Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第五章  前編  異形の権能、騎士の誇り




ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  



 「投降しろ、だと……?」


 「ああそうだ。君に戦う意思がないならば、命まで取りはしない」



 若木の隊長が発したその言葉は、人造魔導師として作られ、ヘルヘイムの暗き地で育った少女にとっては一瞬知覚出来ないほど、想定外な言葉であった。



 <戦場で相まみえた敵を、殺さない? 何を馬鹿な……>



 だがしかし、目前の少年の目からは微塵の揺らぎも感じ取れない。レヴィは戦闘経験が浅く、そもそも作られてから一か月ほどでしかない新兵であるが、それでも戦場の兵の理は知っている。


 「お前は……敵を殺さないのか……?」


 「殺す時は殺すさ、容赦なく徹底的にね。だが、それは戦場で相対し、敵に戦う意思があればの話だ、先程までの君はまさにそれであり、故に僕も殺すつもりで先の一撃を放った。生き残れたのは君の技量が高かったからに過ぎないが、今の君に戦意がないのであれば、命を奪うつもりはない。もっとも、そのまま返すことも出来ないが」


 故に、投降し、捕虜となれ。であるならば君の安全は保証する。


 言葉にしたわけではないが、少年の目はそう語っていた。



 「僕、は………」


 その言葉は、レヴィという人造魔導師の少女の心にこれまでになかったもの、いや、あり得なかったものを与えていた。


 レヴィは現状の人造魔導師の中では最後発であり、彼女が生まれた時には第一の人造魔導師であるシュテルは既に万に届きかねない程の人間を焼き滅ぼしており、恐れと共に“星光の殲滅者”と呼ばれていた。彼女が雷刃の襲撃者と自称するのは子供らしい対抗心、というか“シュテルだけずるい”といったものであったが。


 そして、残りの同輩達、“蟲毒の主”アルザングによって作られた三号(ドライ)から九号(ノイン)はいずれも蟲毒の壺から這い上がってきた者達であり、敵は殺し尽す者、情けをかけるなど愚か者のすること、という価値観を誰もが持っていた。


 だが、レヴィはまだ何色にも染まっていなかった。天性の才を持って生まれたがために蟲毒の壺に送られる必要がなく、ヘルヘイムに刃向う者を焼き滅ぼす役は既にシュテルがついていたため、彼女の一か月の全ては戦闘訓練に充てられており、本当の意味での戦いはこれが初めてであり、初陣でもあったのだ。


 無論、ヘルヘイムで行われる“戦闘訓練”とは命のやり取りであり、捕虜となった騎士などが“この子供を倒せば解放してやる”という条件の下、レヴィと戦ったことは幾度もあった。とはいえ、彼らは命を惜しんで降伏した騎士達であり、技術はあってもその太刀筋には“芯”となるものが欠けていた。


 故に、彼女にとって降伏とは、自分が殺してきた情けない騎士達と同じ愚物となり果てる最も恥ずべき行為であり、到底受け入れられるものではない。そんなことをするくらいならば戦士として死ぬ方が百倍まし。


 である筈だった。


 「僕は、降伏なんて………」


 だがしかし、彼女の声は震えており。


 「どうしてだ、なぜ君は降伏しない?」


 見下すこともなく、彼女の目を真正面に捉え、真摯に問うてくる少年に対し彼女は――――


 「僕が、人造魔導師だからだ、戦うことが全てで、戦って勝ち抜いていく以外の生き方なんてない。破れた以上は…」


 「なるほど、ならば君は騎士でも戦士でもないということだ。自分の意思ではなく、ただ命じられるままに動いていただけの存在が降伏を許されず、戦場で果てねばならない理由などないだろう」


 「え……?」



 騎士でも、戦士でもない


 確かに、彼はそう言った。


 ああ、それは間違いないだろう。自分達、人造魔導師は騎士を打倒するために作られた存在であって、騎士であるわけじゃない。でも、戦うために作られた存在であることは彼も否定しなくて。



 「残念ながらまだ、戦場は騎士のものだ。戦うために作られた君達には酷かもしれないが、主のために戦い、騎士としての誇りを守り、戦場で果て、死んでいく、その権利を譲ることは出来ないな。それを成したければ、僕達を打倒するしかないぞ、“節義に死す”ことは僕達騎士にとって最高の誉れなのだから」



 例え命を失うことになろうとも、貫くべきは誇り、守るべきは騎士の魂。


 人間としては破綻しており、捻れ曲がったその道理を貫き通す者こそが騎士であり、この狂気は我らだけのもの。たかが“戦うために作られた”程度の人造魔導師ごときに易々と譲れるものではない。



 「君達人造魔導師がそのように作られた兵器ならば、僕達騎士は人間として生まれながら、自ら望んで修羅の煉獄に身を置くことを選んだ悪鬼羅刹の群れ。無論、日常においては人間に戻るが、戦場における騎士に慈悲など求めないことだ、君が死にたいと願ったところで、我が騎士道を貫くためならばそんな願いは踏みにじるまで」


 騎士とは、主に仕え、民を守るもの。日常における在り方がどこまでも“他人のため”であるからこそ、戦場においては“己のため”にのみ動く。


 己の国、主を、誇りを守るため、敵を殺す、その願いを踏みにじる、存在全てを焼き尽くす。それが騎士であり、“日常”に生きる民達が憧れ、“貴き存在”と祭り上げる理想の具現の正体なのだ。


 騎士見習い、いいや、もう既に一人前の騎士である少年は、己が狂気を示し、少女の在り方を全否定していた。



 「君の言葉には信念がない、貫き通す誇りがない、そのような迷いを抱えた者に“節義に死す”誉れを与えるわけにはいかないな。故に僕は君を殺さない、もし仲間のために死にたいのであれば、自害でもして果てるがいい。だが、僕は僕の騎士道にかけてここでは君を殺しはしない、死なせはしない」


 「………」


 言葉は槍となり、少女の心臓を刺し貫く。


 少女は、理解できなかった。


少年の言葉が、主と仲間のために死ぬことを最高の誉れと誇れるその在り方が、それを今の自分に与えることは出来ず、騎士道にかけて死なせないと宣言する強さが。


 生まれてから今まで、自分で考えて行動したことがない少女には、“あまりにも人間らしくなく、どこまでも厳しい”その在り方が、理解できなかった。


 故に、少年の言葉に対して少女は返す言葉を持たず――――




 「が―――」




 少年の胸を背後から刺し貫く槍を見た時、ただ呆然とすることしか出来なかった。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南西部  上空



 「……?」


 その時、赤い閃光と化して風の谷へ突き進む少女の胸を駆け抜けたものは何であったか。


 <何だ? 念話が届いたわけでもない……けど>


 確証はない、根拠もない、だが、ヴィータは確かに“何か”が自分を通りぬけていったことを感じていた。


 何か、致命的なことが起きている予感がする。表現できない、名状しがたいものが胸の奥から競り上がってくる。


 それは放浪の賢者の予言のためか、はたまたそうでない別の何かか。



 <何でだ、いったいあたしは何が不安なんだ?>



 現在の白の国の戦況を、ヴィータは正確に把握しているわけではない。あまりに多くの情報があっては彼女の心が乱れ、十全に力を発揮できなくなることを心配したリュッセの進言で、シグナムが彼女に与えた情報はローセスのものだけに限られていたから。


 そして、そのリュッセは東部にあり、ローセスは南端で敵を死守している。現在南西部にあるヴィータからはおよそ同じ程度の距離であり、どちらかにしか駆けつけることは出来ない状況。


 だが、彼女の不安の原因は、大切な両者のどちらかしか救えないことではなく―――



 「残念ですが、ここより先は通行止めです。我が主アルザングの命により、人造魔導師ナンバリング06がお相手いたします。罷り通りたくば、私を倒していきなさい」



 自分がどれだけ急ごうとも、どちらも救えないのではないかという、絶望的な予感であった。




 (ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ、お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷




 「が、ぐああ!」

 『Mein Herr!(我が主)』


 果てしなき死闘が続いた風の谷、しかし、その戦いにも終焉というものは必ず訪れる。


 盾の騎士ローセスは己が全てを懸けて戦い、戦い続け、千を超える敵に死をもたらした。だがそれは万を超える槍の群れ、押し寄せる黒い森を前にしては儚い抵抗でしかなかった。


 何人の同胞が死のうとも意に介すことなく前進を続ける異形の兵団。最果ての地より流れ出る技術の一端を用いて製造されし改造種(イブリッド)。


 黒き魔術の王に言わせればそれこそが愚昧なる分類であり、そもベルカの地の技術は最果ての地より流れ出る技術を基としたもの、この時代に現われた生命操作の業と大元を同じくする技術に過ぎない。その軛を解き放つには、大元たるアルハザードの技術を超え、破壊するより他はない。


 たかがその程度のものが流れ出した程度で滅ぶ国家ならば、所詮はその程度のもの。高みを目指す絶対者にして破壊者たる黒き魔術の王は、壊す価値すらない国家などを顧みることなどありはしない。彼は高みを目指すものであり、地を這う人間を見ることなどないのだ。


 故にこそ、彼が“壊す価値がある”と認めた白の国には異形の軍勢が押し寄せる。いや、そればかりではない、黒き魔術の王に仕える強大無比なる魔術師達もまた王の召し出しに応じ、指揮官として参陣していた。



 「なかなかに善戦したが、くははははは! そこまでのようだなあ! 盾の騎士ローセス!」


 黒き槍で構成されし異形の森から姿を現すは、一人の魔術師。ある道化が、王の手下の中ではまだましな部類と称した三人のうちの一人であり、“虐殺者”の異名を持つ男。


 白の国攻略の地上部隊の指揮官、ビードという名が、その男に与えられた力有る言葉の形であった。


 「貴様は……“虐殺者”、か」


 己の二つ名を叫ぶ男を、ローセスもまた知っていた。その異名の通り、数多くの民を虐殺し、黒き魔術の王の下で“破壊の騎士”と悪名を二分する男を。



 「如何にも! 我こそは黒き魔術の王サルバーンより最大の軍権を与えられし栄光の将! ビードなり!」


 劇場で台詞を読みあげるかのように、高らかに宣言する黒衣の男。保有する力には疑いないが、精神の部分に存在する隙が“蟲毒の主”アルザングに見下される由縁でもある。



 「貴様如きに軍権を与えるとは、黒き魔術の王にとって、その異形の軍勢は余程価値の無いもののようだな」


 「はっ! ほざいたな青二才が! 二十年程度の年月を生きただけの貴様にあの方の何が分かるという! そして何より、我が固有技能(インヒューレントスキル)“爆撃の刃”の前に成す術もない貴様がほざいたところで滑稽にしか映らぬわ!」


 爆撃の刃、それが“虐殺者”の持つ権能の名であり、黒き魔術の王に与えられし力。


 武器として作られた鉄ならばいかなるものでも、剣、槍、斧、ナイフ、そして矢の先端なる鏃。それらに魔力を付与することによって爆発物と変える恐るべき権能。


 “蟲毒の主”が持つ固有技能(インヒューレントスキル)“幻惑の鏡面”は己の姿や気配、魔力を隠蔽し、完全なる奇襲を可能とするが、あくまで個人に帰す技能。汎用性という点では、三人の中でビードの技能こそが最も優れているのは事実であった。


 つまり、異形の軍勢の一人一人が持つ武器。調律師が作り上げたデバイスではなく、頑強なだけの通常の武器に過ぎぬそれらを、ビードは魔力爆撃を可能とする魔導兵器へと変えるのだ。さらに、単体ではなく数十の武器を同時に炸裂させることをも。



 「なるほど、貴様のフィールド防御は堅牢極まりない! まさしく“盾の騎士”の名に恥じない逸品ではあるが、我が“爆撃の刃”の前では意味を成さん! 数百の魔力弾を防げはしても、数千の魔力爆撃を防ぐことはできまい!」


 ただ一つ、“爆撃の刃”に欠点があるとすれば、魔力を付与した段階でそれは爆発物へと切り替わり、衝撃と共に爆発する運命から逃れられなくなることだろう。


 それは魔力を伴った指向性のない爆発であり、嘆きの遺跡に潜む物理攻撃の通じぬ闇精霊(ラルヴァ)すら葬る力を持つ、ただし、指向性の無い爆発故に発動者たるビード自身をも巻き込んでしまう可能性はゼロではない。



 【中々に面白い素材ではあるねえ、だが、惜しむべきは無骨であり優雅さというものに欠けることか。そう! ただ破壊をもたらすならば魔導機械にも可能なこと、それだけでは華がない! 故にこそ求めるは芸術品! ならばならば、“刃舞う爆撃手”こそが戦場に咲く華となろう!】



 ドルイド僧ならぬベルカの騎士、もしくは魔術師には感知できぬ狭間より、道化が眺め、ただただ嗤う。


 その黄金の瞳が見つめているのは風の門なる戦場か、はたまた遙か先の未来の光景か。


 【黙れ】


 その道化の言葉が届いたかどうかは定かではない、だが“虐殺者”は無意識のうちに誰に届くはずもない念話を飛ばしていた。



 「確かに、防ぐことは難しい、お前の能力は集団戦において最大の力を発揮する。防衛戦を展開するものにとって、天敵といっていいだろう」


 ローセスもまた、繰り出される魔力爆撃を幾度も受けとめるうちに敵の能力と、その特性を把握するに至っていた。戦場で見えた敵の技能を看破することも、夜天の騎士が備えるべき技能の一つ。


 そして、同時に理解していた。風の谷に陣を置き、専守防衛に徹する自分にとってこの能力は致命的に相性が悪いことも。敵に大量の兵力と武器がある限り、ほぼ無限に近い魔力爆撃が襲い来ることと同義であり、サルバーンの布陣にはまさしく隙というものがない。


 だが―――


 「だがしかし、せっかくの技能も、持ち主がそれでは意味がない。良き主に恵まれぬデバイスも、技能も、何とも哀れなことだ」


 「何だと……」


 叫ぶように言葉を発していたビードの声が細まる。


 「お前の能力は確かに攻略戦において絶大な力を発揮するだろう。だが、それを運用するお前自身の不甲斐無さが黒き魔術の王の鉄壁の布陣を無価値に貶めている。部下の背後に隠れ、矢玉に魔力を付与するだけのお前の戦い方は臆病者のそれであり、決定的に誇りが欠けている」


 「はっ! 何を言いだすかと思えば負け犬の戯言か! お前達騎士などという輩はいつもそのような逃げ口上を述べるものだ、正々堂々戦えなどとなあ! 馬鹿が! これこそが戦略というものだ! 消耗品を効率よく運用し、強者を疲弊させ、弱らせたところを叩く、そんなことすら分からぬからお前達は次々と国を失う羽目になるのだ!」



 ストリオン王国も、ミドルトン王国も、奇襲によって玉座が壊され、王家は潰えた。それは確かに事実ではあろうし、ローセスもまた否定はしない。



 「ああ、確かにそれは優れた戦略であるのかもしれないな、戦場に足を踏み入れぬ“一般の民”の見解に沿えばの話だが」


 「何?」



 盾の騎士ローセスは威風堂々と立ち、黒衣の魔術師を見据え、言い放つ。



 「気付かないか? お前の考えは戦場で命を懸ける兵士や指揮官のそれではなく、戦火と縁無き民の考えに寄っている。その思考を持つことは悪いことではないが、戦場は狂人の蔵、死の尽きること無き殺戮の煉獄、その地獄の中に在って力を振るうには、お前の考えは“まとも”に過ぎるのだ」


 「………」



 その光景を、何と捉えるべきか。


 国を、主君を、民を守り、その命を賭して戦う高潔なる騎士の“狂気”に、数多くの無辜なる民を虐殺し、人ならざる異形の軍勢を従えた、非道なる魔術師の“常識”が圧倒されていた。


 だが、それこそが騎士。人として歪んだ道を是とし、戦場を駆ける華で在り続け、日常を支える根となり茎となる。その全ては、戦争という狂気を、守るべき民から切り離すために、死を誉れとする馬鹿げた価値観を“国民共通のもの”としないために。


 まさしく彼らは、“いないに越したことはない存在”だ。王家が腐敗し、騎士達の時代が終わる頃、質量兵器によって王権を打倒した者達は、“お前達のように戦場を誉れとし、死に価値を見出す輩がいるから、戦争はなくならないのだ!”と叫び、騎士達を打倒した。


 しかし、騎士達がいなくなった時代においても戦争はなくならず、むしろ国家を総動員し、民間人すらも巻き込んだ総力戦へとシフトしていった。つまり、“騎士がいるから戦争はなくならない”のではなく、“人間が戦争を捨てられないから騎士が必要とされた”のだ。


 古代ベルカの時代、“聖王のゆりかご”の力をもって地に平和をもたらした初代の聖王は、放浪の賢者と同じく未来の光景を幻視したのかもしれない。人間から戦争を無くすことは出来ない、戦わなければ人間は腐る。ならば次善の策は、民から戦争を切り離し、騎士と騎士、軍人と軍人の“戦場の法”に則った戦いに限定させること。


 かくして、後代の歴史家より“列王の鎖”とも呼ばれる国家間の価値観の共有により、中世ベルカの戦争は騎士が兵を率いて戦う“戦場”に限定されることとなった。それが、初代の聖王が成した最大の偉業であるといえよう。


故にこそ、中世ベルカは古き良き時代と呼ばれる。民を戦火から守るため、人間社会が抱える“戦争”を引き受けるため、彼ら騎士は、貴く、そして最も愚かな存在で在り続けるのだ。



 「目の前に欲しい首がある、武勲を立てるべき戦場がある、ならば、自身の命など惜しんで何とする? お前の能力を思い返してみろ、後方でこそこそと隠れて兵力を小出しになどせず、お前が先陣に立って切り込み、俺の意識を引きつけ、その隙に後方へ部下を回り込ませるだけで挟撃を仕掛けることも出来た。もっとも、易々とさせはしないが」


 ローセスは敵の能力を悟ると同時に、“自分が敵の立場ならばこうする”という戦術を数十通りは想い描いていた。


 だが、敵が取った手法はその中でも最も下策であった。如何に強力な魔力爆撃であろうとも、前方からしか攻撃が来ないのであればローセスの盾も前面にのみ展開していれば済む。それとていずれは押し切られるが、長く持ちこたえることが出来たのは、ローセスの勇気と力ではなく、敵の臆病さと愚鈍さに起因していた。



 「力に溺れ、足元が見えていない愚か者、それが貴様だ、“虐殺者”。戦場を駆ける強者ではなく、力無き民を虐殺するしか能がない小さき者、そのような男が黒き魔術の王の臣下となれた理由を考えたことがあるか、いや、そもそも、お前は黒き魔術の王の何を知っている?」


 盾の騎士ローセスは、放浪の賢者ラルカスより幾度も話を聞き、黒き魔術の王の人となりを知った。


 その男は、究極的なまでの自我と野心、欲望に満ちており、あらゆる面で人という存在を超えている。魔力の強さも備える性質も、何もかもが規格外であり、人間の秤で考えること自体が間違いであると。


 ならば、その男がヘルヘイムという国や生み出した異形の軍勢に執着することなどあり得ない。多少の興味程度はあるかもしれないが、それは古本を見つけ、少々気になるタイトルであった、程度の話でしかないだろう。


 つまり、万の異形を率いるビードという男は、一万冊の古本の管理者程度の価値でしかない。むしろ、適材適所という面では実に見事な配置とも言えるであろう、決して、役不足ということはないのだから。



 「………死ネ」


 盾の騎士ローセスの問いに対し、返答は実に簡潔であり、そも返答の形を成していなかった。


 その問いは、黒き魔術の王の第一の弟子たる“蟲毒の主”アルザング、彼以外の臣下の誰しもが自問し、誰もが答えを見つけられなかったものであるがために。


 黒き魔術の王は絶対者であり、その道を誰とも分かちあうことはない。“蟲毒の主”はそれを理解し、その在り方をこそ信奉し、自分は己の野心と欲望のままにその後を追うのみであると定めているが、それ以外の者達はどこかに不安、いいや、畏れを抱いている。いやむしろ、恐れない方が気が狂っている。



 “ヘルヘイムにおいて、黒き魔術の王を恐れていない存在は、執政官アルザングただ一人”



 それはヘルヘイムに仕える誰もが知ることであり、だからこそアルザングは比類する者なき第一の臣下にして黒き魔術の王の代行者足り得る。ヘルヘイムの法は彼が司っており、命令の大半はアルザングよりもたらされるものでしかなく、王の勅令など数えるほどしか存在しない。


 故にこそ、多くの魔術師や騎士がこの白の国攻略に並々ならぬ闘志と野心を燃やしていた。この命令はアルザングよりの又伝えではなく、サルバーン直下の命、ここで武勲を立てればアルザングと同等の位階に進むことも夢ではないと。


 そうして戦場に臨んだ騎士と魔術師の半数が、嘆きの遺跡の入口において放浪の賢者を足止めする駒とされ、夜天の雷によって消滅したことをビードは知る由もなかったが、知っていたとしてもサルバーンの命に逆らえるはずもなく、結末は変わらなかったであろう。



 「我が権能にて滅びて失せろ! 盾の騎士!」


 “虐殺者”の叫びに呼応するように異形の軍勢が一斉に槍を投擲する。それら全てに“爆撃の刃”が付与されておりその数は数百を超えていた、その威力たるやグラーフアイゼンのギガントフォルムをすら上回るだろう。


 襲い来る暴嵐たる死の刃、加えて自身は満身創痍。



 その絶望的状況において――――



 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

 『Explosion!』


 盾の騎士ローセスと、鉄の伯爵グラーフアイゼンには微塵の恐れもありはしない。


 数秒後に待ち受ける己の終わりを幻視しながらも、彼らの絆は微塵も揺るがず、ただ己に成せることを成すのみと、最後の前進を開始した。












ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  



 黒い杭が、自身の胸から突き出ている。


 それが、リュッセが知覚できた唯一の光景であった。


 胸から溢れ出る鮮血も、握力が失われたことで地に落ちる愛剣アスカロンも、地に倒れ伏す自分の身体も、徐々に失われていく体温さえも。


 何一つ、彼には分からぬこと、一体何がどうなっているのか、それすら疑問に思う間もなく。




 リュッセという少年の身体は、“破壊の騎士”サンジュによって壊されていた。




 『フン、生温いガキが、コノ程度で騎士を語るナド片腹痛いワ』


 その言葉には独特の響きが宿る、というよりも、まるで壊れた楽器が鳴らされているかのような不快な声。


 その声が人のものとはかけ離れていることにも理由があった。かつて、破壊の化身たるこの男は無謀にも黒き魔術の王サルバーンに戦いを挑み、その肉体を完膚なきまでに破壊された。


 だが、手足を消し飛ばされ、内臓の大半を失い、肺を失ったために声すら出せなくなった男の目にまだ光があることを見てとった黒き魔術の王は、その男に止めを刺さず、生命操作の業の被検体とした。


 出来たばかりの融合騎“エノク”をリンカーコアと融合させ、生体機能を維持、さらには魔力をこれまで以上に高める。そして、失った四肢はデバイス技術を用いた義肢により人間を遙かに超える性能を持たせた。ただし、食欲、性欲などは当然なく、僅かの休眠を必要とする他は破壊のみを行う狂った歯車へと。


 そうして、既に名すら持たなかった破壊の男は、黒き魔術の王の生命操作の業の結晶、“破壊の騎士”サンジュとなったのである。


 「サンジュ……様」


 レヴィという名を持つ人造魔導師の少女にとっては自分の教育担当にあたる人物ではあるが、彼女自身この相手を好きにはなれず、自身の教育担当がアルザングであればと幾度思ったか分からない。というより、この男を好いている存在などヘルヘイムにただ一人も存在しなかった。



 『ククク、ダガ血は良い、我ガ槍も猛ってオルワ』


 その手に掲げるは血塗れの槍、デバイスなのか、人の手によるものなのかも定かではなく、ただただ禍々しき黒き槍。ただ、今はその黒色も鮮血の赤に染まっている。


 そう、たった今刺し貫かれ、意識を失い地に伏す少年の血によって。



 『馬鹿ガ、愚カナ、小僧メ、敵を仕留めたナラバ容赦ナク破壊スレバよいものヲ』


 「………」


 侮蔑の言葉と共に、破壊しておればよかったものをと言いきる“破壊の騎士”。


 そして、その対象である少女のことなど、その男は意に介さない。



 『ソレを成サヌが騎士の信念カ、愚カシい、愚かシイ、愚カしイ―――!』


 「……愚か…」



 愚か、本当にそうなのだろうか?


 あの少年の真摯な目は、僕にはそうは見えなかった、むしろ、貴いもののようにも―――



 『ソシテ、貴様モダ、人形ヨ!』


 「―――!?」


 “破壊の騎士”の怒りが少女目がけて放たれる。レヴィは、人形と呼ばれることがあまり好きではなかったが、それは単にこの相手が自分のことをそう呼ぶからかもしれないと、今更ながらに思った。



 『コノような小僧二敗レ! アマツさえ情けヲかけられ、ソレに対シ何も出来ぬナド、何タル不様! 唾棄スベキ意志薄弱!』


 「あ…ああ……」


 強まる怒り、いやそれは既に殺意の域に達している。そもそもこの男は融合騎“エノク”の最初の成功例であり、数多くのデバイス技術を肉体に組み込んだ自身こそ、黒き魔術の王の技術の成果であると誇っている。


 それ故、その後に作られた人造魔導師なる存在、それを推し進める“蟲毒の主”アルザングを何よりも嫌っていた。サルバーンにとって人造魔導師が暇つぶし程度のものであることを彼は悟っており、シュテルやレヴィが重要な存在ではないことを知っていたが、自身もまたそうであることには気付いていなかった。


 そも、黒き魔術の王にとっては“最果ての地の技術”は踏破する目標であって、己のものであると執着する対象ではない。彼は覇道を征く者、あらゆる技術は彼が奪い、学び、修め、凌駕し、その証として破壊する対象でしかないのだから。



 そして、レヴィという少女は知っていた、この男が“破壊の騎士”と呼ばれる由縁を。



 意味もなく、道理もなく、ただ破壊をばら撒く存在、狂った機械人間。だがしかし、そのような存在ならばヘルヘイムにはいくらでもいるが、この男がその中に在ってなお忌み嫌われ恐れられる理由とは―――


 『我ガ権能、固有技能(インヒューレントスキル)“大地の潜行者”デ以て、土二還ルがヨイ!』


 大地の潜行者、それが“破壊の騎士”の持つ権能の名にして、黒き魔術の王に与えられし力。


 転移魔法などとは根幹からして異なる術理によって自由自在に大地に潜み、移動することを可能とする技術であり、白の国の若木の隊長であった少年を背後から刺し貫くことを可能とした異能の業。


 烈火の将シグナムの“破壊の騎士”は暗殺なども得意とするという助言を受け、周囲に気を配っていた彼ではあるが、流石に地中までは探りようがなく、地中に潜むうちは術者の気配も遮断されるのだ。


 “蟲毒の主”が持つ固有技能(インヒューレントスキル)“幻惑の鏡面”と異なり、空戦においては何ら意味をなさない技能ではあるが、こと地上戦においてはサンジュこそが三人の中で最強。“虐殺者”ビードが集団の力を以て放つ“爆撃の刃”も地中深くに潜む彼には届かない。


 ただ一つ、“大地の潜行者”に欠点があるとすれば、大地以外のもの、例えば人工の建造物などが埋もれていた場合はそれをすり抜けることは出来ず、潜行中は他の魔法が使えないという点だろう。


 この力は古代ベルカのドルイド僧のそれに似て、地中の精霊に働きかけ、彼らの意識を騙すもの。友となり力を借りるものではないため、助力を得ることは敵わず、それが限界をもたらしてもいた。



 【うむうむ、こちらも面白い素材ではある、だが、やはり物足りなさが残るのは残念な限りだよ。惜しむべきは己が力を隠そうとするあまり、自由なる心を忘れてしまっていることか。それでは精霊を友とは出来んとも! ただ地に潜り突き進むだけならば魔導機械にも可能なこと、それだけではスマートではない! 故にこそ求めるは芸術品! ならばならば、“潜行する密偵”こそが優雅に地を泳ぐスイマーとなろう!】


 ドルイド僧ならぬベルカの騎士、もしくは魔術師には感知できぬ狭間より、道化が眺め、ただただ嗤う。


 その黄金の瞳が見つめているのは若き騎士が地に伏す惨劇の場か、はたまた遙か先の未来の光景か。


 【黙レ】


 その道化の言葉が届いたかどうかは定かではない、だが“破壊の騎士”は無意識のうちに誰に届くはずもない念話を飛ばしていた。



 『猛る以外二能無キ二号(ツヴァイ)、哀レな人形、アルザングにドウ唆されているカハ知ラヌが、貴様ラが名を得たトコロで意味はナイ。ヒトとなる時、ソンナモノは永遠二来ルことナド無イノダ!』


 “破壊の騎士”の手が延ばされ、青い髪を持つ少女の服を掴み取る。


 “大地の潜行者”は地に潜み、自在に移動する技能であるが、自身が触れている衣服や武器、果ては人間も同様に潜ませることが出来る。


 だが、その最中に手が放されたならば、その存在はどうなるか、どのような末路を迎えるか。



 「い……いや……」


 それをレヴィは知っており、他の者ではあり得ぬ凄惨な殺し方こそが“破壊の騎士”が忌み嫌われ、恐れられる由縁であった。人間というものは未知なる脅威を何よりも恐れる生き物であるために。



 『貴様ガ壊れたトコロで、サルバーン様は気にもカケヌ、自身の弱さヲ呪うガいイ、哀れな人形ヨ! クク、クククク、クハハハハハハハハハハハ!!』



 それは哄笑であり嘲笑、命あるもの全てを嗤う耳障りなる声。


 それを咎めるものはいない。唯一“破壊の騎士”が主人と仰ぐ黒き魔術の王が定めし法は“弱肉強食”であり、破壊される者のことなど顧みない。


 故に、サンジュという男はサルバーンを信奉する。彼の下にいれば思う存分に破壊を続けることが出来る、彼は自分の思うままに破壊することしか興味がなく、口にするような大義など持ち合わせてはいない。


 ある意味で、純粋とは言えるだろう。だがしかし、アルザング程の狂信の域には達していないことは彼の能力を見れば明らかであり、それが“蟲毒の主”がサンジュを見下す由縁であった。



 そう、真に彼が破壊することのみを己の証としているならば――――



 敵から隠れ、地に潜み命を奪う、そのような“盗人”の如き行いを“破壊者”の矜持と出来る筈もないのだから。



 「…や、やめ……だ…誰か……」


 だがしかし、魔力が枯渇し、立ち上がることすら不可能な少女には抗う術があるはずもなく。



 『沈メ沈メ! 誰モ知ラヌ地の底デ朽ち果てヨ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』


 「誰か………助けて!」



 人造魔導師として作られてから僅か一ヶ月程の命、その中で最も歳相応ともいえる純粋な反応。


 すなわち、助けを求めることしか出来なかった。



 それは、まさしく無意味な哀願でしかないはずであり、“破壊の騎士”の哄笑を深める以外の効果は及ぼさなかったが――――





 けれど、たった一人、それを聞き届ける。


 命を弄んで嗤う耳障りな声を撥ね退け、助けを求める幼子の声を確かに受け取り。


 異形なる業によって力を得しその存在を止めるべく、剣を携えて。




 「お前が――――沈め」


 声と、同時に―――


 『ヌグゥア……!?』



 一閃、白光が疾る。


 “破壊の騎士”の背中から胸を刺し貫き、白光を纏う剣が異形の技術の群れたる肉体を穿つ。



 『小僧!?』


 それを成すのは、“破壊の騎士”の背後に立つ少年の持つ剣、彼の魂アスカロン。


 「女子供を……破壊することが……お前の権能とやらか」


 言葉を出すのも辛いどころか、その口からは鮮血が溢れている。リュッセが負った傷は紛れもなく致命傷であり、湖の騎士シャマルが意識を失っている今、彼の死は最早逃れられぬものとなっている。



 だが、それがどうした、騎士の恐れは死ぬことに非ず。



 我らが恐れることはただ一つ、己の騎士道を貫けぬまま朽ちていくこと。



 その恐怖に比べれば、胸を貫かれた痛みなど、傷ついた心臓を動かす苦痛など、何程のものでもない。



 『……グ、ググ、貴様……!』


 「騎士の誇りを……嘗めるな!」


 鮮血が舞い、リュッセの命の源が流れ出る。


 だがしかし、彼は白光の刃を握る力を緩めはしない。基より燃え尽きる寸前の命、ここで使わずいつ使うというのか。



 「………」


 その光景を、青髪の少女はただ呆然と見上げていた。


 恐怖の象徴、破壊の化身、自身に迫る逃れられない死の具現であった巨躯の魔人を、一刀の下に穿つ白光の刃。



 その光景は――――まるで運命に抗う英雄を描いた宗教画のように



 貴く、美しいとさえ思える騎士の形であった。



 『オノレェェェェ!!!』


 だが、それだけでは破壊の化身たる男は倒れない。黒き魔術の王より授かった力の源たる“エノク”が鼓動し、ただそれだけで衝撃波を発生させる。


 「く、おおおおおおおお!!」


 しかし、血の塊を吐こうとも、若き騎士はその手に持った剣を離すことなく―――



 「アスカロン! カートリッジロード!」

 『Explosion!』


 己が魂に、更なる力の発動を命じる。



 『ギ、ガ、アアアアアア!―――――コ、小癪ナ!』



 それでもなお、倒れるどころか軋む様子すら見せないのは流石というべきか、“破壊の騎士”が黒き魔術の王の技術の精粋であることに偽りはなかった。



 『コノ程度で! 我は殺セヌ! お前モ地に飲まレ! 滅ビ去るガイイ!』



 そして、“破壊の騎士”がその権能を発動させ、若き騎士を飲み込まんとする刹那―――



 「システム―――――“アクエリアス”、顕現!」

 『全開放!』



 調律の姫君フィオナが作り上げし、魔を退ける破邪の剣、アスカロンがその真価を発揮する。


 先ほどよりもさらに眩く煌く白光、それはまさしく闇を祓う太陽の如く。



 『ギ、ガ、アア、グアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!』



 その光は何者をも破壊しないが、ただ一つだけ例外がある。



 『馬鹿ナ! 馬鹿ナ! 我ガ権能ノ源タル、“エノク”ガ!!』


 「力に驕りし破壊者……その力が仇となる…………お前達は、自らの傲慢によって………滅べ!」



 だがしかし、その光は紛れもなくリュッセのリンカーコアの魔力を用いて、アスカロンが発生させているもの、それは彼の残り少ない命を加速度的に削ってゆく。



 『融合騎ヲ、破壊スル、デバイス、ダト!』



 黒き魔術の王サルバーンが操る異形の技術の中に、融合騎があることは知られており、調律の姫君フィオナの師でありかつてのサルバーンの同輩であった調律師フルトン、彼の下にその残骸が夜天の騎士によって届けられた。


 白の国で学びし頃のサルバーンがただ一人自らと対等と認めた存在にして、融合騎に関することならば黒き魔術の王を上回る稀代の調律師、その彼が作り上げたシステムこそ“アクエリアス”、融合騎“エノク”の力を弱めるのではなく、過負荷状態のさらに先に領域にまで引き上げる自壊回路。


 これは、元々フルドライブ状態を強制的に起こさせる“エノク”の特性を逆手に取ったものであり、対象の魔力が強いほど、その力への依存性が高いほど効果を発揮する。“エノク”の力によって生き永らえ、破壊の権能を得た“破壊の騎士”にとってこれ以上の天敵は存在しない。


 そして、調律の姫君フィオナはフルトンが築き上げたシステム“アクエリアス”をリュッセの持つ破邪の剣アスカロンへと組みこんだ。炎の魔剣レヴァンティンや鉄の伯爵グラーフアイゼンに組み込む案もあったが、そちらは取りやめになった。


 曰く、“エノク”の力に頼るだけの愚物ならば、専用のシステムを組み込むまでもない。


 それが、夜天の騎士の決断であり、レヴァンティンとグラーフアイゼンはそれだけの物理破壊力を秘めている。よって、彼ら程の破壊力を持たないデバイスらが、このシステムを組み込むに至ったのであった。



 『オノレ、貴様如キ二――――!!』



 権能はおろか、生体維持を行う機能やあらゆる力を奪われた狂いし機械人間は、自身の手で若き騎士を砕かんと鋼の腕を振り上げ―――



 「消え失せろ! 戦う刃を持たぬ女子供を殺すしか能がない破壊の亡霊よ!」


 『ガアアアアアアアアァァァッッ!!』






 その手は、振り下ろされることがないまま、異形なる命を無に帰す白光の中に融けていった。








 「はあっ、はあっ」


 後に残るのは、動力の全てを失った機械類のみ。


 サンジュという男のリンカーコア、それと融合し力を与えていた“エノク”という融合騎、その二つを失った身体は最早人型を保つことすら叶わず、バラバラの機械部品と化して散らばっていた。



 「………」



 そして、小さな少年の大きな勝利を、座り込んだままの人造魔導師の少女は、ただ見上げる。


 その目に宿る光は、いったい何と呼ばれるものであろうか。


 それは、まだ分からない。











ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷



 「ラケーテン――――!」

 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』



 鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。


 迫りくる数百の投擲と、“爆撃の刃”による暴嵐を迎え撃つべく彼らが選んだのは“盾の騎士”と言わしめる堅牢なる防御ではなく―――



 「ハンマァァァーーーーーーーーーーー!!!」


 全ての力を一点に収束し、最大加速を以て敵を粉砕する近接最強の一撃であった。



 「なにい―――!」


 果たして、驚愕は“虐殺者”ビードのもの。戦場を駆ける強者であれば、大量に投擲される槍の雨を防ぐよりも、当たる面積を最小にしつつ一点突破を図り、司令官を一撃の下に叩き潰すなどごく当たり前の発想だが。


 盾の騎士ローセスが称したように、この男の思考はあまりにも“まとも”過ぎた。己の危険を顧みない無謀なる突撃、頭の螺子がとんでいるとしか思えない馬鹿げた高速機動、そんなものが当たり前として横行する狂気の空間こそが戦場であり、騎士が華となる殺戮の饗宴。



 「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 だが、臆病さというものも時には利点となり得る。生粋の戦闘者ならば己の読み違いと敗北を悟り、盾の騎士と鉄の伯爵の猛攻を受け入れてしまう状況において。



 「ヒイイイイイイィィィィィィィ!!!」


 “虐殺者”ビードは恥も外聞もなく逃げ出した。そもそも彼は騎士ですらなく、安全な後方から己の能力を用いて支援を成すことが限界の魔術師なのだ。


同じ魔術師であっても、剣の技を磨き、烈火の将シグナムの紫電一閃を真っ向から受け止めることをも可能とする“蟲毒の主”アルザングと比べれば、戦闘者として天と地の差が存在している。


 そして―――



 「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 “虐殺者”の軟弱さも総司令官たる“蟲毒の主”の知るところであり、それを補うべくその護衛として強力な改造種(イブリッド)が配置されていた。かつてローセスが戦った“ハン族”の首領と同格、もしくはそれ以上の屈強な戦士達である。



 「く、ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ!」


 いくら鉄の伯爵グラーフアイゼンの強襲形態とはいえ、フィールド防御を備えた筋肉の鎧を複数突き破り、指揮官を追撃するのは不可能であった。


 そして、この状況において“爆撃の刃”の使い手を後方へ逃がすのは敗北と同義である。それ以前にローセス自身が前進したため風の谷の守りが無となり、時間をかければ他の異形がそちらへ殺到してしまう。



 「縛れ! 鋼の軛!」



 だが、盾の騎士には確固たる勝算があった。ラケーテンフォルムから鋼の軛へ繋げる連携は彼の得意とするところであり、発生した赤色の波動が血の杭の如き深紅の森を築きあげ、異形達を串刺しにすると共に“虐殺者”の退路を塞ぐ。



 「くくく、馬鹿めぇ!!」



 しかしそれも、相手が地を這う存在であればの話。いくら精神的に脆いとはいえ魔術師ビードが一流の使い手である事実は揺るがず、さらには融合騎“エノク”によって通常を遙かに超える魔力量を有している。そも、数百もの槍に“爆撃の刃”を付与することを可能とした要素こそが、融合騎“エノク”に他ならない。


“破壊の騎士”サンジュの“大地の潜行者”と“虐殺者”ビードの“爆撃の刃”は共にそれぞれのリンカーコアに由来する固有技能(インヒューレントスキル)であるが、それを凶悪なる権能へと進化せしめた業こそが黒き魔術の王サルバーンの技術である。


 そして、融合騎“エノク”がフルドライブの強制によって作り出す強大な魔力を用いた高速の飛行魔法によって飛び去るビードを、風の谷を守る使命を持つローセスには追撃する手段はなく――――




 「外さずの弓――――フェイルノート」




 鷹の眼を持つ狩人が、守護の盾に代わってその役割を果たし、“ただ一人で護衛も連れずに飛び上った魔術師”目がけて死の棘を解き放つ。
 

 その手に持つ弓は、彼が自身の手で作り上げたデバイスであり、白の国において放浪の賢者の薫陶を受けし証。


 狩人にして調律師、そして盾の騎士ローセスの親友、クレスのためにのみ存在する“外さずの弓”、フェイルノートに他ならない。

 

 「ベルスロンファング!!」



 放たれる一矢は、剣の騎士シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン、その最後の姿たるボーゲンフォルムより放たれるシュトゥルムファルケンに匹敵する速度で飛翔し、決して的を外すことはない。


 烈火の将より剣の技量を受け継いだのがリュッセであるならば、弓の技量を受け継いだのはクレス。例え騎士にあらずとも、その誇りは決して譲れるものではない。



 「ぐ、が、ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」



 完全に軌道と威力を計算されつくした矢は、“虐殺者”ビードの心臓を穿つと同時に停止し、無慈悲に込められた機能を顕現させる。



 「カートリッジ遠隔起動、システム、“アクエリアス”」



 外さずの弓、フェイルノートより放たれた矢、ベルスロンファングもまた一つのデバイス。矢であるが故の消耗品ではあるが、込められた命題は一撃で敵の命を刈りとることにあり、それこそが誇りである。



 「ひ、ぐるおおおおお!!」


 フェイルノートよりの遠隔起動によって炸裂したカートリッジが魔力を生成し、システム“アクエリアス”を起動、リュッセが使ったように直接叩き込む用途に比べれば数段劣るが、心臓をぶち抜いた状態からの追撃としては十分過ぎる。



 「灰は灰に、塵は塵に」


 そして、狩人の口より最後の起動キーが紡がれると共に―――



 「アアアア―――――!!!」



 ただ一度使用されるために作り出されたデバイス、ベルスロンファングはその身を破裂させ魔術師の肉体を完全破壊、込められたその命題を確かに果たしたのであった。




 「見事だ、クレス」

 『お見事』



 そして、久方ぶりの再会と共に、かつてと変わらぬどころかより洗練された技を示し、己との連携を一部の乱れもなく成し遂げた親友に対し、ローセスは惜しみない賛辞を送り。



 「この程度、朝飯前だよ」



 放浪の賢者ラルカスが事前に敷いた防衛策の最後の一つ、“鷹の目の狩人”クレスは、昔通りに応えたのであった。











あとがき
 今回はオリキャラ活躍の話となりました。ローセスとリュッセの二人の騎士道とサルバーンの配下のぶつかり合いであるため、原作キャラがほとんど登場しませんが、それもこの話が最後になると思います。何しろ、彼らは次の話で………
 それはともかく、敵役であった“破壊の騎士”サンジュと“虐殺者”ビードですが、コンセプトは『何しに出てきた』です。能力的には強いはずで、偉そうなことを言っているにもかかわらずあっさりとやられるキャラ、数々のゲームや漫画に登場する秒殺野郎たちに敬意を表し、登場させることといたしました。当然、これで退場です、二度と出番はありません。
 あと、リュッセとレヴィの会話につきましては、StSにおけるティアナとノーヴェの会話を参考にし、対比させる形にしてみました。
「んなわけねぇー! こっちは、戦闘機人、戦うための兵器だ。戦って勝ち残っていく以外の生き方なんて……ねえんだよ!」
 「戦うための兵器だってさ、笑うことも、優しく生きることもできるわよ。戦闘機人に生まれたけど、誰よりも人間らしく、馬鹿みたいに優しく、一生懸命生きている子を、私は知ってる」

 ティアナの説得と、リュッセの宣言の違いは、やはり生まれた時代と価値観の違いそのものであると思います。中世ベルカの騎士と現代の管理局員には似通った要素もありますが、やはり根源的な部分で違うところがあり、“時代と共に変わるもの”と“時代を経ても変わらぬもの”も過去編と現代編を通して描きたい部分でもあります。
 白の国の戦いもいよいよ激しさを増し、予言の時は迫ります、その時、夜天の騎士達は何を想い如何なる決断をするか、楽しみにしていただければ幸いです。(相変わらず説明文が長く、自分の趣味が全面に出過ぎている稚作ではありますが)


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            △△△  シュテル                  △△△
           △△△   シグナム                    △△△
         △△          アルザング                △△△
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  △△                    フィオナ                サンジュ △△
 △△                    ザフィーラ         アハト    リュッセ △△
 △△                                         レヴィ △△△
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  △△△                                   ノイン   △△△ 
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      △△△         ヴィータ                     △△△ 
       △△△         ゼクス                    △△△
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                   クレス  ローセス
                        ビード




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