Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第二十八話   夜天の歴史、欲望の影




新歴65年 12月12日  時空管理局本局  無限書庫 PM8:30



 【どうだユーノ、そっちは?】


 「順調ではあると思う、正直、予想よりずっと資料が多い」


 【それは、期待出来るな】


 「とりあえず、これまで分かったことを、報告するよ」


 【ああ、頼む】

 無限書庫にいるのはユーノとアリアの二人、通信先は時の庭園のクロノとエイミィ、そして、姿こそ見えないが中央制御室に座して全ての情報を処理しているであろう管制機トール。


 「って、あれ、ロッテさんは?」


 【………まだ体調が優れなくて寝込んでる、フェイトも今日は学校を休んだ】


 『ご心配なく、学校にはしっかりと連絡しておきました。高町なのはと愛の逃避行に出るための準備で休むと』


 「えええ!」


 【真に受けるなユーノ、身が持たないぞ】


 「………随分慣れてるね、クロノ」


 「ほんと、いつの間にか図太くなっちゃって」


 【君達に散々からかわれたのも理由の一つだよ、アリア】


 『まあ、私に比べれば貴女達はかなりましな部類でありましょう、ロッテリア』


 「その略しかたは色々問題あるような……」


 「そう? たまにそうやって呼ぶのもいるよ?」

 当然のことながら、ミッドチルダにその名を冠したチェーン店はない。


 【話がそれ過ぎている、ユーノ、本題に戻ってくれ】


 「うん、そうだね、まず、“闇の書”っていうのは本来の名前じゃない。古い資料によると、正式な名前は“夜天の魔導書”。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究するために作られた、主と共に旅する魔導書」


 【“夜天の魔導書”、それが闇の書の起源か】


 「それで、いつしか闇の書と呼ばれることになるんだけど、夜天の魔導書の起源に関する書物は数少ない、というか、一冊しかなかったよ」


 【一冊だけだと?】


 「かつて夜天の魔導書と呼ばれていたことや、どういうものであったか、という記述は他にもある。でも、どれも夜天の魔導書が作られてから少なくとも100年以上後に書かれたものばかりで、製作者が生きていた当時の資料と呼べるのは一冊だけ、だから、そっちの信頼性は低い、学会とかで発表できるレベルじゃないと思う」


 『そちらはとりあえず後回しに致しましょう。現在求められているのは“夜天の魔導書”ではなく、“闇の書”の性質の把握とその対策、つまり、夜天の魔導書がどうだったかではなく、どのように闇の書へと変遷したかがポイントかと』


 「分かりました。夜天の魔導書が破壊の力を無差別に振るうようになったのは、歴代の主の誰かがプログラムを改変したからだと思います。その改変のせいで、旅する機能と破損したデータを自動修復する機能が、暴走している」


 【転生と、無限再生は、それが原因か】


 『元来搭載されていた機能に、際限がなくなった、ということですね。ゴッキー、カメームシ、タガーメとて、暴走すれば無限にサーチャーをばら撒き続けます』


 【その例えだけは勘弁してよ……】

 嫌な想像をしてしまい、若干気分が悪くなるエイミィ。


 「一番ひどいのは、持ち主に対する性質の変化、一定期間蒐集がないと、持ち主の資質やリンカーコアを侵食し始めるし、完成したら、主の魔力を際限なく使わせる。闇の書の管制人格は、ユニゾンデバイスとしての特性も持っているから逃れることは出来ない、だから、これまでの主は皆、完成してすぐに」


 【ああ、停止や、封印方法についての資料は?】


 「それは今調べてるけど、完成前の停止は、多分難しい」


 【なぜ?】


 「闇の書が真の主と認めた人間でないと、システムへの管理者権限が使用できない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ。無理に外部から干渉すれば、主を吸収して転生しちゃうプログラムも入っている」


 「そうなんだよね、だから、闇の書の永久封印は、不可能だって言われてる」

 だが、しかし。


 『そうとも限りますまい、少なくとも、光明は見えました』

 時の庭園の管制機は、その情報をこそ待ち望んでいたと言わんばかりに呟いた。


 【今の話で、光明が見えたのか】


 【どうしようもない、って感じの内容だったけど】


 『いいえ、闇の書の暴走プログラムは永久不変のものではなく、度重なる改変によるもの、それが分かっただけで十分過ぎるほど、これならば、永久封印の可能性はあります』

 人間ならばいざ知らず、彼にはそれが分かる。

 なぜなら彼は、“時の庭園”という巨大システムを管理する、管制機なのだから。


 『ですが、確認しておきたいことがあります、ユーノ・スクライア、幾つか質問をよろしいでしょうか?』


 「え、ええ、現状で分かることなら」


 『感謝します。それではまず、夜天の魔導書が改変を受け、闇の書となった、その最初の改変はどのようなものであったか分かりますか? 私の予想では、夜天の魔導書の時点では“真の主以外には改変は不可能”という設定そのものが存在しなかったかと』


 「最初の段階では………それらしい記述は見られませんね、その特性が現れるのは少なくとも数百年はたってからのことです」


 『やはりそうですか』


 【なぜ分かったんだ、トール】


 『以前より気になっていたのですよ、闇の書が持ち主を“真の主”と認める条件が666ページの蒐集、これはおかしいと、なぜならそれでは、管制人格がユニゾンデバイスである理由がなくなります』


 「ええっと」


 『分かりやすく述べるならば、私です。夜天の魔導書という超巨大ストレージは、おおよそ時の庭園というシステムそのものに相当しましょう。ならば、管制人格とはすなわち、スーパーコンピューター“アスガルド”を制御し、全てのプログラムを指揮下に置く意思持つデバイス、管制機トールに他なりません』


 「なるほど」


 『であるならば、“真の主”に相応しいかどうかは私が判断すれば済む話。せっかくユニゾン機能があるのですから、主と一つとなり、我が主に相応しいか否かを問えばよろしい、そうして、真の主になった時にその存在は全てのプログラムを支配下に置く、ですが、これはいったい?』


 【なるほど、確かにおかしいな、持ち主が666ページの蒐集を終えれば、管制機である君の意志に関わらず、システムを掌握できるようになっている。これでは、順位があべこべだ】


 「つまり、改変されたんですね、“蒐集を終えた者が真の主であり、真の主以外は改変は出来ない”ように」


 『それが最初の改変とは言い切れませんが、そのような改変を受けたのは間違いないでしょう、ではここで一つ、シミュレーションを行ってみましょう』


 【シミュレーション?】


 『時の庭園を夜天の魔導書に見たて、その歴史を辿る旅に出てみようではありませんか、順序よく辿っていけば、これまで見えてこなかった事実が分かるやもしれません、ハッカー役は、エイミィ・リミエッタにお願いします』


 【え、私?】


 『私は管制機の役を、リーゼアリアは観客役を、ユーノ・スクライアは歴史的な捕捉役を、クロノ・ハラオウン執務官はツッコミ役をお願いします』


 「分かりました」


 【ちょっと待て、僕がツッコミ役というのは何だ】

 クロノの言葉は当然の如くスルー。


 『それでは、簡易的ながら、夜天の歴史を辿る旅を始めましょう』





■■■




 『遙かな昔、偉大なる大魔導師シルビア・テスタロッサは各地の魔導技術を蒐集し、研究するために巨大なる移動庭園、時の庭園を作り上げました』


 「大体合ってます、夜天の魔導書に蓄積された情報は、ある国に渡されて、ベルカの地全体の技術となっていったそうですから」


 『そして、彼女の後を受け継いだ、この世で最も完璧なる才色兼備の乙女、プレシア・テスタロッサは、時の庭園の主となり、長い蒐集と研究の旅に出かけました』


 【完全に君の欲目が入っている気がするが】


 【流石クロノ君、ツッコミ役、はまってる】


 「いい感じだよ、クロノ」


 『旅は続き、時の庭園はやがてその娘、フェイト・テスタロッサへと受け継がれます。その頃には、高度なデバイス技術や、魔力炉心を建造する技術、さらには生命工学に関する技術まで、実に様々な技術が時の庭園に蓄積され、ベルカの地に生きる人々のために使用されました』


 【ほとんど、時の庭園そのまんまだ】

 もう吹っ切れて、ツッコミ役に徹するクロノ。


 『しかしここで、その技術を狙って悪の大魔導師ナノハ・タカマチが現れます。世界の破壊を目論むナノハ・タカマチは、時の庭園に保管されていた次元断層すら引き起こすロストロギア、ジュエルシードを狙い、魔法少女フェイト・テスタロッサに悪逆なる攻撃を加えます』


 【なのはちゃんが聞いたら、ぶっ飛ばされるよ】


 【無理だな、トールの周囲には常に凶悪な中隊長機が侍っている】


 「ただまあ、歴史的にはそう間違ってもいないんですよね。“闇の書”は黒き魔術の王サルバーンによって作られたという伝承がありますけど、夜天の魔導書の起源を考えれば、多分逆の関係だったんでしょう」


 『激しさを増す両者の激闘、大魔導師、いいえ、魔王ナノハにジュエルシードを渡すまいと、正義の少女フェイトは母から受け継いだ時の庭園の権能を全て用い、ついに、魔王ナノハを打ち倒すことに成功します………自らの命と、引き換えに』


 「なんでそんなノリノリなのさ」


 【駄目ですよアリアさん、ツッコミ役はクロノ君】


 『残されたのは、時の庭園という巨大システムと、中枢コンピュータのアスガルド、魔法少女フェイトと共に戦いし中隊長機、そして、管制機トールと、奥深くに封印されたジュエルシード』


 【それでは戦う前にフェイトが気絶している】


 【だよねえ】


 「でも、夜天の魔導書の起源はそういう感じだと思います。最初の主はいなくなって、管制人格と、守護騎士プログラムだけが残された」


 「あいつらが、守護騎士役なの………」

 フェイトとロッテを意識不明の重体に追い込んだゴッキー、カメームシ、タガーメ、スカラベ。

 数もちょうど4つだが、守護騎士に例えるのはあまりにも彼女らが哀れであった。


 『そして、管制機トールは残された命題に従い、中隊長機を供に旅を続けます。各地の技術を集めることはこれまで通りですが、機械である以上、研究することは難しい、よって、封印されたジュエルシードを使おうなどと考えず、純粋に技術を高めるためにのみ時の庭園を使ってくださる方を選び、主としながら旅を続けました』


 【きっと、最初はそうだったんだろう】


 【主を失っても、役割を続ける管制人格、まさに、トールそのままだね】


 『しかし、ここにまた闇が忍び寄ります、魔王ナノハの意志を継いだ、怪盗エイミィ・リミエッタが現れ、時の庭園に侵入したのです』


 【あ〜、ハッカー役って、そういうことなんだ、ってか、怪盗エイミィって微妙に語呂がいいね】


 【能力的には、適任だな】


 「この時点では、時の庭園の歴代の主は割と自由にプログラムを改変できるけど、常に管制機がそれをチェックしてるし、何よりそんなことをしないような主が選ばれていますね」


 「だけど、そこに魔の手が忍び寄る、怪盗エイミィが」

 案外ノリがいいアリア。


 『怪盗エイミィはジュエルシード奪取を目指して進みますが、防衛プログラム“バルディッシュ”と、中隊長機に阻まれてそれは叶いません、アルカンシェルを用いて丸ごと吹っ飛ばすという手段もありましたが、ジュエルシードまで吹き飛んでしまうので本末転倒です』


 【アルカンシェルまで保有しているとは、何者なんだ、怪盗エイミィ】


 【てゆーか、どれだけ悪逆無道なの、私】


 『そこで、怪盗エイミィは魔王ナノハの遺産、攻勢ウィルス“レイジングハート”を使用します。ウィルスによって防衛プログラム“バルディッシュ”を突破し、中隊長機を沈黙させ、管制機を出し抜こうとする構えです』


 「それが、闇の始まり」


 「闇の書の闇、っていうわけね」


 『攻勢ウィルス“レイジングハート”と防衛プログラム“バルディッシュ”の戦いは長引き、その間に怪盗エイミィは悶死しました。ですが、その中にあっても、管制機トールの旅は終わりません。ウィルスを駆逐するまでは新たな主を迎えないという臨機応変の判断が出来ないことが、命題に縛られたデバイスの最大の欠点です』


 【なるほど、君が言うと実に説得力があるな】


 【悶死しちゃったんだ、私……】

 エイミィの嘆きはスルー。


 「最初の主、プレシア・テスタロッサに入力された命題を忠実に実行し続ける管制機、だから、ウィルスと防衛プログラムが戦っている間も、新たな主を探して旅を続けた」

 身近にそのような例がいるだけに、イメージがしやすい。

 トールが闇の書の管制人格であれば、そのようにしか動かないだろうと、クロノもユーノもエイミィも実感していた。


 『しかし、そのような状況では流石に管制機の演算性能も落ちます。よって、あまり主には相応しくない人物が選らばれるようにもなり、管制機のリソースがウィルスの対処に向いている間に、プログラムの改変も可能となりました。主にとっては、漁夫の利というものですか』


 【そして、夜天の魔導書は、徐々に闇の書へと変わっていった】


 【ウィルスはあくまできっかけで、本当の闇は、やっぱり人間の悪意ってことか】


 「だから、歴史を下るに従って、闇の書の性質はどんどん悪いものへと変わっていくんですね」


 『中には、その現状を憂いた主もいました。そこで、根気良く技術の蒐集を続け、時の庭園の書庫を満たしたものだけが主と認められ、管理者権限を使用できるようになるという制約を設けた、一生を蒐集の旅に費やす覚悟を持てるような者だけが主になれるようにと』


 「なるほど、そういう考えもあるわ」


 『しかし、ウィルスと防衛プログラムの戦いが続くにつれて、それも無意味のものとなります。中隊長機はウィルスに対処するためにいつでも出動できる態勢をとり、管制機の指示がなくとも動くことが可能となります、つまり、仮の主は中隊長機に命じるだけで蒐集を行えるようになった』


 【そのようなことを抑えるための管制機には、もはやそれだけの力がない。緊急事態になればなるほど、防衛プログラムが優先され、彼の使える力は落ちていく】


 【権限があっても、リソースがないんじゃどうしようもないもんね、司令官の権限があっても、動かせる兵隊がいないように】


 「逆に、中隊長機、ヴォルケンリッターを仮の主が使って、真の主になってしまう。そうなれば後は」


 『目障りな管制機を封じるための、蒐集が400ページを超えなければ管制機が起動できないようにするための改変、危険が迫れば、全てのデータを破棄する自爆回路の搭載、後は、人間の心の闇を映すままに』


 【そこまで来たら、後の流れは考えるまでもないな】


 【長い戦いの果てに、ウィルスはきっと、防衛プログラムと一体化しちゃったんだね。だから、ずっと滅ぼせなくて、プログラムが壊れることもなくて、中隊長機も徐々に狂っていく】


 「そしてついには、管制機も」


 「蒐集を終えた主と強制ユニゾンして、破壊の力を振るわせる。もう魔王ナノハも、怪盗エイミィもいないのに、ただ破壊だけを続ける、自分の中にいるウィルスを破壊するために」


 『故に、闇の書の暴走は止まらない、防衛プログラムは完全に暴走し、決して解消されないパラドックスに陥っているのです』


 【当然だな、破壊すべき対象が自分の中にある。けど、再生プログラムがある以上、何度破壊しても“ウィルス”は再生してしまう】


 【破壊対象であるウィルスも、破壊を行う防衛プログラムも、一緒に再生するんじゃ、いつまでたっても終わらないよ】


 「アルカンシェルなどの大出力で再生プログラムごと破壊しようにも、転生プログラムで逃げられる」


 『それが、現状の闇の書システムということですね。これはあくまでシミュレーションであり、実際の過程は異なるでしょうが、現段階ではパラドックスに陥っているということは間違いありません。無差別に破壊を振りまいているのではなく。法則に従った破壊であるために、決して脱出できない無限ループに陥っている』


 【もたらされる周囲への破壊という結果は同じだが、原因が異なるならば、永久封印のための方法も変わってくるな】


『これまで管理局が観測してきたヴォルケンリッターに明確な意思がなかったのも、既に、鋳型から作り上げる工程がウィルスに侵食されているからかもしれません』


 【今回は、たまたま上手く顕現出来た、ということか】


 【だとしたら、8回に1回くらいの成功率だよ、本当にもう、闇の書のシステムは壊れてるんだ】


 「それでも、ウィルスも防衛プログラムも消えなくて、無限の再生と破壊だけを繰り返す。もう主は、破壊のエネルギー源であるリンカーコアを提供するための生贄のようなものですね」


 【それに、守護騎士もな】


 【でも、これのどこに光明があるの?】

 怪盗エイミィ、いや、エイミィ・リミエッタが当初の疑問に戻る。


 『簡単なことです。管制機たる私は既にほとんど役立たずと化していますが、真の主はプログラムの改変が可能である、という法則はまだ失われておりません。つまり、闇の書を完成させれば、主の手で防衛プログラムと融合したウィルスをまとめて闇の書本体から除去できる可能性があります』


 「でも、完成と同時に管制機がユニゾンして、主の意識はなくなって無差別破壊に移行してしまうんじゃ」


 「しかも、完成前に外部から干渉したら、主を吸収して転生するんだよ」


 『その通りです。ですが、それらが同時であった場合は?』


 「え?」


 「同時……」


 『闇の書が完成した瞬間に、外部からシステムへの干渉があった場合、果たして、どちらが優先されるのか。主を吸収して転生するのか? しかし、闇の書は既に完成し、主は管理者権限を有している。ならば、主にユニゾンし暴走させるのか? しかしそれでは、外部からの侵入者を野放しにしてしまう、であるならば、なんとする』


 【………まずは外部からの侵入者を防衛プログラムが撃退して、それから、主を暴走させる?】


 【その間、主はフリーになる。つまり、プログラムの改変が可能となる、ということか】


 『無論、そのような場合にはまず主を殺し、転生を優先するというプログラムがあればアウトですし、融合した主に侵入者を抹殺させるという可能性もあります、しかし、そうではない可能性もある。光明があるというのは、つまりそういうこと』


 【もう少し、闇の書について調べるしかないということか】


 『もしくは、ヴォルケンリッターか闇の書の主に直接問いただすか、結局のところ我々は部外者に過ぎず、まだ我らの預かり知らない要素があるのかもしれません。それが絶望を招くやもしれませんが、希望に繋がる可能性もある、要は、諦めるには早過ぎる、ということです。特に私は機械ですから、確率は0%となるまで演算は止めません』


 「まだ光明はある、そういうことですね、僕も、頑張って調べます」


 「うん、私も手伝うけど、ちょっとそろそろロッテの様子を見に行くね」


 「はい、よろしく伝えてください」


 「元気そうだったら、私の代わりによこすから」

 そして、アリアは退出する。


 『話は変わりますが、ユーノ・スクライア、最初に述べていた一冊だけ存在した当時の資料とは?』


 「ああ、あれですか、夜天の魔導書のプログラムとか、そういうものじゃなくて、本当に、当時の歴史を記した資料なので、事件解決には役立たないんですけど」


 【しかし、その一冊だけ残っているということは、他の当時の資料は失われてしまったのか】


 「この資料では、黒き魔術の王サルバーンが敗れて終わっている。だから、彼が神と讃えられた質量兵器全盛の混乱時代に他の資料は焚書されたんだと思う、夜天の守護騎士や白の国に関することも含めてね、運良く残ったのがこの一冊なんじゃないかな」


 『白の国、それが、夜天の魔導書が作られ、その知識が蓄えられた国の名ですか』


 【いったい、夜天の魔導書を最初に作ったのは誰なんだ?】


 「それを作り出した人物の名前は載ってないんだけど、古代ベルカのドルイド僧だという記録が残ってる。なんでも、数百年をその魔導書と共に旅していて、旅する魔導書というよりは、最初は旅するドルイド僧の日記帳、みたいなものだったのかも」


 【そりゃまた、随分イメージが変わるねえ、その人が研究するために色んな事を書きこんでたメモ帳みたいなものだったんだ】


 【“夜天の魔導書”という名称には、何か由来が?】


 「多分ある、例の古い資料によれば、そのドルイド僧は白の国で“放浪の賢者”と呼ばれていたみたいで、彼が蒐集した各地の技術は白の国に集められて研究されていた」


 【じゃあ、国家から依頼を受けてその人は動いてたんだ】


 「そういうわけでもないみたいで、自由気ままにあちこち飛び回ってた、みたいな記述になっています。ただ、白の国は彼も好きだったみたいで、度々訪れていた、みたいな感じなのかな?」


 【そこまでは、当時を知る人間でもなければ分からないな】


 「その白の国は、山脈に囲まれた小さな国。“学び舎の国”という呼び名もあって、古代ベルカが滅亡し、初代の聖王が騎士達の王国の基礎を築き上げた時代あたりから存在していた。ただ、今から1000年近く前に滅んでる」


 【滅んだ、ってことは、やっぱり、戦争かな】


 「大別すればそうでしょうけど、ただの戦争じゃなかったみたいで………黒き魔術の王サルバーンによって滅ぼされた、という記録になっています」


 【やはり、彼によって滅んだのか】


 「うん、中世ベルカ時代、カートリッジシステムやフルドライブ機構を作り上げたという大魔導師。そして、彼に滅ぼされた白の国の騎士達は古今無双の兵と謳われていて、その名称が、“夜天の騎士”」


 【え、でも確か、“闇の書”は黒き魔術の王サルバーンに作られたなんて伝わってたから、逆転しちゃったってこと】


 【歴史における因果の逆転、つまり、黒き魔術の王サルバーンに対抗していた者達が“夜天の魔導書”を作り上げた、しかし、最終的には滅ぼされ、奪われた、そういうことか】


 「概要はそうだけど、この資料によれば、黒き魔術の王サルバーンも白の国との最期の決戦で滅びている、つまり、相討ちだったみたい。そして、従来の歴史資料では“雷鳴の騎士”と“名も無き弓の名手”によって討ち取られたことになっていたけど」


 【違ったの?】


 「それ以外に、さらに5人、“夜天の王”、“烈火の将”、“風の癒し手”、“紅の鉄騎”、“蒼き狼”が遙か次元の果てに永久に封じたと、そうなっています」


 【それは、まさか】


 「間違いないよ、それぞれの別名も付記されていて、“調律の姫君”、“剣の騎士”、“湖の騎士”、“鉄鎚の騎士”、そして、“盾の守護獣”」


 【間違いない、な。他の名称ならば騎士の異名としてあり得るが、“盾の守護獣”はそういないだろう】


 【じゃあ、白の国の夜天の騎士、それが、ヴォルケンリッターのオリジナル】


 「“白の国は友なる風によって守られた、堅固なる要害にて、最も風に愛されし土地、戦火が空を覆うとも、夜天の雲がそれを阻み、ついには闇を打ち倒す、夜天と闇は相克し、残されるは風の音のみ”そういう感じの文章で終わっています」


 『なるほど、確かに夜天の魔導書に関する資料というより、当時の歴史資料というおもむきですね』


 「ええ、そして、黒き魔術の王サルバーンの国、ヘルヘイムでは現在の管理局法で禁じられているような、あらゆる技術が栄えていたとも記されています。生命操作技術、人造魔導師、機械と人の融合、“融合騎エノク”、魔法生物の改造種(イブリッド)、果ては、毒化の魔力を備えた呪いの怪物や、真竜を改造した超兵器なんてものまで」


 【そりゃまた、とんでもないね】


 【まさしく、異形の技術が全て詰まった毒の壺、といったところか】


 「間違ってないと思う、何しろ、ヘルヘイムの執政官アルザングは“蟲毒の主”なんて呼ばれてて、黒き魔術の王サルバーンのただ一人の代行者だったとか」


 『随分詳しい資料なのですね、固有名詞まで載っているとは』


 「それが少し奇妙なんです、白の国の人物は全員称号ばかりで、固有名詞は書かれていないんですけど、ヘルヘイムの方は黒き魔術の王サルバーン、蟲毒の主アルザング、闇統べる王ディアーチェ、星光の殲滅者シュテル、雷刃の襲撃者レヴィ、探究者キネザと、固有名詞が書かれているんです、ただ一人、“復讐者”を除いては」

 なお、“虐殺者”と“破壊の騎士”は省かれていたという。


 『それではまるで、その資料を残したのはヘルヘイムの人間であったようではありませんか』


 「何ですけど、だとしたら黒き魔術の王サルバーンの敗北をそのまま書くとは思えなくて、だから、後世の創作という線も捨てきれないんです」


 【なるほど、それで君は最初に学会では発表できないと言ったのか】


 【ねえ、著者はなんていうの?】


 「それが……ええと」

 一瞬、ユーノは言い淀み。


 「“ヴンシュ”、そう記されているんですけど、これって、当時の言葉で“欲望”を意味しますので、本名とはあまり考えられません、多分、偽名かニックネームのようなものだったんじゃないかと思います」

 謎の資料の、謎の著者の名前を告げていた。












新歴65年 12月12日  第一管理世界  ミッドチルダ  首都クラナガン  某所




 一人の女性が、広い空間の中に佇んでいる。

 紫色のロングヘアーを持ち、ピアノの鍵盤めいた特殊な機器を操作するその姿は、華麗なピアニストを彷彿とさせる。

 ジェイル・スカリエッティに作られし、戦闘機人NO.1、ウーノ。

 製造時期は新歴51年の春、肉体増強レベルは現段階ではC、飛行・空戦はおろか、固有武装すら持っていない。


 「あら、それはまた―――」

 しかし、彼女の役割を考えればそれも当然、ジェイル・スカリエッティの秘書が彼女の生きる理由であり、戦闘時は通信や情報収集を担当。また、現在は自身をアジトのCPUと直結しており、その機能を管制している。

 稼働歴も既に14年、生まれた当初からこの姿ではあったが、作られた命ゆえの“軽さ”や“儚さ”はなく、数多くの人生経験を積んだ個人としての自我を持っている。


 「うふふ、ドクターがお喜びになりそう」


 【私が必死の潜入の果てに得た情報なのだから、大事にして欲しいわ、ドクターはなんでも子供のように散らかすから】


 「そこは私が整理整頓するからいいわ、それに、必死の潜入とはいっても、貴女にとっては造作もないことでしょう」


 【貴女も一途よねえウーノ、私だったら、とっくの昔にドクターを捨てて、いい男を探して旅に出てる】

 ウーノが対話している相手もまた、ジェイル・スカリエッティに作られし戦闘機人、NO.2ドゥーエ。

 製造時期は新歴52年の春、ウーノとはちょうど1歳離れており現在13歳、同じく飛行・空戦のスキルは持っていない。肉体増強レベルも同様にC。

 そして、自我という面ならば、ウーノよりも発達していると思われるほど、自由奔放な気質を持つ妖しげな魅力と身体を備えた女性であった。


 「私もそのつもりで旅に出したのだがね、未だに特定の誰かと結ばれる気配がないというのは、喜ぶべきか、悲しむべきか、実に、実に判断に迷うねえ、くくくくく」

 通信スクリーンを介した二人だけの空間に、新たな足音が響き渡る。

遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 このような存在は次元世界広しといえど、ただ一人しか存在しない。

 と、言いたいところではあるが―――


 「お帰りなさいませ、ドクター」


 【あら、脳味噌の方々のところからお戻りになられたの】

 彼に対して挨拶する二人の女性もまた、似た容姿と近しい気配を携えている。

 特に、ウーノの容姿は彼に近い、髪の色も瞳の色も同じであり、性別だけ入れ替えたと言われてもしっくりくる。ただ、気質自体は真逆に位置するが、それ故に彼女は“スカリエッティのもう一つの頭脳”、彼の欠けたる器。

 対して、ドゥーエの容貌は異なり、髪の色は紫ではなく金、瞳の色も黄金ではないものの、その気配は彼に瓜二つ。いや、ジェイル・スカリエッティの大元に近いと言うべきか。


 「集中治療室へのお見舞いも、墓参りも、長々と続けて楽しいものではないからねえ、くくくく、君達はどう思うかね、果たして私はどちらへ行って来たのだろうか?」


 「今はまだ、集中治療室で正しいと思いますけれど」


 【約束の時来たれば、墓参りが正しいかと、ドクターが指揮し、私達が奏でる葬送のオーケストラ、今から楽しみでなりませんわ】


 「君は気が早いねえ、ドゥーエ、まだ奏者が揃ってすらいない、セインやディエチはまだ生まれて2年ほど、その下の妹達に至ってはまだ生まれてすらいないというのに」

 二人は共に新歴63年生まれ、セインは春、ディエチは冬に。

 多少の経験は積んでいるものの、ウーノやドゥーエとは10年以上の差があり、彼女らから見れば赤子のようなもの。


 【妹達とは会っていませんから、私も早く会いたいのですわ、チンク、クアットロはなかなかいい子たちですけど、もう少し元気のある子達も見てみたいですもの】

 新歴60年冬に生まれたチンクと、新歴61年秋に生まれたクアットロ。

 番号では後だが、チンクが先に生まれており、5歳になった現在では単独で任務につくことも増えてきた。4歳のクアットロはウーノの補佐的な立ち位置にいるため、まだ単独でアジトの外には出ていない。

 クアットロの教育担当がドゥーエであり、外出する際はドゥーエが同伴していたこともなり、かなり懐いていた。


 「あら、トーレはとても元気いいと思うけど」


 【彼女はあまり妹という気がしないの、そりゃまあ、妹ではあるのだけど、年下という感じがちょっと足りないし、何より、私達とは違うでしょ】

 戦闘機人NO.3、トーレ。

 製造時期は新歴55年の夏、ドゥーエより3歳ほど若く現在10歳だが、肉体増強レベルは既にAAA、高速機動を可能としており、固有武装インパルスブレードは内蔵型であるため生まれた時から有していた。

 ナンバーズの実戦指揮官となるべく生まれたため、早期から実戦経験を多く積んでおり、戦闘技術は既に一流と呼んで差し支えなく、その性格が武人気質であるためか、ドゥーエにとっては少々扱いずらい。

 チンクはウーノから教えを受けたため、常識人であり、クアットロはやや危ない思考を持つドゥーエの教えの下、やや危ない思考を引き継いだ。しかし、トーレは上二人の影響を受けず、独自の精神を有していた。

 ただ、ディエチはウーノやチンクの教えを受けたため普通の女の子となりつつあるが、セインはISも性格も突然変異というべきかもしれない。


 「なるほどなるほど、それはまあ、必然というべきか、君はデザイアの因子が強く、トーレは彼の影響を受けているのだろう。それより下の娘らはただの奏者である故に、因子をもたない、そういった意味では、ジェイル・スカリエッティという個に近いのはクアットロなのかもしれないが」


 【少しばかり、まとも過ぎるかもしれませんわね、私を慕ってくれるのは素直に嬉しいですし、とってもかわいいのですが、ドクターの因子を受け継いだにしては、少々人間的ですわ】


 「無限の欲望を継ぐには、足りない、貴女はそう思うの? ドゥーエ」


 【さあてどうでしょう、そういうこともあるでしょうけど、そうでないこともあるかもしれない】


 「くくくくくく、本当に君は我が本質に近しい。ならば、やはりウーノ、私の半身は君であるようだ」


 「当然です」

 奇妙な会話、そうとしか表現できない。

 それぞれに個性があり、全く別の人間でありながら、同一人物が鏡に話しかけているような。

 自分とは逆しまの虚像であるが故に愛しく、誰よりも理解できるのだと、誇っているような。

 何とも奇妙、そして不可思議、にも関わらず必然。


 「さてと、忙しい君からわざわざ連絡があったということは、何か面白い話でもあったのかな」


 【ええ、とても面白い話が】


 「さあて、一体何だろう、面白い話を聞く前の興奮というものは、何度感じてもよいものだ、そうは思わないかね、ウーノ」


 「ええ、その通りですわ」


 【独自の惚気を展開されるのは構いませんが、報告させていただきましょう――――無限書庫が久々に開かれ、“ヴンシュ”の遺した手記が、世に出ました】


 「ほほう、それはそれは、実に、実に興味深い」


 【脳味噌の方々が“デザイア”であった頃の貴方より鍵を授かった、アルハザードの大図書館の分館、まあ、人間世界の知識を詰め込んだだけの模造品に過ぎませんが、管理局はようやくアレを活用できる段階まで“成長”してくれたようです】

 その言葉は、まるで彼女が管理局の黎明期から眺めてきたかのよう。

 作られてから13年であり、そのような知識など在るはずがないというのに。


 「神秘部の端末達も、情報の収集だけは未だに機能しているからねえ、問題はそれを整理し、管理局のための情報として運用する司書がいないことであったが、それがついに現われた。無限書庫の司書長、“書架の王”の名を受け継ぐに足る少年が」

 そこまで彼女は言っていないが、彼は知る、これもまた、以心伝心と呼べるものなのか。


 【加えて、私が潜入していた聖王教会より入手した、聖王の聖骸布に付着した血液。あれが、最高評議会の発注の下、各地の研究機関へと分散されました、近いうちに、そちらにも届くでしょう、始まりの鐘が鳴りました】


 「なるほどなるほど、今は新歴65年12月、復活の時まで残り10年を切ったのだったね、いやはや! 面白い! 実に面白い! いよいよゆりかごの胎動が始まるか!」


 「ゆりかごの胎動とは、詩的な表現ですね」


 「ふふふふふ、確かにそうかもしれないねえウーノ、しかし、聖王の肉体こそが鍵である以上はそういうことになるだろう。これは、まったくもって面白い! 初代の聖王が遺したゆりかごの鍵が作られ始めたこの時に、黒き魔術の王サルバーンの時代の遺産が世に出るとは! あはははははははははははははははははははははははは!!」

 笑う笑う、嘲笑う。

 何を笑う、なぜに嗤う、どのようにすればそこまで哂えるのか。


 「遙か古の聖王の御代、ゆりかごを彼に託した私は“デジール”であった。その時より500年、唯一対等の友であった黒き魔術の王サルバーンの隣で、私は“ヴンシュ”と名乗っていた。そしてさらに850年、“デザイア”となった私は三人の若者に出逢った、無限の欲望を呼ぶに相応しい最後の存在に、人の身を捨ててまで人の世をこの手で救うのだと、愚かしくも素晴しい渇望に喰われた求道者に、さあ、復活の時はもうすぐそこに!」

 嗤う道化を演じる彼を、二人の女性が見つめる。

 彼が何を思うかなど、考えるまでもない。

 彼女らもまた、彼と同じ因子を持つ、彼の欠けたる器なのだから。


 「あと10年! さあ、カウントダウンは始まった! これより先、いかなる物語が紡がれるか、主演は一体誰となるか! 観客席の皆さまもご照覧あれ、無限の欲望が主催する、ただ一度の慰霊祭! 葬送のオーケストラを!」

 その未来に、何が待つか。

 望む未来を得るには、いかなる絆が必要か。

 絆を紡ぐための、出逢いはいずこに。


 「さあ、答えを見せてくれたまえ、時空管理局よ、彼らの意志を継いだ君達は、どのような道を歩むのか」

 無限の欲望を秘めた道化、いや、今はそれを演じる一人の人間でもある彼は、静かに待つ。


 「奏者たる我が娘達、誕生の時を望みたまえ、世界はかくも君達を祝福している」

 異形の愛で、生まれゆく娘達を包みながら―――


 「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 欲望の影が、笑い続ける。


 






あとがき
 A’S編もいよいよ佳境となりますが、ここでウーノさんとドゥーエさん登場。A’S編での出番はここから先ありませんが、言うまでもなく完結編のStSへの伏線です。
 “出逢い”に始まり、“絆”へ繋がり、“未来”へ至る。本三部作の流れはこれなので、どうしてもA’S編で彼らが一度出る必要があり、登場させることとなりました。人間世界の始まりから、眺め続け、嘲笑い続けてきた道化の影、その彼が巻き起こす葬送のオーケストラ、それが、本作品のフィナーレとなります。Vividは、解答編という位置づけです。
 そこまでのプロットは大分出来ているのですが、何しろ長いので、書ききるのはいつになるか想像つきません。ですが、途中で投げることだけはしたくないので、完結までは書ききりたいと思います。“駄作”という評価も完結してこそのものだと思うので、次の作品の糧にしたいと思います。それではまた。




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