Die Geschichte von Seelen der Wolken



Die Geschichte von Seelen der Wolken


第一話   始まりは突然にして必然




新歴65年 12月1日  本局付近 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「お疲れ様リンディ提督、予定は順調?」


 「ええ、レティ、そっちは問題ないかしら?」


 ブリッジにおいて、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンと時空管理局本局運用部の提督、レティ・ロウランは通信モニター越しに親しげに会話を交わしていた。


 彼女らは昔からの友人であり、本局と地上本部の対立を何とか解消できないものかと日向に日陰に活動する融和派の筆頭格としても同胞と言える間柄である。



 「ええ、ドッキング受け入れと、アースラの整備の準備はね」


 「………何かあったのね」


 長年の付き合い故に、レティの様子からリンディはただごとではない事態が起こりつつあることを悟る。


 レティ・ロウランという女性は良い意味で女傑といえる性格をしており、辣腕を振るう切れ者であると同時にかなりのお調子者でもある。人事の問題などでかなり重要な案件と直面しても、ノリと勢いで乗り切ったりすることもあるくらいだ。


 無論、その裏では冷静な計算を働かせているのだが、最終的な判断を勘に頼る部分があるのは否めない。ただ、とあるデバイスは、それでこそ人間であると述べ、レティ・ロウランという人物を非常に高く評価していた。いや、パラメータを揃えてデータベースに登録していたと表現すべきか。


 ただ、冷静に判断し、計算高いだけならば、それこそ“トール”というインテリジェントデバイスと“アスガルド”という巨大演算装置の組み合わせに敵うべくもない。


 しかし、人間を運用するのは人間なのであり、人事に関してならば、時の庭園の中枢の二機はレティ・ロウランに遠く及ばない。これもまた、適材適所の凡例といえる。



 「こっちの方では、あんまり嬉しくない事態が起こっているのよ」


 そして、彼女が落ちこむとまではいわないものの、浮かない表情をすることはまさに稀に見ることであり。


 「嬉しくない事態、ね」


 リンディの表情も、自然と硬いものへと変化していく。


 「察しはつくと思うけど、ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物」


 「………っ」


 その言葉に反応したのは、つい先程ブリッジに入って来たクロノ・ハラオウン。


 「幾つかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班はもう大騒ぎよ」


 一級捜索指定がかかっており、かつ、時空管理局がその痕跡を見つけると同時に即座に動きだす危険物。


 「そう………」


 それは、ハラオウン家と切っても切れない関係にあるロストロギアを想起させる。


 無論、他にも幾つものロストロギアが存在しているため、確証はない。しかし、彼のロストロギアの転生周期を考えれば、そろそろ目覚めてもおかしくないのも事実なのだ。



 「捜査員の派遣は済んでいるから、今はその子達の連絡待ちね」



 クロノ・ハラオウンはあまり勘というものには頼らない性質であり、勘というものが強い性質は彼の補佐官であるエイミィ・リミエッタの方がある。


 ただ、それでも彼は、第六感とでも云うべきものが警鐘を鳴らしているのを感じていた。


 そしてそれは、恐らく彼の母親であり、上官である彼女も同様に。











新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 オフィス街  AM2:23



 「ぐ、がああああああああああああああ!!」


 「あが、ぐほあっ!!」



 そして、アースラのトップ二人の予感は、時空管理局にとっては最悪の形で的中することとなる。


 より大きな目で見るならばそれが最悪であったかどうかは別の話だが、未来を知りえない者達にとっては、少なくとも最悪と呼べるものであろう。



 「雑魚いな」


 仕留めた二名の管理局員を見下ろしながら、騎士服を纏った少女は呟く。


 「こんなんじゃ、大した足しにもならないだろうけど、一応、偵察役を排除することにはなるか」


 彼女の呟きに呼応するように、その手に抱えられた魔導書が、鈍く輝き出す。


 と同時に、管理局公用のバリアジャケットに身を包んだ二名の局員から、リンカーコアが抽出され、魔導書へと引き寄せられていく。



 「お前らの魔力、闇の書の餌だ」



 闇の書が保有し、その端末である守護騎士ヴォルケンリッターが備える蒐集能力。


 魔法文明なき管理外世界において、それが発動することそのものが痕跡を残すことになってしまうことは疑いないが、しかし、より良い方法があるわけでもない。



 「この歯ごたえのなさと、リンカーコアの質や錬度から見ても、こいつらは武装局員じゃないな。服装だけじゃん何とも言えねえけど、多分、実戦がメインじゃない調査班ってとこだろ」



 闇の書へリンカーコアが吸い込まれ、そのページが僅かながら埋まっていくのを見ながら、鉄鎚の騎士は冷静に考察を進める。


 外見こそ幼い少女のものであるが、その頭脳は明哲であり、くぐった修羅場も並の武装局員などを遙か後方に置き去っている。



 「だとしたら………大物を狙うなら、今のうちか」



 この海鳴に大きな魔力を持つ魔導師がいることを、彼女と盾の守護獣は確認している。


 その邂逅はまさに偶然のものであったが、主の危機が迫っている今、なりふり構っていられる状況ではない。


 例えその相手が年端の行かぬ少女であろうとも、管理局と関わりの無い在野の魔導師であろうとも。



 「近いうちに、ここは管理局に嗅ぎつけられる。そうなったら、蒐集を行えるのは別の世界じゃなきゃ無理なんだ……………」


 しかしそれは、彼女にとって気の進むことではなかった。


 管理局員や、大人の魔導師ならば躊躇うことはない、力を持つ者はそれに見合った覚悟を持つべきという価値観を基に鉄鎚の騎士はあるのだから。


 だが、まだ成人しておらず、国家や民のために尽くす立場にいるわけでもない少女を贄とすることは……



 「迷うな…………決めただろ、はやての将来は血で汚したりはしないけど、それ以外なら、何でもするって……」


 その葛藤は、今代の主が守護騎士を家族として迎え、愛情を注いだからこそ在る。


 これまでの守護騎士であったならば、そこに葛藤など微塵もなく、遙か昔に蒐集を行っていたであろう。


 逆に言えば、管理局に嗅ぎつけられるギリギリまでそれを行わなかった甘さこそ、闇の書の守護騎士がそれまでとは違っている証でもあるのだ。



 『Mine Hell(我が主)』


 「大丈夫だ、アイゼン」


 気遣うように音声を発した相棒に、ヴィータは騎士らしい笑みを浮かべて応える。


 「鉄鎚の騎士に迷いはねえ、主を闇の書の呪いから解き放つため、お前を振るうこと、それが今のあたしの役目なんだ」


 『Ja.』



 襲撃は、恐らく今日の夜。


 その時に向け、鉄鎚の騎士はただ心を研ぎ澄ませる。


 戦いが始まったその時に、武器に迷いを込めぬように。


 鉄鎚を掲げしベルカの騎士は、夜天を見上げながら、夜の海鳴を歩いていく。















新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  PM4:24




 「そっかー、同い年なんだ」


 「うん、ときどきここで見かけてたんよ。あっ、同い年くらいの子や、って」


 「実は、わたしも」



 静かな図書館の一角にて、二人の少女が微笑み合う。



 「わたし、月村すずか」


 「すずか、ちゃん…………八神はやて、いいます」


 「はやてちゃん、だね」


 「平仮名で“はやて”、変な名前やろ」


 「ううん、そんなことないよ、奇麗な名前だと思う」


 「……ありがとーな」




 そんな歳相応の少女らしい幸せに満ちた光景を、湖の騎士は静かに眺めていた。


 彼女のデバイス、クラールヴィントの力ならば、痕跡を残さぬように調整しながら主の周囲を窺うくらいは造作もない。


 ヴィータより時空管理局の調査班と思われる者らがこの世界に姿を現し、しかもこの街を嗅ぎつけつつあることを聞き、シャマルは護衛を兼ねてはやての周囲をクラールヴィントで念のため探査していた。


 幸いなことに、はやての周囲には闇の書以外の魔力の残滓は感じられない。少なくとも現段階においては、管理局の手が主へ及ぶ可能性はないはずだと、湖の騎士は安堵する。



 「ありがと、すずかちゃん、ここでええよ」


 自身が待つ図書館の入口付近まではやての車椅子を押して来てくれた少女に、シャマルも笑みを向ける。


 「お話してくれておおきに、ありがとうな」


 「うんっ、またね、はやてちゃん」


 恐らくこれから先、主の傍にいられる時間がさらに短くなるであろう時に、はやてのことを気にかけてくれる同年代の友達が出来たことに、感謝しながら。


 ただ、この出逢いが更なる邂逅を生む引き金となることを。


 予言の力を持ち得ぬ、湖の騎士が知る術はなかった。














新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘  PM5:31



 「はやてちゃん、寒くないですか?」


 「うん、平気。シャマルも寒ない?」


 「私は、ぜんぜん」



 そうして、シャマルが車椅子を押して歩いていると、駐車場を超えたあたりで、彼女らを待つ人影と出会う。



 「シグナムっ」


 「はい」



 ヴォルケンリッターが将、シグナム。


 シャマルが主の周囲を探知している間、万が一に備え彼女も近場で待機していたのであった。



 「晩ごはん、シグナムとシャマルは何食べたい?」


 そして、シャマルが車椅子を押しながら、三人で家路を歩いていく。


 「ああ、そうですね、悩みます」


 「スーパーで材料を見ながら、考えましょうか」


 「うん、そやね……………そういえば、今日もヴィータはどこかへお出かけ?」



 ふいに、はやてが頭に浮かんだ質問を口にする。


 それは彼女にとってはまさに何気ない質問であったが。



 「ああ、ええっと、そうですね」


 シャマルにとっては、即座に返答することが難しい問いであった。彼女自身、主に虚言を吐くことに慣れていないために。


 「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますので、あまり心配はいらないですよ」



 その面においては、シグナムは四人の中で最も揺らいでいない。


 いや、最も揺らいでいないのはザフィーラであろうが、彼はそもそも言葉を発する機会そのものが少ないため、あまり比較は出来ないだろう。



 「そっかぁ」


 「でも、少し距離が離れても、私達はずっと貴女の傍にいますよ」


 「はい、我らはいつでも、貴女のお傍に」



 そして、その想いは四人の誰もが変わりなく持つ、共通のものであった。



 「………ありがとう」


 主である少女もまた、彼女らと家族になることが出来た幸運に、感謝していた。


 これより待ち受ける、苛酷な戦いのことはまだ知らずとも、いいや、例え知っていたとしても。


 八神はやては、闇の書の主となれたことを、感謝していた。










新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM7:45




 夜の海鳴の上空に、赤い騎士服を纏った少女と、蒼き守護獣の姿がある。


 二人は共に神経を研ぎ澄まし、今宵の標的となる少女の気配を探る。


 その少女を直に見たことがあるのはヴィータとザフィーラであるため、四人の中でこの二人が探索役を受け持つこととなったのも当然の帰結であり。


 また、残る二人、シグナムとシャマルは二人の不在を主が不思議に思わぬようフォローする役でもあった。



 「どうだヴィータ、見つかりそうか?」


 「いるような…………いないような」



 とはいえ、探索は彼女らの本分ではない。補助の魔法に長けるのは、湖の騎士シャマルの領分なのだから。



 「こないだ、からたまに出る妙に強力な魔力反応、たぶんあの時のあいつだと思うけど、あいつが捕まれば、闇の書も一気に20ページくらいはいきそうなんだけどな」


 ヴィータが言う“こないだ”とは、すなわちユーノ・スクライアがフェイトとクロノの手伝いのために本局へと向かった時期からのことである。


 高町なのはが持つ巨大な魔力。そして、それを用いて行われる訓練は、本来であればただちに守護騎士達に捕捉されているはずであった。


 しかし、彼女の傍には稀代の結界魔導師、ユーノ・スクライアが常にいたのだ。


 彼の結界の内部で訓練を行う以上、その魔力は微塵も外部に漏れることはない。


 特に一度、スターライトブレイカーの新型が結界を破壊して以来、ユーノは結界の維持と外部へ影響を与えないことを特に意識し、より強固な結界を張るようになったため、守護騎士が蒐集を開始した10月27日からおよそ半月の間は、高町なのはの存在そのものが守護騎士のセンサーから隠されていたのであった。


 だが、その彼は現在本局におり、なのはの存在は丸裸となっている。まさに今は、千載一遇の機会でもあるのだ。


 ユーノの結界がない以上、その魔力の残滓を守護騎士が辿ることは、困難の一歩手前といった程度の難易度と言えた。



 「分かれて探そう、闇の書は預ける」


 「オッケー、ザフィーラ、あんたもしっかり探してよ」


 「心得ている」



 答えと同時に、陸の獣が基となっている守護獣であるとは考えられない速度でザフィーラは飛翔する。



 「封鎖領域、展開」


 その場に残ったヴィータの足元に、ベルカ式を表す三角形の陣が浮かび上がり。


 『Gefangnis der Magie. (魔力封鎖)』


 鉄の伯爵、グラーフアイゼンはその機能を発揮し、封鎖領域を広範囲に渡って展開させる。


 彼は物理破壊のみならず、結界などの補助においても優れた性能を発揮するバランスの取れた機体であり、どちらかと言えば、レヴァンティンの方が攻撃に特化した機構を備えていると言える。


 そんな彼にとって、封鎖領域を展開するための補助を行うことはまさに造作もないこと。この程度が出来ぬようでは、“調律の姫君”に作られしデバイスの名が泣くというものである。




 「魔力反応、大物、見つけた!」


 獲物を補足したならば、狩人が行うことはただ一つ。


 闇の書を腰の後ろに回し、鉄鎚の騎士は己が魂に呼びかける。



 「いくよ、グラーフアイゼン」


 『Jawohl.』



 赤い閃光が、封鎖領域に覆われた空間を駆けていく。


 既にその空間内には一般の民の姿はなく、リンカーコアと戦う力を持つ者達だけが残る戦場へと。


 海鳴の街は、変わっていた。








 同刻  高町家



 『It approaches at a high speed. (対象、高速で接近中)』


 鉄鎚の騎士と鉄の伯爵が張り巡らせた封鎖領域を、魔導師の杖は即座に察知し、さらにその術者が近づきつつあることを主に告げていた。


 「近づいてきてる? こっちに………」


 そして、得体のしれないものがやってくるというならば、どう動くべきか。


 魔導師の性格診断テストで用いられるような現在の状況において、高町なのはが取るべき選択とは、無論。



 「行こう、レイジングハート」


 『All right.』



 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが見たならば、もう少しは直進以外の選択肢も視野に入れるべきだと評したであろう。


 だがしかし、それこそが高町なのは。


 フェイト・テスタロッサが執務官、八神はやてが指揮官としての適性を持つならば、彼女こそはエースオブエース。


 単身で空へ駆けあがり、向かい来る敵を真っ向から粉砕するエースの中のエース。航空戦技教導隊の頂点こそ、彼女の進む道の到達点なのだから。


 引き出しが多いに越したことがないとは確かだが、引き出しを増やそうとするあまり、天性の能力を殺してしまうのも本末転倒な話ではある。


 クロノ・ハラオウンのようにあらゆる事象を見据え、万能の近い能力を備えることも一つの到達点だが、彼女のように不屈の心で己の道を突き進むことも一つの在り方。


 そこに優劣はない、要は、己の選択に満足できるかどうかである。



 ただ、一つだけ心にせねばならないとすれば――――



 星の光を持つ少女の下へ飛来せし騎士もまた、彼女と同じく一つの道を極めし直進型の強者であり、非常に真っ直ぐな価値観を持っているということであった。


 それは時に、不幸なすれ違いを産むこともあったりする。








 封鎖領域内 上空



 『Gegenstand kommt an. (対象、接近中)』


 「迎撃を選んだか………」


 グラーフアイゼンの言葉より、ヴィータもまた相手の意思を知る。


 ここで身を隠すための結界を張るか、もしくは飛行魔法や転移魔法での逃走を選ぶか、選択肢はいくつか考えられたが、獲物はその中でも最も可能性が低いと思われた手法を選んだ。


 それは、獲物の年齢を考えれば当然の予想ではあった。強大な魔力を有しているとはいえ、せいぜい10歳程度の少女、いきなり封鎖領域の中に閉じ込められ、さらに高速機動が可能な術者が近づいてくるという状況で迎撃を選ぶというのは俄かには考えられない話だ。



 「普通なら、毛布に包まって震えてるもんだよな………」


 『ですが、貴女ならば?』


 「舐めた真似をしてきた野郎を真っ向から迎え撃ってぶっ潰す、だな」


 『Ja.』



 そうして、彼女は理解すると同時に、戦意を研ぎ澄ませる。


 この標的は、怯えるだけの兎ではない、迎撃の意思と牙を備えた狼であると心得よ。


 下手をすれば、喉笛を噛み裂かれるのは猟師の方となろう。


 
「ザフィーラと先に合流するのもありっちゃありだけど………」



 だがしかし、敵は一人、こちらも一人。


 この状況で、悠長に仲間と合流してから二対一に持ち込むなど、ベルカの騎士の成すことではない。



 「一対一で迎撃に出て来た相手を前に、退くことは出来ねえよな」


 例え蒐集のために動こうとも、彼女らはベルカの騎士。


 その誇りがあるからこそ、騎士は主のために命を懸ける。


 とはいえ、こちらに向かってくる少女に迎撃までの意思があるかどうかは別問題であり、その辺りは悲しいことだが、持っている人生観の違いと言えた。


 ぶっちゃけ、なのはにとっては何か来るから実際に見て確かめよう、くらいの気持ちであったのだが、残念なことに、自分の行動が一般の9歳の少女のそれから大きくかけ離れているものであるという認識がなかった。


 なのはの意識も一般からは若干離れていることもあり、管理外世界に暮らしつつもミッドチルダ式の魔導師である少女と、1000年近く前に生きたベルカの騎士であり、八神はやてという未だ魔法を扱えぬ普通の少女の下で暮らす若き騎士の価値観は、なかなかに噛み合わなかったのである。


 襲撃を仕掛けたのはヴィータであるが、彼女がこの半年間で学習した、“現代日本に住む9歳程度の少女の反応”から外れた対応をとってしまったなのはにも、この悲しい認識の違いを生みだす要因はあったといえる。



 「アイゼン、手加減はなしで行くぞ、油断すりゃ手傷を負うかもしれねえ」


 『Jawohl.』



 なのはにとっては不幸極まりなかったが、彼女の取った行動はベルカの騎士の基準に合わせれば―――



 【おら、宣戦布告もねえ奇襲野郎、こっちは逃げも隠れもしねえ、堂々とかかってこいや。これでもし逃げたら、手前を騎士とは認めねえよ、ファッキン!】



 と解釈されてしまうのであった。


 文化の違いとは、かくも不幸なすれ違いを産んでしまうものなのである。









新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM7:50



 「近づいてる………でも、どこから」



 なのはは、ビルの屋上に陣取り、周囲を見回す。


 第三者が客観的に見るならば、話し合いをするためにいるように見えなくもないが、どちらかと言えば“周りを気にすることなく戦え、かつ見通しの効く場所に来た”というように取る人の方が多いかもしれない。


 少なくとも、ベルカの騎士はそう取った、そう取られてしまった。



 『It comes. (来ます)』


 「あれは―――」



 そこに飛来せしは、話し合いの意思などないと言わんばかりの戦意の籠った攻撃。



 『Homing bullet. (誘導弾です)』


 「くうっ!」


 咄嗟にバリアを展開して防ぐが、実体を伴った誘導弾に対して弾くシールド型ではなく、バリア型を展開してしまったことが、彼女の戦闘経験の浅さを示している。


 なのはの魔力は膨大ゆえに、飛来した誘導弾を完全に防いではいるが、それは無駄のない運用とは言い難い。ユーノやクロノであれば、その四分の一以下の魔力消費で軌道を逸らすことに成功しているだろう。


 バリアを展開することそのもの関してならばなのはの術式に無駄はほとんどなく、その錬度はまさしくAAAランクのエース級魔導師のもの。


 だが、クロノ・ハラオウンがフェイトと模擬戦をした際に、



 ≪君やなのはの魔法は確かに凄い、威力だけなら僕以上だ。しかし、それをどういった状況において、どのように使うべきかという状況判断力がまだまだ足りない≫



 と注意したことが、まさにそれである。


 訓練や試験で定められた術式を展開するならばそれは完璧であっても、実戦はそれだけではない。


 そも、この誘導弾の目的は相手の足を止め、挟撃を仕掛けることにある。ならば、如何に強固であろうとも、その攻撃を受けとめてしまっている時点で悪手なのだ。


これがクロノならば誘導弾をシールドで以て別方向に逸らし、反対側から襲い来るであろう術者にディレイドバインドを仕掛けながらその場を離脱しつつスティンガースナイプを放つまでやってのけただろう。


 とはいえ、武装局員ではなく、嘱託魔導師ですらない民間人の少女にそれを要求するのも酷な話といえる。クロノ・ハラオウンは5歳の頃から戦技教導官クラスの二人、リーゼロッテとリーゼアリアから手ほどきを受け、彼の才能と想像を絶する修練の果てに、その強さを得たのだから。




 しかし――――



 「テートリヒ・シュラーク!」


 戦いの場において、敵がそのようなことに斟酌してくれようはずもない。


 「く、ううう!」


 逆側より攻撃を仕掛けたヴィータの一撃を、辛くも利き腕とは逆の右腕でバリアを展開して防ぐが、衝撃までは殺しきれず。


 「うらああああああああ!!」


 「あああ!!」


 なのはの身体は宙へと投げ出され、ヴィータはそのまま追撃の体勢に移る。



 だが――――



 ≪リュッセだったら、逆に反撃してるくらいだ≫



 「?」


 ふいに、脳裏によぎった想いが、鉄鎚の騎士の足を止める、いや、止めてしまう。



 「何………だ」


 それはほんの一瞬のこと、しかし、確かに心を駆け抜けた一陣の風。


 もし、彼女の相手が“自分とほとんど同い年の魔導師”でなければ、恐らく湧きあがることもなかったであろうその想い。現に、管理局員を襲撃した際や、魔法生物を狩る際には何も感じなかったのだから。




 「……って、今はそんな場合じゃ―――」



 逡巡の時は一秒か、それとも二秒か。


 ほんの僅かの時間に過ぎないそれは、しかし彼女が奇襲によって得たアドバンテージを失くしてしまうには十分な間。



 「レイジングハート、お願い!」


 『Standby, ready, setup!』



 なのはは落下しながらも、己の愛機へと語りかけ、魔導師の杖とその鎧の顕現を実行させる。




 「ちっ」


 そして、鉄鎚の騎士は自身の奇襲が無意味に終わってしまったことを知る。


 確かに、僅かばかりの手傷は与えたものの、デバイスを起動させ、騎士甲冑(ミッド式ならばバリアジャケット)で包めば何の問題もないレベルでしかない。


 それ故に、騎士甲冑を展開する暇すら与えぬ奇襲と速攻こそが、ヴィータが構築した反撃を許さず蒐集を完了させる最善の手段だったのだが――――



 「仕切り直しか、すまねえな、アイゼン」


 『Nein.(いいえ)』




 これにて、条件はほぼ互角。


 外見だけならばほぼ同年代といえる魔導師と騎士の少女は、アームドデバイスと騎士服、インテリジェントデバイスとバリアジャケット、各々の武装を備えた状態で対峙することとなった。


 ここより先は、純粋な戦技を競う空の戦い。


 小細工や策はない、真っ向からのぶつかり合いとなる。


 その天秤は、果たしてどちらへ傾くか――――




 闇の書を巡る戦いは、その始まりの鐘を鳴らしていた。












あとがき
 A’S本編がスタートし、絆の物語もいよいよ開幕となります。今回の話で少し書いたように、過去編の内容や戦いは、可能な限り現代編とリンクさせるようにプロットを組んでいます。
 過去においてはヴィータの一撃をリュッセはシールドを纏わせた鞘で防ぎ、逆に紫電一閃による反撃を決めています。その経験だけというわけではありませんがヴィータは成長し、誘導弾を逆側から放ち、挟み撃ちからテートリヒ・シュラークを仕掛けた、という具合になります。
 また、アニメにおいては数十秒に及ぶなのはがバリアジャケットを纏う間、ヴィータは何をやっていたのか、黙って着替え終わるのを待っていたのか、という突っ込んではいけない事柄がありますので、その辺りを可能な限り無理がないように進めるための舞台装置が過去編でもあります。今回は、ヴィータの頭によぎった記憶が、彼女の行動を止めてしまったということで。
 基本的には原作通りに進みますが、細部においてはかなり相違点も出てくると思いますので、その辺りを楽しんでいただければ幸いかと思います。それではまた。





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