Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


序章  前編   それは、小さな願い




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋





 我は闇の書


 時を超えて世界をゆき、様々な主の手を渡る、旅する魔道書


 かつての姿、今はもはやなく


時の移ろうまま、終わること無き輪廻を繰り返す




 だが、しかし




 此度の明けは、これまでとは少々異なるようである


 これまで―――それは、いったいどれだけの時を指す言葉であったか、それすら最早定かではない


 長き時、我は闇の書を守護せし者らと共に旅を続けてきたが、その始まりは既に忘却の彼方


 闇の書そのものである我にすら、原初の姿も、託されし想いも知ること叶わず




 だが、それでも



 「ん………」



 此度の主は、我にとって――――




 「あー、おはよーさんやー」




 特別な、存在であることは疑いない














新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン



 「♪〜〜〜〜」



 キッチンにて料理を行う主を、私は隣りで浮遊せしまま、観察を続ける


 この主の元で封を解かれてより早数か月


 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない


 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかった…………



 いなかった?



 それはいなかったのではなく、蒐集を行わなかったがために、リンカーコアを■■■■■■





 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動




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 この主の元で封を解かれてより早数か月


 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない


 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかったことから考えても、これは珍しいと称すべき事柄である



 「なんや、闇の書」


 我がもたらすとされる大いなる力を求めず


 「そんなとこで見とったら水がはねて汚れるでー」


 我と守護騎士の主たる責からも逃走しない


 これは我が永き生のうちにて、少なくとも我に『闇の書』の名が冠せられてからは初めてのことである




 「おはよう、はやてちゃん」


 ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマル


 「おはようございます」


 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム


 「シャマル、シグナム、おはよー♪」



 我は主へ挨拶をする機能をもたない


 それを成せる彼女らが、僅かながら羨ましくもある



 「…闇の書を連れて、お散歩ですか?」


 「そー見えるかー?」


 散歩…………傍目にはそう映るものなのであろうか


 「なんや今朝はついてきてまうんよ、どないしたんやろ」



 言葉と共に書をつつかれる主


 現身を得ない現在においては我に感覚と呼べるものは存在しないため、我がその感触を知ることはない


 ただ、もし主と触れ合える日が来たならば、そんな埒もない望みがかなったならば


 それは、何と夢のような光景――――



 「闇の書も、はやてちゃんのことが好きになったのかしら」


 「あはは…そーなんかー?」



 少なくとも、その輝くような笑顔を見たならば、主のことを嫌うことが出来る者など、皆無であると我は思考する



 「ともあれ、お料理の邪魔になってはいけません、私が預かりましょう」


 「汚れたらあかんしな、ええか? 闇の書」



 主の邪魔を成すことは我の本懐ではないため、将の言葉に従い、移動を開始



 「えーみたいやね」


 「はい」




 「たっだいま〜っ!」


 「ただいま戻りました」


 ヴォルケンリッターが鉄鎚の騎士ヴィータと、盾の守護獣ザフィーラ。


 散歩に出ていた二人が戻り、守護騎士全員が揃う。




 我が一部にして、我と主の剣にして盾、守護騎士ヴォルケンリッター


 一騎当千の戦騎、烈火の将シグナムと紅の鉄騎ヴィータ


 それを後方より支えし、風の癒し手シャマルと不落の防壁ザフィーラ


 この四騎より構成される戦闘集団であり、古代ベルカの戦術を現在まで保持する継承者でもある




 「しかしどうした? お前も主はやてが心配か」


 主のことを気にかけしは、傍に侍る近衛騎士が役目の一つ


 「確かに主のお身体は不自由だが、年に似合わずしっかりした方だ」


 中でも将は、その筆頭


 「我等も随時お守りしている。心配はいらないぞ」


 その言葉に偽りがあるはずもなく、我はそれを肯定せしも、頁が埋まらぬこの状態では我が意思具現化の術はなく



 だが、どうやら騎士達はこの生活が気に入っているようである


 様々な主の元での様々な戦い


 命じられるまま我の完成のため頁を蒐集し


 戦う力を振るうのみの日々


 我もこの子らもそれをただ受け入れ


 永き時を過ごしてきたが


 この子らがこのような幸福な日々を受け入れ


 さらに喜んでいる様子であるという事実は


 我にとっては小さな驚きである



 「ほらヴィータ、ご飯つぶついとるで」


 「ん……ありがとはやて」



 主の器か、子供らしい素直な愛情故なのか


 いずれにせよ、騎士達はこの年若き主をいたく気に入っているようである




 この輝かしき日々があるのも、全ては主があればこそ


 将が述べし、“主は我々にとって光の天使である”という言葉に、我も賛同する。




 ≪主はやて≫


 ≪ん?≫


 ≪本当に良いのですか?≫



 守護騎士の顕現より二カ月、今より一月ほど前のことは、忘れ難きものである



 ≪何がや?≫


 ≪闇の書のことです。貴女の命あらば、我々はすぐにでもページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。……………この足も、治るはずですよ≫


 ≪あかんって、闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ≫



 その言葉は将にとっても驚きであったようだが、我にとっても同様



 ≪そんなんはあかん、自分の身勝手で、人様に迷惑をかけるのは良くない≫



 どれほど成熟せし魔道師であっても、古代ベルカの叡智をその身に宿す賢者であっても、その心を持つことは容易ではない。いや、力とは全く無関係のものであろう



 ≪わたしは、いまのままでも十分幸せや≫



 人の欲望、破壊衝動、心の闇、それこそが、我を“闇の書”と呼ばせし由縁


 だが、此度の主はその対極におられる。


 凪のように穏やかなその心は、戦いに疲れし騎士達の魂を、優しき温もりとともに、労わるように包み込む


 歴代の闇の書の主において、守護騎士を“家族”として扱ったのも、今の主のみ



 ≪父さん母さんは、もうお星さまやけど、遺産の管理とかは、おじさんがちゃんとしてくれてる≫


 ≪お父上のご友人、でしたか≫


 ≪うん、おかげで生活に困ることもないし…………それに何より、今は皆がおるからな≫



 主にとっては、家族との絆こそが、何よりの宝



 ≪はやてっ≫


 ≪ん? どないしたん、ヴィータ≫


 ≪冷蔵庫のアイス、食べていい?≫


 ≪お前、夕飯をあれだけ食べてまだ食うのか≫



 そのような他愛無い家族としてのやり取りこそが、宝石の輝きを持つ



 ≪うっせーな、育ち盛りなんだよ! はやての飯はギガうまだしな≫


 そう、ヴィータは育ち盛り


 なにせ、彼女が騎士となったのは、まだ………



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 守護騎士の年齢設定の中でも、彼女はとりわけ幼い


 その言葉は、完全な虚言というわけではないだろう



 ≪しゃーないなー、ちょっとだけやで≫


 ≪おうっ!≫


 ≪ふふっ≫



 嬉しそうに駆けてゆくヴィータを、主は微笑ましそうに見つめている



 ≪なあ、シグナム≫


 ≪はい≫


 ≪シグナムは皆のリーダーやから、約束してな≫


 ≪何をでしょう≫


 ≪現マスター八神はやては、闇の書にはなんも望みない。わたしがマスターでいる間は、闇の書の蒐集のことは忘れてて、皆のお仕事は、家で仲良く皆で暮らすこと、それだけや≫


 ≪………≫



 その望みは、我にとっては悲しむべきことであるのかもしれない



 ≪約束できる?≫


 だが


 ≪誓います。騎士の剣、我が魂、レヴァンティンに懸けて≫



 我もまた、将と同じ願いを持つ。




 故に――――





 「ほんなら、行ってきまーす」


 「図書館まで行ってくる!」


 「はい、お気を付けて、ヴィータ、主はやてのことを頼むぞ」


 「応よ、まっかせな」



 主とヴィータを見送る将とシャマル



 「闇の書はついていっちゃったの?」


 「ああ、主はやてがついてきて良いと許可された。勝手に浮いたり飛んだりしないのが条件だそうだ」



 例え近くにあらずとも、守護騎士は我の一部、その状態を我は知る



 「ね……闇の書の管制人格の起動って、蒐集が400ページを超えてからだっけ?」


 「それと、主の承認がいる。つまり、主はやてが我らが主である限り、私達や主はやてが管制人格と会うことはないだろうな」


 そのことに、我も異存なし


 「そうね、はやてちゃんは闇の書の蒐集も完成も望んでいないし」


 僅かな無念はあるが、主のことを思うならば、黙殺すべき事柄である


 「それが分かるから、あの子も寂しいのかしら?」


 「どうだろうな、ただ、主はやてには管制人格のことは伏せておかないとな、きっと気に病まれる」


 我と守護騎士は一心同体


 「うん、あの子もきっと分かってくれるし」



 例え、意思の具現の術はなくとも、守護騎士には我の意思は伝わっているようである




 だが――――






新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「んん……今日もえー天気やなー」


 「だね」



 騎士達の願いも



 「はやて、日傘差そうか?」


 「あー、そやね、おーきになー」



 主の願いも



 「そやけどヴィータ、図書館は退屈とちゃうか?」


 「別にぃ」




 我の願いも



 「はやてがいなきゃ、家だってどこだって退屈だもん」


 「うーん、ほんならヴィータの楽しいこと何か探してあげななー」


 「いいよそんなの、あたしははやてがマスターでいてくれるだけで嬉しいんだから」


 「わたしも、ヴィータ達と一緒に暮らせるの嬉しいよ」



 叶うことは、ない



 「わたしの周りは危険もないからみんなが戦うこともないし、闇の書のページも集めんでええ、皆で仲良く暮らしていけたら、それが一番や」



 そんな、小さな願いさえも



 「せやからわたしがマスターでいる間は、騎士としてのみんなのお仕事はお休みや」


 「……闇の書のマスターは、これからもずっとはやてだよ」



 闇の書たる我は、叶える術を持たない



 「あたし達のマスターも、ずっとずっとはやてだよ」


 「んん、そーやったらええなー……………」











 我は闇の書


 かつての姿と名、今はもはや無く


 遠からず時は動きだしてしまう


 そうなった時、我が騎士達や我が主は――――




 我を呪うだろうか




 此度はいったいどのような形で我は目覚め、力を振るうのだろうか


 そして誰がどのようにして、我と主を破壊するのだろうか


 願わくばその時が


 たとえ僅かでも先に延びるよう祈るばかり




 我は闇の書




 破滅か再生かいずれにせよ


 我はただその時を待つばかりなり





 しかし――――




 八神はやて




 その名を、初めて聞く気がしないのは、なぜであろうか


 歴代の主の中に、似たような名前の持ち主がいたのか?


 いや、この世界は我が知るものではない


 遙かに永き旅において、この地は初めて流れつく場所であるはず


 なのに――――




我は、その名に想いを馳せる



 八神はやて



 懐かしい、いや、違う…………待ち焦がれた?




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 ≪すま■い≫



 時に



 ≪君■託す≫



 湧き起こる



 ≪申し訳■い≫



 この



 ≪私■、■えても構わない≫



 記録は



 ≪どうか、■■らを………≫



 いったい




 ≪最■の■■の主≫



 誰のもの



 ≪八■………は■て≫





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 欠けた、記録の残滓が霞んでいく


 古き想いは、新しき幸せに覆われ、遙か忘却の彼方へと


 絆の物語は未だ開けず、闇の書の主と守護騎士、そして、管制人格はただ穏やかなる時を過ごす


 しかし、運命の輪は回り出し、徐々にピースは埋まっていく




 禁断の魔道書を巡る戦いの日々



 その序章へ向けて、時は確かに刻まれてゆく


 時計の針が回り始めたのは、果たして何時のことであったか


 それを知るのは、既に彼らのみであろう


 受け継がれし記録が古き機械仕掛けへと伝わる時、運命のピースは嵌り、大数式のパラメータが満ちる


 そこに描かれしは、解なき闇に覆われし絶望か


 はたまた―――――解き明かされた数式が紡ぎ出す、希望の光か





 さあ、時計の針を進めよう












あとがき
 今回はやや短めとなりました。シーンの大半はコミック版のA’S編のもので、まだ祝福の風という名を授かっていない闇の書の管制人格が主と騎士達を想う場面です。この話は原作の会話と本作品独自の過去編の要素を織り交ぜる形となっていますので、A’S編のかなり根幹に関わる伏線もあったりします。
そして、再構成のために原作を見直す、もしくはコミックを読むたびに、A’S編の完成度の高さを再認識する毎日です。(インターンシップの最中だと言うのに毎日書いているのもどうかと思うのですが)
 3月は研究発表やら、寮部屋の引っ越しやらで忙しくなり、あまり執筆の時間を取れそうもないため、2月中に出来る限り書きためておきたいと思っております。
 粗い部分が多い稚作ですが、愛着もあるので、可能な限り突っ走る所存であります。それではまた。




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