Die Geschichte von Seelen der Wolken
Die Geschichte von Seelen der Wolken
第二十四話 包囲戦 〜三度目の戦い〜
新歴65年 12月11日 第84無人世界 (日本時間) AM10:10
砂漠の世界
一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。
しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。
かつて、アースラの観測スタッフが“砂蟲竜”と呼ばれる魔物に襲われた世界であり、クロノ・ハラオウンがストラグルバインドによって彼らを助け出したのはほんの5日ほど前の話。
だが、それらの苦労は無駄ではなかった。今こうして、闇の書の守護騎士を捕捉することに成功し、これまで常に後手に回ってきた管理局が、ようやく反撃を開始することが出来たのだから。
「捕捉されたか」
ヴォルケンリッターが烈火の将シグナム。
彼女もまた自分が管理局に捕捉されたことを理解しており、追跡を振り切ることは難しいだろうことを悟っていた。
「捜索指定遺失物の保持、及び観測世界、無人世界での無許可での魔法生物の乱獲、もろもろの容疑で貴女を逮捕する!」
アースラが率いる武装局員一個中隊、そのうちの小隊の一つ、アルクォール小隊の小隊長とその部下八名が彼女を追跡しているのである。
<存外に速いな、迎撃することは容易いが―――>
追手が武装局員だけならばシグナムはその選択をとっていただろう。ランクにすればSランクに届いている彼女の戦闘能力は一般の武装局員の及ぶところではなく、Aランクのアクティ小隊長ですらまともにぶつかれば歯が立たない。
だが、アースラが強力な魔導師を幾人も保有していることはシグナムも存じており、下手に交戦すれば主戦力との多対一の戦闘を強いられる可能性が高い。
今回は遭遇戦ではなく、管理局が敷いた網にかかってしまったのは自分である。それ故に、シグナムの選択肢は主戦力が到着する前に武装局員を振り切り、次元転送によって引き上げるというものになるのだが。
『目標、捕捉シマシタ』
彼女が振り切ろうと速度を上げるたびに、回り込むようにオートスフィアが姿を現し、魔力弾を放ってくる。
「ふっ!」
バリアやシールドを発生させるまでもなく、シグナムは鞘の一振りで魔力弾を薙ぎ払うが、それでもそのまま直進することは得策ではなく、不規則な移動を強いられる。
<誘導されているのか? いや、現段階では何とも言えん>
この世界における地の利は管理局側にあり、シグナムは自分が飛行している先にオアシスがあることまで存じてはいない。
<武装局員が強装結界を準備して待ち受けているならば、シュトゥルムファルケンによって砕くまでだが、敵もそれは熟知しているはず>
アースラが守護騎士の戦術眼を警戒しているように、ヴォルケンリッターもまた、リンディやクロノの大局眼を警戒している。
前回の戦闘でシグナムの切り札であるシュトゥルムファルケンや、ヴィータの切り札、ギガントシュラークを使用している以上、その対策を何も練っていないとは考えにくい。
ならば、どうするつもりか――
「バルディッシュ!」
『Thunder Blade.(サンダーブレイド)』
その答えをシグナムが導き出すより早く、解答がやってきた。
「テスタロッサ!」
サンダーレイジのパワーアップバージョンであり、雷の剣を多数発射する、ロックオン式の複数攻撃魔法サンダーブレイド。
サンダーレイジと同じく、自然の力を借りる魔法であるため魔力消費そのものはプラズマスマッシャーなどの純粋魔力砲撃よりも少なくて済み、クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトに似た形状を持つ。
その分、地の利にかなり左右される魔法であり、屋内戦では使いにくいが、今回のように予め戦闘場所が定まっている場合は絶大な威力を発揮する。
「レヴァンティン!」
『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』
対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。
バリアでは足りず、シールドは基本一方向からの攻撃にしか対処できないため、方向転換機能を有していると見受けられる攻撃を相手に用いるのは妥当ではない。
以前はフォトンランサーを完全に弾いたパンツアーガイストであり、全力ならば砲撃魔法すら無力化出来る強固な守りであったが―――
「ブレイク!」
フェイトのキーワードによって雷の剣が爆裂し、パンツアーガイストに食い込んでいた刀身が、シグナム目がけて放電する。
「ぐっ、ぬうぅ」
流石のシグナムも、待ち伏せの上に放たれた強力な魔法攻撃を無傷で防ぐことは敵わず、多少の傷を代償に辛うじて距離をとる――――のではなく、逆にフェイト目がけて高速で斬りかかる。
『Haken Form.(ハーケンフォルム)』
奇襲を受けた際に取りあえず距離をとるのではなく、逆に距離を詰め、斬りかかることを選択したのは歴戦の兵であるシグナムならではの判断であり、近づいて斬ることを本領とする古代ベルカの騎士としては正しいものであった。
「ハーケンセイバー!」
だが、今のフェイトもまた、古代ベルカの騎士の戦術展開に関する経験を積んでいる。
シグナムが取った行動は、まさしく一昨日にゼスト・グランガイツによってボコボコにされた、ある意味での黄金パターンであった。
<こっちの攻撃が少しは通ったと安心した次の瞬間、わたしは気絶していた>
ゼストの切り込む速度は洒落にならず、こちらの射撃魔法がダメージを与え、攻防に一段落がつき、次の行動に移るまでの一呼吸の隙にあっという間に切り伏せられている。
そんな悪夢のようなパターンを10回以上もやられれば、嫌でも対処法が身に着くというものであった。
「はああああ!」
『Assault form.(アサルトフォルム)』
「おおおおお!」
『Explosion!』
ハーケンフォルムから誘導性能が高いハーケンセイバーを放ち、再びアサルトフォルムへと変形、切り込んでくる騎士を迎え撃ちながら、魔力刃が背後から襲う。
相手が一撃に全てを込めていれば、それだけ背後からの奇襲には気付きにくくなる。ただ、その一撃でフェイト自身がやられては意味がなく、ゼストでの模擬戦では大抵その結末に終わっていた。
『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』
しかし、シグナムの行動はゼストのそれとは異なり、フェイト目がけて強力な一撃を見舞いながらも、瞬時に変形させた連結刃によって背後から迫りくるハーケンセイバーを迎え撃つ、というものであった。
「―――くっ!」
「―――ぬっ!」
そして、両者は弾かれ、今度こそ仕切り直しの形となる。
<当然だけど、ゼストさんとは違う対応だ。ベイオウルフには変形機能がなかったから、背後から攻撃が来る前に私を打ち倒すことに全力を注いでたけど、シグナムのレヴァンティンには連結刃への変形機構があるから、攻撃が多彩だ>
フェイトは、同じベルカの騎士であってもデバイスによってその戦術も異なるものとなることを実感しており。
<判断力が大幅に向上している、ここ数日の間に、一体どんな訓練を積んだのか……>
シグナムは、前回の対峙に比べて凄まじい程に進歩したフェイトの戦術に驚きを隠せなかった。
まず間違いなく、これまでのフェイトであったならば、サンダーブレイドが命中した段階で安堵しており、まさかそこからシグナムが息をつかせずに切り込んでくるとは想定できなかっただろう。
しかし、そのような意を図って間合いを詰めることこそが、古代ベルカの騎士の得意とするところ。
最初の対決において、純粋な速度ではフェイトが上であるにも関わらず、シグナムがあっさりとフェイトの間合いに切り込めたのはこの技術が並はずれていたからである。
「強装結界、私との一対一を望むか」
そして、フェイトとシグナムが対峙するのを待っていたかのように強装結界が張られ、二人だけの決戦場を築き上げる。
強装結界の範囲内には大きなオアシスが存在し、フェイトが天候系の魔法を使う地の利が整っている。砂漠の暑さによる疲労も然程心配する必要はなく、二人は思う存分に技を競い合うことが出来る。
「ええ、そのつもりで来ました。前回の戦いでは貴女と戦えませんでしたから」
「すまんな、こちらにも事情があった」
流石に、主とその友人と鍋のためとは言えないが、シグナムにとってはフェイトとの決着よりも優先すべき事柄であった。
「今度は、負けません」
宣誓と共に、バルディッシュを構える。
「別に私はお前に勝ったとは思っていない。共にカートリッジを使用したデバイス同士での戦い、これで初めて五分の戦いとなる」
シグナムもまた、己が魂、レヴァンティンを構える。
「だけど、貴女のデバイスには非殺傷設定が積まれていない、フルドライブは使えないんじゃ」
「今更隠しても仕方あるまい、だが、フルドライブが使えないのはそちらも同様だろう。いや、正確に述べるならば、万全に使いこなすまでには至っていないと言うべきか」
「………隠しても、仕方ありません」
現段階では、ザンバーフォームは使えない、というか、意味がないことをフェイトは痛感していた。
一度、ザンバーフォームにソニックフォームを加えた状態でゼストに切り込んだことがあるフェイトだが、防御が薄くなり、さらにはバルディッシュが大きいために大振りとなった隙を突かれ、一撃で撃墜された。
大型の魔法生物を相手にするならば十分有効だが、対人武器としてザンバーフォームを利用するには、フェイトの体格はまだ小さ過ぎるのであった。
どんなに強力な一撃も、当たらなければ意味はない、今のフェイトにとってのザンバーフォームは一撃の破壊力を上げる代わりに精密なコントロールが利かなくなる諸刃の剣なのであった。
「つまり」
「この戦いは」
共にフルドライブが封じられた状態での、五分の対決。
勝敗は、純粋な戦技によって決まる。
「お前を倒さぬ限り、シュトゥルムファルケンによって強装結界を破壊することは出来ないだろう、余分な思考は捨て、私はお前を倒すことに全力を注ごう、テスタロッサ」
「ええ、貴女を逃がさないための処置は武装隊の皆が引き受けてくれましたから、私は貴女を倒すことに全力を注ぎます、シグナム」
条件は共に同じ、何らかの外的要因が来るまでに相手を打ち倒すこと。
「いざ」
「尋常に」
ベルカの騎士とミッドチルダの魔導師が、それぞれの愛機を構え―――
「「 勝負! 」」
互いに、真正面から激突した。
同刻 第87観測指定世界
「うおおおおおおおおおお!!」
「ぬうううううううううう!!」
こちらの戦闘は、フェイトとシグナムのそれよりも若干早く開始されていた。
フェイトがシグナムとの戦いを望んだように、アルフもまたザフィーラに問いたいことがあったのだが、前回の戦いでは主と鍋のために短期決着を選んだヴォルケンリッターの戦略によって、相性の悪いヴィータとの戦いを余儀なくされたという経緯がある。
「でかぶつ! アンタも誰かの使い魔なんだろ!」
渾身の拳を叩きつけながら、アルフは自分と同じく狼の尾と耳を持つ存在へと問いかける。
だが―――
「ベルカでは、騎士に仕える獣を、使い魔とは呼ばぬ!」
それは、彼にとって決して譲れぬ矜持。
「主の盾、そして牙―――騎士としての誇りではなく、守護の意志を貫き通す不滅の星―――守護獣だ!」
「同じような、もんじゃんかよ!」
「いいや違う! 私は、主によって命を与えられた存在ではない!」
「なんだって」
アルフは元々、群れからはぐれ、死にかけていた子狼であった。
それを、フェイト・テスタロッサという少女が見つけ、自らの使い魔とすることで命を繋ぎとめた。その契約は通常のものとは違い、死が二人を分かつまでその絆はなくならない。
「アンタの主人は、フェイトと戦ってる奴じゃないってことかい」
「シグナムは我らが将だが、主ではない」
「じゃあ、アンタの主は、闇の書の主、っていうわけね」
それなら、アルフにとっても納得がいく。
闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターは闇の書から生み出された存在であり、闇の書の主はそれを使役しているに過ぎない。
だから、自分とフェイトの間のようなリンクがザフィーラと主の間にはない、主によって命を与えられていないというのも考えて見れば当然の話だ。
「………我らが主はただ一人。命でこそ繋がっていないが、私の主であることには変わりない、私は、私の意思で守るべき存在を守っている」
(ならば俺は、皆を守る守護獣となろう。騎士としての誇りではなく、ただ皆を守る意志を貫き通す不滅の盾に、悲しき覚悟と共に戦場に臨む彼女らを支える、守護の獣へと)
それが、遥か昔に盾の騎士であった青年から、盾の守護獣ザフィーラが受け継いだ信念。
闇の書の守護騎士プログラムとなった今であっても、その意思は変わらない。騎士達の魂がデバイス達に託されているように、彼もまたその意思を守り続けているのだから。
例え、どのような時代であっても、どのような主であっても。
ザフィーラの盾は、彼が守ると誓った存在のためにある。仕えるに値せぬ主の時は、彼はただリンカーコアを狩る牙としてのみ機能していた。
「………だったら何で、闇の書の蒐集なんてことをやってんのさ!」
「守るべきもののためだ、それ以外の理由などない」
「だけど、あんたも使い魔―――守護獣ならさ、ご主人様の間違いを正さなくていいのかよ」
アルフにとって、その気持ちは分からなくもない。
かつて、ジュエルシードをフェイトが集めていた時、それがフェイトが幸せになるための唯一の可能性であるのなら、例え誰かを傷つけることになったとしても、アルフはジュエルシードを集めることを優先しただろう。
結果として、根回しに異様に長けたデバイスのおかげでその辺りを心配する必要はなかったが、それでも、アルフが覚悟を持っていたことは事実である。
「闇の書の蒐集は、色んな人に被害を与えてる、いや、闇の書そのものが、大きな災厄を撒き散らしてる。そんなことを命じる主を、何で放っておくのさ」
「………闇の書の蒐集は我らが意思、我らの主は、闇の書の蒐集については何もご存じない」
「何だって………そりゃいったい」
「主のためであれば血に染まることも厭わず、我と同じ守護の獣よ、お前もまた、そうではないのか」
これ以上語ることはない。
握りしめたザフィーラの拳が、静かに構えを取り、その姿からは譲る気配は微塵も感じ取れない。
「そりゃ、そうだけど………だけどさ!」
逆に、アルフにとっては迷いが生じる。
思い出すことはやはり、命が短いプレシアのために、ジュエルシードを集めていた時のこと。
もし、立場が逆で、あの時の自分の前にこいつが現れていたらどうだろうか?
ジュエルシードはモンスターを生み出し、次元震を起こす危険性もあるから、干渉するのはやめろと言われて、自分は引き下がるだろうか?
犯罪者になってしまう危険があったとして、フェイトにはそんなことさせられないとしても、だからといって何もしないことなど出来るだろうか?
答えは―――否。
<あたしも、きっと、例え後で捕まることになっても、ジュエルシードを集めるよね>
使い魔であるが故に、悟ってしまう。
自分にとってのフェイトが、ザフィーラにとっては闇の書の主なのだと。
故に、言葉で止まるはずもない、悪いことをせずに泣き叫べば幸せになれるなら、今頃フェイトは母と姉に囲まれているはずだろう。
「戦うしか、ないのかい」
「………本意ではないが、お前達は蒐集を行う我々を見逃すことは出来ぬのであろう」
ザフィーラの言葉を証明するように、トゥウカ小隊によって逃走封じの強装結界が展開される。
「あ……」
だが、アルフにとっては些か間が悪くも感じた。
戦うしか選択肢がないとしても、何か他に方法はないのかと、彼女もまた考えたかった。
考えて、納得しない限りには、自分はこの相手に対して問答無用で戦うことは出来ない。
<ええい、ったく、こういうややこしい話はアンタの専門だろうが、トール>
甘えなのかもしれないと我ながら思うが、アルフは内心でそう愚痴っていた。
こういう複雑な想いや利害関係が絡んでいる時こそ、全部1か0で判断するデバイスの出番だというのに。
<ほんと、アイツは分かりやすくていい。相手にどんな事情があろうと、フェイトのためになることは1、それ以外は0だ>
フェイトの使い魔である自分は、そこまで徹しきれないというのに。
そう考えるアルフだが、それは若干の間違いを含んでいる。
管制機トールにとって、プレシア・テスタロッサが1であり、それ以外は0でしかない。
フェイトもまた、1であるプレシアが彼に命じた要素に過ぎず、全てはプレシアを中心に成り立っている。
闇の書の守護騎士が、プログラムに沿って動くように。
トールもまた、原初に刻まれた命題に沿ってのみ動いているのだから。
同刻 第95観測指定世界
【シグナム達が?】
【ええ、砂漠で交戦してるの、シグナムはテスタロッサちゃんと、ザフィーラは守護獣の子と別の場所で。強装結界が張られてるから、自力での脱出はほとんど無理】
【管理局の網も大分厄介になってきたな、長引くとまずい、助けに行くか―――】
鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンならば、強装結界も突き破ることが出来る。
だが―――
「!? 結界か」
ヴィータがそう判断した瞬間、彼女もまた広域の結界に閉じ込められたことを理解する。
【シャマル、おい、シャマル!】
強装結界によって念話も封じられ、仲間を連絡を取る術がない。シャマルもこちらが閉じ込められたことまでは分かっても、結界内部のことまでは分からないだろう。
「ちっ、アイゼン、取りあえず一箇所ぶち破るぞ!」
『Jawohl.』
ヴィータの判断は迅速であった。
彼女は鉄槌の騎士であり、夜天の守護騎士の中で最も物理破壊に向いている。結界を破壊することに関してならば、鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンに敵う者はそうはいまい。
「って、あいつ―――」
しかし、ヴィータの決断を遮るように、シグナム、ザフィーラに比べるとヴィータを閉じ込めた結界の展開が若干遅かった理由がやってきた。
「行くよ、レイジングハート!」
『Buster mode. Drive ignition.』
レイジングハート・エクセリオンの第二形態、砲撃に特化したバスターモード。
古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターとの戦いにおいて、なのはは性質上、距離を置いて戦わねば話にならない。
ハーケンフォルムを始めとした近接と射撃を併用するフェイトや、クロスレンジが主体のアルフ、万能タイプのクロノと異なり、なのはは遠距離からの大威力砲撃こそが最大の持ち味である。
長距離攻撃や誘導弾の慣性制御が苦手な古代ベルカ式にとって、ミッドチルダ式に距離を置いて戦われるのは鬼門であり、通常、戦いになれば何としてでも距離を詰めようとする。
「ディバイン―――――」
『Load cartridge.』
だが、強装結界内部で対峙し、相手が結界を破れるほどの攻撃手段を持っているとなると話は違ってくる。
なのはにとっては距離を取りたいところだが、それをすればヴィータが逆方向へ移動し、強装結界の壁を破壊してしまう可能性が出てくる。
故に、武装局員はかなり広域に渡って強装結界を展開する必要に迫られた。ヴィータが壁まで到達するまでに、なのはの砲撃がヴィータを撃墜出来るように。
「バスターーーーーーーー!!」
『Divine buster. Extension.』
そして、極大の砲撃、ディバインバスター・エクステンションが放たれる。
エクステンションの名の通り、ディバインバスターの最大射程の延長が行われており、常識外の遠距離からの狙撃を行うことを可能とする。
「アイゼン!」
『Gigantform!(ギガントフォルム)』
避けることは不可能、耐えることも厳しく、相応のダメージを覚悟せねばならない。
そう判断したヴィータは、防御ではなく迎撃を選択する。
「ギガントシュラーク!」
『Explosion!』
時間がないため、グラーフアイゼンの巨大化機能はそれほど使われていないが、フルドライブ状態の膨大な魔力が注ぎ込まれた一撃が、ディバインバスターを迎え撃つ。
「ぐ、おおおおおお!」
「く、うううううう!」
こうなれば、勝負は純粋な力比べとなる。
ミッドチルダ式の遠距離砲撃が勝るか、古代ベルカ式の渾身の一撃が勝るか。
ゼストとなのはの激突の場合は悉く古代ベルカ式が勝利したが、今回はグラーフアイゼンへの魔力の充填も完璧ではない。超長距離からの砲撃という予想外が、ヴィータの反応を僅かながら遅らせていた。
「つ、ああああああああああああ!!」
「や、あああああああああああああ!!」
果たして、せめぎ合いは徐々にではあるがディバインバスターの方へと傾いていき―――
『Load cartridge.』
駄目押しで追加されたレイジングハートの二発のカートリッジが、勝負の決着を告げていた。
新歴65年 12月11日 第97管理外世界 海鳴市 八神家 AM10:20
「まずいわ、皆、強装結界の中に閉じ込められてる」
遠く離れた地球の海鳴市から、クラールヴィントの通信機能を用いてヴィータと念話を行っていたシャマルだが、彼女からの通信も途絶えてしまった。
シャマルの能力ならば三人のどこへも即座に転移できるが、しかしその場合、二つ問題が生じる。
「でも、私の魔力じゃ、外から強装結界は破れない」
ミッドチルダ式の強装結界をすり抜けることは古代ベルカ式の使い手であるシャマルには無理な話であり、破るにはどうしても強大な魔力が必要となる。
外側から結界を補強しているであろう武装局員を削れば何とかなるが、今回は時間との戦い、悠長にリンカーコアを一つずつ引き抜く時間はないし、そもそも対策が取られている可能性が高い。
「何より、礼の黒服の子がまだ出てきてない、一体どこに―――」
『Eine dringende Warnung.(緊急警報)』
シャマルの疑問に答えるかのように、クラールヴィントが明滅していた。
「これは―――武装局員が海鳴に!」
その事実が意図することは明白、闇の書の主へと、捜索の手が伸びているということ。
「まさか、黒服の子が武装局員を率いてこっちに―――」
目まぐるしく変わる局面にシャマルが驚愕する中、そこに、一冊の魔導書が現れる。
「闇の書、どうしてここに?」
闇の書はヴィータが持っていたはず、にもかかわらず、まるで自分を使えと言わんばかりにシャマルの下へとやってきていた。
守護騎士の次元転送魔法と異なり、闇の書の転送は放浪の賢者ラルカスが残した術式によるもの。例え強装結界の中であっても、それを阻めるものではない。
「………迷っている暇はないわ、貴女がここにいるということは、ヴィータちゃんが危ないということなのね」
頷くように、闇の書が上下に動く、手話ではないが、移動とページの動きで闇の書の言いたいことは何となく察せられるのである。
「シグナムとザフィーラも動けない以上、私がやるしかない。それに、もし黒服の子がはやてちゃんを捕捉したら私だけじゃあ対抗できない、なんとしても、皆を呼び戻さないと」
その手段はただ一つ、破壊の雷による強装結界の三箇所同時破壊。
それを行えば、おそらく60近いページが消費されることとなるだろう。なのはからの蒐集で埋まったページが20ページ程なので、ちょうどなのは3人分にあたる計算だ。
「でも、その前にはやてちゃんの安全を確認しないと、万が一武装局員が迫っていたら、先にはやてちゃんを逃がさないといけないし、すずかちゃんと一緒に図書館に行くとは言ってたけど―――」
闇の書を使う覚悟を決めつつ、シャマルは携帯電話で確認を取る。
武装局員がやってきている中、下手に魔法を使えば怪しんでくれと言っているようなものだ。次元転送のためには使わざるを得ないが、それははやてが近くにいないことが大前提。
はやてに武装局員らしき人物の区別などつかないだろうから、怪しい人間や普段見掛けない異人などが周囲にいないかどうかを確認する程度しか出来ないが、何もやらないよりはましである。
同刻 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館
「申し訳ありません、お嬢さん方、いやはや、私の歳をとったものだ。ここまでやってくるので精一杯で、階段を上るのは些かながら辛いものがあります、本当にありがとうございました」
「いいえ、気にしないでください、お爺さん」
「そうやって、困った時はお互いさまやし、私たち、というかわたしがエレベーターを使うついでやったから」
静かな空気が流れる図書館において、友達であるすずかと一緒に本を読んでいたはやては、一人の老人と出逢った。
図書館の二階に上がるには老人には厳しかったようで、エレベーターを探していたようであったが、そこを通りかかった二人がエレベーターまで案内したことがきっかけであった。
最初、すずかの車を運転しているお爺さんかと見違えたはやてであったが、よく見れば違うことに気付いた。
なんでそう思ったのかと改めて考えると、恰好もさることながら、このお爺さんが纏っている雰囲気が月村家に仕えている人達となんとなく似ていたのだ。
「えっと、お爺さんは、執事さんですか?」
「おや、よく分かりましたね。ええ、私はかれこれ45年ほど奥様に仕えさせていただいており、屋敷の中では最も古株になりますか」
「45年―――凄いですね」
すずかの驚きも当然である、流石に45年間も一つの家に仕え続けるというのは並大抵のことではない。
「ははは、そうたいしたことではありませんよ。私はあの屋敷で生まれ、あの屋敷で育ちました、私がお仕えしていた奥様のお母様、つまりは御先代様に頼まれたのです、私の娘を支えてやってほしいと、私はただ、その言葉を守り続けているに過ぎません」
「いやいや、それ十分凄いことやで」
「ですが、私がお仕えした奥様も半年程前にお亡くなりになり、御先代様と同じように、私に娘のことを頼むと言い残されました。まあ、私もけっこうな歳ですので、彼女が成人するまでという期間限定ではありますが、そこから先は流石に寿命が持つかどうか」
「えっと、じゃあ、今はその子に仕えていらっしゃるんですか?」
「ええ、そうなります。それに、奥様のご友人の方が後見人になってくださり、近いうちに養子にとりたいともおっしゃってくださっております。その方の御子息とお嬢様もとても仲が良く、兄妹のように過ごされておりますので、私としては一安心、といったところでしょうか」
「本当、よかったですね、なんか、全然関係あらへんのにわたしまで嬉しなってしまうわ」
「うん、わたしも」
そんな少女二人を、温和な笑みを浮かべながら老人は静かに観察する。
≪お嬢様、貴女は本当に良い友人に恵まれた。八神はやて、貴女もまた友人となってくださることを、願いましょう≫
そのような思考は一切表面に出ることなく、老人はただ初対面の執事として話し続ける。
とはいえ、そこに大した演技を必要としているわけではない。
彼はただ、数十年の昔、主の最初の娘の保育役を任された際の老執事の姿において、己の身の上話をしているに過ぎない。
彼が語った内容に一切の虚言はなく、彼は45年間、その家に仕え続けてきた。先代の頃に作られ、奥方に仕え続け、そして今は、御令嬢を見守っている。
「それらもろもろのこともあり、あの広い屋敷は奥様の思い出が残り過ぎておりますから、お嬢さまはつい先日、後見人の方の住居があるこの街へと引っ越されました。ただ、まだあまりこちらでの生活には慣れていらっしゃらないようですので、この街の郷土史料や観光案内など、それらを求めて私は図書館へ伺った次第です」
「なるほど、えっと、はやてちゃん、海鳴市の郷土史料ってどこらへんにあったかな?」
「確か、古文コーナーの向こうだったと思うで、ほら、この前“謎の巨大植物出現”なんていう雑誌が追加されてたとこや」
「あ、あれか」
「謎の巨大植物?」
老人が、聞きなれぬ単語に首を傾げる。
「えーと、半年前に出来た海鳴の都市伝説というかなんというか」
「あのですね、大きな動く植物とか、大型トラックほどもある子猫とか、何本もの尾を持つ祟り狐とか、人間ではあり得ない速度で動く疾風の剣士とか、ロケットパンチを撃つメイドロボとか、そういったオカルトな存在が海鳴には数多くいて、光の玉を持った魔法少女がそれを退治するとかいう話なんですけど」
「噂の出所もまるで分んないんですけど、いつの間にか存在していて、なぜか郷土史料のコーナーにそんな雑誌があるんです。いったい誰が置いたんやろ?」
「それは、何とも不思議な街ですね」
「不思議、というのは確かかもしれませんけど、でも、良い街ですよ」
自分の一族も少なからず不思議な存在であるが、それでも、海鳴は良い街であろうとすずかは思う。
「ええ、貴女方のような小さな淑女がそう思われるならば、きっとそうなのでしょう。その土地の価値を測るならば、子供の笑顔を見るべし、という言葉もございます」
「あ、あはは、そう言われるほどわたしは淑女ちゃいますよ、すずかちゃんならともかく」
「いえいえ、そんなことはありません。私がお仕えした奥様が過ごされた街は、大きく立派ではありましたが、子供が笑顔で歩けるとは言い難かった。多くの方々の必死の努力の末に、今では子供が笑顔で過ごせる街になりつつありますが」
「えっと、外国なんですか?」
「ええ、この国ではございません。後見人の方も度々向こうで仕事をなさいますので、お嬢様も中学卒業まではこちらで過ごす予定ですが、その後はまだ分かりません。こちらで過ごされるか、国へ戻られるか」
「お爺さんとしては、どう思ってるんですか?」
「私に意見はありません。全てはお嬢様がご自分で選ばれること、例えどのような選択であろうとも、私は影からお支えするのみです」
「そうですか………とにかく、案内しますね」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「………ん、着信や、ごめんすずかちゃん、ちょっと通話コーナー行ってくるから、お爺さんの案内、任せてえーか?」
「いいよ、シャマルさんから?」
「そうみたい、なんかあったんやろか」
そして、すずかと老人は郷土史料コーナーへ向かい、はやては通話コーナーへと。
「もしもし、シャマル?」
【あ、はやてちゃん、繋がりましたか】
「うん、どないしたん?」
【いえ、ちょっとシグナムやヴィータちゃんと連絡が取れなくて、探しに行こうと思うんですけど、はやてちゃんが一人でいるのが心配になって】
「そんなん、心配せんでええよ」
【ですけど、なんかこう、怪しい人とか、コスプレっぽい恰好で走り回ってるお兄さんとか、いませんでした?】
武装局員のバリアジャケットを日本風に表現するならば、それしかなかった。
「いたら逆に驚きやって、私が会ったのは、お爺さんだけや」
【お爺さん? ヴィータちゃんの知り合いですか?】
「あー、多分違うと思う。すずかちゃん家みたいなお屋敷に仕えてる人で、もう45年もずっと働いてるゆうてたから、ゲートボールはやってないと思うよ、こう、まさに老執事って感じや」
【そうですか………なら、安心ですね、しばらくはすずかちゃんとそのお爺さんと一緒にいてくださると、私も安心できます】
武装局員に限らず、次元航行部隊の局員は総じて若い。
その事実は守護騎士も知るところであり、それ故に、老人は警戒の範囲外であった。
まさか、艦隊司令官クラスの人間が海鳴の街を歩いているはずもなく、闇の書事件の中心となっている第97管理外世界ならば、一般の魔法関係の人間もあり得ない。
「ほんに、シャマルは心配性やね」
【すいません、性分なもので、それじゃあ】
それ故に、シャマルは現段階では主に危険はなく、一刻も早くシグナム、ヴィータ、ザフィーラを包囲から救出すべきと目的を定める。
そして―――
『近いうちに、結界破壊のための大規模な魔力爆撃が行われる可能性が極めて高くなりました。レイジングハート、貴女は高町なのはを守りなさい。バルディッシュ、貴女はフェイトの意思を優先なさい、フェイトの身はゴッキー、カメームシ、タガーメ、ムカーデに守らせます、アルフは防御に秀でていますから心配いりません』
時の庭園の中枢に座す管制機は、状況の変化を見極め、各地で戦うデバイス達に指令を飛ばしていた。
彼の本領は機械の管制にこそあり、直接戦う機能がない故に、サポートに特化している。
守護騎士包囲戦は、さらなる展開を迎えることとなる。
あとがき
今回新キャラ、謎の老人が登場しました。はやてとすずかの前に現れた彼の正体は、その目的とは?
察しの良い方ならばその正体に予測がつくとは思われますが、今はまだ秘密ということにしておきたいと思います。
なお、トールが時の庭園から遠隔操作できる魔導機械はかなりの数に上り、ヴォルケンリッター達を包囲しているオートスフィアや傀儡兵、サーチャーなどの機械らしいものほど簡単に操れますが、人間と同等の言語機能を有し、全く疑われないレベルのコミュニケーションがとれるものとなると、時の庭園外部ではせいぜい一体が限界となります。