Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第2章   前編  放浪の賢者





ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ネルドレスの森



 「老人は朝早いっつーけど、早過ぎだろ」


 シグナム、ローセス、ラルカスの三名が帰還した翌日の朝早く。


 ヴィータは呆れが混ざったような口調で呟きながら、空を駆けていく。


 昨夜の宴ではかなり早い時間に睡魔に襲われ、脱落してしまったヴィータはまだまだ異国の話が聞きたりなかったので、朝早く目覚めると同時に放浪の賢者ラルカスの部屋を訪れた。しかし、そこで待っていたのは言伝用の機械精霊のみであり。


 『老師ナラバ、釣リ二向カワレマシタ、フシュフシュ』


 という伝言を受け取った。


 「釣りって、どこに?」


 とヴィータが聞き返すと。


 『ネルドレスノ森デス、フシュシュ』


 「森か……………あんがとな、えっと、お前は?」


 『機械精霊1163バン、“ノーリ”デス、フシュフシュ』


 「もう千番を超えてたのか…………つーか、ラルカスの爺ちゃんも良く全部覚えてられるよな」


 『老師デスカラ、フシュフシュ』



 彼ら、機械精霊は放浪の賢者ラルカスの作品にして、彼へあらゆる情報を伝える密偵?である。


 魔法人形を製作する技術はベルカの地で数百年以上前から始まっており、当然、この白の国はその最先端を行く。


 “調律の姫君”、フィオナが作り出した完全人格型融合騎の雛型であるフィーは、まさにその象徴。彼女の他にも、諸国の名のある調律師達が、人格を持つ魔法人形や、さらにその発展形の融合騎の製作を日々進めている。


 人格を持たない融合騎ならば既に作られているが、高度な知能を持ち、さらに人間と同等の意思を持つデバイスというものは非常に難しいものであった。


 しかし、放浪の賢者ラルカスの作品はそれらとは根本が異なる。



 「爺ちゃんは確かに凄いけどさ、お前らって、一応精霊なんだよな」


 『ハイ、機械デスケド、精霊デス』



 リンカーコアを持ち、魔力素を取り込んで己が力と変えることを可能とする生物は、魔法生物、もしくは魔獣と定義され、ベルカの騎士や魔術師達も、生物学的な区分ならばここにカテゴリされる。


 ただ、中には実体を持たず、魔力の塊が意思を持って動く場合が存在したりする。それらは精霊と呼ばれるが基本的に大きな力を持つことはなく、水が多いところには自然と水の精霊が発生し、風が強いところには風の精霊が発生する、といった具合である。そして、この白の国は風の恩恵が強い。


 また、今よりさらに500年以上昔の古代ベルカの時代では、精霊達はただ“古き者達”と呼ばれており、ドルイド僧とは彼らを感じ、意思を交わすことを可能とする者達を指す言葉であった。そして、放浪の賢者ラルカスはベルカに残る最後のドルイド僧とも呼ばれる。


 真竜などが他の魔法生物を凌駕する力を持つ由縁は、ただの生物ではなく、これらの精霊を従える特性を有するからに他ならない。火竜ならば火の精霊を従えるため、リンカーコアの出力に関わらず、火を吐くことはほぼ無限に行うことが出来る。ただし、自然が豊かで精霊力の強い土地であることが前提となるが。


 それ故、召喚師に呼び出される幻獣は、本来の力を発揮できないケースも多々ある。個体が持つ力そのものは変わらないが、本来ならば周囲の精霊から受けられるはずのバックアップがないため、人間が切り開いた人工の都市で戦う場合、戦闘時間に制限がかかることがあり得る。


 特に、この白の国は転送魔法が困難なほど特殊な精霊力を持つ土地柄であるため、召喚師にとってはある意味で鬼門と言える場所であった。逆に、この地と相性の良い生物ならば最大の力を発揮できることを意味するが。



 「でも、精霊って、普通はしゃべんないよな」


 『ハイ、ボクモソウデシタ、ケド、老師ガ言葉ト名前ヲクレマシタ』



 彼ら機械精霊は魔法人形や融合騎とは根本から異なる。


 人間が“人間のために機能するもの”を一から組み上げたそれらと異なり、機械精霊は“精霊に人と会話する権能を与えたもの”なのだ。


 彼らは元々土の精霊や水の精霊と呼ばれていた微小な個体であり、それにラルカスが語りかけ、一箇所に集わせ、人と意思を交わす力を付与したものである。


 そのため、機械精霊には死の概念も生の概念もあり得ない。土は固まれば岩となるが、岩が砕かれても土は土。水は時に氷塊ともなるが、氷塊が溶けても水は水、時に雲となることもある。


 今はたまたま“機械精霊”の形を成しているだけであり、彼らがすることといえば、人を見守り、話しかけられれば応えることくらい。その在り方は、放浪の賢者の分身であるかのように。



 「しゃべれるのって、やっぱ楽しいか?」


 『ドウデショウ、デモ、ワルクナイデス』


 「そっか」


 機械精霊は自由気ままな存在であり、山のように同じ場所から動かないものもいれば、風や水のようにあちこち動くものもいる。


 姿形は大体同じで、丸っこい身体に小さな手足が付いただけの簡素なものだが、なぜか愛敬というものがある。


 そんな彼らが、ヴィータはとても気に入っていた。


 自分達は騎士を目指す者であり、騎士とは、主と国と民のために在るもの。


 それは言わば、自身を束縛し、拘束する生き方とも言える。人が本来自由な生き物であるとするならば、これは人の生き方として矛盾する。


 だが、騎士とはその矛盾を是とするからこそ騎士であり、それ故に、自由そのものの存在である機械精霊が時に眩しく見えることもある。


 ヴィータが、“自由な翼”という意味を込められたフィーを可愛がるのも、そういった理由なのかも知れない。



 「とにかく、ありがとな、ノーリ」


 『オ気ヲツケテ、ヴィータ』




 彼女は機械精霊に別れを告げ、空に舞い上がり、そうして現在へと至る。


 ヴィータの飛行速度は速く、既に森の上空に達していた。


 もっとも、ラルカスは転移魔法で来たであろうから、その速さとは比べようもないが。



 「えっと、ネルドレスの森で釣り場って言えば………………あそこか」



 ネルドレスの森はヴィータもよく入るため、森林内部のことは熟知している。


 また、若木であった頃のローセスと、その友人であったクレスという調律師の卵も、二人でよくこの森を訪れていた。今夜の食卓に並べるための獲物を二人で競うように狩っていたものである。


 しかし、森で活動するならば、森の法則に従うべしという掟もある。身重の動物は狙わない、罠を仕掛けるならば、民が決して足を踏み入れない場所に、卵も全てとることはならず、仮に孵ったとしてもおそらく成長できないであろう余分な数のみを取ること。


 森の恵みを受け、森と共に生きる者は、森への感謝と畏敬の心を忘れてはならない。


 ローセスの妹であり、白の国が誇りし“夜天の騎士”となることを目指すヴィータにとっても、その教えは守るべき神聖なものであった。


 そんな彼女が以前、ザフィーラと共にやってきた泉もネルドレスの森の中にあるものであり、その周辺には野獣の巣などもあり、毒を持つものも多く生息するため、魔法の力を持たない一般の民には危険な場所でもあった。


 だが、白の国の“若木”たる彼女にとっては遊び場であり自らを練磨する訓練場ともなり、放浪の賢者にとっては、日向ぼっこしながら釣りをする憩いの場でしかなかった。


 特に、放浪の賢者に至っては森の掟から、いや、あらゆる束縛からすら解き放たれたような存在であったから。



 「じいちゃん、釣れてっか?」


 「おお? おおおおおおおおおおおおお!? かかった、かかった! これはでかい、これはでかいぞ!」


 「ん、かかったのか!」


 「さて、何が釣れるか楽しみだ! 一体何が釣れることやら、さてさて一体誰だろう!」


 「誰?」


 おかしな単語が耳に入って来たヴィータは首を傾げる。


 釣りをしていて、獲物がかかったはずなのに、どうしてかかった対象が“誰”なのか。


 それではまるで、川の中に言葉が話せる知り合いが沈んでいるような感じではないか。



 「おおお! 釣れてしまう! 釣れてしまうぞ!!」


 「あー、一応、手伝うか?」


 何か変な予感はするものの、竿と格闘し今にも川に落ちそうな賢者、いや、釣り好きな謎の老人に対しヴィータはおざなりながらも言葉をかける。


 「いや、それには及ばん! これは一人でやりとげてこそ意味がある! おおお! 釣れてしまうぞ!!」



 そして、ついに針にかかった獲物が姿を現し――――



 ――――――ポンッ!



 「……………」


 釣りあげられたもの、いや、物体、いやいやむしろ“彼”を見て、ヴィータは絶句。というか、呆れ果てていた。


 「おお! これは見事な機械精霊が釣れてしまった! これは見事にまるまる太って旨そうな!」


 『ボクハ食ベラレマセンヨ、老師サマ、フシュフシュ、カタイデスヨ、フシュシュ―』



 目を凝らして川の中を良く見てみると、あちこちに機械精霊の姿が見られる。おそらくは、水の精霊に由来するやつらがラルカスの手によって機械精霊となった者たちだろう、とヴィータは見当をつける。


 どうにも、この大賢人なる人物は川で自分が作った機械精霊を釣り上げる、という奇妙奇天烈な真似をしていたらしい。


 一体それに何の意味があるのかとヴィータは呆れ、しかし、爺ちゃんならありか、と考えなおし、老人と機械精霊の会話を眺めていた。



 「おおお、実に元気によくしゃべる機械精霊なるかな! これを食べるのは良心が痛んでしまうぞ!」


 『心、ダイジデス』


 「うむ、まさしくその通り! 心こそは人間と機械を分ける境界線にして、それ故に彼らは孤高なのだ! 自身で命題を定めしことは祝福なのか、はたまた、他者より命題を与えられることこそが祝福なのか、それは儂にも分からんが、それでもそこには輝きがあるとも!」


 『ボクタチハ、ドウデショウ』


 「ふむ! それは難しい問いだ! 君達精霊はそも命持つ者ではなく、動く命そのものだ、それ故に死すら君達にはない、そのはずだ。しかし、それは違うのだよ、死がないものなどどこにもない。なぜなら、死がないということは、それは既に存在していないことと同義なのだから」


 『ボクモ、イツカ死ヌノデショウカ?』


 「命持たずとも、そこに存在しているのであれば、終焉からは逃れられない。儂は君達に形と名を与えたが、ただそれだけだ。命を創り出すことは命にしか出来ない、この法則とて永劫不変のものではあり得んが、少なくとも今の世界はそのように成り立っており、人間はその法則の中を泳ぐ魚にして、その風を受けし鳥なのだよ」


 『老師ハ?』


 「儂もまた、命一つの人間だとも。だが、時に見えてはならんことも見えてしまうことが問題と言えば問題だ。人間には人間の生き方というものがある、それをすら変えることが出来ることこそ人間の持つ素晴らしさではあるが、それは同時に酷く危うい。子供が感受性の強きのあまり、よくないものをも引き寄せてしまうように」


 『鈍感ハ美徳ナリ』


 「ふむ、お前さんに儂がいつだったか語った言葉に一つ、ああ確かにそうとも。生き急ぐことは必ずしも良い結果をもたらすとは限らぬから、時には止まって耳を澄ませることも大切なのだ。さて、空をゆく幼子よ、君はどう思うかね?」


 「話なげーし、相変わらずわけ分かんねー」


 「それはそうであろうし、そうでなくてはいささか問題があるとも、儂が生きた年月とお前さんが生きた年月は大きく異なる。そして、他人である以上、完全に理解し合うことは出来ないものさ、だが、人間には機械がいる、人間のためにだけ作られし機械は、果たして人間を理解できるものかね」


 『ボクタチ出来マス。別々ダケド、一ツデスカラ』


 「そう、それが君達精霊だ。一にして全、全にして一、君らは無限の生を持ち、ただ一度の死を待ち焦がれる。生を多く持つものは数限りなくいるが、死は唯一。だが、それ故に死は優しく、寛大なのだよ、どのような異形な命になり果てようとも、生きることそのものより見捨てられようとも、死だけは決して見捨てない。永遠の命という名の牢獄より、彼らは救い出してくれる」


 「死って、そういうものなのか?」


 「いつか、お前さんにも分かる時が来るかな、それともそうはならないかもしれない。儂としてはそうはならないことを祈るが、はてさて」



 そう呟く賢者の瞳に、僅かに憂愁の陰りが見える。



 「観えたのか?」


 「いいや、観てはおらんとも。儂はここしばらく瞼を閉じておるものでね、お前さんの兄を観てより、今を見ることに専念しているのだよ」


 「兄貴の予言………あたしは聞かせてもらったことないんだよ」


 「それは賢明というべきかな、儂が彼へ成した予言は決して明るいものではなかったからね」


 「でも、兄貴はまるで変わんないんだ。いやさ、変わらないってことじゃないんだけど、変わった気がしないんだ」


 「それはそうだろう。なぜなら、盾の騎士ローセスは既に己の進む道を決めていた。それ故に、儂が予言を成したところでそこに意味はほとんどない、そしてだからこそ予言をすることそのものに意味が出てくる。一種の願掛けのようなものだからね」



 願掛けという表現は、ヴィータにとって意外なことであった。



 「願掛け………なのか」


 「己が心に誓う事柄を、より強固なものとするための儀式の一環ともいえるか、既に鋼の心を持つ彼にはそういうものが必要とも思えなかったが、やってくれと言われたからには師としては応えずにはいられまい」


 「爺ちゃんの行動理念はわけ分かんないだよ、気ままにどっか行ったかと思えば、ずっと一つのことに集中してたりするし」


 「ドルイド僧とは、得てしてそういうもの。儂は放浪の賢者だの、大賢者だの呼ばれるが、別にそう大したものではない。なぜなら、干渉する意思がないのだから」


 「いや、色々やってるだろ」


 「これは、あくまで儂個人の趣味のようなものなのだよ。人を眺めるのは昔から好きでね、だからこそ、ザフィーラは儂と共にいたのだろう、そして、この子らは儂と友になってくれた」


 『友達デス、友達デス、フシュフシュ』



 気付けば、賢狼は放浪の賢者と共にいた。


 彼はただ、そう語る。


 放浪の賢者も、機械精霊も、賢狼も、人と異なる在り方から、人を眺めるという部分に関しては同じなのだと。



 「………本来は孤高なる賢狼、ザフィーラと爺ちゃんは同じってこと?」


 「いいや、むしろ彼の方が積極的と言うべきかな、儂は眺めるだけだが、彼は仲間のためにその牙と爪を振るう。彼の他にも、人間のために己が力を振るうことを良しとした者達を、儂は知っておるとも」


 「そういえば、あたし達みたいな騎士や、調律師が誕生するまでは、爺ちゃんみたいなドルイド僧とかが魔法を使ってて、今のベルカ式ともかなり違ったんだよな」



 ふいに、白の国の座学で学んだ過去の魔法術式がヴィータの心に浮かぶ。



 「ふむ、如何にもその通り。分かりやすい違いを述べるならば、今より500年以上前のドルイド僧達が用いし魔術陣は現在の三角形とは異なり、四角形をしたものが多かった。これは、四角形の陣が召喚に最も適していることに由来する」


 「えっと、デバイスもアイゼンみたいに機械っぽくなくて、そもそもシュベルトクロイツとも違うんだよな。純粋な魔法発動体って部分は変わらなくても、なんかこう、普通の木の杖だったって」


 「トネリコの枝を皆好んで使っていたね。それに、今は騎士と呼ばれる過去の戦士達も、デバイスではなく単純な剣や斧で戦っていた。今のように洗練されたものではなく、それは原始に近い、その誇りも人間のように込み入ったものではなく、動物のようにシンプル。故にこそ、精霊と人が共にあった時代なのだ」



 後の世では古代ベルカと呼ばれしその時代。


 人がまだ人間社会を完全に築き上げていなかったからこそ、人は自然と共に在り、自然の一部そのものであった。



 「そして、ドルイド僧の術式も、リンカーコアによって大気の魔力素を取り込み、己が力と成すものよりも、他者の力を借りることが多かった。今ではほとんど廃れてしまったがね、一部の部族では、獣や小鳥、さらには精霊、そして真竜とすらも心を通わせる技術が今も伝えられているとも」


 「アルザス、だったっけ、しかも真竜までいるとか聞いたけど」


 「彼の地に生きしは『大地の守護者』の名を冠せしヴォルテール。我々ドルイド僧は、彼らの偉大なる力を借り受ける代わりに、本来自由なりし彼らに名と目的を贈る。今より数百年以上昔、古代のドルイド僧が真竜と“盟約”を結んだ、アルザスの土地に生きる子らがある限り、その身を守護して欲しいと」



 遠い未来、獣や鳥と心を通わせる力を持った一人の少女が、その真竜とすら心を通わせたがために、里を追われることとなる。


 しかし、例え里から追われようとも、“盟約”はなくならない。“大地の守護者”は、いかなる時も少女の身を助けるためならば現われるとも、かつて友と交わせし、古き盟約を果たすために。



 「あくまで、友達に対するお願いみたいなもんか」


 「そう、命令ではないよ、儂らドルイド僧と彼らは友達なのだから、機械精霊達も皆、儂が贈った名前を大事に使ってくれてるようでなにより」


 『大事二シテマス、フシュフシュ』


 「また、この技術が完全に廃れたわけでもないからね。今に伝わりし守護獣の契約、あれもまた名と命を与え、共に生きる儀式の一つ」


 「そっか、それに、ザフィーラに名を与えたのも爺ちゃんなんだっけ」


 「彼は孤高の賢狼故に名を持たなかった。だからこそ、儂が友となった際に名を贈ったのだよ、こちらも、大切に使ってくれているようでうれしい限りだがね」


 「じゃあさ、爺ちゃんがそのヴォルテールって竜の力を借りることは出来るのか?」


 「それは無理だとも、なぜなら彼は“大地の守護者”であり、対して儂は“放浪の賢者”。その属性はまさに真逆、たまに儂が訪れた際に世間話に興じる仲ではあるが、ただそれだけなのだよ」



 人のために在ることを選んだ真竜と、精霊のように放浪を続ける人。


 ラルカスとヴォルテールは、真逆であると同時にある意味で対等。故に、二人は友なのだ。



 「はは、何とも爺ちゃんらしいけど、原始のドルイド僧って、すげえのな。おまけに予言とかも出来ちまうし」


「とはいえ、予言の力も、観るだけならばそこに意味はありはしないのだがね」


 「爺ちゃんの眼って、何もかも見えちゃうんだよな」


 「見えずとも困りはしないが、見えてしまう以上は、逃げることは許されない。少なくとも、その道を儂が選んでしまった以上は、そういうものであり、そういうものなのだよ」


 「でも、兄貴は、何で自分の未来を観てくれって爺ちゃんに頼んだんだ?…………それが、あたしには分からない」


 「大きくなればいずれ分かる。だがしかし、お前さんの場合は既に大きくなっているがため、その法則は当てはまらんときている。これはまた困ったことだ、さて、どうしたものかな」


 「?」



 放浪の賢者の言葉は実に奇妙で分かりにくい。


 仮にヴィータよりも人生経験の長い者であっても、その言葉は理解できるものではないだろう。



 「あたしは、まだ“若木”だけど」


 「それは、その通りだろうとも。しかし、子供はいつまでも子供というわけではない、いつかは大人になってしまうものさ、特に、騎士を目指す子供達は」


 「騎士叙勲のこと?」


 「さてね、それもあるが、それだけではない。少なくとも儂がお前さんを幼子と呼べる時間はそう長いものではないからこそ、ローセスのために予言を成したということは言えるとも、彼は、お前さんのために己の未来を儂に問うたのだよ」


 「………姫様のためじゃないのかよ」



 ヴィータとしては嬉しくもあり、同時に複雑な感情もある。


 彼女もまた、いずれは正騎士として白の国の主を守る立場に立つ以上、フィオナという女性を守ることは至上命題となる。


 そして、ヴィータの目標はローセスなのだから、彼にはただ騎士として在って欲しいという感情もあるのだ。


 忙しいのは分かっているが、自分にも構って欲しいという子供らしい気持ち。


 自分が目指す目標であるからこそ、他のことは構わず主君のために在り続けて欲しいという願い。


 矛盾するその感情を併せ持ち、そのジレンマに苛まれることもなく、内に秘めていられるからこそ、彼女もまた本当の意味での騎士の“若木”なのだ。


 ヴィータが幼くして認められているのは、その資質ばかりではない。幼く在りながら、既に騎士としての片鱗を持つ精神性、それを備えるためでもあった。



 「ローセスの中では、騎士としての想いは姫君に、兄としての想いはお前さんへと向けられている。あれは不器用な男であるため、それしか道はないのさ」


 「まあ…………不器用なのは分かってるけど」


 「それでも、騎士として破綻しないのであれば、その不器用さも美徳となるとも。少なくとも、夜天の騎士達も、調律の姫君も、そう思っているはず、無論、お前さんもだがね」


 「それは、まあ、………うん」



 その言葉に対しては、恥ずかしいが反論は出来ない。


 ヴィータにとって、兄である盾の騎士ローセスは誇りなのだから。



 「じゃあさ、あたしが騎士になるその瞬間も、爺ちゃんなら観えるよな」


 「さてさて、まあ、観ることは出来るだろうね」



 彼の目は観える、見通してしまう。


 それは数限りなく存在する未来の断片、あくまで可能性であり、それが訪れるかどうかはまだ分からない。


 しかし、現在の世界が進みし道より観えたということは、少なくとも近いということを意味している。


 人間が生きる三次元を超え、時の前後を指す四次元、時の左右を指す五次元、それらを視覚として捉える彼以外には、実感することは叶わないが。


 その未来は、限りなく近いのだ。



 「そっか、それだけ分かれば十分!」


 「ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ」



 彼の眼はその道を見通す。それを選ぶかどうかは、個人次第。



 「お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん」



 彼は観る、そして、述べるだけである。



 「……………嘘つきジジイ、観えてねえって言ったばかりじゃんか」


 「嘘は言っておらんとも、儂はお前さんの未来を観ていないからね」


 「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)は、使ってないってこと?」


 「ローセスに対して予言を成す時は使ったが、お前さんの未来に関しては、その断片を覗きこんだだけ、ということだよ」


 「それって、何か違うのか?」


 「もちろんだとも、人の言葉と文字とは、同じ意味であってもその重さが違うのさ。口約束という言葉があるように、言葉とは移ろいゆくもの。遙かな昔、人がまだ獣とそれほど変わらぬ頃から言葉はあったがね、それは知識を伝える手段としてはまだ発展途上であった。そして、文字が生まれ、“残し、記録する”ための文章が記述されるようになったのだよ」



 ヒトは言葉を話すが、賢狼のように言葉を話すことを可能とする生き物は他にもいる。


 しかし、文字を用いて、知識を後代に伝えることを成すのは、ヒトだけなのであり、少なくとも現在確認されている次元世界の中にはヒト以外に確認されていない。


 もし、遙かに遠き世界において、ヒト以外の生物が文章を残していたならば、それは―――――



 「だから、予言も同じなのか」


 「ただ言葉で述べるだけならば、その重みはそれほどでもないもの。未来が見えようとも、それは見えただけの話。しかし、予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)にて書き記すのであれば話は違う、それは高い確率でその未来を引き寄せることとなってしまう。無論、回避することが不可能というわけではないがね」


 「でも、爺ちゃんの場合は、“未来を決めてしまう”ほど、強いんだっけ」


 「我ら、ドルイド僧に伝わりし秘伝の一つではあるが、儂はどうやら見え過ぎているのが困りものなのだよ。眺めるのは好きではあるが、それも良いことばかりではないからね、故に、お前さんのことは観ないことにしておる」



 放浪の賢者ラルカスは、あらゆるものを観通す。


 千里眼と呼ばれる力、それは三次元的な距離を無とし、現在の世界を映し出す。


 過去視、未来視と呼ばれる力、それは四次元的な距離を無とし、時間を隔てた世界を映し出す。


 次元視と呼ばれる力、それは五次元的な距離を無とし、あり得た可能性の世界を映し出す。




 そして、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)




 放浪の賢者の予言により、破滅を免れた国家があり、彼の予言を黙殺したがため、破滅より逃れられなかった国家がある。


 それは、未来予知ではなく、世界中に散在する情報を統括・検討し、予想される事実を導き出す、データ管理・調査系魔法技能の極致。


 データベースを構築する機械は存在していないが、彼は機械精霊達より、そして、己の目によって世界の情報を知る。


 予言の内容は、今の時代よりさらに過去のドルイド僧達が用いし、古代ベルカ語の魔術文字。


 中世ベルカに生きる者達であってさえも、それを紐解き、意味ある言葉と変えるのは容易ではない。


 しかし、放浪の賢者にとっては絵本を読むが如きであり、それ故に彼の予言は正確無比。




 「でも、あたしの未来は普通に見えるんだろ」


 「見るだけならばね。とはいえそれに意味はない、人の歴史は人が紡ぐものであり、儂が見えたものが絶対であるなど、あり得ん話であろうさ。だからこそ、儂は観測者なのだよ」


 「見るだけ、後は、訊かれたら答えるだけ。本当、機械精霊みたいだよな、爺ちゃんは」


 「昔はただの人間であったのだがね、儂が持つ力は人間であるためには少々余計なものが多過ぎた。捨てれば良いだけの話ではあったが、捨てるためには人間も捨てねばならんときては、成す術もなし」


 「力を捨てるためには、まずは力を制御するだけの力を得る必要があって、それが出来るようになった頃にはもう手遅れってことだろ」


 「だが、人間というのは慣れる生き物ということもあり、これはなかなかに業が深い。若き頃は普通の人間となることを夢見たこともあったがね、100年も経てば慣れてしまう。いいや、人間であった自分を忘れてしまうと評すべきか、それに、儂自身、見ることは好きであったことが何よりも大きいかな」


 「100年………爺ちゃんって何年生きてんだ?」


 「覚えておらんよ」



 答えは、実に簡潔極まりなかった。



 「でも、確か、120年くらい前の白の国の王様と一緒に並んでる絵があったような………」


 「ああ、ロルフ=クラキ王かね、彼は儂が知る中でもまさに“賢王”と称されるに相応しい男であったよ」


 「知ってんのかよ、でも、爺ちゃんは“大賢人”だろ」


 「儂としては、老師と呼ばれる方が好きなのだがね」


 『老師サマ、老師サマ、フシュフシュ』


 『『『『『『『『『『  老師サマ フシュフシュ  』』』』』』』』』』



 その瞬間、機械精霊達が一斉に声にだす。



 「あ、それで機械精霊達は老師って呼ぶんだ」


 「シグナムやシャマル、それにローセスも若木の頃はそう呼んでくれたのだがね、いつの間にやら大師父と呼ぶようになってしまった、残念なことだよ」


 「いい歳こいた老人が、んなことで拗ねんなよ」


 「年齢と人の本質は関係ないことだとも。儂は長く生き過ぎて人間から少しばかり離れてしまったきらいはあるものの、それでも一応は人間なのであり、この法則も当てはまる」


 「精霊に形を与えて、機械精霊を作れるのは、人間って言うのか?」


 「間違いなく、人間だとも。なぜなら、そのような意味のないことに価値を見出すのは人間しかいないからね、ならばこそ、儂もまた人間なのだよ」


 「さっきと言ってることが違くねーか?」


 「あれもまた真実の断片、人には、それぞれの真実があり、鏡のように奇麗であっても裏側には異なる真実があるものさ、月の裏側は誰も見えんようにね。お前さんも、まずはそれを見つけ、自身の星を定めねば、月の裏側を知ることは叶わん。さもなくば、死に喰われるかもしれんよ」


 「相変わらずわけ分かんねえ、けど、死は優しく、それに故に残酷、だっけ」


 「死に意味を与え、どう捉えるかは人間次第だ。死はただそこに在るだけ、そこに恐怖を見るか、安らぎを見出すかは、全ては人間の心によるもの。お前さんが死を見た時、そこに何を見出すかが、騎士の真価が試される時、騎士とはかくも悲しいものなのさ」


 「まだ、“若木”だけどな」


 「今は、まだね」



 老賢人の言葉に深さを測れるほど、ヴィータはまだ成熟していない。


 だが――――



 「覚悟はあるさ、あたしもきっと、白の国の盾になる」



 その想いだけは、既に大人の騎士と同等に。



 「そうか、ならば儂は見守るとしよう、幼子よ」


 「幼子っつーな」


 「なになに、儂から見れば皆幼子だとも、それに、今呼んでおかねばあまり機会がなさそうでね、子供は成長してしまう」


 「そりゃそうだろーが、妖怪爺」


 「精霊爺と呼びたまえ」


 『精霊ジジイ、精霊ジジイ、フシュフシュ』


 「ふむ、よい子達だ」


 「はあ、ほんと似たもの同士だな」


 「それはそうだとも、友達なのだから。さて、お前さんは異国の話を聞きたいのであったか」


 「おうっ、まだまだ聞き足りねえ」


 「さてさて、それでは何から語ろうか」




 そうして、老賢人は釣りを続け、“若木”の少女は隣に座りながら彼の語る異国の話を聞きつつ、己を待つ未来について想いを馳せる。


 未来は未定、放浪の賢者にすら、完全に未来を読みきることなど出来はしない。


 ならば、騎士に必要なものは未来の知識にあらず、覚悟。


 どのような運命が待ちうけようとも、自身に誓った騎士道を曲げず、進み続けるという覚悟こそ――――



 白の国を守る、夜天の騎士が持つべき心であった。















ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城  鍛錬場



 「よし、素振りは終了。これより、模擬戦を始めるぞ」


 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「   はい!   」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 盾の騎士ローセスの言葉に、“若木”達が一斉に応える。


 現在、白の国で学ぶ“若木”達はヴィータも含めて34人、それぞれが二人一組で模擬戦を行うため、17組が出来あがる計算だ。


 「今回は組み稽古を基本とする、年長者、年中者、年少者はそれぞれ同じ者達と組むように」


 34人の若木は、その年齢、実力を考慮し、三段階に分けられる。騎士として必要なものは戦闘力だけではなく、状況判断力や机仕事もあるため、それらを総合的に見て判断される。


 ローセスが“若木”となったのは7歳の頃であるが、8歳まで年少者、8歳から11歳までを年中者、そして、15歳で騎士叙勲を受けるまで年長者、という経歴を持つ。


 白の国の若木の中では彼は遅めに騎士叙勲を受けた身である。まあ、他の者らは白の国出身ではないため、騎士叙勲=近衛騎士(夜天の騎士)である彼の基準とは単純に比較できないのだが。


 しかし、シグナムが7歳で“若木”となり、階梯を次々に飛ばして10歳にして正騎士となったという前例もあり、白の国の騎士そのものも数少ないため、ローセスとしては身近な目標こそが最大の壁であったりした。



 「兄貴、あたしは?」


 「お前はリュッセと組め」


 「了解」



 ヴィータは年齢的には年少者、もしくは年中者と呼ばれるはずだが、既に年長者と同様の訓練を受けていた。


 現在は7〜9歳の年少者が8名、9〜11歳の年中者が20名、そして、11〜12歳の年長者が6名となっており、ヴィータはただ一人だけ8歳の若さで年長者の仲間入りを果たしているのであった。


 無論、他国から学びにやってくる者達も皆、資質を持ってはいるが、彼女と同等の資質を秘めたものは一人しかない。


 それが――――


 「ヴィータ、手加減はしないぞ」


 「んなもんしたら、顔面を粉砕してやるっての」


 「いい答えだ」


 「はっ、甘く見てると痛い目を見るぜ」


 現在、ヴィータと対峙する、背丈は160cmほどで髪は黒、ローセス程の頑健さはないものの騎士として平均的な体躯を持ち、標準的な剣型デバイスを構えた11歳の少年、リュッセである。


 彼は年長者の代表であると同時に、“若木”達を率いる隊長でもある。年少に一人、数が多い年中に二人、まとめ役が存在しているが、彼はその全てを纏めている。年長者の中には12歳で彼より年上の者もいるが、その彼もリュッセが隊長であることに異論はなく、心から彼を信頼していた。


 無論、年中者のまとめ役よりも年長者の方が上なのだが、もし年中者しかいない状況となれば、まとめ役の指示に従うように、という取り決めが若木にはある。年長者は、実戦に投入されることすらあり得ない話ではないために。


 そして、ヴィータもまた既に年長者と同じ扱いを受けている以上、いざとなれば年中者を率いる立場ともなり得る。


 ただ、既にヴィータの戦闘能力は隊長であるリュッセに近いものとなっているが、指揮や管制といった隊長としての能力ならばまだ遠く及ばない。


 そして、三名の夜天の騎士、剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、盾の騎士ローセスはさらにその高みにある。


 ヴィータの騎士としての歩みは、まだまだ道半ばであった。



 「おおお!」


 「せえやっ!」


 若木達の訓練は、遙か後代のミッドチルダ式魔導師のそれとは異なり、その全てが実戦を前提として行われる。


 故にこそ、模擬戦においても17組が同時に行うのだ。戦場において、眼前の敵以外からの攻撃、もしくは流れ弾が飛んでくることは至極当然の話であり、それに対処するための訓練をしない方が異常と言える。


 遙か後代の時空管理局の魔導師は戦争するために訓練するわけではないが、ベルカの騎士達は戦争を前提とした修練を積む。これこそが、古代ベルカ式とミッドチルダ式、または近代ベルカ式の最大の違いである。



 「うらああああああああああ!!」


 ヴィータが構えるデバイスは、鉄の伯爵グラーフアイゼンと同型の鉄鎚、変形機構や知能は備えずとも、バリア破壊に特化したその力は健在であり、ヴィータの魔力が込められた一撃は、例え他国の正騎士であろうともそう簡単に止められるものではない。


 「ふっ!」


 しかし、対峙する少年もまた尋常ではない。彼が持つデバイスはヴィータとほぼ同様、すなわち炎の魔剣レヴァンティンから変形機構や知能を失くし、純粋な剣としての性能のみを維持した品であり、当然、作り手は“調律の姫君”。


 彼は炎熱変換の資質を持っているわけではないため、純粋な魔力の強化と剣技でヴィータの鉄鎚の破壊に対抗する。受け流しが得意な者ならば、まだ粗が多いヴィータの攻撃を躱しつつ反撃も可能ではあるが、ヴィータの攻撃を正面から受け止め、反撃に出られるのは若木ではリュッセ一人。


 シグナムやヴィータは攻勢を得意とし、ローセスは守勢を得意とする。彼女らと比較すればリュッセはどちらにも偏っていない中庸。そして、それだけに引き出しも多い。



 「チェーンバインド!」


 「ちぃっ!」


 ベルカの騎士とて、バインドは用いる。烈火の将は得意とはしないが、特に湖の騎士は得意としており、盾の騎士もバインドの拘束力は群を抜く。


 彼らより戦闘指導を受け、その技術を吸収している若き隊長は、既にそれを自己流に改良することすら可能としており、剣戟の合間にバインドを発動させ、相手の武器である鉄鎚を縛りあげる。


 「甘えっ!」


 そして、盾の騎士をいつか打ち破ることを目標とする少女は、バインドやシールド破壊を何よりも得意とする。真っ正面から全力の一撃を叩きつけ、ローセスの防壁を突破することがヴィータの最大の目標なのだ。


 リュッセが放ったバインドを力技で引きちぎったヴィータはそのまま肉薄し、他の術式を用いたことで僅かな隙が生じているうちに渾身の一撃を叩き込まんと振りかぶる。


 「テートリヒ・シュラーク!」


 「パンツァーシルト!」


 その猛威に対し、リュッセは受けとめるバリア型のパンツァーヒンダネスではなく、弾くシールド型の守り、パンツァーシルトで応じる。


 ヴィータの攻撃をバリア型の障壁で防げるのは夜天の騎士達くらいのものであり、自分は未だその域には達していない。


 だからこそのシールド防御だが、これですら面で展開すればヴィータの鉄鎚は容赦なく貫いていくだろう。こと、バリア破壊に関する限り、ヴィータという少女は烈火の将以上の天性を持ち合わせている。


 故に―――



 「鞘!?」


 リュッセは、パンツァーシルトを己ではなく、鞘に限定して展開させる。これならば、デバイス自体の硬度にシールドが上乗せされる形になり、鉄鎚の猛威にも対抗できる。


 彼が仕掛けたチェーンバインドは、ヴィータの攻撃を単調なものとするための布石、一点集中型の防御であるため、正確に相手の攻撃に合わせる必要があるものの、ヴィータの攻撃は尋常な速さではない。


 しかし、どんなに速くとも軌跡が読めれば対処は可能。チェーンバインドを引きちぎった勢いのまま攻勢に出るならば、その軌道は限定されたものとなる。


 バインドを破った段階で一旦呼吸を置かず、そのまま攻め込む若さが、ヴィータとリュッセの経験の差と言えるだろう。



 「紫電―――――」



 そして、鞘によって相手の渾身の一撃を防ぎ、返す一刀で確実に仕留める。


 これこそ、烈火の将が戦術の基礎にして奥義でもあり――――


 若木の隊長が受け継ぎつつある、攻防一体の戦技であった。


 言うだけならば容易いが、これを実行に移すには気が遠くなるほどの修練を必要とする、余程の天性がない限りは。


 そして、白の国の“若木”を率いる隊長は、その天性と修練の両方を備えており―――



 「一閃!」



 彼の烈火の将の一撃を、かなり真に迫った錬度で放つことすら可能としていた。



 「―――くぁっ!」


 咄嗟に片手でパンツァーシルトを張って防ぐヴィータだが、リュッセの一撃は先に自分が放った一撃と同等、下手をすると上回る威力を持つ。


 である以上、デバイスを用いないシールドだけで、その威力を殺し切れるはずもなく―――



 『一撃ガキマリマシタ。勝者、リュッセ、デス、フシュフシュ』


 それぞれの対決についている機械精霊が、片方の勝利を告げた。














 「お疲れ様だ、ヴィータ。なかなか惜しかったぞ」


 「うっせーシグナム、負けは負けだよ」


 労いつつもどこかからかうような口調で告げるシグナムに対し、ヴィータはやさぐれつつ応じる。


 旅より戻った翌日である今日、シグナムとローセスは若木達と集めて基礎訓練から模擬戦までを通して行い、その実力を見極めた。


 その中でも、最も成長が著しい二人こそ、ヴィータとリュッセの二人であった。


 「それに、リュッセもな、半年ほど留守にしていた間に、紫電一閃をあそこまでものにするとは」


 「ありがとうございます、騎士シグナム」



 対して、リュッセの方は騎士らしい礼を返す。このあたりが隊長とまだ8歳の若木の違いであろうか。



 「でも、シグナムの一撃だったら、あたしの腕は多分吹っ飛んでるよな」


 「さてな、骨が砕ける程度で済むかもしれんぞ」


 「二人とも、あまり物騒な物言いはどうかと思いますよ」



 内心、多分どちらかになるだろうと思うリュッセだが、そこはあえて告げない。



 「しかし、ヴィータはもう8歳、リュッセは11か、そろそろ、騎士叙勲の日も近そうだな」


 「えー、騎士になっちまったらあたしと戦えなくなるじゃんか」


 「いや、ヴィータ、僕は君と戦うために白の国にいるわけじゃあないんだが」


 「でも、楽しいよな?」


 「それはまあ、否定しないけどね……」


 「んじゃあそういうことで、ずっとここにいろ、あたしが追い抜くまで」



 その言葉に、歳相応の少年らしくリュッセが反応する。



 「追いつく、ではなく、追い抜くと来たか」


 「とーぜん、あたしの目標は兄貴だからな、リュッセなんて眼中にねえよ」


 「そのリュッセに、今日完敗したのはどこの誰だったかな」


 「うっせシグナム、3歳も離れてんだからいいじゃんか」


 「だが、正騎士となればそのようなことは言ってられんぞ、戦場でまみえる敵が、自分より若い保証などないのだからな」



 剣の騎士シグナムが正騎士となったのは10歳の頃。そして、彼女はすぐに戦場を駆けることとなった。


 その頃のシグナムが戦った敵の中に、自分より若い者などまさしく皆無であり、常に年長の敵と彼女は戦ってきたのである。



 「まあ、シグナムと比較するには正直どうかと思うわよ、お疲れ様、二人とも」


 そこにシャマルが現れ、戦い終えた二人に水筒を手渡す。


 「ありがとな、シャマル」


 「ありがとうございます、騎士シャマル」



 水筒を受け取りつつ、二人は礼を述べる。



 「どういたしまして、癒しと補助が本領だもの、貴方達の健康管理も私の役目なんだから」


 「それはいいんだけどさ、これ、もうちょいましな味になんねえの?」



 水筒の中身を一気に半分ほど飲んだヴィータが、若干抗議の声を上げた。



 「あら、口に合わないかしら、健康にいいだけじゃなくて、体力や魔力の回復を促進する効果もあるのに」


 「まずい、ってわけじゃあないんだけど、なんか微妙で」


 「あまりわがままを言うなよ、ヴィータ、先輩達に笑われるぞ」


 「お前、よく平然と飲めるなあ」


 「心を決めれば、どんな毒だって飲めるさ」




 その瞬間、空気が固まった。




 「へえ―――――――そう、私の特製ドリンクは、毒物扱いだったのね、リュッセ。傷ついちゃったなあ、私」


 「い、いえ、これはただの例えで…………」


 「リュッセー、男なんだから言い訳は見苦しいぞー、二言はねえだろー」


 「ちょっと、向こうでお話があるんだけど、いいかしら?」


 「……はい」




 それからしばしの間、起こった事柄については割愛しよう。


 ただ、シグナムが持つ“鏡の籠手”が共鳴するように輝いていたことだけは記しておく。





 「よく生きて帰ったな、リュッセ」


 労いの声をかけるは、無論、烈火の将シグナム。


 「精進あるのみ、だそうです。それと、ヴィータにも」


 命からがら生き延び、何とか報告する若木の隊長。


 「次は負けねえ、のは多分無理だから、あと半年後くらいには追いつくからな」


 「ほう、意外と自分の力量を良く見ているな、感心したぞ」



 シグナムもまた、現在のヴィータの成長速度から見れば、半年ほどで戦闘技能だけならばリュッセに追いつくと見ていた。


 無論、騎士として他に学ぶことはまだまだ多くあるが、そこまで至れば、自分やローセスと同じ段階に足を進めるのも時間の問題だろうと。


 烈火の将は、予測していたのだ。



 「己を知らない者は、決して他者を見抜くことなど出来はしない」


 「老師の言葉だね」



 若木達はラルカスのことを老師と呼び、騎士達は大師父、姫君はラルカス師と呼ぶ。


 爺ちゃんと呼ぶのはヴィータくらいのものであった。



 「まだ受け売りだけど、いつかは自分の言葉にしてみせるさ」


 「ほう、頼もしい限りだ。若木達も成長しているようで、何より」


 「ですが、11歳の僕が今や隊長で、最年長も12歳となってしまいました」


 「そうだな、それに関する事柄ついて調べることも、我々の旅の目的ではあった」



 ここ数年、白の国の“若木”の年長者達が相次いで帰国していた。


 騎士叙勲がなされ、修行を終えたわけではなく、そのほとんどが強制送還に近い形で、である。


 本国の意向である以上は、学び舎である白の国としては何も言うことは出来ないが、きな臭さを拭いさることは出来ない。


 それはまるで、白の国を攻撃する上で、その障害となる存在を事前に回収するようにも取れるのだから。



 「会議は、これからですか?」


 「ああ、私と、シャマル、ローセスの三人と姫君と大師父、合わせて五人で行う」


 「あたしらは参加できないけど、かなり重要な会議なんだろ」


 「でなくば、自由奔放を旨とする大師父が会議などというものに参加されるわけがあるまい」


 「老師らしいというか……」


 「まあ、爺ちゃんだもんな、ところで、フィーは?」


 「昨日活動し過ぎた影響で、今日はずっと眠っているとのことだ」



 フィーは未だ発展途上、というよりも、正確には生まれてもいない。


 今の彼女は人形の器の中でゆっくりと成長する胎児に等しく、融合騎として世界に出た時が、彼女の生誕の瞬間と言える。


 それが、いつの日となるかはまだ分からないが。


 時は確かに、刻まれている。



 「そっか、じゃあその間あたしらは座学か」


 「そうなるな、私もシャマルもローセスもいない以上、実践は無理があるだろう。リュッセ、頼んだぞ」


 「はい、座学の教師の方々にお伝えしておきます」


 「それでは、私も向かうとしよう」


 「またなー」



 騎士達が帰還し、白の国は本来の姿を取り戻している。


 しかし、これより行われる会議において、白の国の将来に関わる事柄が話されるのは若木達にすら疑いない。


 果たして今後、白の国はどのように進んでいくのか。


 その答えは、まだ出ていない。











あとがき
 古代ベルカの魔法に関しては、守護騎士達のものよりも、キャロやルーテシアの召喚魔法の方がそれらしいというか、より古代の自然と共にあった魔法っぽい感じがしたため、本作品ではこのような設定となりました。
 また、“精霊”という名称についても、あまりに安易だと思い、

 晶霊 → 旧き者達 → 名もなき隣人 → 形なきもの → 蟲 → ジン → 素霊 → ライフストリーム → ツクモガミ → 妖精

 など、次から次へと考えはしたのですが、どうしてもしっくり来るものがなく、結局は単純明快な精霊に戻りました。やはり、考えの果ては陳腐なものになってしまうのでしょうか。もし、いいアイデアがございますれば、感想板に書き込んでいただければ幸いです。




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