Die Geschichte von Seelen der Wolken
Die Geschichte von Seelen der Wolken
第二十六話 恐怖の再来
新歴65年 12月11日 第84無人世界 (日本時間) AM10:30
「はあっ、はあっ、はあっ」
最早幾度めの交錯か判断できぬほど刃を交わした、閃光の戦斧バルディッシュと炎の魔剣レヴァンティン。
古代ベルカの剣技を振るう烈火の将シグナムといえど、流石に疲労の影が色濃い。
<ここに来て、なお速い、目で追えない攻撃が出てきた――――早めに決めないと、まずいな>
如何に高速で動く相手とはいえ、10分以上も戦っていれば目が慣れてくる。
にもかかわらず、ここにきて目で追えなくなりつつあるということは、フェイトが複雑な緩急を織り交ぜていることもあるが、何よりも―――
『反応速度、上昇しています』
彼女の速度の上限が、変化しているという事実を示している。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
フェイトの疲労も、シグナムに劣らぬどころか、むしろこちらの方が濃い。
バルディッシュも全力で彼女のサポートに回ってはいたが、未だ9歳というどうしようもない事実は覆しようがなく、どんなに強くとも、スタミナの最大許容量がシグナムに比べ劣っている。
膨大な魔力量によって何とか誤魔化してはいるが、肝心の体力が底をつけばそれまで、魔力で速度を上げようとも、武器を振れなくなれば運命はただ一つ。
<強い、クロスレンジも、ミドルレンジも、圧倒されっぱなしだ―――――まともにくらったら、叩き潰される、今はスピードで誤魔化してるだけ>
ソニックフォームほどではないが、フェイトはバリアジャケットの出力をやや下げ、速度の向上に充てている。
シグナムの放つ斬撃は強力極まりなく、まともくらえば大ダメージは避けられない。
つまり、攻撃を受け止めるよりも速度をあげ、的確に捌く方が危険が少ないという判断であったが、これまでのところは功を奏している。
『限界は、近いかと』
その巧妙極まりない調整を行っているのがバルディッシュであるが、そのトリックも既に限界。
持久戦は、フェイトにとって不利、その見解は彼女にとっても同様であった。
「………」
「………」
両者無言のまま対峙が続く。
このまま惰性に任せて戦うよりも、ここで戦局を変える一手を打つべきという判断は共に同じ、どの札を切るべきかで互いに戦闘思考を最終段階へと進めつつある。
<しかし、これほどの速度を誇る使い手との戦いとなれば、シュトゥルムファルケンの速度でなければ厳しい、だが、フルドライブは―――>
相手を殺すつもりで放つならば、シグナムの決め技はボーゲンフォルムからのシュトゥルムファルケン。
(最後は一発、全力で行こうかい!)
(ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!)
(( Grenzpunkt freilassen! フルドライブ・スタート ))
遠い昔、中世ベルカの時代であれば、試合ですら烈火の将と雷鳴の騎士は互いに全力の一撃をぶつけ合っていたが―――
<厳しいな>
八神はやてを主とする今の彼女にとっては、実戦であっても人に放つことは不可能。
時代は中世のベルカではなく、対峙する敵手は騎士ではない。
相手を殺すことが前提の、狂った条理は必要とされてはいないのだ。
<やるしかないかな、ソニックフォーム、だけど、結局はわたしの斬撃でシグナムを仕留めることが出来なきゃだめで――――あれ?>
そして、過去の思い出へと心を旅立たせていたのは、フェイトも同様。
<ええっと、相手の防御が優れている時は―――>
シグナムの防御、パンツアーガイストは全方位からの攻撃にも対処可能であり、全開出力ならばプラズマスマッシャーをも防いで見せた。
この時点で、シグナムに対して有効な射撃魔法がほとんど封じられたに等しい、サンダーブレイドも初見では通じたものの二度目は通じず、プラズマザンバーブレイカーは威力は最高だが隙が多すぎる。
故に、フェイトは防御を捨てて速度を向上させ、接近戦に勝機を見出そうとしていたのだが―――
(いいですか、フェイト)
彼女に、戦い方を教えてくれた優しい女性の思い出が
(スピード、鋭さ、威力、攻撃面に関してならば貴女はもう一流の域でしょう)
強敵との戦いで、極度の集中状態にあるはずの精神に、浮かび上がる。
(それは素晴らしいことですが、攻撃スキルにはまだ「その上」があったりします。例えば、最大威力の接射砲も通らない程の高い防御技術や強靭さ、そんなスキルを持つ相手にはどう対処すればよいでしょう?)
<うん、まさに、シグナムはそう、砲撃ですら通じなくて、防御技術が圧倒的に高い>
蘇る思い出の中、教師からの問いに、アルフが真っ先に応えて
(はいはいはい! 超全力でぶっとばす!)
(はい、駄目ですね。人の話を聞きなさい、それが通じない時の話をしてるんです)
<そう、だから、そんな相手と戦う時は―――>
フェイトは記憶を辿る。強力な防御技術、何よりも自分より格上の相手を倒すための方法は―――
(相手を、交渉の場に引きずり込むのです。特に、人質などがとれれば、最高と言ってよいでしょう)
<違う違う違う、これじゃない>
どういうわけか、悪逆無道の機械仕掛けが出てきた。やや、記憶の迷路に迷い込みつつある模様。
(ああー、あれだろ、諦める、これっきゃないね、もしくは土下座とか)
<だからこれでもないって、何人いるのトール――――あ、でも、そんなトールをバインドで磔にして、リニスが滅多打ちにしていた魔法が>
変な経路を辿ることにはなったが、フェイトは正解の記憶へと辿り着く。
(圧縮魔力刃で切り裂く、うんと大きくて強い刃で!)
(それもいいですね、フェイトの手足がもう少し伸びたら、そっちが主力になるかもしれません)
<だけど、それは不正解、まだ私は小さいから>
(ただ、そんな大きな魔力刃を振り回すには、フェイトはまだ小さいですからね、「今の貴女にできること」で)
バルディッシュ・アサルトのフルドライブ、ザンバーフォーム。
強大かつ、高密度の魔力刃であるそれならば、シグナムの防御も突破できる。
だがしかし、かつてリニスが述べたように、ジェットザンバーなどの巨大な刃を振り回すには、9歳のフェイトはまだ小さい。対人戦で可能となるには、あと数年は必要だろう。
(高密度な射撃を、高速で連打!)
(そう、正解、高密度の圧縮した貫通射撃弾を大量に布陣するんです。もちろん、発射準備に時間のかかる大魔法ですから、相手の動きを止めるのは必須事項になりますが)
<だけど、カートリッジシステムがある、今の私とバルディッシュなら―――>
(この大軍勢を槍の嵐にして、一点に向けて乱れ撃ち、それが私が教えてあげられる、今のフェイトのための最大魔法)
リニスがフェイトのために考案し、残してくれた魔法。
身体が成長しきっておらず、強大無比な一撃とコントロールの両立が難しい、故に、彼女の持つ速度という武器を最大限に生かし、相手の防御を削り取る雷光の騎兵隊。
その銘を―――
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
『Load Cartridge.』
半年前のフェイトであれば、スフィアの準備にかなりの時間を要した大魔法。
だがしかし、ヴォルケンリッターに対抗するために搭載されたカートリッジシステム、炸裂した五発の弾倉から紡ぎ出された膨大な魔力が、その時間を半分以下に短縮する。
「む――!」
『Mein Herr!』
烈火の将シグナムと、炎の魔剣レヴァンティンもまた、ただならぬ攻撃の気配を敏感に察する。
「これは、ザフィーラが受け止めた魔法か――――レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」
『Jawohl.』
一度目の戦いにおいて、ファランクスシフトは盾の守護獣ザフィーラと湖の騎士シャマルに対して放たれている。
その時、バルディッシュのコアは損傷しており、ファランクスシフトも数こそ多かったが、威力はそれほどのものではなかった。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
『Phalanx Shift.』
だが、今回のそれはかつての比ではない。カートリッジの五発分の魔力が込められ、フェイトの残存魔力の全てが周囲に浮遊するスフィアへと込められ、雷の槍による大軍勢が顕現しようとしていた。
「………」
対して、シグナムもまたその隙に切り込むことはせず、静かに己の魔力を集中させていく。
一発限りの砲撃と異なり、ファランクスシフトはどのような体勢からでも発射可能、準備が整う前にシグナムが切り込んだところで、焦って突進した彼女を槍の軍勢が迎え撃つ。
無策のまま切り込み、30の槍を相手にするか、こちらも準備万端整え、100の槍を迎え撃つか。
どちらが得策とも判断しがたい局面ではあるが、ベルカの騎士たるシグナムがどちらを選択するかなど、考えるまでもない。
「来い! テスタロッサ! お前の全力、見せてみろ!」
『Panzergeist!(パンツアーガイスト)』
「撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
『Full flat!』
電気変換された魔力が槍の嵐となり、炎熱変換の鎧へと突き進む。
雷光の騎兵隊、フォトンランサー・ファランクスシフトと、騎士の甲冑パンツアーガイスト。
「く、ああああああああああああ!」
「………」
裂帛の気合いと共に軍勢に突撃を命じる魔導師と、無言のままに防御に徹する騎士。
雷の槍は、果たして炎の鎧を突き破れるか否か。
<撃ち放つこれは、あくまで矢のようなもの、雷の矢じゃ、炎の鎧は貫けない>
シグナムと戦い続けたフェイトだからこそ、それが分かる。
連射だけでは足りない、シグナムの防御を打ち破るには、まさしく“槍”こそが必須。
「スパーク――――」
『Load Cartridge.』
六連装のリボルバー、その最後の一つに込められた弾丸が解き放たれ、既に満身創痍に近かったフェイトの身体に更なる魔力が充填。その負荷が少女の身体を切り刻む。
「つ、あああ!」
スフィアの設置時間を削るため、カートリッジを五連ロードし、自らの魔力も限界ギリギリまで絞り出してのファランクスシフト。
その最後の一撃は、周囲に浮かぶスフィアを束ね、己の全てを懸けた必中の槍。
「エンド!」
解き放たれた大槍、スパークエンドが進軍し、騎兵隊の突撃によって切り裂かれつつあった炎の鎧を突き破る。
その間際―――
「剣閃烈火!」
『Explosion!』
烈火の将シグナムが持つ炎熱変換資質を最大限に発揮する奥義が、フェイトの渾身の技を迎え撃つ。
あえて切り込まず、時間をかけて炎熱変換された魔力を練り上げた剣の主従、その目的は、炎の鎧パンツアーガイストのためだけではない。
十数秒の時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、火竜の咆哮の如く荒れ狂う。
「火竜一閃!」
迫りくる雷の大槍を迎え撃ったのは、炎の鎧ではなく、灼熱の噴火。
収束された雷と炎が相克し、発生した熱量は炎天下の砂漠を焦熱地獄へと変えてゆく。
「あああああああああああ!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
だが、どんな天災も永続するものはあり得ぬよう、終幕は訪れ―――
「………相殺、か」
「おみごと、です」
フェイトの全てを懸けた攻撃は、シグナムの全力の迎撃によって、防ぎ止められていた。
<―――今だ>
その隙に、動きだす影が一つ。
雷光と炎熱、その二つがぶつかり合い、両者が全力を出し切った果ての空白。
闇の書を“完成させる”ことを目的とするその存在にとっては、まさしく千載一遇の好機。
『いただけません、実にいただけませんねえ、使い魔、リーゼロッテ』
だが、その行動がトリガーとなって顕現する地獄を、彼女は知らない。
『管理局、闇の書、知ったことではありません。フェイト・テスタロッサに害なすものは皆等しく排除対象』
時の庭園の機械とは、つまりそういうものであり。
ここに、黒い恐怖が再臨することとなる。
同刻 第90無人世界
「さあ、やるわよ、闇の書」
魔法生物が特に存在しない無人の世界。
闇の書の獲物となり得る生物が存在しないために、守護騎士からも網を張る管理局からも注目されることはなかったその場所。
だが、それ故に、ヴォルケンリッター達が出陣、帰還する際の中継点としては利用価値がある。
スーパーで買い込んだ食料品やテントなども置かれており、蒐集における前線基地というか、隠れ家の一つとして機能しているそこに、シャマルと闇の書の姿があった。
「闇の書よ、守護者シャマルが命じます。眼下の敵を撃ち砕く力を、今、ここに!」
ここは、シグナム、ザフィーラ、ヴィータが戦っている各世界とほとんど等距離にあり、同時に援軍を送るならば最も適した条件といえる。
管理局とて無限の人員を誇るわけではなく、守護騎士が現れる可能性が高い魔法生物が生息する世界ならばともかく、地理的条件のみ整った無人世界まで全て網羅するのは不可能。
そして、シャマルが取った行動は、破壊の雷による強装結界三箇所の同時破壊。
「クラールヴィント、次元を繋いで」
『Jawohl.』
シャマルが実際にそれぞれの世界へ移動すれば、ページの消費はより少なく済み、先にヴィータかシグナムを包囲から逃せば、協力してあたることで40ページの消費で済むという計算もある。
だがそれは、管理局に援軍や罠がなく、助けにきたシャマルを待ち受けていなかったという希望的観測に基づいてのもの。
高みから全てを俯瞰し、世の中の出来事を全て知っている存在であれば、“無駄のない戦力配分”も可能であろうが、シャマルの手元にある情報は決して多くはない。
また、誰か一人を先に助ければ、次に自分達が向かう場所など考えるまでもなくなり、敵に戦力を集中させてしまう恐れもある。
三箇所のどこに救援が現れるか予想がつかないために、予め管理局が一箇所に戦力を集中することは不可能、そのアドバンテージを最大限に生かす方法こそ、三箇所同時攻撃。
兵力の小出しは愚の骨頂。敵の網にかかり、包囲殲滅の憂き目にあるこの状況で、中途半端な対応をすることこそが最も危険であることを、風の参謀たるシャマルは理解していた。
結果的に、ページの無駄になろうとも、ここは安全策をとるべき。
八神はやてが主である以上、万が一にも、守護騎士の一角、大切な家族が欠けることは許されないのだから。
「撃って、破壊の雷!」
『Geschrieben.』
理由はもう一つある、強装結界の破壊を可能とする“破壊の雷”はほとんど指向性のない魔力爆撃であり、敵だけを選んで打ち倒すような真似は出来ない。
つまり、強装結界を破った雷を回避し、その後の行動を選択するのはそれぞれの判断で行うしかなく、内部との連絡が取れない現状では、精密な連携は不可能。
それならばいっそ、直接的戦闘力の低い自分は現場には降りず、強装結界のみ次元跳躍攻撃で破壊し、後は独自の判断で帰還してもらう方が良い。
それぞれが的確な状況判断力を有し、全体を見渡せる位置にあれば誰もが司令塔として機能できることこそ、ヴォルケンリッター最大の強み。
「後は任せたわよ、皆。クラールヴィント、大丈夫そうな人から通信を繋いで」
『Ja.』
ただ二つほど、彼女の計算外があるとしたら。
ある場所では、破壊の雷より早く、強装結界が破られており。
他の一つにおいては、強装結界内部が地獄絵図となっていたことであろうか。
同刻 第87観測指定世界
「これは!」
「来たか……」
奇妙な冷戦状態。
そう表現すべき戦いが続いていた戦場に、終焉をもたらす角笛が響き渡る。
遙か上空より、強大な魔力を伴った黒い雷が落下。
破壊対象は強装結界だけにとどまらず、周囲で結界を固めている武装局員すらも巻き込むことだろう。
「こりゃ、まずい!」
「仲間を守ってやれ、直撃を受けると危険だ」
そう言い残し、ザフィーラはドーム型強装結界の天頂方向、つまりは、破壊の雷の着弾点へと飛翔する。
「え、アンタ!」
「アレの余波は私が防ぐ、お前は他を守れ」
「………ん、分かったよ、機会があればまた会おうじゃないか」
アルフにはこの場でザフィーラを捕える意思はなく、その提案は渡りに舟ともいえた。
防御に秀でたアルフが守りにつけば武装局員の被害も出ないであろうし、雷本体はザフィーラが防ぐ。
当然、強装結界は破壊される上、ザフィーラを取り逃がすことにはなるだろうが、そこは予定調和。闇の書を使わせた時点で、管理局側の戦略目標は達成されている。
<無理して怪我を負うことはない、誰も傷つくことないんなら、それに越したことはないさ>
それが、アルフの偽らざる想い。
極論、フェイトが平穏な学校生活を楽しみたいと思っているならば、別に闇の書事件と大きく関わる必要もないというのがアルフの基本姿勢。
<だけど、クロノやリンディが大変な時に、あたしらだけのんびりしてるわけにもいかないよ>
つまるところ、守護騎士と実際に相対している者達の戦う理由は、個人的なものばかり。
リンディやクロノには管理局員としての“義務”はあるが、仮にそれがなくとも二人には闇の書を追う理由がある。
<だったら、手を取り合うことだって出来るよね。宗教戦争やってるわけでもない、闇の書さえなくなれば、あいつらだって戦う理由はなくなるってんだし>
防御の術式を紡ぎながら、アルフは天頂近くで魔力爆撃を受けとめるザフィーラを見上げる。
「凄いね、あいつは、盾の守護獣なんて名は、伊達じゃなさそうだ」
多分、障壁の防御力ならば自分以上だろう。
負けるつもりなど毛頭ないが、総合的なスペックでは向こうが有利なのは事実。
「ほんと、あんまり戦いたくないね、模擬戦とかなら、望むところだけど」
もし、フェイトと自分となのは、それにクロノやユーノ。
この面子と、守護騎士達が皆で仲良く模擬戦でもやるとしたら―――
「なんか、楽しくなりそうじゃんか」
今はまだ敵対関係にあるけれど、いつかそんな日が来ればよい。
破られた強装結界から飛び去る藍白色の流星を見上げながら、アルフは幸せな未来を想い描いていた。
同刻 第95観測指定世界
「破壊の雷、シャマルか!」
「か、雷、それも、もの凄い大きな!」
星の光を手にした少女の問いかけに、最も若き騎士が答えを探していた時に、それはやってきた。
紡がれる絆が疎ましいのか、妬ましいのか、それは分からないが、守護騎士の動揺に闇の書の闇もまた、思うところがあるのだろうか。
「ヴィータちゃん、あれは!?」
「強装結界を破るための、魔力爆撃だ、ここにいると危険だぞ、お前も早く―――」
ヴィータとの戦いにおいて、勝つための戦術を無視し、話し合うために己の魔力を削ったなのはは既に満身創痍。
通常の状態ならばともかく、今のなのはでは破壊の雷の余波だけでも撃墜しかねない、それほどに消耗している。
だが、ヴィータがいい終わるより早く、彼女は行動に移っており、その魂である魔導師の杖もまたその意志に応えた。
『Starlight Breaker!(スターライトブレイカー)』
「風は空に―――」
風と共に魔力が吹き荒れ。
「星は天に―――」
星となって収束する。
「そして、不屈の心はこの胸に!」
ヴィータとの戦いにおいて、なのはは幾度もカートリッジを使用した砲撃を放ち、既に魔力は尽きかけている。
だが、それは全てこのための布石、強装結界内部には大量の魔力が散布されており、高町なのは最大最強の魔法を放つ下地は完璧に整った。
「おい、そんなボロボロの身体で、何する気―――」
「アレが落ちてきたら、武装局員の人達も、ヴィータちゃんも大変なことになる。だから、その前に」
『私達が、撃ち抜きます』
収束砲、スターライトブレイカーで破壊の雷を撃ち抜くと。
決意を秘めた目で、彼女はそう告げていた。
「そいつを、あたしに撃てば、それで終わるだろ」
ギガントシュラークであっても、スターライトブレイカーは相殺不可能。
距離が開いている時点で、これが放たれていれば、自分は詰んでいた。
にも、かかわらず。
「それじゃあ駄目なの、ヴィータちゃんが気絶しても、アレは止まらないんでしょ」
「だけど、周りの局員だってそのくらいの覚悟はあるだろ、殺傷設定の魔力爆撃つっても直撃でもしなきゃ、死にはしねえよ」
「それでも駄目! 誰かが傷つくかもしれない、ひょっとしたら死んじゃうかもしれない、そんな未来は、私は嫌!」
それは、平たく言えば子供の理想。
現実は厳しく、誰もが幸せになれるものではない、そんなやるせない世界で、管理局員は働いている。
だからこそ、未来を信じて真っ直ぐに進む彼女らが、時に眩しく、太陽のように映る。
「この手の魔法は、撃ち抜く力――――涙も、痛みも、運命も、レイジングハートと一緒に、切り拓く!」
星の光が、収束する。
周囲に漂っていた魔力が、王の号令を受けた騎士達の如く、一糸乱れず集ってゆく。
「結界は壊しちゃうけど、アレが落ちてきたら同じことだから、大丈夫!」
『All right.』
「いや、それはそうかもしれないけど……」
破壊の雷が強装結界を破壊する前に、スターライトブレイカーによって強装結界ごと撃ち砕く。
論理的には問題ないはずだが、何かが間違っている気がするのはなぜだろうか?
「行くよ、レイジングハート! スターライト―――――」
『Count zero.』
一度決めたら、高町なのはは梃子でも動かない。
その意志の強さ、どこまでも真っすぐな心を、ヴィータは思い知らされていた。
「ブレイカーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
桜色の極光が、全てを塗りつぶす。
紡がれる絆を破壊しようと迫っていた闇の雷は、放たれた星の光によって、一瞬にして無に帰した。
武装局員に唯一人の被害もなく、ヴィータも完全な無傷のまま、辺りには静寂が戻る。
ただ、強装結界も跡形もなく消滅していたが、それはまあ、御愛嬌というものか。
「はあっ、はあっ」
それで彼女の魔力は完全に底をつき、最早空中で浮いているのが精一杯、バリアジャケットまで解除されていた。
「ほんとに、全部ぶっとばしやがった」
「え、えへへ………わたしの魔法は、ユーノ君やクロノ君みたいに結界をすり抜けるような器用なことは出来ないから、女の子は火力なの」
器用さでは男に敵わないので、女は火力で勝負。
大切な何かを根底から間違えているような気もするが、ヴィータも割と似たような価値観をもっているため、突っ込む者はいなかった。
「お前………名前は?」
強装結界がなくなった以上、ここに留まる理由はない。
転送用の陣を形成しながら、ヴィータは全ての力を使い果たした少女に問いかける。
「なのは、高町なのは………名前で呼んでくれると、嬉しいな」
「お前にとって、大きな意味があるのか」
「うん、名前で呼んでくれることはね、友達になる最初の一歩なんだよ」
「そっか………じゃあ、なのは」
「なあに」
「今回のことは、貸し一つだ。お前があたし達の主の敵にならねえんなら、一回だけ、お前の頼みを聞いてやる」
「頼み、かあ」
「せいぜいよく考えろよ、こんなことは、二度とねえからな」
照れくささを隠すように、そっぽ向きながら、騎士の少女は転送魔法の光の中に消えていった。
『お疲れ様です。主』
「うん、結局、逃げられちゃったね」
『Don't worry. (いいんじゃないでしょうか)』
「かなあ?」
『Yes.(ええ)』
「………ありがとう、レイジングハート、わたしの我がままに付き合ってくれて」
『No problem.』
「それでも、ありがとう」
その言葉を、魔導師の杖は何よりも嬉しく思う。
主が自分を頼ってくれた、己の心を隠すことなく、騎士の少女と話すために力を貸してほしいと告げてくれた。
そして、自分は主の力となり、その望みを叶えることが出来たのだ。
『Thanks.』
遙か遠く、時の庭園の中枢で、そのための布石を整えてくれた古い管制機に、彼女は礼を送る。
管理局のために動くならば、ここで守護騎士を捕える方策もあったはず。
しかし、彼が提案した策は、なのは、フェイト、アルフがそれぞれ他からの干渉を受けることなく守護騎士と対峙できるもの。
古い管制機は、管理局のためではなく、フェイト・テスタロッサとその親友である高町なのは、その二人の願いを叶えるために、機能していた。
同刻 第84無人世界
時が、止まっていた。
フェイトも、シグナムも、奇襲を仕掛けたはずの仮面の男ですら、完全停止の理に囚われ、身動きが取れない。
しかしそれも無理ない話。
それほどまでに不可思議、それほどまでにあり得ない光景が広がっていた。
すなわち―――
『#$&%?&?@*♪¥!!!』
仮面の男とフェイトの間に立ちはだかり、というよりも地面から這い出してきた、なんかよく分からない名状しがたいもの。
時の庭園が誇る第四の中隊長機、“スカラベ”が、そこに顕現していた。
そして、仮面の男の腕は、よりにもよってその“変な何か”を貫いており―――
ウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾ
そんな効果音しか当てはまらなそうな光景と共に、名状しがたい“蟲”のような小さいものが、突き刺さった腕へと這い出して来ていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!! なんかいっぱい出たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そう叫んでしまった彼、正確には彼女を誰も責められまい、使い魔だってピュアな心は持っている。
だがしかし、ここは“管制機トール”が主戦場に設定した場所、当然、潜んでいる名状しがたい者共は“スカラベ”一体ではない。
『#$&%?&?@*♪¥!!!』
砂地のあちこちからは、ムカデ型サーチャー散布マシーン“ムッカーデ”が。
『#$&%?&?@*♪¥!!!』
『#$&%?&?@*♪¥!!!』
『#$&%?&?@*♪¥!!!』
オアシスの水の中からは、隠れ潜んでいた“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”が。
描写するのも憚られる光景を作り出しながら、“フェイトを守るために”突撃を開始した。
「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
フェイトの絶叫が砂漠の世界へと木霊し、二秒後には気絶した、当然である。
「て、テスタロッサ!」
だがしかし、頭の中は混乱の極地にあったが、辛うじてシグナムは行動を起こす。
彼女とて蟲が平気であるわけはなく、見るのも嫌であったが、遙か昔に“蟲毒の主”と戦った経験が、多少の耐性をもたらしている。
その記憶は過去の彼方にあれど、完全に消え去るものでもない。
「どけえええええええええええ!」
そして、シグナムの目からは、気持ち悪いことこの上ない巨大な蟲がフェイトを襲おうとしているようにしか見えず、咄嗟に彼女を抱き抱えて離脱を図る。
実際はその逆なのだが、あまり大差はない。
ただ―――
「今度はなんだ!」
間の悪いことこの上ないタイミングで、破壊の雷が強装結界を直撃。
砂漠の世界であるため、雷が周囲へ伝わることもあまりなく、結界維持にあたっていた武装局員も多少の余波は受けたものの、ほとんど無傷で済んだが―――
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「なんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「おわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ぶるぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
破れた強装結界内部から、大量の虫型サーチャーがぶわっと噴き出す。
時の庭園の機械類、特に中隊長機は、“フェイトに危害を加えるものを攻撃”するようにプログラムされている。
そして、破壊の雷によって周囲の状況が正確に把握できないこの場合、やることはただ一つ。
“フェイト以外全て敵とみなし、攻撃せよ”
その結果、半年ほど前の演習の悪夢が再現されることとなった。
どういう因果か、ちょうどアルクォール小隊は前回の演習に参加していたメンバーで構成されていたりする。真にご愁傷様としか言いようがない。
シグナムとフェイトの激突の果てに、仮面の男がフェイトを狙ったと思いきや“スカラベ”を貫き、水中から現われた“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”が仮面の男に襲いかかるが気絶したのはむしろフェイトで、シグナムがそれを庇うと破壊の雷が強装結界を破壊し、大量の虫型サーチャーが武装局員に襲いかかった。
この状況を的確に表現するのは極めて困難であるが、あえて表すならば―――
地 獄 絵 図
ということになるだろうか。
「離脱!」
そして、烈火の将シグナムは逃げた、見事なまでに逃げた、全力全開の逃走だった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
割って入ったはずの仮面の男は、大量のゴキブリとタガメとカメムシとスカラベの集中攻撃を受けてそれどころではなかったため、彼女を阻む者はいない。とりあえず哀れな仮面男には黙祷を捧げよう。
そしてシグナムはもう何がどうなっているのか理解不能で、とにかくこの場を離れたい一心で転送魔法を用いて逃げたのだが、あることを失念していた。
それはすなわち―――
新歴65年 12月11日 第97管理外世界 日本 海鳴市 AM10:36
「………どうしよう」
シグナムは、フェイトを抱えたままだった。
無我夢中で転送魔法を使用したため、八神家から離れた公園辺りに跳んだようだが、気付けば腕の中にフェイトがいる。
魔力をほとんど使いきっていたことや、意識がないこともあり、バリアジャケットが解除されているのは唯一の救いだが、何の解決にもなっていない。
「放置する、わけにもいかん、だが、どこに届ければよい?」
とりあえず自分も騎士甲冑を解除するが、どうすればよいのか皆目見当つかない、というか、未だに頭が混乱している。
このままでは罪状に幼女誘拐が加わりかねず、かといって管理局に届けることも出来ない。
「と、とりあえず、シャマルに連絡を―――」
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
シグナムの運も捨てたものではなく、縁というものは実に奇妙奇天烈。
「あれ? シグナム、こんなところでどないしたん?」
「あ、シグナムさん、こんにちは」
「あ、主はやて!」
そこに現われたのは、彼女の主と、その友人の月村すずか。
「ん、その子は―――」
「こ、これはですね」
「ええ! フェイトちゃん!」
シグナムが何か言うよりも早く、すずかが驚愕の声をあげる。
「ど、ど、どうしたのフェイトちゃん!?」
「い、いえ、私もよく分かっていないのですが、多分、眠っているだけかと」
紛れもなく、シグナムの本心である。もう何がなにやら。
「えっと、この子が、フェイトちゃん?」
「うん、そうだよ、でも、眠ってるというよりは気絶してる、というか魘されてるような………」
「だ、だめ……ゴキ、ゴキゴキ―――」
フェイトから漏れるのは謎の単語。
彼女のトラウマを知らぬ者には理解できること、なのはであれば実によく分かるだろうが。
「シグナムさん、フェイトちゃんはどこで眠ってたんですか?」
「そ、そこのベンチで眠っていたかもしれないのですが、なぜか地面に倒れていて」
あまり説明になっていないが、“自分もよく分からない”ということを伝えるという点では的確かもしれない。
「何やあったんやろか、まさか誘拐なんてことはないと思うけど」
「ど、どうなのでしょう?」
外見というものは、非常に重要である。
成人男性が眠った少女を抱えていれば、眠ってしまった娘か妹を抱きかかえているのか、いかがわしい目的かの二つの憶測が浮かび上がるが、女性であれば、大抵は片方に絞られる。
少なくとも、シグナムがフェイトを抱えていて、彼女を誘拐犯と思う人間はごく稀であろう。
「とにかく、フェイトちゃんの家まで運ばないと」
「すずかちゃん、この子のお家の人の連絡先、分かる?」
「ごめん、フェイトちゃんの携帯しか分からない、でも、お家は知ってるから」
「そうですか、ならば、お願いできますか、主はやては、私が家までお送りしますので」
「えっと、ああ、いいタイミング」
ちょうどそこに、月村家の車が現れる。
「お迎えきたみたいやね、すずかちゃん」
「うん、フェイトちゃんは私の家の車で送るよ、よいしょっと」
シグナムからフェイトを受け取り、抱えるすずか、9歳の女の子としては並はずれた膂力である。
「えっと、はやてちゃんは?」
「シグナムが送ってくれるから大丈夫や、すずかちゃんは、フェイトちゃんを送ったってや」
「そう、それじゃあはやてちゃん、シグナムさん、さようなら」
「さようなら〜」
「お気をつけて」
すずかとフェイトを乗せた車が発進し、はやてとシグナムが残る。
「ここは、図書館裏の公園だったのですか」
「そやよ、シグナムも何度か来たことあるやろ」
車椅子に乗ったはやてが自動車に乗り込むには時間がかかるので、他の人の迷惑にならぬよう、普段あまり車が停まらない裏の公園で待つ。
なんとも、主とすずからしいとシグナムは思うが、同時に―――
<ほぼ無意識の転送故に、主の下へ跳んでしまった。そういうことか>
ヴォルケンリッターが無意識に思い浮かぶ“帰るべき場所”、それが、八神はやて。
守護騎士と主の間に存在するリンク、それを辿るように、シグナムははやての近くへと転移した。
主を危険に晒しかねないという点では注意せねばならないが、温かい想いにも満たされる。
「えっと、シグナムは、迎えに来てくれたん?」
「はい、その途中で彼女を見つけまして、まあ、てんぱっていたといいますか、些か混乱しておりました」
「ふふ、シグナムでも慌てることはあるんやね」
「申し訳ありません」
「でも、嬉しいよ、迎えに来てくれて、おおきにな」
真実は異なるが、その笑顔を否定したくはない。
「いえ、当然のことです」
色々なことがあったが、とりあえず、危機は去った。それだけでよしとしよう。
【シグナム、そっちは無事?】
【ああ、今は主はやてと共に家に向かっている】
【あたしも無事、ちょい負けそうになったけど、まあ、いいこともあったし、悪くはなかったよ】
【私も先程帰還した、蒐集を行えたわけではないが、それ以上に得るものがあった】
【そうか………それは、何よりだ】
結果だけ見れば、蒐集は行えず、60ページも一気に減っただけ。
【しかし、主はやての友人である彼女と、テスタロッサが友達とは、なんとも奇妙な縁だ】
【え、どういうこと?】
【詳しくは帰ってから話そう、まともに考えれば吉報ではないのかもしれんが――】
だがしかし、シグナムの心の中には、
【不思議と、あまり嫌な予感はしないな、ひょっとすればこの縁が、私達の救いになるかもしれん】
主より与えられた温かみに似た、何かが残されていた。