Die Geschichte von Seelen der Wolken
Die Geschichte von Seelen der Wolken
第二十五話 交わらぬ想い
新歴65年 12月11日 時空管理局本局 無限書庫 AM10:14
「へぇー、器用なもんだねえ、それで中が分かるんだ」
「ええ、まあ」
無重力空間である無限書庫、その一角でミッドチルダ式の魔法陣の中心に座りながら、ユーノは解読のための術式を走らせる。
その数10冊、ある世界の聖人は同時に複数人との対話を可能としたというが、ユーノ・スクライアは相手が本ならば10冊との同時対話が可能であるらしい。
「しっかしまあ、君のマルチタスクも凄いねえ」
「その代わり、攻撃用の魔法とかは全然使えないんですけど」
「なーるほど、極端な特化型魔導師ってわけか、リンディさんもそういう感じだけど、君はその比じゃないね」
「そうなんですか?」
「長いこと武装隊の教育係をやってきたから、色んなタイプの魔導師を見てきたし、中には古代ベルカの固有スキルを持ってるのとかもいたりしたけど、君の珍しさはそれ以上だと思うよ。オーソドックスの典型のクロ助とは対極だ」
ユーノは攻撃系魔法全般がまるで使えない代わりに、補助系に異様に特化している。
クロノは、何の適性もなかった代わりに、あらゆる魔法を習得できる素質を持つ。
他人ではどんなに努力しようとも追い付けない天性の業を持つユーノは、どんなに努力しても攻撃魔法は身に着かない。
才能というものを何も持っていなかったクロノは、努力次第で固有スキルに分類される魔法以外ならばどんな術式であろうと習得することが可能。
二人はまさしく対極であり、教官経験が長いロッテにとっては実に面白い。
「あの………リーゼロッテさん達は、前回の闇の書事件を見てるんですよね」
「うん、ほんの11年前の事件だからね」
ちょうど話題にクロノが出てきたためか、ユーノは兼ねてから確認したかったことをロッテに聞いてみることにした模様。
「その………本当なんですか、その時に、クロノのお父さんが亡くなったって」
「………ほんとだよ、あたしとアリアは父様と一緒だったから、すぐ近くで見てた」
ロッテにとっても、その時の光景は忘れられない。
彼女の主、ギル・グレアムの人生が暗い影に包まれた忌まわしき事件。
あの時以来、彼女は己の主が心の底から笑顔を浮かべたところを見たことがない。
「封印中の闇の書を護送したクライド君が―――ああ、クロノのお父さんね」
「はい」
「クライド君が………護送艦と一緒に、沈んでいくとこ」
「アルカンシェル、ですか」
「うん………あれの発射権限を持っているのは、次元航行艦の艦長か、その上位の艦隊司令官だけ。間違って発射されないように、ファイアリングロックシステムで厳重に守られてるから、一番早く撃てるのは、上位者なんだ」
「それが………グレアム提督」
クロノは当時3歳、詳しいことなど覚えていないだろうし、リンディも忘れられることはないだろうが、それを過去のこととして割り切り、未来を向いて生きている。
リンディ・ハラオウンはギル・グレアムを恨んでなどいない。闇の書の暴走は彼の失態ではないと、クライド・ハラオウンの葬儀の時に、彼女はそう告げていた。
「現場のことなんて知らずに、ただ後ろで椅子にふんぞり返っているだけの奴らは、時空管理局にもいる。そういうの中には父様の失態だって騒ぐ輩もいたけど、11年前の闇の書事件に関わった人達は、誰も責めていない―――――だけど」
他でもない、ギル・グレアム自身が己を責め続けている。
クライド・ハラオウンの残る二番艦エスティアに、アルカンシェルを発射したのは彼自身、その重さは、他の誰にも理解は出来ない。
部下の死を看取ることと、その手で引き金を引くことはやはり違う。
ギル・グレアムの指示の結果、部下であるクライド・ハラオウンが死んだのではなく、ギル・グレアムが直接クライド・ハラオウンを殺したに等しい。
「父様は、ずっと自分を責めてる。闇の書事件を、止められなかったことを」
だからこそ、使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアは心を痛める。
11年間、主の心は常に闇の中にある。
ロストロギア―――“闇の書”
課せられた名の通り、その闇はギル・グレアムの心を常に覆い続けており、その闇を晴らす手段がいったいどこにあるのか。
「………すいません」
「いいよ、昔のことというのは確かだし。だけど、君はそれを―――」
「ええ、闇の書をキーワードに探索した結果、11年前の事件に関する報告書のコピーのようなものが出てきて」
「ふうん、おかしいな、11年前といったら、無限書庫は閉鎖されてたはずなんだけど………」
むしろ、それ以前の疑問。
すなわち―――
「そもそも、この無限書庫にデータを収めたのは、一体誰なんですか?」
「………」
ここが書庫である以上、データを編纂し、収めた者がいて然り。
ならば、それは誰か?
「リーゼロッテさん?」
「それが、分からないんだよね」
「分からない?」
「うん、無限書庫が作られたのは新歴になる前、時空管理局最高評議会の書記をやってる人が、初代の司書長として作り上げたとは伝わってるんだけど」
「だけど、彼がどこから無限書庫の書籍を集めたかは誰も知らない、ってことですか」
「一説には、世界の情報を自動的に蒐集するロストロギア、なんて言われてるくらい。でもまあ、おかしな話ではあるんだよ、ここでの捜索にはチームを組んで年単位であたるほどだって前に言ったよね」
「はい」
「でも、だったら書籍を収めるのにだってそのくらいの労力がかかるはずなんだけど、“無限書庫に情報を収めていく役職”は、どこにもないんだよ」
「じゃあ、この資料はいったいどこから………」
「………一箇所だけ、誰も業務内容を知らない部署がある、そこがやってるんじゃないかとは思うんだけど」
「それは―――」
「最高評議会直属の部署、通称“神秘部”。まあ、何をやってるか分からなくて、何を問い合わせても“最重要機密”なんて答えしか返ってこないことに対する揶揄を込めた通称だね。つまり、無限書庫の詳しいことは、最高評議会しか知らないんだ」
「えっと、それは僕が知っていいことなんでしょうか?」
「構わないって、最高評議会とは言っても、ほんと何をやってるか分からないし、地上部隊の人間なら存在自体を知らないのもたくさんいる。三提督が名誉職なら、最高評議会は偶像みたいなもの、本人に会ったことがあるのも、もう三提督くらいだし」
「はあ」
「ロッテ! いる!」
そこに、息を切らせて使い魔の片割れ、リーゼアリアが現れる。
「どしたの、アリア、そんなに急いで」
「エイミィから連絡があって、守護騎士が現れたそうなの、でも、リンディさんもクロノも今会議中だから身動きが取れない」
「そりゃ大変!」
「な、なのは達は!」
「武装局員が強壮結界で抑え込んで、その中で対峙してるみたい、それぞれ、一対一で」
「悪い、ユーノ君、あたしとアリアは向こうの様子を見に行くから、こっちはしばらく任せたよ」
「は、はい、分かりました。僕は闇の書の探索を続けます」
戦闘に特化しているわけではない自分よりも、百戦錬磨のリーゼ姉妹が行った方がよほど役に立つ。
それを理解している故に、ユーノ・スクライアは自分に出来ることを行う。
かつて、ただ一人でジュエルシードを封印するために向かい、一人の少女を巻き込んでしまった苦い経験は、彼の行動に思慮深さと現実というものを刻んでいた。
「なのは達を、お願いします、リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」
「任せて」
「間に合うかどうか微妙だけど、最善を尽くすよ」
新歴65年 12月11日 第84無人世界 (日本時間) AM10:20
『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』
炎の魔剣レヴァンティンが再び連結刃へと変形し、雷光の主従へと刃の鞭が襲いかかる。
『Load cartridge, Haken form.』
対抗すべく、閃光の戦斧バルディッシュもハーケンフォルムを取り、迫りくる刃を迎え撃つ。
「ハーケンセイバー!」
『Blitz rush.』
放たれる魔力刃がシグナムへ向かうと同時に、加速魔法ブリッツラッシュを用いてフェイトは高速機動を展開、シグナムの死角へと瞬時に移動する。
術者本人の高速機動の他、制御中の飛翔している弾体に加速をかけることも可能であることがブリッツラッシュ最大の特性であり、フェイトとバルディッシュが息を合わせることで、本人の高速機動と魔法弾加速は同時に行使できる。
「はあああ!」
『Haken slash.』
魔導師と知能持つデバイスによる連携攻撃。
純粋な処理性能ではストレージに劣るインテリジェントデバイスの真価がまさしく発揮されていた。
だがしかし―――
「ふっ!」
『Schlangebeisenangriff!(シュランゲバイセン・アングリフ)』
デバイスとのコンビネーションを真価とするのは、白の国の夜天の守護騎士とて同じこと。
「鞘!」
剣の騎士シグナムが鞘にシールドを纏わせて防御すると同時に、炎の魔剣レヴァンティンはフェイトの退路を塞ぐべく複雑な螺旋を紡ぎあげる。
「おおお!」
間髪いれずに放たれたシグナムの蹴りがフェイトを弾き飛ばし、彼女の身体は連結刃によって作られた茨の檻へと直進し―――
『Plasma lancer.(プラズマランサー)』
閃光の戦斧が放った射撃魔法によってベクトルを捻じ曲げ、刃の檻から無傷のままに脱出する。
「!?」
加えて、プラズマランサーは蹴りを放った体勢のままのシグナムへと直撃する。速射性を重視した故に直接的ダメージはないであろうが、与えた精神的ダメージは大きい。
『Assault form.(アサルトフォルム)』
大地に降り立ったフェイトは、バルディッシュを基本形態のアサルトフォルムへと戻し。
『Schwertform.(シュベルトフォルム)』
叩きつけられるように着地したシグナムもまた、レヴァンティンを基本形態であるシュベルトフォルムへ可変させる。
「プラズマ―――」
「飛竜―――――」
休むことなく、互いのデバイスよりカートリッジがロード。
フェイトはバルディッシュの補助を受けつつミッドチルダ式の魔法陣を展開し、シグナムはレヴァンティンを鞘に収め、足元にベルカ式魔法陣を展開、抜刀の体勢に入る。
「スマッシャー!」
「一閃!」
カートリッジロードによりバルディッシュが紡ぎ出す魔力を込め、最大射程を犠牲に威力と発射速度を高めた、雷光を伴う純粋魔力砲撃、プラズマスマッシャー。
鞘にレヴァンティンを収めた状態でカートリッジをロードし魔力を圧縮、シュランゲフォルムの鞭状連結刃に魔力を乗せ撃ち出す、砲撃クラスの射程とサイズを誇る極大の斬撃、飛竜一閃。
フェイトとシグナム、両者にとって中距離での決め技と呼べるそれらが砂漠にて激突し、その余波だけで傍のオアシスの水が一部蒸発していく。
「はあああああああ!」
「おおおおおおおお!」
その激突の結果を見届けることなく、上空にて両者のデバイスが交差する。
その間にもバルディッシュは砲撃を行ったアサルトフォルムから近接のハーケンフォルムへと変形しており、レヴァンティンもまた飛竜一閃のシュランゲフォルムから、剣の状態、シュベルトフォルムへと戻っていた。
高レベルの戦闘スキルを持つミッドチルダ魔導師と古代ベルカの騎士の戦い。
この戦闘で競われるのは個人の力量のみに非ず、デバイスとの連携こそが最大の要である。
「バルディッシュ!」
『Yes, sir!』
「レヴァンティン!」
『Jawohl!』
主の意図を汲み取り、いかなるタイミングで己の形態を変化させるか。
そして、変形の機会を読み間違えた方が、敗者として地に伏すこととなる。
フェイトとシグナムが互いに認め、ライバルのように感じているように、バルディッシュとレヴァンティンもまた、決して譲れぬ戦いの中にあった。
同刻 第87観測指定世界
「はあっ、はあっ」
「………」
シグナムとフェイトの知恵と戦術の限りを尽くした戦技の競い合いとは異なり、こちらは単調なぶつかり合いに終始していた。
元来、アルフもザフィーラも陸の獣であり、空戦は決して本領発揮の場とは呼べない。
クロスレンジでの格闘戦が両者の最大の持ち味である以上、地に足をつけての戦いでこそ、優劣というものは定まるはず。
<つっても、ここ、海の上だしね>
だが、第87観測指定世界はほとんど陸地が存在しない水の惑星。地球の異なる可能性の中には、そのような世界も当然の如く存在している。
<拳に迷いが感じられる、一気に攻めれば倒すことは出来るだろう――――だが>
とはいえ、アルフとザフィーラの条件が完全に五分というわけではない。
アルフの基本的にフェイトのサポートとして動くため、バリアやバインド破壊、空間転送などの補助系魔法も得意としており、クロスレンジでの格闘戦もフェイトが苦手とする足を止めての撃ち合いを代わりに行うためと言ってよい。
対して、盾の守護獣ザフィーラは、格闘戦による防衛戦を得意とした盾の騎士ローセスと、爪と牙による圧倒的速度と攻撃力を誇った賢狼ザフィーラが融合した存在。
鋼の軛に代表されるように、広域の攻撃能力や遠距離での攻撃手段においてザフィーラはアルフを凌駕しており、空戦であればその差はなおさら大きくなる。
「どうしたい、ずっと飛び回っての格闘戦なんて、アンタらしくないじゃないか」
「………」
しかし、ザフィーラはあえて鋼の軛は使わず、高速機動からの打撃戦に終始していた。
この場合、互いの交差する時にしか攻撃の機会はなく、格闘技能を発揮することもほとんど出来ない。
結果として、互いにスタミナと魔力を削り合うことになるが、アルフにとってはザフィーラと互角に渡り合う有効な戦術であるに違いない。
それでも陸戦魔導師から見れば十分高度な空戦なのだが、フェイトやシグナム、なのは、ヴィータのそれに比べればやはり劣っているのは事実。
<蒐集は―――出来んな>
倒すことは可能、蒐集しようと思えば、アルフからここでリンカーコアを奪うことは困難に非ず。
だが、その結果得られるものは新たな罪と、管理局からの敵対心のみ。
既になのはから蒐集を行っている以上、自分達が民間人を襲った罪人であることは違いないが、ザフィーラが見ているものは少し違う。
<仮に、闇の書が完成したとして、我らの罪が消えるわけでも、管理局の追跡がなくなるわけでもない。いずれは、主はやての下へ辿り着くだろう>
闇の書がどれほどの力を持とうと、個人では組織というものには敵わない。
そして、守護騎士が望むものは、主はやての幸せであり、管理局から逃げ続ける逃亡生活を強いるわけにはいかない。
ならば、どこかで自分達は捕まり、闇の書の蒐集に主が関与していなかったことを管理局に伝える必要がある。
<代償として、我々が消滅する可能性は高い、誰かに、主はやての後を託さねばならん>
四人の中でただ一人、ザフィーラは常に一歩引き、全体を見通すよう心がけている。
ヴィータは闇の書を完成させるために必死になって頑張っているが、可能ならば彼女一人くらいは主とともに助けられないだろうか。
それが、彼の偽らざる心。
<管理局は非道の組織ではない、例の黒服の指揮官も敵手ながら好感が持てる人物だった、そして、主戦力である彼女らはどこまでも真っすぐな心を持っている>
少なくとも、これは僥倖に違いない。
管理局とて人の組織である以上、ただ職務に従って事件を処理するだけの人物もいれば、自分の出世のために犯罪者を捕えようとする者もいるだろう。
だが、現在自分達を追っている者達は、人格的に信頼できる。古来より、ベルカの騎士達は刃を交わすことで相手と心を交わしてきた。
「一つ、問おう」
だからこそ、ザフィーラは問いを投げる。
「なんだい?」
「闇の書の蒐集は我らの意志、それは先に述べた通りだが、それを信じるならば、お前達の司令官は我らの主をどうする?」
「どうするって、目的が分かんない以上はどうしようもないよ、アンタらが違法行為をやってんのは事実なんだから」
「………ならば、仮に私が投降し、全ての事情を話したとすれば、闇の書の完成まで管理局が我らを見逃す可能性はあると思うか?」
「そりゃ、難しい質問だね」
「我々とて、管理局という組織の存在理念を完璧に理解しているわけではない。だからこそ、管理局と共に行動しているお前に問う、お前は正規の局員ではないのだろうが、だからこそ言えることもあるだろう」
「むうん」
空中で対峙し、油断なく構えながらも、アルフはマルチタスクを用いて熟考する。
二人の攻撃がクロスレンジに限られ、ザフィーラに遠距離攻撃を行う意思がない故に可能な、境界線での対話。
ある程度の距離が離れている以上、いきなり襲いかかることで不意を突くことは出来ない、その気があるなら、ザフィーラはとっくの昔に鋼の軛を使用していることだろう。
「見逃すのは、難しいと思うよ。けど、こっちでも闇の書そのものについての調査は進めてる。永久封印する方法が見つかるかはまだ分からないけど、アンタの主が闇の書の主でなくなれば、取りあえずの解決にはなるんじゃないかい」
アルフは、闇の書と管理局の戦いの歴史をそれほど知らず、ギル・グレアムやハラオウン家との因縁も把握していない。
だからこそ、公平な視線で判断することが出来る。むしろ、彼女の目から見れば、自分達がヴォルケンリッターと戦っていることの方に違和感を覚える程だ。
本当に、これでいいのか?
守護騎士を捕えることが、闇の書事件の解決になるのか?
管理局員として、犯罪者を捕えねばならないという義務を負ってないために、戦えば戦うほど、アルフにはそれが分からなくなった。
「我らの主が、闇の書の主でなくなる、か―――――――――確かに、それが可能ならば、我々が蒐集を行い理由もなくなるだろう」
「そりゃ、どういう」
「恐らく、お前達の指揮官はその可能性を考慮していることだろう、だが、我々が闇の書の守護騎士であり、民間人を襲った経緯がある以上、放置することは出来ない、つまりはそういうことだ」
「だけど、アンタらも退けない理由があるんだろ」
「闇の書の蒐集は、時間との戦い。今、我々は拘束されるわけにはいかぬ」
「ままならない、もんだね……」
管理局と守護騎士が相対している最大の理由は、社会システムそのもの。
治安維持機構であるが故に、個人的な心情はどうあれ、アースラは守護騎士を追わねばならない。
守護騎士もまた、時間が限られている現状では捕まることは許容できない。
「お前の主がどうかは分からんが、シグナムはそれを悟っているからこそ、全力で戦っているのだろう。私も含め、基本的にベルカの騎士とは融通が利かぬ、特に主が絡むならばなおさらにな」
「心情的には戦いたくないけど、立場上、戦わないといけない。だからこそ、お互いに悔いなく、手加減せずに全力でやりあおうってわけかい」
「それが、シグナムの騎士道だ。あれは死ぬまで、いや、死んでも変わらん」
その言葉には、呆れなのか誇りなのか、判断に迷うニュアンスが含まれる。
法の概念も、罪の概念も、昔に比べ遙かに複雑になっており、執務官という役職はその具現。
それに比べ、中世ベルカの騎士達は随分とシンプル極まりなく、その価値観の違いが、自分達がぶつかり合う理由なのかもしれない。
「じゃあ、結局」
「少なくとも今は、戦うより他はない。もしお前達が闇の書の主を、主でなくする方法を見つけ出したならば、話は違うかもしれん」
そして、再び拳を構える盾の守護獣。
「………そうかい、残念だよ」
世界は、ままならない、歯車が噛み合っていない。
あと少しで分かり合えるようなのに、ピースが足りていないのか、戦う以外の選択肢が見つからない。
<トール、あんたがずっと動かないのは、ひょっとして………>
こうなることが、分かっていたから?
守護騎士を捕えても、闇の書事件が解決しないと判断したから、闇の書のページを減らすなんていう作戦を提案したのか?
<問いただしても、どうせのらりくらりと躱されるだけだろうし、まったく、ややこしいったらありゃしない、そもそも考えるのはあたしの領分じゃないってのに>
どういう因果で、戦闘要員のはずの自分がこんなに悩まなくてはならないのか。
世界の理不尽を恨みながら、アルフは強壮結界が破られるまで、ザフィーラと意味のない戦いを続ける覚悟を固めていた。
同刻 第95観測指定世界
「アクセルシューター、シュート!」
『Accel Shooter.』
「グラーフアイゼン!」
『Explosion!』
三局の戦いの最後の一つ、ミッドチルダ式砲撃魔導師と、古代ベルカの騎士による遠距離戦。
順当に考えれば、圧倒的になのはが有利であるはず、強大な個人戦闘力を有する代わりに、魔力を身体から離す、遠くへ撃ち出すことを苦手とするのがベルカ式。
「つえらああああああああああ!!」
ただし、魔力によって自身の身体と武器を強化することは、ベルカ式の得意とするところ。相手に攻撃は届かずとも、迫りくる誘導弾を直接叩き落とすことは十分可能。
「あれが、ヴィータちゃんのフルドライブ」
『Yes,master.』
ヴィータのグラーフアイゼンには非殺傷設定は存在せず、フルドライブ状態で直接なのはに攻撃するわけにはいかない。
「でも、こっちの攻撃を防ぐ用途になら、遠慮なく使えるんだね」
なのはが遠距離戦を主体とするミッドチルダ式魔導師であるために、可能なこともある。
フェイトやアルフが相手ならば難しいが、ヴィータから近付かない限りなのはが接近戦を挑んでくることはない。つまり、ヴィータが守勢に徹するならば、フルドライブを用いた迎撃も可能となる。
「今度はこっちの番だ!」
『Kometfliegen!(コメートフリーゲン)』
そして、ただ耐え忍ぶ戦いを良しとする精神を、鉄鎚の騎士ヴィータは持ち合わせていない。
最初のディバインバスター・エクステンションによって浅くないダメージを負わされた身である。このままで終わってはベルカの騎士の名が廃るというものだ。
「うらああああああ!」
古代ベルカ式では珍しく、ヴィータは誘導弾の管制を得意とし、魔力を身体から離して運用することを苦手としていない。
だが、それ言うなら夜天の守護騎士ほぼ全員に当てはまり、早い話が、ヴォルケンリッターを常識で図ることこそが危険ということだろう。
「鉄球―――それも大きい!」
通常形態、ハンマーフォルムから繰り出されるシュワルベフリーゲンと異なり、コメートフリーゲンは自身の頭より巨大な鉄球に真紅の魔力光をまとわせ、 ギガントフォルムのヘッドで撃ち出す。
『Axelfin.』
しかしその分軌道は読みやすい、威力は高くともクロノのスナイプショットなどに比べれば躱しやすく、高威力の攻撃も中らなければ意味はない。
レイジングアートがアクセルフィンを起動させ、なのははコメートフリーゲンの射線から身を躱し―――
「甘えよ!」
その瞬間、巨大な鉄球が爆散し、通常サイズの鉄球が全方向に飛び散った。
「これは―――!」
『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』
なのはとレイジングハートが即座にバリアを形成、迫りくる鉄球を悉く受けとめる。
「この隙に―――」
自らの放った鉄球が牽制として効果を発揮したのを確認し、ヴィータは離脱を図るも―――
「ディバイン――――」
『Buster mode. (バスターモード)』
騎代の砲撃魔導師、高町なのはと、魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオン。
この二人の射程から逃げきることは容易ではなく、下手な対応をとれば撃墜の運命が待っていることを最初の一撃でヴィータは思い知らされていた。
「ちっくしょ!」
舌打ちしつつもヴィータは立ち止まり、一旦ハンマーフォルムにグラーフアイゼンを戻し、構える。
フェイトとシグナムの戦いと同様、こちらもまた目まぐるしくデバイスが形状を変化させ、互いに隙を狙いあう。
レイジングハートは通常形態のアクセルモードと遠距離砲撃のバスターモードを使い分け、ヴィータを間合いから逃さず、詰めさせない。
グラーフアイゼンもまた、誘導弾の制御に適したハンマーフォルムと、強大な砲撃を凌ぎうるギガントフォルムを使い分け、状況の不利を戦術で補う。
<あいつ、随分戦い方が上手くなってやがる>
そして、ヴィータがなのはに対して抱く想いは、シグナムのフェイトに対する評価とほぼ同様であった。
自分の攻撃を中てることに拘らず、ヴィータと強壮結界との距離や、グラーフアイゼンの形態を見据えながら最適な魔法を選択し、デバイス形態を切り替える。
無論、インテリジェントデバイスであるレイジングハートの補助があってこその芸当ではあるが、主従の連携そのものが以前に比べ格段に進歩している。
『Let's shoot it.(撃って下さい)』
かつて、鉄の伯爵グラーフアイゼンに砕かれ、主を守り切れなかった魔導師の杖、レイジングハート。
研鑽を積み、強くなったのはなのはだけではない、彼女もまた、今度こそ主を守り抜く覚悟を持ってこの戦いに臨んでいる。
「バスターーーー!」
放たれる砲撃は既に何度目か。
その度に数発のカートリッジが消費され、膨大な魔力が強壮結界内部に散布される。
「ラケーテン―――」
『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』
そして、ここに至り、ヴィータもまた覚悟を決めた。
これまで使用しなかった、グラーフアイゼンの第二形態、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。
「ハンマーーーーー!!」
『Explosion!』
その推進力を利用し、ディバインバスターを回避、その勢いのままになのはへと突撃を敢行する鉄鎚の騎士。
一度ラケーテンフォルムに変形してしまえば、ギガントフォルムを取るのにハンマーフォルムを経由しなければならず、カートリッジの予備はまだあるものの、強壮結界から出ることが厳しくなってしまう。
ラケーテンフォルムはまさしく、相手を撃ち砕くという意思の具現であり、ヴィータが結界からの逃走よりも、なのはをここで倒すことを選んだ証。
だが―――
「行くよ、レイジングハート!」
『Yes,my master!』
それこそ、高町なのはが待ち臨んだ瞬間。
「―――何!」
その光景に、ヴィータは驚愕せずにはいられない。
なのはは、一切の回避行動も迎撃も行わず、重量挙げの棒の如くレイジングハートを構え、真正面からヴィータの攻撃を受けとめていた。
『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』
レイジングハートが強固なバリアを形成する中、なのはは真っ直ぐな目をした少女へと、己の意志を示す。
「ヴィータちゃん、わたしは貴女と戦うために来たわけじゃない!」
「あんだって!」
「こうでもしないと、きっとヴィータちゃんは逃げちゃうだろうから!」
「お前、正気か!」
貴女と、話したい。
ただそれだけのために、殺傷設定で繰り出される鉄鎚の騎士のラケーテンハンマーを真っ向から受け止める。
それを、高町なのはは微塵も躊躇することなく実行していた。
「この前、わたしは古代ベルカの騎士の人に訓練してもらったの、ヴィータちゃんと戦うために」
「―――やっぱりそうか」
「それで、理解したんだよ、騎士の人達は、デバイスに色んな想いを込めて、戦ってるんだって」
「………」
「ゼストさんに比べて、私の魔法は軽かった。どんなに威力の高い砲撃でも、あの人は真っ直ぐ進んできて、真っ二つにしちゃうの」
ゼスト・グランガイツの一撃は、速く、鋭く、重い。
そのデバイス、ベイオウルフも複雑な変形機構は持たないが、その全てが必殺の一撃であり、蓄積された戦闘経験とその重みは、彼女の魔法を容易に切り裂いた。
「そりゃ、とんでもねえ化けもんだなあ」
「ミッドチルダの街を守るために、ゼストさんのベイオウルフの刃はある。ヴィータちゃんのグラーフアイゼンはきっと、闇の書の主さんのためにある。じゃあ、私のレイジングハートは誰のために」
「手前のためじゃ、いけねえのかよ」
「そうあって欲しいけど、それだけじゃだめなの! わたしの手はまだまだ小さいけど、きっと、誰かの手を握れるから!」
「ぎ、ぐぐ」
なのはの意志に応え、レイジングハートがカートリッジをロード、破られかけていたバリアが輝きを取り戻す。
「だから、私はここにいる! わたしはヴィータちゃんとお話がしたい、ヴィータちゃんの手を握りたい! 貴女がどれだけ大変かは分からないけど、それでも、いつか分かり合えるよ!」
「それで………受け止めたってのか、下手すりゃ死ぬってのに」
「うん、ヴィータちゃんと、グラーフアイゼンを信じてるから」
「アイゼンを?」
ヴィータにとっては、完全に予想外のその言葉。
「トールさんが言ってたよ、例え、闇の書が破壊を命じても、騎士の魂は主が望まない殺人はさせないって。どこまでも主の願いを叶えるために機能する、それがデバイスだって」
守護騎士が自分の意志で行動していようとも、それはプログラムに縛られたものとなる。
しかし、ヴォルケンリッターが己の意志を持っている以上、騎士の魂たる彼らは、決してそれを裏切らない。
鉄の伯爵、グラーフアイゼンは鉄鎚の騎士ヴィータのためにのみ存在する。断じて、闇の書の意志などに従っているわけではない。
夜天の騎士達が、八神はやてという少女を仕えるべき主と定め、そのために戦っているからこそ、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントはその意志に応える。
仕えるに値しない闇の書の主、その命のままに破壊と蒐集を続けるだけの闇の騎士の傍らにある時、彼らは沈黙していた。
自らの意志を持ち、主のために戦う騎士達をこそ、己の担い手、夜天の守護騎士と認めるが故に。
「だから、私達はきっと分かり合えるよ、その子がヴィータちゃんを信じているんだから、私も、レイジングハートも、ヴィータちゃんを信じられる!」
「―――!?」
「今はまだ無理かもしれないけど、いつか教えて! 闇の書の蒐集を続ける理由を! そんなに必死になって、頑張り続けるそのわけを!」
「つ、あああ!」
ヴィータの身体を突き抜けたのは、カートリッジの過剰使用による反動か、それとも、別の何かか。
それが何であるか分からぬまま、彼女は魔力を炸裂させ、なのはから距離をとっていた。
「はあっ、はあっ」
だが、装填してあったカートリッジを使いきり、空になった弾倉に補給することもなく、なのはを見据え続けているのは、ヴィータの動揺の証であろう。
「わたしは、ヴィータちゃんに傷ついてほしくないよ、当然、他の皆も」
なのはは、真っ直ぐにヴィータを見つめる。
ヴィータ以上に、その身体は満身創痍。
カートリッジ過剰使用の砲撃を繰り返し、彼女自身に残されていた魔力も、ラケーテンハンマーを止めたことによりほとんど底をついた。
だが、そんなことは気にすることでもないと言わんばかりに、ボロボロの身体で、なのははヴィータに問いかける。
自分の心を偽らず、ありふれた言葉でいいから、真っ直ぐに伝えることが出来れば、きっと最初の一歩を踏み出せるはずだと、信じているから。
「ヴィータちゃんは、どうなの?」
「あたしは………」
その言葉に、何を返す、何と返せば良い?
それが、彼女にはまだ分からぬまま―――
定められた、別れのプロローグがやってくる。
紡がれようとしている絆を引き裂くように、闇に堕ちた魔導書が放つ、破壊の雷が、顕現しようとしていた。
あとがき
現代編も、徐々に佳境へと向かいつつあります。過去編では守護騎士達の原初の姿と騎士道の在り方、そして、夜天の魔導書に託された想いを描きたく、現代編では少女達の純粋な想いを中核にしたいと思っています。
“闇の書”は人間社会の闇の象徴とも呼べるロストロギア、だからこそ、その呪われた因果を打ち破れるのは人と人との絆であり、希望を信じることが出来る純粋な願いではないかと思います。原作においても、その鍵ははやてとリインフォースの絆であり、闇の書の夢の中で幻想の家族と現実の友達の狭間で涙するフェイトの想い、そして、決して諦めないなのはの不屈の心でした。
なんといっても、私はパッピーエンドが大好きで、なのは達の守護騎士達は幸せに笑いあって欲しいと思っています。闇の書の過去の被害者のことなど、重い話題もありますが、私の作品ではその辺りはあまり触れずに行く予定です。StSにおける数の子達も同様で、vividのように皆仲良く笑い合うのが一番だと思います。
そろそろ中盤も終わり、物語は収束の時へと進んでいきます、それではまた。