Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第六章  中編  闇の欠片達




ベルカ暦486年  エトナヴェットの月  エレヒ王国  南部  緑の街カトレア



 エレヒという名の国がある。

 中世ベルカの時代、幾つかの次元世界に跨って同一の文化が浸透しており、初代の聖王が築き上げた“列王の鎖”と呼ばれる盟約が存在していた。エレヒもまた、その盟約を持つ国の一つである。

 それは条約などによる公式文書に残るものではなく、同盟関係を意味するものではない。盟約を守る国同士でも幾度となく戦争は起こり、その度に騎士達は戦場で果て、無意味にその命を散らしてきた。

 ただし、戦争で死ぬ者は騎士であり彼らと共に戦う兵士であった。戦う力を持たぬ民を襲うことは禁忌とされており、現代風に述べるならば、“列王の鎖”とは国家総動員の総力戦に雪崩れ込むことを回避するための、一種の“戦争法”に他ならず、騎士達はそのための英雄という名の生贄であった。

 エレヒという国はある世界の砂漠の大陸に存在しており、国土だけならばベルカ諸王国の中でも最大級であったが、その大半は人の住まぬ砂漠であり、人口そのものは群を抜いて多いわけではなく、中堅どころという評価が適当といえるだろう。


砂漠の王国


 そう呼ばれるエレヒの国において、緑が豊かな土地は数少ないが、水の精霊の恩恵を強く受けたオアシスの周囲には実り豊かな楽園が広がることもある。

 “緑の街”カトレアはエレヒ南部の中心に位置する数少ない楽園の一つであり、エレヒはおろか、ベルカ諸王国全体で見ても類まれな美しい土地であると呼ばれていた。

 だが、今はそう呼ぶ者はただの一人としていない。

 ほんの一年前までは、風の祝福を受けし緑の楽園、白の国に勝るとも劣らぬ自然の景観を誇ったその土地は、黒き魔術の王の国、ヘルヘイムより流れ出る野心と欲望に染まり、灰色の荒野と化していた。


 ―――発端は、一人の騎士の反乱であった


 悲しいことではあるが、今のベルカではそう珍しいことではなく、ストリオンやミドルトンに数か月遅れ、エレヒの国においても反乱が起こり、やがては内戦へと拡大していった。

 その内乱は一言で述べるならば群雄割拠の様相を見せ、王家という拠り所を失った国は国土そのものが大きかったためか、当初は都市単位で分散し、小勢力が100近く入り乱れることとなったが、数か月も経つ頃には5つの大勢力へと纏まりを見せていた。

 北部ドレステン、南部カトレア、西部ブリュー、東部アルドガレン、そして、国名と同じであり、かつては王都であった中央部エレヒ。それらの街が中心となり、砂漠の王国エレヒは5つの小王国までは統合されていった。

 その状態まで進んだ後も戦乱が止むことはなかったが、それぞれの勢力が大きいために一度の戦いの勝敗によって大局が定まることもなく、獣のように争い、縄張りを奪い合っていた戦いは、策略と裏切りが入り乱れる謀略戦の様相を見せていく。

 長く続く戦乱は人の心を荒ませ、人間の社会を破壊していく、しかし、獣になりきることも出来ず、エレヒの国に割拠する有力者達は権力闘争に明け暮れ、一か八かの最終戦争に踏み切ることもないまま、慢性的な戦争状態だけが延々と続いていた。


 だがしかし、分割された砂漠の王国は野心と欲望の根源たる魔人の王国によって滅ぼされることとなった。


 そこに意味は特にない、地獄の法を司る執政官が“価値なし”と見なし、殲滅者を送り出した、ただそれだけのことである。

 ヘルヘイムと敵対する道を選び、王の下に結集するでもなく、己の野心のままに突き進み、国を奪うべく戦い続けるでもなく、今の権力に半ば満足し、見せかけだけの野心の旗を掲げたまま現状維持を望む者達に、存在する価値などない。

 もし、そこに価値があるとするならば、


 「エレヒの国に生きる価値なき者達よ、何もなせぬまま異形の餌となるがよい、それが分相応というものだ――――ですか、なんとも彼らしい言葉です」

 弱肉強食の法の下、強者の糧となることのみである。


 「とはいえ、命令は命令ですし、私も別にその程度の国が滅ぶことに思うところはありません、速やかに終焉をもたらしましょう」

 そう呟き、静かに術式を紡いでいくは“星光の殲滅者”の異名を持つ一人の少女、個人としての名をシュテルという。

 黒き魔術の王サルバーンに作られし原初の人造魔導師であり、砲撃魔法に関してならば既にヘルヘイムにおいてサルバーンを除けば敵うものはない砲撃の名手。

彼女達が執政官アルザングより下名された事柄は三つ、新たに開発した己の能力とそのために調整したデバイスの試運転、同じく開発された異形達の能力の評価、そして、砂漠の王国エレヒの“選定”。

 エレヒ南部に位置する緑の街カトレアは5つの大勢力の1つが本拠地としていた街であり、かつては緑の覆われていた土地には城壁が聳え立ち、さながら要塞の様相を呈していた。

 だがそこに地獄の軍勢が押し寄せ、緑を犠牲にすることで築き上げた城壁は、異形の群れによって蹂躙されていった。

 ヘルヘイムより解き放たれた異形達が命じられた内容は“砂漠の国の人間を喰らい尽せ”、ただそれだけ。

 新鮮な肉を求め、異形達は広大なる砂漠を水一滴もなしで踏破した。本来、異形の怪物は太陽の光を嫌う傾向があり、炎天下の砂漠は彼らにとって地獄のようなものであるはずだが、地獄から湧き出てきた者達が地獄を踏破出来ぬはずもなかった。


 「改良は順調のようです、以前は大規模な空間転移の陣によって白の国まで転送させましたから、兵力に限りがありましたが、これならば―――」

 百万に届く異形を、人間の街を無人の野と化しながら無限に進軍させることが出来る。

 途中に村は街、国があるならば、それはそのまま動力源となる、まさしく弱肉強食の掟のままに。

 ヘルヘイムの軍勢は西側から侵攻を開始し、最初の標的は西部のブリューという街であり、既に滅んでいる。そこから北部、中央部、南部の三つに分かれて進軍した異形達は侵攻路に存在した集落を喰い尽しながら、脱落することなく目的地へと到達していた。

 後に残るものは何もない。異形の群れは何もかもを破壊し、喰らい尽くし、その命が尽きるまで前進を続ける。

 それはまさしく、女王を失って狂い、暴走を続ける蟲のように。


 「流石は“蟲毒の主”、見事なものです。ならば、私の期待に応えねばなりませんね、行きますよ、ルシフェリオン」

 その言葉に応じるように赤紫色の魔導の杖、ルシフェリオンが起動し、射撃体勢をとる。

 ベルカの騎士達が扱うアームドデバイスと異なり、シュテルのルシフェリオンは完全に射撃魔法に特化しており、誘導弾の制御、魔弾の高速化、そして、大威力殲滅砲撃こそが、彼女の魂の真価である。


 「カートリッジロード、フルドライブ」

 連続で5つものカートリッジが炸裂し、栗色の髪を持つ少女の杖に日輪が墜ちる。

 赤紫色の輝きはその強さを際限なく増していき、破滅の恒星がそこに顕現されていく。


 「固有技能(インヒューレントスキル)、“魔砲の射手”」

 さらに、星光の殲滅者たる彼女が自己の研鑽によって紡ぎあげた技術が、集った光を収束し、洗練させ、彼女そのものを極大の砲口となす。

 “魔砲の射手”は用途を砲撃に限定してしまうリスクを負う代わりに、リンカーコアの限界を超えた大出力と、決して暴発させず、相手へと正確に撃ち放つ狙撃の特性を備える。

 この権能を極めたならば、総合力ではAランク程度の魔導師であっても、オーバーSランクの砲撃を放つことすら不可能ではない。

 そして、純粋な自身の魔力のみでSランクに達しているシュテルがそれを使えばどうなるか


 「集え、明星、すべてを焼き尽くす焔となれ―――――ルシフェリオンブレイカー」

 あらゆるものを一瞬で蒸発させる無慈悲にして安らかな死が、かつての緑の楽園を覆う。

 “魔砲の射手”によって極限まで収束された大威力殲滅砲撃魔法は、着弾と同時に炸裂し、灼熱のドームが都市を飲み込むほどにまで広がり、ヒトも街も、あらゆるものを飲みこんでゆく。

 緑を犠牲に数多の鋼を生み出し、戦うための城塞と化したはずの楽園は、たった一人の少女が放った煉獄の炎によって、原初の砂漠へと還っていった。

 当然のことながら、数多くの異形もまた焼き尽くされることとなったが、それは顧みるに値することではない。
 

 「………ふうっ、ん……く」

 だがしかし、その代償もまた、軽いものであるとは断言できず。

 悪魔の所業を行った少女の顔が歪むのは、罪の意識に苛まれているからでは断じてなく、そも、黒き魔術の王サルバーンが作り上げた原初の人造魔導師にして、蟲毒の主アルザングが調整と教育を引き継いだ一号(アイン)が罪を感じるような精神性を有するはずもない。

 彼女の顔が歪む理由はごく単純、今は生ける者なき死の砂漠と化したかつての緑の街へと放った破滅の極光が、まだ成長しきっていないリンカーコアに多大な負荷をかけ、専用のデバイスたるルシフェリオンですら受け止めきれない反動が返ってきたためであった。


 「フルドライブにカートリッジ5発使用でこれですか………ならば、リミットブレイクを使えばどうなるかなど自明の理ですね、“魔砲の射手”は強力ではありますが、元々の魔力が高い私にはリスクが大きい。ですが、それを恐れるようでは彼女には永遠に届かない」

 その目に映るのは生ける人間が悉く蒸発した廃墟ではなく、半年ほど前に彼女を打ち負かした一人の女性騎士。

 烈火の将はフルドライブを使うことすらなく、フルドライブ状態であった自分を打ち負かした、シグナムが切り札を用いなかった理由は蟲毒の主が“幻惑の鏡面”を用いて近くに潜んでいたからではあったが、全力ではない敵に敗れたのはシュテルにとっては忘れ去ることの出来ない記憶だ。


 「とはいえ、成長しきっていない私の身体では受け止めきれないことは事実、ならばそれを受けとめるためものがあればよいのですが、融合騎“エノク”では足りません。あれは、私達に合うものではない」

 融合騎“エノク”は相手に合わせるような器用な真似は出来ず、その精錬度も決して高いものではない。それに耐えきれる者へのみ力を与える特性である以上、シュテルならば死ぬことはないが、魔導師が融合騎の方に合わせなければならない以上、プラスマイナス0がせいぜいでしかない。

 “破壊の騎士”サンジュや“虐殺者”ビードは融合騎“エノク”と反発することなく適合したが、裏を返せば、“エノク程度”が彼らには最適であったということ、最高純度の人造魔導師であるシュテルには、エノクは不純物の多すぎる不良品でしかないのだ。


 「まあ、私は調律師ではありませんから、待つしかありませんね、私に出来ることは、“探究者”が新型の融合騎を完成させた際に融合事故などという醜態をさらさぬよう、リンカーコアの制御技術をあげることだけ」

 “破壊の騎士”サンジュや“虐殺者”ビードが先の戦いで滅んだ後、ヘルヘイムの執政官たるアルザング配下の二人の人物がそれに代わる実力者となった。

 一人は、“探究者”と呼ばれ、アルザングの蟲毒の壺から這い上がった者の一人であると同時に、サルバーンやアルザングに劣らぬ程の探求欲に溢れ、ヘルヘイムの技術を高め、それを纏め上げることを己の使命としている。現在、エノクを凌駕する新型の融合騎を開発しているのはその人物であった。

 さらにもう一人、“復讐者”と呼ばれる人物がアルザングの片腕と見なされている。こちらは僅か3ヶ月ほど前にヘルヘイムにやって来たばかりの新参者でありながら、その地位に昇りつめた実力者であった。

 シュテルはその人物と面識がほとんどなかったが、彼女と同じく、街や国を殲滅し、顔色一つ変えず、眉の一つすら動かさず、全てを無に帰す鋼の精神の持ち主であると聞いていた。


 「まあともかく、廃墟に用はありません」

 “復讐者”のことを考え、星光の殲滅者たる自分も同じような存在かと意味のない思索をしながら、シュテルは空中で踵を返す。殲滅が完了した以上、最早この場におけて彼女がやるべきことはない。

 餌がなくなったのならば、新たな餌を求めて生き残った異形達は動くことだろう。星光の殲滅者によって攻略目標が焼き滅ぼされようとも、いつか騎士や魔術師に殲滅されるその時まで、彼らの進軍が終わることはない。


 「――――レヴィは、上手くやっているでしょうか」

 性能の評価は既に済み、後は意味もなく死ぬまで進軍を続けるだけの異形などは精神の隅へ追いやり、彼女は自分より1年近く遅れて生まれた、密かに妹のように思っている人造魔導師の少女のことを想う。

 彼女もまた黒き魔術の王サルバーンが作り上げた人造魔導師である以上、夜天の騎士ならばいざ知らず、通常の騎士に後れを取ることはあり得ないが、それでも少し心配になる。

 何より、彼女が担当した中央部エレヒは、旧エレヒ王国の残党が残り、王家の正統を掲げている。

 五大勢力とはいうものの、騎士の大半は中央部のエレヒに属しており武力では群を抜いている、他の四つが連合し、経済力や生産力によって緩やかに対抗しているような状況であり、後先を考えずに侵攻するならば、エレヒ全域を攻略できるほどの戦力を有しているはずなのだ。


 「行ってみましょう、全ては私の意志のままに」

 悩むくらいならば行動せよ、己の行動を己で決める権利を勝ち取ったものを強者と呼ぶ。

 シュテルもまた、ヘルヘイムの法は理解している。ならばこそ、“命令されてもいない行動”を勝手に取るのだ。

 命令がなければ動けないゼンマイ仕掛けの人形など、ヘルヘイムでは塵芥程の価値もない。逆説的に言うならば、ヘルヘイムの軍勢は全て命令がなくとも殺戮を続ける、人を殺すために存在する怪物なのであり、止めるためにこそ命令が必要となる。


 「まったく、お前は少々あれに甘過ぎるのではないか、シュテルよ」

 そこにかけられる声が一つ。

 眼下に広がる地獄の光景と比較すれば場違いとしか思えない少女の声であったが、そもそもこの地獄を作り出した存在もまた外見9歳程、実年齢1歳半の少女なのだから、どのような存在が場に合っているのかは判別しにくい。


 「おや、ロード・ディアーチェ、貴女まで来ていたのですか」


 「無論、臣下がヘマをしないように備えることも主君たる者の務めだ。我は王なのだぞ」


 「………過保護という言葉ならば、私よりもむしろ貴女の方があてはまる気もいたしますが」


 「何か言ったか?」


 「いえ、何も」

 とぼけつつ、シュテルは臣下として主君に礼をする。

 彼女の主君、“闇統べる王”ことディアーチェは灰色の髪を持つ少女であり、シュテルよりも若干背が低く、今は防護服を顕現させているため、黒衣を纏っている。

 シュテルは赤紫色の軽装甲冑を身に纏い、レヴィも装甲と呼べるほどのものでもないが、一応は甲冑の形をなしている藍色の防護服を纏っているため、騎士甲冑と呼べるものであるが、ディアーチェのそれは甲冑とは呼べない。

 黒と紫の中間のような色のジャケットに加え、背中には漆黒の翼、さらには腰からマントのような布が広がっており、魔導の杖エルシニアクロイツを構えたその姿は堂に入っている。


 「しかし、戦装束での闇統べる王の出陣とは」


 「取るに足らぬ塵芥とはいえ、国家一つを滅ぼしに来たのだ、看取ってやるのが礼儀というものだろう」


 「そうですか、それが貴女の道なのですね、我が主」


 「そうとも、それが我の覇道なり」

 己の道を断言し、ぶれることなく滅びゆく国を見つめるその姿は、まさしく覇道を往く王のもの。

 ディアーチェは黒き魔術の王サルバーンの遺伝子よりクローン培養された人造魔導師であり、彼が不在の今、ヘルヘイムの頂点に君臨している少年王である。


 「しかし………」


 「何だ?」

 シュテルには、以前より気にしていることがあった。


 「いえ、貴女の格好なのですが…………太腿あたりまで素足をさらしてしまって、恥ずかしくないですか?」

 シュテルやレヴィは軽装甲冑を纏っているため、素肌が出ている部分はほとんどない。しかし、ディアーチェの場合はそうではなかった。


 「言うな! わたしだって恥ずかしいんだ!」


 「素が出ていますよ、ロード・ディアーチェ」


 「う……まったく、お前には主君を敬う気持ちがないのか」


 「もちろんありますよ、実に可愛らしい主君ですから」


 「エルシニアダガー」
「パイロシューター」

 予備動作なしで放たれた魔弾を、同じく予備動作なしの誘導弾で相殺。


 「殺すぞ?」


 「もう既に殺すための魔法を放っています」


 「この程度で死ぬ輩ならばヘルヘイムに必要ない」


 「まったく、その辺りは実に父親そっくりであり、なおかつアルザング様の教育の成果がよく出ておられるようですね」


 「………ふん」

 自分でも大人げない行動だと思いなおしたのか、ディアーチェが矛を収める。


 「でも、やっぱり恥ずかしいのですね」


 「いちいち蒸し返すな! これは、まあ、我が“少年王”であるためには仕方ないのだ。仮にもヘルヘイムの頂点に君臨する“闇統べる王”がロングスカートを履いた“少女王”では話になるまい」


 「まあ、それは確かにそうですが、例えばタイツを履くとか」


 「それもそれで問題がある。ヘルヘイムの王がタイツを履いているというのも微妙だろう」


 「うむむむ、難しいものですね」

 ディアーチェはレヴィよりもさらに遅く目覚め、まだ生まれてから三か月ほどしかたっていない。

 その間、多くの時間を共に過ごしたシュテルは、ディアーチェが可愛いもの好きの少女らしい面も持っていることを知っており、尊大なようでいて恥ずかしがり屋であることも理解していた。

 とはいえ、ディアーチェがそのような面をさらけ出すのはシュテルかレヴィの前だけであり、その他の臣下の前ではまさしく“闇統べる王”であり、一か月ほど前には三人だけで国家を滅ぼしたりもした。


 「それで、ロード・ディアーチェ、エレヒ攻略の評価は如何に?」


 「異形共の出来に関しては悪くはない、が、完成にも遠いな。昼間でも進軍出来るようになったのは大きな進歩だが、行軍速度は夜間に比べ明らかに劣っている、それはお前も確認しただろう」


 「そうですね、それに、戦闘能力や運動能力、なによりも凶暴性において昼間は衰えています」


 「この程度の塵芥の国を落とすならば十分な戦力であるが、白の国を攻略するならばまだ足りん。まあ、これらはあくまで雑兵に過ぎぬが、事は万全を期す必要がある」


 「貴女らしいですね、ロード・ディアーチェ」


 「今は他に臣下がおらぬ、いちいち敬称をつけずともよいわ」


 「そうですか、ですが、私はこの呼び方が好きなのですよ、私達の絆が感じられますから」


 「………勝手にしろ、逆に公の場でも敬称をつけ忘れるレヴィに比べれば百倍増しか」


 「あの子もやればできる子なのですけどね、うっかり属性を持っているのが玉に瑕でしょうか、一応、貴女より年上なのですが」

 シュテルは生後一年半、レヴィが七ヶ月、ディアーチェが三ヶ月。

 三人の中ではシュテルが一番の年長であり、ディアーチェが最年少なのだが、彼女ら三人の上下関係はかなりややこしいことになっている。

 ただそれは、彼女らの関係を悪くするものではなく、そんな複雑さすら彼女らにとっては楽しみの一つだ。やはり彼女らはサルバーンに作られし者らであり、通常とは若干異なる精神性をも備えていた。


 「あれもな、もう少し落ち着きというか、威厳というものが備われば“闇の騎士”の名に恥じぬ存在になれるものを」


 「心配はいりません、我らは“闇統べる王”に仕える“闇の騎士”、その名に泥を付けるような真似はいたしませんから」


 「心掛けよ、さて、我はアルドガレン攻略へ向かうが、お前はレヴィの下へ行くのか?」

 エレヒの国に存在する5つの勢力のうち、1つは彼女らの眼下で焔に飲まれている。

 だが、これで終わるはずもなく、白の国との最終決戦の演習も兼ねて、彼女らはエレヒの国そのものを滅ぼすつもりであった。


 「そのつもりでしたが、貴女が東部アルドガレンへ向かうならば、レヴィが担当している中央部エレヒへ向かいます。北部ドレステンは例の“復讐者”が暴れる予定であったと聞きましたが」


 「我もそのように聞いてはいるが、実際は分からん。奴はヘルヘイムでも群を抜く個人主義者だ、命令に従わぬことの方が多く、自分の目的を果たすためにヘルヘイムにいるに過ぎんと公言している男だからな」


 「ですが、その精神性が黒き魔術の王や蟲毒の主に近く、それ故に執政官の側近となっているというのも皮肉な話ですね」


 「その通りだ、まったく、どいつもこいつも自分のことしか考えん。少しは国家の一員たる自覚を持てというのに」

 ディアーチェの言うことは実に正論なのだが、ヘルヘイムにおいては少数派、というよりも異端に近い考えであった。

 ヘルヘイムにあるのは野心と欲望、そして、弱肉強食の法のみ。早い話、強者の心で全ては決まり、共通の理念などなく、誰も彼もが自分のために動いている。それが曲がりなりにも国として機能しているのは、サルバーンとアルザングが他を圧倒的に凌駕する絶対者であるために。


 「それでも、新型の融合騎を開発している“探究者”はそれなりに自覚があると思いますが」


 「そうかもしれんが、奴の目的はヘルヘイムの技術を纏め上げ、一つの形と成すことだ。そのためにヘルヘイムという組織に尽くしているに過ぎず、結局は自己の目的でしかない」


 「とはいえ、それならば私も変わりませんよ、私が貴女に仕えたいから、ヘルヘイムにいるのですから」


 「…………ふん、まあ、光栄に思っておこう」


 「自分の意志で国に仕える。その点においては私達も夜天の騎士達も変わりはしないのでしょうね、アルザング様ですら、自分の意志で黒き魔術の王に仕えているくらいです」


 「我にとってはそれが一番の驚きだ。他者を顧みぬあの男が、自分の絶対の主を定めるとは」


 「それが、あの御方です」


 「………あの御方に作られし我らの中では、レヴィが一番その気質を受け継いでいるのかもしれんな」

 シュテル、レヴィ、ディアーチェの3人は黒き魔術の王サルバーンに作られた。

 彼女らにとってサルバーンは創造主であり、どうあっても切り離せない存在だ、それは太陽のように、常に頭上に輝いている。


 「騎士を相手にした戦いならば、我らの中であれが一番強いのだがな………エレヒに強力な騎士がいようとも、あれならば遅れはとるまい」

 そんな言葉を残して、ディアーチェは転移魔法を発動させ、彼女が滅ぼす対象へと向かう。

 ディアーチェが残した言葉は事実であり、騎士を相手にした一対一の戦いならば、高速機動と射撃魔法、さらには近接攻撃の三つを高次元で融合させているレヴィが随一であることは疑いない。

 魔力量や保有する術式の数ならばディアーチェが群を抜いており、砲撃による殲滅攻撃ならばシュテルが最強。この二人も優位に立つことは出来るが、夜天の騎士達のように一定のレベルを超える空戦可能な騎士が相手となると近接が強くないことが弱点ともなる。

 星光の殲滅者

 雷刃の襲撃者

 闇統べる王

 彼女らの異名はそれぞれの特性を見事に表しており、この三人が戦えばちょうど三竦みの様相を見せる。

 遠距離攻撃を主体として、高速で飛び回ることも可能とするシュテルは騎士殺しとも呼べる存在であり、レヴィと相性が良い。防御が堅く、戦術に長けた彼女は、騎士らしい正々堂々な戦い方を好むレヴィをはめやすく、彼女の戦闘スタイルはレヴィのそれと上手く噛み合う。

 射撃魔法も扱うが、何よりも最大速度で飛び込んでの近接の一撃を本懐とするレヴィは、ディアーチェの天敵とも呼べる存在である。ディアーチェは千に届くほどの術式を有しているが、近接格闘を最も不得手としており、一度懐に潜り込まれれば終わりであり、レヴィの速度はそれを可能とする領域にあった。

 そして、三人の中で最大の魔力を持つディアーチェはシュテルと相性が良い。この二人は共に近接戦闘を想定していないため、足を止めての撃ち合いにしかなりえないが、そうなれば純粋に魔力量が大きいディアーチェに天秤が傾く、高速飛行で懐に飛び込んでもその先の有効な近接攻撃を持たないのがシュテルの弱点であった。


 「そういった特性である以上、レヴィは戦闘に向いていますが戦争にはそれほど向いていません」

 シュテルは、レヴィの精神性が唯一の弱点であろうと考える。

 半年前までは人造魔導師である自分に何の疑問も持っていなかったレヴィだが、一人の少年騎士との戦いが彼女の中に大きな変化をもたらしていた。

 シュテルにとってはその変化は好ましく、そして意外なことに、アルザングも悪くは思ってはおらず、むしろ高く評価している節すらある。


 「それ故に、“選定”役には彼女が一番向いています。つまりは、適材適所ということでしょうか」

 呟きつつ、彼女も転送魔法を発動させ、まずは一応北部ドレステンへと向かうことにした。

 “復讐者”がいるかどうかは微妙なところだが、彼女はとりあえずいない方に賭けていた。彼女一人であるため賭けごととしては成立しないが、普通は二人以上やることを一人でやるのはシュテル独特の癖である。

 自分が北部を確認し、ディアーチェが東部を滅ぼしてから向かうならば、ちょうど中央部で三人が揃うことになるはず。

 直感に従っての行動ではあったが、そのように動くことこそが、シュテルが独立した一人の人間である証であった。












ベルカ暦486年  エトナヴェットの月  エレヒ王国  王都エレヒ



 「光翼斬!」

 青色の髪を持った少女の持つデバイス、バルニフィカスにより放たれるブーメラン状の雷の刃が高速で放たれる。


 「おおおおおおお!!」

 並の魔導師では避けることはおろか弾くことすらかなわないであろう高速の魔力刃を、対峙する騎士は手にした剣型デバイスでもって一刀両断に切り落とす。仮に避けたところで誘導機能があるのは明白であり、叩き落とすしかないと咄嗟に判断した結果であった。


 「やるじゃないか、老騎士」


 「ふん、若い者にそう簡単に破れておれんわい」

 レヴィが対峙している相手は、エレヒの国が分裂する遙か以前より王家に仕えている一人の老騎士であった。

 この敵とぶつかるまでに既に二人の騎士を撃墜してきたレヴィではあるが、三騎目の相手は一筋縄ではいかないようである。


 <最初の奴は若くて突っ込むしか知らないような奴だったから簡単に倒せた。二人目は逆に臆病者だったから問答無用で一刀両断にしたけど――――こいつは違う>

 王都エレヒに異形の軍勢が攻めよせ、当然の如くエレヒ軍はそれを迎え撃った。他の都市とは異なり流石に中央の軍隊は精強であり、押し寄せる異形を前にしても一歩も引かずに立ち向かっている。

 その中で、レヴィはただ一騎で王城へ飛来し、白の騎士達へ誇りに懸けた一騎討ちを申し入れた。

半年前に白の国で戦い、結果的に助けられた、ある少年の影響を強く受けた行為であることは自覚していたが、それを恥ずべきことだとも思っていない。

 そして、彼女の呼びかけに真っ先に応じたのがこの老騎士であった。それまでに戦った二人は王城にたどり着くまでに道のりで切り捨てた哨戒に過ぎず、レヴィの中では正騎士とは認定されていなかった。


 「エレヒの騎士は内乱によって地に落ちたと聞いていたけど、なかなか違うようじゃないか」


 「恥知らず共が増えているのは事実、だが、王家に変わらぬ忠誠を誓う我々をあれらと同じにするでない」


 「なるほど――――ならば、この一撃を凌げるか」

 言葉と共に、レヴィの身体から雷電が迸り、バルニフィカスに夥しい電気変換された魔力が注ぎ込まれていく。

 それは、白の国での戦いから半年を費やしてレヴィが開発した技術であり、シュテルのそれと同じく、固有技能(インヒューレントスキル)の名を冠するに相応する領域に至りつつある戦技。


 「固有技能(インフューレントスキル)――――“雷光疾駆”」

 光が一閃した。

 雷光、まさしくそうとしか表現できない光が一直線に駆け抜け、その速度は人間に知覚できる限界に挑み、踏破しようとしていた。


 「………片腕だけか」


 「なんとも、天晴な一撃であったわい」

 だがしかし、閃光が駆け抜けた後も老騎士は健在、その左腕は肩口から切り飛ばされているものの、その目に宿る光はなおも輝きを失っていない。


 「儂の傷も生温いものではないが、お前さんの一撃が凄まじかったのが幸いした。強力な電撃が傷口を同時に焼き切ったために血は大して出ておらん、それは、相手を倒すための一撃ではあっても、殺すことに主眼をおいたものではないようじゃの」

 強力な一撃と殺せる攻撃はイコールでは結びつかない。

 “殺す”ことに主眼を置いた攻撃とは、“蟲毒の主”が放つ毒化の魔力が宿った一撃などが代表的であり、掠り傷であっても敵を殺すことを可能とする。

 逆に、シグナムやカルデンのように卓越した剣技と速度で相手を切り裂く場合は、鋭い一撃であるがために命を取り留めることが往々にしてある。そして、レヴィの一撃もまた彼らのそれに準じるものであり、老騎士はそれを的確に見抜いていた。

 さらに、それだけではなく。


 「そして、お前さんの身体は先の一撃に耐えきれておらぬ。身体出来あがらぬままそれを使い続ければ、壊れるぞ」


 「よくしゃべるな」


 「なにしろ、話すしか出来ることがないのでね、先の言葉への返答や如何に」

 老騎士の持っていた剣は、左腕ごと失われている。当然、予備の剣は持っているが、それで雷神の化身たる少女に対抗できると思うほど、老騎士の戦歴は浅くはなかった。


「それで壊れるなら、僕は所詮それまでだった、ただそれだけだ」


「なるほど」

 とはいえ、レヴィの身体に相当の負荷がかかっているのは事実であり、“雷光疾駆”は未だ実戦で扱えるレベルではない。

 完成させるための訓練は重ねてはいるが、身体が出来あがっていないという問題を解決するのは本人の努力だけではどうしようもない部分もある。


 「ならば、お前さんはここまでだ」

 そして、老騎士がそう告げた瞬間、レヴィと老騎士を包囲するように100に届くほどの魔力結晶が姿を現す。


 「―――――幻影か」

 魔力結晶が幻影なのではなく、幻影を用いて実在する魔力結晶を観えないようにしていたということ、かつて幻影によって手痛い一撃を喰らった少女は、幻影というものの使い方を熟知していた。


 「先が短い老人と子供では等価交換とはいかんが、共に滅んでもらおう」


 「御免だね」

 だがしかし、レヴィに恐れはない、周囲に展開する魔力結晶は起爆タイプ、つまるところ“魔法爆弾”であり、老騎士は自分諸共滅ぶつもりのようだが、彼女の最大速度ならば爆発よりも速く動くことが出来る。


 「逃げきる自信はあるようだが、その身体で今一度の最高速を発揮して、エレヒの騎士達から逃れられると思うかね、老いた儂よりも手錬である者は数多くいる」


 「狡猾だな、老いぼれが」

 当然、自分は消し飛ぶこととはなるが、老騎士に微塵も躊躇はなかった。

 そして、故にこそ、レヴィは判断した。


 【裁定者レヴィより“闇統べる王”へ、エレヒの騎士達は英雄の資格あり、これを砕くは異形共に非ず、ヘルヘイムの槍であるべし】

 戦闘機能のみならず、通信機能や転送魔法の補助なども兼ねるバルニフィカスが、特定の信号を発信する。

 それは、シュテルのルシフェリオンかディアーチェのエルシニアクロイツにのみ届くものであるが、それ故に速度や信頼性においては随一である。


 【了解した、じっとしていろ馬鹿娘】

 【もう少し罠というものを警戒するように】

 なのだが、まさか即座に返信が来るとはレヴィも思っておらず、さらにその内容は驚くべき事実を告げていた。

 すなわち――――


 「説教確定、か」

 主君と姉からの小言は、最早避けられないという事実である。


 「む――」

 爆発の瞬間に包囲網から脱出するべく身構えていた少女がいきなり脱力したことに何かを感じた老騎士は、即座に起爆を命じようとし―――。


 「防げ、“黒禍の嵐”」

 灰色の風が二人を包み込み、結界にも似た檻を展開、AAAランク相当の殲滅魔法に匹敵する魔力爆撃を完全に遮断する。

 闇統べる王、ロード・ディアーチェの固有技能(インフューレントスキル)、“黒禍の嵐”。

 質量を伴った風とも言うべき特性を持つディアーチェの魔力を、広域攻撃・結界敷設などに応用する能力の総称であり、エネルギー運用は古代ベルカのドルイド僧に準じる。

 “黒禍の嵐”は彼女が鍛え上げた技術というよりも、生まれ持った特性によるものが大きい。黒き魔術の王サルバーンからのクローン培養によって生まれた彼女は、出発点からして他とは一線を画しているのであった。

 ただ、もし魔力結晶の爆発が完全であり、全ての衝撃が中央に集中するような特性があれば流石にこらえきれなかっただろうが、前提がそもそも異なっていた。


 「見事だ、シュテル」


 「この程度、朝飯前というものです」

 100に届く魔力結晶の爆発は、老騎士が起爆を命じた結果ではなく、シュテルが誘導弾によって撃ち抜いたものであった。

相手の殺害を可能とする威力を込めた魔力弾ならば100もの数を同時に制御は出来ないが、誘爆させる程度の魔力弾ならば100程度は造作もなく制御できる。

 とはいえそれは、生粋のベルカの騎士である老騎士には信じられない光景であった。誘導弾の制御はベルカの騎士の得意とするところではなく、近接での打ち合いこそが本懐であるために。


 「仲間かね」

 そして、呆れるような感心するような響きを持った問いに対し。


 「姉貴分と」


 「主君だ」

 新たに姿を現した二人の少女、シュテルとディアーチェは悠然と答えた。


 「レヴィ、裁定が済んだのであれば退きますよ、もうここに用はありません」


 「それはいいけど、他は?」


 「北部ドレステンは既に壊滅、東部アルドガレンはディアーチェが吹き飛ばしましたし、南部は私が殲滅しましたから、残るはこの中央エレヒのみです」

 西部ブリューは異形の軍勢が分散する前にシュテルとレヴィが二人で滅ぼしたため、確認する必要もない。


 「異形共は既に我が止め、帰還を命じた。お前が裁定したならば、この程度の軍勢でエレヒは陥落すまい、ならば、それは無駄にしかならん」


 「相変わらず、ディアーチェは物を大切にするなあ」


 「弱肉強食なればこそ、弱者が死にたえれば強者も滅ぶ。頂点に君臨する者は管理者として全体の見据えながら調整しなければならん、故に、法を乱すものは処刑する」


 「その王様が一番乱しまくってる気もするけど、まあそこは仕方ないか、だって、あの御方が一番強いんだから」

 “闇統べる王”であるディアーチェの法もまた、ヘルヘイムでは重要な要素。

 しかしそれは、黒き魔術の王サルバーンの法、弱肉強食の下位に位置している、その理由は実に単純、サルバーンこそが最強であるためである。


 「そのようなわけで、そこな老騎士、私達はこれにて失礼いたします。エレヒ以外の所要都市は私達が滅ぼしましたから、砂漠の王国は再び統一されることでしょう、是非とも牙を研ぎ、他のベルカ諸王国とも力を合わせ、強力な連合軍を組織してください、それでこそ潰しがいがあります」


 「“裁定”に選ばれたお前達にはそれだけの価値がある。我らがそう認めたのだ、失望だけはさせてくれるなよ」


 「後それと、君がさっき言った君より強い騎士が白の国出身なら、白の国に集うように伝えておいてくれよ、きっと夜天の騎士達が伝えているとは思うけど、念のためね」

 どこまでも気軽に、さっき知りあった友人に伝言を頼むような軽さで言葉を残し。


 「では、いずれまた」

 「さらばだ」

 「またね」


 三人の少女は、エレヒの国から姿を消していた。








ベルカ暦486年  エトナヴェットの月  ヘルヘイム  執政官の館  執務室



 ヘルヘイムに、王城という概念は存在しない。

 黒き魔術の王サルバーンが座す場所はそれすなわち王城であり、彼がいないならば、ヘルヘイムに王城は存在しないこととなる。

 故にこそ、あるのは執政官の館のみであり、代わりの王たる“闇統べる王”や彼女に仕える二人の騎士が暮らすのもこの場所であった。

 形式で考えるならば、ディアーチェの立場はアルザングの上位にある。人間世界の基準では、王が不在であるためにその娘を立て、後見人たる執政官が実際の政務を行っている、ということになるであろうか。

 だがしかし、ヘルヘイムは人ではない魔人の国。

 そのような法則は当てはまらず、ヘルヘイムの第一人者はアルザングであると、全ての者が認めている。


 “黒き魔術の王サルバーンを恐れていない者は、蟲毒の主アルザング唯一人”


 それが崩れない限り、アルザングに取って代わる者は現れない。ディアーチェは黒き魔術の王サルバーンの遺伝子からクローン培養された“闇統べる王”ではあるが、サルバーンを恐れているという点では他と何ら変わるところはない。

 そして、彼の執務室の机に座っている前で、報告を行っている男もまた、そのことを理解していた。


 「つまり、あの“復讐者”はまたしても執政官の命に背いたのです、のみならず、あの三人の人形達も独断でエレヒの国から引き揚げました。これは、許されることではありません」


 「ふむ」


 「特に、二号(ツヴァイ)などはエレヒの者共を殺すこともせず、異形に襲われていた愚民共を助け、転移魔法によって避難させたという報告すらあります」


 「ほう、助けたか」


 「これは許されることではありません。ヘルヘイムの尖兵たる存在が、愚民を助けるなど―――」


 「なぜだ」


 「は?」

 唐突にかけられた問いに、男の口が止まる。


 「なぜ、助けてはならんのだ?」


 「は、い、いえ……」

 男の混乱は無理もない、地獄の法の管理者たるアルザングの口から、よもやそのような言葉が出るなど、誰に予想出来ようか。

 だが、予想出来る者はいる、というよりも、真に地獄の法を理解している者たちならば、“さもありなん”としか思うまい。


 「弱肉強食、ヘルヘイムの法はそれだけだ」


 「左様であります」


 「ならば、強者が弱者を喰らうことも、強者が弱者を救うことも、等しく強者の自由であろう、そこに何の問題がある?」


 「は、はぁ」

 全ては、強者の意志によって決まる、それがヘルヘイム。

 強者が弱者を糧にすることが自由ならば、弱者を救うこともまた自由である。故にこそ、シュテルも、レヴィも、そして誰よりもディアーチェは、己の思うままに行動しているのだ。


 「あ……が」

 そして、その男の胸から腕が飛び出し、その手が心臓を握っていることもまた、当たり前のことでしかない。

 蟲毒の主はちょうど新たな術式を構築したところであり、そこにちょうどいい実験台が現れた、それだけの話。

 強者が弱者をいつ喰らうかなど、気分次第なのだから。


 「悪くはないな」

 自分が新たに組んだ術式の出来を確認しつつ、蟲毒の主は右手の上にあったモノを握りつぶす。


 「ぐぼえ―――」

 解読に困る発音を残し、男は息絶える。心臓を抜き出された上に握りつぶされたのだから至極当然の話である。


 「盾の騎士ならば、この程度では死ぬまいな、今頃私の頭部を鉄の伯爵にて砕いていよう」

 だが、アルザングにとってそれは常識ではない。この世界には心臓を潰されてもなお武器を振るう悪鬼羅刹が存在するのであり、それらを滅ぼすために彼は準備を進めているのだから。


 【それほどの、敵手なのですね】


 「ああ、実に倒しがいがあるとも」


 【ただいま戻りました、本体はあと僅かで到着いたします】


 「ゆるりと来るがいい」


 【はい、ところで、ただ今の術式は、湖の騎士のリンカーコア摘出を元にしたものでありましょうか?】


 「相変わらずの探求心よな、キネザよ」


 【恐れ入ります】

 悠然と会話をするアルザングの前に展開さえる光景は、常人ならば正気を失ってもおかしくはないものだ。

 蟲毒の主の肉体より夥しい数の蟲が這い出て、心臓を潰されて事切れた男に群がり、その肉片を余すところなく咀嚼していく。

 それらの蟲は、“スイーパー”と呼ばれ、早い話が掃除用の蟲である。主の部屋にゴミが存在した場合にそれを分解し、主のエネルギーを変えることだけがそれらの存在意義であった。

 そして、蟲によって分解されていく死体の横には半透明の猟犬が立っており、アルザングと会話しているのはその猟犬を作り出した人物、“探究者”と呼ばれる蟲毒の主の弟子であった。


 「先の問いに答えるならば、是だ。ただし、見ての通り欠点も多い」


 【なるほど】

 基本的に、アルザングは一から十まで説明することはない、必要十分ですらない情報しか話さず、後は勝手に汲み取れというのが彼の姿勢であった。

 そして、意に沿わぬ行動をとれば気分次第で殺す、何とも傍迷惑な暴君である。


 「果たして、お前の“闇の書”に記すべき術式であるかどうか」


 【それは、私が判断いたします】


 「くくく、そうか、楽しみにしておこう」

 キネザは“探究者”の異名が示すとおり、知識の探求にとり憑かれた男であった。

 黒き魔術の王サルバーンも、蟲毒の主アルザングも、彼にとっては理想の存在であった、なぜなら、彼らは己の技術を秘伝とすることもなければ、隠すこともないからである。


 “私の技術は私のためにある私だけのものだ、使いたければ勝手に使え”


 それが彼らの姿勢であったが、それを成そうと思う者などこの男一人しか存在していなかった。技術を学ぶ場でしてならば白の国は優れてはいたが、そちらは誰であっても学べる場所であるのに対し、ヘルヘイムは一般的ではあり得ない“意欲”を持つ者しか学べる場所ではない。

 それ故に、キネザは勝手に学び、かなりの年月を要したが、サルバーンの無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)すら習得して見せた。アルザングが扱う魔法の幾つかも習得しており、それらは、彼が扱う“闇の書”というストレージデバイスに記述されている。

 “闇の書”は通常のストレージデバイスそのものであり、自分が覚えた魔法を記録し、任意に発動するための補助装置、実に基本に忠実なデバイスであった。


 【それよりも私は、貴方の毒化の魔力にこそ興味があります】


 「学びたくば、いつでも教授しよう」


 【万全の準備を整え、いつか伺います】


 「賢明だ」

 アルザングの言う“教授する”とは、毒化の魔力が宿った剣で刺し貫くことを指す。

 毒化の魔力を学ぶならば実に効率的な方法であるが、その手法で学びとれるものは一万人に一人もいないことは疑いない、それ以前に、死ぬ。


 【ただ一つ、それはシュテル、レヴィ、ディアーチェのような先天性の魔力資質ではないのですね?】


 「その通り、これは古代ベルカの魔術師の業だ」


 【リンカーコアを持つ生物の一部は、ただ魔力を生成するだけで炎や雷を生み出すことを可能とする。それを、リンカーコアを持つ人間が模倣したことが始まり】


 「動物に出来ることが、人間に出来ぬ道理はない。鳥が空を飛ぶように、我々も空を飛ぶ、それだけのこと」


 【では、炎熱変換も電気変換も、“先祖還り”の一種であると】


 「そういうことだ」


 【そして貴方は、毒化の魔力を自分で開発し、身につけた】


 「そうとも、それを成した私は最強の魔術師であると、思い上がっていたものだ。蟲師の業をさらに高め、騎士達の武術を己が物とし、調律師としての業すら学び、古代のドルイド僧と現在の騎士、双方の技術を修め、誰も到達していない地平へと至ったのだと」

 自嘲のようでありながら、そこには狂熱が感じられる。

 粋がっている青二才に過ぎなかった自分が、彼に出逢った時こそ今の自分の根源なのだと、蟲毒の主は過去を振り返る。


 「お前も知っていよう、初代の聖王は七色の魔力光を持ち、あらゆる変換資質を備えていたと」


 【はい、この世のあらゆる技術を修め、彼の翼の力をもって、古代ベルカを統一、騎士の時代を築き上げた偉大な王】

 そして、それがアルハザードより流れ出した技術であることも。


 「だが、その中に毒化の魔力はなかった。まあ、聖王の人格を考えれば、あえて入れなかったと見るべきだが、それでも聖王が毒化の魔力を拒んだことは事実」


 【私も、その秘蹟を知りたいとは思いますが、身につけたいとは思いません。自分の命がなければ、学ぶことが出来なくなります】

 “探究者”の異名を持つ男にとって、目的のために死を厭わない騎士の理念はなかなか理解しがたいものであった。

 自分には目的があり、成したいことがある。ならば、その時までは何が何でも死ぬわけにはいかない。

 それこそが、彼を蟲毒の壺で生き残らせた原動力。


 「そんなお前ですら、あの方の前では趣旨を変えたろう」


 【貴方もあれを、いえ、私以上のものを、味わった】

 キネザという男は技術を学び、把握することが出来ればそれでよかった。つまりは、強大な魔法を知りたいとは思うが、使うことは彼の目的ではなかった。

 とはいえ、学ぶまでは生き続けるという思いは群を抜いていたため、彼は蟲毒の壺を生き抜いた。そして、彼の求めるものを備えるアルザングを師と仰いだわけであるが、黒き魔術の王サルバーンとの邂逅は、彼の在り方を変化させた。


 「お前は今、ヘルヘイムのために動いている。技術を学ぶことにしか興味がなく、学ぶだけで満足していたお前がだ」


 【あの御方と出逢ったことで、学ぶだけでは、満足しきれなくなりました。このヘルヘイムがどこへ向かうのか、何をもたらすのか、それを私は知りたくなったのです】


 「お前にとってのヘルヘイムが、私にとってはあの方というわけだ」

 サルバーンの後を追い続けること、それがアルザングの存在意義。


 【あの御方の魔力光は、黒】


 「然りだ。笑い話だろう、私が生涯で最大の成果であり、並ぶ者なき業績であると誇っていた毒化の魔力は、あの方にとっては“通過点”の一つに過ぎなかった。私は自分に並ぶ者ないと誇っていたが、あの方は上しか見ていなかった、自分の矮小さを思い知らされたのは、後にも先にもあの時のみだ」

 自分は、他者を見下し、満足していた。

 だが彼は、満足することなどなく、さらに高みへと飛翔を続けていた。

己よりの高いものがなくなるその時まで。


 【あの御方には、魔力変換資質はなかったのですか?】


 「無い。あの方の師である放浪の賢者ラルカスは、“最も傲慢なる努力家”と評したそうだ。類まれな魔力と、あらゆる技術を学ぶための才能を秘めてはいたが、あの方の生れついた能力に特殊なものはなく、一介の人間に過ぎなかった」


 【ならばあの御方は、炎熱変換、電気変換、そして毒化に至るまで、あらゆる魔力変換を自身で学び、身につけたと】


 「その通りだ、聖王のように七つで満足などしなかった。どこまでも貪欲に、傲慢に、力を求め続け、学び続け、あの方は黒き魔術の王となった。最初は白かった魔力光は、全てを飲み込む黒と化した。分かるか、人間として生れついた者はな、怪物になることが出来るのだ」


 【才能に縛られるという言葉と、あの御方ほど縁がない人間はいないでしょうね】


 「だろうな、才能がなくとも、同じ道を歩んでいた、リンカーコアがなければ、それがなくとも魔法を扱う術を学び、結局は同じところへ行きつくだけ、黒き魔術の王サルバーンとは、そのような存在なのだ」


 【故に、ディアーチェは違うのですね】


 「生まれ持った才能だけならば、ディアーチェはあの方を凌駕している。“黒禍の嵐”は最たるものだが、しかし、あれは黒き魔術の王にはなれん、仮に、黒い魔力光を生まれ持っていたとしてもな」


 【大きな力を持って生まれた存在は、ただそれだけ、しかし、あの御方は違う】


 「白の国の500年を、70年の人生で駆け抜けたようなものだ、一から、全てを積み重ねることによってな、さて、私の50年は、果たしてどの程度まで及ぶものか」


 【ならば、私の20年など、それこそ塵芥でしょうね。あの御方に比べれば、私は止まっているようなものだ】

 サルバーンと他者の違いは、生きる速度にあると放浪の賢者は語った。

 人が人として生きるために欠かせない、他者との触れ合いや喜びなどを持たず、ただひたすらに己の野心と欲望に沿って走り続け、高みへと飛翔し続けるその精神性が、彼を黒き魔術の王にしたのだと。


 「だとすれば“復讐者”、奴の方があの方や私に近いのかもしれんな」


 【私は、あの男を好きません。奴は、ヘルヘイムに禍をもたらす気がしてならないのです】


 「かもしれん、そう思うならば、排除してみてはどうだ」


 【残念ながら、奴を打倒している自分を想像することが出来ませんでした、猟犬による監視すら、奴は潜り抜けているのです】


 「あの方のそれに比べれば、お前の猟犬はまだ甘い」


 【自覚しています。それでも一応調べはしましたが、奴の出自に嘘偽りはありませんでした、ミドルトン出身であり、三ヶ月前までは傭兵として内戦に参加していたと】


 「そして、ミドルトンでは自分の望みは叶わないと悟り、ヘルヘイムへとやってきた、奴の話通りか」


 【ヘルヘイム打倒を誓う、ミドルトン王家の残党ではないかと調査したのですが、その線は薄そうです。それに、奴の妄念は白の国にのみ向けられていることは、私も否定できません】

 “探究者”たるキネザには“復讐者”の行動は理解できないものであった。

 どうやら、果たすべき目的があり、そのために力を求めている、それは間違いない。

 そのためにヘルヘイムにやってきたのも分かるが、その男は“白の国へ進軍するのは何時だ”と何かにとり憑かれているかのように繰り返し続けている。


 「奴の目は復讐に狂った者のそれだが、あれほどのものはいない、実に面白いではないか」


 【かもしれませんが、なぜ奴は自分一人で白の国へ向かわないのでしょうか?】

 白の国へ強い怨念があるのは察せられる。

 復讐を成す力を得るためにヘルヘイムに来たのは、当然と言えば当然の理屈だろう。

 ならばなぜ、ヘルヘイムの命にすら従わない個人主義者が、白の国とヘルヘイムの決戦に拘るのか?


 「さてな、それが分かってしまっては面白くない、決戦の時に自ずと明らかになろう」

 【それは、そうですが――――】


 唐突に、猟犬が姿を消した。


 「なるほど」

 だが、アルザングはその理由を即座に知った、キネザの本体がこの館へと足を踏み入れようとして、ちょうど題材に上がっていた男とはち合わせたらしい。

 蟲を操る蟲毒の主は、蟲達からあらゆる情報を集めている。彼が無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)を必要としないのはつまりはそういうことであった。

 調べようと思えば、“復讐者”の目的や動機も分かるであろうが、アルザングはそれをしない。

 黒き魔術の王サルバーンと同じく、彼の目は上にしか向いていない。そのようなことに労力を使う精神性を、蟲毒の主もまた持ち合わせてはいなかった。









ベルカ暦486年  エトナヴェットの月  ヘルヘイム  執政官の館  玄関



 「復讐者……」


 「……………」

 キネザという男は彼をそう呼んだが、そもそもヘルヘイムに彼の名を知る存在はいない。

 彼はただ“復讐者”としか名乗らず、ヘルヘイムではそういう人間は別に珍しくもない。


 「私に何か用か?」


 「白の国へ侵攻するのは……何時だ?」

 キネザは中肉中背であったが、対峙する男はそれより多少背が高い。

だが、身体つきなどは注目するに値せず、誰もが注視せずにはいられないのは、その目であろう。


 「またそれか、お前はそれ以外の言葉という―――」


 「俺の問いに、答えろ」


 「………およそ半年後だと聞いている、これで満足か」


 「そうか……」

 それだけを聞き、黒衣を纏った男は踵を返す。


 「待て、お前はまた命令を無視したな、エレヒの国のドレステン攻略が命じられていたはずだが、なぜここにいる」


 「………知ったことではない」


 「そうはいかん、お前もヘルヘイムの一員ならば―――」


 「そんなものになった覚えはない」


 「………」


 「俺は、俺の復讐のためにここにいる…………それだけだ」

 そして、復讐者は去っていき。

探究者はただそれを見送っていた。


 <我が師アルザングよ、やはり私には、貴方や黒き魔術の王の在り方の全てを理解することが出来そうにありません>

 どう考えても、あの“復讐者”がヘルヘイムの益になるとは思えない。ヘルヘイムがどこに行くのか、何をもたらすのかを知りたいと願うキネザにとって、あれは排除すべき存在だ。

 だが、黒き魔術の王や蟲毒の主はあのような者を是とし、好ましいとしている。下手をすれば、彼らのために仕えている自分よりも―――


 「っ、ええい、雑念に過ぎん、私には課された使命がある」

 シュテル、レヴィ、ディアーチェの三人には融合騎エノクは適さない、そのために新型の融合騎を作り上げることはアルザングより命じられた“探究者”キネザへの使命である。


 「私は―――歯車だ。技術を学び、闇の書へと刻み、ヘルヘイムが進んだ足跡を余さず書き記す、そのための歯車こそが私である」

 故に、奴がそのための障害になるならば。


 「私がこの手で、排除してくれる」

 ヘルヘイムの“探究者”にして、“記録者”であることを願う男は、静かに誓っていた。









ベルカ暦486年  エトナヴェットの月  ヘルヘイム  執政官の館  東棟



 「まったく、お前はもう少し危機意識というものを持て」


 「分かってるってば」


 「分かっていません、そんなだからあのような罠にかかるのです、確かに貴女の速度ならばあの程度の爆発は振り切れますが、それは余分な消費でしかありません。消耗した状態で他の騎士達に包囲されたらどうするのですか」


 「その時は、命尽きるまで戦い抜くさ」

 誇るようにレヴィが応えたため、これはもう駄目だと二人は匙を投げた。


 「確か、リュッセと言いましたか。彼の影響を受けるのは構いませんが、そんなところまで真似する必要はありません」


 「一応、我よりも年長だろうがお前は」


 「僕が憧れるような、心奪われる輝きがそこにあったんだ。だから、そこを目指すのは僕の意志、何も間違ってないだろ」


 「確かにそれはその通りですけど、そんな貴女を心配するのもまた私達の意志であり、自由です」


 「待てシュテル、我は別に心配してなど……」


 「そして、私達の方が貴女よりも強い立場である以上、貴女は従わねばなりません。それを覆したくば、今より強くなるしかありません」

 ディアーチェの声を無視し、シュテルは続ける。この辺りの強引さではシュテルに敵う者はいない。


 「………はあい」


 「よろしい、ところでディアーチェ、あの時の結界は貴女の“黒禍の嵐”でしたね」


 「そうそう、かなり驚いた。たった三ヶ月でよくあそこまでものにしたよね」


 「以前から思っていたが、お前達の能力は危険な方向に特化し過ぎではないか?」

 一応、最年少のディアーチェであり、先に能力を開発していた二人を客観的に見て、たまに不安になる。


 「そうでしょうか?」


 「普通だよ」


 「どこが普通だ、限界を超えた砲撃を放つための“魔砲の射手”も、限界を超えた速度を発揮するための“雷光疾駆”も、どちらも身体とリンカーコアに多大な負荷をかける諸刃の刃だ。ルシフェリオンやバルニフィカスですら耐えきれていないではないか」


 「それは返す言葉もありませんが、リミットブレイクとはそういうものです」


 「限界を越えなきゃ、目指すべき高みには至れないんだ」


 「まったく…………そういう部分は創造主そっくりなのだな、ひょっとして、我が一番似ていないのではないだろうか」


 「だと思いますよ、似ている部分もありますけど、他人を気に懸けるという部分で決定的に異なっていますし」


 「僕達は何度もあの御方に会っているわけじゃないけど、ディアーチェは違うよ。一言で言うなら、ディアーチェは温かくて、あの御方は怖い」


 「怖い、か、我にはあまりないな」

 それが、ヘルヘイムの王である筈の自分に最も欠けている部分ではないかとディアーチェは考えている。

 外見などもさることながら、どうしても自分には威厳や畏怖というものが足りていない気がするのである。


 「その辺りは成長と共に身に着くでしょうし、焦ることもないでしょう。それよりもディアーチェ、“黒禍の嵐”は結界で取り囲む以外にも使用法はあるのですよね?」


 「ん? ああ、砲撃や束縛、さらには広域攻撃にも使用できる、特定の機能に特化したお前達の固有技能と異なり、汎用性が最大の特徴だ」

 ディアーチェの固有技能(インフューレントスキル)“黒禍の嵐”はシュテルとレヴィの前では初使用であった。


 「あーよかった、あれだけだったらどうしようかと思った」


 「仮にそうだとしたら問題でもあるのか?」


 「いえ、貴女の身を守る目的や、私達を守るための遠隔防御として用いるならば問題ないのですが、今回のように相手と共に結界内の封じる、といった用途で使われると」

 今回は老騎士をメッセンジャーとして残すためにレヴィと共に覆ったが、もしそれが―――


 「なるほど、夜天の騎士達とお前達をあの形で閉じ込めてしまったらどうなるか、というわけだな」


 「ええ、遠距離からの射撃が売りの私と烈火の将が結界で閉じ込められた日には、切り捨ててくれと頼んでいるようなものです」


 「僕もそうだね、機動力の売りの僕が狭い場所に鉄鎚の騎士と一緒に閉じ込められたら、頭砕かれておしまいだと思う」


 「だろうな、盾の守護獣しかり、湖の騎士ならば―――――逆に逃げられて終わりか」

 流石に転送魔法に関してならば湖の騎士シャマルには敵わない。

 レヴィとシャマルを結界内に閉じ込めたところで、“旅の鏡”で脱出されるのが落ちであった。


 「仮に、空戦が可能なものを陸戦の騎士と共に閉じ込めた日には、それこそ間抜けの極みですね、その仲間に恨みを持っていたとしか思えません」


 「我はそんな間抜けはせん」


 「でも、6番(ゼクス)から下の人造魔導師には結構そういうのがいそうじゃんか、結界で逃げ場をなくして各個撃破するとか、兵法書は読んでいるんだけど、実戦への応用がまるで出来ていないタイプ」


 「かといって、蟲毒の壺から這い上がってきただけでは、直進だけの単細胞が出来あがる。かつての貴女ですね」


 「うっさいな!」


 「死ねばそれまでだが、戦力として期待出来ない以上、何か方策を考えるべきか」

 人造魔導師が力足りず死ぬことには何も思うことはない。

 だが、自分達以外の人造魔導師があまり戦力になりそうもないという事実は、王として考慮せねばならない事柄であった。


 「まあいいんじゃない、その辺りはアルザング様が考えるだろ、あいつらはあの人の作品なんだから」


 「ふむ、一理あるな」


 「貴女は少し働き過ぎですよディアーチェ、王だからといって何もかも貴女一人で出来るわけもないですし、だからこそアルザング様は執政官として君臨なさっている。その彼とて、“探究者”や“復讐者”といった駒は使っています」


 「だが…………我のオリジナルは、その全てを一人で出来る存在だ。ただ、出来ることと実行することは別という話でしかない」


 「………まあ」


 「………否定はできないけど」

 黒き魔術の王サルバーンは、高みを目指して進むだけ、ヘルヘイムを一人で統治することは“可能である”が、やろうとはしない。

 考えようによっては、決してやろうとしないことは“出来ない”と同義であるとも言える。サルバーンがアルザングを認め、その配下達を評価するのはそういった意味で自分には出来ないことをやっているからでもあった。

 アルザングが“復讐者”の素性や目的などを調べようとしないのも同じことであり、だからこそ、“探究者”が代行するのであり、バランスが取れているといえば取れている。


 「でもまあ、あの御方はあの御方で、僕達は僕達だ、それでいいじゃないか」


 「実にレヴィらしい単純な言葉ですが、私も同意します」


 「………そうだな、我らは我らの意志によって、夜天の騎士達に戦いを挑む。決して、強要されたからでも、他に目的がないからでもない」

 理由はそれぞれ違う。


 シュテルは、烈火の将を打倒するため。

 レヴィは、あの日見た輝きに到達するため。

 ディアーチェは、己の覇道を進むため。


 だがそれでも、三人の少女は心を一つにして、白の国との最期の戦いに備えていた。


 その全ては、絶対者の前では何一つ意味を成さないという残酷な現実を未だ知ることなく。


 小さな少女達は、それぞれの想う未来を思い描いていたのである。










 【チク、タク、チク、タク―――――ああ、時計の針が進んでいく】


 ヘルヘイムの地下深く、誰もいない空間にて


 【決戦の刻限は迫っている、どれほどの催しとなるか、実に楽しみにさせていただこう、我が友よ】


 道化が―――嗤う





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