Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


序章  後編   闇至り、時満ちる




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 守護騎士が現世に顕現してより、4か月近くが経つ。


 蒐集は未だ行われず、我は浮くことと移動することのみを可能とする魔法の書として主の傍にあり続ける。



 「闇の書、おいでー」


 我は、主の言葉に応じ、宙を浮き主の下へと。


 「ん、今日もええ子やなー」


 主は人の姿すら成すことができない我すら、家族の一人であるかのように扱う。


 我は闇の書の管制人格であり、定められし命題に従い、書を完成させることだけを使命とする。


 ―――――主もまた、闇の書にとっては、己を完成させるための贄に過ぎない。


 守護騎士達がそれを知らず、いや、知ることすら許されず、主の傍にいることは、果たして幸せなのか。


 その宝石のような日々は、決して長いものではない。


 また、遠からぬうちに、闇と共に流離う時が始まるだろう。



 「今日は皆でおでかけやからなー、闇の書も一緒のいこな」


 だが、それでも。


 「どんなに楽しいことでも、家族が揃ってなかったら、嬉しさも半減や」


 たとえ、短い期間であろうとも、この素晴らしき主と共に在れるならば。


 守護騎士達にとっては、代えようもない幸せとなる。


 そう―――――信じたい。













新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘



 「主はやて、ビニールシートを敷くのはこの辺で良いでしょうか」


 「そやね、お弁当もたくさん持って来たから、広めに敷かなあかんね」


 「はやてのお弁当、楽しみ!」


 「一応、詰め合わせるのと、味付け以外は私も頑張ったけど………だいじょぶよね」


 「案ずるな、少なくとも私が見ていた限りでは、おかしい部分はなかった」



 八神家、家族五人でやってきた場所は、やや高台に位置する丘。


 今日は珍しく、ザフィーラも人型を取っている。


 彼は本来の姿が守護獣としての狼であることや、主が犬を飼うことを夢見ていたこともあり、普段は大半を狼の姿で過ごしている。


 周囲の人々にとっては大型犬という印象のようだが、彼もその評価に特に気にしている素振りはない。


 盾の守護獣ザフィーラは、守護獣である己を誇りとはしているが、それを周囲に示すことは少なく、その誓いや想いは彼の中にのみあることが多い。


 しかし、彼もまた闇の書の一部、闇の書の管制人格である我には、彼の心もまた伝わってくる。


 いや、彼だけではない、将も、ヴィータも、シャマルも、彼女らの心もまた我と繋がっている。


 我が主を想う心も、彼女らや彼の想いにより生み出されたものなのであろう。





 ――――――しかし、時に我にも、守護騎士達本人にすら把握できていない想いが流れ込んでくることがある。





 闇の書のシステムに影響が出るわけではなく、バグということではあるまい。


 にもかかわらず、管制人格である我にすら、その想いがいずこより来たりしものなのか検索できない。


 いったい――――なぜか







 「ヴィータ」


 「ん、ザフィーラ、どうした?」



 そして、今もまた、我に把握出来ぬ想いが溢れてくる。



 「これを、お前に」


 「これって、草で出来た、冠?」



 ザフィーラは草原に座り込み、長い間集中し、草のみを材料とした輪、もしくは冠と呼べるものを編んでいた。


 女性が作るものならば、花で作るのが相応しいが、彼が作るならば、草で作られたそれこそが質実剛健を旨とする彼らしさがよく出ている。


 しかし、ザフィーラ自身、それを編んだ己に困惑、いや、これは懐古の念であろうか、を感じているようである。


 そしてそれは、草の冠を贈られたヴィータも同じく。



 「ありがと………」


 彼女は小さく呟き、草の冠を受け取るが、それをじっと見つめたまま微動だにしない。


 ……………なぜであろうか


 その姿が、我にとっても…………懐かしく感じられるのは――――――




 「ん、それはザフィーラが作ってくれたんか、ヴィータ」


 冠を手に持って見つめたまま、今にも泣きそうにしていたヴィータを、主が優しく包み込むように声をかける。


 もし、主の足が不自由でなければ、後ろに立ちヴィータを抱きしめていただろう。



 「うん………」


 「ザフィーラ、器用やねー、よく出来とるよ」


 「ありがとうございます、主、ですが、私にもよく分からないのです」


 「分からない?」


 「シャマルの料理のようなものでしょうか、彼女がやったことはないはずの料理を、どこかでやったことがあると感じたように、私も作ったことなどないはずのこれを、気がつけば作っていました」



 作ったことが、ない。


 そう、闇の書そのものである我もそう認識している。



 「不思議なこともあるもんやね、わたしより前の闇の書の主に習ったとかじゃあらへんの?」


 「あたしらの役目は、ずっと戦うことと、闇の書を蒐集することだけだったから、今みたいに料理とか、他のこととか、してこなかったはずなんだ」


 「そっか………悲しい想いをしてきたんやね」


 「いいえ、今は貴女がいてくれます、主。それだけで、我々にとっては奇蹟です」



 永き時を、我らは旅してきた。


 笑うことなど、果たして幾度あったことか。


 ヴィータも、笑うことなどなく、ただ鉄鎚の騎士として敵を撃ち砕くだけの日々であった。


 だが、その永劫に等しい闇の中にあっても。


 彼女は、ザフィーラに対して心を許していたような、そんな気がする。


 いや、それはさらに前からではなかったか。


 彼は、彼女にとって――――




 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動




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新歴65年 10月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴大学病院




 「命の危険?」


 「はやてちゃんが……」



 そして、時が来た。


 我の本体は主と共にあれど、守護騎士達の動揺が、我にも伝わってくる。



 「ええ、はやてちゃんの足は、原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが、この半年で、麻痺が少しずつ上に進んでいるんです」



 それは、守護騎士が顕現し、闇の書が第一覚醒を迎えた時期より。



 「この二カ月は、それが特に顕著で」



 闇の書の蒐集がないため、主のリンカーコアへの負荷は高まり続ける。



 「このままでは、内臓機能麻痺に、発展する危険があるんです」



 おそらく、そうはなるまい。


 魔導師にとって、心臓と等しいほどに重要な臓器である、リンカーコアが先に―――







 「なぜ、なぜ気付かなかった!」


 石田医師と話を終えてより、将の心は自己への憤りに満ちている。


 だが、それを責めることは出来ない。


 なぜならば、闇の書の守護騎士である彼女らは、気付くことそのものが禁じられている。仮に違和感を持ったとしても、次の日にはそれは消えているのだ。



 闇の書の、呪い



 我が、呪われし闇の書と呼ばれし由縁。


 主が、力を求め、欲望の忠実な人物ならば、守護騎士はその命に従い蒐集を行う。


 だが、仮に主が力を求める欲望とは正反対の性質を持つ方であれば。


 誇り高き守護騎士、ヴォルケンリッターは、その命を救うためならば、騎士の誓いすら破るであろう。




 全ては、プログラムのままに




 守護騎士達は、どのような主の元であっても、どのような心を持とうとも。


 蒐集を行うよう、定められているのだ。


 闇の書は、比類なき容量を誇りし大型ストレージと、融合騎としての特性持つ管制人格と、守護騎士達、他にも幾つもの機能より成り立つ巨大魔導装置。


 定められし命題は、絶対である。












 「主の身体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い」



 剣の騎士シグナムが、炎の魔剣レヴァンティンを掲げる。



 「はやてちゃんが、闇の書の主として、真の覚醒を得れば」



 湖の騎士シャマルが、風のリングクラールヴィントに魔力を込める。



 「我らが主の病は消える。少なくとも、進みは止まる」



 盾の守護獣ザフィーラが、その体内に宿りし魂、ユグドラシルへと呼びかける。



 「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。だけど、それ以外なら……………何だってする!」



 鉄鎚の騎士ヴィータが、鉄の伯爵、グラーフアイゼンを構える。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと、その魂たち。


 周囲に魔力が満ち、ベルカの術式を示す三角形の陣が二重に展開され、六亡星の魔術陣を紡ぎ出す。



 「申し訳ありません、我らが主。ただ一度だけ、貴女との誓いを破ります」


 そして、騎士を率いる烈火の将が、誓言を掲げ――――


 「我らの不義理を―――――お許しください!」




 夜天の騎士達は、もはや何度めになるか数えることすら不可能となった、蒐集の旅へ出た



 最後の、夜天の主のために





 ……………夜天




 それは……………何を指す言葉であったか――――











新歴65年 11月15日  本局ドック内 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ” 食堂




 「ふうっ、ようやく一段落かな」


 「ありがとう、ユーノ、手伝ってくれて」


 「正直、助かった。法律関係は僕達の専門だが、ロストロギアを考古学的観点と医療器具的な観点からすり合わせるという作業は専門外でね」



 アースラの食堂で話しているのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウンの三名。


 艦長のリンディ・ハラオウンと通信主任のエイミィ・リミエッタの二名がいれば本局で待機中の書類仕事ならば問題なく片付くため、クロノは既に半年ほど前となった“ジュエルシード事件”の最後の後始末に奔走している。


 それはすなわち、プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。


 これら二つを臨床で用いるための法的手続きを済ませるために、この半年間の多くの時間を彼らは費やしてきた。また、その間にフェイトの嘱託試験なども重なったため、かなり忙しかったアースラ面子である。



 「確かに、大変ではあったけど、やりがいのある仕事だったよ。それは、クロノも同じだろう」


 「まあな、次元犯罪者を捕えるだの、ロストロギアを回収するだのも執務官の重要な仕事ではあるが、どれもないに越したことはない仕事だ。だが、これは人を救うためのもの、本来、法律の専門家というものはこういったことをするために在るべきものなんだが」


 「執務官っていうのも、やっぱり大変なんだ」


 「大変、というより、大切と言った方が適切かもしれないな。執務官と捜査官の最大の違いは、強さでも指揮権限でもない、人を裁くかどうかだ。無論、裁判を進めるのは僕たちではないが、そのための証拠集めの他、証人の用意も執務官の役目だから」


 「なのはの世界、地球で言うなら、警察官と検察官が一体化したようなものだけど、でも、大きく異なってる」


 「ああ、なのはの国も、司法機関は当然のことながら国家に属している。罪を犯した人間は、その国の法律に照らしあわせ、その国の法律で裁かれるが、主に執務官というものが必要となるのはその枠に収まらない場合だ。というより、そういう案件が多過ぎた過去の次元航行部隊の窮状を鑑みて作られた職業だからな」



 地上部隊に属する捜査官は、一般の管理世界ならば警察に、武装局員は自衛隊もしくは軍隊、そして、一般局員は事務などを含めた公務員全般に相当する。


 だが、地球にも国際警察があるように、次元世界にも国家の単位では裁けない犯罪者、もしくは対処できない事件というものが存在する。


 魔法がない世界ならば事件と呼ばれるものは大半が人間によって引き起こされるが、次元世界においてはジュエルシードのように、人の意思を介すことなく災害を巻き起こす例も多い。


 仮に、地球が魔法が一般的な管理世界であったとして、ドイツとフランスの国境の町でジュエルシードモンスターが暴れたとしよう。


 そのままでも重大な被害をもたらすことは間違いないが、放っておけば国家そのものを巻き込む程の次元震すら引き起こしかねない。


 当然、誰かが対処せねばならないが、ジュエルシードに対処できるほどの魔導師となるとAAランク以上となり、質量兵器が禁止されている管理世界においては、国家組織に属する高ランク魔導師とは“国家の保有戦力”と言え、無暗に国境付近に魔法の使用権限と共に派遣するわけにはいかない。


 また、その辺りの調整が上手くいって、ドイツの軍隊の高ランク魔導師がジュエルシードを封印したとしよう。しかしその場合も、かかった費用をどちらが負担するかなど、もしくは魔導師が負傷した場合の補償についてなどで問題が発生しうる。


 ドイツに言わせれば、放っておけばフランスも危なかったところを我々が出動して抑えたのだから、半額はフランスが負担すべき、という主張が成り立つ。しかし、かかった費用などを算出するのはドイツであるため、フランスにとってもその額を鵜呑みにすることも出来ない。


 そこで、事前に主要国家が資金を出し合って、国際連合の中に“魔導災害対処局”なる部署を設け、そのような政治的にややこしくなりそうな案件が出た際の火消し役を定めておく。これには、各国家の警察の魔導犯罪対処部門が半ば兼任するような形で運営し、わざわざ新規の部隊を整える手間と費用を抑えることとする。


 管理世界に住まう者達にとって、時空管理局とはそのような機構である。日々の暮らしに関することは自国の行政府が担当するが、次元災害や次元犯罪、もしくは魔導犯罪、またはそれらに類する事件が発生した場合には時空管理局の出番であると。


 そして、それを一つの次元世界に点在する地上部隊が担い、第一管理世界ミッドチルダの地上本部が統括。さらに、各次元間を跨る案件に対処するための機関として、本局次元航行部隊は存在する。


 時空管理局が行政をも担うのはあくまでミッドチルダに限られ、ミッドチルダの常識は管理世界の非常識、などという格言もあったりする。


 「そして、今回のような魔法技術の最先端を行く医療技術は、やはりその多くがミッドチルダや主要管理世界から発表される。ミッドチルダは永世中立世界であり、国家に属さない行政特区にして経済特区だから、魔法製品や技術をまずは試験的に社会に流すための場所であるともいえる、よって、その担当は僕達や地上本部となるわけだ」


 「だから、トールには地上本部の方を担当してもらっているんだよね」


 「正直、僕達ではミッドチルダの行政に対して口を出せない。全ての管理局法は次元連盟と時空管理局によって作り出され、まずミッドチルダで施行される。そして、現実に出てくる問題点を見極め、各世界に施行するにはどのような点に注意するべきか、その際、地上部隊と本局では対応が変わるかどうかなど、様々な面から議論を重ねたうえで管理世界に施行される」


 「時空管理局はあくまで、管理局法を“管理”するだけの組織。全ては民意による、だね」


 「そう、ユーノの言うとおり、管理局法を通して民意を蔑ろにしていたんじゃ本末転倒もいいところだ。プレシア・テスタロッサの研究が、現状の管理局法に照らせばグレーゾーンであっても、それがたったの半年ほどで使用可能となりつつあるのは、人々がそれを必要としているからだ」


 「トールが集めてくれた、現在の次元世界で脳死状態にある人々と、その家族の136万7000人の署名」


 「本当に、彼は凄いよ、一体いつの間に集めたんだろうね」


 「さてな、とにかく、近代以降は法律というものは専制君主が定めるものじゃなくて、人々のために定めるものとなっている。“ミード”や“生命の魔道書”を必要としている人々がいて、それを作るため、使用する上で倫理的な問題がないと証明されれば、使用可能となるのは当然だろう」


 そして、インテリジェントデバイス、“トール”にとっては、倫理面が最大の鬼門。


 彼には数十年に渡る人格モデルの学習成果があるものの、やはりそれは得意分野ではない。他に適任者がいるならばその部分を任せ、自分は署名を集めることや、生成に必要なノウハウを確立することなどに専念すべき。


 何事も“効率よく”成そうとする機械仕掛けは、そう判断したのである。



 「もうちょっとだね、あと2週間くらい、そうしたら―――」


 「久しぶりに、なのはに会えるね、フェイト」


 夏休みに一週間ほど地球に滞在していたフェイトだが、それからしばらくは次元間通信やビデオレターによるやり取りとなっている。


 フェイトが母の研究成果に関する事柄にかける情熱を知る故になのはも応援しているが、法律関係はなのはの専門外なので、声援を送るだけしか彼女には出来ない。


 だが、フェイト・テスタロッサという少女にとっては、その声援こそが何よりも励みとなる。


 人の心を演算するデバイスは、今のフェイト・テスタロッサの精神は、安定状態にあると、分析していた。



 「そうだな、それに、転入の件も」


 リンディ、クロノ、エイミィの三人は、フェイトがなのはと同じ学校に通えるように手続きを整えている。


 別に犯罪者というわけではないが、フェイトはミッドチルダ、もしくは本局在住なので、管理外世界に住むにはそれなりの手続きというものが必要なのである。


 とはいえ、そのような手続きをどのような人間よりも得意とする存在が既にほとんど済ませており、彼女らの役目は後見人として判を押すことくらいだったが。



 「再会、楽しみだな」



 少女は、祈るように異郷の親友へと想いを馳せる。


 普通に考えるならば、特に何事もなく再会し、共に学校へ通い、穏やかにして楽しい日々が始まるはず。


 だが、その願いは叶わず。


 新たな戦いの時は、もうすぐそこまで――――














新歴65年 11月15日  第64観測指定世界




 「がっ、はあぁっ」


 対峙するミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士。


 いや、この二人を対峙していると称すことは適当ではあるまい。対峙とは、両者が向きあい、共に立って相手を見据えている時に使うべき言葉であろう。


 今、立っているのはベルカの騎士のみ。


 ミッドチルダ式の魔導師は、既に多くの傷を負い、地に伏している。



 「ぐ…ぐぅ……っ」


 「ぬるいな、こちらはまだ抜いてもいないぞ」


 そして、騎士は油断することもなく悠然と歩を進め、静かに残酷な事実を告げる。


 「く……貴様…いったい何者だ………?」


 「私は貴様の名に興味がない。故に、我が名を覚えてもらおうとも思わん」



 そして、それは同時に、彼女が己の出自を話せないためでもある。


 管理局が闇の書を知るように、幾度も管理局と矛を交えた闇の書の守護騎士も、管理局を知る。



 「欲しいのはこの戦いに貴様と賭けたもののみ。さあ……立って戦うか、敗北を認めるか、決めてもらおう」


 「おのれ………無頼の分際で………」



 このままでは勝機がないと判断した魔導師は、操作性を無視し、威力のみに特化した術式を紡ぐ。



 召喚魔法   赤竜召喚   威力AA   操作性能E



 アルザスに住まう竜召喚師、その中でも最大の力を持つ者ならば、Sランクの真竜すら完璧に従えうるが、彼はそこまでの高みにはいない。


 しかし、操作性はないまでもAAランクに相当する赤竜を召喚し、自分を襲わせない程度の使役を可能にしていることは称賛に値しよう。


 仮に時空管理局の武装局員であっても、単騎ではこの赤竜を仕留めるのは容易ではない。Bランクの一般隊員にはまず不可能、Aランクの隊長であっても手こずる可能性は高いといえる。


 ただし―――



 「我が身――――無頼に非ず」



 彼の目の前に立つ存在は、一騎当千のベルカの騎士にて、正統なる古代ベルカ式剣術の継承者。



 「仕えるべき主と、守るべき仲間を持つ」


 『Explosion』


 主の戦意と魔力の呼応し、炎の魔剣レヴァンティンがその力を顕現させる。


 吐き出されるは、中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジ。


 数多の騎士に勝利をもたらし、ベルカの騎士の最盛期を築き上げた、魔導の秘蹟である。



 「騎士だ」



 そして、炎熱変換の特性を持つ魔力が炎の魔剣の刀身へと伝わり、まさしくその名の通りの光景を作り出す。


 遙か昔、彼女はその一刀でもって、ベルゲルミルと呼ばれし真竜に匹敵する力を持つ強大なる生物を打ち倒した。



 「紫電―――――」



  烈火の将にとって、その記憶は既に忘却の彼方にあれど



 「一閃!」



 彼女と共に在りし炎の魔剣は、今もなお記録している。















 【シグナムだ、こっちは一人済んだ、ヴィータ、ザフィーラ、そっちはどうだ?】


 【目下捜索中だよっ! 忙しんだからいちいち通信してくんなっ!】


 【そうか】



 鉄鎚の騎士の苛立ちを含んだ言葉を、剣の騎士は静かに受け止める。



 【捕獲対象はまだ見つかっていない。見つかり次第捕らえて糧とする】


 盾の守護獣は、鉄鎚の騎士の言葉を補いながら、陸の獣にあるまじき速度で空を駆けていく。


 【もういいな! 切るぞ!】


 【ああ……気をつけてな】


 【わかってらっ!】



 心配しつつも、どこか微笑ましげな表情をしながら、シグナムは通信を終える。



 【ヴィータちゃん、苛立ってるわね】


 【シャマルか、そっちはどうだ?】


 【広域捜査の最中、順調とはいえないけど、何とかやってるわ】



 湖の騎士は、念話を行いながらも風のリングクラールヴィントを用いて探査の術式を並列して行う。


 補助に特化したデバイスを持ち、後方支援に長けた彼女ならではの業である。



 【状況が状況だから無理もないけど、ヴィータちゃん、無理し過ぎないかしら】


 【一途な情熱はあれの長所だ】



 シグナムは、こと戦闘におけるヴィータの判断力は自分とほとんど変わらないものであると認識している。


 彼女こそ、それまで最年少であった自分の騎士叙勲の年齢を引き下げた、唯一の存在であるのだから。



 【焦りで自分を見失うほど子供でもない、きっと上手くやるさ】


 【………そうね】



 “若木”とは、遙か過去のベルカにおいて、未だ成熟せぬ騎士見習いを指す言葉。


 しかし、彼女が鉄鎚の騎士の名を持つ以上、“若木”ではあり得ない。


 命名の儀を終え、騎士名を名乗ることを許されし、大人の騎士。


 それ故に、心優しき主のぬくもりの中で、天真爛漫に笑う彼女こそ――――――奇蹟であった。



 【さ………新しい候補対象を見つけたわ、一休みしたら向かってね】


 【いや………すぐに向かう、いいな、レヴァンティン】


 『Verstehen』



 騎士として武器を手に、再び蒐集のための戦いに身を投じることを決めた今、幼き少女も、歴戦の勇士へと戻る。


 そして、彼女の先達である両名と守護獣も同様に、己の戦場へと身を投じる。



 【さあ………今夜もきっと、忙しいわ】


 彼らは闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター


 今はまだ、その魂は蒐集のために振るわれる




 深き闇が祓われ、最後の夜天の主が目覚めしその時まで




 守護騎士の、戦いは続く




 さあ、時計の針を進めよう









あとがき
 A’S編の序章はこれまで、次回より現代編はA’S本編の開始となります。ただ、その前に過去編の第2章が挟まりますので、なのはVSヴィータはその後となりそうです。
 以前にも書いたように現代編はほぼ原作どおりに時間軸は進みますが、戦闘内容や、布陣は異なる場合もあります。大局的な流れは変わりませんが、“舞台を整える機械仕掛け”が静かに成り行きを見守る視点で進むため、原作を改めて異なる視点から見直す、という感覚に近くなるかもしれません。ただ、私は原作信奉派なので、原作の疑問点を指摘するのではなく、例えこじつけになってでも論理的理由を捻り出す所存であります。それではまた。



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