Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第二十七話   老獪なる管制機




新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  メディカルルーム  AM11:05



 「なのは、前にも言ったと思うが、あまり無茶はしないでくれ、心臓に悪い」


 「ごめんね、クロノ君」


 『そのような晴々とした表情での謝罪ではあまり誠意というものは見受けられませんが、無茶しただけの成果はあった、ということですね』


 「はい、ちょっとですけどヴィータちゃんとお話出来ましたし、それに、名前で呼んでくれたんです」


 「だからといって、六連マガジン4つ、カートリッジ24発の使用、さらにそれらは悉く長距離砲撃の強化、加えて、スターライトブレイカーの発射、これがどれだけの無茶か分かってるのか」


 『無駄ですよ、クロノ・ハラオウン執務官。一度決断した高町なのはは梃子でも考えを変えませんし、レイジングハートも全面的に協力しておりました。その上、彼女への後押しを行ったのは私と来ている』


 「やっぱり君か!」


 『子供がどんなに願おうとも、それが危険を伴うならば止めることが出来るのは親や兄の特権、これは貴方とリンディ・ハラオウン艦長が受け持っています、ならば、私の役目は子供の背中を押すこと、止める者と唆す者、両者のバランスをとりつつ、最終的な判断を子供に任せることこそ、成長が見込めるのではないでしょうか』


 「だ、だからといってだな」

 管制機トールは理屈の塊。

 人間にとっては屁理屈に感じる理論も多いが、“直感”や“感性”というものを持たないデバイスは、常に理屈でしか発言しない。

 それ故に、トールを説き伏せることほど困難極まることはないとクロノも分かっているだけに何も言えない。


 「ところで、フェイトちゃんは大丈夫ですか?」


 『こちらもカートリッジ18発を使用した挙句に、準備なしのフォトンランサー・ファランクスシフトを放ったようですが、肉体的には、問題ありません』


 「え、えっと、それってまさか………」

 この管制機から“肉体的には無事”と聞かされることほど不安になることはない。

 何しろそれは、“精神的には無事ではない”と言われているのと同義であり、なのはの脳裏に黒い恐怖や水場の恐怖が蘇る。


 「………映像を見れば一目瞭然だが、見せると君まで寝込むだろうから口で伝えよう。フェイトの救援としてゴッキーとカメームシとタガーメと新型の“スカラベ”が出動した、後は察してくれ」


 「フェイトちゃん………なんて可哀そう」


 『まったく、悲しいことです』


 「「 お前が言うな 」」

 見事にはもった、なのはの言葉も容赦がなかった。


 『さて、高町なのは、本日の13:00よりこの時の庭園にて今回の包囲戦における評価、及び判明した事実と今後の検討などを行う予定ですが、貴女は出席できますか?』

 しかし、管制機はどこ吹く風、精神的ダメージと最も無縁な存在が彼である。


 「えっと、大丈夫だと思いますけど」


 『今回貴女は外傷らしい外傷はありませんから、問題となるのはカートリッジの過剰使用による過負荷です。“ミード”や“命の書”によってその辺りは軽減されていますが、結局は本人次第なのですよ』


 「えっと……」


 「つまり、通常の傷やダメージなら、筋肉が炎症反応を起こしたりなど、身体から相応の信号が出る。内臓は特にその辺りが分かりやすいんだが、リンカーコアという器官はその判断が最も難しいんだ」


 『魔法を用いない純粋な外科手術では干渉することすら出来ない半物質、それがリンカーコア。魔導力学的な計測手段に頼るしか判別する術がない故に、早い話、“触診”などが不可能なのですよ』


 「だから、患者さんの主観がとっても大事、ってことですか?」


 「そういうことだ、結局は本人にしか判断できないから、患者自身に“大丈夫”と言われると医者としても手が打ちにくい。黎明期の管理局に務めた高ランク魔導師の多くが過労で倒れた原因の一旦はそこにある」


 『貴女のように、無理をしたがる人間にとっては、“医者を騙しやすい”障害なのですよ。なので、そうですね、ヴォルケンリッターの湖の騎士などが管理局の医務官になってくださればありがたい、彼女ならばリンカーコアの“触診”が可能でしょうから』


 「う、うえええ」

 リンカーコア摘出をくらった張本人だけに、それは流石に遠慮したいなのは。


 「なるほど、名案だ」


 『でしょう』


 「クロノ君! トールさん!」


 「今後、なのはやフェイトが無理するようなら、湖の騎士にリンカーコアを引き抜かせて確かめさせるとしよう」


 『虚言があれば、そのまま闇の書の糧にするということで』


 「もの凄い物騒な会話!」


 「ああもう、いっそヴォルケンリッターに管理局上層部の魔導師のリンカーコアを全て差し出して講和でも結ぼうか」


 『汚いですね、流石クロノ・ハラオウン執務官、汚い』


 「どうしよう、クロノ君が壊れちゃった……」


 「僕は壊れてなどいない、少々やるせないだけさ」


 『流石に、会議に邪魔されて現場に降りられなかったことは腹立たしいですか』


 「それは、まあね。市民の安全と財産を守るべき管理局員が自分達の会議に縛られて現場に出られないなど、本末転倒でしかないだろう」


 『その辺りの調整も、時空管理局という組織が抱える問題点であり、今後の改善点でしょう。貴方が老提督と呼ばれる頃には直っているとよいですね』


 「他人事だな」


 『いいえ、助力は惜しみませんよ、貴方はフェイトの兄なので、無論、貴女もですよ、高町なのは、貴女はフェイトの一番の親友ですから』


 「え、い、いやあ、あははは」

 とても嬉しそうななのは、フェイトの一番の親友と呼ばれて悪い気がするはずもない。


 『喫茶翠屋の売り上げに貢献するため、我が時の庭園の人形を客として送りこ―――』


 「それだけは止めてください!」


 『安心なさい、人形の体内にはゴキブリ型サーチャー発生装置はありますが、発動させたりはいたしません。誤動作がなければ』


 「最後にもの凄く不安になる言葉が!」


 「君は、なのはの家を潰す気か………」


 『そして高町なのははフェイトと同居することとなり、嬉し恥ずかしウハウハ生活の始まり、というのも案の1つとしてはありました。今はもうボツ案ですが』


 「よかった、本当に良かった」


 『代替案はありますが』


 「すぐに破棄してください!」


 『無理です、フェイトのお願いでなければ』


 「フェイトちゃん、お願い、すぐ目覚めて、わたしにはフェイトちゃんが必要なの……」

 一生このデバイスには勝てないんじゃないかと思い始めたなのは、大体正しい。


 『クロノ・ハラオウン執務官、先程平気だと言った高町なのはの言葉に虚言はないようです、突発的な驚愕時におけるバイオリズム、及びリンカーコアから生成される魔力値の変化を見る限り、彼女の体調は正常値に近い、よって、彼女を会議に参加させることに問題はないという診察結果を報告いたします』


 「そうか、ありがとう」


 「へ?」

 今、何と申した?

 なのはの心境は、まさしくそういう感じ。


 「会議まで後2時間くらいはあるから、それまではゆっくり休んでいてくれ、なのは、僕は仕事があるから一旦失礼するよ」


 「え、え?」


 『よきお仕事を、クロノ・ハラオウン執務官』


 「あまり聞かない言葉だな、まあ、最善を尽くすさ」

 そして、メディカルルームを出ていくクロノ。


 「あの、わたしはからかわれたのでしょうか、それとも、診察されたのでしょうか?」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』

 なのはの疑問に、答えが出ることはなかった。







新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  資料室  PM0:33



 「ところでトール、月村すずかというフェイトを運んでくれた子と応対したのは君だったか」


 『ええ』


 「彼女は、どこでフェイトを見つけたんだ?」


 『風芽丘図書館の裏手の公園であったと伺っています。剣の騎士シグナムがフェイトを抱えたまま転送魔法を使用したところまでは追跡しておりましたが、その後までは分かりませんでしたから』


 「だが、君のことだ、海鳴市にもサーチャーを飛ばしていたんじゃないか」


 『その通りです。月村すずかがハラオウン家に到着する前に彼女を捕捉することには成功しています、ただ、ヴォルケンリッターはその時既に周辺に見当たりませんでした』


 「それもそうか、そもそも、闇の書の主が海鳴市にいるという保証もない。近辺にいることは間違いないと思うが」

 実際は、すずかとはやてがフェイトを抱えたシグナムと出会ったのは“お爺さん”と別れてすぐのこと。

 故に、トールはハラオウン家に先回りし、フェイトを受け取ることが出来た、その時の人形は“若い人”であったため、すずかがその正体に気付くことは不可能。


 『リンディ・ハラオウンと貴方が不在という条件を考慮すれば、上々の成果といえましょう。高町なのはも外傷はなく、フェイトも然り、アルフに至ってはほとんど無傷です』


 「外傷だけは、な、アルフはずっとフェイトに付き添っているわけだが」


 『彼女は使い魔ですから』


 「君のせいで、そうする羽目になっているという嫌味には聞こえないんだな」


 『はて、いったいなぜ私のせいなのでしょうか?』


 「いや、いい」

 クロノは、もう諦めた。

 これに対して苦言を呈するのは徒労でしかないことをいいかげん悟った模様。


 「もう一つ聞いておきたい、君は、闇の書事件について時の庭園が知りえている情報を、残らず管理局に渡しているのか?」


 『いいえ、意図的に伝えていない情報もございます』


 「聞くまでもない気がするが、その理由は?」


 『フェイトと、その親友である高町なのは、この両名が“守護騎士と分かり合いたい”と望まれました。しかし、それを叶えるには、守護騎士が管理局に捕縛されては困ります、重要参考人と面会できるのは執務官である貴方くらいであり、嘱託魔導師であるフェイトと民間協力者である高町なのはにはその権限がありません』


 「………その部分に関しては、確かに僕らも譲れないな」


 『公私混同をなさらないという点で、素晴らしいと存じます。しかし、貴方も御存じのように、時の庭園、いいえ、管制機トールにとっての優先順位は常にフェイトを基準としております』


 「つまり、フェイトは僕や母さん、エイミィを手伝いたいと思っている、だから、時の庭園は捜査に全面的に協力する。そして同時に、守護騎士達と一対一で戦い、もしくは話し合い、分かり合いたいと思っている、だから、守護騎士が“捕まってしまう”情報は意図的に隠している、ということか」


 『左様です。フェイトの望みが“守護騎士を捕まえること”にあるならば、全ての情報を公開していたでありましょう』


 「闇の書事件を追うこと、守護騎士と戦うこと、そして捕まえること、同じようで違うな」


 『ええ、とはいえ、現在はフェイトの兄である貴方、母であるリンディ・ハラオウン、その二名もまたフェイトにとって大切な人物ですから、貴方達の最終目標が“守護騎士を捕まえること”であったならば、やはり情報を全て公開しておりましたでしょうし、ミッションSWを実行に移していました』


 「確かに、時空管理局の艦長と執務官の目的は守護騎士とその主を逮捕し、ロストロギア闇の書を封印することだが、僕の母さんの望みは、そうじゃない、いや、それだけじゃない」

 昨日、クロノがフェイトに語った言葉がある。


 (僕らが扱う事件では、法を守って、人も守る。イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでも付きまとう。自分達が正義だなんて思うつもりもないけど、厳正過ぎる法の番犬になるつもりもない)


 『貴方達は、闇の書の主が被害者に近い存在であることを知っており、とりわけ、今回のケースはその要素が強いのではないかと推測なさっています』


 「ああ、その件については、過去の事例を掘り返しながら何度も君と話し合ったな」


 『そして、仰られた。闇の書の主の行動が緊急避難に近いものであるならば、出来るだけ罪人としては扱いたくないと、過去の主達の罪をその存在に被せ、断罪するような真似だけはしないと』


 「それをしたら、僕達が管理局員である意義は失われるだろう」


 『その姿勢、真に御立派であると称賛します。しかし、全ての管理局員、とりわけ、上層部にいる人間がそのような思考を持っているわけではありません。平穏無事に守護騎士を捕まえることが出来、主を抑えることに成功したとなれば、果たして、何が起こるか』


 「………“闇の書”とは本当に皮肉な名前だ。グレアム提督がその辺りは抑えてくださっているが」


 『時の庭園がアースラに供与した情報は、本局の高官まで定期的に報告せねばなりません。それが、義務というもの、しかし、時の庭園は現在“民間協力組織”であり、そちらから“供与せよ”との催促でもない限りは情報を流すかどうかはこちらの自由』


 「その通りだ、管理局員の身内であっても、民間人は民間人。その原則は守られればならない」


 『つまりは、そういうことです。フェイトと高町なのはの願いを叶えるための障害になりうる本局の高官には、黙っていてもらいたいのですよ、ただ、非常に優秀なアースラクルーが、意図的に提供されていない情報の内容を“予想して”行動することは可能であると考えます』


 「それはあくまで“予想”に過ぎず、証拠ではないため、本局に報告するには当たらない、ということか」


 『こちらとしては、情報を公開できないだけで、隠したいわけではありません。公文書というものはなかなかに厄介なものですから』

 そして、クロノは大凡の状況を理解した。

 月村すずかから聞いたかのかどうかまでは分からないが、おそらくトールは既に闇の書の主を把握している。

 そして同時に、現段階でその情報を“時空管理局”に公開したところで、フェイト、なのは、クロノ、リンディ、いずれの願いも叶わない、少なくとも有利には働かない、という演算結果が出たのだろう。

 闇の書の主の身柄を巡って、本局の上層部、果ては聖王教会などの権力闘争に発展するような、碌でもない結果も、可能性としては考えられる。


 「君は、ユーノが無限書庫で発掘している情報を待っているのか」


 『現段階では、闇の書そのものに関する情報が揃っておりません。あと僅かのピースが揃えば、大数式の解が導けるところまでは来ていると予想しますが、まだ、時期尚早』


 「なるほど、ならば僕達も待つとしようか、捜査は確実に進んでいるし、焦って逮捕に踏み切った結果、証拠不十分で裁判に負けるのは間抜けの極みだ」


 『ご理解、感謝致します』


 「それはいいとして、先程言っていた守護騎士を捕まえるための“ミッションSW”というのは一体何だ?」


 『“ストリーキング・ヴォルケンリッター”の頭文字を取りました。彼女ら4名と同じ外見を持つ魔法人形を製作し、海鳴市を全裸で疾走させるというもので、後は日本警察が彼女らの身柄を確保してくださることでしょう、副作用として、守護騎士とその主が社会的に死ぬことが挙げられます』


 「それは………確かに“捕まえる”ためには有効な手段かもしれないが………僕と母さんの目標からは、かけ離れているな」


 『左様です、闇の書の過去の罪どころか、無実の罪を着せる作戦ですから』

 本当に手段を選ばないならば、守護騎士を捕まえる方法はいくらでもある。

 ただ、代償として“人として大切な何か”を切り捨てる必要があったが。


 「その作戦は、聞かなかったことにしておく」


 『賢明な判断です。アースラからの提案として管理局の公式文書に残った日には、一生のトラウマとなるでしょう』

 真に、公式文書というものは恐ろしい。

 実に嫌な形でそれを実感したクロノだった。








新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  PM 1:00



 午後1時、作戦本部において会議が始まり、まず最初に議長であるリンディが発言。


 「フェイトさんは、心に重い傷を負ってしまったかもしれませんが、命に別状はありません」


 『加害者には、然るべき報復を』


 「「「「「 アンタだ、アンタ 」」」」」

 高町なのは、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、アルフ、リンディ・ハラオウン。

 性格も口調も異なるはずの五名の台詞は、見事に一致した。


 「ところで、リーゼさん達は?」


 「アリアがロッテを看病してる。どうやら、フェイトのところへ救援に向かってくれてたらしいんだが、アルクゥール小隊と同じ症状で寝込んでる」


 「あああ………また犠牲者が」


 「すまないことをした……」


 『覚悟もないまま戦場に臨むことがどのような結果を生むか、という教訓ですね』


 「いや、絶対違うからソレ」


 「ま、まあその議論は置いておくとして、トール、時の庭園のサーチャーが暴走したのは、例の雷の影響なのですか?」


 『おそらくそうでしょう。基本的に時の庭園の機械類はフェイトに害する者を攻撃するようプログラムされています。電流を伴った魔力爆撃が広域に渡って放たれた結果、周囲の存在全てを敵と認識した、というわけです』


 「機械の恐ろしいところだな、まあ、物理的被害はなかったが……」


 「代わりに、精神的被害がとんでもないことに………」

 頭を抱えるエイミィとクロノ。


 『済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう』


 「その通りなんだけどさ、アンタに言われるのだけは我慢ならないんだけど」


 『済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう(天井スピーカー)』


 「発声媒体を変えりゃいいってもんじゃないよ!」

 カタカタカタカタ

 その時、作戦本部の各テーブルに備えつけてあるプリンタが作動する。

 印刷された紙には―――


 “済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう”


 と書かれていた。


 「…………」

 さらに、空間にディスプレイが浮かび上がり、二次元、三次元のそれぞれで文章が作られる。

 内容は、語るまでもなく―――


 “済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう”


 であったそうな。


 「御免、あたしが悪かった、話を続けて」

 早くも精神を折られたアルフ、時の庭園内部で管制機に勝つのはかくも難しい。


 『さて、ここで忘れてはならないのは、闇の書のページを消費して放ったと考えられる魔力爆撃、その僅か前にエイミィ・リミエッタが指揮を行っていた駐屯所のコンピュータがクラッキングを受けたという点ですね』


 「うん、システムがほとんどダウンして、指揮系統が危うく寸断されるところだったけど」


 「時の庭園のシステムは、一切干渉を受けなかったと」


 『その通りです。多くの場所で共通のものが使われている管理局システムと異なり、時の庭園のシステムは完結型。高町なのはにも理解しやすく言うならば、インターネットとイントラネットの違いといったところでしょうか』


 「公共のシステムと、独立システムの違いだな」


 『はい、絶海の孤島に建設された要塞が堅固であることと理屈は同じです。外部との連絡が少なく、物流がないほどクラッキングは受けにくい、逆に、国防総省などを隔離するわけにはいきますまい』


 「だけど、駐屯所のシステムも結構新しいものだったから、クラッキングは容易じゃないし、それが可能なら時の庭園に干渉くらいは出来るんじゃ………」


 『私の予想は、管理局内部の人間、もしくは繋がりがある人物による犯行、といったところです。ハラオウンの失脚を願う輩程度はどこかにいるでしょうし、大人の社会には理由などどこにでも転がっております』


 「あまり考えたくはないけれど……」


 『人間が感情的に考えたくないことであるが故に、我々デバイスが考えることが最善。故に、提案いたします、貴女達は考えないでいただきたい、その辺りは私が考えますので、後ろ暗く鬱になりそうな事柄は機械に任せ、人間である貴女達は、闇の書事件を追う方が良いと、演算結果を提出します』

 とりわけ、機械らしい語尾で締めくくったのは、つまりそういうこと。


 『特に、高町なのは、アルフ、貴女達にこのような話は聞かせられません。それよりも、守護騎士達との邂逅や、彼女達の考え、人格について考察すべきだ』


 「うん、そうですよね」


 「確かに、んな後ろ暗いことは考えたくないし、アンタに任せるよ」


 『いかがでしょう、リンディ・ハラオウン艦長』


 「そうね………管理局内部に関わることである以上、無視することは出来ないけど、とりあえずここで議論すべきではなさそうだから、そこは後で個別に話しましょう」


 『了解しました、では皆さま、そのようにお願いいたします』


 「じゃあ、アルフ、まずは君が戦った盾の守護獣との会話を頼む」


 「あいさ、あたしの次はなのはだね」


 「はい」

 闇の書を追うならば、今は人間社会の闇は考えるなかれ。

 闇を追う者は闇に飲まれる、それこそ、闇の書を不滅の存在としてきた最大の理由。

 だからこそ、絆を信じて前を向こう。


 ≪過去を記録し、解析するのは機械でも出来る。しかし、未来を切り拓くのは人間のみ≫

 デバイスには、願いを叶えるロストロギア、ジュエルシードへ願いを託すことは出来なかった。

 “自分が望む未来”を思い描けるのは、人間の心があればこそ、電気信号で動く機械には決して不可能。

 だが、集いし全員が“皆が笑い合える未来”を望むならば。


 ≪我々デバイスは、その願いを叶えましょう。私とバルディッシュ、アスガルドはフェイトの願いを、レイジングハートは高町なのはの願いを、そして、彼らもまた≫

 絆は紡がれつつある。

共に戦うにはまだ少しばかり足りないが―――


 ≪グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィント、貴方達の主の願いが重なれば≫

 全ての力を、闇の書を止めるために使うことが可能となる。

 それこそが、“最も効率的な方法”であり、全員が意志を一つにし、力を合わせた時が、一番能率が上がる。

 実に単純であり、それ故に覆りようがない事実がそこにあった。









新歴65年 12月12日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 リビング AM5:30



 「えっと、じゃあ、その仮面の男は、一体何がしたかったのかしら?」


 「うむ、それが分からん」


 「昆虫採集、ってわけじゃねえよな、砂漠だし」


 「あんな気持ち悪い蟲を採集する奴の気がしれんし、考えたくもない」

 包囲戦より一夜が明けた八神家リビング。

 ヴォルケンリッター四人もまた、昨日の戦闘経過と今後の方針について語りあっていた。

 昨日ははやてがシグナムと共に帰ってきてからずっと一緒にいたことと、それぞれがかなり疲労していたこともあり、作戦会議は明朝早くということで決まっていた。


 「シグナムと、テスタロッサちゃんの間に割って入って、何かよく分からないおっきな蟲のようなものを攻撃して、悲鳴を上げる」


 「その上、小型の蟲に纏わりつかれ、管理局員と共に逃げ回る。何をしたいのか、さっぱり意味不明だ」

 レヴァンティンに記録されていた映像を、クラールヴィントが解析した結果がそれ、本気でわけが分からない。

 仮面の男が現われたのはこれで最初であり、特に守護騎士に力を貸したわけでもなく、そもそも何をしにきたか分からない以上、変人Xの扱いを受けるのも致しかたなかった。


 「まあ、どうでもいいんじゃね」


 「確かにそうだ、蟲が好きな変人一人程度、どうとでもなる。それよりも管理局の動向だな」

 そして、仮面の男には“蟲好きの変人”という評価が決定した。


 「我々に対する包囲網は、確実に狭まってきている。中継点から等距離にある世界で蒐集を行うのは得策ではない」


 「うん、それはザフィーラの言うとおりだけど、それより遠い世界となると、日帰りは難しいわよ」


 「家を空けることとなれば、どうしても主はやてに知られてしまう」


 「………はやてに、話すわけにはいかねえもんな」

 話せば、絶対に彼女は蒐集を止めるように言う。

 ヴォルケンリッターにとって主は絶対、改めて命令されれば、主が死ぬ覚悟であろうとも、反対することは出来ない。


 「闇の書も、60ページくらい減っちゃったから、現在423ページ」


 「状況は、芳しいとは言えんな」


 「むう……」

 蒐集を続ける以外に道はないのだが、はやてに知られぬまま続けるということが徐々に困難になりつつある。

 アースラが張った包囲網と、闇の書のページを消費させるという戦略。

 徐々にではあるが、大局的には管理局の優位が築かれつつある。

元々組織力では圧倒的な差がある以上、挽回は極めて難しい。

 だからであろうか。


 「あのさ、一ついい……」

 ヴィータにしては珍しく、弱気な発言があった。


 「どうした?」


 「ねえ、闇の書を完成させて、はやてが真の主になれば、それではやては、助かるんだよね」


 「………現在の浸食は、真の覚醒を迎えていないことと、主はやて自身のリンカーコアが未発達であることが原因だ」


 「うん、はやてちゃんが闇の書の仮の主になったのは生まれた時から、だから、ずっと続いてる魔力の吸収が、リンカーコアを通して身体機能そのものに悪影響を与えている」


 「故に、真の覚醒さえ遂げれば、少なくとも浸食は止まるはずだ。………その後の管理局との関わりについては、何とも言えんが」


 「そう……なんだけど、あたしはなんか、凄く大事なことを忘れてる気がするんだ」

 脳裏に浮かぶのは、ある少女の言葉。


 (例え、闇の書が破壊を命じても、騎士の魂は主が望まない殺人はさせないって。どこまでも主の願いを叶えるために機能する、それがデバイスだって)

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンは鉄鎚の騎士ヴィータのためにある。


 (今はまだ無理かもしれないけど、いつか教えて! 闇の書の蒐集を続ける理由を! そんなに必死になって、頑張り続けるそのわけを!)

 自分は、はやてのために戦ってる、はやてのために頑張ってる。

 だけど―――


 「なあ、前の主って、どんな人だったっけ」

 その時、自分の傍らにアイゼンはいただろうか?


 「前の―――」


 「主だと」

 ヴィータに問われ、シャマルとシグナムも熟考する。


 「あたしは、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、前の主のために振るった覚えがないんだ」

 蒐集を行った以上、戦うことはあったはず。

 だが、何かが足りていない、いやそもそも、仲間とすらまともに会話していたかどうか。


 「シグナムは、レヴァンティンを振るった覚えは、ある?」


 「………いや、ないな」

 それが、シグナムの答え。


 「………テスタロッサと戦っている時、私は、懐かしいと感じていたかもしれん」

 炎の魔剣、レヴァンティンを手にとって、主のために戦う自分が。

 烈火の将シグナムとして、真正面から敵を迎え撃つことが。

 例えようもない、懐古の念を呼び覚ましはしなかったか。


(最後は一発、全力で行こうかい!)

(ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!)


 遙かな昔、古の時代の記憶を。


 「はやてに会えたのはすげー嬉しいけど、なんであたしらははやてに会えたんだろ、闇の書の主は、絶対的な力を得るはずなのに」


 「それは………前の主が、完成する前に亡くなったから」


 「しかし、全ての主が完成前に死んだとも考えにくいな」


 「寿命という、純粋な問題もあるが―――」

 果たして、自分達は主を最期まで見届けたのか。

 最期まで主に仕えていたならば、なぜ、騎士の魂を主のために振るった記憶がない。


 「闇の書の完成で、はやてが助かるんなら、なんだってやる。けど、もし違ったら―――」


 「………このまま蒐集を続けるか、管理局と交渉の場を持つか、考えるべきかもしれんな」

 だがしかし、闇の書の闇はそれを許さない。

 ザフィーラがそう告げた瞬間―――


 はやての部屋から、車椅子が倒れる音が聞こえた。









新歴65年 12月12日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  AM11:04



 「大丈夫みたいね、安心したわ」


 「ありがとうございます、石田先生」


 「はあ、ほっとしました」


 「せやから、ちょい眩暈がして、手と胸がつっただけやってゆうたやん、もう、皆して大事にするんやから」


 「はやて、良かった……」

 病室故に、ザフィーラはいない。

 彼は屋上で、周囲の警戒にあたっている。


 「まあ、来てもらったついでに、検査とかしたいから、もう少しゆっくりしてってね」


 「はあい」


 「それと……シグナムさん、シャマルさん、ちょっと」





■■■




 「今回の検査では、何の反応も出てないですが、つっただけ、ということは考えられません」


 「はい、かなり痛がってましたから」

 リンカーコアは半物質故に、魔導力学によらない技術では干渉することすら出来ない。

 管理外世界の医療技術では、いくら検査しても“原因不明”以外になりえないのだ。


 「麻痺が、進行しているのかもしれません。これまでは、このような兆候はなかったのですよね」


 「と、思うんですが、はやてちゃん、痛いのとか、辛いのとか、隠しちゃいますから」


 「発作がまた起きないとも限りません、用心のため、少し入院した方がよいのですが、大丈夫でしょうか?」


 「…………はい」




■■■



 夕刻、はやての着替えや本などを取りに、彼女らは一度病院を離れた。


 「時間がない、蒐集を早めるぞ」


 「………ああ」

 管理局と交渉を持ち、他の手段を探る。

 最早、そのような悠長な手段をとれる状況ではなくなった。


 【ザフィーラ、主はやては?】


 【胸を抑えて、苦しんでおられる。お前達がいる前では平気そうにしていたが、やはり、リンカーコアが蝕まれているのだ】

 獣形態のザフィーラの視力は高い。

 周囲のビルの屋上から、魔法を用いぬ純粋な視力によって、彼ははやての容体を確認していた。


 【やっぱりか………ちっくしょ! 何でだよ! 何で、はやてばっかり苦しまなきゃなんねんだよ!!】


 【………】


 【………】

 想いは同じ、なぜ、あの心優しき主が苦しまねばならない。

 蒐集を行っているのは我ら守護騎士、民間人の少女を襲ったのも我ら、主には何の咎もないというのに。


 「闇の書……どうしてここに」

 心を痛める彼女らを気遣うように、一冊の魔導書が周囲に浮いていた。

 主を救いたいと訴えたいのか、ページをはためかせながら、守護騎士の周囲を飛び回る。


 「こら、外なんだから、飛び回んじゃねえよ」


 「………でも、私達には、それしかないのね」

 主が、苦しんでいる。

 闇の書を完成させない限り、その苦しみは強まる一方。

 いや、蒐集が進めば進む程、その苦痛も比例して大きくなるのだ。


 「この状態が長く続けば、命すらも危うい。500ページを超えた後は、速やかに666ページまで突き進まねばならん」


 「………こうなったら、入院はかえって好都合だ、夜もずっと、蒐集に行ける」


 「ほとんど休みなしで蒐集を続けることとなるが、覚悟を決めろ、ヴィータ」


 「当然だ! あたしの命は、はやてのためにある!」


 【シャマル、ある意味でお前の負担は一番大きくなる。主はやての入院生活の手助けと、管理局の動向の調査、そして、我々の後方支援を兼ねることになるぞ】


 【任せて、湖の騎士は癒しと補助が本領、風の参謀として、成し遂げてみせるわ】


 【ならば、急ぐとしよう、私はすぐに飛ぶ】

 場所が病院だけに、ザフィーラだけははやての病室には入れない。

 それ故、彼は一度も海鳴市に戻ることなく活動することが可能となる。


 【大丈夫か、ザフィーラ】


 【問題ない、お前達と異なり、私は野生の獣を糧に活動できる】

 だからこそ、ザフィーラは既に決めていた。

 これより先は、常に遠い世界で蒐集を続けることを。

 獣形態であれば、屋根がなくとも、寝床がなくとも身体を休めることは出来る。生の肉を喰らえば、糧とすることが出来る。


 【………私達も、そうあれればよいのだが】


 【それぞれに応じた役割がある。お前達は、主はやてを支えてくれ、ただ一人で終わりない苦痛と向き合うことは想像を絶する苦しみだろう】


 【ああ、絶対、はやてを一人になんかしねえ、ザフィーラも、間違ってもくたばんなよ】


 【心得ている】


 新たな誓いを胸に、守護騎士達は蒐集の旅へと出陣する。


 これまでよりもなおも厳しく、押し迫るタイムリミットと戦いながらの長く苦しい旅へと。



 【【【【  何があっても、主だけは救うぞ  】】】】


 不退転の覚悟を決めた騎士達は、遠い世界へと旅立ち――――



 「く、う、ううう……」

 彼女らが慕う主は、ただ一人で苦しみの中にあった。





あとがき
 そろそろ、原作との乖離が始まります。そのための要素はあちこちにありますが、ヴォルケンリッターがはやての友達であるすずかの友達がフェイトやなのはであることを知ったということが大きく、すずかは結構なキーポイントです。
 過去からの絆と、現代の絆、それらが交わる時まであと僅か、気合を入れていきたいと思います。それではまた。
 



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