Die Geschichte von Seelen der Wolken


夜天の物語



第2章   後編  小さな約束




ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル



 「はあ〜、すんげえ広いな」


 「ヴィータ、あまりきょろきょろしていると、人とぶつかるぞ」



 ベルカに点在する国家のうち、大国と謳われるハイランド王国の首都アングルドル。


 その人口は50万近くに達しており、わずか500人程度しかいない白の国の一千倍であり、ヴィータが驚くのも無理はなかった。



 「だって兄貴、こんなに大きい街なんて来たことないしさ」


 「そういえば、お前はこれまで白の国から出たことがほとんどなかったか」


 「そうそう、せいぜい白の国から一番近いとこくらいだし、あそこもそんなに白の国と変わんないしさ」


 「確かに、このアングルドルとは比較にならないか」



 夜天の騎士達が白の国に帰還し、放浪の賢者が再び探索の旅に出てより、およそ三か月。


 夜天の騎士達はその間特に国外へ出ることもなく、“若木”達や調律師の卵達を育成することに力を注いでいた。


 諸外国を渡り、ファンドリアを門としてアルハザードより流れ出る異形の技術に対して警鐘を鳴らすことは放浪の賢者に任せるより他はない。


 無論、その経過は定期的に詳しく聞き及んでいるが、様々な次元の国家を渡り歩くならばラルカス一人の方が効率が良いのも確かであり、騎士達は己の成せること成すべきという判断のもと、次代を継ぐ者達に己の技術を継承していく。


 ただ、それでも時には夜天の騎士達が他の王国より招かれること、または、協力を求められることがある。



 「ところで兄貴、一応ここにはお客様、っていうか、外来の講師みたいな感じで来てるんだよな」


 「ああ、お…わたしたち夜天の騎士の武術をこのハイランドの騎士達に伝え、同時にお前達の成長具合を示すことがここを訪れた目的と言える。武術の指南は騎士シグナムの役割だから、わたしは模擬戦担当になるかな」



 そうした理由によって、シグナムとローセスの二名がこのハイランド王国へとやってきた。さらに、いい機会であったため若木の中でも最も成長著しい二人、リュッセとヴィータも同伴したのである。


 白の国は“学び舎の国”であるため、その真価は夜天の騎士達と、“若木”、そして調律師の卵にこそある。よって、白の国の意義を示すことにおいて、若木達が他国を訪れることはそう珍しいことでもない。


 ただ、そのような役は通常、12〜14歳程の年長者が担うものであり、現在11歳のリュッセと、9歳になったばかりのヴィータの二人のような年若い若木が来ることは稀である。



 「んで、ここが終わったら、今度はイオルウィシアと、なんだか忙しいなあ」


 「当然だ、遊びに来たんじゃないんだからな」


 「それは分かってるけどさ、少しくらいは見物してーよ」


 「今は我慢してくれ、王宮での用事や、騎士達への指南が済めば少しはアングルドルの街を見回ることも出来る筈だから」


 「ホントか!」


 「嘘を言ってどうする、通常ならここからイオルウィシアまで移動するには相当の時間がかかるが、今回は騎士シャマルが送ってくださるから、問題はないさ」



 白の国からこのハイランド王国までやって来たのも、シャマルの転送魔法によるものである。


 ハイランド王国はこの時代のベルカ列強の中でもとりわけ大国であり、シャマルも幾度となく訪れたことがある。それ故、転送魔法で彼らを送り出すことも容易とまではいかないが、不可能ではない。


 そして、ここでの用事が済んだ後はシャマルが飛んで来て、今度はイオルウィシア王国まで転送させる予定である。



 「そっか、だからシグナムとリュッセとは別々に来たんだもんな」


 「流石の騎士シャマルといえど、四人同時に白の国からハイランドまで飛ばすのは難しい。大師父のような方はいくらベルカの地が広いとはいえ、二人もいない、というか、いたらそれはそれで驚きだが」


 「んー、あれ、確か、何十年も前にサルバーンとかいう爺ちゃんの凄腕の弟子がいたって話だろ、とんでもなく強力な魔法の使い手で、今ならちょうどいい感じで最盛期だろうし、そいつとかなら出来るかもしれないんじゃねーか?」


 「…………そうだな、そうかもしれない」



 ローセスの内心は驚愕に満ちていたが、それを口には出さなかった。


 サルバーンという、かつてラルカスの弟子であり、カートリッジの原型を作り上げた大魔導師がニムライス王国を滅ぼし、ファンドリアという独裁国家を築き上げたことはまだ白の国の若木には教えていない。


 だが、知らないのであれば、むしろこういう時の例えに用いられるのも当然と言える名前なのだ。


 こと、魔法の実践においてならば、並ぶものなしと謳われ、戦闘においてこそ最大の力を発揮するカートリッジの製法を一から組み上げた偉大な魔導師。


 それが、白の国に限らず多くの国に住まうものにとっての認識であり、ローセス自身、ラルカスの話を聞くまではそう思っており、まさか彼が異形の技術を生み出しているとは考えもしなかったのだから。



 ≪ベルカの地は広大だが、次元世界間のやりとりはほとんどないに等しい、それに、ニムライス、いや、ファンドリアが存在する世界はその中でも最も他から離れた座標にある≫


 ベルカの各世界を地球のヨーロッパとするならば、ファンドリアはアイスランドのような位置にあった。


 ベルカ全土を見渡すならば辺境と言え、大きな国家といえばニムライスただ一つ、それ以外は小国がいくつか存在しているだけ。



 ≪だが、それ故に異形の技術を密かに浸透させるには絶好の場所ともいえる。ニムライスは唯一他の次元世界との繋がりを持つ国家だが、そこさえ押さえれば、文化的に孤立するも同然なのだから≫


 新しいものを広めるならば、旧来のものが強い場所を最初は避けるのは至極当然の話。


 キリシタンが日本で布教活動をするとして、最初の布教場所に寺社の総本山を選ぶはずもない。



 ≪新国家ファンドリア、サルバーンを盟主と仰ぐその国は、いったい、何を求めているのだろうか≫


 戦うことが本分であるローセスにそれを察することは難しい。


 それでも、考えずにはいられない。



 ≪白の国に眠る、アルハザードの遺産。やはり、それが狙いなのか≫



 ヴィータと並んでアングルドルの街を歩きながらも、マルチタスクを用いてロートスは思考に沈む。


 その隣では、ヴィータが同じくマルチタスクを用いて人とぶつからないように気を配りながらあちこちを物珍しげに見ていた。












ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル 騎士団鍛錬場




 別のルートでやってきたシグナムとリュッセと合流し、王宮での挨拶は手早く済ませ、夜天の騎士と若木達はすぐさま自分達の成すべき仕事に取り掛かる。


 現代の次元世界に比べれば、一般の情報の伝達速度などは比較にならないが、王国間ともなれば、現代の電信機器にも引けを取らないのが、ベルカ文明の特徴である。


 個人単位ではあるものの、クラールヴィントのような戦闘ではなく、通信や探索、補助に特化したデバイスも作られており、王宮には必ずそれを扱える者が常駐している。


 早い話、用件を伝えるだけならば、使者を派遣せずともデバイスを用いた通信で事足りるのである。夜天の騎士が諸国を巡るのは通信だけでは解消しきれない要件、例えば武術指南などを成すためや、夜天の魔導書に魔法生物に関する情報を登録するための調査などを兼ねてのことであった。




 「よく来てくれた白の国の勇士たち、私はハイランド王国騎士団副団長であり、第二隊の隊長を兼ねるカルデンと申す、貴公らの来訪を心より歓迎する」


 「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私は白の国の近衛騎士隊長、シグナム」



 鍛錬場には既に騎士達が集っており、その中でも一際体格が大きく、歴戦の風格を漂わせている金色の髪をした騎士が代表してシグナム達に挨拶する。


 「く、くくくくく」


 のだが、なぜか唐突に頭を下げて笑いだす。



 「………」

 「どしたんだ?」

 「さあ?」


 ハイランドの隊長の突然の狂態に困惑するのは白の国の正騎士一人と若木二人。


 一応、ローセスには心当たりはあるのだが、実際に来るまでは多分大丈夫だろうと考えていたため、若干動揺している。


 「………ふうっ、カルデン殿」


 そして、将一人は、その理由を正確に把握しているため、溜息をつきながらも声をかける。



 「いやいや、悪い悪い、あのシグナムが近衛騎士隊長と思うと、何度聞いても笑いが抑えきれなくてな、くくくく、シャマルと二人で、こーんなに小さかったのにな」


 「まったく、部下の前でその有様でどうするのですか」


 「おいおい侮るなよ、こいつらは俺の直属の部下だぞ、俺の性格くらいよーく分かってら」



 カルデンと名乗った騎士が自分の後ろを親指で示すと、壁際に並んでいた騎士達が、一斉に笑顔で手を振り。



 「お待ちしておりました! シグナムさん!」

 「ああ、よーやくこの日が来た!」

 「なにしろ、ハイランドの騎士には、王族の女性担当の近衛騎士以外に女がいない!」

 「なぜだ!? 女性が剣を振るって何が悪い!」

 「男ばっかじゃむさ苦しいにも程がある!」

 「どうせ指南されるなら、美しい女性の方がいいに決まっている!」

 「うむ、それはまさしく世の真理!」

 「第一隊の連中は真理に背く阿呆だ!」

 「巨乳こそ正義!」

 「美人こそ理想卿!」




 なんかこう、騎士の対極にあるような台詞をマシンガンのように放っていた。




 「ほう、お前達………………よい度胸だ、その腐った性根をとりあえずは叩き直してやろう」


 それに対し、シグナムもどこか楽しそうにしながら、レヴァンティンを構えて馬鹿共に突貫していく。



 「……………騎士シグナムより話は聞いていましたが、まさか、これほどとは」


 そして、ローセスはやや呆然としながらも、とりあえず隊長であるカルデンに声をかけていた。


 「はっはっは、ハイランドの第二隊といえば、実力こそハイランド最強だが、性根に問題があり過ぎることで有名なんだぜ。まあ、上の情報封鎖もあって、アングルドルの裏街くらいに限定されるがな」


 「それは、騎士としていかがなものかと思いますが」


 「安心しな、女の尻を追っかけてビンタを喰らうことなんざ日常茶飯事だが、暴行だのなんだのはしねえ連中だ。国を裏切ることもなければ、戦場で死ぬことを恐れもしねえくらい肝っ玉も据わってる。そして何より、意に沿わねえ命令なら、相手が宰相だろうが王様だろうが刃向う度胸を持っている」


 「…………その点に関して“だけ”ならば、見習うべきところが多いと騎士シグナムもおっしゃっていましたが」


 「“だけ”ときたか、シグナムらしいが、確かに白の国の若木が見習うならそこだけにしといた方がいいかもねえな」


 「あー、ようするにおっちゃん達は、不良騎士ってことか?」


 「ヴィータ! もうちょっと柔らかい表現を使えって!」


 「いいじゃんかリュッセ、多分気にしそうにないぜ、このおっちゃん達」



 あわててヴィータの口を塞ごうとするリュッセに対し、ヴィータは平然と答える。



 「はっはっは、度胸の据わった嬢ちゃんだ、髪の色も同じだが、お前の妹か、ローセス」


 「はい、小官の妹で、名をヴィータと言います。こちらは、現在の若木を率いる隊長のリュッセ」



 一応は仕事の場であるため、小官という一人称を用いるローセス。


 普段から心がけて置かなければ肝心な時にボロが出かねないため、このあたりは徹底している。



 「鉄鎚の騎士見習いのヴィータだ、よろしくな、おっちゃん」


 「白の国の騎士見習い、リュッセです。出身はミドルトンですが、今は白の国の“若木”の隊長を務めています」


 「おう、ハイランド最強と謳われし、雷鳴の騎士カルデンだ。言っとくが、こいつは自画自賛じゃなくて厳然たる事実だ」


 「確かに、近くにいるだけで何かこう、圧迫感を感じるけど」


 「騎士シグナムの傍にいる時と、似た感じです」


「いい勘してるな。これまでの会話を聞いてりゃ大体想像ついたと思うが、俺も白の国で“若木”時代を過ごしてね、シグナムが8歳の頃に俺は11歳で正騎士になった。かなりの年少記録だったんだが、シグナムに追い越されちまった」


 「ってことは、まだ30前か。老け顔だけど、意外と若いのな」


 「まあな、俺に限らず、高い魔力を持った騎士ってのは、老いが遅いことが多い。俺の親父なんかもう48になるが、よく俺より年下に見られることを悩んでいたりする。流石に、息子より年下に見られるのは威厳ってもんに関わるからな」



 そこに、ローセスが質問する。



 「貴方の父君は、確かハイランドの軍務卿であると伺いましたが」


 「ああ、騎士団長を10年くらい務めてから前線を退いて、そっちに栄転っていうある意味王道だな、本人もあまりに順調過ぎて面白みがなかったってよく言ってるが」


 「ははは………なんとも剛毅な家系なんですね」



 流石に、苦笑いが抑えられないローセスである。



 「おっちゃんは、兄貴と前に会ったことがあんのか?」


 「ああ、馬上槍試合ならぬ、合同騎士演習みたいな催しが3年か4年くらい前にハイランドであってな。騎士に成りたてだったこいつをボッコボコにしてやった」


 「容赦というものが微塵もありませんでしたね、まさか、騎士シグナム以上に激しい攻めをなさる方がいらっしゃるとは思いませんでしたよ」


 「まあ、俺にはそれしか取り柄がないからな、シャマルのような器用な真似は出来んし、お前のように拠点防衛に長けた魔法もない。とはいえ、あの頃からお前は強くなると思ってたぜ、まあ、シグナムの後輩で、あいつを目指してるって時点で決まってるようなもんだが」


 「そのシグナムは向こうで暴れ回ってるけど、いいのか?」


 「これもまた習慣みたいなもんでな、シグナムが白の国の正騎士になってから一番多く来ているのがここなんだが、今回で10回目くらいになるか」



 シグナムが騎士となったのは10歳の頃なので、2年に一度以上のペースで訪れている計算となる。



 「ですが、騎士カルデン、騎士としてそれでよいのでしょうか?」


 「ん、リュッセ、つったか」


 「はい、ハイランドの騎士と言えば武名高く、忠勇な騎士が多いと聞くのですが」


 「そいつは間違いじゃないが、ちょいと情報が不足してるな。確かに、ここ以外の隊は生真面目な騎士ばっかりだ、変わり者は大抵ここに回されるからな」



 まさしくそれを示すように、後ろではシグナムに吹っ飛ばされた騎士達が宙を舞っている。



 「だが、さっきもちょろっと言ったが、騎士の本分ってのは節度を守って民に害なすものを切り捨てることだ。だから、もし王や貴族こそが民を害す存在になったとすれば、騎士は当然牙を向く。逆に、騎士に愛想尽かされるような奴には王たる資格はないってことだが、その点なら今の白の国は完璧だろう」


 「はい、それは間違いなく」


 「あたし個人としては色々あるけど、でも、姫様のために命を懸けることをためらう奴は」


 「若木の中にも、一人もおりません」



 ローセス、ヴィータ、リュッセ。


 一人は正騎士。一人は見習いであり、かつ主君は兄の恋人。一人はそもそも他国からやってきているいわば留学生。


 だが、フィオナ姫のために命を懸けて戦うことに迷いはない、という部分に関してならば三人の心は一致していた。烈火の将に関しては言うに及ばずだが。



 「まあ、つまりはそういうわけでな、“忠勇な騎士”の中には大貴族の命令に従って罪もねえ村を焼いた奴もいる。権力闘争に巻き込まれて首を刎ねられた奴もいる。そして、俺達はそういう連中には従わないことを旨としている」


 「それでよく、粛清されないもんだな」


 「何だかんだで王様がしっかりしているのが最大の理由だが、俺達の扱いづらさはともかく、実力は確かなのもある。それに、扱いづらいとはいっても、真っ当な戦争なら指示には従うし、相手を殺すことにも躊躇いはない、仲間を逃がす時間を稼ぐために死ねという命令だろうが、疑問一つなく従うぜ」


 「ですが、それは………」


 「ああ、一番切り捨てやすいということだ。ここにいる連中は俺も含めて大半が独身野郎でな、仮に戦場で果てたところで遺される者もいないのさ、俺の親父も、死にたきゃいつでも好きなところで死ねなんて言うしな。ま、そんな軍務卿のお墨付きがあるからこそ、生を謳歌していられるってのも皮肉が効いてていいもんだが」



 雷鳴の騎士と呼ばれるハイランド最強の騎士は、笑う。


 自分達は権力闘争に明け暮れる者共にとっては厄介極まりない存在であり、いつ殺されてもおかしくはない。


 だが、ハイランドに本当の危機が迫ったならば、少なくとも自分達が逃げるまでの時間を稼げと命じても決して逃げず、命尽きるまで戦うことも確かであるために、生かしていく価値がある。


 もっとも、騎士達は貴族が逃げるための時間を稼ぐためではなく、民が避難する時間を稼ぐために戦うわけだが。



 「俺達はこれでバランスが取れているのさ。こっちは、意に沿わない命令を受けずに済み、ハイランドに外敵が押し寄せた時に己の誇りに従って死ねばいいだけ。向こうは向こうで、いざという時の防波堤として役立つのだからそれでよし、俺達が政敵の側につくこともないからな」


 「それも、騎士の在り方の一つであり、貴方達の選びし道、ということですか」


 「おうよ、白の国みたいのは理想形だが、そう都合よくあるもんじゃないからな。自分の誇りを貫き通したいならば、相応の工夫ってもんは必要だ、まあ、お前のように個人的に守るものがないからこそ出来る生き方だが」


 「はあ〜、大国も大国で大変なんだな」


 「それはね、僕の国ミドルトンも、ここほどじゃないにしても、そういうことはあるだろうし」


 「ま、あたしの鉄鎚は白の国を守るために振るわれるから、それでいいんだけど」


 「迷いなくそう言える君が、少し羨ましいな」



 そう呟くリュッセの声には、僅かながら陰がこもる。



 「どうした少年、ミドルトンの騎士は厄介事にでも巻き込まれてんのか?」


 「僕も詳しくは知らないのですが、下手をすると国が二分される危険性すらある、なんて噂もたまに届くんです。老師の話ですから、誤報ということもないでしょうし」


 「彼の大師父が、か。ふーむ、どうも、ベルカの地に良からぬことが起きているってのは間違いなさそうだな」


 「それを伝えることも、わたしたち夜天の騎士の役目でもあります。表向きは武術指南ということになってはおりますが」


 「なるほど、それで俺達か。まあ、仮に俺達でなくとも、シグナムが来るってんならあいつらがくっついてくるわけだが、っと、終わったか」



 カルデンの言葉と同時に、“あいつら”の最後の一人が、シグナムによって吹き飛ばされた。



 「どうよ、いい感じに身体は温まったか」


 「ええ、丁度良い準備運動になりました」



 汗一つなく、シグナムはレヴァンティンを鞘に収める。



 「すげー、汗一つねえよ」


 「流石は、騎士シグナムですね」


 「わたしたちの中では君の戦い方が一番近い、よく見ておくとよいだろう、リュッセ」


 「はい」


 「俺は事前にやっといたからな、さて、まずは大将戦といこうか」



 そして、シグナムに応じるように、カルデンもまた己の武器を待機状態から顕現させる。



 「行くぜ、アイグロス!」


 『Jawohl.』


 顕現されるは、2メートル近い長さを持ち、雷の意匠が施されし蒼き槍。


 雷鳴の騎士カルデンが魂、アイグロスであり、レヴァンティンのような複雑な変形機構や知能は備えていないものの―――



 「帯電してる、あれって……」


 「カルデン殿は、電気への魔力変換特性を持っている。そして、あのアイグロスはそれを最も効率よく伝えるよう調整された専用のアームドデバイス」


 「つまり、炎熱の属性を持つ騎士シグナムとレヴァンティンの関係と同じ、ということですね」



 白の国の三人は会話しつつも飛行魔法によって浮き上がり、対峙する二人から距離をとる。


 それは、ハイランド騎士団第二隊の騎士達も同様であり、約30名全員が宙に浮き上がる。


 大国ハイランドの騎士団といえど、全員が空戦適性を持つのはこの第二隊のみであり、性格に多少の問題はあるものの、やはり彼らはハイランドの誇る最強の精鋭なのである。


 逆に言えば、騎士としては譲れぬ節度を守り通す彼らが最強の精鋭であるうちは、ハイランドという国が瓦解することはあり得ない。


 どのような国も、腐敗は内より始まり、外敵によってのみ滅びることはないのだから。



 「さーて、始めるか」


 「ええ、いつでも」



 同じく上空に浮き上がり、剣を構えし炎の騎士と、槍を構えし雷の騎士が魔力を集中させていく。



 「治療魔法が使える奴の手配も済んでいるから、片腕くらいが吹き飛んでもすぐ繋げりゃ多分なんとかなる」


 「それは、僥倖です」


 二人は互いに遠慮するつもりなど微塵もない。


 ここまでの条件を整えた上で、対等の騎士と戦える機会など滅多にないのだ。シグナムとローセスはかなり近しい実力を有するが、その戦闘タイプは大きく異なり、噛み合うものではない。


 だが、剣の騎士シグナムと雷鳴の騎士カルデンの両者は、その戦闘スタイルがかなり似通っており、炎と電気への変換特性に加え、それを十全に発揮するデバイスを持つという点においても―――



 「それじゃあ行くぜ、雷鳴の騎士カルデン、参る!」


 「剣の騎士シグナム、相手仕る!」



 まさに、互角の条件での戦いなのだ。










ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル 騎士団鍛錬場 上空




 「おおおおおおお!!」


 「はああああああ!!」


二人の繰り出す一撃が衝突する。


重量という位置エネルギーと、疾走の運動エネルギーの相乗が驚異的な破壊力を生みだし、さらに、魔力と呼ばれる神秘の力を加え、その激突はもはや人と人のぶつかり合いではありえない域へと突入していく。


ともすれば打ち合ったデバイスが破損しかねない勢いであり、真実、並のデバイスであれば最初の数撃で損壊していよう。


だが、烈火の将が魂と、雷鳴の騎士が魂はそれほどヤワな存在ではない。



 「まだまだ行けるな、レヴァンティン!」


『Jawohl!』


「ここからだ! 飛ばしていくぞアイグロス!」


『Jawohl!』



 彼らは主の力となるために作られたデバイス。


 類まれな力を持つが故に、生半可なデバイスでは全力を出し切ることすら許されない無双の騎士達。


 その全力を受け止め、その力を引き出し、更なる高みへと至らせるために、彼らは作られたのだから。


 レヴァンティンは、複数の姿と高度な知能を備え、状況に応じて主の望む姿を取る。


 アイグロスは、変形機能を備えず、知能もそれほど高いわけではないが、純粋な強度、そしてなによりも主の速度という武器を最大限に引き出すための管制機能を持つ。


 炎熱変換の属性を持つ主の魔力と呼応し、烈火の将の魂たる権能を発揮せし炎の魔剣。


 電気変換の属性を持つ主の魔力と呼応し、雷鳴の騎士の魂たる権能を発揮せし雷の神槍。


そして、二人の騎士は己の相棒に絶対の信頼を寄せるが故に、委細気にせず幾合もの剣戟を交わす。


そこには射撃やバインドなどの魔法を用いた小技は一切存在せず、純粋なる戦技のみで二人は剣戟の異界を形成する。


 それは最早人の戦いの領域にはなく、俗に“真竜の戦い”と呼ばれる幻獣同士のぶつかり合いと同等の血戦であった。



「す、凄い……」


 「なんつう、馬鹿げた戦い」



 その戦いを見つめる二人の“若木”にとって、それはまさしく未知との遭遇と言ってよい。


 この二人も幾度となく競い合い、白熱した接戦を繰り広げる間柄であり、実力が等しい騎士同士がぶつかり合えば、剣戟による決戦場が形成されることも理解している。


 しかしそれは、あくまで人と人との武器同士が創り出す、武芸者の境界線。


 凄まじいまでの魔力を迸りながら激突を続ける二人の騎士は、最早その領域を遙かに越えて、並の生物ならば踏み行っただけで死に到るであろう異界を築き上げており。


 少なくとも、騎士甲冑を纏わない一般の民が巻き込まれれば、窒息するであろうことは疑いなかった。



 「流石に、驚いているな二人とも」


 ただ、その中にあって盾の騎士ローセスは動揺を見せていない。


 これほどの相克を前にしても全く揺るがぬ鋼の精神は、まさしく彼が夜天の騎士の一人である証である。



 「ええ、驚きました」


 「シグナム、すげえのは知ってたけど……」


 「見るべきところはあの二人だけではないぞ、反対側にいる彼らもよく見てみるといい」



 ローセスに促されるままヴィータとリュッセが渦巻く魔力の向こう側に視線をやる。


 そこには、軽口を叩いて烈火の将に吹き飛ばされていた不良騎士の姿はどこにもなく、猛禽の如く鋭い視線で、瞬きすらせずに血戦を見つめる歴戦の強者達が勢揃いしていた。



 「あれが、先程の人達ですか………」


 「雰囲気、違い過ぎだろ……」


 「騎士というものはな、武器を握るだけで全く違う生き物に変貌する。レヴァンティンを握っていない時の騎士シグナムは、服装のことや香水のことにも気に懸ける美しい女性だ。また、アイグロスを握っていない時のカルデン殿も、軽薄な空気を纏った酒場の主人といった趣のある方だ」


 だが、とローセスは続ける。


 「それぞれの魂たるデバイスを手にした瞬間から、二人の身体は作り変わる、人間らしい機能を成すためのものから、戦うための存在へと、そして、人間としては矛盾したその相反を己のものとした者を、騎士と呼ぶ。決して、戦闘技能に優れるからでも、魔力量が多いからでもない、それを―――決して忘れるな」



 この場にいる幼い二人以外は、皆それを理解している。


 “若木”の二人を除いた者のうち、一度もその武器が血を吸っていない者はいないのだ。


 騎士の戦いとは、それはすなわち命のやり取り。命を奪い、奪われる覚悟を決めることは、騎士となる上で最初の階梯であると同時に、これを登ることは容易ではない。



 「二人は、殺すつもりで戦っているのでしょうか?」


 「それに極めて近いといえる。殺すために技を放っているわけではないが、死んでも構わないとは思っているだろう。逆に言えば、殺すつもりで放っていない攻撃で死ぬ方が悪い、そのような未熟者には騎士たる資格はない、といったところかな」


 「ははは、なんつー理論だよ、普通に考えりゃあ狂ってるって」


 「ああ、狂気だとも、戦場という場所に立てば、正気でなどいられない。だが、だからこそ騎士の存在には意味がある。その狂気は、決して守るべき人々の下へ持ち込んでよいものではない、我々が戦う場所とは、狂人の蔵であることを知れ、人では耐えきれぬ狂気を受けとめるためにこそ、我らは在る。その覚悟がないものは騎士となるべきではない」


 「………はい」


 「………おう」



 ローセスの言葉は強くはない。


 しかし、重く、静かに若木の心へと浸透していく。



 「もっとも、その心構えを持つ騎士は数少ないという。このハイランドですら、ここにいる者達以外はほとんどいないとカルデン殿はおっしゃっていた。兵士と騎士の境界線は元々曖昧なものではあるが、近頃は特にそれが顕著になりつつあると」


 「やはり、白の国は特殊なのですね」


 「だな、数は少ないけど、全員、本当の意味での騎士だ。だからこそ、あたし達が目指す目標なんだ」



 心構えを新たに、ヴィータとリュッセは至高の騎士の血戦を見つめる。


そこに余分な魔法は無く、一切を己の技量に依った戦い。


にも関わらず、その場に満ちる魔力は徐々に高まっていき、物理的な熱すら帯び始めている。


 それには、二人の特性が大きく影響している。仮に、どちらかが盾の騎士ローセスであるならば、このような空間は形成されない。


 片や、炎熱、片や、雷撃。


 それぞれが魔力を滾らせるだけで物理的に影響を与える特性を持つが故に、デバイス同士のぶつかり合いも、砲撃魔法のぶつかり合いに等しい結果を生み出している。


 そして、互いの力が等しいが故に、相手に届くことなく飽和した魔力は周囲に蓄積していき、異界を形成する。


激突する鋼と鋼、交わされる剣気、錯綜する視線。


目まぐるしく立ち回り、空を幾度も交差する二人は、あらかじめそう定められていたかのような調和を保って舞い踊る。


さながらそれは、舞踏にして武闘。


交わされる剣戟は、まるで天上の楽団の調べの如く鳴り響き、この世ならざる旋律を響かせ、戦慄をもたらす。


動きに伴って吐き出される呼気は、いいや戦哮は、それ自体が詠唱。


それはまさしく戦場の儀式、その全てが世界を塗り替えていく。



 「シグナムは、連結刃を使わないんだな」


 「いや、あれは、使えないと評すべきだ。レヴァンティンのシュランゲフォルムは強力にして変幻自在だが、その状態では刀身のコントロールで手一杯になり、また、刀身による受けが出来ない特性上、大幅に防御力が低下してしまう。対して、彼はどうだ?」


 「そうか、騎士カルデンのアイグロスは変形機能がなく、代わりに彼の雷速とも呼べる速度を管制する機能が付いている」


 「その通りだ、リュッセ。カルデン殿を相手にシュランゲフォルムを使えば、その瞬間にフルドライブで切り込まれる。無論、騎士シグナムもフルドライブは可能だが、シュランゲフォルムからでは、連結刃を引き戻さない限りフルドライブを発動できない」


 「フルドライブは、まさしく騎士の切り札。相手がそれをいつでも使える状態のまま、自分は使えない状態になっちまう、ってわけか」


 「とはいえそれも、彼の常識を超えた速度があってこそのものだ。彼以外の騎士ならば、フルドライブを使ったところでシュランゲフォルムの引き戻し以上の速度で切り込むことなど出来はしない。少なくとも、俺には無理だ、踏み込んだ結果、フルドライブからの紫電一閃でカウンターを喰らうのが落ちだろう」


 「うわ、そりゃあ怖いな」


 「確かに、恐ろしいですね、ほんの僅かでも踏み込むタイミングを誤れば、騎士シグナムのフルドライブでの紫電一閃の餌食となる。それを意識してしまえば、並の心臓では踏み込めませんよ」



 だが―――



 「彼がそれを難なく可能とする騎士だからこそ、騎士シグナムはレヴァンティンを変形させず、純粋な剣技のみでの勝負に出ている。逆に言えば、それしか許されない、あれもまた、騎士の究極系の一つだ。ただ一つの技能を極限まで鍛え上げ、敵にただ一つの選択肢しか与えない」



 雷鳴の騎士カルデンは、その電気変換資質でもって己を閃光と化し、長槍アイグロスでもって敵を撃ち砕くことのみに特化した白兵戦最強の存在。


 これを相手にするならば、生半可な小技は通用しない。通常、罠とは力や速度で勝る相手を仕留めるために用意するものだが、ある基準を超えた領域では、罠の入り込む余地はなくなる。


 剣の騎士シグナムならば、純粋なる剣技で以て応じ、盾の騎士ローセスならば、その突撃を真っ向から受け止め、その拳でカウンターを狙う戦法が唯一の対抗策となるだろう。


 ただし―――



 「でもさ、相手がシャマルだったら?」


 「そこが難しいところだ。生半可な罠や小細工は彼の速度の前では意味をなさないが、カルデン殿が正面突破に特化しているように、罠や搦め手からの攻撃に特化した存在が相手ならば、その条件は対等となる」


 「普通に考えるなら、騎士カルデンの圧勝で終わるはず、ですが、騎士シャマルは夜天の騎士の参謀、彼が彼女の策略に嵌ったならば………」


 「リンカーコアを摘出され、あっさりと負ける、という結果になるかもしれない。この戦いあくまで一対一であり、横やりが入らないことを前提としたからこそのものだ。もし二人が鍔迫り合っている時に、“旅の鏡”が来たらどうなる?」


 「二人とも、仲良く墜落、ってことになりそうだな」


 「その通り、一対一での強さが、そのまま戦場での強さに繋がるわけでもないことも覚えておくように。戦場では敵を破ることが全てじゃない、己の使命を果たせるかどうかが重要なんだ」


 「肝に銘じます」


 「心に刻む」



 そうして、盾の騎士が若木へと騎士の心得を伝えている頃、二人の騎士の戦いも最終段階へ至っていた。


何合重ねたのか、幾合打ち合ったのか、それは最早二人にも、二機にも分からない。


数え切れない程の鍔競りを経て、ついにこの戦いにも終止符が打たれる時が近づいてきた。




 「最後は一発、全力で行こうかい!」


 「ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!」


 『『 Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート) 』』


 そして、二機のデバイスの全機能が開放される。



 フルドライブ機能



 それは、リンカーコアを持つ騎士や魔術師が無意識のうちにかけているリミッターを解除し、その制御をデバイスが行うことで限界威力の魔法を放つベルカのデバイス技術の結晶。


 そしてそれは、ベルカ暦が始まりし頃より進められてきた研究ではあるが、真の意味での完成をみたのは、ある天才がカートリッジなるものを作り出してよりのことである。


 つまり、レヴァンティンとアイグロス、白の国の“調律の姫君”が作りし前者と、大国ハイランドの最高の調律師が作りし後者とに搭載される、騎士の全力を引き出し、受け止めるための機能。


 それを作り出した存在とは、サルバーンという名の大魔導師なのである。



 『Bogenform!』


 ボーゲンフォルム。レヴァンティンは、剣と鞘が一つとなり、刃と連結刃に続く最後の姿、弓の形態をとり。



 「行くぜ、アイグロス!」


 『Jawohl!』


 アイグロスはあくまで槍の形態のまま、主の魔力と速度を最大限に引き出すことのみに全力を注ぐ。


 雷鳴の騎士、カルデンが渾身の一撃、その構えとは――――



 「我が一撃、止めることあたわず!」


 己の身体そのものを弓のように撓らせ、全力をもってアイグロスを撃ち出す。


 槍がその破壊力を最大限に発揮する体勢、投擲に他ならない。



 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」


 対して、烈火の将シグナムは顕現させた矢に火炎を凝縮させ、必滅の一撃を解き放つ瞬間を計る。


 ボーゲンフォルムとなったレヴァンティンに彼女の魔力が収束していき、まさしく、一矢に全てを懸ける。




 「これは―――ヴィータ、リュッセ、もっと離れるぞ!」


 「了解です!」


 「おうよ!」


 その激突を見守る者達も、その凄まじさを感じ取り、さらに距離を取る。ハイランドの騎士の中にはなおも近くに留まる命知らずも存在したが。




 そして、極限まで引き絞られた一撃は、ついに開放の時を迎え――――




 「駆けよ! 隼!」


 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』


 「穿て! 牙狼!」


 『Donnerwolf!(ドゥネアヴォルフ)』



 炎を纏いし破壊の矢と、雷を纏いし閃光の槍が―――



 激突した















ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル郊外  アダマスの丘



 「いやしっかし、凄い激突だったよなあ」


 「いい勉強になったか、ヴィータ」



 鍛錬場での指南を終えたロートスは、ヴィータと共にアングルドルの郊外に位置するアダマスの丘、緑溢れる草原へとやってきていた。


 無論、彼が何もしなかったわけではなく、逆にシグナムとカルデンの二人が完全に相討ちとなったため、その後の指南は全て彼一人が受け持つこととなったくらいである。


 指南は今日一日のみというわけではないので特に問題はないが、後輩一人に後を任すのはいかがなものかと思わなくもない。


 「うん、でも、兄貴もしっかり教導役をやってんだなあ」


 「こら、白の国でお前達を訓練しているのは一体誰だと思っているんだ?」


 「さーて、誰だっけか、アイゼン、お前は分かるか?」


 『Nein.(いいえ)』


 「アイゼン、主人を裏切るな」


 「へっへー、アイゼンはあたしの方が主人になってほしいってさ」


 『Nein.(いいえ)』


 「っておい!」


 「ふふ、そうか、残念だったなヴィータ、アイゼンの主となるにはまだ修練不足のようだ―――――さあ、出来たぞ」


 草むらに座り込んで、先程までの教練について語り合っていた兄妹であったが、その間、ローセスはずっと作っていたものがある。


 それは―――



 「わあっ、相変わらず器用だな、兄貴」


 「少々遅れてしまったが、誕生祝いということにしておいてくれないか」



 ヴィータが9歳となったのは三日ほど前であったが、その頃はハイランドへの出立のことなどで正騎士であるローセスは忙しく、家族との時間を取ることは出来なかった。


 しかし、ヴィータに不服はない。彼女にとって兄が騎士らしく在ることはなによりの喜びなのだから。



 「愛する妹に贈るプレゼントが草で編んだ冠、ってのはどうなんだ?」


 「すまんな、あいにくと手先と反比例するように心が不器用でね、心を込めた贈り物に金銭をかけるというのが、どうしてもしっくりこないんだ」


 「まあ、兄貴らしいけどさ………少しは姫様のためにも、その心遣いを発揮してやれよ」


 「ああ、善処するさ」


 「まったく…」



 口では文句を言うようだが、ヴィータの表情は綻んでいる。


 やはり、兄が心を込めて編んでくれた贈り物が、嬉しいのであろう。



 「でも、これの作り方、兄貴は誰に習ったんだ?」


 「ああ、これはフィオナ姫から教えていただいたものだ。彼女が誰から学んだかまでは聞いていないが」


 「……姫様が発祥なのか」


 「いけなかったか?」


 「いや、悪くはないけど」


 「そうか、良かった」



 ヴィータだからこそ、“フィオナ姫より教わったこと”がローセスにとってどれだけ重きを成しているかが分かる。


 そして、それを用いて作られたこの草の冠が、どれだけの想いが込められているかも感じ取れる。



 ≪ホント、不器用だよ、兄貴は≫



 我が兄ながら、つくづくそう思う。


 何もかもの真っ直ぐであるがために、他の人にはかえって回り道をしているようにすら感じるその在り方。


 だが、それこそが、盾の騎士ローセスという男なのであり―――



 ≪そんな兄貴だから、姫様も惚れたんだろうな、あたしにはまだ分からないけど≫



 ヴィータはまだ幼く、恋愛感情というものは分からない。


 ただ、それでも年齢の近い異性と普段から共に訓練に励み、競い合いながら高め合っている身ではあるため、多少の予測くらいは出来る。



 ≪あたしも、リュッセと思いっきり打ち合ってる時はなんかこう、一体感みたいなもんがある。多分、シグナムとカルデンのおっちゃんも同じなんだろうけど、兄貴と姫様の場合、その一体感がただ傍にいるだけで感じられるんだろうな≫


 それは、一般的な恋愛感情とは多少外れた考察であったが、そう離れているものではなかった。


 もし、ローセスとフィオナが一般的な恋人関係ならば的外れであったかもしれないが、彼はヴィータの兄であり、その思考は似通う部分もある。


 ローセスとフィオナは、一緒にいるだけで幸せ、もしくは安心できるという感情ではなく、一緒にいることが自然体であった。


 特に親しげに言葉を交わすわけではない、恋人らしく抱き合うわけでもない。


 だが、例え静かに二人でいるだけであっても、ただそれだけで意味がある。まさにそれは、一体感という表現が相応しいのかもしれない。


 二人でいることに意味があるのではなく、二人でいないことにこそ違和感がある、といったようなものであろうか。



 「それともう一つ、こちらはフィオナ姫からだ」


 「姫様から?」


 「ああ、渡すなら俺の贈り物を渡す時と一緒にしてくれと言付かった」



 ローセスは、夜天の騎士が用いる格納空間保持専用のデバイスより、フィオナ姫より預かった品を取り出し、ヴィータに手渡す。


 それは――――



 「うさぎ…………でもちょっと不器用だな」


 「姫様の手縫いの品だよ、騎士シャマルに習いつつ初めて縫ったものらしい。外見の悪さは大目に見てくれ、とのことだ」


 「別に………外見は気にしねーよ」


 「ああ、気にするようだったらアイゼンの錆にしているところだ。仮に主君のものでなくとも、心を込めて作ってくれた品を見た目のみで判断するようでは、夜天の騎士は任せられない」


 「騎士とか、それ以前の問題だよ………ただ、嬉しいんだ」



 ヴィータは、宝物を抱えるように、その手作りのうさぎを抱きしめる。


 彼女は、母からそういったものを受け取る機会がなかったから。



 「気に入ってくれたようだな、フィオナ姫も喜ばれるだろう」


 「うん………なあ兄貴、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?」


 「いけないことではないが、すぐに壊れてしまうぞ」


 「あ、そっか、じゃあ駄目だな」



 少しばかり残念そうにするも、実に当然な話なので、ヴィータも納得する。



 「だが、そうだな、騎士甲冑そのものを構築する際に組み込めば、顕現させることもできるだろう。とはいえ、現状のデバイス技術はあくまで戦闘向けのものがほとんどだ、デバイスに余分な負担をかけてしまうことになるか」


 「うーん、いつか、主君がイメージした通りの甲冑が纏えるようになるかな?」


 「フィオナ姫ならば、きっと作り出してくれるだろう。何年かかるかは分からないが、お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう」


 「うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな」


 「お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに」


 「それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで」


 「まあ、掲げる誇りは個人それぞれだが」


 「だろ」



 騎士の兄妹は笑い合う。


 騎士としての仕事故に共にいられる時間は少なくとも、どんな時でも、その心は繋がっている。


 この世で、ただ二人の家族なのだから。




 「それに、兄貴のもありがとな。草の冠だからきっとすぐ壊れちゃうだろうけど、これをもらったことは、あたしはずっと覚えてるから」


 「ありがとう、俺も、ヴィータにそれを作ってやったことは、ずっと覚えていよう」


 「約束だぞ」


 「ああ、約束だ」





 それは、小さな約束


 仲の良い兄妹が交わした、本当に何気ない、ささやかな誓い


 だが、それでも、遙かな時をすら越えて、紡がれる約束はある


 永き夜と共に刻まれた悲しみの記憶ですら、消せない想いは存在するのだ


 それは、微かに繋がる細い糸に過ぎずとも


 家族の記憶、そして絆は、途切れることはない





 それは、絆の物語




 これは、その始まりへ繋がりし序章




 最後の夜天の主へと至る、その時まで




 その記憶は、確かにここに











あとがき
 A’S編の過去編である夜天の物語、第2章はここまでとなり、ほぼ全てのオリジナルキャラクターは出揃いました。A’S本編の特徴として、第二話くらいまでに主要キャラは出揃っており、その後は彼らを掘り下げつつ、群像劇の上手い演出のもと、最後の闇の書の闇との決戦まで持っていくという神がかっている構成があります。
 夜天の物語もそれに倣い、四人の守護騎士と、管制人格のオリジナルであるフィオナ姫を主軸に据えつつも、物語を構成する要素として、盾の騎士ローセスや、放浪の賢者ラルカスの二名を加え。白の国の外部に雷鳴の騎士カルデンや、ロートスの親友であった調律師クレス、そして、この物語の敵対者となる黒き魔術の王サルバーンを配置し、割と早期に登場させることとしました。(今更言うまでもありませんが、フィーはリインフォースUの雛型です)
 デバイス達の知能を築き上げたフルトンなる調律師と、彼が作りしスンナとスクルドという二機の融合騎との話は初期プロットでは第2章で書く予定でしたが、少々収まらないので第3章に移動することとしました、これは、彼らに関するシーンがローセスの初の戦闘シーンで、現代編の最初の戦いが終わるまでは書かない方がいいかな、と思ったことも理由です。
 現代編とのすり合わせもあるため、伏線の張り方や進行具合に悩む毎日ですが、更新は停滞させずに行きたいと思っておりますので、頑張る所存であります。それではまた。




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