロッサが勤めていた、アレクトロ社。
無論、その企業のようなものが民間企業の全てではないとフェイトも知ってはいるが、まだ9歳の少女の心情としては、姉の死の原因であり、母の死の遠因となった民間企業というものに、若干の抵抗感があった。
逆に、かつてリニスが遺失物管理部に所属していたということもあり、彼女にとって時空管理局は一言でいえば“印象の良い”組織であった。クロノ、リンディ、エイミィを始めとしたアースラクルーの存在も、それに拍車をかけているのであろうが。
「色々と考えているんですけど」
「なのはの方はどうだい?」
「わたしは、管理外世界の住人ですし、管理局の仕事も、実はよく把握してなくて」
「私も、漠然としてしか」
「漠然と、ねえ」
「どんな感じ?」
うーん、としばらく二人は考え込み。
「次元世界をまとめて管理してる、警察と裁判所が一緒になったところ?」
「後は、各世界の文化保護とか、災害救助とか」
「ああ、そんだけ分かってれば上等上等」
「細かい仕事はいくらでもあるけど、大筋はそんなものだから、早い話が、政府と同じようなものなの」
「政府?」
「そう、お父様の故郷はイングランドだけど、なのはちゃんは日本だったわね」
「はい」
「そう、それで、警察のお仕事や、裁判官のお仕事、って言われればある程度イメージできるけど、“政府の仕事”って言われると、表現に困るでしょ」
「あ、確かにそうです」
「魔導犯罪者は警察、裁くのは裁判官、災害救助は消防、レスキュー、とまあ、そういう行政一般を次元世界をまたにかけて行っている部局、といったところかしら」
「第97管理外世界にも、国際警察や国際救助隊があるように、次元世界にもそういう機構が存在する。別に特別なものじゃなくて、人間世界の視野が広がれば、そのような組織は存在して然り、後は、国家に依存するか、国家間が共同で作り上げた組織によって運営されるかの違いだけ」
「第一管理世界で、永世中立世界のミッドチルダだけは司法・行政・立法を時空管理局が司る特別ケースだけど、あそこはようは次元世界のテストケース、全ての管理局法は次元世界を全体を考慮しながら作られて、まずはミッドチルダで施行される。で、問題点を直しつつ、数年後に各世界に適用される、そんなとこかな」
「うう、難しいです」
「前にも、トールから聞いたことはあるんだけど」
「まあ、こんなこと気にしながら生きてる人はいないから、そんなもんでいいのさ」
「私達は、お父様が闇の書事件対策で第97管理外世界を中心とした一帯を封鎖したりで、そういった国際事情ならぬ次元世界事情に精通しないといけないから知ってるようなもので、地上部隊の管理局員なら誰も意識してないわ」
「その辺の認識の差が本局と地上部隊の摩擦の要因にもなってるから、相互理解は必要だけど、そこはそう簡単に解決出来ることでもないし」
「ただまあ、知ったかぶりして管理局を批判して大恥かいてる自称論評家とかが残したかなり過激な雑誌なんかもあるから、その辺は注意した方がいいわ」
「日本で言うなら、ネット上で好き勝手な情報が溢れてるようなものですか?」
「そうね、民間人というのはいつの世でも政治批判が好きだから、気持ちも分からなくはないけど、“相手の身になって考えること”を忘れちゃだめよ、子供達」
「はいっ」
「はいっ」
それは、なのはとフェイトへ向けた言葉でありながら、自分達に向けた言葉のようでもあった。
長く組織にいればいるほど、現実というものは重くのしかかり、小さな子供ですら守れる簡単なことも守れなくなる。
だからこそ、大人というものは子供へ希望を託したくなるのかもしれない。
「難しい話は置いておいて、適性で見るなら、フェイトはお父様やクロノみたいな執務官か、そうでなきゃ指揮官向きだね、精神的にも能力的にもクロノとタイプ近いし」
「そうですか?」
「今はまだあまり実感ないかもしれないけど、もう少し戦術や組織としての動き方が分かってきたら、きっと似てくると思うよ、クロノの教師だったあたし達が言うんだから間違いないって、能力的には実の兄妹って言ってもいいくらい」
「ありがとうございます、嬉しいです」
「ただし、執務官になるなら半年に一度の執務官試験を突破しなきゃいけないから厳しいぞ〜、クロノだって一回落ちてるんだから」
「「 ええ〜!! 」」
まさかの事実に驚愕する二人。
「筆記試験も実技試験もどっちも合格率15%以下の超難関、責任重大だし、指揮官スキルと固有スキルも両方必要だし」
「とはいっても、クロノが落ちたのはちょうど11歳になったばかりの時で、その半年後には受かったんだけど」
「執務官は他人の人生を左右する役職だから、年齢を理由に採点基準が甘くなることはない。そこを11歳で突破したんだから、弟子ながら大したものではあるわ。だけど、11歳の子供が犯罪者の求刑に大きく関与するというのも、難しい話だね」
「犯罪者の……」
「求刑……」
「裁くのはあくまで裁判官で、機構的には独立してるけど、裁判には執務官も当然関わる。忙しいから他の仕事を兼任しながらになるけど、やっぱり他人の人生を背負うことには間違いない」
「執務官試験が難しいのは、生半可な覚悟じゃ勤まらない仕事であるから。ただ魔力や才能があったからって執務官になられるようじゃ、人生を左右される方がたまったものじゃないでしょ」
「自分の意思で犯した罪なら仕方ないけど、特に海の執務官が扱うような案件はそう簡単に括れるものじゃない。ロストロギアの中には人の心を操るものもあるし、少年魔導師や使い魔が犯罪を強制される例もある。執務官は、その人達の人生に責任を負うことを覚悟せねばならない」
「特に目標はないけど、才能だけはあったから執務官を志望しましたなんてのは論外ね、筆記と実技と突破しても面接で100%落とされるから」
「お父様も、執務統括官であった当時は執務官試験の面接官もやっていたわ。そのお手伝いをしたこともあるけど、まあ、クロノみたいのは面接で落ちることはない、クロノが落ちた時は実技面で足りない部分があったから」
「はあ……」
「難しそうですね……」
「まあ、フェイトなら捜査官って道もあるけど」
「ううん……えと、なのはだったら」
「「 武装局員 」」
僅かな間も置かず、ロッテとアリアの声がはもった。
「えええ!」
「うん、なのはのデータを見る限り、これしかないね、戦闘派手だし、他のことを考えるより一直線に進む方が向いてるし、よかったなあなのは、将来の道が決まったぞ♪」
「よ、喜んでいいのでしょうか」
彼女の父、兄と姉の正体を知る者ならば、“血は争えん”の一言であっただろう。
「その辺の冗談はともかく、君のスキルを考えれば、多分、候補生から入って士官直行コースだろうし、二年くらいで中隊長になって、その後で教官訓練を受けて、4,5年後には教導隊入り、なんて道も、夢じゃないかもね」
「はあ」
「と、お! 知った顔発見!」
「二人とも、ちょっと待っててね、奥の見学許可、もらってくるから」
そして、ロッテとアリアは向こうへと走っていく。
「将来、かあ、あまりまだちゃんと考えてなかったなあ」
「今は忙しいしね、でも、エイミィやクロノを見てると、五年後の自分達があの人たちみたいになれるかなって、少し不安になるね」
「うん、今は教えられてばっかりだし」
「でも、なのははきっと、自分の道を究めるのも、誰かに何かを教えるのも、きっと似合ってるって思うよ」
「ありがとう、フェイトちゃん」
「今はまだ分からないけど、一緒に考えていこう」
「うん、フェイトちゃんと一緒なら、きっと進めるような気がする」
「私も、なのはと一緒なら」
比翼の天使。
あるデバイスは、高町なのはとフェイト・テスタロッサをそう称した。
目には見えずとも、少女達の翼は傷付いている。二人が揃っていなければ、今はまだ羽ばたくことはかなわない。
だから、いつか一人でも大空を舞えるようになるその時まで。
時が止まった庭園に座す管制機は、フェイト・テスタロッサを見守り続ける。
彼女が、本当の意味で大人となる、その時まで。
新歴65年 12月10日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家 PM3:02
「お帰り、フェイト、なのは」
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
転送ポートを通して、ハラオウン家へと帰ってきた二人。
「クロノ、一人?」
「エイミィは、アルフの散歩がてら、アレックス達のところに食事を差し入れに行ってるよ、二人ともインスタントばかりなんだそうだ」
「あぁぁ」
「まあ、操作スタッフのギャレット達や武装局員なら携帯食片手に無人世界や観測世界を渡り歩いてるからまだいい方かもしれないが」
「ほんと、皆、頑張ってるんだね」
「そりゃあね、君達にこんな苦労までさせてしまっては、管理局員の名折れだ。艦長も、時の庭園で包囲網の指揮を執ってる、僕ももう少ししたら向かうよ」
「うん、私達も、準備万全だよ」
『All right.』
『Yes sir.』
応じるように、レイジングハートとバルディッシュが輝く。
「しかし君達、本局でリーゼ達に変なことを吹きこまれたりはしなかったか?」
「妙なことって」
「どういうこと?」
微妙に楽しそうな二人、この辺りは年頃の女の子である。
「あの二人は、腕もたつし、仕事も完璧にこなすんだが、プライベート面がどうにも猫だから」
「別に、そんなにみょーなことは言われてないもんねー」
「うん、それに、猫の使い魔だって真面目な人もいるよ」
「そうか、なら、いいんだが……」
「将来のことについて、少し話してたの」
「リーゼさん達の話によると、わたしは執務官、なのはは武装隊の教官向きだって」
「それはまた、あの二人にしてはえらくまともな話を………どういう風の吹き回しだろう」
クロノにとっては、意外極りない、ギル・グレアムが基本堅物なだけに、その使い魔である二人はかなり自由奔放なのであった。
「クロノは、どう思う?」
「慧眼、流石だな、似合うというか、それぞれの能力を良く考えている」
「そうなの?」
「なのはの戦闘技術は、実際大したものだ。魔力任せの出鱈目に見えて、要所で基本に忠実だからな、頑丈なのと、回復が速いのもいい。高火力、切り込み速度、堅い防御、回復力、これを揃えられたら厄介きわまりない、唯一の問題は判断力だったけど、彼との訓練でそれも大分良くなっている」
「喜んでいいやら、傷付いていいやら……」
「フェイトは勉強好きだし、執務官としての能力を鍛えるのも、楽しみながら取り組めるかもしれない」
「うん」
「だけど、どっちも大変な道だぞ、教官訓練はとてつもなく高いレベルの魔力運用を要求される。教導隊を目指すなら、尚更だな」
「リーゼさん達も、厳しい道だろうって」
「執務官試験は、僕が言うのもなんだが、採用率がかなり低い」
11歳の少年が合格できた試験と聞けば簡単そうだが、難関どころではない。
「そう聞いてるよ」
「確かに、管理局はいつでも人手不足だから、腕のいい魔導師が入ってくれるのは助かる」
「うん」
「事件はいつでも起きてる。今僕達が対処している闇の書事件以外にも、どこかで何かが起きている。これは、この国においても同じだろうが」
「……うん」
「僕らが扱う事件では、法を守って、人も守る。イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでも付きまとう。自分達が正義だなんて思うつもりもないけど、厳正過ぎる法の番犬になるつもりもない」
「なんとなく………分かるよ」
フェイトは、その対極の存在を知っている。
迷うことを知らず、矛盾など知らず、どこまでもただ一つの事柄のためだけに思考と行動を続ける存在を。
だからこそ、矛盾に満ち、それを打開するために進み続ける人間の在り方を、フェイトは直感的に理解していた。クロノやリーゼが彼女は執務官に相応しいと、そう思った根源がそこにある。
「難しいんだ、考えることを止めてしまった方が、楽になれる。まともやろうと思ったら、戦いながら、事件と向き合いながら、ずっとそういうことを考え続ける仕事だよ」
「………」
「だから、自己矛盾するけど、僕は、自分の妹やその友人には、もう少し気楽な職業に就いてもらいたい気もするな。母さんのそんな願いを無視した身で、堂々と言えることじゃないんだが、でも、だからこそ思う」
「……うん」
「難しいね……」
「まあ、君達にはまだ時間がたくさんある。フェイトも、少なくとも中学校を終えるまではこちらの世界で一般教育を受ける方がいいと思うし、並行しながら出来ることもある、ゆっくりと考えるといい」
新歴65年 12月10日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家 PM7:02
「ただいま、フェイト」
「お帰り、クロノ」
『作業はなかなか順調ですよ、フェイト』
夜、時の庭園に出向いていたクロノを、今度はフェイトが出迎えていた。
「あれ、トールがデバイスのままって、珍しいね」
『本体は中央制御室にあります。クロノ・ハラオウン執務官と円滑に情報の送受信を行うために端末をこちらへ派遣した形でしょうか、エイミィ・リミエッタ管制主任とアルフももうすぐ戻りますので、貴女とのコミュニケーション用の人形は不要と判断しました』
「そう」
『騒がしさがお望みならば、いつでも』
「ううん、遠慮しとくね、後、お風呂は私一人で入れるからね」
『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』
「ないよ!」
「フェイト、あまり興奮するな」
『それでは、兄妹水入らずの一時を、私は情報の整理に戻ります、余分なリソースを取らせないでください』
「自分で勝手に話しかけたくせに………」
「ふふ」
フェイトの子供らしく拗ねる姿に、クロノは笑みを抑えることが出来ない。
何だかんだで、フェイトはトールに対して心を開いている、というより、警戒心を持っていないのだ。
そう、“トールは自分に本当に対して酷いことはしない”ということを、本能レベルで理解しているかのように。
彼女は、管制機に対して無防備であった。
「ところでフェイト、携帯電話というこっちのデバイスはもう買ったのか?」
「えっと、未成年は親の承認が必要だったはず、それにクロノは念話の範囲が長いから無くても問題ないよ」
「いや、学校の友人と話す時にも必要だろう、親の承認が必要なら、母さんに頼めばいい」
「嬉しいけど………いいのかな?」
「何も問題はない、駄目な理由は、何もないだろ」
「………」
その言葉の意味など、考えるまでもない。
「しかし、エイミィは遅いな、トールの話ではもうすぐってことだったけど」
だから―――
「あの……」
「ん?」
「ありがとう………お兄ちゃん」
「ぶはぁ!」
フェイトが放った爆弾発言によって、クロノは噴くと同時に盛大にすっころんだ。
「く、クロノ!?」
「な、何でもない、何でもないから! そ、そうだ、艦長から渡されたデータの整理があるから、ちょっと部屋に行く!」
「う、うん」
「と、わわ!」
平時の冷静さはどこへやら、あちこちにぶつかりながら部屋に駆けていくクロノ。
「あ、はは、ちょっと急すぎたかな、クロノが照れ屋さんなの、忘れてた」
取りあえず、クロノがこぼしたコップを片づけるフェイト。
「でも、やっぱり優しいな、うちのお兄ちゃんは」
自らに言い聞かせるように呟きつつ、彼女は窓から夜空を見上げる。
そこに、星になってしまった大切な人達の面影を感じながら。
「ねえ、リニス、空の向こうから、見ててくれるのかな」
彼女は、幸せな今に想いを馳せる。
「私の新しい居場所は、本当に優しい人ばっかりだよ、プレシア母さんのことや、姉さんのことは悲しいし、そう簡単には振り切れない………事件も大変だけど、でも、頑張れてるよ」
自分は、大丈夫だから。
「アルフも、バルディッシュもいてくれるし、トールは、ずっと支えてくれてるから、今戦わなきゃいけない人は凄く強いけど…………母さんが産み出してくれて、リニスが育ててくれた私と、リニスが造ってくれたバルディッシュは、きっと負けない………うん、きっと頑張るから」
だから―――
「安心して、見守っていてください………貴女達の娘と妹は、元気です」
彼女は、星へと祈りをささげ―――
『………Thanks FATE.』
主に託された願い通りに動き続けるデバイスは、ただ静かに礼を述べていた。
テスタロッサ家に生み出され、仕えることが出来たことに、この上ない感謝を捧げながら。
古いデバイスは、静かに演算を続ける。
あとがき
今回は、A’S編サウンドステージ02、第6.5話、『今は遠き、夜天の光』の管理局サイドの話を基に、独自要素を絡めたものとなっており、時系列的には本作20話と同じ日となっています。リーゼ達やなのは、フェイト、クロノの台詞は基本踏襲しておりますが、思うことはクロノやリンディさんはいい人だなあ、ということです。
管理局アンチというか、リンディさんやクロノが子供を連れ去って働かせようとしているような書き方がされている場合をたまに見受けるのですが、どうしても原作のイメージとかけ離れていて、私個人としては敬遠しています。二次創作というものに対する見方はそれぞれですので私がとやかく言えることではないのですが、やはり原作に対する敬意や愛があった方が良いのではないかと思っています。
自分も独自解釈やオリキャラは多数登場させておるのですが、やはり原作が大好きです。無印編は既に終了しましたが、原作を見直す度に“この辺をもうすこし掘り下げて、なのはらしさやフェイトらしさを出せなかったか”などと自問自答を繰り返している体たらくで、自分の筆力ではあれが限界だろうとは思っているのですが、もう少し上手く書けなかったか、という葛藤が消えることもありません。
ですが、こういう想いこそがよりよい作品を書こうとする原動力かとも思いますので、A’S、StSまでの長い道のりを書ききる所存です。稚作ではありますが、読んでくださっている方々や感想を下さる方々のためにも頑張りたいと思います。