Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第二十三話   事件は会議室で起きているんじゃ―――




新歴65年 12月11日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部 AM8:02



 「こっちのデータは以上よ、お役に立ってる?」


 「ええ、ありがとうレティ、それにしても、守護騎士達は本当に働き者ね」

 リンディ・ハラオウンとレティ・ロウラン。

 実働部隊を率いるリンディと、後方支援部隊を率いるレティの連携は見事なものであり、ギル・グレアム提督の支援もあり、守護騎士包囲網はほとんど完成したと言ってよい。


 「だけど、大分行動パターンも読めてきた。短距離転送の繰り返しで帰還されてるから、この間のような遭遇戦を除けば日本での捕捉は難しいけど、観測世界で捕捉出来ればこっちのものね」


 「後は、クロノ君やあの子らの力量次第と、そっちの方はどうなの?」


 「ちょっと無理のある訓練を積んだようだけど、二人ともやる気満々よ、事件を手伝わせてしまっているのは心苦しいのだけど」


 「母親としての気持ちはあるけど、子供達の意志も尊重してあげたい、か、難しいところね」


 「そう言えば、グリフィス君は何歳になったかしら?」


 「今六歳よ、貴女に比べれば幾分遅く産んだから」

 リンディ・ハラオウンの実年齢はアースラの公然の秘密となっているが、既に14歳の子供を持つ母親である。

 10年前と全く変わらない外見を誇ることから、妖精か何かではないかと噂されることもある女性だが、この10年後も全く変わらないため、いよいよ噂は真実味を帯びていくこととなるが、それは余談である。


 「そっかー、でも、あの子達が大人になる頃には、もう少し楽な体勢になっていて欲しいわ」


 「グレアム提督の時代に比べれば今は随分ましになっているのでしょうけど、まだまだ問題点は多いし、ここで満足もしてられないわね、それはそうと、今日はこっちに来るのだったかしら?」


 「ええ、アースラの整備と、武装の件で」


 「アルカンシェル、か」

 レティの表情が若干曇る。

 魔導砲アルカンシェル、次元航行艦船に取り付けて放たれる強力極まりないその兵器の使用許可を得るには相応の手続きが必要であり、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとナンバー2のクロノ・ハラオウンは本日そのために本局へ向かう予定となっていた。


 「闇の書事件が終わればまた外すことになるでしょうけど、無いに越したことはない武装とうのも現実だし」


 「スイッチ一つで大量破壊が可能という点では核兵器と何ら変わりない、旧暦の末期にはこれが“一般武装”だったというのだから、恐ろしい話ね」

 どんなに平和な時代であろうとも、一定の抑止力というものは必要とされる。

 時空管理局の時代では、新歴に入った当初から強く残る質量兵器への忌避感や、大量破壊兵器の無差別使用の恐れから、“作りにくく”、“運用しにくい”ものを可能な限り採用している。

 アルカンシェルは最たる例であり、確かに強力ではあるが、製造にも維持にも莫大なコストがかかり、“兵器”としては欠陥品の塊である。

 戦艦ではなく、通常の航行機能に主眼を置かれた艦船に搭載されるため、兵器そのものの防衛機構がなく、連射も不可能。さらに発射のためにはファイアリングロックシステムと呼ばれる何重もの強固なシールドを解除する必要があり、“急に必要になっても簡単に撃てない”代物であった。

 11年前の闇の書事件においてはこれが功を奏した。

 闇の書の暴走に乗っ取られた二番艦“エスティア”はアルカンシェルを放とうとしたが、何重ものプロテクトに阻まれ即座に撃つことは叶わず、正規の手順によって準備を進めたギル・グレアムの艦からのアルカンシェルによって滅ぶこととなった。

 前述のように、防衛機構が搭載されていないため“先に撃った者が勝つ”のであり、そうなれば複雑な手順を理解し、十分な訓練を積んでいる方が早いのは自明の理。

仮にテロリストに奪われたところで、アルカンシェルの撃ち合いになれば、時空管理局が必ず勝つ、何しろ、一発撃てば本局に戻っての補給が必要となり、試射など出来はしないのだから。

 次元航行艦のクルーは、本局のシミュレータによってアルカンシェルの発射訓練を行い、時には発射こそしないものの極めてそれに近い演習も行うが、そのような設備をテロリストが保有するのは非常に難しい。

 “単発の欠陥兵器”アルカンシェルは、そういった方面での安全に主眼が置かれた、ある意味で管理局の時代を象徴する兵器でもあった。


 「アルカンシェルクラスの兵器が主砲として何発も撃たれていた時代、今じゃあ、単発の爆弾扱いだけど」


 「それでも、テロリストの手に渡ったら交渉手段としては利用出来るもの、兵器としては無理があるけれど」

 兵器としては欠陥品だが、“切り札”としては意味を持つ、その辺りはレティが言ったように、まさしく核兵器と同様であった。

 つまるところ、ヘリを撃ちおとすミサイルのように“撃つのが当たり前の兵器”か、核兵器のような“撃たないことが前提の兵器”かの違いだが、ロストロギアが相手の場合は撃つケースがあり得る点で、アルカンシェルはやや特殊である。よって、核兵器と異なり“発射訓練”も定期的に行われるのである。


 「でもまあ、金食い虫だから、アルカンシェルを持ちたがるテロリストはいないでしょうね」


 「闇の書事件がなかったら、アースラも全力で遠慮するわ、これ一つを維持するだけでクルーのボーナスをカットせざるを得ないような最悪の品だし」

 それが、アルカンシェルが量産されず、滅多に使われない最大の理由。

 時空管理局の時代では、“安価でお手軽で強力な兵器”を生み出すことが禁忌とされている。兵器とは“高価で面倒で割に合わないもの”であるべし、時空管理局のような管理機構が役割的に押し付けられる“厄介者”であれ。

 パソコンや携帯のようなお手軽で便利な品は皆が持ちたがるが、場所を食う上、高価で維持が大変なスーパーコンピュータを持ちたがる人は滅多にいない。公的機関に比べれば無駄が許されない裏組織なら尚更のことである。

 アルカンシェルとは、“必要な場所にだけあればいいスーパーコンピュータ”のようなものなのであり、必要になった以上は船に載せるが、要が済めば場所と金を食うだけなので降ろしたいのは至極当然の話であった。











新歴65年 12月11日  時空管理局本局  無限書庫 AM9:14



 「時空管理局の管理を受けている、世界の書籍やデータが全て収められた、超巨大データベース」


 「幾つもの世界の歴史がまるごと詰まった、言わば、世界の記録を収めた場所」


 「とはいえ、ほとんどのデータが未整理のまま」


 「ここでの探し物は大変だよー」


 「本来なら、チームを組んで年単位で調査する場所なんだけどね」

 ロッテ、アリアの二人も幾度かは足を踏み入れたことはあるが、それは必要なデータを探すためではなく、無限書庫の状態が正常かどうかをチェックするためであった。

 無限書庫は、長い間閉鎖同然の扱いとなっており、こうして開かれたのも実に5年ぶりのことであった。


 「大丈夫です、過去の歴史の調査は、僕達の一族の本業ですから、検索魔法も用意してきましたし」


 「そっか、君はスクライアの子だっけね」


 「私もロッテも仕事があるし、ずっとってわけにはいかないけど、なるべく手伝うよ」


 「かわいい愛弟子の頼みだからね♪」


 「ありがとうございます、ですけど、ここのデータって、かなりまずいものもあったりするのでしょうか?」


 「うーん、以前の調査によると、古代ベルカ時代からの様々な世界の文献が収められてるってことだから、旧暦末期の超兵器に関する記述なんてのもあるかもしれないわね」


 「古代ベルカを席巻したロストロギア、“聖王のゆりかご”とかに関するデータもあるかもしれないし、まあ、次元世界最大のびっくり箱みたいなところかな」


 「………これまで閉鎖されてきた理由が、何となくわかります」


 「ま、最大に理由は繰り返すようだけど人手不足。現在の案件を処理するだけで手一杯で、昔のことを顧みる余裕がなかっただけの話なんだけど」


 「ほら、忙しい喫茶店と同じだよ。昨日の営業と比較して今日が良かったかどうかを判断できるのは、お客さんが大方いなくなって、店が空いてきた頃からでしょ、これまでの時空管理局は、バイトが少なくててんてこ舞いの喫茶店状態だったの」


 「なるほど、それで、ようやくバイトの確保に目処がついてきて、昔と比較しながら改善していけそうな下地が整った、ということですね」


 「まあ………ね、思い返せば、とてつもなく長い道のりだったけど」


 「あたし達も40年くらいだし、最長老の65年選手に比べればまだまだだけどね」


 「えっと、伝説の三提督、ですか」


 「そう、時空管理局の黎明期から頑張ってる偉い人達。ここの鍵も、あの人達が管理してるって話だよ」


 「お父様も、あの人達と話し合って、無限書庫を開けてもらったって言ってたから」


 「はあ………」

 まだ65年ではあるが、時空管理局もそれなりに積み重ねた歴史はある。

 無限書庫に収められた膨大な歴史に比べればまさしく花火のようなものであろうが、それでも、前に進んできた。


 <時空管理局の歴史、か、それ自体を纏めて編集してみるのも面白いかもしれない。今ならまだ、黎明期に生きた人達の体験談も聞けるわけだし>

 ユーノ・スクライアは骨の髄まで歴史学者であり、一族の気質を強く受け継いでいた。

 後に彼が無限書庫司書長となり、歴史学者として時空管理局と各次元世界が共に歩んだ道のりを纏め上げる最初の一歩は、まさしくこの時にあったといえる。

 それが、一体世界に何をもたらすのかは、まだ分からないが。


 「とりあえず、闇の書の起源に関する探索を始めます」

 歯車が、動き出す。

 古代ベルカ、中世ベルカ、そして旧暦の末期。

 歴史の変わり目に必ず現れ、歴史が偉人と称する者達の影の中にあり続けた存在が残した歯車が、静かに組み上がり始める。









新歴65年 12月11日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM10:00



 「たっだいまー」

 スーパーマーケットの袋を携え、エイミィが買い物から帰ってくる。


 「お帰り、エイミィ」


 「お帰りなさい」

 出迎えつつ、食料品を冷蔵庫に詰めるのを手伝う二人、一応なのははハラオウン家に住んでいるわけではないが、この辺りは慣れたものであった。


 「艦長、もう本局に出かけちゃった?」


 「うん、クロノと一緒に、武装追加の件で難しい会議と、演習があるって、アレックス達も」


 「武装っというと、アルカンシェルかあ、あんな物騒なもの、最後まで使わずに済めばいいんだけど………それもそれで無駄金になっちゃって嫌だなあ」


 「お金かかるんですか?」


 「そうなのよー、こっち風に言うなら、潜水艦に核ミサイルを搭載するようなものだから、乗っけるだけで場所使うし、金はかかるし、撃つとなれば面倒な手続きが必要だし、維持費だけで大変だし、厄介ものの代表格だよ」


 「あまり、いいものじゃないんだね」


 「兵器なんてそんなものだって、いつでも平和が一番なんだから」


 「でも、クロノ君もいないですから、戻るまではエイミィさんが指揮代行だそうですよ」


 【責任重大だねえ】

 床で寝そべっているアルフが念話を飛ばすが、魔導師ではないエイミィには聞こえていなかったりする。


 「それもまた物騒な、でもまあ、そうそう非常事態なんて起こるわけが―――」


 『エマージェンシー!』

 どうやら、運命の女神はエイミィが嫌いだったようである。









新歴65年 12月11日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家 管制室 AM10:05


 「状況は!」


 【アルクォール小隊、小隊長アクティです、捜索指定の対象が、網にかかりました。敵影から見て、剣の騎士と思われます。現在、気付かれないよう、距離をとって追尾中】


 【ウィヌ小隊、小隊長ヴィッツです、捜索指定対象を捕捉、鉄鎚の騎士と思われます。現在、森林部上空を飛行しています】


 【トゥウカ小隊、小隊長トラジェです、捜索指定対象、盾の守護獣を捕捉しました。雷雲が吹き荒れていますが、その分気付かれずに済んでいます】

 クロノを中隊長とする武装局員一個中隊、三つに分けられたそれぞれの小隊の隊長から、吉報が入る。


 「緊急事態って言うか、千載一遇のチャンスなんだ……」

 アースラクルーのギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同と、レティ・ロウランから貸し出された武装局員一個中隊、さらには、時の庭園のサーチャー類によって敷いた守護騎士包囲網。

 長い地道な戦いはついに功を奏し、守護騎士の捕捉に成功していた。


 「えっと、例の偽物の可能性は?」


 【剣の騎士が砂漠に生息している大型魔法生物を仕留め、リンカーコアを蒐集するのを確認しました。偽物である可能性はないと考えられます、アクティ、終わり】


 【こちらも、鉄鎚の騎士が高速で飛翔し、ワイバーンの亜種を撃墜するのを確認しました。同様に、リンカーコアの蒐集が行われています、ヴィッツ、終わり】


 【盾の守護獣が海中に生息していた巨大くらげを串刺しにして仕留めたのを確認、リンカーコアの蒐集も他と同様です、トラジェ、終わり】


 「か、完璧だ、完璧なんだけど………」

 エイミィは頭を抱えたくなった。

 状況はすこぶる良い、例の偽物ではなく、本物の捕捉に成功した。蒐集が行われている以上、偽物である可能性はない。

 その上、三箇所バラバラの世界で蒐集を行っている状況で同時に捕捉できた。まさしく各個撃破の絶好の機会である。


 ただし―――


 【ハラオウン執務官に繋いでください、指示を】

 三人を代表して、アクティが発言する。三人の小隊長の中では一番勤続年数が長い。


 「えっと――――」

 エイミィはクロノの補佐官であり、管制主任。

 彼女を通して、中隊長であり現場指揮官であるクロノへ指示を仰ぐ彼らの行動は実に正しい。

 のだが。


 【リミエッタ管制主任?】


 「えっと、いまいないんだ、クロノ君」


 【どちらに?】


 「本局の方に用事があって………」


 【そうですか、では、ハラオウン艦長に取り次ぎを―――】


 「艦長も、一緒に本局に行っちゃってて」


 【What?】

 急に言語は変わってしまったアクティだが、そうせざるを得ない程の驚愕がそこにあった。


 「えーと、つまり、今アースラトップ二人は不在で、私が指揮代行」


 【か、か、彼らとの連絡は!?】


 「………アルカンシェルの運用に関わる、本局の高官が集まってる会議だから、私の権限じゃ会議が終わるまで無理、グレアム提督やレティ提督ならなんとかなるけど、二人とも中にいて」

 時空管理局もやはり社会機構、お役所仕事とはその辺りの融通が効かないものである。


 【事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!】


 「あああ〜〜! お役所仕事と官僚主義の弊害がもろに出てるーーーーーーーー!!!!」

 完全にパニックに陥る現場スタッフ一同、トップが不在での緊急事態の前に、実に脆かった。


 「え、エイミィさん、しっかりしてください!」


 「え、エイミィ、落ち着いて!」

 そして、事態の深刻さや組織の駄目な点が良く分からないだけに、なのはとフェイトは案外落ち着いていた。


 「そ、そうよね、前を向かないと、まずは、会議終了予定時刻は――――55分後、却下、それまで待つのは論外。仮に繋がっても、本局から時の庭園を経由して現場に飛ぶなら15分くらいはかかっちゃうし」


 【守護騎士達はある程度の蒐集を終えているようです、短距離転送に繰り返しで第97管理外世界に帰還する可能性もあります】


 「それが問題なんだよ〜、えっと、アクティ小隊長、ヴィッツ小隊長、トラジェ小隊長、そちらの戦力で強装結界は張れますか?」


 【問題ありません、アルクォール小隊はウィスキー、ウォッカ、スコッチが揃っています、アップルジャックも10分もあれば合流可能】


 【ウィヌ小隊、チワワ、ドーベル、ダックスがいます。チーズは時の庭園で待機しています】


 【トゥウカ小隊、こちらは手元にポンドしかいません。近くの世界にマルクとフランがいますので、10分もあれば盾の守護獣を抑えられます、ルピーは時の庭園です】


 「よし、いい感じ! って、駄目じゃん! 強装結界で覆ってもギガントシュラークやシュトゥルムファルケンで破られるだけだし!」

 実に当たり前の事実ではあるが、エイミィはそもそも武装隊の指揮官ではない。

 彼女は管制主任であって、指揮官としての研修を受けているわけではなく、こういった実戦面での判断をしながら武装隊を動かせというのは無理な話であった。

指揮官代行とは言っても、本局から連絡や打診があった際に対応できる、という点での代行であり。こういう緊急事態には全く別の技能が要求される。


「えっと、盾の守護獣なら破られる恐れはないけど、トゥウカ小隊はまだ強装結界を張れる程には揃ってない。誰かがそれまで足止めしなくちゃいけなくて、他の二人が―――」

必死に頭を働かせるエイミィ。リンディとクロノがいないものはどうしようもなく、彼女がやるしかない。

 小隊長3人も優秀ではあるが、彼らは既に現場におり、守護騎士の追跡や監視に当たっているため全体的な判断は行えない、そもそも、全体を把握できる権限を持っていないのだ。

 それが可能なのはリンディかクロノのみなのだが、揃って不在というのはまさしく致命的であった。


 「剣の騎士と鉄鎚の騎士は結界破壊可能な破壊力を持ってるから、戦いつつ武装隊に指示を出して、連携しながら捕えられる人材が必要、でも、クロノ君はいないし、なのはちゃんとフェイトちゃん――――に出来るわけないし、夢のまた夢」


 「エイミィ、ひどいよ……」


 「わたしたち、やっぱり無能なんでしょうか……」

 かなりてんぱってるエイミィは二人の精神的フォローまでは気が回らない、というか、むしろ彼女の方が精神的フォローが必要である。


 「ユーノ君がいないから、こっちの戦力は3人だけ。強装結界で覆って、戦力を一箇所に集中させれば――――駄目だあ! 二人のうちどっちかが駆けつけて破っちゃう!」

 もしクロノがいれば、ザフィーラをアルフが抑え、シグナムをクロノが抑え、なのはとフェイトが二人がかりでヴィータを倒す、などといった布陣が簡単に思い浮かぶ。

 仮に、守護騎士がシフトチェンジを行ってきても、現場にクロノがおり、それぞれの小隊長に的確な指示を出せるならば対応は可能である。リンディがいればさらに本局に増援を頼むことも不可能ではない。

 だが、現場指揮官であるクロノがいない今、臨機応変の対応が不可能となっている。最初の布陣が決まれば、敵の動きに合わせて変えることが難しく、それ故に方針が纏まらない。


 「敵に合流されたらダメ、連携では勝ち目が薄いんだから―――なら、一対一×3の状態に持ち込めば――――これも駄目だ、敵には空間転移に長けた湖の騎士が残ってるし、時間をかければ彼女が来て逃がされちゃう」

 最早、八方塞がり。

 絶好の機会であったはずが、トップ二人の不在という最悪の時期に重なったため、見事に打つ手がない。


 【俺達は―――闇の書に呪われてるのか?】

 アクティ小隊長がそう思ったのも無理はない。

 闇の書がこれまで破壊されなかった原因は、この“凶運”にあるのではないかと、三人の小隊長全員が思っていた。

 ようやく包囲網が完成し、理想的な形で捕捉できたというのにこの事態、泣きたくなってくる。



 『落ち着きなさい、エイミィ・リミエッタ、絶望するにはまだ早過ぎますよ』

 そこに、天の声が響き渡る。(例によって、天井のスピーカーからの声)


 「トール!」


 『緊急事態のようですので、機械の主義には反しますが、単刀直入に言いましょう。リンディ・ハラオウン艦長とクロノ・ハラオウン執務官が不在のこの現状で、守護騎士を捕縛することは不可能です』


 「で、でも」


 『あと、てんぱっているのは分かりますが、少しは言葉を選ばれますように、フェイトと高町なのはの能力では、守護騎士を捕縛するまでには至らないのは厳然たる事実ですが、それ故に心を傷つけるものです。彼女達がクロノ・ハラオウン執務官に劣っている事実は、もう少しオブラードに包んで表現しなければ』


 「ぐふっ」


 「ぎゃふっ」

 見事なまでに止めを刺された二人、立ち直れるかどうか心配である。


 「いや、トールが止め刺してるような………」

 アルフの突っ込みは、完全にスルーされた。


 『ですから、ここは目標を変えましょう。貴女達が陥っている思考の迷路は“守護騎士を捕えること”を目標としているからこそです、ですが、管理局の最終目標はあくまで闇の書とその主の確保であり、守護騎士を捕えることではありません。突き詰めれば、主さえ抑えれば守護騎士はどうとでもなるのです』


 「あ……」

 それは、彼女らが現場で働く人間であるが故の盲点。

 ヴォルケンリッターを捕えるために包囲網を構築し、そのために苦労を重ねてきた彼女らだからこそ、守護騎士を捕えることを目的にしてしまう。

 だが、山を登る手段は一つではない。そのために道を切り開き、苦労してきた者達にとって、途中からヘリを使えるようになったからもういいよ、などと言われれば憤慨ものだが、機械にとってはそうではない。

 トールとアスガルドもまた、包囲網構築のために苦労を重ねてきたが、より効率的な手段が見つかったならばそれまでの成果を即座に棄て去り、そちらの手段に切り替える。それが機械というものだ。


 『要は、最後に勝てばよいのです。そのための布石として、この段階では闇の書のページを消費させることを目標としたしましょう、これならば、現状の戦力でも可能です』


 「ページを消費させる、そっか、守護騎士の目的は蒐集じゃなくて、闇の書の完成。だから、ページを削ることが出来れば」


 『まだまだ、巻き返しの機会はあるということです。それに、一度手に入れたものが失われた時の喪失感は中々に大きいですから、“焦り”が高まる可能性は十分あり、それが、さらなるミスを生み出す、人間が陥る悪循環ですね』

 機械である彼には、そんなものはない。

 ミスはミス、過去は過去、パラメータを整理し、再演算を開始するのみである。後悔などしても、効率が良くなることはないのだから。


 『そして、もう一つ、今回の我々の大きなマイナス点はクロノ・ハラオウン執務官が現場に降りられないことですが、これも目標を変えれば利点とすることが出来ます』


 「どういうこと?」


 『早い話が、陽動です。剣の騎士、鉄鎚の騎士、盾の守護獣、この三騎にフェイト、高町なのは、アルフをそれぞれぶつけ、武装局員が外側から強装結界で覆う、これは現状の戦力で可能です』


 「だけど、湖の騎士がフリーになっちゃうよ、クロノ君がいない以上、どうしても手が足りない」


 『しかし、その事実を向こうは知りません。そこで一計を案じます、時の庭園にて待機しているチーズ、ルピーの両分隊8名、彼らを戦闘体勢で海鳴市へと送り込むのです、三人の騎士が包囲され、クロノ・ハラオウン執務官がそれぞれの戦場にいない状況で、敵の本拠に近いであろう海鳴市に武装局員が現れれば、湖の騎士はどう思うでしょうか』


 「あ、そうか! なのはちゃん、フェイトちゃん、アルフが他の三人を抑えてるうちに、クロノ君が武装隊を率いて闇の書の主を捜索しにきたとしか考えられない!」


 『前回の戦いにおいて実際にそれを行おうとしていただけに、効果的です。そして、前回と異なり、距離が離れ過ぎているため湖の騎士には強装結界を維持している局員を攻撃する手段がない、かといって、彼女一人で主の護衛は務まらない』


 「そうだね、湖の騎士一人じゃあ、クロノ君と8名の武装局員を相手に出来ないのは、前回で立証済み。実際にはクロノ君はいないけど、向こうがそれを知る術はない」


 『そう、そうなればとる道はただ一つ、包囲された三騎を呼び戻すしかありません。僅かな可能性であれ、主が狙われ、守護騎士が傍にいない状況が発生しうる以上、そうするより他はない、これがプログラム体の弱みです、いついかなる時も、主を最優先しなければならない』

 他ならぬトールだからこそ、それが分かる。

 以前行われた、時の庭園とアースラとの合同演習、その途中で、ルール違反ではあるがクロノ・ハラオウンがプレシア・テスタロッサへ武装局員を動かしたならば、トールはどれだけ有利な状況であっても、全ての機体を主の護衛に向かわせる。

 デバイスにとって、主は絶対。それ故に、主を狙われるだけでその行動は大きく制限されるのである。

 そしてそれは、プログラム体である守護騎士も同様であった。


 「だけど、他の三人を急に呼び寄せるといったら―――」


 『闇の書のページを消費し、その魔力を開放するしかありますまい。主に危険が迫っている以上、そうするより他はないのです』

 クロノが現場に降りられないことを逆手に取り、クロノが姿を現さないことで守護騎士を疑心暗鬼に陥れる。

 ヴォルケンリッターは歴戦の強者であり、これが陽動作戦である可能性にも容易に思い到るだろう。

 だが、今の彼女らは中世ベルカの白の国に生きた夜天の守護騎士ではなく、プログラムに縛られた闇の書の守護騎士。

 これは陽動であると彼女らの経験が判断しても、僅かでも主に危険が及ぶ可能性が残っている以上、主が最優先という定められたプログラムには逆らえない。それが、現在の守護騎士の限界であった。


 「よし! それじゃあ後は迅速に動こう、アクティ小隊長、ヴィック小隊長、トゥウカ小隊長は主戦力が守護騎士と交戦し次第、強装結界で彼女らを包囲、湖の騎士が闇の書のページを消費して助けに来るまで維持していて」


 【【【 了解しました 】】】


 「後は布陣だけど、なのはちゃんが鉄鎚の騎士、フェイトちゃんが剣の騎士、アルフが盾の守護獣、でいいかな?」

 それぞれの特性を考えるならば、それが最適の組み合わせである。

 間違っても、なのはとシグナムを戦わせたり、フェイトとザフィーラを戦わせてはいけない。どう考えても相性が悪い。


 「うん!」


 「分かったよ」


 「りょーかい」


 『ただし、フェイト、貴女に一つだけ忠告を』


 「何?」


 『剣の騎士シグナムがいるのは砂漠の世界です、そして、彼女の魔力は炎熱変換、この意味が分かりますね?』


 「空気中の水分がないから、天候系の魔法は使えない。サンダーフォール、サンダーレイジ、プラズマザンバーブレイカーの三つは封じられている、ってことだね」


 『そして、気温が高いためスタミナの消費が激しくなります。炎熱変換の持ち主はバリアジャケットに自然と耐熱の属性が付きますからそれほどでもないでしょうが、薄着で高速機動が売りの貴女では消費は倍近くになるでしょう』


 「地の利は、圧倒的にシグナムに有利なんだ……」


 『そこで、アクティ小隊長、現在剣の騎士シグナムがいる地点より南東10kmの地点に大型のオアシスが確認されています。そこまで彼女を誘導できますか?』


 【出来るでしょう、ちょうど、アップルジャックが到着しましたから、自分を含めて17名の魔導師がいます。半分は強装結界を張る役として先行させるとしても、自分が残る8名を指揮すれば、オアシスまで誘導するくらいならば、何とか】


 『お願いします、時の庭園のオートスフィアや傀儡兵、中隊長機も可能な限り援軍として送り込みましょう。フェイト、貴女は剣の騎士がオアシスの半径3km以内に近づいた段階で接敵して下さい』


 「うん、分かった、オアシスがあれば天候魔法も使えるし、あんまり暑くないよ」


 「鉄鎚の騎士は―――上空を飛んでるね、これならなのはちゃん、普通に行ける?」


 「ええ、五分五分の条件です」


 「よし、ウィヌ小隊は、なのはちゃんが接敵すると同時に、強装結界を張って」


 【了解】


 「あたしの方は問題ないよ、あの野郎の飛行速度はそれほどじゃないから、逃げられることもないだろ」

 人型になったアルフが、モニターに映るザフィーラを見据えながら、不敵に笑う。


 「OK、トゥウカ小隊は、マルク、ポンド、フランが揃い次第、強装結界を張って」


 【了解】


 『陽動を行うルピーとチーズは大局を見ながら動きますので、リミエッタ管制主任と私で直接指示を出します。あくまで捜索するだけですので、十分でしょう』


 「よっし、布陣は完了!」

 これにて、体勢は整った。


 『では皆さま、そのようにお願いいたします。指揮代行はエイミィ・リミエッタ管制主任、通信はこのトールが取り次ぎいたしますので、御安心を』

 管制機の締めの言葉と共に、それぞれが一斉に行動を開始する。

 流石は百戦錬磨の管理局員、いざ目標が決まれば行動は迅速であり、なのは、フェイト、アルフの三名も一度決めれば揺るがない。

 アースラとヴォルケンリッターの、三度目の戦いが開始されようとしていた。



 ―――ただ、それらとは別に。



 ≪ただし、保険は必要ですね。それに、現段階で彼女がどうなっているか確認しておくことは無駄とはならない≫


 時の庭園の管制機は誰にも知られぬまま―――


 ≪貴女に感謝を、月村すずか、今この時に八神はやてと共に図書館にいてくださるとは、実に、実に都合が良い。最悪、誘拐事件に発展するやもしれませんが、まあその時はその時ということで≫


 万が一に備えて、月村すずか、八神はやて誘拐計画を練っていたりした。


 木の葉を隠すなら森の中。幼女誘拐事件という木の葉を隠すには、月村家という裕福であり、複雑な事情を抱えている家は、実に好都合なのであった。


 八神はやては、あくまで“たまたま”誘拐事件に巻き込まれた形となる。


 ≪あくまで保険ですが、準備するに越したことはありません。僅かでも必要となる確率があるならば≫


 それが――――機械というものだ。






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